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イスキア
イスキア島  アラゴン城とイスキアポンテ
 美しきアラゴン城とおすすめビーチ〜イスキアポンテ地区

アラゴン城へ続く道は夕暮れどきが美しい…

 イスキア島で一番大きな港、イスキアポルトからほど近いアラゴン城。ただ、港からは徒歩では30分近くかかるので、バスCDで途中のPiazza degli Eroiで降りて15分ほど歩くか、7番でお城にかかる橋の手前まで行くことが可能。

アラゴン城までつづく橋はイスキア・ポンテと呼ばれており、色々なお店やレストランが立ち並ぶお散歩スポット。また、この地区の守り神様の日7月26日(聖アンナの日)には、毎年、お城のそばで盛大な花火大会もある。

夕暮れ時はこんな風に、お城に夕日が反射してとてもきれいだ。

知っておきたい、アラゴン城の歴史

 島の東に位置する岩盤の小島に15世紀に建てられたアラゴン城。小島と言っても220Mの橋でイスキアとつながっている。1400年代半ば、当時ナポリを支配していたアラゴン家のアルフォンソ王によって建設された。

 もともとイスキア島の歴史は古く、紀元前474年にクーマ人(ナポリ近郊の古代ギリシャ殖民都市)がイスキアの原住民との戦争で当時ギリシャ殖民都市のシラクーサ(シチリア島)より援軍を求め要塞として建設した事が城の歴史の始まり。その後紀元前315年にローマ人がイスキアに町を建設し、アラゴン城の小島を要塞として使っていた。その後、ゴート、アラブノルマン、アンジュー家が完全な要塞として変容させた。1301年トリッポディ山の噴火時には避難地として使用された。1809年イギリス軍が包囲し、城はほぼ倒壊する。1851年ナポリ王のフェルディナンドニ世がブルボン家有力者を入れる刑務所として建物を使用した時代もあった。

★徒歩でゆっくり上り坂を登るのが苦手なあなたには、入り口チケット売り場すぐ横には、エレベータもあり。

夏の夜はイスキアポンテが散歩道

 アラゴン城へと続くメインストリートの両脇にはお店やレストランがたくさん並ぶ。約1kmに及ぶ散歩道は夏の夜ともなれば、ジェラートを片手にお散歩する地元っ子で、ものすごい賑わいだ。センスの良い雑貨や洋服、素敵な陶器、地元イスキアの食材店など、お土産になりそうなお店がたくさんあって、見ているだけでも楽しい。

7月の半ば頃から9月頭にかけてのバカンスシーズンは、店も24:00頃まで営業しているところが多く、夕食後に散歩するにはもってこいの場所。

Caffe / カッフェ

森の中?外から見えない巨大なカッフェ

 アラゴン城へと結ぶ一本道、Piazza degli Eroi広場すぐ横の大きな森。この先にイスキア一有名なカッフェ、「Calise(カリーゼ)」がある。

あまりにも有名なこのカリーゼは元々はカサミッチョラ地区の広場にあったBARだが、現在が三代目のオーナー。広大な森のような敷地の奥にBARが見えてくる。ジェラート、洋菓子、カッフェ、アペリティーボ、はもちろん、軽食などもあり、ちょっと休憩するにはもってこい。夏の夜ともなれば、ひっきり無しにお客が訪れ、明け方まで営業している。

BAR CALISE: 情報はこちら

La Spiaggia / ビーチ
  地図上ではアラゴン城の真下に位置する聖アンナの岩礁(Scogli Sant'Anna)。ちょっと引いた位置から眺めるアラゴン城は格別に美しく、その名の通り、この小さな入江には3つの小さな岩礁があり、その辺は、夏の間は海水浴客で賑わうビーチが数軒ある。 繁華街から少し入った場所にあるため、夜でもとても静か。聖アンナの岩礁がある、Via nuova cartaromana沿いにはホテルも数件あり。

ビーチクラブ Giardino EDEN: 情報はこちら

ビーチクラブ Gardenia MARE: 情報はこちら

 
   
 聖アンナの岩礁にあるビーチクラブGardenia  夕日に染まるアラゴン城
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