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lalighieri text integral passage complete quotation of the sources comedies works historical literary works in prose and in verses
神曲
LA DIVINA COMMEDIA
アリギエリ・ダンテ Alighieri Dante
山川丙三郎訳
天国篇
第一曲
萬物を動かす者の榮光遍く宇宙を貫くといへどもその輝の及ぶこと一部に多く一部に少し 一―三
我は聖光を最多く受くる天にありて諸の物を見たりき、されど彼處れて降る者そを語るすべを知らずまた然するをえざるなり 四―六
これわれらの智、己が願ひに近きによりていと深く進み、追思もこれに伴ふあたはざるによる 七―九
しかはあれ、かの聖なる王國たついてわが記憶に秘藏めしかぎりのことゞも、今わが歌の材たらむ 一〇―一二
あゝ善きアポルロよ、この最後の業のために願はくは我を汝の徳の器とし、汝の愛する桂をうくるにふさはしき者たらしめよ 一三―一五
今まではパルナーゾの一の巓にて足りしかど、今は二つながら求めて殘りの馬場に入らざるべからず 一六―一八
願はくは汝わが胸に入り、かつてマルシーアをその身の鞘より拔き出せる時のごとくに氣息を嘘け 一九―二一
あゝいと聖なる威力よ、汝我をたすけ、我をしてわが腦裏に捺されたる祝福の國の薄れし象を顯はさしめなば 二二―二四
汝はわが汝の愛る樹の下にゆきてその葉を冠となすを見む、詩題と汝、我にかく爲をえしむればなり 二五―二七
父よ、皇帝または詩人の譽のために摘まるゝことのいと罕なれば(人の思ひの罪と恥なり) 二八―三〇
ペネオの女の葉人をして己にかはかしむるときは、悦び多きデルフォの神に喜びを加へざることあらじ 三一―三三
それ小さき火花にも大いなる焔ともなふ、おそらくは我より後、我にまさる馨ありて祈ぎ、チルラの應をうるにいたらむ 三四―三六
世界の燈多くの異なる處より上りて人間にあらはるれども、四の圈相合して三の十字を成す處より 三七―三九
出づれば、その道まさり、その伴ふ星またまさる、而してその己が性に從ひて世の蝋を整へ象を捺すこといよ/\著し 四〇―四二
かしこを朝こゝを夕となしゝ日は殆どかゝる處よりいで、いまやかの半球みな白く、その他は黒かりき 四三―四五
この時我見しに、ベアトリーチェは左に向ひて目を日にとめたり、鷲だにもかくばかりこれを凝視しことあらじ 四六―四八
第二の光線常に第一のそれよりいでゝ再び昇る、そのさま歸るを願ふ異郷の客に異ならず 四九―五一
かくのごとく、彼の爲す所――目を傳ひてわが心の内に入りたる――よりわが爲す所いで、我は世の常を超えて目を日に注げり 五二―五四
元來人の住處として造られたりしところなれば、こゝにてはわれらの力に餘りつゝかしこにてはわれらが爲すをうること多し 五五―五七
わが目のこれに堪ふるをえしはたゞ些の間なりしも、そがあたかも火よりいづる熱鐡の如く火花をあたりに散すを見ざる程ならざりき 五八―六〇
しかして忽ち晝晝に加はり、さながらしかすることをうる者いま一の日輪にて天を飾れるごとく見えたり 六一―六三
ベアトリーチェはその目をひたすら永遠の輪にそゝぎて立ち、我はわが目を上より移して彼にそゝげり 六四―六六
かれの姿を見るに及び、わが衷あたかもかのグラウコが己を海の神々の侶たらしむるにいたれる草を味へる時の如くになりき 六七―六九
抑超人の事たるこれを言葉に表はし難し、是故に恩惠によりてこれが驗を經べき者この例をもて足れりとすべし 七〇―七二
天を統治むる愛よ、我は汝が最後に造りし我の一部に過ぎざりしか、こは聖火にて我を擧げし汝の知り給ふ所なり 七三―七五
慕はるゝにより汝が無窮となしゝ運行、汝の整へかつ頒つそのうるはしき調をもてわが心を引けるとき 七六―七八
日輪の焔いとひろく天を燃すと見えたり、雨または河といふともかくひろがれる湖はつくらじ 七九―八一
音の奇しきと光の大いなるとは、その原因につき、未だ感じゝことなき程に強き願ひをわが心に燃したり 八二―八四
是においてか、我を知ることわがごとくなりし淑女、わが亂るゝ魂を鎭めんとて、我の未だ問はざるさきに口を啓き 八五―八七
いひけるは。汝謬れる思ひをもて自ら己を愚ならしむ。是故にこれを棄つれば見ゆるものをも汝は見るをえざるなり 八八―九〇
汝は汝の信ずるごとく今地上にあるにあらず、げに己が處を出でゝ馳する電光疾しといへども汝のこれに歸るに及ばじ。 九一―九三
わが第一の疑ひはこれらの微笑める短き詞によりて解けしかど、一の新なる疑ひ起りていよ/\いたく我を絡めり 九四―九六
我即ち曰ふ。かの大いなる驚異につきてはわが心既に足りて安んず、されどいかにしてわれ此等の輕き物體を超えて上るや、今これを異とす 九七―九九
是においてか彼、一の哀憐の大息の後、狂へる子を見る母のごとく、目をわが方にむけて 一〇〇―一〇二
いふ。凡そありとしあらゆる物、皆その間に秩序を有す、しかしてこれは、宇宙を神の如くならしむる形式ぞかし 一〇三―一〇五
諸の尊く造られし物、永遠の威能(これを目的としてかゝる法は立てられき)の跡をこの中に見る 一〇六―一〇八
わがいふ秩序の中に自然はすべて傾けども、その分異なりて、己が源にいと近きあり然らざるあり 一〇九―一一一
是故にみな己が受けたる本能に導かれつゝ、存在の大海をわたりて多くの異なる湊にむかふ 一一二―一一四
火を月の方に送るも是、滅ぶる心を動かすも是、地を相寄せて一にするもまた是なり 一一五―一一七
またこの弓は、たゞ了知なきものゝみならず、智あり愛あるものをも射放つ 一一八―一二〇
かく萬有の次第を立つる神の攝理は、いと疾くめぐる天をつゝむ一の天をば、常にその光によりてしづかならしむ 一二一―一二三
今やかしこに、己が射放つ物をばすべて樂しき的にむくる弦の力我等を送る、あたかも定れる場所におくるごとし 一二四―一二六
されどげに、材默して應へざるため形しば/\技藝の工夫に配はざるごとく 一二七―一二九
被造物またしば/\この路を離る、そはこれは、かく促さるれども、もし最初の刺戟僞りの快樂の爲に逸れて 一三〇―
これを地に向はしむれば、その行方を誤る(あたかも雲より火の墜ることあるごとく)ことをうればなり ―一三五
わが量るところ正しくば、汝の登るはとある流れの高山より麓に下り行くごとし、何ぞ異とするに足らんや 一三六―一三八
汝障礙を脱しつゝなほ下に止まらば、是かへつて汝における一の不思議にて、地上に靜なることの燃ゆる火における如くなるべし。 一三九―一四一
かくいひて再び顏を天にむけたり 一四二―一四四
第二曲
あゝ聽かんとて小舟に乘りつゝ、歌ひて進むわが船のあとを追ひ來れる人等よ 一―三
立歸りて再び汝等の岸を見よ、沖に浮びいづるなかれ、恐らくは汝等我を見ずしてさまよふにいたるべければなり 四―六
わがわたりゆく水は人いまだ越えしことなし、ミネルヴァ氣息を嘘き、アポルロ我を導き、九のムーゼ我に北斗を指示す 七―九
また數少きも、天使の糧(世の人これによりて生くれど飽くにいたらず)にむかひて疾く項を擧げし人等よ 一〇―一二
水の面の再び平らかならざるさきにわが船路の跡をたどりつゝ海原遠く船を進めよ 一三―一五
イアソンが耕人となれるをコルコに渡れる勇士等の見し時にもまさりて汝等驚き異まむ 一六―一八
神隨の王國を求むる本然永劫の渇われらを運び、その速なること殆ど天のめぐるに異ならず 一九―二一
ベアトリーチェは上方を、我は彼を見き、しかして矢の弦を離れ、飛び、止まるばかりの間に 二二―二四
我は奇しき物ありてわが目をこれに惹けるところに着きゐたり、是においてかわが心の作用をすべて知れる淑女 二五―二七
その美しさに劣らざる悦びを表はしわが方にむかひていふ。われらを第一の星と合せたまひし神に感謝の心を獻ぐべし。 二八―三〇
日に照らさるゝ金剛石のごとくにて、光れる、濃き、固き、磨ける雲われらを蔽ふと見えたりき 三一―三三
しかしてこの不朽の眞珠は、あたかも水の分れずして光線を受け入るゝごとく、我等を己の内に入れたり 三四―三六
一の量のいかにして他の量を容れたりし――體、體の中に入らばこの事なきをえざるなり――やは人知り難し、されば我もし 三七―
肉體なりしならんには、神入相結ぶ次第を顯はすかの至聖者を見んとの願ひ、愈強くわれらを燃さゞるをえず ―四二
信仰に由りて我等が認むる所の物もかしこにては知らるべし、但し證せらるゝに非ず、人の信ずる第一の眞理の如くこの物自から明らかならむ 四三―四五
我答ふらく。わが淑女よ、我は人間世界より我を移したまへる者に、わが眞心を盡して感謝す 四六―四八
されど告げよ、この物體にありて、かの下界の人々にカインの物語を爲さしむる多くの黒き斑は何ぞや。 四九―五一
彼少しく微笑みて後いふ。官能の鑰の開くをえざる處にて人思ひ誤るとも 五二―五四
げに汝今驚きの矢に刺さるべきにはあらず、諸の官能にともなふ理性の翼の短きを汝すでに知ればなり 五五―五七
されど汝自らこれをいかに思ふや、我に告げよ。我。こゝにてわれらにさま/″\に見ゆるものは、思ふに體の粗密に由來す。 五八―六〇
彼。もしよく耳をわが反論に傾けなば、汝は必ず汝の思ひの全く虚僞に陷れるを見む 六一―六三
それ第八の天球の汝等に示す光は多し、しかしてこれらはその質と量とにおいて各あらはるゝ姿を異にす 六四―六六
もし粗密のみこれが原因ならば、同じ一の力にてたゞ頒たれし量を異にしまたはこれを等しうするもの凡ての光の中にあらむ 六七―六九
力の異なるは諸の形式の原理の相異なるによらざるをえず、然るに汝の説に從へば、これらは一を除くのほか皆亡び失はるにいたる 七〇―七二
さてまた粗なること、汝の尋ぬるかの斑點の原因ならば、この遊星には、その材の全く乏しき處あるか 七三―七五
さらずば一の肉體が脂と肉とを頒つごとく、この物もまたその書の中に重ぬる紙を異にせむ 七六―七八
もし第一の場合なりせば、こは日蝕の時、光の射貫く(他の粗なる物體に引入れらるゝ時の如く)ことによりて明らかならむ 七九―八一
されどこの事なきがゆゑに、殘るは第二の場合のみ、我もしこれを打消すをえば、汝の思ひの誤れること知らるべし 八二―八四
もしこの粗、穿ち貫くにいたらずば、必ず一の極限あり、密こゝにこれを阻みてそのさらに進むをゆるさじ 八五―八七
しかしてかしこより日の光の反映すこと、鉛を後方にかくす玻より色の歸るごとくなるべし 八八―九〇
是においてか汝はいはむ、奧深き方より反映すがゆゑに、かしこにてはほかの處よりも光暗しと 九一―九三
汝等の學術の流れの源となる習なる經驗は――汝もしこれに徴せば――この異論より汝を解くべし 九四―九六
汝三の鏡をとりて、その二をば等しく汝より離し、殘る一をさらに離してさきの二の間に見えしめ 九七―九九
さてこれらに對ひつゝ、汝の後に一の光を置きてこれに三の鏡を照らさせ、その三より汝の方に反映らせよ 一〇〇―一〇二
さらば汝は、遠き方よりかへる光が、量において及ばざれども、必ず等しくかゞやくを見む 一〇三―一〇五
今や汝の智、あたかも雪の下にある物、暖き光に射られて、はじめの色と冷さとを 一〇六―
失ふごとくなりたれば、汝の目にきらめきてみゆるばかりに強き光を我は汝にさとらしむべし ―一一一
それいと聖なる平安を保つ天の中に一の物體のめぐるあり、これに包まるゝ凡ての物の存在はみなこれが力に歸す 一一二―一一四
その次にあたりてあまたの光ある天は、かの存在を頒ちて、これを己と分たるれども己の中に含まるゝさま/″\の本質に與へ 一一五―一一七
他の諸の天は、各異なる状により、その目的と種とにむかひて、己が衷なる特性をとゝのふ 一一八―一二〇
かゝればこれらの宇宙の機關は、上より受けて下に及ぼし、次第を逐ひて進むこと、今汝の知るごとし 一二一―一二三
汝よく我を視、汝の求むる眞理にむかひてわがこの處を過ぎ行くさまに心せよ、さらばこの後獨りにて淺瀬を渡るをうるにいたらむ 一二四―一二六
そも/\諸天の運行とその力とは、あたかも鍛工より鐡槌の技のいづるごとく、諸のたふとき動者よりいでざるべからず 一二七―一二九
しかしてかのあまたの光に飾らるゝ天は、これをめぐらす奧深き心より印象を受けかつこれを捺す 一三〇―一三二
また汝等の塵の中なる魂がさま/″\の能力に應じて異なる肢體にゆきわたるごとく 一三三―一三五
かの天を司るもの、またその徳をあまたにしてこれを諸の星に及ぼし、しかして自ら一なることを保ちてめぐる 一三六―一三八
さま/″\の力その活かす貴き物體(力のこれと結びあふこと生命の汝等におけるが如し)と合して造る混合物一ならじ 一三九―一四一
悦び多き性より流れ出づるがゆゑに、この混れる力、物體の中に輝き、あたかも生くる瞳の中に悦びのかゞやくごとし 一四二―一四四
光と光の間にて異なりと見ゆるものゝ原因、げに是にして粗密にあらず、是ぞ即ち形式の原理 一四五―
己が徳に從つてかの明暗を生ずる物なる。 ―一五〇
第三曲
さきに愛をもてわが胸をあたゝめし日輪、是と非との證をなして、美しき眞理のたへなる姿を我に示せり 一―三
されば我は、わがはや誤らず疑はざるを自白せんため、物言はんとてほどよく頭を擧げしかど 四―六
このとき我に現はれし物あり、いとつよくわが心を惹きてこれを見るに專ならしめ、我をしてわが告白を忘れしむ 七―九
透きとほりて曇なき玻または清く靜にてしかして底の見えわかぬまで深きにあらざる水に映れば 一〇―一二
われらの俤かすかに見えて、さながら白き額の眞珠のたゞちに瞳に入らざるに似たり 一三―一五
我また語るを希ふ多くのかゝる顏を見しかば、人と泉との間に戀を燃したるその誤りの裏をかへしき 一六―一八
かの顏を見るや、我はこれらを物に映れる姿なりとし、その所有者の誰なるをみんとて直ちに目をめぐらせり 一九―二一
されど何をも見ざりしかば、再びこれを前にめぐらし、うるはしき導者――彼は微笑み、その聖なる目輝きゐたり――の光に注げり 二二―二四
彼我に曰ふ。汝の思ひの稚きをみて我のほゝゑむを異しむなかれ、汝の足はなほいまだ眞理の上にかたく立たず 二五―二七
その常の如く汝を空にむかはしむ、そも/\汝の見るものは、誓ひを果さゞりしためこゝに逐はれし眞の靈なり 二八―三〇
是故に彼等と語り、聽きて信ぜよ、彼等を安んずる眞の光は、己を離れて彼等の足の迷ふを許さゞればなり。 三一―三三
我は即ち最も切に語るを求むるさまなりし魂にむかひ、あたかも願ひ深きに過ぎて心亂るゝ人の如く、いひけるは 三四―三六
あゝ生得の幸ある靈よ、味はゝずして知るによしなき甘さをば、永遠の生命の光によりて味ふ者よ 三七―三九
汝の名と汝等の状態とを告げてわが心をたらはせよ、さらば我悦ばむ。是においてか彼ためらはず、かつ目に笑をたゝへつゝ 四〇―四二
我等の愛は、その門を正しき願ひの前に閉ぢず、あたかも己が宮人達のみな己と等しきをねがふ愛に似たり 四三―四五
我は世にて尼なりき、汝もしよく記憶をたどらば、昔にまさるわが美しさも我を汝にかくさずして 四六―四八
汝は我のピッカルダなることを知らむ、これらの聖徒達とともに我こゝに置かれ、いとおそき球の中にて福を受く 四九―五一
さてまたわれらの情は、たゞ聖靈の意に適ふものにのみ燃さるゝが故に、その立つる秩序によりて整へらるゝことを悦ぶ 五二―五四
しかしてかくいたく劣りて見ゆる分のわれらに與へられたるは、われら誓ひを等閑にし、かつ缺く處ありしによるなり。 五五―五七
是においてか我彼に。汝等の奇しき姿の中には、何ならむ、いと聖なるものありて輝き、昔の容變りたれば 五八―六〇
たゞちに思ひ出るをえざりき、されど汝の我にいへること今我をたすけ我をして汝を認め易からしむ 六一―六三
請ふ告げよ、汝等こゝにて福なる者よ、汝等はさらに高き處に到りてさらに多く見またはさらに多くの友を得るを望むや。 六四―六六
他の魂等とともに彼まづ少しく微笑みて後、初戀の火に燃ゆと見ゆるほど、いとよろこばしげに答ふらく 六七―六九
兄弟よ、愛の徳われらの意を鎭め、我等をしてわれらの有つ物をのみ望みて他の物に渇くなからしむ 七〇―七二
我等もしさらに高からんことをねがはゞ、われらの願ひは、われらをこゝと定むる者の意に違ふ 七三―七五
もし愛の中にあることこゝにて肝要ならば、また汝もしよくこの愛の性を視ば、汝はこれらの天にこの事あるをえざるを知らむ 七六―七八
げに常に神の聖意の中にとゞまり、これによりて我等の意一となるは、これこの福なる生の素なり 七九―八一
されば我等がこの王國の諸天に分れをる状は、王(我等の思ひを己が思ひに配はしむる)の心に適ふ如く全王國の心に適ふ 八二―八四
聖意はすなはちわれらの平和、その生み出だし自然の造る凡ての物の流れそゝぐ海ぞかし。 八五―八七
天のいづこも天堂にて、たゞかしこに至上の善の恩惠の一樣に降らざるのみなること是時我に明らかなりき 八八―九〇
されど人もし一の食物に飽き、なほ他に望む食物あれば、此を求めてしかして彼のために謝す 九一―九三
我も姿、詞によりてまたかくの如くになしぬ、こは彼がいかなる機を織るにあたりて杼を終りまで引かざりしやを彼より聞かんとてなりき 九四―九六
彼我に曰ふ。完き生涯と勝るゝ徳とはひとりの淑女をさらに高き天に擧ぐ、その法に從ひて衣を着面を付る者汝等の世にあり 九七―九九
彼等はかくしてかの新郎、即ち愛より出るによりて己が心に適ふ誓ひをすべてうけいるゝ者と死に至るまで起臥を倶にせんとす 一〇〇―一〇二
かの淑女に從はんため我若うして世を遁れ、身に彼の衣を纏ひ、またわが誓ひをその派の道に結びたり 一〇三―一〇五
その後、善よりも惡に親しむ人々、かのうるはしき僧院より我を引放しにき、神知り給ふ、わが生涯のこの後いかになりしやを 一〇六―一〇八
またわが右にて汝に現はれ、われらの天のすべての光にもやさるゝこの一の輝は 一〇九―一一一
わが身の上の物語を己が身の上の事と知る、彼も尼なりき、また同じさまにてその頭より聖なる首の陰を奪はる 一一二―一一四
されど己が願ひに背きまた良き習に背きてげに世に還れる後にも、未だ嘗て心の面を釋くことなかりき 一一五―一一七
こはソアーヴェの第二の風によりて第三の風即ち最後の威力を生みたるかの大いなるコスタンツァの光なり。 一一八―一二〇
かく我に語りて後、かれはアーヴェ・マリーアを歌ひいで、さてうたひつゝ、深き水に重き物の沈む如く消失せき 一二一―一二三
見ゆるかぎり彼のあとを追ひしわが目は、これを見るをえざるに及び、さらに大いなる願ひの目的にかへり來りて 一二四―一二六
全くベアトリーチェにそゝげり、されど淑女いとつよくわが目に煌めき、視力はじめこれに耐へざりしかば 一二七―一二九
わが問これがために後れぬ。 一三〇―一三二
第四曲
等しく隔り等しく誘ふ二の食物の間にては、自由の人、その一をも齒に觸れざるさきに饑ゑて死すべし 一―三
かくの如く、二匹の猛き狼の慾と慾との間にては一匹の羔ひとしくこれを恐れて動かず、二匹の鹿の間にては一匹の犬止まらむ 四―六
是故に、二の疑ひに等しく促されて、我默せりとも、こは已むをえざるにいづれば、我は己を責めもせじ讚めもせじ 七―九
我は默せり、されどわが願ひとともにわが問は言葉に明らかに現はすよりもはるかに強くわが顏にゑがゝる 一〇―一二
ベアトリーチェはあたかもナブコッドノゾルの怒り(彼を殘忍非道となしたる)をしづめし時に當りてダニエルロの爲しゝ如くになしき 一三―一五
即ち曰ふ。我は汝が二の願ひに引かるゝにより、汝の思ひむすぼれて言葉に出でざるを定かに見るなり 一六―一八
汝論ふらく、善き願ひだに殘らんには、何故にわが功徳の量、人の暴虐のために減るやと 一九―二一
加之、プラトネの教へしごとく、魂、星に歸るとみゆること、また汝に疑ひを起さしむ 二二―二四
この二こそ汝の思ひをひとしく壓すところの問なれ、されば我まづ毒多き方よりいはむ 二五―二七
セラフィーンの中にて神にいと近き者も、モイゼもサムエールもジョヴァンニ(汝いづれを選ぶとも)も、げにマリアさへ 二八―三〇
今汝に現はれし諸の靈と天を異にして座するにあらず、またその存在の年數これらと異なるにもあらず 三一―三三
凡ての者みな第一の天を――飾る、たゞ永遠の聖息を感ずるの多少に從ひ、そのうるはしき生に差別あるのみ 三四―三六
これらのこゝに現はれしは、この球がその分と定められたるゆゑならずしてその天界の最低きを示さんためなり 三七―三九
汝等の才に對ひてはかくして語らざるをえず、そは汝等の才は、後智に照らすにいたる物をもたゞ官能の作用によりて識ればなり 四〇―四二
是においてか聖書は汝等の能力に準じ、手と足とを神に附して他の意義に用ゐ 四三―四五
聖なる寺院は、ガブリエール、ミケール、及びかのトビアを癒しゝ天使をば人の姿によりて汝等にあらはす 四六―四八
ティメオが魂について論ふところは、こゝにて見ゆる物に似ず、これ彼はそのいふごとく信ずと思はるゝによりてなり 四九―五一
即ち魂が、自然のこれに肉體を司らしめし時、己の星より分れ出たるものなるを信じて、彼はこの物再びかしこに歸るといへり 五二―五四
或は彼の説く所、その語の響と異なり、侮るべからざる意義を有することあらむ 五五―五七
もしそれこれらの天にその影響の譽も毀も歸る意ならば、その矢いくばくか眞理に中らむ 五八―六〇
この原理誤り解せられてそのかみ殆ど全世界を枉げ、これをして迷ひのあまりジョーヴェ、メルクリオ、マルテと名づけしむ 六一―六三
汝を惱ますいま一の疑ひは毒少し、そはその邪惡も、汝を導きて我より離すあたはざればなり 六四―六六
われらの正義が人間の目に不正とみゆるは即ち信仰の過程にて異端邪説の過程にあらず 六七―六九
されど汝等の知慧よくこの眞理を穿つことをうるがゆゑに、我は汝の望むごとく汝に滿足をえさすべし 七〇―七二
もし暴とは、強ひらるゝ人いさゝかも強ふる人に與せざる時生ずるものゝ謂ならば、これらの魂はこれによりて罪を脱るゝことをえじ 七三―七五
そは意志は自ら願ふにあらざれば滅びず、あたかも火が千度強ひて撓めらるともなほその中なる自然の力を現はす如く爲せばなり 七六―七八
是故に意志の屈するは、その多少を問はず、暴にこれの從ふなり、而してこれらの魂は聖所に歸るをうるにあたりてかくなしき 七九―八一
鐡架の上の苦しみに堪へしロレンツォ、わが手につらかりしムツィオのごとく、彼等の意志全かりせば 八二―八四
彼等が自由となるに及び、この意志直ちに彼等をしてその強ひられて離れし路に再び還らしめしなるべし、されどかく固き意志極めて稀なり 八五―八七
汝よくこれらの言葉を心にとめてさとれるか、さらばこの後汝をしば/\惱ますべかりし疑ひは、はや必ず解けたるならむ 八八―九〇
されど汝の眼前に今なほ横たはる一の路あり、こはいと難き路なれば汝獨りにてはこれを出でざるさきに疲れむ 九一―九三
我あきらかに汝に告げて、福なる魂は常に第一の眞に近くとゞまるがゆゑに僞るあたはずといへることあり 九四―九六
後汝はコスタンツァがその面をば舊の如く慕へる事をピッカルダより聞きたるならむ、さればこれとわが今茲にいふ事と相反すとみゆ 九七―九九
兄弟よ、人難を免れんため、わが意に背き、その爲すべきにあらざることをなしゝ例は世に多し 一〇〇―一〇二
アルメオネが父に請はれて己が生の母を殺し、孝を失はじとて不孝となりしもその一なり 一〇三―一〇五
かゝる場合については、請ふ思へ、暴意志とまじりて相共にはたらくがゆゑに、その罪いひのがるゝによしなきことを 一〇六―一〇八
絶對の意志は惡に與せず、そのこれに與するは、拒みてかへつて尚大いなる苦難にあふを恐るゝことの如何に準ず 一〇九―一一一
さればピッカルダはかく語りて絶對の意志を指し、我は他の意志を指す、ふたりのいふところ倶に眞なり。 一一二―一一四
一切の眞理の源なる泉よりいでし聖なる流れかくその波を揚げ、かくして二の願ひをしづめき 一一五―一一七
我即ち曰ふ。あゝ第一の愛に愛せらるゝ者よ、あゝいと聖なる淑女よ、汝の言我を潤し我を暖め、かくして次第に我を生かしむ 一一八―一二〇
されどわが愛深からねば汝の恩惠に謝するに足らず、願はくは全智全能者これに應へ給はんことを 一二一―一二三
我よく是を知る、我等の智は、かの眞(これより外には眞なる物一だになし)に照らされざれば、飽くことあらじ 一二四―一二六
智のこれに達するや、あたかも洞の中に野獸の憩ふ如く、直ちにその中にいこふ、またこはこれに達するをう、然らずばいかなる願ひも空ならむ 一二七―一二九
是故に疑ひは眞理の根より芽の如くに生ず、しかしてこは峰より峰にわれらを促し巓にいたらしむる自然の途なり 一三〇―一三二
淑女よ、この事我を誘ひ我を勵まし、いま一の明らかならざる眞理についてうや/\しく汝に問はしむ 一三三―一三五
請ふ告げよ、人その破れる誓ひの爲、汝等の天秤に懸くるも輕からぬほど他の善をもて汝等に贖をなすことをうるや。 一三六―一三八
ベアトリーチェは愛の光のみち/\しいと聖なる目にて我を見き、さればわが視力これに勝たれで背を見せ 一三九―一四一
我は目を垂れつゝ殆ど我を失へり。 一四二―一四四
第五曲
われ世に比類なきまで愛の焔に輝きつゝ汝にあらはれ、汝の目の力に勝つとも 一―三
こは全き視力――その認むるに從つて、認めし善に進み入る――より出づるがゆゑにあやしむなかれ 四―六
われあきらかに知る、見らるゝのみにてたえず愛を燃す永遠の光、はや汝の智の中にかゞやくを 七―九
もし他の物汝等の愛を迷はさば、こはかの光の名殘がその中に映し入りて見誤らるゝによるのみ 一〇―一二
汝の知らんと欲するは、果されざりし誓ひをば人他の務によりて償ひ、魂をして論爭を免れしむるをうるや否やといふ事是なり。 一三―一五
ベアトリーチェはかくこの曲をうたひいで、言葉を斷たざる人のごとく、聖なる教へを續けていふ。 一六―一八
それ神がその裕なる恩惠により造りて與へ給へる物にて最もその徳に適ひかつその最も重んじ給ふ至大の賜は 一九―二一
即ち意志の自由なりき、知慧ある被造物は皆、またかれらに限り、昔これを受け今これを受く 二二―二四
いざ汝推して知るべし、人肯ひて神また肯ひかくして誓ひ成るならんには、そのいと貴きものなることを 二五―二七
そは神と人との間に契約を結ぶにあたりては、わがいふ如く貴きこの寶犧牲となり、かつかくなるも己が作用によればなり 二八―三〇
されば何物をもて償となすことをえむ、捧げし物を善く用ゐんと思ふは是※物 をもて善事を爲さんとねがふなり 三一―三三
汝既に要點を會得す、されど聖なる寺院は誓ひより釋き、わが汝にあらはしゝ眞理に背くとみゆるがゆゑに 三四―三六
汝なほ食卓に向ひてしばらく坐すべし、汝のくらへる硬き食物はその消化るゝ爲になほ助けを要むればなり 三七―三九
心を開きて、わが汝に示すものを受け、これをその中に收めよ、聽きて保たざるは知識をうるの道にあらじ 四〇―四二
それ二の物相合してこの犧牲の要素を成す、一はその作らるゝ基となるもの一は即ち契約なり 四三―四五
後者は守るにあらざれば消えず、但しこれについては我既にいとさだかに述べたり 四六―四八
是故に希伯來人は、捧ぐる物の如何によりこれを易ふるをえたれども(汝必ず是を知らん)、なほ献物をなさゞるをえざりき 四九―五一
前者即ち汝に材とし知らるゝものは、これを他の材に易ふとも必ず咎となるにはあらず 五二―五四
されど黄白二の鑰のめぐるなくば何人もその背に負へる荷を、心のまゝにとりかふべからず 五五―五七
かつ取らるゝ物が置かるゝ物を容るゝことあたかも六の四における如くならずば、いかに易ふとも徒なるを信ずべし 五八―六〇
是故に己が價値によりていと重くいかなる天秤をも引下ぐる物にありては、他の費をもて償ふことをえざるなり 六一―六三
人よ誓ひを戲事となす勿れ、これに忠なれ、されどイエプテのその最初の供物におけるごとく輕々しくこれを立るなかれ 六四―六六
守りてしかしてまされる惡を爲さんより、彼は宜しく我あしかりきといふべきなりき、汝はまたギリシア人の大將のかく愚なりしをみむ 六七―六九
さればイフィジェニアはその妍きがために泣き、かゝる神事を傳へ聞きたる賢者愚者をしてまた彼の爲に泣かしむ 七〇―七二
基督教徒よ、おも/\しく身を動かし、いかなる風にも動く羽のごとくなるなかれ、いかなる水も汝等を洗ふと思ふなかれ 七三―七五
汝等に舊約新約あり、寺院の牧者の導くあり、汝等これにて己が救ひを得るに足る 七六―七八
もし邪慾汝等に他の途を勸めなば、汝等人たれ、愚なる羊となりて汝等の中の猶太人に笑はるゝなかれ 七九―八一
己が母の乳を棄て、思慮なく、浮れつゝ、好みて自ら己と戰ふ羔のごとく爲すなかれ。 八二―八四
わがこゝに記すごとく、ベアトリーチェかく我に、かくていとなつかしき氣色にて、宇宙の最も生氣に富める處にむかへり 八五―八七
その沈默と變貌とは、わが飽くなきの智、はや新しき問を起しゐたりしわが智に默せと命じき 八八―九〇
しかしてあたかも弦のしづかならざる先に的に中る矢のごとく、われらは馳せて第二の王國にいたれり 九一―九三
われ見しに、かの天の光の中に入りしとき、わが淑女いたくよろこび、かの星自らそがためいよ/\輝きぬ 九四―九六
星さへ變りてほゝゑみたりせば、己が性のみによりていかなるさまにも變るをうる我げにいかになりしぞや 九七―九九
しづかなる清き池の中にて、魚もしその餌とみゆる物の外より入來るをみれば、これが邊にはせよるごとく 一〇〇―一〇二
千餘の輝われらの方にはせよりき、おの/\いふ。見よわれらの愛をますべきものを。 一〇三―一〇五
しかして各われらの許に來るに及び、我は魂が、その放つ光のあざやかなるによりて、あふるゝ悦びをあらはすを見たり 一〇六―一〇八
讀者よ、この物語續かずばその先を知るあたはざる汝の苦しみいかばかりなるやを思へ 一〇九―一一一
さらば汝自ら知らむ、これらのものわが目に明らかに見えし時、彼等よりその状態を聞かんと思ふわが願ひのいかに深かりしやを 一一二―一一四
あゝ良日の下に生れ、戰ひ未だ終らざるに恩惠に許されて永遠の凱旋の諸の寶座を見るを得る者よ 一一五―一一七
遍く天に滿つる光にわれらは燃さる、是故にわれらの光をうくるをねがはゞ、汝心のまゝに飽け。 一一八―一二〇
信心深きかの靈の一我にかくいへるとき、ベアトリーチェ曰ふ。いへ、いへ、臆する勿れ、かれらを神々の如く信ぜよ。 一二一―一二三
我よく汝が己の光の中に巣くひて目よりこれを出すをみる、汝笑へば目煌めくによりてなり 一二四―一二六
されど尊き魂よ、我は汝の誰なるやを知らず、また他の光に蔽はれて人間に見えざる天の幸をば何故にうくるやを知らず。 一二七―一二九
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいへり、是においてかそのかゞやくこと前よりはるかに強かりき 一三〇―一三二
あたかも日輪が(濃き水氣の幕その熱に噛盡さるれば)そのいと強き光に己をかくすごとく 一三三―一三五
かの聖なる姿は、まさる悦びのため己が光の中にかくれ、さてかく全く籠りつゝ、我に答へき 一三六―一三八
次の曲の歌ふごとく 一三九―一四一
第六曲
コスタンティーンが鷲をして天の運行に逆はしめし(ラヴィーナを娶れる昔人に附きてこの鷲そのかみこれに順へり)時より以來 一―三
二百年餘の間、神の鳥はエウローパの際涯、そがさきに出でし山々に近き處にとゞまり 四―六
かしこにてその聖なる翼の陰に世を治めつゝ、手より手に移り、さてかく變りてわが手に達せり 七―九
我は皇帝なりき、我はジュスティニアーノなり、今わが感ずる第一の愛の聖旨によりてわれ律法の中より過剩と無益物とを除きたり 一〇―一二
未だこの業に當らざりしさき、われはクリストにたゞ一の性あるを信じ、かつかゝる信仰をもて足れりとなしき 一三―一五
されど至高の牧者なるアガピート尊者、その言葉をもて我を正しき信仰に導けり 一六―一八
我は彼を信じたり、しかして今我彼の信ずる所をあきらかに見ることあたかも汝が一切の矛盾の眞なり僞やなるを見るごとし 一九―二一
われ寺院と歩みを合せて進むに及び、神はその恩惠により我を勵ましてこの貴き業を爲さしむるをよしとし、我は全く身をこれに捧げ 二二―二四
武器をばわがベリサルに委ねたりしに、天の右手彼に結ばりて、わが休むべき休徴となりき 二五―二七
さて我既に第一の問に答へ終りぬ、されどこの答の性に強ひられ、なほ他の事を加ふ 二八―三〇
こは汝をしていかに深き理によりてかのいと聖なる旗に、これを我有となす者も將これに敵ふ者も、ともに逆ふやを見しめん爲なり 三一―三三
パルランテがこれに王國を與へんとて死にし時を始めとし、見よいかなる徳のこれをあがむべき物とせしやを 三四―三六
汝知る、この物三百年餘の間アルバにとゞまり、その終り即ち三人の三人とさらにこれがため戰ふ時に及べることを 三七―三九
また知る、この物サビーニの女達の禍ひよりルクレーチアの憂ひに至るまで七王の代に附近の多くの民に勝ちていかなる業をなしゝやを 四〇―四二
知る、この物秀でしローマ人等の手にありてブレンノ、ピルロ、その他の君主等及び共和の國々と戰ひ、いかなる業をなしゝやを 四三―四五
(是等の戰ひにトルクァート、己が蓬髮に因みて名を呼ばれたるクインツィオ、及びデーチとファービとはわが悦びて甚く尊む譽を得たり) 四六―四八
アンニバーレに從ひて、ポーよ汝の源なるアルペの岩々を越えしアラビア人等の誇りをくじけるもこの物なりき 四九―五一
この物の下に、シピオネとポムペオとは年若うして凱旋したり、また汝の郷土に臨みて聳ゆる山にはこの物酷しと見えたりき 五二―五四
後、天が全世界を己の如く晴和ならしめんと思ひし時に近き頃、ローマの意に從ひて、チェーザレこれを取りたりき 五五―五七
ヴァーロよりレーノに亘りてこの物の爲しゝことをばイサーラもエーラもセンナも見、ローダノを滿たすすべての溪もまた見たり 五八―六〇
ラヴェンナを出でゝルビコンを越えし後このものゝ爲しゝ事はいとはやければ、詞も筆も伴ふ能はじ 六一―六三
士卒を轉らしてスパーニアに向ひ、後ドゥラッツオにむかひ、またファルサーリアを撃ちて熱きニーロにも痛みを覺えしむるにいたれり 六四―六六
そが出立ちし處なるアンタンドロとシモエンタ、またかのエットレの休ふところを再び見、後、身を震はして禍ひをトロメオに與へ 六七―六九
そこよりイウバの許に閃き下り、後、汝等の西に轉りてかしこにポムペオの角を聞けり 七〇―七二
次の旗手と共にこの物の爲しゝことをば、ブルートとカッシオ地獄に證す、このものまたモーデナとペルージヤとを憂へしめたり 七三―七五
うれはしきクレオパトラは今もこの物の爲に泣く、彼はその前より逃げつゝ、蛇によりて俄なる慘き死を遂げき 七六―七八
かの旗手とともにこの物遠く紅の海邊に進み、彼とともに世界をば、イアーノの神殿の鎖さるゝほどいと安泰ならしめき 七九―八一
されどわが語種なるこの旗が、これに屬する世の王國の全體に亘りて、さきに爲したりし事も後に爲すべかりし事も 八二―八四
小かにかつ朧に見ゆるにいたらむ、人この物を、目を明らかにし思ひを清うして、第三のチェーザレの手に視なば 八五―八七
そはこの物彼の手にありしとき、我をはげます生くる正義は、己が怒りに報ゆるの譽をこれに與へたればなり 八八―九〇
いざ汝わが反復語を聞きて異しめ、この後この物ティトとともに、昔の罪を罰せんために進めり 九一―九三
またロンゴバルディの齒、聖なる寺院を嚼みしとき、この物の翼の下にて勝ちつゝ、カルロ・マーニオこれを救へり 九四―九六
今や汝は、わがさきに難じし如き人々の何者なるやと凡て汝等の禍ひの本なる彼等の罪のいかなるやとを自ら量り知るをえむ 九七―九九
彼黄の百合を公の旗に逆らはしむれば此一黨派の爲にこれを己が有となす、いづれか最も非なるを知らず 一〇〇―一〇二
ギベルリニをして行はしめよ、他の旗の下にその術を行はしめよ、この旗を正義と離す者何ぞ善くこれに從ふことあらむ 一〇三―一〇五
またこの新しきカルロをして己がグエルフィと共にこれを倒さず、かれよりも強き獅子より皮を奪ひしその爪を恐れしめよ 一〇六―一〇八
子が父の罪の爲に泣くこと古來例多し、彼をして神その紋所を彼の百合の爲に變へ給ふと信ぜしむる勿れ 一〇九―一一一
さてこの小さき星は、進みて多くの業を爲しゝ諸の善き靈にて飾らる、彼等のかく爲しゝは譽と美名をえん爲なりき 一一二―一一四
しかして願ひ斯く路を誤りてかなたに昇れば、上方に昇る眞の愛、光を減ぜざるをえじ 一一五―一一七
されどわれらの報が功徳と量を等しうすることわれらの悦びの一部を成す、われら彼の此より多からず少からざるを見ればなり 一一八―一二〇
生くる正義はこの事によりてわれらの情をうるはしうし、これをして一度も歪みて惡に陷るなからしむ 一二一―一二三
さま/″\の聲下界にて麗はしき節となるごとく、さま/″\の座わが世にてこの諸の球の間のうるはしき詞を整ふ 一二四―一二六
またこの眞珠の中にはロメオの光の光るあり、彼の美しき大いなる業は正しく報いられざりしかど 一二七―一二九
彼を陷れしプロヴェンツァ人等笑ふをえざりき、是故に他人の善行をわが禍ひとなす者は即ち邪道を歩む者なり 一三〇―一三二
ラモンド・ベリンギエーリには四人の女ありて皆王妃となれり、しかしてこは賤しき旗客ロメオの力によりてなりしに 一三三―一三五
後かれ讒者の言に動かされ、この正しき人(十にて七と五とをえさせし)に清算を求めき 一三六―一三八
是においてか老いて貧しき身をもちて彼去りぬ、世もし一口一口と食を乞ひ求めし時のその固き心を知らば 一三九―一四一
(今もいたく讚むれども)今よりもいたく彼をほむべし。 一四二―一四四
第七曲
オザンナ、萬軍の聖なる神、己が光をもてこれらの王國の惠まるゝ火を上より照らしたまふ者。 一―三
二重の光を重ね纏ひしかの聖者は、その節にあはせてめぐりつゝ、かく歌ふと見えたりき 四―六
しかしてこれもその他の者もみなまた舞ひいで、さていとはやき火花の如く、忽ちへだゝりてわが目にかくれぬ 七―九
われ疑ひをいだき、心の中にいひけるは。いへ、いへ、わが淑女にいへ、彼甘き雫をもてわが渇をとゞむるなれば。 一〇―一二
されどたゞ「ベ」と「イーチェ」のみにて我を統治むる敬我をして睡りに就く人の如く再びわが頭を垂れしむ 一三―一五
ベアトリーチェはたゞ少時我をかくあらしめし後、火の中にさへ人を福ならしむる微笑をもて我を照らしていひけるは 一六―一八
わが量るところ(こは謬ることあらじ)によれば、汝思へらく、正しき罰いかにして正しく罰せらるゝをうるやと 一九―二一
されど我は速に汝の心を釋放つべし、いざ耳を傾けよ、そはわが詞、大いなる教へを汝にさづくべければなり 二二―二四
それかの生れしにあらざる人は、己が益なる意志の銜に堪へかねて、己を罪しつゝ、己がすべての子孫を罪せり 二五―二七
是においてか人類は、大いなる迷ひの中に、幾世の間、病みて下界に臥ししかば、神の語遂に世に降るをよしとし 二八―三〇
その永遠の愛の作用のみにより、かの己が造主より離れし性を、かしこに神結にて己と合せ給ひたり 三一―三三
いざ汝わが今語るところに心をとめよ、己が造主と結合へるこの性は、その造られし時の如く純にして善なりしかど 三四―三六
眞理の道とおのが生命に遠ざかり、自ら求めてかの樂園より逐はれたりき 三七―三九
是故に合せられたる性より見れば、十字架の齎らしゝ刑罰は、正しく行はれしこと他に類なし 四〇―四二
されどこれを受けし者、かゝる性をあはせし者の爲人より見れば、正しからざることまた他に類なし 四三―四五
されば一の行爲より樣々の事出でぬ、そは一の死、神の聖意にも猶太人の心にも適ひたればなり、この死の爲に地は震ひ天は開きぬ 四六―四八
今や汝はさとりがたしと思はぬならむ、正しき罰後にいたりて正しき法廷に罰せられきといふを聞くとも 四九―五一
されど我は今汝の心が、思ひより思ひに移りて一のの中にむすぼれ、それより解放たれんことをばしきりに願ひつゝ待つを見るなり 五二―五四
汝いふ、我よくわが聞けるところをさとる、されど我は神が何故にわれらの贖のためこの方法をのみ選び給へるやを知らずと 五五―五七
兄弟よ、智もし愛の焔の中に熟せざればいかなる人もこの定を會得せじ 五八―六〇
しかはあれ、この目標は多く見られて少しくさとらるゝものなれば、我は何故にかゝる方法の最もふさはしかりしやを告ぐべし 六一―六三
それ己より一切の嫉みを卻くる神の善は、己が中に燃えつゝ、光を放ちてその永遠の美をあらはす 六四―六六
是より直に滴るものはその後滅びじ、これが自ら印を捺すとき、象消ゆることなければなり 六七―六九
是より直に降下るものは全く自由なり、新しき物の力に服從ふことなければなり 七〇―七二
かゝるものは最も是に類ふが故に最も是が心に適ふ、萬物を照らす聖なる焔は最も己に似る物の中に最も強く輝けばなり 七三―七五
しかしてこれらの幸はみな、人たる者の受くるところ、一つ缺くれば、人必ずその尊さを失ふ 七六―七八
人の自由を奪ひ、これをして至上の善に似ざらしめ、その光に照らさるること從つて少きにいたらしむるものは罪のみ 七九―八一
もしそれ正しき刑罰を不義の快樂に對はしめつゝ、罪のつくれる空處を滿すにあらざれば、人その尊さに歸ることなし 八二―八四
汝等の性は、その種子によりて悉く罪を犯すに及び、樂園とともにこれらの尊き物を失ひ 八五―八七
淺瀬の一を渡らずしては、いかなる道によりても再びこれを得るをえざりき(汝よく思ひを凝らさばさとるなるべし) 八八―九〇
淺瀬とは、神がたゞその恩惠によりて赦し給ふか、または人が自らその愚を贖ふか即ち是なり 九一―九三
いざ汝力のかぎり目をわが詞にちかくよせつゝ、永遠の思量の淵深く見よ 九四―九六
そも/\人は、その限りあるによりて、贖をなす能はざりき、そは後神に順ひ心を卑うして下るとも、さきに逆きて 九七―
上らんとせし高さに應ずる能はざればなり、人自ら贖ふの力なかりし理げに茲に存す ―一〇二
是故に神は己が道――即ちその一かまたは二――をもて、人をその完き生に復したまふのほかなかりき 一〇三―一〇五
されど行ふ者の行は、これがいづる心の善をあらはすに從ひ、いよ/\悦ばるゝがゆゑに 一〇六―一〇八
宇宙に印影を捺す神の善は、再び汝等を上げんため、己がすべての道によりて行ふを好めり 一〇九―一一一
また最終の夜と最始の晝との間に、これらの道のいづれによりても、かく尊くかく偉なる業は爲されしことなし爲さるゝことあらじ 一一二―一一四
そは神は人をして再び身を上るに適しからしめん爲己を與へ給ひ、たゞ自ら赦すに優る恩惠をば現し給ひたればなり 一一五―一一七
神の子己を卑うして肉體となり給はざりせば、他のいかなる方法といふとも正義に當るに足らざりしなるべし 一一八―一二〇
さて我は今、汝の願ひをすべてよく滿たさんため、溯りて一の事を説き示し、汝をしてわが如くこれを見るをえしめむ 一二一―一二三
汝いふ、我視るに、地水火風及びそのまじりあへるものみな滅び、永く保たじ 一二四―一二六
しかるにこれらは被造物なり――是故にわがいへること眞ならばこれらには滅ぶるの患あるべきならず――と 一二七―一二九
兄弟よ、諸の天使と、汝が居る處の純なる國とは、現在のごとき完き状態にて造られきといふをうれども 一三〇―一三二
汝の名指しゝ諸の元素およびこれより成る物は、造られし力これをとゝのふ 一三三―一三五
造られしはかれらの物質、造られしはかれらをめぐるこの諸の星のうちのとゝのふる力なり 一三六―一三八
諸の聖なる光の輝と轉とは、すべての獸及び草木の魂をば、これとなりうべき原質よりひきいだせども 一三九―一四一
至上の慈愛は、たゞちに汝等の生命を嘘入れ、かつこれをして己を愛せしむるが故に、この物たえずこれを慕ひ求むるにいたる 一四二―一四四
さてまたこの理よりさらに推し及ぼして汝は汝等の更生を知ることをえむ、もし第一の父母ともに造られし時 一四五―一四七
人の肉體のいかに造られしやを思ひみば
第八曲
世は、その危ふかりし頃、美しきチプリーニアが第三のエピチクロをめぐりつゝ痴情の光を放つと信ずる習なりき 一―三
されば古の人々その古の迷ひより、牲を供へ誓願をかけて彼を崇めしのみならず 四―六
またディオネとクーピドをも崇めて彼をその母とし此をその子とし、かついへり、この子かつてディドの膝の上に坐しきと 七―九
かれらはまた、日輪に或ひは後或ひは前より秋波をおくる星の名を、わがかく歌の始めにうたふかの女神より取れり 一〇―一二
かの星の中に登れることを我は知らざりしかど、その中にありしことをば、わが淑女のいよ/\美しくなるを見て、かたく信じき 一三―一五
しかして火花焔のうちに見え、聲々のうちに判たるゝ(一動かず一往來するときは)ごとく 一六―一八
我はかの光の中に、他の多くの光、輪を成してるを見たり、但し早さに優劣あるはその永劫の視力の如何によりてなるべし 一九―二一
見ゆる風や見えざる風の、冷やかなる雲よりくだる疾しとも、これらのいと聖なる光が 二二―二四
尊きセラフィーニの中にまづ始まりし舞を棄てつゝ我等に來るを見たらん人には、たゞ靜にて遲しと思はれむ 二五―二七
さて最も先に現はれし者のなかにオザンナ響きぬ、こはいと妙なりければ、我は爾後再び聞かんと願はざることたえてなかりき 二八―三〇
かくてその一われらにいよ/\近づき來り、單獨にていふ。われらみな汝の好む所に從ひ汝を悦ばしめんとす 三一―三三
われらは天上の君達と圓を一にし、轉を一にし、渇を一にしてまはる、汝嘗て世にて彼等にいひけらく 三四―三六
汝等了知をもて第三の天を動かす者よと、愛我等に滿つるが故に、汝の心に適はせんとて少時しづまるとも我等の悦び減ることあらじ。 三七―三九
われ目をうや/\しくわが淑女にそゝぎ、その思ひを定かに知りてわが心を安んじゝ後 四〇―四二
再びこれをかの光――かく大いなることを約しゝ――にむかはせ、切なる情を言葉にこめつゝ汝等は誰なりや告げよといへり 四三―四五
われ語れる時、新たなる喜び己が喜びに加はれるため、かの光が、その量と質とにおいて、優りしことげにいかばかりぞや 四六―四八
さてかく變りて我に曰ふ。世はたゞしばし我を宿しき、もし時さらに長かりせば、來るべき多くの禍ひは避けられしものを 四九―五一
わが身のまはりに輝き出づるわが喜びは我を汝の目に見えざらしめ、我を隱してあたかも己が絹に卷かるゝ蟲の如くす 五二―五四
汝深く我を愛しき、是また宜なり、我もし下界に長生へたりせば、わが汝に表はす愛は葉のみにとゞまらざりしなるべし 五五―五七
ローダノがソルガと混りし後に洗ふ左の岸は、時に及びてわがその君となるを望み 五八―六〇
バーリ、ガエタ及びカートナ際涯を占め、トロント、ヴェルデの流れて海に入る處なるアウソーニアの角もまたしか望みき 六一―六三
はやわが額には、ドイツの岸を棄てし後ダヌービオの濕す國の冠かゞやきゐたり 六四―六六
またエウロに最もわづらはさるゝ灣の邊パキーノとペロロの間にて、ティフェオの爲ならずそこに生ずる硫黄の爲に烟る 六七―
かの美しきトリナクリアは、カルロとリドルフォの裔我よりいでゝその王となるを今も望み待ちしなるべし ―七二
民の心を常に荒立る虐政パレルモを動かして、死せよ死せよと叫ばしむるにいたらざりせば 七三―七五
またわが兄弟にして豫めこれを見たらんには、カタローニアの慾と貪とをはやくも避けて、その禍ひを自ら受くるにいたらざりしなるべし 七六―七八
そはげに彼にてもあれ他の人にてもあれ、はや荷の重き彼の船にさらに荷を積むなからんため備へを成さゞるをえざればなり 七九―八一
物惜しみせぬ性より出でゝ吝なりし彼の性は、貨殖に心專ならざる部下を要せむ。 八二―八四
わが君よ、我は汝の言の我に注ぐ深き喜びが、一切の善の始まりかつ終る處にて汝に見らるゝことわがこれを見る如しと 八五―
信ずるがゆゑに、その喜びいよ/\深し、我また汝が神を見てしかしてこれをさとるを愛づ ―九〇
汝我に悦びをえさせぬ、さればまた教へをえさせよ(汝語りて我に疑ひを起さしめたればなり)――苦き物いかにして甘き種より出づるや。 九一―九三
我かく彼に、彼即ち我に。我もし汝に一の眞理を示すをえば、汝は汝の尋ぬる事に顏を向ること今背をむくる如くなるべし 九四―九六
汝の昇る王國を遍くめぐらしかつ悦ばすところの善は、これらの大いなる物體において、己が攝理を力とならしむ 九七―九九
また諸の自然のみ、自ら完き意の中に齊らるゝにあらずして、かれらとともにその安寧もまた然せらる 一〇〇―一〇二
是故にこの弓の射放つものは、みな豫め定められたる目的にむかひて落ち、あたかも己が的にむけられし物の如し 一〇三―一〇五
もしこの事微りせば、今汝の過行く天は、その果を技藝に結ばずして破壞にむすぶにいたるべし 一〇六―一〇八
しかしてこはある事ならじ、もし此等の星を動かす諸の智備はらず、またかく此等を完からしめざりし第一の智に缺處あるにあらずば 一〇九―一一一
汝この眞理をなほも明かにせんと願ふや。我。否然らず、我は自然が必要の事に當りて疲るゝ能はざるを知ればなり。 一一二―一一四
彼即ちまた。いざいへ、世の人もし一市民たらずば禍ひなりや。我答ふ。然り、その理は我問はじ。 一一五―一一七
人各世に住むさまを異にし異なる職務をなすにあらずして市民たることを得るや、汝等の師の記す所正しくば然らず。 一一八―一二〇
かく彼論じてこゝに及び、さて結びていふ。かゝれば汝等の業の根も、また異ならざるをえず 一二一―一二三
是故に一人はソロネ、一人はセルゼ、一人はメルキゼデク、また一人は空を飛びつゝわが子を失へる者とし生る 一二四―一二六
人なる蝋に印を捺す諸の天の力は、善く己が技を爲せども彼家此家の差別を立てず 一二七―一二九
是においてかエサウはヤコブと種を異にし、またクイリーノは人がこれをマルテに歸するにいたれるほど父の賤しき者なりき 一三〇―一三二
もし神の攝理勝たずば、生れし性は生みたるものと常に同じ道に進まむ 一三三―一三五
汝の後にありしもの今前にあり、されど汝と語るわが悦びを汝に知らしめんため、われなほ一の事を加へて汝の表衣となさんとす 一三六―一三八
それ性は、命運これに配はざれば、あたかも處を得ざる種のごとく、その終りを善くすることなし 一三九―一四一
しかして下界もしその心を自然の据うる基にとめてこれに從はゞその民榮えむ 一四二―一四四
しかるに汝等は、劒を腰に帶びんがために生れし者を枉げて僧とし、法を説くべき者を王とす 一四五―一四七
是においてか汝等の歩履道を離る。 一四八―一五〇
第九曲
美しきクレメンツァよ、汝のカルロはわが疑ひを解きし後、我にその子孫のあふべき欺罔の事を告げたり 一―三
されどまた、默して年をその移るに任せよといひしかば、我は汝等の禍ひの後に正しき歎き來らんといふのほか何をもいふをえざるなり 四―六
さてかの聖なる光の生命は、萬物を足らはす善の滿たす如く己を滿たす日輪にはや再びむかひゐたりき 七―九
あゝ迷へる魂等よ、不信心なる被造物等よ、心をかゝる善にそむけて頭を空しき物にむくとは 一〇―一二
時に見よ、いま一の光、わが方に進み出で、我を悦ばせんとの願ひを外部の輝に現はせり 一三―一五
さきのごとく我に注げるベアトリーチェの目は、うれしくもわが願ひを容るゝことをば定かに我に知らしめき 一六―一八
我曰ふ。あゝ福なる靈よ、請ふ速にわが望みをかなへ、わが思ふ所汝に映りて見ゆとの證を我にえさせよ。 一九―二一
是においてか未だ我に知られざりしかの光、さきに歌ひゐたる處なる深處より、あたかも善行を悦ぶ人の如く、續いていふ 二二―二四
邪なるイタリアの國の一部、リアルトとブレンタ、ピアーヴァの源との間の地に 二五―二七
いと高しといふにあらねど一の山の聳ゆるあり、かつて一の炬火こゝより下りていたくこの地方を荒しき 二八―三〇
我とこれとは一の根より生れたり、我はクニッツァと呼ばれにき、わがこゝに輝くはこの星の光に勝たれたればなり 三一―三三
されど我今喜びて自らわが命運の原因を赦し、心せこれに惱まさじ、こは恐らくは世俗の人にさとりがたしと見ゆるならむ 三四―三六
われらの天の中のこの光りて貴き珠、我にいと近き珠の名は今も高く世に聞ゆ、またその滅びざるさきに 三七―三九
この第百年はなほ五度も重ならむ、見よ人たる者己を勝るゝ者となし、第二の生をば第一の生に殘さしむべきならざるやを 四〇―四二
さるにターリアメントとアディーチェに圍まるゝ現在の群集これを思はず、撃たるれどもなほ悔いじ 四三―四五
されどパードヴァは、その民頑にして義に背くにより、程なく招の邊にて、かのヴィチェンツァを洗ふ水を變へむ 四六―四八
またシーレとカニアーンの落合ふ處は、或者これを治め、頭を高うして歩めども、彼を捕へんとて人はや網を造りたり 四九―五一
フェルトロもまたその非道の牧者の罪の爲に泣かむ、かつその罪はいと惡くしてマルタに入れられし者にさへ類を見ざる程ならむ 五二―五四
己が黨派に忠なることを示さんとてこのやさしき僧の與ふるフェルラーラ人の血は、げにいと大いなる桶ならでは ―五五
これを容るゝをえざるべく、※ に分けてこれを量らばその人疲れむ、而してかゝる贈物は本國の慣習に適ふなるべし ―六〇
諸の鏡上方にあり、汝等これを寶座といふ、審判の神そこより我等を照らすがゆゑに我等皆これらの言葉を眞とす。 六一―六三
かくいひて默し、さきのごとく輪に加はりてめぐりつゝ、心をほかにむくるに似たりき 六四―六六
名高き者とはやわが知りしかの殘りの喜びは、日の光に當る良き紅玉の如くわが目に見えたり 六七―六九
上にては悦びによりて、強き光のえらるゝこと、世にて笑のえらるゝ如し、されど下にては心の悲しきにつれて魂黒く外にあらはる 七〇―七二
我曰ふ。福なる靈よ、神萬物を見給ひ、汝の目神に入る、是故にいかなる願ひも汝にかくるゝことあらじ 七三―七五
もしそれ然らば、六の翼を緇衣となす信心深き火とともに歌ひてとこしへに天を樂します汝の聲 七六―七八
何ぞわが諸の願ひを滿たさゞる、もしわが汝の衷に入ること汝のわが衷に入るごとくならば、我豈汝の問を待たんや。 七九―八一
このとき彼曰ふ。地を卷く海を除きては、水湛ふる溪の中にて最大いなるもの 八二―八四
相容れざる二の岸の間にて、日に逆ひて遠く延びゆき、さきに天涯となれる所を子牛線となす 八五―八七
我はこの溪の邊、エブロとマークラ(短き流れによりてゼーノヴァ人とトスカーナ人とを分つ)の間に住める者なりき 八八―九〇
そのかみ己が血をもて湊を熱くせしわが故郷はブッジェーアと殆ど日出日沒を同うす 九一―九三
わが名を知れる人々我をフォルコと呼べり、我今象をこの天に捺す、この天我に捺しゝごとし 九四―九六
そはシケオとクレウザとを虐げしベロの女も、デモフォーンテに欺かれたるロドペーアも、またイオレを心に 九七―
包める頃のアルチーデも、齡に適はしかりし間の我より強くは、思ひに燃えざりければなり ―一〇二
しかはあれ、こゝにては我等悔いず、たゞ笑ふ、こは罪の爲ならで(再び心に浮ばざれば)、定め、整ふる力のためなり 一〇三―一〇五
こゝにては我等、かく大いなる御業を飾る技巧を視、天界に下界を治めしむる善を知る 一〇六―一〇八
されどこの球の中に生じゝ汝の願ひ悉く滿たされんため、我なほ語を繼がざるべからず 一〇九―一一一
汝は誰がこの光(あたかも清き水に映ずる日の光の如くわが傍に閃くところの)の中にあるやを知らんと欲す 一一二―一一四
いざ知るべし、ラアブこのうちにやすらふ、彼われらの組に加はりその印をこれに捺すこと他に類なし 一一五―一一七
人の世界の投ぐる影、尖れる端となる處なるこの天は、クリストの凱旋に加はる魂の中彼をば最も先に受けたり 一一八―一二〇
左右の掌にて獲たる尊き勝利のしるしとして彼を天の一におくは、げにふさはしき事なりき 一二一―一二三
そは彼ヨスエを聖地――今やこの地殆ど法王の記憶に觸れじ――にたすけてその最初の榮光をこれにえさせたればなり 一二四―一二六
はじめて己が造主に背き、嫉みによりて深き歎きを殘せる者の建てたりし汝の邑は 一二七―一二九
詛ひの花を生じて散らす、こは牧者を狼となして、羊、羔をさまよはしゝもの 一三〇―一三二
これがために福音と諸の大いなる師とは棄てられ、人專ら寺院の法規を學ぶことその紙端にあらはるゝ如し 一三三―一三五
これにこそ法王もカルディナレもその心をとむるなれ、彼等の思ひはガブリエルロが翼を伸べし處なるナツァレッテに到らじ 一三六―一三八
されどヴァティカーノ、その他ローマの中の選ばれし地にてピエートロに從へる軍人等の墓となりたる所はみな 一三九―一四一
この姦淫より直ちに釋放たるべし。 一四二―一四四
第十曲
言ひ難き第一の力は、己が子を、彼と此との永遠の息なる愛とともにうちまもりつゝ 一―三
心または處にめぐるすべての物をば、いと妙なる次第を立てゝ造れるが故に、これを見る者必ずかの力を味ふ 四―六
讀者よされば目を擧げて我とともに天球にむかひ、一の運行の他と相觸るゝところを望み 七―九
よろこびて師の技を見よ、師はその心の中に深くこれを愛し、目をこれより離すことなし 一〇―一二
見よ諸の星を携ふる一の圈、かれらを呼求むる世を足らはさんとて、斜にかしこより岐れ出づるを 一三―一五
もしかれらの道傾斜ならずば、天の力多くは空しく、下界の活動殆どみな止まむ 一六―一八
またもし直線とこれとの距離今より多きか少きときは、宇宙の秩序は上にも下にも多く缺くべし 一九―二一
いざ讀者よ、未だ疲れざるさきに疾く喜ぶをえんと願はゞ、汝の椅子に殘りて、わが少しく味はしめしことを思ひめぐらせ 二二―二四
我はや汝の前に置きたり、汝今より自ら食むべし、わが筆の獻げられたる歌題はわが心を悉くこれに傾けしむればなり 二五―二七
自然の最大いなる僕にて、天の力を世界に捺し、かつ己が光をもてわれらのために時を量るもの 二八―三〇
わがさきにいへる處と合し、かの螺旋即ちそが日毎に早く己を現はすその條を傳ひてめぐれり 三一―三三
我この物とともにありき、されど登れることを覺えず、あたかも思ひ始むるまでは思ひの起るを知らざる人の如くなりき 三四―三六
かく一の善よりこれにまさる善に導き、しかして己が爲す事の、時を占むるにいたらざるほどいと早きはベアトリーチェなり 三七―三九
わが入りし日の中にさへ色によらで光によりて現はるゝとは、げにそのものゝ自ら輝くこといかばかりなりけむ 四〇―四二
たとひわれ、才と技巧と練達を呼び求むとも、これを語りて人をして心に描かしむるをえんや、人たゞ信じて自ら視るを願ふべし 四三―四五
またわれらの想像の力低うしてかゝる高さに到らずとも異しむに足らず、そは未だ日よりも上に目の及べることなければなり 四六―四八
尊き父の第四の族かゝる姿にてかしこにありき、父は氣息を嘘く状と子を生むさまとを示しつゝ絶えずこれを飽かしめ給ふ 四九―五一
ベアトリーチェ曰ふ。感謝せよ、恩惠によりて汝を擧げつゝこの見ゆべき日にいたらんめし諸の天使の日に感謝せよ。 五二―五四
人の心いかに畏敬の念に傾き、またいかに喜び進みて己を神に棒げんとすとも 五五―五七
これらの詞を聞ける時のわがさまに及ばじ、わが愛こと/″\く神に注がれ、ベアトリーチェはそがために少時忘られき 五八―六〇
されど怒らず、いとうつくしく微笑みたれば、そのゑめる目の耀はわが合ひし心をわかちて多くの物にむかはしむ 六一―六三
われ見しに多くの生くる勝るゝ光、われらを中心となし己を一の輪となしき、その聲のうるはしきこと姿の輝くにまさりたり 六四―六六
空氣孕り、帶となるべき糸を保つにいたるとき、われらは屡ラートナの女の亦かくの如く卷かるゝを見る 六七―六九
そも/\天の王宮(かしこより我は歸りぬ)には、いと貴く美しくして王土の外に齎らすをえざる寶多し 七〇―七二
これらの光の歌もその一なりき、かしこに飛登るべき羽を備へざる者は、かなたの消息を唖に求めよ 七三―七五
これらの燃ゆる日輪、かくうたひつゝわれらを三度、動かざる極に近き星のごとくにれる時 七六―七八
かれらはあたかも踊り終らぬ女等が、新しき節を聞くまで耳傾けつゝ、默して止まるごとく見えたり 七九―八一
かくてその一の中より聲いでゝ曰ふ。眞の愛を燃しかつ愛するによりて増し加はる恩惠の光 八二―八四
汝の衷につよく輝き、後また昇らざる者の降ることなきかの階を傳ひ汝を上方に導くがゆゑに 八五―八七
己が壜子の酒を與へて汝の渇をとゞむることをせざる者は、その自由ならざること、海に注がざる水に等し 八八―九〇
汝はこの花圈(汝を強うして天に登らしむる美しき淑女を圍み、悦びてこれを視る物)がいかなる草木の花に飾らるゝやを知らんとす 九一―九三
我はドメーニコに導かれ、迷はずばよく肥ゆるところなる道を歩む聖なる群の羔の一なりき 九四―九六
右にて我にいと近きはわが兄弟たり師たりし者なり、彼はコローニアのアルベルトといひ、我はアクイーノのトマスといへり 九七―九九
このほかすべての者の事を汝かく定かにせんと思はゞ、わが言葉に續きつゝこの福なる花圈にそひて汝の目をらすべし 一〇〇―一〇二
次の焔はグラツィアーンの笑ひより出づ、彼は天堂において嘉せらるゝほど二の法廷を助けし者なり 一〇三―一〇五
またその傍にてわれらの組を飾る焔はピエートロ即ちかの貧しき女に傚ひ己が寶を聖なる寺院に捧げし者なり 一〇六―一〇八
われらの中の最美物なる第五の光は、下界擧りてその消息に饑るほどなる戀より吹出づ 一〇九―一一一
そがなかにはいと深き知慧を受けたる尊き心あり、眞もし眞ならば、智においてこれと並ぶべき者興りしことなし 一一二―一一四
またその傍なるかの蝋燭の光を見よ、こは肉體の中にありて、天使の性とその役とをいと深く見し者なりき 一一五―一一七
次の小さき光の中には、己が書をアウグスティーンの用ゐに供へしかの信仰の保護者ほゝゑむ 一一八―一二〇
さてわが讚詞を逐ひて汝の心の目を光より光に移さば、汝は既に第八の光に渇きつゝあらむ 一二一―一二三
そがなかには、己が言を善く聽く人に、虚僞の世を現はす聖なる魂、一切の善を見るによりて悦ぶ 一二四―一二六
このものゝ追はれて出でし肉體はいまチェルダウロにあり、己は殉教と流鼠とよりこの平安に來れるなりき 一二七―一二九
その先に、イシドロ、ベーダ及び想ふこと人たる者の上に出でしリッカルドの息の、燃えて焔を放つを見よ 一三〇―一三二
また左にて我にいと近きは、その深き思ひの中にて、死の來るを遲しと見し一の靈の光なり 一三三―一三五
これぞ藁の街にて教へ、嫉まるゝべき眞理を證せしシジエーリのとこしへの光なる。 一三六―一三八
かくてあたかも神の新婦が朝の歌をば新郎の爲にうたひその愛を得んとて立つ時われらを呼ぶ時辰儀の 一三九―一四一
一部他の一部を、曳きかつ押して音妙にチン/\と鳴り、神に心向へる靈を愛にてあふれしむるごとく 一四二―一四四
我は榮光の輪のめぐりつゝ、喜び限りなき處ならでは知るあたはざる和合と美とにその聲々をあはすを見たり。 一四五―一四七
第十一曲
あゝ人間の愚なる心勞よ、汝をして翼を鼓ちて下らしむるは、そも/\いかに誤り多き推理ぞや 一―三
一人は法に一人は醫に走り、ひとりは僧官を追ひ、ひとりは暴力または詭辯によりて治めんとし 四―六
一人は奪ひ取らんとし、一人は公務に就かんとし、一人は肉の快樂に迷ひてこれに耽り、ひとりは安佚を貪ぼれる 七―九
間に、我はすべてこれらの物より釋かれ、ベアトリーチェとともに、かくはな/″\しく天に迎へ入れられき 一〇―一二
さていづれの靈もかの圈の中、さきにそのありし處に歸れるとき、動かざることあたかも燭臺に立つ蝋燭の如くなりき 一三―一五
しかしてさきに我に物言へる光、いよ/\あざやかになりてほゝゑみ、内より聲を出して曰ふ 一六―一八
われ永遠の光を視て汝の思ひの出來る本を知る、なほかの光に照らされてわれ自ら輝くごとし 一九―二一
汝はさきにわが「よく肥ゆるところ」といひまた「これと並ぶべき者生れしことなし」といへるをあやしみ 二二―
汝の了解に適はしきまで明らかなるゆきわたりたる言葉にてその説示されんことを願ふ、げにこゝにこそ具に辨くべき事はあるなれ ―二七
それ被造物の目の視きはむる能はざるまでいと深き思量をもて宇宙を治むる神の攝理は 二八―三〇
かの新婦――即ち大聲によばはりつゝ尊き血をもてこれと縁を結べる者の新婦――をしてその愛む者の許に往くにあたり 三一―三三
心を安んじかつ彼にいよ/\忠實ならしめんとて、これがためにその左右の導者となるべき二人の君を定めたり 三四―三六
その一人は熱情全くセラフィーノのごとく、ひとりは知慧によりてケルビーノの光を地上に放てり 三七―三九
我その一人の事をいはむ、かれらの業の目的は一なるがゆゑに、いづれにてもひとりを讚むるはふたりをほむることなればなり 四〇―四二
トゥピーノと、ウバルド尊者に選ばれし丘よりくだる水との間に、とある高山より、肥沃の坂の垂るゝあり 四三―四五
(この山よりペルージアは、ポルタ・ソレにて暑さ寒さを受く、また坂の後方にはノチェーラとグアルドと重き軛の爲に泣く) 四六―四八
この坂の中嶮しさのいたく破るゝ處より、一の日輪世に出でたり――あたかもこれがをりふしガンジェより出るごとく 四九―五一
是故にこの處のことをいふ者、もし應はしくいはんと思はゞ、アーシェージといはずして(語足らざれば)東方といふべし 五二―五四
昇りて久しからざるに、彼は早くもその大いなる徳をもて地に若干の勵みを覺えしむ 五五―五七
そは彼若き時、ひとりだに悦びの戸を開きて迎ふる者なき(死を迎へざるごとく)女の爲に父と爭ひ 五八―六〇
而して己が靈の法廷に、父の前にて、これと縁を結びし後、日毎に深くこれを愛したればなり 六一―六三
それかの女は、最初の夫を失ひてより、千百年餘の間、蔑視まれ疎んぜられて、彼の出るにいたるまで招かるゝことあらざりき 六四―六六
かの女が、アミクラーテと倶にありて、かの全世界を恐れしめたる者の聲にも驚かざりきといふ風聞さへこれに益なく 六七―六九
かの女が、心堅く膽大ければ、マリアを下に殘しつゝ、クリストとともに十字架に上りし事さへこれが益とならざりき 七〇―七二
されどわが物語あまりに朧に進まざるため、汝は今、わがこの長き言の中なる戀人等の、フランチェスコと貧なるを知れ 七三―七五
かれらの和合とそのよろこべる姿とは、愛、驚、及び敬ひを、聖なる思ひの原因たらしめき 七六―七八
かゝれば尊きベルナルドは第一に沓をぬぎ、かく大いなる平安を逐ひて走り、走れどもなほおそしとおもへり 七九―八一
あゝ未知の富肥沃の財寶よ、エジディオ沓を脱ぎ、シルヴェストロ沓をぬぎて共に新郎に從へり、新婦いたく心に適ひたるによる 八二―八四
かくてかの父たり師たりし者は己が戀人及びはや卑しき紐を帶とせし家族とともに出立てり 八五―八七
またピエートロ・ベルナルドネの子たりし爲にも、奇しくさげすまるべき姿の爲にも、心の怯額を壓さず 八八―九〇
王者の如くインノチェンツィオにその嚴しき企を明し、己が分派のために彼より最初の印を受けたり 九一―九三
貧しき民の彼――そのいと妙なる生涯はむしろ天の榮光の中に歌はるゝかたよかるべし――に從ふ者増しゝ後 九四―九六
永遠の靈は、オノリオの手を經て、この法主の聖なる志に第二の冠を戴かしめき 九七―九九
さて彼殉教に渇き、驕るソルダンの目前にて、クリストとその從者等のことを宣べしも 一〇〇―一〇二
民心熟せず、歸依者なきを見、空しく止まらんよりはイタリアの草の實をえんとて歸り、その時 一〇三―一〇五
テーヴェロとアルノの間の粗き巖の中にて最後の印をクリストより受け、二年の間これを己が身に帶びき 一〇六―一〇八
彼を選びてかゝる幸に到らしめ給ひし者、彼を召し、身を卑うして彼の得たる報をば與ふるをよしとし給へる時 一〇九―一一一
正しき嗣子等に薦むるごとく彼その兄弟達に己が最愛の女を薦め、まめやかにこれを愛せと命じ 一一二―一一四
かくして尊き魂は、かの女の懷を離れて己が王國に歸るを願へり、またその肉體の爲に他の柩を求めざりき 一一五―一一七
いざ思へ、大海に浮ぶピエートロの船の行方を誤らしめざるにあたりて彼の侶たるに適はしき人のいかなる者にてありしやを 一一八―一二〇
是ぞわれらの教祖なりける、かゝれば汝は、およそ彼に從ひてその命ずる如く爲す者の者の、良貨を積むをさとらむ 一二一―一二三
されど彼の牧ふ群は新しき食物をいたく貪り、そがためかなたこなたの山路に分れ散らざるをえざるにいたれり 一二四―一二六
しかして彼の羊遠く迷ひていよ/\彼を離るれば、いよ/\乳に乏しくなりて圈に歸る 一二七―一二九
げにその中には害を恐れ牧者に近く身を置くものあり、されど少許の布にてかれらの僧衣を造るに足るほどその數少し 一三〇―一三二
さてもしわが言葉微ならずば、またもし汝心をとめて聽きたらんには、しかしてわが既にいへることを再び心に想ひ起さば 一三三―一三五
汝の願ひの一部は滿つべし、そは汝削られし木を見、何故に革紐を纏ふ者が「迷はずばよく肥ゆるところ」と 一三六―一三八
論らふやを知るべければなり。
第十二曲
かの福なる焔最終の語をいへるとき、聖なる碾石たゞちにりはじめたり 一―三
しかしてその未だ一周せざるまに、いま一の碾石まろくこれを圍みつゝ、舞をば舞に歌をば歌にあはせたり 四―六
この歌は、かのうるはしき笛よりいで、さながら元の輝が映れる光に優る如く、われらのムーゼわれらのシレーネにまさる 七―九
イウノネその侍女に命ずれば、相並び色も等しき二の弓、やはらかき雲の中に張られ 一〇―一二
(外の弓内の弓より生る、その状かの流離の女、日の爲に消ゆる霧かとばかり戀の爲に消たる者の言葉に似たり) 一三―一五
世の人々をして、神がノエと立て給ひし契約にもとづき、世界にふたゝび洪水なきを卜せしむ 一六―一八
かくの如く、これらの不朽の薔薇の二の花圈はわれらの周圍をめぐり、またかくの如く、その外の圈内の圈と相適ひたり 一九―二一
喜びの舞と尊き大いなる祝――光、光と樂しく快くかつ歌ひかつ照しあふ――とが 二二―二四
あたかもその好むところに從つて共に閉ぢ共に開かざるをえざる目の如く、時と意志とを同うしてともに靜になりし後 二五―二七
新しき光の一の中よりとある聲出で、我をば星を指す針のごとくそなたにむかしめき 二八―三〇
いふ。我を美しうする愛我を促して今一人の導者の事を語らしむ――彼の爲に、わが師いまかく稱へられたり 三一―三三
一のをる處には他もまた請ぜられ、さきに二人が心を合せて戰へる如く、その榮光をもともに輝かすを宜しとす 三四―三六
いと高き價を拂ひて武器を新にしたるクリストの軍隊が、旗の後より、遲く、怖ぢつゝ、疎になりて進みゐしころ 三七―三九
永遠に治め給ふ帝は、かのおぼつかなき軍人等の爲に、かれらの徳によるにあらでたゞ己が恩惠によりて備をなし 四〇―四二
さきにいはれしごとく二人の勇士を遣りて己が新婦を扶け給へり、かれらの言と行とにより迷へる人々道に歸りき 四三―四五
若葉をひらきこれをもてエウローパの衣を新ならしめんため爽かなる西風の起るところ 四六―四八
浪打際――日は時として長く疾く進みて後、かの浪のかなたにて萬人の目にかくる――よりいと遠くはあらぬあたりに 四九―五一
幸多きカラロガあり、從ひ從ふる獅子を表はすかの大いなる楯にまもらる 五二―五四
かしこに、クリストの信仰を慕ふ戀人、味方にやさしく敵につれなき聖なる剛者生れたり 五五―五七
かれの心はその造られし時、生る力をもてたゞちに滿たされたりしかば、母に宿りゐてこれを豫言者たらしめき 五八―六〇
彼と信仰の間の縁、聖盤のほとりに結ばれ、かれらかしこにて相互の救ひをその聘物となしゝ後 六一―六三
かれに代りて肯へる女は、かれとその嗣子等とより出づるにいたる奇しき果を己が眠れる間に見たり 六四―六六
しかして彼の爲人を語の形に顯はさんため、靈この處よりくだり、彼は全く主のものなればその意をとりて名となせり 六七―六九
彼即ちドメーニコと呼ばれき、我は彼をば、クリストにえらばれその園にてこれをたすけし農夫にたとへむ 七〇―七二
げに彼はクリストの使またその弟子なることを示せり、かれに現はれし最初の愛はクリストの與へ給ひし第一の訓に向ひたればなり 七三―七五
かれの乳母は、かれが屡目を醒しつゝ默して地に伏し、その状我このために生るといふが如きを見たり 七六―七八
あゝ彼の父こそ眞にフェリーチェ、かれの母こそ眞にジョヴァンナ(若しこれに世の釋く如き意義あらば)といふべけれ 七九―八一
人々が今、かのオスティア人またはタッデオの後を逐ひつゝ勞して求むる世の爲ならで、まことのマンナの愛の爲に 八二―八四
彼は程なく大いなる師となり、葡萄の園――園丁あしくばたゞちに白まむ――をめぐりはじめき 八五―八七
彼が法座(正しき貧者を今は普の如くいたはらず、されどこはこれに坐する劣れる者の罪にして法座その物の罪ならじ)に求めしは 八八―九〇
六をえて二三を頒つことにあらず、最初に空きたる官をうるの幸にもあらず、また神の貧者に屬する什一にもあらで 九一―九三
汝をかこむ二十四本の草木の元なる種のために、かの迷へる世と戰ふの許なりしぞかし 九四―九六
かくてかれは教理、意志、及び使徒の任務をもてあたかも激流の、高き脈より押出さるゝごとくに進み 九七―九九
勢猛く異端邪説の雜木を打ち、さからふ力のいと大いなる處にては打つことまたいと強かりき 一〇〇―一〇二
この後さま/″\の流れ彼より出でたり、カトリックの園これによりて潤ひ、その叢樹いよ/\榮ゆ 一〇三―一〇五
聖なる寺院が自ら衞りかつ戰場にその内亂を鎭めしとき乘りし車の一の輪げにかくの如くならば 一〇六―一〇八
殘の輪――わが來らざるさきにトムマのいたく稱へたる――の秀づること必ずや汝にあきらかならむ 一〇九―一一一
されどこの輪の周圍のいと高きところの殘しゝ轍を人かへりみず、良酒のありしところに黴生ず 一一二―一一四
彼の足跡を踏み傳ひて直く進みしかれの家族は全くその方向を變へ、指を踵の方に投ぐ 一一五―一一七
しかしてかくあしく耕すことのいかなる收穫に終るやは、程なく知られむ、その時至らば莠は穀倉を奪はるゝをかこつべければなり 一一八―一二〇
しかはあれ、人もしわれらの書を一枚また一枚としらべなば、我はありし昔のまゝなりと録さるゝ紙の今猶あるを見む 一二一―一二三
されどこはカザールまたはアクアスパルタよりならじ、かしこより來りてかの文書に係はる者或ひはこれを避け或ひはこれを縮む 一二四―一二六
さて我はボナヴェントゥラ・ダ・バーニオレジオの生命なり、大いなる職務を果さんためわれ常に世の心勞を後にせり 一二七―一二九
イルルミナートとアウグスティンこゝにあり、彼等は紐によりて神の友となりたる最初の素足の貧者の中にありき 一三〇―一三二
ウーゴ・ダ・サン・ヴィットレ彼等と倶に茲にあり、またピエートロ・マンジァドレ及び世にて十二の卷に輝くピエートロ・イスパーノあり 一三三―一三五
豫言者ナタン、京の僧正クリソストモ、アンセルモ、及び第一の學術に手を下すをいとはざりしドナートあり 一三六―一三八
ラバーノこゝにあり、また豫言の靈を授けられたるカーラブリアの僧都ジョヴァッキーノわが傍にかゞやく 一三九―一四一
フラア・トムマーゾの燃ゆる誠とそのふさはしき言とは我を動かしてかく大いなる武士を競ひ讚めしめ 一四二―一四四
かつ我とともにこれらの侶を動かしたりき。 一四五―一四七
第十三曲
わが今視し物をよくさとらむとねがふ人は、心の中に描きみよ(しかしてわが語る間、その描ける物を堅き巖の如くに保て) 一―三
空氣いかに密なりともなほこれに勝つばかりいと燦かなる光にてこゝかしこに天を活かす十五の星を 四―六
われらの天の懷をもて夜も晝も足れりとし、轅をめぐらしつゝかくれぬ北斗を描きみよ 七―九
またかの車軸――第一の輪これがまはりをめぐる――の端より起る角笛の口をゑがきみよ 一〇―一二
即ちこれらのもの己をもてあたかもミノスの女が死の冷さを覺えし時に造れるごとき徴號を二つ天につくり 一三―一五
一はその光を他の一の内に保ち、かつ相共にめぐりつゝ一は先に一は後より行く状を 一六―一八
さらば眞の星宿と、わが立處をかこみめぐる二重の舞とをおぼろに認めむ 一九―二一
そはこれがわが世の習を超ゆること、さながら諸天の中の最疾きものゝる早さがキアーナの水の流れに優る如くなればなり 二二―二四
かしこにかれらの歌へるはバッコに非ずペアーナにあらず、三一言る神の性、及び一となれる神人二の性なりき 二五―二七
歌も舞も終りにいたれば、これらの聖なる光は、その心をわれらにとめつゝ、彼より此と思ひを移すを悦べり 二八―三〇
かの神の貧しき人の奇しき一生を我に語れる光、相和する聖徒の中にて、このとき靜寂を破りて 三一―三三
曰ふ。一の穗碎かれ、その實すでに蓄へらるゝがゆゑに、うるはしき愛我を招きてさらに殘の穗を打たしむ 三四―三六
汝思へらく、己が味のため全世界をして價を拂はしめし女の美しき頬を造らんとて肋骨を拔きし胸にも 三七―三九
槍に刺され、一切の罪の重さにまさる贖をそのあとさきになしゝ胸にも 四〇―四二
この二を造れる威能は、凡そ人たる者の受くるをうるかぎりの光を悉く注ぎ入れたるなりと 四三―四五
是故に汝は、さきに我汝に告げて、かの第五の光につゝまるゝ福には並ぶ者なしといへるを異しむ 四六―四八
いざ目を開きてわが答ふるところを望め、さらば汝は汝の思ひとわが言とが眞理において一となること圓の中心の如きを見む 四九―五一
それ滅びざるものも滅びうるものも、みな愛によりてわれらの主の生みたまふ觀念の耀にほかならず 五二―五四
そはかの活光、即ち己が源の光よりいでゝこれを離れずまたこれらと三一に結ばる愛を離れざるもの 五五―五七
自ら永遠に一となりて殘りつゝ、その恩惠によりて己が光線を、あたかも鏡に映す如く、九の物に集むればなり 五八―六〇
さてこの光線こゝより降りて最も劣れる物に及ぶ、而してかく業より業に移るに從ひ力愈弱く遂には只はかなき苟且の物をのみ造るにいたる 六一―六三
苟且の物とはる諸天が種によりまたは種によらずして生ずる所の産物をいふ 六四―六六
またかゝる物の蝋とこの蝋を整ふるものとは一樣にあらず、されば觀念に印せられてその中に輝く光或ひは多く或ひは少し 六七―六九
是においてか類において同じ木も善果惡果を結び、汝等もまた才を異にして生るゝにいたる 七〇―七二
蝋もし全く備はり、天の及ぼす力いとつよくば、印の光みなあらはれむ 七三―七五
されど自然は常に乏しき光を與ふ、即ちそのはたらくさまあたかも技に精しけれど手の震ふ技術家の如し 七六―七八
もしそれ熱愛材をとゝのへ、第一の力の燦かなる視力を印せば、物みな極めて完全ならむ 七九―八一
さればこそ土は往昔生物の極めて完全なるに適はしく造られ、また處女は孕りしなれ 八二―八四
是故に人たるものゝ性がこの二者の性の如くになれること先にもあらず後にもあらずと汝の思ふを我は好とす 八五―八七
さて我もしさらに説進まずば、汝はまづ、さらばかの者いかでその此類を見ずやといはむ 八八―九〇
されど顯はれざる事の明らかに顯はれん爲、彼の何人なりしやを思へ、またその求めよといはれし時彼を動かして請はしめし原因を思へ 九一―九三
わがいへるところ朧なりとも汝なほ定かに知らむ、彼の王者なりし事を、またその知慧を求めしは即ち良王とならん爲にて
天上の動者の數を知らん爲にも、必然と偶然とが必然を造ることありや否やを知らん爲にも 九七―九九
第一の動の有無を知らん爲にも、はたまた一の直角なき三角形が半圓の内に造らるゝをうるや否やを知らん爲にもあらざりしを 一〇〇―一〇二
是故に汝もしさきにわがいへることゝ此事とを思ひみなば、わが謂ふところの比類なき智とは王者の深慮を指すをみむ 一〇三―一〇五
またもし明らかなる目を興りしといふ語にむけなば、こは數多くして良者稀なる王達にのみ關はるをみむ 一〇六―一〇八
かく別ちてわが言を受けよ、さらばそは第一の父及びわれらの愛する者についての汝の信仰と並び立つべし 一〇九―一一一
汝この事をもて常に足の鉛とし、汝の見ざる然と否とにむかひては疲れし人の如く徐に進め 一一二―一一四
肯ふべき時にてもまたいなむべき時にても、彼と此とを別たずしてしかする者はいみじき愚者にほかならず 一一五―一一七
そは輕々しく事を斷ずれば誤り易く、情また尋いで智を絆すにいたればなり 一一八―一二〇
眞理を漁りて、技を有せざる者は、その歸るや出立つ時と状を異にす、豈空しく岸を離れ去るのみならんや 一二一―一二三
パルメニーデ、メリッソ、ブリッソ、そのほか行きつゝ行方を知らざりし多くの人々みな世にむかひて明かにこれが證をなす 一二四―一二六
サベルリオ、アルリオ及びあたかも劒の如く聖書を映してその直き顏を歪めし愚者また然り 一二七―一二九
されば人々餘りに安んじて事を判じ、さながら畑にある穗をばその熟せざるさきに評價する人の如くなるなかれ 一三〇―一三二
そはわれ茨が、冬の間は堅く恐ろしく見ゆれども、後その梢に薔薇の花をいたゞくを見 一三三―一三五
また船が直く疾く海を渡りて航路を終へつゝ、遂に港の入口に沈むを見しことあればなり 一三六―一三八
ドンナ・ベルタもセル・マルティーノも、一人盜み一人物を獻ぐるを見て、神の審判かれらにあらはると思ふ勿れ 一三九―一四一
恐らくは彼起き此倒るゝことあらむ。 一四二―一四四
第十四曲
圓き器の中なる水、外または内より打たるれば、その波動中心より縁にまたは縁より中心に及ぶ 一―三
トムマーゾのたふとき生命默しゝとき、この事たちまちわが心に浮べり 四―六
こは彼の言と彼に續いて物言へるベアトリーチェの言とよりこれに似たる事生じゝによる、淑女曰ふ 七―九
いまひとつの眞理をばこの者求めて根に到らざるをえず、されど聲はもとより未だ思ひによりてさへこれを汝等にいはざるなり 一〇―一二
請ふ彼に告げよ、汝等靈體を飾る光は、今のごとくとこしへに汝等とともに殘るや否やを 一三―一五
またもし殘らば、請ふ告げよ、汝等が再び見ゆるにいたる時、その光いかにして汝等の目を害はざるをうべきやを。 一六―一八
たとへば輪に舞ふ人々が、悦び増せば、これに促され引かれつゝ、相共に聲を高うし、姿に樂しみを現はすごとく 一九―二一
かの二の聖なる圓は、急なるうや/\しき願ひをきゝて、そのるさまと妙なる節とに新なる悦びを現はせり 二二―二四
およそ人の天に生きんとて地に死ぬるを悲しむ者は、永劫の雨の爽かなるを未だかしこに見ざる者なり 二五―二七
さてかの一と二と三、即ち永遠に生き、かつとこしへに三と二と一にて治め、限られずして萬物を限り給ふものをば 二八―三〇
かの諸の靈いづれも三度うたひたり、その妙なる調はげにいかなる功徳の報となすにも適はしかるべし 三一―三三
我また小き方の圓の中なる最神々しき光の中に一の柔かき聲を聞たり、マリアに語れる天使の聲もかくやありけむ 三四―三六
その答ふる所にいふ。天堂の樂しみ續くかぎり、我等の愛光を放ちてかゝる衣をわれらのまはりに現はさむ 三七―三九
その燦かさは愛の強さに伴ひ、愛の強さは視力に伴ひ、しかして是またその功徳を超えて受くるところの恩惠に準ず 四〇―四二
尊くせられ聖められし肉再びわれらに着せらるゝ時、われらの身はその悉く備はるによりて、いよ/\めづべき物となるべし 四三―四五
是故に至上の善が我等にめぐむすべての光、われらに神を視るをえしむる光は増さむ 四六―四八
是においてか視力増し、これに燃さるゝ愛も増し、愛よりいづる光も増さむ 四九―五一
されど炭が焔を出し、しかして白熱をもてこれに勝ちつゝ己が姿をまもるごとく 五二―五四
この耀――今われらを包む――は、たえず地に被はるゝ肉よりも、そのあらはるゝさま劣るべし 五五―五七
またかく大いなる光と雖、われらを疲れしむる能はじ、そは肉體の諸の機關強くして、我等を悦ばす力あるすべての物に堪ふればなり。 五八―六〇
いと疾くいちはやくかの歌の組二ながらアーメンといひ、死にたる體をうるの願ひをあきらかに示すごとくなりき 六一―六三
またこの願ひは恐らくは彼等自らの爲のみならず、父母その他彼等が未だ不朽の焔とならざる先に愛しゝ者の爲なりしならむ 六四―六六
時に見よ、一樣に燦かなる一の光あたりに現はれ、かしこにありし光のかなたにてさながら輝く天涯に似たりき 六七―六九
また日の暮初むる頃、新に天に現はれ出づるものありて、その見ゆるは眞か否かわきがたきごとく 七〇―七二
我はかしこに多くの新しき靈ありて、かの二の輪の外に一の圓を造りゐたるを見きとおぼえぬ 七三―七五
あゝ聖靈の眞の閃よ、その不意にしてかつ輝くこといかばかりなりけむ、わが目くらみて堪ふるをえざりき 七六―七八
されどベアトリーチェは、記憶の及ぶあたはざるまでいと美しくかつ微笑みて見えしかば 七九―八一
わが目これより力を受けて再び自ら擧ぐるをえ、我はたゞわが淑女とともにいよいよ尊き救ひに移りゐたるを見たり 八二―八四
わがさらに高く昇れることを定かに知りしは、常よりも紅くみえし星の、燃ゆる笑ひによりてなりき 八五―八七
我わが心を盡し、萬人のひとしく用ゐる言葉にて、この新なる恩惠に適はしき燔祭を神に獻げ 八八―九〇
しかして供物の火未だわが胸の中に盡きざるさきに、我はこの獻物の嘉納せられしことを知りたり 九一―九三
そは多くの輝二の光線の中にて我に現はれ、あゝかくかれらを飾るエリオスよとわがいへるほど燦かにかつ赤かりければなり 九四―九六
たとへば銀河が、大小さま/″\の光を列ねて宇宙の兩極の間に白み、いと賢き者にさへ疑ひをいだかしむるごとく 九七―九九
かの光線は、星座となりつゝ、火星の深處に、象限相結びて圓の中に造るその貴き標識をつくれり 一〇〇―一〇二
さて茲に到りてわが記憶才に勝つ、そはかの十字架の上にクリスト煌き給ひしかど我は適はしき譬へを得るをえざればなり 一〇三―一〇五
されど己が十字架をとりてクリストに從ふ者は、いつかかの光明の中に閃めくクリストを見てわがかく省くを責めざるならむ 一〇六―一〇八
桁より桁にまた頂と脚との間に諸の光動き、相會ふ時にも過ぐるときにもかれらは強くきらめけり 一〇九―一一一
己を護らんため智と技とをもて人々の作る陰を分けつゝをりふし條を引く光の中に、長き短き極微の物體 一一二―
或ひは直く或ひは曲み、或ひは疾く或ひは遲く、たえずその容を變へて動くさままたかくの如し ―一一七
また譬へば多くの絃にて調子を合せし琵琶や琴が、節を知らざる者にさへ、鼓音妙にきこゆるごとく 一一八―一二〇
かしこに顯れし諸の光より一のうるはしき音十字架の上にあつまり、歌を解しえざりし我もこれに心を奪はれき 一二一―一二三
されど我よくそが尊き讚美なるを知りたり、そは起ちて勝てといふ詞、解せざれどなは聞く人に聞ゆる如く、我に聞えたればなり 一二四―一二六
わが愛これに燃やされしこといかばかりぞや、げに是時にいたるまで、かくうるはしき絆をもて我を繋げるもの一だになし 一二七―一二九
恐らくはわがこの言、かの美しき目(これを視ればわが願ひ安んず)の與ふる樂をかろんじ、餘りに輕率なりと見えむ 一三〇―一三二
されど人もし一切の美を捺す諸の生くる印がその高きに從つて愈強く働く事と、わが未だ彼處にてかの目に向はざりし事とを思はゞ 一三三―一三五
わが辯解かんため自ら責むるその事をもて我を責めず、かつわが眞を告ぐるを見む、そはかの聖なる樂しみをわれ今除きていへるに非ず 一三六―一三八
これまたその登るに從つていよ/\清くなればなり 一三九―一四一
第十五曲
慾を惡意のあらはすごとくまつたき愛をつねにあらはす善意によりて 一―三
かのうるはしき琴は默し、天の右手の弛べて締むる聖なる絃はしづまりき 四―六
そも/\これらの靈體は、我をして彼等に請ふの願ひを起さしめんとて皆齊しく默しゝなれば、いかで正しき請に耳を傾けざらんや 七―九
苟且の物を愛するため自ら永遠にこの愛を失ふ人のはてしなく歎くにいたるも宜なる哉 一〇―一二
靜なる、清き、晴和き空に、ゆくりなき火しば/\流れて、やすらかなりし目を動かし 一三―一五
位置を變ふる星と見ゆれど、たゞその燃え立ちし處にては失せし星なくかつその永く保たぬごとくに 一六―一八
かの十字架の右の桁より、かしこに輝く星座の中の星一つ馳せ下りて脚にいたれり 一九―二一
またこの珠は下るにあたりてその紐を離れず、光の線を傳ひて走り、さながら雪花石の後の火の如く見えき 二二―二四
アンキーゼの魂が淨土にてわが子を見いとやさしく迎へしさまも(われらの最大いなるムーザに信をおくべくば)かくやありけむ 二五―二七
あゝわが血族よ、あゝ上より注がれし神の恩惠よ、汝の外誰の爲にか天の戸の二度開かれしことやある。 二八―三〇
かの光かく、是に於てか我これに心をとめ、後目をめぐらしてわが淑女を見れば、わが驚きは二重となりぬ 三一―三三
そは我をしてわが目にてわが恩惠わが天堂の底を認むと思はしむるほどの微笑その目のうちに燃えゐたればなり 三四―三六
かくてかの靈、聲姿ともにゆかしく、その初の音に添へて物言へり、されど奧深くしてさとるをえざりき 三七―三九
但しこは彼が、好みて我より隱れしにあらず、已むをえざるにいづ、人間の的よりもその思ふところ高ければなり 四〇―四二
しかしてその熱愛の弓冷えゆき、そがためその言人智の的の方に下るにおよび 四三―四五
わがさとれる第一の事にいふ。讚むべき哉三一にいます者、汝わが子孫をかくねんごろに眷顧たまふ。 四六―四八
また續いて曰ふ。白きも黒きも變ることなき大いなる書を讀みてより、樂しくも久しく饑を覺えしに 四九―五一
子よ汝はこれをこの光(我この中にて汝に物言ふ)のなかにて鎭めぬ、こはかく高く飛ばしめんため羽を汝に着せし淑女の恩惠によれり 五二―五四
汝信ずらく、汝の思ひは第一の思ひより我に移り、その状あたかも一なる數の知らるゝ時五と六とこれより分れ出るに似たりと 五五―五七
さればこそわが誰なるやまた何故にこの樂しき群の中にて特によろこばしく見ゆるやを汝は我に問はざるなれ 五八―六〇
汝の信ずる所正し、そは大いなるも小きもすべてこの生を享くる者は汝の思ひが未だ成らざるさきに現はるゝかの鏡を見ればなり 六一―六三
されど我をして目を醒しゐて永遠に見しめまたうるはしき願ひに渇かしむる聖なる愛のいよ/\遂げられんため 六四―六六
恐れず憚らずかつ悦ばしき聲をもて思ひを響かし願ひをひゞかせよ、わが答ははや定まりぬ。 六七―六九
我はベアトリーチェにむかへり、この時淑女わが語らざるにはやくも聞きて、我に一の徴を與へ、わが願ひの翼を伸ばしき 七〇―七二
我即ち曰ふ。第一の平等者汝等に現はるゝや、汝等各自の愛と智とはその重さ等しくなりき 七三―七五
これ熱と光とをもて汝等を照らしかつ暖めし日輪が、これに比ふに足る物なきまでその平等を保つによる 七六―七八
されど人間にありては、汝等のよく知る理由にもとづき、意ふことと表はす力とその翼同じからず 七九―八一
是故に人間の我、自らこの不同を感ずるにより、父の如く汝の歡び迎ふるをたゞ心にて謝するのみ 八二―八四
我誠に汝に請ふ、この貴き寶を飾る生くる黄玉よ、汝の名を告げてわが願ひを滿たせ。 八五―八七
あゝわが葉よ。汝を待つさへわが喜びなりき、我こそ汝の根なりけれ。彼まづかく我に答へ 八八―九〇
後また曰ひけるは。汝の家族の名の本にて、第一の臺に山をることはや百年餘に及べる者は 九一―九三
我には子汝には曾祖父なりき、汝須らく彼の爲にその長き勞苦をば汝の業によりて短うすべし 九四―九六
それフィオレンツァはその昔の城壁――今もかしこより第三時と第九時との鐘聞ゆ――の内にて平和を保ち、かつ節へかつ愼めり 九七―九九
かしこに索も冠もなく、飾れる沓を穿く女も、締むる人よりなほ目立つべき帶もなかりき 一〇〇―一〇二
まだその頃は女子生るとも父の恐れとならざりき、その婚期その聘禮いづれも度を超えざりければなり 一〇三―一〇五
かしこに人の住まざる家なく、室の内にて爲らるゝことを教へんとてサルダナパロの來れることもあらざりき 一〇六―一〇八
まだその頃は汝等のウッチェルラトイオもモンテマーロにまさらざりき――今その榮のまさるごとく、この後衰もまたまさらむ 一〇九―一一一
我はベルリンチオーン・ベルティが革紐と骨との帶を卷きて出で、またその妻が假粧せずして鏡を離れ來るを見たり 一一二―一一四
またネルリの家長とヴェッキオの家長とが皮のみの衣をもて、その妻等が紡錘と麻とをもて、心に足れりとするを見たり 一一五―一一七
あゝ幸多き女等よ、彼等は一人だにその墓につきて恐れず、また未だフランスの故によりて獨り臥床に殘されず 一一八―一二〇
ひとりは目を醒しゐて搖籃を守り、またあやしつゝ、父母の心をばまづ樂します言を用ゐ 一二一―一二三
ひとりは絲を紡ぎつゝ、わが家の人々と、トロイア人、フィエソレ、ローマの物語などなしき、チアンゲルラや 一二四―
ラーポ・サルテレルロの如き者その頃ありしならんには、チンチンナートやコルニーリアの今における如く、いと異しとせられしなるべし ―一二九
かく平穩にかく美しく邑の人々の住みゐたる中に、かく頼もしかりし民、かくうるはしかりし客舍に 一三〇―一三二
マリア――唱名の聲高きを開きて――我を加へ給へり、汝等の昔の授洗所にて我は基督教徒となり、カッチアグイーダとなりたりき 一三三―一三五
わが兄弟なりし者にモロントとエリゼオとあり、わが妻はポーの溪よりわが許に來れり、汝の姓かの女より出づ 一三六―一三八
後われ皇帝クルラードに事へ、その騎士の帶をさづけられしほど功によりていと大いなる恩寵をえたり 一三九―一四一
我彼に從ひて出で、牧者達の過のため汝等の領地を侵す人々の不義の律法と戰ひ 一四二―一四四
かしこにてかの穢れし民の手に罹りて虚僞の世――多くの魂これを愛するがゆゑに穢る――より解かれ 一四五―一四七
殉教よりこの平安に移りにき。 一四八―一五〇
第十六曲
あゝ人の血統のたゞ小かなる尊貴よ、情の衰ふるところなる世に、汝人々をして汝に誇るにいたらしむとも 一―三
我重ねてこれを異しとすることあらじ、そは愛欲の逸れざるところ即ち天にて我自ら汝に誇りたればなり 四―六
げに汝は短くなり易き衣のごとし、日に日に補ひ足されずば、時は鋏をもて周圍をめぐらむ 七―九
ローマの第一に許しゝ語しかしてその族の中にて最も廢れし語なるヴォイを始めに、我再び語りいづれば 一〇―一二
少しく離れゐたりしベアトリーチェは、笑を含み、さながら書に殘るかのジネーヴラの最初の咎を見て咳きし女の如く見えき 一三―一五
我曰ひけらく。汝はわが父なり、汝いたく我をはげまして物言はしめ、また我を高うして我にまさる者とならしむ 一六―一八
いと多くの流れにより嬉しさわが心に滿つれば、心は自らその壞れずしてこれに堪ふるをうるを悦ぶ 一九―二一
さればわが愛する遠祖よ、請ふ我に告げよ、汝の先祖達は誰なりしや、汝童なりし時、年は幾何の數をか示せる 二二―二四
請ふ告げよ、聖ジョヴァンニの羊の圈はその頃いかばかり大いなりしや、またその内にて高座に就くに適はしき民は誰なりしや。 二五―二七
たとへば炭風に吹かれ、燃えて焔を放つごとく、我はかの光のわが媚ぶる言をきゝて輝くを見たり 二八―三〇
しかしてこの物いよ/\美しくわが目に見ゆるに從ひ、いよ/\麗しき柔かき聲にて(但し近代の言葉を用ゐで) 三一―三三
我に曰ひけるは。アーヴェのいはれし日より、今は聖徒なるわが母、子を生み、宿しゝ我を世にいだせる時までに 三四―三六
この火は五百八十囘己が獅子の處にゆき、その足の下にてあらたに燃えたり 三七―三九
またわが先祖達と我とは、汝等の年毎の競技に與りて走る者がかの邑の最後の區劃を最初に見る處にて生れき 四〇―四二
わが列祖の事につきては汝これを聞きて足れりとすべし、彼等の誰なりしやまた何處よりこゝに來りしやは寧ろ言はざるを宜とす 四三―四五
その頃マルテと洗禮者との間にありて武器を執るをえし者は、すべて合せて、今住む者の五分一なりき 四六―四八
されど今カムピ、チェルタルド、及びフェギーネと混れる斯民、その頃はいと賤しき工匠にいたるまで純なりき 四九―五一
あゝこれらの人々皆隣人にして、ガルルッツォとトレスピアーノとに汝等の境あらん方、かれらを容れてかのアグリオンの賤男 五二―
またはシーニアの賤男(公職を賣らんとはや目を鋭うする)の惡臭を忍ぶにまさることいかばかりぞや ―五七
もし世の最も劣れる人々、チェーザレと繼しからず、あたかも母のわが兒におけるごとくこまやかなりせば 五八―六〇
かの今フィレンツェ人となりて兩替しかつ商賣するひとりの人は、その祖父が物乞へる處なるシミフォンテに歸りしなるべく 六一―六三
モンテムルロは今も昔の伯等に屬し、チェルキはアーコネの寺領に殘り、ボンデルモンティは恐らくはヴァルディグレーヴェに殘れるなるべし 六四―六六
人々の入亂るゝことは、食に食を重ぬることの肉體における如くにて、常にこの邑の禍ひの始めなりき 六七―六九
盲の牡牛は盲の羔よりも疾く倒る、一の劒五にまさりて切味よきことしば/\是あり 七〇―七二
汝もしルーニとウルビサーリアとがはや滅び、キウーシとシニガーリアとがまたその後を追ふを見ば 七三―七五
家族の消失するを聞くとも異しみ訝ることなからむ、邑さへ絶ゆるにいたるをおもひて 七六―七八
そも/\汝等に屬する物はみな汝等の如く朽つ、たゞ永く續く物にありては、汝等の生命の短きによりて、この事隱るゝのみ 七九―八一
しかして月天の運行が、たえず渚をば、蔽ふてはまた露はす如く、命運フィオレンツァをあしらふがゆゑに 八二―八四
美名を時の中に失ふ貴きフィレンツェ人についてわが語るところのことも異しと思はれざるならむ 八五―八七
我はウーギ、カテルリニ、フィリッピ、グレーチ、オルマンニ、及びアルベリキ等なだゝる市民のはや倒れかゝるを見 八八―九〇
またラ・サンネルラ及びラルカの家長、ソルダニエーリ、アルディンギ、及びボスティーキ等のその舊きがごとく大いなるを見たり 九一―九三
今新なるいと重き罪を積み置く――その重さにてたゞちに船を損ふならむ――かの門の邊には 九四―九六
ラヴィニアーニ住み居たり、伯爵グイード、及びその後貴きベルリンチオーネの名を襲げる者皆これより出づ 九七―九九
ラ・プレッサの家長は既に治むる道を知り、ガリガーイオは黄金裝の柄と鍔とを既にその家にて持てり 一〇〇―一〇二
「ヴァイオ」の柱、サッケッティ、ジユオキ、フィファンティ、バルッチ、ガルリ、及びかの桝目の爲に赤らむ家族いづれも既に大なりき 一〇三―一〇五
カルフッチの出でし木の根もまた既に大なりき、シツィイとアルリグッチとは既に貴き座に押されたり 一〇六―一〇八
かの己が傲慢の爲遂に滅ぶにいたれる家族もわが見し頃はいかなりしぞや、黄金の丸はそのすべての偉業をもてフィオレンツァを飾り 一〇九―一一一
汝等の寺院の空くごとに相集ひて身を肥やす人々の父もまたかくなしき 一一二―一一四
逃ぐる者をば龍となりて追ひ、齒や財布を見する者には羔のごとく柔和しきかの僭越の族 一一五―一一七
既に興れり、されど素姓賤しかりしかば、ウベルティーン・ドナートはその後舅が彼をばかれらの縁者となしゝを喜ばざりき 一一八―一二〇
カーポンサッコは既にフィエソレを出でゝ市場にくだり、ジウダとインファンガートとは既に良市民となりゐたり 一二一―一二三
今我信じ難くして而して眞なる事を告げむ、ラ・ペーラの家族に因みて名づけし門より人かの小さき城壁の内に入りし事即ち是なり 一二四―一二六
トムマーゾの祭によりて名と徳とをたえず顯はすかの大いなる領主の美しき紋所を分け用ゐる者は、いづれも 一二七―一二九
騎士の位と殊遇とを彼より受けき、たゞ縁にてこれを卷くもの今日庶民と相結ぶのみ 一三〇―一三二
グアルテロッティもイムポルトゥーニも既に榮えき、もし彼等に新なる隣人等微りせば、ボルゴは今愈よ靜なりしならむ 一三三―一三五
義憤の爲に汝等を殺し汝等の樂しき生活を斷ち、かくして汝等の嘆を生み出せる家は 一三六―一三八
その所縁の家族と倶に崇められき、あゝブオンデルモンテよ、汝が人の勸めを容れ、これと縁を結ぶを避けしはげにいかなる禍ひぞや 一三九―一四一
汝はじめてこの邑に來るにあたり神汝をエーマに與へ給ひたりせば、多くの人々今悲しまで喜べるものを 一四二―一四四
フィオレンツァはその平和終る時、犧牲をば、橋を護るかの缺石に獻げざるをえざりしなりき 一四五―一四七
我はフィオレンツァにこれらの家族と他の諸の家族とありて、歎くべき謂れなきまでそのいと安らかなるを見たり 一四八―一五〇
またこれらの家族ありて、その民榮えかつ正しかりければ、百合は未だ倒に竿に着けられしことなく 一五一―一五三
分離の爲紅に變ることもなかりき一五四
第十七曲
今猶父をして子に對ひて吝ならしむる者、人の己を誹るを聞き、事の眞を定かにせんためクリメーネの許に行きしことあり 一―三
我また彼の如くなりき、而してベアトリーチェも、また先にわがために處を變へしかの聖なる燈も、わが彼の如くなりしを知りき 四―六
是故に我淑女我に曰ふ。汝の願ひの焔を放て、そが汝の心の象をあざやかにうけていづるばかりに 七―九
されどこは汝の言によりてわれらの知識の増さん爲ならず、汝が渇を告ぐるに慣れ、人をして汝に飮ますをえしめん爲なり。 一〇―一二
あゝ愛するわが根よ(汝いと高くせられ、あたかも人智が一の三角の内に二の鈍角の容れられざるを知るごとく 一三―一五
苟且の事をその未だ在らざるさきに知るにいたる、これ時の現在ならぬはなき一の點を視るがゆゑなり) 一六―一八
われヴィルジリオと倶にありて、諸の魂を癒す山に登り、また死の世界にくだれる間に 一九―二一
わが將來の事につきて諸のいたましき言を聞きたり、但し命運我を撃つとも我よく自らとれに堪ふるをうるを覺ゆ 二二―二四
是故にいかなる災のわが身に迫るやを聞かばわが願ひ滿つべし、これ豫め見ゆる矢はその中る力弱ければなり。 二五―二七
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいひ、ベアトリーチェの望むごとくわが願ひを明したり 二八―三〇
諸の罪を取去る神の羔未だ殺されざりし昔、愚なる民を惑はしゝその語の如く朧ならず 三一―三三
明らかにいひ定かに語りてかの父の愛、己が微笑の中に隱れかつ顯はれつゝ、答ふらく 三四―三六
それ苟且の事即ち汝等の物質の書より外に延びざる事はみな永遠の目に映ず 三七―三九
されど映ずるが爲にこの事必ず起るにあらず、船流れを下りゆけどもそのうつる目の然らしむるにあらざるに似たり 四〇―四二
この永遠の目より汝の行末のわが目に入り來ることあたかも樂器よりうるはしき和合の音の耳に入り來る如し 四三―四五
イッポリートが無情邪險の繼母の爲にアテーネを去れるごとく、汝フィオレンツァを去らざるべからず 四六―四八
日毎にクリストの賣買せらるゝ處にてこれを思ひめぐらす者これを願ひかつはや企圖ぬ、さればまた直ちにこれを行はむ 四九―五一
虐げられし人々に世はその常の如く罪を歸すべし、されど刑罰はこれを頒ち與ふるものなる眞の爲の證とならむ 五二―五四
いと深く愛する物をば汝悉く棄て去らむ、是即ち流罪の弓の第一に射放つ矢なり 五五―五七
他人の麺麭のいかばかり苦く他人の階子の昇降のいかばかりつらきやを汝自ら驗しみむ 五八―六〇
しかして最も重く汝の肩を壓すものは、汝とともにこの溪に落つる邪惡庸愚の侶なるべし 六一―六三
かれら全く恩を忘れ狂ひ猛りて汝に背かむ、されどかれら(汝にあらず)はこれが爲に程なく顏を赤うせむ 六四―六六
かれらの行爲は獸の如きその性の證とならむ、されば汝唯一人を一の黨派たらしむるかた汝にとりて善かるべし 六七―六九
汝の第一の避所第一の旅舍は、聖なる鳥を梯子の上におくかの大いなるロムバルディア人の情ならむ 七〇―七二
彼汝に對ひて深き好意を有つが故に、爲す事と求むる事との中他の人々の間にてはいと遲きものも汝等二人の間にては先となるべし 七三―七五
己が功の世に顯はるゝにいたるばかりこの強き星の力を生るゝ時に受けたる者をば汝彼の許に見む 七六―七八
人々未だこの者を知らじ、そはその年若く諸天のこれをめぐれることたゞ九年のみなればなり 七九―八一
されどかのグアスコニア人が未だ貴きアルリーゴを欺かざるさきにその徳の光は、銀をも疲をも心にとめざる事において現はれむ 八二―八四
その諸の榮ある業はこの後遍く世に知られ、その敵さへこれについて口を噤むをえざるにいたらむ 八五―八七
汝彼と彼の恩惠とを望み待て、彼あるによりて多くの民改まり、貧富互に地を更へむ 八八―九〇
汝また彼の事を心に記して携へ行くべし、されど人に言ふ莫れ。かくて彼は面見る者もなほ信ずまじきことどもを告げ 九一―九三
後加ふらく。子よ、汝が聞きたる事の解説は即ち是なり、是ぞ多からぬ年の後方にかくるゝ係蹄なる 九四―九六
されど汝の隣人等を妬むなかれ、汝の生命はかれらの邪惡の罰よりも遙に遠き未來に亘るべければなり。 九七―九九
かの聖なる魂默し、經を張りてわが渡したる織物に緯を入れ終りしことをあらはせる時 一〇〇―一〇二
あたかも疑ひをいだく者が、智あり徳あり愛ある人の教へを希ふごとく、我曰けるは 一〇三―一〇五
わが父よ、我よく時の我に打撃を與へんとてわが方に急ぎ進むを見る、しかしてこは思慮なき人にいと重く加へらるべき打撃なり 一〇六―一〇八
是故にわれ先見をもて身を固むるを宜しとす、さらばたとひ最愛の地を奪はるともその他の地をばわが歌の爲に失ふことなからむ 一〇九―一一一
果なき苦しみの世にくだり、またわが淑女の目に擧げられて美しき巓をばわが離れしその山をめぐり 一一二―一一四
後また光より光に移りつゝ天を經てわが知るをえたる事を我もし語らば、そは多くの人にとりて味甚だ辛かるべし 一一五―一一七
されど我もし眞理に對ひて卑怯の友たらんには、今を昔と呼ぶ人々の間に生命を失ふの恐れあり。 一一八―一二〇
かのわが寶のほゝゑむ姿を包みし光は、まづ日の光にあたる黄金の鏡のごとく煌き 一二一―一二三
かくて答ふらく。己が罪または他人の罪の爲に曇れる心は、げに汝の言を烈しと感ぜむ 一二四―一二六
しかはあれ、一切の虚僞を棄てつゝ、汝の見し事をこと/″\くあらはし、瘡ある處は人のこれを掻くに任せよ 一二七―一二九
汝の聲はその味はじめ厭はしとも、後消化るゝに及び極めて肝要なる滋養を殘すによりてなり 一三〇―一三二
汝の叫びの爲す所あたかも最高き巓をいと強くうつ風の如し、是豈譽のたゞ小やかなる證ならんや 一三三―一三五
是故にこれらの天にても、かの山にても、またかの苦患の溪にても、汝に示されしは、名の世に知らるゝ魂のみ 一三六―一三八
そは例を引きてその根知られずあらはれず、證して明らかならざれば、人聞くとも心安まらず、信をこれに置かざればなり。 一三九―一四一
第十八曲
福なるかの鏡は今たゞ己が思ひを樂しみ、我はわが思ひを味ひつゝ、甘さをもて苦しさを和げゐたりしに 一―三
我を神のみもとに導きゐたる淑女いひけるは。思ひを變へよ、一切の虐を輕むるものにわが近きを思ふべし。 四―六
我はわが慰藉の慕はしき聲を聞きて身を轉せり、されどこの時かの聖なる目の中にいかなる愛をわが見しや、こゝに記さじ 七―九
これ我自らわが言を頼まざるのみならず、導く者なくばかく遠く記憶に溯る能はざるによりてなり 一〇―一二
かの刹那のことについてわが語るを得るは是のみ、曰く、彼を視るに及びわが情は他の一切の願ひより解かると 一三―一五
ベアトリーチェを直ちに照らせる永遠の喜びその第二の姿をば美しき目に現はしてわが心を足はしゐたりしとき 一六―一八
一の微笑の光をもて我を服へつゝ淑女曰ふ。身を轉してしかして聽け、わが目の中にのみ天堂あるにあらざればなり。 一九―二一
情もし魂を悉く占むるばかりに強ければ、目に現はるゝことまゝ世に例あり 二二―二四
かくの如く、我はわがふりかへりて見し聖なる光の輝の中に、なほしばし我と語るの意あるを認めき 二五―二七
このものいふ。頂によりて生き、常に實を結び、たえて葉を失はぬ木のこの第五座に 二八―三〇
福なる諸の靈あり、かれらは天に來らざりしさき、いかなるムーザをも富ますばかり世に名聲高かりき 三一―三三
是故にかの十字架の桁を見よ、我今名をいはん、さらばその者あたかも雲の中にてその疾き火の爲す如き技をかしこに爲すべし。 三四―三六
ヨスエの名いはるゝや、我は忽ち一の光の十字架を傳ひて動くを見たり、げに言と爲といづれの先なりしやを知らず 三七―三九
尊きマッカベオの名とともに、我はいま一の光のりつゝ進み出づるを見たり、しかして喜悦はかの獨樂の糸なりき 四〇―四二
またカルロ・マーニョとオルランドとの呼ばれし時にも、我は心をとめて他の二の光を見、宛然己が飛立つ鷹に目の伴ふ如くなりき 四三―四五
後またグイリエルモ、レノアルド、公爵ゴッティフレーディ、及びルベルト・グイスカールドわが目を引きてかの十字架を傳はしむ 四六―四八
かくて我に物言へる魂、他の光の間に移り混りつゝ、天の歌人の中にても技のいたく勝るゝことを我に示せり 四九―五一
われ身をめぐらして右に向ひ、ベアトリーチェによりて、その言または動作に表はるゝわが務を知らんとせしに 五二―五四
姿平常にまさり最終の時にもまさるばかり、その目清くたのしげなりき 五五―五七
また善を行ふにあたり心に感ずる喜びのいよ/\大いなるによりて、人己が徳の進むを日毎に自ら知るごとく 五八―六〇
我はかの奇しき聖業のいよ/\美しくなるを見て、天とともにわがる輪のその弧を増しゝを知れり 六一―六三
しかして色白き女が、その顏より羞恥の荷をおろせば、たゞ束の間に變るごとく 六四―六六
われ回顧りしときわが見るもの變りゐたり、こは己の内に我を容れし温和なる第六の星の白さの爲なりき 六七―六九
我見しに、かのジョーヴェの燈火の中には愛の煌のあるありて、われらの言語をわが目に現はせり 七〇―七二
しかしてたとへば岸より立ちさながら己が食物を見しを祝ふに似たる群鳥の、相連りて忽ち圓を作りまた忽ち他の形を作る如く 七三―七五
諸の聖者はかの諸の光の中にて飛びつゝ歌ひ、相寄りて忽ちD忽ちI忽ちLの形を作れり 七六―七八
かれらはまづ歌ひつゝ己が節に合せて動き、さてこれらの文字の一となるや、しばらく止まりて默しゝなりき 七九―八一
あゝ女神ペガーゼアよ(汝才に榮光を與へてその生命を長うす、才が汝の助けによりて諸邑諸國に及ぼす所またかくの如し) 八二―八四
願はくは汝の光をもて我を照らし我をして彼等の象をそのわが心にある如く示すをえしめよ、願はくは汝の力をこれらの短き句に現はせ 八五―八七
さてかれらは七の五倍の母字子字となりて顯はれ、我はまた一部一部を、その言顯はしゝ次第に從ひて、心に記めたり 八八―九〇
Diligite iustitiam 是全畫面の始めの語なる動詞と名詞にてその終りの語は Quiiudicatis terram なりき 九一―九三
かくて第五の語の中のMにいたり、彼等かく並べるまゝ止まりたれば、かしこにては木星宛然金にて飾れる銀と見えたり 九四―九六
我またMの頂の處に他の諸の光降り、歌ひつゝ――己の許に彼等を導く善の事ならむ――そこに靜まるを見たり 九七―九九
かくてあたかも燃えたる薪を打てば數しれぬ火花出づる(愚者これによりて占をなす習ひあり)ごとく 一〇〇―一〇二
かしこより千餘の光出で、かれらを燃す日輪の定むるところに從ひて、或者高く或者少しく昇ると見えたり 一〇三―一〇五
しかして各その處にしづまりしとき、我はかの飾れる火が一羽の鷲の首と頸とを表はすを見たり 一〇六―一〇八
そも/\かしこに畫く者はこれを導く者あるにあらず、彼自ら導く、かれよりぞ巣を作るの本なる力いづるなる 一〇九―一一一
さて他の聖者の群即ち先にエムメにて百合となりて悦ぶ如く見えし者は、少しく動きつゝかの印象を捺し終りたり 一一二―一一四
あゝ麗しき星よ、世の正義が汝の飾る天の力にもとづくことを我に明らかならしめしはいかなる珠いかばかり數多き珠ぞや 一一五―一一七
是故に我は汝の動汝の力の汝なる聖意に祈る、汝の光を害ふ烟の出る處をみそなはし 一一八―一二〇
血と殉教とをもて築きあげし神殿の内に賣買の行はるゝためいま一たび聖怒を起し給へと 一二一―一二三
あゝわが視る天の軍人等よ、惡例に傚ひて迷はざるなき地上の人々のために祈れ 一二四―一二六
昔は劒をもて戰鬪をする習ひなりしに、今はかの慈悲深き父が誰にもいなみ給はぬ麺麭をばこゝかしこより奪ひて戰ふ 一二七―一二九
されど汝、たゞ消さんとて録す者よ、汝が荒す葡萄園の爲に死にたるピエートロとパオロとは今も生くることを思へ 一三〇―一三二
うべ汝は曰はむ、たゞ獨りにて住むを好み、かつ一踊のため教へに殉ずるにいたれる者に我專らわが願ひを据ゑたれば 一三三―一三五
我は漁夫をもポロをも知らずと 一三六―一三八
第十九曲
うるはしき樂しみのために悦ぶ魂等が相結びて造りなしゝかの美しき象は、翼を開きてわが前に現はる 一―三
かれらはいづれも小さき紅玉が日輪の燃えて輝く光を受けつゝわが目にこれを反映らしむる如く見えたり 四―六
しかしてわが今述べんとするところは、聲これを傳へ、墨これを録しゝことなく、想像もこれを懷きしことなし 七―九
そは我見かつ聞きしに、嘴物言ひ、その聲の中にはわれらとわれらのとの意なるわれとわがと響きたればなり 一〇―一二
いふ。正しく慈悲深かりしため、こゝにはわれ今高くせられて、願ひに負けざる榮光をうけ 一三―一五
また地には、かしこの惡しき人々さへ美むるばかりの――かれら美むれど鑑に傚はず――わが記念を遺しぬ。 一六―一八
たとへば數多き熾火よりたゞ一の熱のいづるを感ずる如く、數多き愛の造れるかの象よりたゞ一の響きいでたり 一九―二一
是においてか我直に。あゝ永遠の喜びの不斷の花よ、汝等は己がすべての薫をたゞ一と我に思はしむ 二二―二四
請ふ語りてわが大いなる斷食を破れ、地上に食物をえざりしため我久しく饑ゑゐたればなり 二五―二七
我よく是を知る、神の正義天上の他の王國をその鏡となさば、汝等の王國も亦幔を隔てゝこれを視じ 二八―三〇
汝等はわが聽かんと思ふ心のいかばかり深きやを知る、また何の疑ひのかく長く我を饑ゑしめしやを知る。 三一―三三
鷹その被物を脱らるれば、頭を動かし翼を搏ち、願ひと勢とを示すごとく 三四―三六
神の恩惠の讚美にて編めるこの旗章は、天に樂しむ者のみ知れる歌をうたひてその悦びを表はせり 三七―三九
かくていふ。宇宙の極に圓規をめぐらし、隱るゝ物と顯るゝ物とを遍くその内に頒ちし者は 四〇―四二
己が言の限りなく優らざるにいたるほど、その力をば全宇宙に印する能はざりき 四三―四五
しかして萬の被造物の長なりしかの第一の不遜者が光を待たざるによりて熟まざる先に墜し事よくこれを證す 四六―四八
されば彼に劣る一切の性が、己をもて己を量る無窮の善を受入れんには器あまりに小さき事もまたこれによりて明らかならむ 四九―五一
是故に、萬物の中に滿つる聖意の光のたゞ一線ならざるをえざる我等の視力は 五二―五四
その性として、己が源を己に見ゆるものよりも遙かかなたに認めざるほど強きにいたらじ 五五―五七
かゝれば汝等の世の享くる視力が無窮の正義に入りゆく状は、目の海におけるごとし 五八―六〇
目は汀より底を見れども沖にてはこれを見じ、されどかしこに底なきにあらず、深きが爲に隱るゝのみ 六一―六三
曇しらぬ蒼空より來るものゝ外光なし、否闇あり、即ち肉の陰またはその毒なり 六四―六六
生くる正義を汝に匿しこれについてかくしげく汝に問を發さしめたる隱所は、今よく汝の前に開かる 六七―六九
汝曰けらく、人インドの岸に生れ(かしこにはクリストの事を説く者なく、讀む者も書く者もなし) 七〇―七二
人間の理性の導くかぎり、その思ふ所爲すところみな善く言行に罪なけれど 七三―七五
たゞ洗禮を受けず信仰に入らずして死ぬるあらんに、かゝる人を罰する正義いづこにありや、彼信ぜざるもその咎將いづこにありやと 七六―七八
抑汝は何者なれば一布指の先をも見る能はずして席に着き、千哩のかなたを審かんと欲するや 七九―八一
聖書汝等の上にあらずば、げに我とともに事を究めんとつとむる者にいたく疑ふの事由はあらむ 八二―八四
あゝ地上の動物よ、愚なる心よ、それおのづから善なる第一の意志は、己即ち至上の善より未だ離れしことあらじ 八五―八七
凡て物の正しきはこれと和するの如何による、造られし善の中これを己が許に引く物一だになし、この善光を放つがゆゑにかの善生ず。 八八―九〇
餌を雛に與へ終りて鸛巣の上をめぐり、雛は餌をえてその母を視るごとく 九一―九三
いと多き議に促されてかの福なる象翼を動かし、また我はわが目を擧げたり 九四―九六
さてめぐりつゝ歌ひ、かつ曰ふ。汝のわが歌を解せざる如く、汝等人間は永遠の審判をげせじ。 九七―九九
ローマ人に世界の崇をうけしめし徴號をばなほ保ちつゝ、聖靈の光る火しづまりて後 一〇〇―一〇二
かの者またいふ。クリストが木に懸けられ給ひし時より前にも後にも彼を信ぜざりし人の、この國に登り來れることなし 一〇三―一〇五
されど見よ、クリスト、クリストとよばゝる人にて、審判のときには、クリストを知らざる人よりも遠く彼を離るべき者多し 一〇六―一〇八
かゝる基督教徒をばエチオピア人罪に定めむ、こは人二の群にわかたれ、彼永遠に富み此貧しからん時なり 一〇九―一一一
汝等の王達の汚辱をすべて録しゝ書の開かるゝを見る時、ペルシア人彼等に何をかいふをえざらむ 一一二―一一四
そこにはアルベルトの行爲の中、ほどなく筆を運ばしむる事見ゆべし、その行爲によりてプラーガの王國の荒らさるゝこと即ち是なり 一一五―一一七
そこには猪に衝かれて死すべき者が、貨幣の模擬を造りつゝ、センナの邊に齎すところの患見ゆべし 一一八―一二〇
そこにはかのスコットランド人とイギリス人とを狂はし、そのいづれをも己が境の内に止まる能はざらしむる傲慢(渇を起す)見ゆべし 一二一―一二三
スパニアの王とボエムメの王(この人嘗て徳を知らずまた求めしこともなし)との淫樂と懦弱の生活と見ゆべし 一二四―一二六
イエルサレムメの跛者の善は一のIにて記され、一のMはその惡の記號となりて見ゆべし 一二七―一二九
アンキーゼが長生を畢へし處なる火の島を治むる者の強慾と怯懦と見ゆべし 一三〇―一三二
またかれのいみじき小人なるをさとらせんため、その記録には略字を用ゐて、些の場所に多くの事を言現はさむ 一三三―一三五
またいと秀づる家系と二の冠とを辱めたるその叔父と兄弟との惡しき行は何人にも明らかなるべし 一三六―一三八
またポルトガルロの王とノルヴェジアの王とはかの書によりて知らるべし、ヴェネージアの貨幣を見て禍ひを招けるラシアの王また然り 一三九―一四一
あゝ重ねて虐政を忍ばずばウンガリアは福なる哉、取卷く山を固となさばナヴァルラは福なる哉 一四二―一四四
またこの事の契約として、ニコシアとファマゴスタとが今既にその獸――他の獸の傍を去らざる――の爲に 一四五―一四七
嘆き叫ぶを人皆信ぜよ。
第二十曲
全世界を照らすもの、わが半球より、遠くくだりて、晝いたるところに盡くれば 一―三
さきにはこれにのみ燃さるゝ天、忽ち多くの光――一の光をうけて輝く――によりて再び己を現はすにいたる 四―六
かゝる天の現象なりき、世界とその導者達との徴號の尊き嘴默しゝ時、わが心に浮べるものは 七―九
そはかの諸の生くる光は、みないよ/\強く光りつゝ、わが記憶より逃げ易く消え易き歌をうたひいでたればなり 一〇―一二
あゝ微笑の衣を纏ふうるはしき愛よ、聖なる思ひの息のみ通へるかの諸の笛の中に汝はいかに熱く見えしよ 一三―一五
第六の光を飾る諸の貴きかゞやける珠、その妙なる天使の歌を絶ちしとき 一六―一八
我は清らかに石より石と傳ひ下りて己が源の豐なるを示す流れのとある低語を聞くとおぼえき 一九―二一
しかしてたとへば琵琶の頸にて、音その調を得、篳篥の孔にて、入來る風またこれを得るごとく 二二―二四
かの鷲の低語は、待つ間もあらず頸を傳ひて――そが空なりしごとく――上り來れり 二五―二七
さてかしこに聲となり、かしこよりその嘴を過ぎ言葉の體を成して出づ、この言葉こそわがこれを録しゝ心の待ちゐたるものなれ 二八―三〇
我に曰ふ。わが身の一部、即ち物を見、かつ地上の鷲にありてはよく日輪に堪ふるところを今汝心して視るべし 三一―三三
そはわが用ゐて形をとゝなふ諸の火の中、目となりてわが首が輝く者、かれらの凡ての位のうちの第一を占むればなり 三四―三六
眞中に光りて瞳となるは、聖靈の歌人、邑より邑にかの匱を移しゝ者なり 三七―三九
今彼は、己が歌の徳――己が思ひよりこの歌のいでたるかぎり――をば、これにふさはしき報によりて知る 四〇―四二
輪を造りて我眉となる五の火の中、わが嘴にいと近きは、寡婦をばその子の事にて慰めし者なり 四三―四五
今彼は、クリストに從はざることのいかに貴き價を拂ふにいたるやを知る、そは彼この麗しき世とその反とを親しく味ひたればなり 四六―四八
またわがいへる圓のうちの弓形上る處にて彼に續くは、眞の悔によりて死を延べし者なり 四九―五一
今彼は、適はしき祈り下界にて、今日の事を明日になすとも、永遠の審判に變りなきを知る 五二―五四
次なる者は、牧者に讓らんとて(その志善かりしかど結べる果惡しかりき)律法及び我とともに己をギリシアのものとなせり 五五―五七
今彼は、その善行より出でたる惡の、たとひ世を亡ぼすとも、己を害はざるを知る 五八―六〇
弓形下る處に見ゆるはグリエルモといへる者なり、カルロとフェデリーゴと在るが爲に嘆く國彼なきが爲に泣く 六一―六三
今彼は、天のいかばかり正しき王を慕ふやを知り、今もこれをその輝く姿に表はす 六四―六六
トロイア人リフェオがこの輪の聖なる光の中の第五なるを、誤り多き下界にては誰か信ぜむ 六七―六九
今彼は、神の恩惠について世のさとりえざる多くの事を知る、その目も底を認めざれども。 七〇―七二
まづ歌ひつゝ空に漂ふ可憐の雲雀が、やがて自ら最後の節のうるはしさに愛で、心足りて默すごとく 七三―七五
永遠の悦び(これが願ふところに從ひ萬物皆そのあるごとくなるにいたる)の印せる像も心足らへる如く見えき 七六―七八
しかしてかしこにては我のわが疑ひにおけるあたかも玻のその被ふ色におけるに似たりしかど、この疑ひは默して時を待つに堪へず 七九―八一
己が重さの力をもて、これらの事は何ぞやといふ言をばわが口より押出したり、またこれと共に我は大いなる喜びの閃くを見き 八二―八四
かくてかの尊き徴號、いよ/\つよく目を燃やしつゝ、我をながく驚異のうちにとめおかじとて、答ふらく 八五―八七
我見るに、汝がこれらの事を信ずるは、わがこれを言ふが爲にてその所以を知れるに非ず、されば事信ぜられて猶隱る 八八―九〇
汝はあたかも物を名によりてよく會得すれども、その本質にいたりては人これを現はさゞれば知る能はざる者の如し 九一―九三
それ天の王國は、熱き愛及び生くる望みに侵さる、これらのもの聖意に勝つによりてなり 九四―九六
されどその状人々を從ふる如きに非ず、そがこれに勝つはこれ自ら勝たれんと思へばなり、しかして勝れつゝ己が仁慈によりて勝つ 九七―九九
さて眉の中なる第一と第五の生命が天使の國に描かるゝを見て汝これを異しめども 一〇〇―一〇二
かれらはその肉體を出るに當り汝の思ふ如く異教徒なりしに非ず、基督教徒にて、彼は痛むべき足此は痛める足を固く信じき 一〇三―一〇五
即ちその一者は、善意に戻る者なき處なる地獄より骨に歸れり、是抑生くる望みの報にて 一〇六―一〇八
この生くる望みこそ、彼の甦りその思ひの移るをうるにいたらんため神に捧げまつれる祈りに力をえしめたりしなれ 一〇九―一一一
件の尊き魂は肉に歸りて(たゞ少時これに宿りき)、己を助くるをうるものを信じ 一一二―一一四
信じつゝ眞の愛の火に燃えしかば、第二の死に臨みては、この樂しみを享くるに適はしくなりゐたり 一一五―一一七
また一者は、被造物未だ嘗て目を第一の波に及ぼしゝことなきまでいと深き泉より流れ出る恩惠により 一一八―一二〇
その愛を世にてこと/″\く正義に向けたり、是故に恩惠恩惠に加はり、神彼の目を開きて我等の未來の贖を見しめぬ 一二一―一二三
是においてか彼これを信じ、其後異教の惡臭を忍ばず、かつその事にて多くの悖れる人々を責めたり 一二四―一二六
汝がかの右の輪の邊に見しみたりの淑女は、洗禮の事ありし時より一千年餘の先に當りて彼の洗禮となりたりき 一二七―一二九
あゝ永遠の定よ、第一の原因を見きはむるをえざる目に汝の根の遠ざかることいかばかりぞや 一三〇―一三二
また汝等人間よ愼みて事を斷ぜよ、われら神を見る者といへども猶凡ての選ばれし者を知らじ 一三三―一三五
而して我等かく缺處あるを悦ぶ、我等の幸は神の思召す事をわれらもまた思ふといふその幸によりて全うせらるればなり。 一三六―一三八
かくかの神の象、わが近眼をいやさんとて、われにこゝちよき藥を與へき 一三九―一四一
しかしてたとへば巧みに琵琶を奏づる者が、絃の震動を、巧みに歌ふ者と合せて、歌に興を添ふるごとく 一四二―一四四
(憶ひ出づれば)我は鷲の語る間、二のたふとき光が言葉につれて焔を動かし、そのさま雙の目の 一四五―一四七
時齊しく瞬くに似たるを見たり
第二十一曲
はやわが目は再びわが淑女の顏に注がれ、目とともに意もこれに注がれて他の一切の思ひを離れき 一―三
この時淑女ほゝゑまずして我に曰ふ。我もしほゝゑまば、汝はあたかも灰となりしときのセーメレの如くになるべし 四―六
これ永遠の宮殿の階を傳ひていよ/\高く登るに從ひいよ/\燃ゆる(汝の見し如く)わが美しさは 七―九
和げらるゝに非ればいと強く赫くが故に、人たる汝の力その光に當りてさながら雷に碎かるゝ小枝の如くなるによるなり 一〇―一二
われらは擧げられて第七の輝の中にあり、こは燃ゆる獅子の胸の下にてその力とまじりつゝ今下方を照らすもの 一三―一五
汝意を雙の目の行方にとめてかれらを鏡とし、いまこの鏡に見ゆる像をこれに映せ。 一六―一八
我わが思ひを變へしそのとき、かのたふとき姿のうちにわが目いかなる喜びをえしや、そを知る者は 一九―二一
彼方と此方とを權り比べてしかして知らむ、わが天上の案内者の命に從ふことのいかばかり我に樂しかりしやを 二二―二四
世界のまはりをめぐりつゝその名立る導者の――一切の邪惡かれの治下に滅びにき――名を負ふ水晶の中に 二五―二七
我は一の樹梯を見たり、こは日の光に照らさるゝ黄金の色にて、わが目の及ぶあたはざるほど高く聳えき 二八―三〇
我また段を傳ひて諸の光の降るを見たり、その數は最多く、我をして天に現はるゝ一切の光かしこより注がると思はしむ 三一―三三
自然の習とて、晝の始め、冷やかなる羽をあたゝめんため、鴉むらがりて飛び 三四―三六
後或者は往きて還らず、或者はさきにいでたちし處にむかひ、或者は殘りゐてめぐる 三七―三九
むらがり降れるかの煌も、とある段に着くに及びて、またかくの如く爲すと見えたり 四〇―四二
しかして我等にいと近く止まれる光殊に燦になりければ、われ心の中にいふ、我よく汝の我に示す愛を見ると 四三―四五
されど何時如何に言ひまたは默すべきやを我に教ふる淑女身を動かすことをせざりき、是においてかわが願ひに背き我は問はざるを可とせり 四六―四八
是時淑女、萬物を見る者に照らして、わが默す所以を見、汝の熱き願ひを解くべしと我にいふ 四九―五一
我即ち曰ひけるは。わが功徳は我をして汝の答を得しむるに足らず、されど問ふことを我に許す淑女の故によりて請ふ 五二―五四
己が悦びの中にかくるゝ尊き生命よ、汝いかなればかくわが身に近づけるやを我に知らせよ 五五―五七
また天堂の妙なる調が、下なる諸の天にてはいとうや/\しく響くなるに、この天にてはいかなれば默すやを告げよ。 五八―六〇
答へて我に曰ふ。汝の耳は目の如く人間のものなるがゆゑに、ベアトリーチェの微笑まざると同じ理によりてこゝに歌なし 六一―六三
聖なる梯子の段を傳ひてわがかく下れるは、たゞ言とわが纏ふ光とをもて汝を喜ばしめんためなり 六四―六六
またわが特に早かりしも愛の優る爲ならじ、汝に焔の現はす如く、優るかさなくも等しき愛かしこに高く燃ゆればなり 六七―六九
たゞ我等をば宇宙を治め給ふ聖旨の疾き僕となす尊き愛ぞ、汝の視るごとく、こゝにて鬮を頒つなる。 七〇―七二
我曰ふ。聖なる燈火よ、我よく知る、この王宮にては、永遠の攝理に從ふためには自由の愛にて足ることを 七三―七五
されど何故に汝の侶を措き汝ひとり豫め選ばれてこの職を爲すにいたれるや、これわが悟り難しとする所なり。 七六―七八
わが未だ最後の語をいはざるさきに、かの光は己が眞中を中心として疾き碾石の如くめぐりき 七九―八一
かくして後そのうちの愛答ふらく。我を包む光を貫いて神の光わが上にとゞまり 八二―八四
その力わが視力と結合ひつゝ我をはるかに我より高うし、我をしてその出る處なる至高者を見るをえしむ 八五―八七
この見ることこそ我を輝かす悦びの本なれ、そはわが目の燦かなるに從ひ、焔も燦かなればなり 八八―九〇
されどいと強く天にかゞやく魂も、目をいとかたく神にとむるセラフィーノも、汝の願ひを滿すをえじ 九一―九三
これ汝の尋ぬる事は永遠の定の淵深きところにありて、凡ての造られし目を離るゝによる 九四―九六
汝歸らばこれを人の世に傳へ、かゝる目的にむかひて敢てまた足を運ぶことなからしむべし 九七―九九
こゝにては光る心も地にては烟る、是故に思へ、天に容れられてさへその爲すをえざる事をいかで下界に爲しえんや。 一〇〇―一〇二
これらの言葉我を控へしめたれば、我はこの問を棄て、自ら抑へつゝたゞ謙りてその誰なりしやを問へり 一〇三―一〇五
イタリアの二の岸の間、汝の郷土よりいと遠くはあらざる處に雷の音遙に下に聞ゆるばかり高く聳ゆる岩ありて 一〇六―一〇八
一の峰を成す、この峰カートリアと呼ばれ、これが下にはたゞ禮拜の爲に用ゐる習なりし一の庵聖めらる。 一〇九―一一一
かの者三度我に語りてまづかくいひ、後また續いていひけるは。かしこにて我ひたすら神に事へ 一一二―一一四
默想に心を足はしつゝ、橄欖の液の食物のみにて、輕く暑さ寒さを過せり 一一五―一一七
昔はかの僧院、これらの天のため、實をさはに結びしに、今はいと空しくなりぬ、かゝればその状必ず直に顯はれん 一一八―一二〇
我はかしこにてピエートロ・ダミアーノといひ、アドリアティコの岸なるわれらの淑女の家にてはピエートロ・ペッカトルといへり 一二一―一二三
餘命幾何もなかりしころ、強ひて請はれて我かの帽を受く、こは傳へらるゝごとに優れる惡に移る物 一二四―一二六
チエファスの來るや、聖靈の大いなる器の來るや、身痩せ足に沓なく、いかなる宿の糧をもくらへり 一二七―一二九
しかるに近代の牧者等は、己を左右より支ふる者と導く者と(身いと重ければなり)裳裾をかゝぐる者とを求む 一三〇―一三二
かれらまたその表衣にて乘馬を蔽ふ、これ一枚の皮の下にて二匹の獸の出るなり、あゝ何の忍耐ぞ、怺へてこゝにいたるとは。 一三三―一三五
かくいへる時、我は多くの焔が段より段にくだりてめぐり、かつめぐるごとにいよ/\美しくなるを見き 一三六―一三八
かくてかれらはこの焔のほとりに來り止まりて叫び、世に此なきまで強き響きを起せり 一三九―一四一
されど我はその雷に堪へずして、聲の何たるを解せざりき 一四二―一四四
第二十二曲
驚異のあまり、我は身をわが導者に向はしむ、その状事ある毎に己が第一の恃處に馳せ歸る稚兒の如くなりき 一―三
この時淑女、あたかも蒼めて息はずむ子を、その心をば常に勵ます聲をもて、たゞちに宥むる母のごとく 四―六
我に曰ふ。汝は汝が天に在を知らざるや、天は凡て聖にして、こゝに爲さるゝ事、皆熱き愛より出るを知らざるや 七―九
かの叫びさへかくまで汝を動かせるに、歌とわが笑とは、汝をいかに變らしめけむ、今汝これを量り知りうべし 一〇―一二
もしかの叫びの祈る所をさとりたりせば、汝はこれにより、汝の死なざるさきに見るべき刑罰を、既に知りたりしものを 一三―一五
そも/\天上の劒たるや、斬るに當りて急がず遲れじ、たゞ望みつゝまたは恐れつゝそを待つ者にかゝる事ありと見ゆるのみ 一六―一八
されど汝今身を他の者の方にむくべし、わがいふごとく目を轉らさば、多くの名高き靈を見るべければなり。 一九―二一
彼の好むごとく我は目を向け、百の小さき球の群ゐてその光を交しつゝいよ/\美しくなれるを見たり 二二―二四
我はさながら過ぐるを恐れて願ひの刺戟を衷に抑へ敢て問はざる人のごとく立ちゐたるに 二五―二七
かの眞珠のうちの最大いにして最強く光るもの、己が事につきわが願ひを滿さんとて進み出でたり 二八―三〇
かくて聲その中にて曰ふ。汝もしわれらのうちに燃ゆる愛をわがごとく見ば、汝の思ひを言現はさむ 三一―三三
されど汝が、待つことにより、たふとき目的に後れざるため、我は汝のかく愼しみて敢ていはざるその思ひに答ふべし 三四―三六
坂にカッシーノある山にては、往昔巓に登りゆく迷へる曲める人多かりき 三七―三九
しかして我等をいと高うする眞理をば地に齎しゝ者の名を、はじめてかの山に傳へしものは即ち我なり 四〇―四二
またいと深き恩惠わが上に輝きたれば、我そのまはりの村里をして、世界を惑はしゝ不淨の禮拜を脱れしむ 四三―四五
さてこれらの火は皆默想に心を寄せ、聖なる花と實とを生ずる熱によりて燃されし人々なりき 四六―四八
こゝにマッカリオあり、こゝにロモアルドあり、またこゝに足を僧院の内に止めて道心堅固なりしわが兄弟達あり。 四九―五一
我彼に。我と語りて汝が示す所の愛と汝等のすべての焔にわが見て心をとむる好き姿とは 五二―五四
わが信頼の念を伸べ、そのさま日の光が薔薇を伸べてその力のかぎり開くにいたらしむるごとし 五五―五七
是故に父よ汝に請ふ、われ大いなる恩惠を受けて汝の貌を顯に見るをうべきや否や、定かに我に知らしめよ。 五八―六〇
是においてか彼。兄弟よ、汝の尊き願ひは最後の球にて滿さるべし、こはわが願ひも他の凡ての願ひも皆滿さるゝところなり 六一―六三
かしこにては誰が願ひも備はり、熟し、圓なり、かの球においてのみこれが各部はその常にありしところにとゞまる 六四―六六
そはこれ場所を占むるにあらず、軸を有つに非ればなり、われらの梯子これに達し、かく汝の目より消ゆ 六七―六九
族長ヤコブその頂の高くかしこに到るを見たり、こはこれがいと多くの天使を載せつゝ彼に現はれし時なりき 七〇―七二
然るに今はこれに登らんとて地より足を離す者なし、わが制は紙を損はんがために殘るのみ 七三―七五
僧坊たりしむかしの壁は巣窟となりぬ、法衣はあしき粉の滿ちたる袋なり 七六―七八
げに不當の高利といふとも、神の聖旨に逆ふこと、僧侶の心をかく狂はしむる果には及ばじ 七九―八一
そは寺院の貯は皆神によりて求むる民の物にて、親戚またはさらに賤しき人々の物ならざればなり 八二―八四
そも/\人間の肉はいと弱し、されば世にては、善く始められし事も、樫の生出るより實を結ぶにいたるまでだに續かじ 八五―八七
ピエルは金銀なきに、我は祈りと斷食とをもて、業を始め、フランチェスコは身を卑うしてその集を起せり 八八―九〇
汝これらのものゝ濫觴をたづね後またその迷ひ入りたる處をさぐらば、白の黒くなれるを見む 九一―九三
しかはあれ、神の聖旨によりてヨルダンの退り海の逃ぐるは、救ひをこゝに見るよりもなほ異しと見えしなるべし。 九四―九六
かく我に曰ひて後、かれその侶に加はれり、侶は互に寄り近づけり、しかして全衆あたかも旋風の如く上に昇れり 九七―九九
うるはしき淑女はたゞ一の表示をもて我を促がし彼等につゞいてかの梯子を上らしむ、その力かくわが自然に勝ちたりき 一〇〇―一〇二
また人の昇降するに當りて自然に從ふ處なるこの下界にては、動くこといかに速かなりともわが翼に此ふに足らじ 一〇三―一〇五
讀者よ(願はくはかの聖なる凱旋にわが歸るをえんことを、我これを求めて屡わが罪に泣き、わが胸を打つ) 一〇六―一〇八
わがかの金牛に續く天宮を見てその内に入りしごとく早くは汝豈指を火に入れて引かんや 一〇九―一一一
あゝ榮光の星よ、大いなる力滿つる光よ、我は汝等よりわがすべての才(そはいかなるものなりとも)の出づるを認む 一一二―一一四
我はじめてトスカーナの空氣を吸ひし時、一切の滅ぶる生命の父なる者、汝等と共に出で汝等とともに隱れにき 一一五―一一七
後ゆたかなる恩惠をうけ、汝等をめぐらす貴き天に入りし時、我は圖らずも汝等の處に着けり 一一八―一二〇
汝等にこそわが魂は、これを己が許に引くその難所をば超ゆるに適はしき力をえんとて、今うや/\くしく嘆願なれ 一二一―一二三
ベアトリーチェ曰ふ。汝は汝の目を瞭にし鋭くせざるをえざるほど、終極の救ひに近づけり 一二四―一二六
されば汝が未だこれに入らざるさきに、俯き望みて、いかばかりの世界をばわがすでに汝の足の下におきしやを見よ 一二七―一二九
これ凱旋の群衆喜ばしくこの圓き天をわけ來るとき、樂しみ極まる汝の心のこれに現はれんためぞかし。 一三〇―一三二
われ目を戻して七の天球をこと/″\く望み、さてわが球のさまを見てその劣れる姿のために微笑めり 一三三―一三五
しかしてこれをばいと賤しと判ずる心を我はいと善しと認む、思ひを他の物にむくる人はげに直しといふをえむ 一三六―一三八
我はラートナの女がかの影(さきに我をして彼に粗あり密ありと思はしめたる原因なりし)なくて燃ゆるを見たり 一三九―一四一
イペリオネよ、こゝにてわが目は汝の子の姿に堪へき、我またマイアとディオネとが彼の周邊にかつ彼に近く動くを見たり 一四二―一四四
次に父と子との間にてジョーヴェの和ぐるを望み、かれらがその處をば變ふる次第を明らかにしき 一四五―一四七
しかして凡て七の星は、その大いさとそのはやさとその住處の隔たるさまとを我に示せり 一四八―一五〇
われ不朽の雙兒とともにめぐれる間に、人をしていと猛くならしむる小さき麥場、山より河口にいたるまで悉く我に現はれき 一五一―一五三
かくて後我は目をかの美しき目にむかはしむ 一五四―一五六
第二十三曲
物見えわかぬ夜の間、なつかしき木の葉のうちにて、己がいつくしむ雛とともに巣に休みゐたる鳥が 一―三
かれらの慕はしき姿を見、かつかれらに食はしむる物をえん――これがためには大いなる勞苦も樂し――とて 四―六
時ならざるに梢にいたり、曉の生るゝをのみうちまもりつゝ、燃ゆる思ひをもて日を待つごとく 七―九
わが淑女は、頭を擧げ心をとめて立ち、日脚の最も遲しとみゆるところにむかへり 一〇―一二
されば彼の待ち憧るゝを見、我はあたかも願ひに物を求めつゝ希望に心を足はす人の如くになれり 一三―一五
されど彼と此との二の時、即ちわが待つことゝ天のいよ/\赫くを見ることゝの間はたゞしばしのみなりき 一六―一八
ベアトリーチェ曰ふ。見よ、クリストの凱旋の軍を、またこれらの球の轉によりて刈取られし一切の實を。 一九―二一
淑女の顏はすべて燃ゆるごとく見え、その目にはわが語らずして已むのほかなき程に大いなる喜悦滿てり 二二―二四
澄わたれる望月の空に、トリヴィアが、天の懷をすべて彩色る永遠のニンフェにまじりてほゝゑむごとく 二五―二七
我は千の燈火の上に一の日輪ありてかれらをこと/″\く燃し、その状わが日輪の、星におけるに似たるを見たり 二八―三〇
しかしてかの光る者その生くる光を貫いていと燦かにわが顏を照らしたれば、わが目これに堪ふるをえざりき 三一―三三
あゝベアトリーチェわがうるはしき慕はしき導者よ、彼我に曰ふ。汝の視力に勝つものは、防ぐに術なき力なり 三四―三六
こゝにこそ、天地の間の路を開きてそのかみ人のいと久しく願ひし事をかなへたるその知慧と力とあるなれ。 三七―三九
たとへば火が雲の容るゝ能はざるまで延びゆきて遂にこれを破り、その性に背きて地にくだるごとく 四〇―四二
わが心はかの諸の饗のためにひろがりて己を離れ、そのいかになりしやを自ら思ひ出で難し 四三―四五
いざ目を啓きてわが姿を見よ、汝諸の物を見てはやわが微笑に堪ふるにいたりたればなり。 四六―四八
過去を録す書の中より消失することなきほどの感謝をば受くるにふさはしきこの勸を聞きし時 四九―
我はあたかも忘れし夢をその名殘によりて心に浮べんといたづらに力むる人のごとくなりき ―五四
たとひポリンニアとその姉妹達とがかれらのいと甘き乳をもていとよく養ひし諸の舌今擧りて鳴りて 五五―五七
我を助くとも、聖なる微笑とそがいかばかり聖なる姿を燦かにせしやを歌ふにあたり、眞の千分一にも到らじ 五八―六〇
是故に天堂を描く時、この聖なる詩は、行手の道の斷れたるを見る人のごとく、跳越えざるをえざるなり 六一―六三
されど題の重きことゝ人間の肩のこれを負ふことゝを思はゞ、たとひこれが下にてゆるぐとも、誰しも肩を責めざるならむ 六四―六六
この勇ましき舳のわけゆく路は、小舟またはほねをしみする舟人の進みうべきところにあらじ 六七―六九
汝何ぞわが顏をのみいたく慕ひて、クリストの光の下に花咲く美しき園をかへりみざるや 七〇―七二
かしこに薔薇あり、こはその中にて神の言肉となり給へるもの、かしこに諸の百合あり、こはその薫にて人に善道をとらしめしもの。 七三―七五
ベアトリーチェかく、また我は、その勸に心すべて傾きゐたれば、再び身を弱き眼の戰に委ねき 七六―七八
日の光雲間をわけてあざやかに映す花の野を、わが目嘗て陰に蔽はれて見しことあり 七九―八一
かくの如く、燃ゆる光に上より照らされて輝く者のあまたの群を我は見き、その輝の本を見ずして 八二―八四
あゝかくかれらに印影を捺す慈愛の力よ、汝は力足らざる目にその見るをりをえしめんとて自ら高く昇れるなりき 八五―八七
あさなゆふなわが常に呼びまつる美しき花の名を聞き、我わが魂をこと/″\くあつめて、いと大いなる火をみつむ 八八―九〇
しかして下界にて秀でしごとく天上にてもまた秀づるかの生くる星の質と量とがわが二の目に描かれしとき 九一―九三
天の奧より冠の如き輪形を成せる一の燈火降りてこの星を卷き、またこれが周圍をめぐれり 九四―九六
世にいと妙にひゞきて魂をいと強く惹く調といふとも、かの琴――いとあざやかなる天を飾る 九七―
かの美しき碧玉の冠となりし――の音にくらぶれば、雲の裂けてとゞろくごとく思はるべし ―一〇二
われはこれ天使の愛なり、われらの願ひの宿なりし胎よりいづるそのたふとき悦びを我今めぐる 一〇三―一〇五
我はめぐらむ、天の淑女よ、汝爾子のあとを逐ひゆき、至高球をして、汝のこれに入るにより、いよ/\聖ならしむるまで。 一〇六―一〇八
めぐりつゝかくうたひをはれば、他の光はすべてマリアの聖名を唱へり 一〇九―一一一
宇宙の諸天をこと/″\く蔽ひ、神の聖息と法とをうけて熱いと強く生氣いと旺なる王衣は 一一二―一一四
その内面われらを遠く上方に離れゐたるため、わがをりし處にては、その状未だ我に見えねば 一一五―一一七
冠を戴きつゝ己が子のあとより昇れる焔に、わが目ともなふあたはざりき 一一八―一二〇
しかしてたとへば、乳を吸ひし後、愛燃えて外にあらはれ、腕を母の方に伸ぶる稚兒のごとく 一二一―一二三
これらの光る火、いづれもその焔を上方に伸べ、そがマリアにむかひていだく尊き愛を我に示しき 一二四―一二六
かくてかれらはレーギーナ・コイリーをうたひつゝわが眼前に殘りゐたり、その歌いと妙にしてこれが喜び一度も我を離れしことなし 一二七―一二九
あゝこれらの最も富める櫃に――こは下界にて種を蒔くに適はしき地なりき――收めし物の豐かなることいかばかりぞや 一三〇―一三二
こゝにはかれらそのバビローニアの流刑に泣きつゝ黄金をかしこに棄てゝえたる財寶にて生き、かつこれを樂しむ 一三三―一三五
こゝにはいと大いなる榮光の鑰を保つ者、神の、またマリアの尊き子の下にて、舊新二つの集會とともに 一三六―
その戰勝を祝ふ ―一四一
第二十四曲
あゝ尊き羔(彼汝等に食を與へて常に汝等の願ひを滿たす)の大いなる晩餐に選ばれて列る侶等よ 一―三
神の恩惠により、此人汝等の食卓より落つる物をば、死が未だ彼の期を定めざるさきに豫め味ふなれば 四―六
心をかれのいと深き願ひにとめ、少しくかれを露にて潤ほせ、汝等は彼の思ふ事の出づる本なる泉の水をたえず飮むなり。 七―九
ベアトリーチェかく、またかの喜べる魂等は、動かざる軸の貫く球となりて、そのはげしく燃ゆることあたかも彗星に似たりき 一〇―一二
しかして時辰儀にては、その裝置の輪るにあたり、これに心をとむる人に、初めの輪しづまりて終りの輪飛ぶと見ゆるごとく 一三―一五
これらの球は、或は速く或は遲くさま/″\に舞ひ、我をしてかれらの富を量るをえしめき 一六―一八
さていと美しと我に見えし球の中より一の火出づ、こはいと福なる火にて、かしこに殘れる者一としてこれより燦なるはなかりき 一九―二一
この火歌ひつゝベアトリーチェの周邊をめぐること三度、その歌いと聖なりければ我今心に浮べんとすれども効なし 二二―二四
是故にわが筆跳越えてこれを録さじ、われらの想像は、况て言葉は、かゝる襞にとりて色明きに過ればなり 二五―二七
あゝかくうや/\しくわれらに請ふわが聖なる姉妹よ、汝の燃ゆる愛によりて汝は我をかの美しき球より解けり。 二八―三〇
かの福なる火は、止まりて後、息をわが淑女に向けつゝ、わがいへるごとく語れるなりき 三一―三三
この時淑女。あゝわれらの主がこの奇しき悦びの鑰(下界に主の齎し給ひし)を委ね給へる丈夫の永遠の光よ 三四―三六
嘗て汝に海の上を歩ましめし信仰に就き、輕き重き種々の事をもて、汝の好むごとく彼を試みよ 三七―三九
彼善く愛し善く望みかつ信ずるや否や、汝これを知る、そは汝目を萬物の描かれて視ゆるところにとむればなり 四〇―四二
されどこの王國が民を得たるは眞の信仰によるがゆゑに、これに榮光あらしめんため、これの事を語る機の彼に來るを宜とす。 四三―四五
あたかも學士が、師の問を發すを待ちつゝ、これを論はんため――これを決るためならず――默して備を成すごとく 四六―四八
我はかゝる問者に答へかつかゝる告白をなすをえんため、淑女の語りゐたる間に、一切の理をもて備を成せり 四九―五一
いへ、良き基督教徒よ、汝の思ふ所を明せ、そも/\信仰といふは何ぞや。我即ち頭を擧げてこの言の出でし處なる光を見 五二―五四
後ベアトリーチェにむかへば、かれ直に我に示してわが心の泉より水を注ぎいださしむ 五五―五七
我曰ふ。大いなる長の前にてわがいひあらはすを許す恩惠、願はくは我をしてよくわが思ひを述ぶるをえしめよ。 五八―六〇
かくて續いて曰ふ。父よ、汝とともに、ローマを正しき路に就かせし汝の愛する兄弟の、眞の筆の録すごとく 六一―六三
信仰とは望まるゝ物の基見えざる物の證なり、しかして是その本質と見ゆ。 六四―六六
是時聲曰ふ。汝の思ふ所正し、されど彼が何故にこれをまづ基の中に置き、後證の中に置きしやを汝よくさとるや否や。 六七―六九
我即ち。こゝにて我にあらはるゝもろ/\の奧深き事物も、全く下界の目にかくれ 七〇―七二
かしこにてはその在りとせらるゝことたゞ信によるのみ、人この信の上に高き望みを築くがゆゑに、この物即ち基に當る 七三―七五
また人他の物を見ず、たゞこの信によりて理らざるをえざるがゆゑに、この物即ち證にあたる。 七六―七八
是時聲曰ふ。凡そ教へによりて世に知らるゝものみなかくの如く解せられんには、詭辯者の才かしこに容れられざるにいたらむ。 七九―八一
かくかの燃ゆる愛言に出し、後加ふらく。この貨幣の混合物とその重さとは汝既にいとよく檢べぬ 八二―八四
されどいへ、汝はこれを己が財布の中に有つや。我即ち。然り、そを鑄し樣に何の疑はしき事もなきまで光りて圓し。 八五―八七
この時、かしこに輝きゐたるかの光の奧より聲出でゝいふ。一切の徳の礎なるこの貴き珠は 八八―九〇
そも/\いづこより汝の許に來れるや。我。舊新二種の皮の上にゆたかに注ぐ聖靈の雨は 九一―九三
これが眞を我に示しゝ論法にて、その鋭きに此ぶれば、いかなる證明も鈍しとみゆ。 九四―九六
聲次で曰ふ。かく汝に論決せしむる舊新二つの命題を、汝が神の言となすは何故ぞや。 九七―九九
我。この眞理を我に現はす所の證が、ともなへる諸の業(即ち自然がその爲鐡を燒きまたは鐡床を打しことなき)なり 一〇〇―一〇二
聲我に答ふらく。いへ、これらの業の行はれしを汝に定かならしむるものは誰ぞや、他なし、自ら證を求むる者ぞ汝にこれを誓ふなる。 一〇三―一〇五
我曰ふ。奇蹟なきに世キリストの教へに歸依せば、是かへつて一の大いなる奇蹟にて、他の凡ての奇蹟はその百分一にも當らじ 一〇六―一〇八
そは汝、貧しく、饑ゑつゝ、畠に入り、良木の種を蒔きたればなり(この木昔葡萄なりしも今荊棘となりぬ)。 一〇九―一一一
かくいひ終れる時、尊き聖なる宮人等、天上の歌の調妙に、「われら神を讚美す」と歌ひ、諸の球に響きわたらしむ 一一二―一一四
しかして問質しつゝかく枝より枝に我をみちびき、はや我とともに梢に近づきゐたる長 一一五―一一七
重ねて曰ふ。汝の心と契る恩惠、今までふさはしく汝の口を啓けるがゆゑに 一一八―一二〇
我は出でしものを可とす、されど汝何を信ずるや、また何によりてかく信ずるにいたれるや、今これを我に述ぶべし。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝ聖なる父よ、墓の邊にて若き足に勝ちしほどかたく信じゐたりしものを今見る靈よ 一二四―一二六
汝は我にわがとくいだける信の本體をこゝにあらはさんことを望み、かつまたこれがゆゑよしを問ふ 一二七―一二九
わが答は是なり、我は一神、唯一にて永遠にいまし、愛と願ひとをもてすべての天を動かしつゝ自ら動かざる神を信ず 一三〇―一三二
しかして、かゝる信仰に對しては、我に物理哲理の證あるのみならじ、モイゼ、諸の豫言者、詩篇、聖傳 一三三―
及び汝等即ち燃ゆる靈に淨められし後書録せる人々によりこゝより降下る眞理もまた我にこの信を與ふ ―一三八
我また永遠の三位を信ず、しかしてこれらの本は一、一にして三なれば、おしなべてソノといひエステといふをうるを信ず 一三九―一四一
わがいふところの奧深き神のさまをば、福音の教へいくたびもわが心に印す 一四二―一四四
是ぞ源、是ぞ火花、後延びて強き炎となり、あたかも天の星のごとくわが心に煌めくものなる。 一四五―一四七
己を悦ばす事を聞く主が、僕やがて默すとき、その報知にめでゝ、直ちにこれを抱くごとく 一四八―一五〇
かの使徒の光――我に命じて語らしめし――は、わが默しゝ時、直ちに歌ひて我を祝しつゝ、三度わが周圍をめぐれり 一五一―
わが言かくその意に適へるなりき。 ―一五六
第二十五曲
年久しく我を窶れしむるほど天地ともに手を下しゝ聖なる詩、もしかの麗はしき圈―― 一―
かしこに軍を起す狼どもの敵、羔としてわが眠りゐし處――より我を閉め出すその殘忍に勝つこともあらば ―六
その時我は變れる聲と變れる毛とをもて詩人として歸りゆき、わが洗禮の盤のほとりに冠を戴かむ 七―九
そは我かしこにて、魂を神に知らすものなる信仰に入り、後ピエートロこれが爲にかくわが額の周圍をめぐりたればなり 一〇―一二
クリストがその代理者の初果として殘しゝ者の出でし球より、このとき一の光こなたに進めり 一三―一五
わが淑女いたく悦びて我にいふ。見よ、見よ、かの長を見よ、かれの爲にこそ下界にて人ガーリツィアに詣るなれ。 一六―一八
鳩その侶の傍に飛びくだるとき、かれもこれもりつゝさゝやきつゝ、互に愛をあらはすごとく 一九―二一
我はひとりの大いなる貴き君が他のかゝる君に迎へられ、かれらを飽かしむる天上の糧をばともに讚め稱ふるを見き 二二―二四
されど會繹終れる時、かれらはいづれも、我に顏を垂れしむるほど強く燃えつゝ、默してわが前にとゞまれり 二五―二七
是時ベアトリーチェ微笑みて曰ふ。われらの王宮の惠みのゆたかなるを録しゝなだゝる生命よ 二八―三〇
望みをばこの高き處に響き渡らすべし、汝知る、イエスが、己をいとよく三人に顯はし給ひし毎に、汝のこれを象れるを。 三一―三三
頭を擧げよ、しかして心を強くせよ、人の世界よりこゝに登り來るものは、みなわれらの光によりて熟せざるをえざればなり。 三四―三六
この勵ます言第二の火よりわが許に來れり、是においてか我は目を擧げ、かの先に重きに過ぎてこれを垂れしめし山を見ぬ二七
恩惠によりてわれらの帝は、汝が、未だ死なざるさきに、その諸の伯達と内殿に會ふことを許し 四〇―四二
汝をしてこの王宮の眞状を見、これにより望み即ち下界に於て正しき愛を促すものをば、汝と他の人々の心に、強むるをえしめ給ふなれば 四三―四五
その望みの何なりや、いかに汝の心に咲くや、またいづこより汝の許に來れるやをいへ。第二の光續いてさらにかく曰へり 四六―四八
わが翼の羽を導いてかく高く飛ばしめしかの慈悲深き淑女、是時我より先に答へていふ 四九―五一
わが軍を遍く照らすかの日輪に録さるゝごとく、戰鬪に參る寺院にては彼より多くの望みをいだく子一人だになし 五二―五四
是故にかれは、その軍役を終へざるさきにエジプトを出で、イエルサレムメに來りて見ることを許さる 五五―五七
さて他の二の事、即ち汝が、知らんとてならず、たゞ彼をしてこの徳のいかばかり汝の心に適ふやを傳へしめんとて問ひし事は 五八―六〇
我是を彼に委ぬ、そは是彼に難からず虚榮の本とならざればなり、彼これに答ふべし、また願はくは神恩彼にかく爲すをえしめ給へ。 六一―六三
あたかも弟子が、その精しく知れる事においては、わが才能を現はさんため、疾くかつ喜びて師に答ふるごとく 六四―六六
我曰ひけるは。望みとは未來の榮光の確き期待にて、かゝる期待は神の恩惠と先立つ功徳より生ず 六七―六九
この光多くの星より我許に來れど、はじめてこれをわが心に注げるは、最大いなる導者を歌へる最大いなる歌人たりし者なりき 七〇―七二
かれその聖歌の中にいふ、爾名を知る者は望みを汝におくべしと、また誰か我の如く信じてしかしてこれを知らざらんや 七三―七五
かれの雫とともに汝その後書のうちにて我にこれを滴らし、我をして滿たされて汝等の雨を他の人々にも降らさしむ。 七六―七八
わが語りゐたる間、かの火の生くる懷のうちにとある閃、俄にかつ屡顫ひ、そのさま電光の如くなりき 七九―八一
かくていふ。棕櫚をうるまで、戰場を出づる時まで、我にともなへる徳にむかひ今も我を燃す愛 八二―八四
我に勸めて再び汝――この徳を慕ふ者なる――と語らしむ、されば請ふ、望みの汝に何を約するやを告げよ。 八五―八七
我。新舊二つの聖經標を建つ、この標こそ我にこれを指示すなれ、神が友となしたまへる魂につき 八八―九〇
イザヤは、かれらいづれも己が郷土にて二重の衣を着るべしといへり、己が郷土とは即ちこのうるはしき生の事なり 九一―九三
また汝の兄弟は、白衣のことを述べしところにて、さらに詳らかにこの默示をわれらにあらはす。 九四―九六
かくいひ終れる時、スペーレント・イン・テーまづわれらの上に聞え、舞ふ者こと/″\くこれに和したり 九七―九九
次いでかれらの中にて一の光いと強く輝けり、げにもし巨蟹宮に一のかゝる水晶あらば、冬の一月はたゞ一の晝とならむ 一〇〇―一〇二
またたとへば喜ぶ處女が、その短處の爲ならず、たゞ新婦の祝ひのために、起ち、行き、踊りに加はるごとく 一〇三―一〇五
かの輝く光は、己が燃ゆる愛に應じて圓くめぐれる二の光の許に來れり 一〇六―一〇八
かくてかしこにて歌と節とを合はせ、またわが淑女は、默して動かざる新婦のごとく、目をかれらにとむ 一〇六―一〇八
こは昔われらの伽藍鳥の胸に倚りし者、また選ばれて十字架の上より大いなる務を委ねられし者なり。 一一二―一一四
わが淑女かく、されどその言のためにその目を移さず、これをかたくとむることいはざる先の如くなりき 一一五―一一七
瞳を定めて、日の少しく虧くるを見んと力むる人は、見んとてかへつて見る能はざるにいたる 一一八―一二〇
わがかの最後の火におけるもまたかくの如くなりき、是時聲曰ふ。汝何ぞこゝに在らざる物を視んとて汝の目を眩うするや 一二一―一二三
わが肉體は土にして地にあり、またわれらの數が永遠の聖旨に配ふにいたるまでは他の肉體と共にかしこにあらむ 一二四―一二六
二襲の衣を着つゝ尊き僧院にあるものは、昇りし二の光のみ、汝これを汝等の世に傳ふべし。 一二七―一二九
かくいへるとき、焔の舞は、三の氣吹の音のまじれるうるはしき歌とともにしづまり 一三〇―一三二
さながら水を掻きゐたる櫂が、疲勞または危き事を避けんため、一の笛の音とともにみな止まる如くなりき 一三三―一三五
あゝわが心の亂れいかなりしぞや、そは我是時身を轉らしてベアトリーチェを見んとせしかど(我彼に近くかつ福の世にありながら) 一三六―
見るをえざりければなり ―一四一
第二十六曲
わが視力の盡きしことにて我危ぶみゐたりしとき、これを盡きしめしかの輝く焔より一の聲出でゝわが心を惹けり 一―三
曰ふ。我を見て失ひし目の作用をば汝の再び得るまでは、語りてこれを償ふをよしとす 四―六
さればまづ、いへ、汝の魂何處をめざすや、かつまた信ぜよ、汝の視力は亂れしのみにて、滅び失せしにあらざるを 七―九
そは汝を導いてこの聖地を過ぐる淑女は、アナーニアの手の有てる力を目にもてばなり 一〇―一二
我曰ふ。遲速を問はずたゞ彼の心のまゝにわが目癒ゆべし、こは彼が、絶えず我を燃す火をもて入來りし時の門なりき 一三―一五
さてこの王宮を幸ふ善こそ、或は低く或は高く愛のわが爲に讀むかぎりの文字のアルファにしてオメガなれ。 一六―一八
目の俄にくらめるための恐れを我より取去れるその聲、我をして重ねて語るの意を起さしむ 一九―二一
その言に曰ふ。げに汝はさらに細かき篩にて漉さゞるべからず、誰が汝の弓をかゝる的に向けしめしやをいはざるべからず。 二二―二四
我。哲理の論ずる所によりまたこゝより降る權威によりて、かゝる愛は、我に象を捺さゞるべからず 二五―二七
これ善は、その善なるかぎり、知らるゝとともに愛を燃し、かつその含む善の多きに從ひて愛また大いなるによる 二八―三〇
されば己の外に存する善がいづれもたゞ己の光の一線に過ぎざるほど勝るゝ者に向ひては 三一―三三
この證の基なる眞理をわきまふる人の心、他の者にむかふ時にまさりて愛しつゝ進まざるをえじ 三四―三六
我に凡ての永遠の物の第一の愛を示すもの、かゝる眞理をわが智に明し 三七―三九
眞の作者、即ち己が事を語りて我汝に一切の徳を見すべしとモイゼにいへる者の聲これを明し 四〇―四二
汝も亦、かの尊き公布により、他のすべての告示にまさりて、こゝの秘密を下界に徇へつゝ、我にこれを明すなり。 四三―四五
是時聲曰ふ。人智及びこれと相和する權威によりて、汝の愛のうちの最大いなるもの神にむかふ 四六―四八
されど汝は、神の方に汝を引寄する綱のこの外にもあるを覺ゆるや、請ふ更にこれを告げこの愛が幾個の齒にて汝を噛むやを言現はすべし。 四九―五一
クリストの鷲の聖なる思ひ隱れざりき、否我はよく彼のわが告白をばいづこに導かんとせしやを知りて 五二―五四
即ちまたいひけるは。齒をもて心を神に向はしむるをうるもの、みなわが愛と結び合へり 五五―五七
そは宇宙の存在、我の存在、我を活かしめんとて彼の受けし死、及び凡そ信ずる人の我と等しく望むものは 五八―六〇
先に述べし生くる認識とともに、我を悖れる愛の海より引きて、正しき愛の岸に置きたればなり 六一―六三
永遠の園丁の園にあまねく茂る葉を、我は神がかれらに授け給ふ幸の度に從ひて愛す。 六四―六六
我默しゝとき、忽ち一のいとうるはしき歌天に響き、わが淑女全衆に和して、聖なり聖なり聖なりといへり 六七―六九
鋭き光にあへば、物視る靈が、膜より膜に進み入るその輝に馳せ向ふため、眠り覺まされ 七〇―七二
覺めたる人は、判ずる力己を助くるにいたるまで、己が俄にさめし次第を知らで、その視る物におびゆるごとく 七三―七五
ベアトリーチェは、千哩の先をも照らす己が目の光をもて、一切の埃をわが目より拂ひ 七六―七八
我は是時前よりもよく見るをえて、第四の光のわれらとともにあるを知り、いたく驚きてこれが事を問へり 七九―八一
わが淑女。この光の中には、第一の力のはじめて造れる第一の魂その造主を慕ふ。 八二―八四
たとへば風過ぐるとき、枝はその尖を垂るれど、己が力に擡げられて、後また己を高むるごとく 八五―八七
我は彼の語れる間、いたく異しみて頭を低れしも、語るの願ひに燃されて、後再び心を強うし 八八―九〇
曰ひけるは。あゝ熟して結べる唯一の果實よ、あゝ新婦といふ新婦を女子婦に有つ昔の父よ 九一―九三
我いとうや/\しく汝に祈ぐ、請ふ語れ、わが願ひは汝の知るところなれば、汝の言を疾く聞かんため、我いはじ。 九四―九六
獸包まれて身を搖動し、包む物またこれとともに動くがゆゑに、願ひを現はさゞるををえざることあり 九七―九九
かくの如く、第一の魂は、いかに悦びつゝわが望みに添はんとせしやを、その蔽物によりて我に示しき 一〇〇―一〇二
かくていふ。汝我に言現はさずとも、わが汝の願ひを知ること、およそ汝にいと明らかなることを汝の知るにもまさる 一〇三―一〇五
こは我これを眞の鏡――この鏡萬物を己に映せど、一物としてこれを己に映すはなし――に照して見るによりてなり 一〇六―一〇八
汝の聞かんと欲するは、この淑女がかく長き階をば汝に昇るをえしめし處なる高き園の中に神の我を置給ひしは幾年前なりしやといふ事 一〇九―一一一
これがいつまでわが目の樂なりしやといふ事、大いなる憤の眞の原因、またわが用ゐわが作れる言葉の事即ち是なり 一一二―一一四
さて我子よ、かの大いなる流刑の原因は、木實を味へるその事ならで、たゞ分を超えたることなり 一一五―一一七
我は汝の淑女がヴィルジリオを出立ゝしめし處にありて、四千三百二年の間この集會を慕ひたり 一一八―一二〇
また地に住みし間に、我は日が九百三十回、その道にあたるすべての光に歸るを見たり 一二一―一二三
わが用ゐし言葉は、ネムブロットの族がかの成し終へ難き業を試みしその時よりも久しき以前に悉く絶えにき 一二四―一二六
そは人の好む所天にともなひて改まるがゆゑに、理性より生じてしかして永遠に續くべきもの未だ一つだにありしことなければなり 一二七―一二九
抑人の物言ふは自然の業なり、されどかく言ひかくいふことは自然これを汝等に委ね汝等の好むまゝに爲さしむ 一三〇―一三二
わが未だ地獄に降りて苦しみをうけざりしさきには、我を裏む喜悦の本なる至上の善、世にてIと呼ばれ 一三三―一三五
その後ELと呼ばれにき、是亦宜なり、そは人の習慣は、さながら枝の上なる葉の、彼散りて此生ずるに似たればなり 一三六―一三八
かの波の上いと高く聳ゆる山に、罪なくしてまた罪ありてわが住みしは、第一時より、日の象限を變ふるとともに 一三九―
第六時に次ぐ時までの間なりき。 ―一四四
第二十七曲
父に子に聖靈に榮光あれ。天堂擧りてかく唱へ、そのうるはしき歌をもて我を醉はしむ 一―三
わが見し物は宇宙の一微笑のごとくなりき、是故にわが醉耳よりも目よりも入りたり 四―六
あゝ樂しみよ、あゝいひがたき歡びよ、あゝ愛と平和とより成る完き生よ、あゝ慾なき恐れなき富よ 七―九
わが目の前には四の燈火燃えゐたり、しかして第一に來れるものいよ/\あざやかになり 一〇―一二
かつその姿を改めぬ、木星もし火星とともに鳥にして羽を交換しなば、またかくの如くなるべし 一三―一五
次序と任務とをこゝにて頒ち與ふる攝理、四方の聖徒達をしてしづかならしめしとき 一六―一八
わが聞ける言にいふ。われ色を變ふと雖も異しむ莫れ、そはわが語るを聞きて是等の者みな色を變ふるを汝見るべければなり 一九―二一
わが地位、わが地位、わが地位(神の子の聖前にては今も空し)を世にて奪ふ者 二二―二四
わが墓所をば血と穢との溝となせり、是においてか天上より墮ちし悖れる者も下界に己が心を和らぐ。 二五―二七
是時我は、日と相對ふによりて朝夕に雲を染めなす色の、遍く天に漲るを見たり 二八―三〇
しかしてたとへばしとやかなる淑女が、心に怖るゝことなけれど、他人の過失をたゞ聞くのみにてはぢらふごとく 三一―三三
ベアトリーチェは容貌を變へき、思ふに比類なき威能の患み給ひし時にも、天かく暗くなりしなるべし 三四―三六
かくてピエートロ、容貌の變るに劣らざるまでかはれる聲にて、續いて曰ふ 三七―三九
抑クリストの新婦を、わが血及びリーン、クレートの血にてはぐゝめるは、これをして黄金をうるの手段たらしめん爲ならず 四〇―四二
否この樂しき生を得ん爲にこそ、シストもピオもカーリストもウルバーノも、多くの苦患の後血を注げるなれ 四三―四五
基督教徒なる民の一部我等の繼承者の右に坐し、その一部左に坐するは、われらの志しゝところにあらじ 四六―四八
我に委ねられし鑰が、受洗者と戰ふための旗のしるしとなることもまた然り 四九―五一
我を印の象となして、贏利虚妄の特典に捺し、われをして屡かつ恥ぢかつ憤らしむることも亦然り 五二―五四
こゝ天上より眺むれば、牧者の衣を着たる暴き狼隨處の牧場に見ゆ、あゝ神の擁護よ、何ぞ今も起たざるや 五五―五七
カオルサ人等とグアスコニア人等、はや我等の血を飮まんとす、ああ善き始めよ、汝の落行先はいかなる惡しき終りぞや 五八―六〇
されど思ふに、シピオによりローマに世界の榮光を保たしめたる尊き攝理、直ちに助け給ふべし 六一―六三
また子よ、汝は肉體の重さのため再び下界に歸るべければ、口を啓け、わが隱さゞる事を隱す莫れ。 六四―六六
日輪天の磨羯の角に觸るゝとき、凍れる水氣片を成してわが世の空より降るごとく 六七―六九
我はかの飾れる精氣より、さきにわれらとともにかしこに止まれる凱旋の水氣片をなして昇るを見たり 七〇―七二
わが目はかれらの姿にともなひ、間の大いなるによりさらに先を見るをえざるにいたりてやみぬ 七三―七五
是においてか淑女、わが仰ぎ見ざるを視、我にいふ。目を垂れて汝のれるさまを見るべし。 七六―七八
我見しに、はじめわが見し時より以來、我は第一帶の半よりその端に亘る弧線を悉くめぐり終へゐたり 七九―八一
さればガーデのかなたにはウリッセの狂しき船路見え、近くこなたには、エウローパがゆかしき荷となりし處なる岸見えぬ 八二―八四
日輪もし一天宮餘を隔てゝわが足の下にりをらずば、この小さき麥場なほ廣く我に現はれたりしなるべし 八五―八七
たえずわが淑女と契る戀心、常よりもはげしく燃えつゝ、わが目を再び彼にむかしむ 八八―九〇
げに自然や技が、心を獲んためまづ目を捉へんとて、人の肉體やその繪姿に造れる餌 九一―九三
すべて合はさるとも、わが彼のほゝゑむ顏に向へるとき我を照らしゝ聖なる樂しみに此ぶれば物の數ならじと見ゆべし 九四―九六
しかしてかく見しことよりわが受けたる力は、我をレーダの美しき巣より引離して、いと疾き天に押し入れき 九七―九九
これが各部皆いと強く輝きて高くかつみな同じ状なれば、我はベアトリーチェがその孰れを選びてわが居る處となしゝやを知らじ 一〇〇―一〇二
されど淑女は、わが願ひを見、その顏に神の悦び現はると思ふばかりいとうれしくほゝゑみていふ 一〇三―一〇五
中心を鎭め、その周圍なる一切の物を動かす宇宙の性は、己が源より出づるごとく、こゝよりいづ 一〇六―一〇八
またこの天には神意の外處なし、しかしてこれを轉らす愛とこれが降す力とはこの神意の中に燃ゆ 一〇九―一一一
一の圈の光と愛これを容るゝことあたかもこれが他の諸の圈を容るゝに似たり、しかしてこの圈を司る者はたゞこれを包む者のみ 一一二―一一四
またこれが運行は他の運行によりて測られじ、されど他の運行は皆これによりて量らる、猶十のその半と五分一とによりて測らるゝ如し 一一五―一一七
されば時なるものが、その根をかゝる鉢に保ち、葉を他の諸の鉢にたもつ次第は、今汝に明らかならむ 一一八―一二〇
あゝ慾よ、汝は人間を深く汝の下に沈め、ひとりだに汝の波より目を擡ぐるをえざるにいたらしむ 一二一―一二三
意志は人々のうちに良花と咲けども、雨の止まざるにより、眞の李惡しき實に變る 一二四―一二六
信と純とはたゞ童兒の中にあるのみ、頬に鬚の生ひざるさきにいづれも逃ぐ 一二七―一二九
片言をいふ間斷食を守る者も、舌ゆるむ時至れば、いかなる月の頃にてもすべての食物を貪りくらひ 一三〇―一三二
片言をいふ間母を愛しこれに從ふ者も、言語調ふ時いたれば、これが葬らるゝを見んとねがふ 一三三―一三五
かくの如く、朝を齎し夕を殘しゆくものゝ美しき女の肌は、はじめ白くして後黒し 一三六―一三八
汝これを異しとするなからんため、思ひみよ、地には治むる者なきことを、人の族道を誤るもこの故ぞかし 一三九―一四一
されど第一月が、世にかの百分一の等閑にせらるゝため、全く冬を離るゝにいたらざるまに、諸の天は鳴轟き 一四二―一四四
待ちに待ちし嵐起りて、艫を舳の方にめぐらし、千船を直く走らしむべし 一四五―一四七
かくてぞ花の後に眞の實あらむ。 一四八―一五〇
第二十八曲
我をして心を天堂に置かしむる淑女、幸なき人間の現世を難じつゝその眞状をあらはしゝ時 一―三
我はあたかも、見ず思はざるさきに己が後方にともされし燈火の焔を鏡に見 四―六
玻の果して眞を告ぐるや否やを見んとて身を轉らし、此と彼と相合ふこと歌のその譜におけるに似たるを見る 七―
人の如く(記憶によりて思ひ出づれば)、かの美しき目即ち愛がこれをもて紐を造りて我を捉へし目を見たり ―一二
かくてふりかへり、人がつら/\かの天のめぐるを視るとき常にかしこに現はるゝものわが目に觸るゝに及び 一三―一五
我は鋭き光を放つ一點を見たり、げにかゝる光に照らされんには、いかなる目も、そのいと鋭きが爲に閉ぢざるをえじ 一六―一八
また世より最小さく見ゆる星さへ、星の星と並ぶごとくかの點とならびなば、さながら月と見ゆるならむ 一九―二一
月日の暈が、これを支ふる水氣のいと濃き時にあたり、これを彩る光を卷きつゝその邊に見ゆるばかりの 二二―二四
間を隔てゝ、一の火輪かの點のまはりをめぐり、その早きこと、いと速に世界を卷く運行にさへまさると思はるゝ程なりき 二五―二七
また是は第二の輪に、第二は第三、第三は第四、第四は第五、第五は第六の輪に卷かる 二八―三〇
第七の輪これに續いて上方にあり、今やいたくひろがりたれば、ユーノの使者完全しともこれを容るゝに足らざるなるべし 三一―三三
第八第九の輪また然り、しかしていづれもその數が一を距ること遠きに從ひ、ることいよ/\遲く 三四―三六
また清き火花にいと近きものは、これが眞に與かること他にまさる爲ならむ、その焔いと燦かなりき 三七―三九
わがいたく思ひ惑ふを見て淑女曰ふ。天もすべての自然も、かの一點にこそ懸るなれ 四〇―四二
見よこれにいと近き輪を、しかして知るべし、そのることかく早きは、燃ゆる愛の刺戟を受くるによるなるを。 四三―四五
我彼に。宇宙もしわがこれらの輪に見るごとき次第を保たば、わが前に置かるゝもの我を飽かしめしならむ 四六―四八
されど官能界にありては、諸の回轉その中心を遠ざかるに從つていよ/\聖なるを見るをう 四九―五一
是故にこの妙なる、天使の神殿、即ちたゞ愛と光とをその境界とする處にて、わが顏ひ全く成るをうべくば 五二―五四
請ふさらに何故に模寫と樣式とが一樣ならざるやを我に告げよ、我自らこれを想ふはいたづらなればなり。 五五―五七
汝の指かゝる纈を解くをえずとも異しむに足らず、こはその試みられざるによりていと固くなりたればなり。 五八―六〇
わが淑女かく、而して又曰ふ。もし飽くことを願はゞ、わが汝に告ぐる事を聽き、才を鋭うしてこれにむかへ 六一―六三
それ諸の球體は、遍くその各部に亘りてひろがる力の多少に從ひ、或は廣く或は狹し 六四―六六
徳大なればその生ずる福祉もまた必ず大に、體大なれば(而してその各部等しく完全なれば)その容るゝ福祉もまた從つて大なり 六七―六九
是においてか己と共に殘の宇宙を悉く轉らす球は、愛と智とのともにいと多き輪に適ふ 七〇―七二
是故に汝の量を、圓く汝に現はるゝものゝ外見に据ゑずして力に据ゑなば 七三―七五
汝はいづれの天も、その天使と――即ち大いなるは優れると、小さきは劣れると――奇しく相應ずるを見む。 七六―七八
ボーレアがそのいと温和なる方の頬より吹くとき、半球の空あざやかに澄みわたり 七九―八一
さきにこれを曇らせし霧拂はれ消えて、天その隨處の美を示しつゝほゝゑむにいたる 八二―八四
わが淑女がその明らかなる答を我に與へしとき、我またかくの如くになり、眞を見ること天の星を見るに似たりき 八五―八七
しかしてその言終るや、諸の輪火花を放ち、そのさま熱鐡の火花を散らすに異なるなかりき 八八―九〇
火花は各その火にともなへり、またその數はいと多くして、將棊を倍するに優ること幾千といふ程なりき 九一―九三
我は彼等がかれらをその常にありし處に保ちかつ永遠に保つべきかの動かざる點に向ひ、組々にオザンナを歌ふを聞けり 九四―九六
淑女わが心の中の疑ひを見て曰ふ。最初の二つの輪はセラフィニとケルビとを汝に示せり 九七―九九
かれらのかく速に己が絆に從ふは、及ぶ限りかの點に己を似せんとすればなり、而してその視る位置の高きに準じてかく爲すをう 一〇〇―一〇二
かれらの周圍を轉る諸の愛は、神の聖前の寶座と呼ばる、第一の三の組かれらに終りたればなり 一〇三―一〇五
汝知るべし、一切の智の休らふ處なる眞をばかれらが見るの深きに應じてその悦び大いなるを 一〇六―一〇八
かゝれば福祉が見る事に原づき愛すること(即ち後に來る事)にもとづかざる次第もこれによりて明らかならむ 一〇九―一一一
また、見る事の量となるは功徳にて、恩惠と善心とより生る、次序をたてゝ物の進むことかくの如し 一一二―一一四
同じくこの永劫の春――夜の白羊宮もこれを掠めじ――に萌出る第二の三の組は 一一五―一一七
永遠にオザンナを歌ひつゝ、その三を造り成す三の喜悦の位の中に三の妙なる音をひゞかしむ 一一八―一二〇
この組の中には三種の神あり、第一は統治、次は懿徳、第三の位は威能なり 一二一―一二三
次で最後に最近く踊りる二の群は主權と首天使にて、最後にをどるは、すべて樂しき天使なり 一二四―一二六
これらの位みな上方を視る、かれらまたその力を強く下方に及ぼすがゆゑに、みな神の方に引かれしかしてみな引く 一二七―一二九
さてディオニージオは、心をこめてこれらの位の事を思ひめぐらし、わがごとくこれが名をいひこれを別つにいたりたり 一三〇―一三二
されどその後グレゴーリオ彼を離れき、是においてか目をこの天にて開くに及び、自ら顧みて微笑めり 一三三―一三五
またたとひ人たる者がかくかくれたる眞をば世に述べたりとて異しむ勿れ、こゝ天上にてこれを見し者、これらの輪に關はる 一三六―
他の多くの眞とともにこれを彼に現はせるなれば。 ―一四一
第二十九曲
ラートナのふたりの子、白羊と天秤とに蔽はれて、齊しく天涯を帶とする頃 一―三
天心が權衡を保つ刹那より、彼も此も半球を換へかの帶を離れつゝ權衡を破るにいたる程の間 四―六
ベアトリーチェは、わが目に勝ちたるかの一點をつら/\視つゝ、笑を顏にうかべて默し 七―九
かくて曰ふ。汝の聞かんと願ふことを我問はで告ぐ、そは我これを一切の處と時との集まる點にて見たればなり 一〇―一二
抑永遠の愛は、己が幸を増さん爲ならず(こはあるをえざる事なり)、たゞその光が照りわたりつゝ、我在りといふをえんため 一三―
時を超え他の一切の限を超え、己が無窮の中にありて、その心のまゝに己をば諸の新しき愛のうちに現はせり ―一八
またその先にも、爲すなきが如くにて休らひゐざりき、そはこれらの水の上に神の動き給ひしは、先後に起れる事にあらざればなり 一九―二一
形式と物質と、或は合ひ或は離れて、あたかも三の弦ある弓より三の矢の出る如く出で、缺くるところなき物となりたり 二二―二四
しかして光が、玻琥珀または水晶を照らす時、その入來るより入終るまでの間に些の隙もなきごとく 二五―二七
かの三の形の業は、みな直に成り備はりてその主より輝き出で、いづれを始めと別ちがたし 二八―三〇
また時を同じうしてこの三の物の間に秩序は造られ立てられき、而して純なる作用を授けられしもの宇宙の頂となり 三一―三三
純なる勢能最低處を保ち、中央には一の繋、繋離るゝことなきほどにいと固く、勢能を作用と結び合せき 三四―三六
イエロニモは、天使達がその餘の宇宙の造られし時より幾百年の久しきさきに造られしことを録せるも 三七―三九
わがいふ眞は聖靈を受けたる作者達のしば/\書にしるしゝところ、汝よく心をとめなば自らこれをさとるをえむ 四〇―四二
また理性もいくばくかこの眞を知らしむ、そは諸の動者がかく久しく全からざりしとはその認めざることなればなり 四三―四五
今や汝これらの愛の、いづこに、いつ、いかに造られたりしやを知る、されば汝の願ひの中三の焔ははや消えたり 四六―四八
數を二十までかぞふるばかりの時をもおかず、天使の一部は、汝等の原素のうちのいと低きものを亂し 四九―五一
その餘の天使は、殘りゐて、汝の見るごとき技を始む(かくする喜びいと大いなりければ、かれらり止むことあらじ) 五二―五四
墮落の原因は、汝の見しごとく宇宙一切の重さに壓されをる者の、詛ふべき傲慢なりき 五五―五七
またこゝに見ゆる天使達は、謙りて、かの善即ちかれらをしてかく深く悟るにいたらしめたる者よりかれらの出しを認めたれば 五八―六〇
恩惠の光と己が功徳とによりてその視る力増したりき、是故にその意志備りて固し 六一―六三
汝疑ふなかれ、信ぜよ、恩惠を受くるは功徳にて、この功徳は恩惠を迎ふる情の多少に應ずることを 六四―六六
汝もしわが言をさとりたらんには、たとひ他の助けなしとも、今やこの集會につきて多くの事を想ふをえむ 六七―六九
されど地上汝等の諸の學寮にては、天使に了知、記憶、及び意志ありと教へらるゝがゆゑに 七〇―七二
我さらに語り、汝をして、かゝる教へにおける言葉の明らかならざるため下界にて紛ふ眞理の純なる姿を見しむべし 七三―七五
そも/\これらの者は、神の聖顏を見て悦びし時よりこの方、目をこれ(一物としてこれにかくるゝはなし)に背けしことなし 七六―七八
是故にその見ること新しき物に阻まれじ、是故にまたその想の分れたる爲、記憶に訴ふることを要せじ 七九―八一
されば世にては人眠らざるに夢を見つゝ、或は眞をいふと信じ或はしかすと信ぜざるなり、後者は罪も恥もまさる 八二―八四
汝等世の人、理を究むるにあたりて同一の路を歩まず、これ外見を飾るの慾と思ひとに迷はさるゝによりてなり 八五―八七
されどこれとても、神の書の疎んぜられまたは曲げらるゝに此ぶれば、そが天上にうくる憎惡なほ輕し 八八―九〇
かの書を世に播かんためいくばくの血流されしや、謙りてこれに親しむ者いかばかり聖意に適ふやを人思はず 九一―九三
各外見のために力め、さま/″\の異説を立つれば、これらはまた教を説く者の論ふところとなりて福音ものいはじ 九四―九六
ひとりいふ、クリストの受難の時は、月退りて中間を隔てしため、日の光地に達せざりきと 九七―九九
またひとりいふ、こは光の自ら隱れしためなり、されば猶太人のみならずスパニア人もインド人も等しくその缺くるを見たりと 一〇〇―一〇二
ラーポとビンドいかにフィオレンツァに多しとも、年毎にこゝかしこにて教壇より叫ばるゝかゝる浮説の多きには若かず 一〇三―一〇五
是故に何をも知らぬ羊は、風を食ひて牧場より歸る、また己が禍ひを見ざることも彼等を罪なしとするに足らじ 一〇六―一〇八
クリストはその最初の弟子達に向ひ、往きて徒言を世に宣傳へといひ給はず、眞の礎をかれらに授け給ひたり 一〇九―一一一
この礎のみぞかれらの唱へしところなる、されば信仰を燃さん爲に戰ふにあたり、かれらは福音を楯とも槍ともなしたりき 一一二―一一四
今や人々戲言と戲語とをもて教へを説き、たゞよく笑はしむれば僧帽脹る、かれらの求むるものこの外になし 一一五―一一七
されど帽の端には一羽の鳥の巣くふあり、俗衆これを見ばその頼む罪の赦の何物なるやを知るをえむ 一一八―一二〇
是においてかいと愚なること地にはびこり、定かにすべき證なきに、人すべての約束の邊に集ひ 一二一―一二三
聖アントニオは(贋造の貨幣を拂ひつゝ)これによりて、その豚と、豚より穢れし者とを肥す 一二四―一二六
されど我等主題を遠く離れたれば、今目を轉らして正路を見るべし、さらば時とともに途を短うするをえむ 一二七―一二九
それ天使は數きはめて多きに達し、人間の言葉も思ひもともなふあたはじ 一三〇―一三二
汝よくダニエールの現はしゝ事を思はゞ、その幾千なる語のうちに定かなる數かくるゝを知らむ 一三三―一三五
彼等はかれらをすべて照らす第一の光を受く、但し受くる状態に至りては、この光と結び合ふ諸の輝の如くに多し 一三六―一三八
是においてか、情愛は會得の作用にともなふがゆゑに、かれらのうちのうるはしき愛その熱さ微温さを異にす 一三九―一四一
見よ今永遠の力の高さと廣さとを、そはこのもの己が爲にかく多くの鏡を造りてそれらの中に碎くれども 一四二―一四四
一たるを失はざること始めの如くなればなり。 一四五―一四七
第三十曲
第六時はおよそ六千哩のかなたに燃え、この世界の陰傾きてはや殆んど水平をなすに 一―三
いたれば、いや高き天の中央白みはじめて、まづとある星、この世に見ゆる力を失ひ 四―六
かくて日のいと燦かなる侍女のさらに進み來るにつれ、天は光より光と閉ぢゆき、そのいと美しきものにまで及ぶ 七―九
己が包むものに包まると見えつゝわが目に勝ちし一點のまはりに永遠に舞ふかの凱旋も、またかくの如く 一〇―一二
次第に消えて見えずなりき、是故に何をも見ざることゝ愛とは、我を促して目をベアトリーチェに向けしむ 一三―一五
たとひ今にいたるまで彼につきていひたる事をみな一の讚美の中に含ましむとも、わが務を果すに足らじ 一六―一八
わが見し美は、豈たゞ人の理解を超ゆるのみならんや、我誠に信ずらく、これを悉く樂しむ者その造主の外になしと 一九―二一
げに茲にいたり我は自らわが及ばざりしを認む、喜曲または悲曲の作者もその題の難きに處してかく挫けしことはあらじ 二二―二四
そは日輪の、いと弱き視力におけるごとく、かのうるはしき微笑の記憶は、わが心より心その物を掠むればなり 二五―二七
この世にはじめて彼の顏を見し日より、かく視るにいたるまで、我たえず歌をもてこれにともなひたりしかど 二八―三〇
今は歌ひつゝその美を追ひてさらに進むことかなはずなりぬ、いかなる藝術の士も力盡くればまたかくの如し 三一―三三
さてかれは、かく我をしてわが喇叭(こはその難き歌をはや終へんとす)よりなほ大いなる音にかれを委ねしむるほどになりつゝ 三四―三六
敏き導者に似たる動作と聲とをもて重ねていふ。われらは最大いなる體を出でゝ、純なる光の天に來れり 三七―三九
この光は智の光にて愛これに滿ち、この愛は眞の幸の愛にて悦びこれに滿ち、この悦び一切の樂しみにまさる 四〇―四二
汝はこゝにて天堂の二隊の軍をともに見るべし、而してその一隊をば最後の審判の時汝に現はるゝその姿にて見む。 四三―四五
俄に閃く電光が、物見る諸の靈を亂し、いと強き物の與ふる作用をも目より奪ふにいたるごとく 四六―四八
生くる光わが身のまはりを照らし、その輝の面をもて我を卷きたれば、何物も我に見えざりき 四九―五一
この天をしづむる愛は、常にかゝる會釋をもて己が許に歡び迎ふ、これ蝋燭をその焔に適はしからしめん爲なり。 五二―五四
これらのつゞまやかなる言葉わが耳に入るや否や、我はわが力の常よりも増しゐたるをさとりき 五五―五七
しかして新しき視力わが衷に燃え、いかなる光にてもわが目の防ぎえざるほど燦やかなるはなきにいたれり 五八―六〇
さて我見しに、河のごとき形の光、妙なる春をゑがきたる二つの岸の間にありていとつよく輝き 六一―六三
この流れよりは、諸の生くる火出でゝ左右の花の中に止まり、さながら紅玉を黄金に嵌むるに異ならず 六四―六六
かくて香に醉へるごとく再び奇しき淵に沈みき、しかして入る火と出づる火と相亞げり 六七―六九
汝が見る物のことを知らんとて今汝を燃しかつ促す深き願ひは、そのいよ/\切なるに從ひいよ/\わが心に適ふ 七〇―七二
されどかゝる渇をとゞむるにあたり、汝まづこの水を飮まざるべからず。わが目の日輪かく我にいひ 七三―七五
さらに加ふらく。河、入り出る諸の珠、及び草の微笑は、その眞状を豫め示す象なり 七六―七八
こはこれらの物その物の難きゆゑならず、汝に缺くるところありて視力未ださまで強からざるによる。 七九―八一
常よりもいと遲く目を覺しゝ嬰兒が、顏を乳の方にむけつゝ身を投ぐる疾ささへ 八二―八四
目をば優る鏡とせんとてわがかの水(人をしてその中にて優れる者とならしめん爲流れ出る)の方に身を屈めしその早さには如かじ 八五―八七
しかしてわが瞼の縁この水を飮める刹那に、その長き形は、變りて圓く成ると見えたり 八八―九〇
かくてあたかも假面を被むれる人々が、己を隱しゝ假の姿を棄つるとき、前と異なりて見ゆる如く 九一―九三
花も火もさらに大いなる悦びに變り、我はあきらかに二組の天の宮人達を見たり 九四―九六
あゝ眞の王國の尊き凱旋を我に示せる神の輝よ、願はくは我に力を與へて、わがこれを見し次第を言はしめよ 九七―九九
かしこに光あり、こは造主をばかの被造物即ち彼を見るによりてのみその平安を得る物に見えしむる光にて 一〇〇―一〇二
その周邊を日輪の帶となすとも緩きに過ぐと思はるゝほど廣く圓形に延びをり 一〇三―一〇五
そが見ゆるかぎりはみな、プリーモ・モービレの頂より反映す一線の光(かの天この光より生命と力とを受く)より成る 一〇六―一〇八
しかして邱が、p草や花に富める頃、わが飾れるさまを見ん爲かとばかり、己が姿をその麓の水に映すごとく 一〇九―一一一
すべてわれらの中天に歸りたりし者、かの光の上にありてこれを圍み繞りつゝ、千餘の列より己を映せり 一一二―一一四
そのいと低き階さへかく大いなる光を己が中に集むるに、花片果るところにてはこの薔薇の廣さいかばかりぞや 一一五―一一七
わが視力は廣さ高さのために亂れず、かの悦びの量と質とをすべてとらへき 一一八―一二〇
近きも遠きもかしこにては加へじ減かじ、神の親しくしろしめし給ふ處にては自然の法さらに行はれざればなり 一二一―一二三
段また段と延びをり、とこしへに春ならしむる日輪にむかひて讚美の香を放つ無窮の薔薇の黄なるところに 一二四―一二六
ベアトリーチェは、あたかも物言はんと思ひつゝ言はざる人の如くなりし我を惹行き、さて曰けるは。見よ白衣の群のいかばかり大いなるやを 一二七―一二九
見よわれらの都のその周圍いかばかり廣きやを、見よわれらの席の塞りて、この後こゝに待たるゝ民いかばかり數少きやを 一三〇―一三二
かの大いなる座、即ちその上にはや置かるゝ冠の爲汝が目をとむる座には、汝の未だこの婚筵に連りて食せざるさきに 一三三―一三五
尊きアルリーゴの魂(下界に帝となるべき)坐すべし、彼はイタリアを直くせんとてその備へのかしこに成らざる先に行かむ 一三六―一三八
汝等は無明の慾に迷ひ、あたかも死ぬるばかりに饑ゑつゝ乳母を逐ひやる嬰鬼の如くなりたり 一三九―一四一
しかして顯にもひそかにも彼と異なる道を行く者、その時神の廳の長たらむ 一四二―一四四
されど神がこの者に聖なる職を許し給ふはその後たゞ少時のみ、彼はシモン・マーゴの己が報いをうくる處に投げ入れられ 一四五―一四七
かのアラーエア人をして愈深く沈ましむべければなり。 一四八―一五〇
第三十一曲
クリストの己が血をもて新婦となしたまへる聖軍は、かく純白の薔薇の形となりて我に現はれき 一―三
されど殘の一軍(これが愛を燃すものゝ榮光と、これをかく秀でしめし威徳とを、飛びつゝ見かつ歌ふところの)は 四―六
蜂の一群が、或時は花の中に入り、或時はその勞苦の味の生ずるところに歸るごとく 七―九
かのいと多くの花片にて飾らるゝ大いなる花の中にくだり、さて再びかしこより、その愛の常に止まる處にのぼれり 一〇―一二
かれらの顏はみな生くる焔、翼は黄金にて、その他はいかなる雪も及ばざるまで白かりき 一三―一五
席より席と花の中にくだる時、かれらは脇を扇ぎて得たりし平和と熱とを傳へたり 一六―一八
またかく大いなる群飛交しつゝ上なる物と花の間を隔つれども、目も輝もこれに妨げられざりき 一九―二一
そは神の光宇宙をばその功徳に準じて貫き、何物もこれが障礙となることあたはざればなり 二二―二四
この安らけき樂しき國、舊き民新しき民の群居る國は、目をも愛をも全く一の目標にむけたり 二五―二七
あゝ唯一の星によりてかれらの目に閃きつゝかくこれを飽かしむる三重の光よ、願はくはわが世の嵐を望み見よ 二八―三〇
未開の人々、エリーチェがその愛兒とともにめぐりつゝ日毎に蔽ふ方より來り 三一―三三
ローマとそのいかめしき業――ラテラーノが人間の爲すところのものに優れる頃の――とを見ていたく驚きたらんには 三四―三六
人の世より神の世に、時より永劫に、フィオレンツァより、正しき健かなる民の許に來れる我 三七―三九
豈いかばかりの驚きにてか滿されざらんや、げに驚きと悦びの間にありて、我は聞かず言はざるを願へり 四〇―四二
しかして巡禮が、その誓願をかけし神殿の中にて邊を見つゝ心を慰め、はやその状を人に傳へんと望む如く四二
我は目をかの生くる光に馳せつゝ、諸の段に沿ひ、或ひは上或ひは下或ひは周圍にこれを移し 四六―四八
神の光や己が微笑に裝はれ、愛の勸むる諸の顏と、すべての愼にて飾らるゝ諸の擧動とを見たり 四九―五一
おしなべての天堂の形をわれ既に悉く認めたれど、未だそのいづれのところにも目を据ゑざりき 五二―五四
かくて新しき願ひに燃され、我はわが心に疑ひをいだかしめし物につきてわが淑女に問はんため身をめぐらせるに 五五―五七
わが志しゝ事我に臨みし事と違へり、わが見んと思ひしはベアトリーチェにてわが見しは一人の翁なりき、その衣は榮光の民の如く 五八―六〇
目にも頬にも仁愛の悦びあふれ、その姿は、やさしき父たるにふさはしきまで慈悲深かりき 六一―六三
彼何處にありや。我は直にかく曰へり、是においてか彼。汝の願ひを滿さんためベアトリーチェ我をしてわが座を離れしむ 六四―六六
汝仰ぎてかの最高き段より第三に當る圓を見よ、さらば彼をその功徳によりてえたる寶座の上にて再び見む。 六七―六九
我答へず、目を擧げて淑女を見しに、永遠の光彼より反映しつゝその冠となりゐたり 七〇―七二
人の目いかなる海の深處に沈むとも、雷の鳴るいと高きところよりその遠く隔たること 七三―七五
わが目の彼處にてベアトリーチェを離れしに及ばじ、されど是我に係なかりき、そはその姿間に混る物なくしてわが許に下りたればなり 七六―七八
あゝわが望みを強うする者、わが救ひのために忍びて己が足跡を地獄に殘すにいたれる淑女よ 七九―八一
わが見しすべての物につき、我は恩惠と強さとを汝の力汝の徳よりいづと認む 八二―八四
汝は適はしき道と方法とを盡し、我を奴僕の役より引きてしかして自由に就かしめぬ 八五―八七
汝の癒しゝわが魂が汝の意にかなふさまにて肉體より解かるゝことをえんため、願はくは汝の賜をわが衷に護れ。 八八―九〇
我かく請へり、また淑女は、かのごとく遠しと見ゆる處にてほゝゑみて我を視、その後永遠の泉にむかへり 九一―九三
聖なる翁曰ふ。汝の覊旅を全うせんため(願ひと聖なる愛とはこのために我を遣はしゝなりき) 九四―九六
目を遍くこの園の上に馳せよ、これを見ば汝の視力は、神の光を分けていよ/\遠く上るをうるべければなり 九七―九九
またわが全く燃えつゝ愛する天の女王、われらに一切の恩惠を與へむ、我は即ち彼に忠なるベルナルドなるによりてなり。 一〇〇―一〇二
わがヴェロニカを見んとて例へばクロアツィアより人の來ることあらんに、久しく傳へ聞きゐたるため、その人飽くことを知らず 一〇三―一〇五
これが示さるゝ間、心の中にていはむ、わが主ゼス・クリスト眞神よ、さてはかゝる御姿にてましましゝかと 一〇六―一〇八
現世にて默想のうちにかの平安を味へる者の生くる愛を見しとき、我またかゝる人に似たりき 一〇九―一一一
彼曰ふ。恩惠の子よ、目を低うして底にのみ注ぎなば、汝この法悦の状を知るをえじ 一一二―一一四
されば諸の圈を望みてそのいと遠きものに及べ、この王國の從ひ事へまつる女王の、坐せるを見るにいたるまで。 一一五―一一七
われ目を擧げぬ、しかしてたとへば朝には天涯の東の方が、日の傾く方にまさるごとく 一一八―一二〇
我は目にて(溪より山は行くかとばかり)縁の一部が光において殘るすべての頂に勝ちゐたるを見たり 一二一―一二三
またたとへば、フェトンテのあつかひかねし車の轅の待たるゝ處はいと強く燃え、そのかなたこなたにては光衰ふるごとく 一二四―一二六
かの平和の焔章旗は、その中央つよくかゞやき、左右にあたりて焔一樣に薄らげり 一二七―一二九
しかしてかの中央には、光も技も各異なれる千餘の天使、翼をひらきて歡び舞ひ 一三〇―一三二
凡ての聖者達の目の悦びなりし一の美、かれらの舞ふを見歌ふを聞きてほゝゑめり 一三三―一三五
われたとひ想像におけるごとく言葉に富むとも、その樂しさの萬分一をもあえて述ぶることをせじ 一三六―一三八
ベルナルドは、その燃ゆる愛の目的にわが目の切に注がるゝを見て、己が目をもいとなつかしげにこれにむけ 一三九―一四一
わが目をしていよ/\見るの願ひに燃えしむ 一四二―一四四
第三十二曲
愛の目を己が悦びにとめつゝ、かの默想者、進みて師の役をとり、聖なる言葉にて曰ひけるは 一―三
マリアの塞ぎて膏をぬりし疵――これを開きこれを深くせし者はその足元なるいと美しき女なり 四―六
第三の座より成る列の中、この女の下には、汝の見るごとく、ラケールとベアトリーチェと坐す 七―九
サラ、レベッカ、ユディット、及び己が咎をいたみて我を憐みたまへといへるその歌人の曾祖母たりし女が 一〇―一二
列より列と次第をたてゝ下に坐するを汝見るべし(我その人々の名を擧げつゝ花片より花片と薔薇を傳ひて下るにつれ) 一三―一五
また第七の段より下には、この段にいたるまでの如く、希伯來人の女達相續きて花のすべての髮を分く 一六―一八
そは信仰がクリストを見しさまに從ひ、かれらはこの聖なる階をわかつ壁なればなり 一九―二一
此方、即ち花の花片のみな全きところには、クリストの降り給ふを信ぜる者坐し 二二―二四
彼方、即ち諸の半圓の、空處に斷たるゝところには、降り給へるクリストに目をむけし者坐す 二五―二七
またこなたには、天の淑女の榮光の座とその下の諸の座とがかく大いなる隔となるごとく 二八―三〇
對が方には、常に聖にして、曠野、殉教、尋で二年の間地獄に堪へしかの大いなるジョヴァンニの座またこれとなり 三一―三三
彼の下にフランチュスコ、ベネデット、アウグスティーノ、及びその他の人々定によりてかく隔て、圓より圓に下りて遂にこの處にいたる 三四―三六
いざ見よ神の尊き攝理を、そは信仰の二の姿相等しくこの園に滿つべければなり 三七―三九
また知るべし、二の區劃を線の半にて截る段より下にある者は、己が功徳によりてかしこに坐するにあらず 四〇―四二
他人の功徳によりて(但し或る約束の下に)しかすと、これらは皆自ら擇ぶ眞の力のあらざる先に解放たれし靈なればなり 四三―四五
汝よくかれらを見かれらに耳を傾けなば、顏や稚き聲によりてよくこれをさとるをえむ 四六―四八
今や汝異しみ、あやしみてしかして物言はず、されど鋭き思ひに汝の緊めらるゝ強き紲を我汝の爲に解くべし 四九―五一
抑この王國廣しといへども、その中には、悲しみも渇も饑えもなきが如く、偶然の事一だになし 五二―五四
そは汝の視る一切の物、永遠の律法によりて定められ、指輪はこゝにて、まさしく指に適へばなり 五五―五七
されば急ぎて眞の生に來れるこの人々のこゝに受くる福に多少あるも故なしとせじ 五八―六〇
いかなる願ひも敢てまたさらに望むことなきまで大いなる愛と悦びのうちにこの國をを康んじたまふ王は 六一―六三
己が樂しき聖顏のまへにて凡ての心を造りつゝ、聖旨のまゝに異なる恩惠を與へ給ふ、汝今この事あるをもて足れりとすべし 六四―六六
しかしてこは定かに明らかに聖書に録さる、即ち母の胎内にて怒りを起しゝ雙兒のことにつきてなり 六七―六九
是故にかゝる恩惠の髮の色の如何に從ひ、いと高き光は、これにふさはしき冠とならざるをえじ 七〇―七二
さればかれらは、己が行爲の徳によらず、たゞ最初の視力の鋭さ異なるによりてその置かるゝ段を異にす 七三―七五
世の未だ新しき頃には、罪なき事に加へてたゞ兩親の信仰あれば、げに救ひをうるに足り 七六―七八
第一の世終れる後には、男子は割禮によりてその罪なき羽に力を得ざるべからざりしが 七九―八一
恩惠の時いたれる後には、クリストの全き洗禮を受けざる罪なき稚兒かの低き處に抑められき 八二―八四
いざいとよくクリストに似たる顏をみよ、その輝のみ汝をしてクリストを見るをえしむればなり。 八五―八七
我見しに、諸の聖なる心(かの高き處をわけて飛ばんために造られし)の齎らす大いなる悦びかの顏に降注ぎたり 八八―九〇
げに先にわが見たる物一としてこれの如く驚をもてわが心を奪ひしはなく、かく神に似しものを我に示せるはなし 九一―九三
しかしてさきに彼の上に降れる愛、幸あれマリア恩惠滿つ者よと歌ひつゝ、その翼をかれの前にひらけば 九四―九六
天の宮人達四方よりこの聖歌に和し、いづれの姿も是によりていよ/\燦やかになりたりき 九七―九九
あゝ永遠の定によりて坐するそのうるはしき處を去りつゝ、わがためにこゝに下るをいとはざる聖なる父よ 一〇〇―一〇二
かのいたく喜びてわれらの女王の目に見入り、燃ゆと見ゆるほどこれを慕ふ天使は誰ぞや。 一〇三―一〇五
あたかも朝の星の日におけるごとくマリアによりて美しくなれる者の教へを、我はかく再び請へり 一〇六―一〇八
彼我に。天使または魂にあるをうるかぎりの剛さと雅びとはみな彼にあり、われらもまたその然るをねがふ 一〇九―一一一
そは神の子がわれらの荷を負はんと思ひ給ひしとき、棕櫚を持ちてマリアの許に下れるものは彼なればなり 一一二―一一四
されどいざわが語り進むにつれて目を移し、このいと正しき信心深き帝國の大いなる高官達を見よ 一一五―一一七
かの高き處に坐し、皇妃にいと近きがゆゑにいと福なるふたりのものは、この薔薇の二つの根に當る 一一八―一二〇
左の方にて彼と並ぶは、膽大く味へるため人類をしてかゝる苦さを味ふにいたらしめし父 一二一―一二三
右なるは、聖なる寺院の古の父、この愛づべき花の二の鑰をクリストより委ねられし者なり 一二四―一二六
また槍と釘とによりて得られし美しき新婦のその時々の幸なさをば、己が死なざるさきにすべて見し者 一二七―一二九
これが傍に坐し、左の者の傍には、恩を忘れ心恒なくかつ背き易き民マンナに生命を支へし頃かれらを率ゐし導者坐す 一三〇―一三二
ピエートロと相對ひてアンナの坐するを見よ、彼はいたくよろこびて己が女を見、オザンナを歌ひつゝなほ目を放たじ 一三三―一三五
また最大いなる家長の對には、汝が馳せ下らんとて目を垂れしとき汝の淑女を起たしめしルーチア坐す 一三六―一三八
されど汝の睡りの時疾く過ぐるがゆゑに、あたかも良き縫物師のその有つ織物に適せて衣を造る如く、我等こゝに言を止めて 一三九―一四一
目を第一の愛にむけむ、さらば汝は、彼の方を望みつゝ、汝の及ぶかぎり深くその輝を見るをうべし 一四二―一四四
しかはあれ、汝己が翼を動かし、進むと思ひつゝ或ひは退く莫らんため、祈りによりて、恩惠を受ること肝要なり 一四五―一四七
汝を助くるをうる淑女の恩惠を、また汝は汝の心のわが言葉より離れざるほど、愛をもて我にともなへ。 一四八―一五〇
かくいひ終りて彼この聖なる祈りをさゝぐ 一五一―一五三
第三十三曲
處女なる母わが子の女、被造物にまさりて己を低くししかして高くせらるゝ者、永遠の聖旨の確き目的よ 一―三
人たるものを尊くし、これが造主をしてこれに造らるゝをさへ厭はざるにいたらしめしは汝なり 四―六
汝の胎用にて愛はあらたに燃えたりき、その熱さによりてこそ永遠の平和のうちにこの花かくは咲きしなれ 七―九
こゝにては我等にとりて汝は愛の亭午の燈火、下界人間のなかにては望みの活泉なり 一〇―一二
淑女よ、汝いと大いにしていと強し、是故に恩惠を求めて汝に就かざる者あらば、これが願ひは翼なくして飛ばんと思ふに異ならじ 一三―一五
汝の厚き志はたゞ請ふ者をのみ助くるならで、自ら進みて求めに先んずること多し 一六―一八
汝に慈悲あり、汝に哀憐惠與あり、被造物のうちなる善といふ善みな汝のうちに集まる 一九―二一
今こゝに、宇宙のいと低き沼よりこの處にいたるまで、靈の三界を一々見し者 二二―二四
伏して汝に請ひ、恩惠によりて力をうけつゝ、終極の救ひの方にいよ/\高くその目を擧ぐるをうるを求む 二五―二七
また彼の見んことを己が願ふよりも深くは、己自ら見んと願ひし事なき我、わが祈りを悉く汝に捧げかつその足らざるなきを祈る 二八―三〇
願はくは汝の祈りによりて浮世一切の雲を彼より拂ひ、かくして彼にこよなき悦びを現はしたまへ 三一―三三
我またさらに汝に請ふ、思ひの成らざるなき女王よ、かく見まつりて後かれの心を永く健全ならしめたまへ 三四―三六
願はくは彼を護りて世の雜念に勝たしめ給へ、見よベアトリーチェがすべての聖徒達と共にわが諸の祈りを扶け汝に向ひて合掌するを。 三七―三九
神に愛でられ尊まるゝ目は、祈れる者の上に注ぎて、信心深き祈りのいかばかりかの淑女の心に適ふやを我等に示し 四〇―四二
後永遠の光にむかへり、げに被造物の目にてその中をかく明らかに見るはなしと思はる 四三―四五
また我は凡ての望みの極に近づきゐたるがゆゑに、燃ゆる願ひおのづから心の中にて熄むをおぼえき 四六―四八
ベルナルドは、我をして仰がしめんとて、微笑みつゝ表示を我に與へしかど、我は自らはやその思ふごとくなしゐたり 四九―五一
そはわが目明らかになり、本來眞なる高き光の輝のうちにいよ/\深く入りたればなり 五二―五四
さてこの後わが見しものは人の言葉より大いなりき、言葉はかゝる姿に及ばず、記憶はかゝる大いさに及ばじ 五五―五七
我はあたかも夢に物を見てしかして醒むれば、餘情のみさだかに殘りて他は心に浮び來らざる人の如し 五八―六〇
そはわが見しもの殆んどこと/″\く消え、これより生るゝうるはしさのみ今猶心に滴ればなり 六一―六三
雪、日に溶くるも、シビルラの託宣、輕き木葉の上にて風に散り失するも、またかくやあらむ 六四―六六
あゝ至上の光、いと高く人の思ひを超ゆる者よ、汝の現はれしさまをすこしく再びわが心に貸し 六七―六九
わが舌を強くして、汝の榮光の閃を、一なりとも後代の民に遺すをえしめよ 七〇―七二
そはいさゝかわが記憶にうかび、すこしくこの詩に響くによりて、汝の勝利はいよ/\よく知らるゝにいたるべければなり 七三―七五
わが堪へし活光の鋭さげにいかばかりなりしぞや、さればもしこれを離れたらんには、思ふにわが目くるめきしならむ 七六―七八
想ひ出れば、我はこのためにこそ、いよ/\心を堅うして堪へ、遂にわが目を無限威力と合はすにいたれるなれ 七九―八一
あゝ我をして視る力の盡くるまで、永遠の光の中に敢て目を注がしめし恩惠はいかに裕なるかな 八二―八四
我見しに、かの光の奧には、遍く宇宙に枚となりて分れ散るもの集り合ひ、愛によりて一の卷に綴られゐたり 八五―八七
實在、偶在、及びその特性相混れども、その混る状によりて、かのものはたゞ單一の光に外ならざるがごとくなりき 八八―九〇
萬物を齊へこれをかく結び合はすものをば我は自ら見たりと信ず、そはこれをいふ時我わが悦びのいよ/\さはなるを覺ゆればなり 九一―九三
たゞ一の瞬間さへ、我にとりては、かのネッツーノをしてアルゴの影に驚かしめし企圖における二千五百年よりもなほ深き睡りなり 九四―九六
さてかくわが心は全く奪はれ、固く熟視て動かず移らず、かつ視るに從つていよ/\燃えたり 九七―九九
かの光にむかへば、人甘んじて身をこれにそむけつゝ他の物を見るをえざるにいたる 一〇〇―一〇二
これ意志の目的なる善みなこのうちに集まり、この外にては、こゝにて完き物も完からざるによりてなり 一〇三―一〇五
今やわが言は(わが想起ることにつきてさへ)、まだ乳房にて舌を濡らす嬰兒の言よりもなほ足らじ 一〇六―一〇八
わが見し生くる光の中にさま/″\の姿のありし爲ならず(この光はいつも昔と變らじ) 一〇九―一一一
わが視る力の見るにつれて強まれるため、たゞ一の姿は、わが變るに從ひ、さま/″\に見えたるなりき 一一二―一一四
高き光の奧深くして燦かなるがなかに、現はれし三の圓あり、その色三にして大いさ同じ 一一五―一一七
その一はイリのイリにおけるごとく他の一の光をうけて返すと見え、第三なるは彼方此方より等しく吐かるゝ火に似たり 一一八―一二〇
あゝわが想に此ぶれば言の足らず弱きこといかばかりぞや、而してこの想すらわが見しものに此ぶればこれを些といふにも當らじ 一二一―一二三
あゝ永遠の光よ、己が中にのみいまし、己のみ己を知り、しかして己に知られ己を知りつゝ、愛し微笑み給ふ者よ 一二四―一二六
反映す光のごとく汝の生むとみえし輪は、わが目しばしこれをまもりゐたるとき 一二七―一二九
同じ色にて、その内に、人の像を描き出しゝさまなりければ、わが視る力をわれすべてこれに注げり 一三〇―一三二
あたかも力を盡して圓を量らんとつとめつゝなほ己が要むる原理に思ひいたらざる幾何學者の如く 一三三―一三五
我はかの異象を見、かの像のいかにして圓と合へるや、いかにしてかしこにその處を得しやを知らんとせしかど 一三六―一三八
わが翼これにふさはしからざりしに、この時一の光わが心を射てその願ひを滿たしき 一三九―一四一
さてわが高き想像はこゝにいたりて力を缺きたり、されどわが願ひと思ひとは宛然一樣に動く輪の如く、はや愛にらさる 一四二―一四四
日やそのほかのすべての星を動かす愛に。 一四五―一四七
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