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神曲

LA DIVINA COMMEDIA

アリギエリ・ダンテ Alighieri Dante

山川丙三郎訳


天国篇



   第一曲

萬物を動かす者の榮光あまねく宇宙を貫くといへどもそのかゞやきの及ぶこと一部に多く一部に少し 一―三
我は聖光みひかりいと多く受くる天にありて諸※(二の字点、1-2-22)の物を見たりき、されど彼處かしこれてくだる者そを語るすべを知らずまたしかするをえざるなり 四―六
これわれらの智、己が願ひに近きによりていと深く進み、追思もこれにともなふあたはざるによる 七―九
しかはあれ、かの聖なる王國たついてわが記憶に秘藏ひめをさめしかぎりのことゞも、今わが歌の材たらむ 一〇―一二
あゝきアポルロよ、この最後いやはてわざのために願はくは我を汝の徳のうつはとし、汝の愛するアルローロをうくるにふさはしき者たらしめよ 一三―一五
今まではパルナーゾの一のいたゞきにてりしかど、今は二つながら求めて殘りの馬場に入らざるべからず 一六―一八
願はくは汝わが胸に入り、かつてマルシーアをその身のさやより拔き出せる時のごとくに氣息いきけ 一九―二一
あゝいと聖なる威力ちからよ、汝我をたすけ、我をしてわが腦裏にされたる祝福めぐみの國のうすれしかたあらはさしめなば 二二―二四
汝はわが汝のめづる樹のもとにゆきてその葉を冠となすを見む、詩題と汝、我にかくするをえしむればなり 二五―二七
父よ、皇帝チェーザレまたは詩人のほまれのためにまるゝことのいとまれなれば(人の思ひの罪と恥なり) 二八―三〇
ペネオのむすめの葉人をして己にかはかしむるときは、悦び多きデルフォの神に喜びを加へざることあらじ 三一―三三
それ小さき火花にも大いなる焔ともなふ、おそらくは我より後、我にまさる馨ありてぎ、チルラのこたへをうるにいたらむ 三四―三六
世界のともしび多くのことなる處よりのぼりて人間にあらはるれども、四の圈相合して三の十字を成す處より 三七―三九
出づれば、その道まさり、その伴ふ星またまさる、しかしてその己がさがに從ひて世の蝋をとゝのかたすこといよ/\いちじるし 四〇―四二
かしこをあしたこゝをゆふべとなしゝ日は殆どかゝる處よりいで、いまやかの半球みな白く、そのほかは黒かりき 四三―四五
この時我見しに、ベアトリーチェは左に向ひて目を日にとめたり、鷲だにもかくばかりこれを凝視みつめしことあらじ 四六―四八
第二の光線常に第一のそれよりいでゝ再び昇る、そのさま歸るを願ふ異郷の客に異ならず 四九―五一
かくのごとく、彼のす所――目を傳ひてわが心の内に入りたる――よりわが爲す所いで、我は世の常をえて目を日に注げり 五二―五四
元來もとより人の住處すまひとして造られたりしところなれば、こゝにてはわれらの力に餘りつゝかしこにてはわれらが爲すをうること多し 五五―五七
わが目のこれにふるをえしはたゞすこしの間なりしも、そがあたかも火よりいづる熱鐡の如く火花をあたりにちらすを見ざる程ならざりき 五八―六〇
しかして忽ち晝晝に加はり、さながらしかすることをうる者いま一の日輪にて天を飾れるごとく見えたり 六一―六三
ベアトリーチェはその目をひたすら永遠とこしへの輪にそゝぎて立ち、我はわが目を上より移して彼にそゝげり 六四―六六
かれの姿を見るに及び、わがうちあたかもかのグラウコが己を海の神々の侶たらしむるにいたれる草を味へる時の如くになりき 六七―六九
※(二の字点、1-2-22)そも/\超人の事たるこれを言葉にあらはし難し、是故に恩惠めぐみによりてこれがためしべき者この例をもてれりとすべし 七〇―七二
天を統治すべをさむる愛よ、我は汝が最後に造りし我の一部に過ぎざりしか、こは聖火みひかりにて我を擧げし汝の知り給ふ所なり 七三―七五
慕はるゝにより汝が無窮となしゝ運行、汝のとゝのへかつわかつそのうるはしき調しらべをもてわが心を引けるとき 七六―七八
日輪の焔いとひろく天をもやすと見えたり、雨または河といふともかくひろがれるうみはつくらじ 七九―八一
おとくすしきと光の大いなるとは、その原因もとにつき、未だ感じゝことなき程に強き願ひをわが心にもやしたり 八二―八四
是においてか、我を知ることわがごとくなりし淑女、わが亂るゝ魂をしづめんとて、我の未だ問はざるさきに口をひらき 八五―八七
いひけるは。汝あやまれる思ひをもて自ら己をおろかならしむ。是故にこれを棄つれば見ゆるものをも汝は見るをえざるなり 八八―九〇
汝は汝の信ずるごとく今地上にあるにあらず、げに己が處を出でゝする電光いなづまはやしといへども汝のこれに歸るに及ばじ。 九一―九三
わが第一の疑ひはこれらの微笑ほゝゑめる短きことばによりて解けしかど、一のあらたなる疑ひ起りていよ/\いたく我をからめり 九四―九六
我即ちふ。かの大いなる驚異あやしみにつきてはわが心既に足りて安んず、されどいかにしてわれ此等の輕き物體をえてのぼるや、今これをあやしとす 九七―九九
是においてか彼、一の哀憐あはれみ大息といきの後、狂へる子を見る母のごとく、目をわが方にむけて 一〇〇―一〇二
いふ。およそありとしあらゆる物、皆その間に秩序を有す、しかしてこれは、宇宙を神の如くならしむる形式ぞかし 一〇三―一〇五
※(二の字点、1-2-22)の尊く造られし物、永遠とこしへ威能ちから(これを目的めあてとしてかゝるのりは立てられき)の跡をこの中に見る 一〇六―一〇八
わがいふ秩序の中に自然はすべて傾けども、そのぶんことなりて、己が源にいと近きあり然らざるあり 一〇九―一一一
是故にみな己が受けたる本能に導かれつゝ、存在の大海おほうみをわたりて多くの異なるみなとにむかふ 一一二―一一四
火を月の方に送るもこれ、滅ぶる心を動かすも是、地を相寄せて一にするもまた是なり 一一五―一一七
またこの弓は、たゞ了知さとりなきものゝみならず、智あり愛あるものをも射放つ 一一八―一二〇
かく萬有の次第を立つる神の攝理は、いとくめぐる天をつゝむ一の天をば、常にその光によりてしづかならしむ 一二一―一二三
今やかしこに、己が射放つ物をばすべて樂しきまとにむくるつるの力我等を送る、あたかもさだまれる場所におくるごとし 一二四―一二六
されどげに、材もだしてこたへざるため形しば/\技藝の工夫くふうはざるごとく 一二七―一二九
被造物つくられしものまたしば/\この路を離る、そはこれは、かくうながさるれども、もし最初の刺戟僞りの快樂けらくの爲にれて 一三〇―
これを地に向はしむれば、その行方ゆくへを誤る(あたかも雲より火のおつることあるごとく)ことをうればなり ―一三五
わがはかるところ正しくば、汝の登るはとある流れの高山よりふもとに下り行くごとし、何ぞあやしとするに足らんや 一三六―一三八
障礙しやうげを脱しつゝなほ下に止まらば、是かへつて汝における一の不思議にて、地上に靜なることの燃ゆる火における如くなるべし。 一三九―一四一
かくいひて再び顏を天にむけたり 一四二―一四四


   第二曲

あゝ聽かんとて小舟をぶねに乘りつゝ、歌ひて進むわが船のあとを追ひ來れる人等よ 一―三
立歸りて再び汝等の岸を見よ、沖に浮びいづるなかれ、恐らくは汝等我を見ずしてさまよふにいたるべければなり 四―六
わがわたりゆく水は人いまだ越えしことなし、ミネルヴァ氣息いきき、アポルロ我を導き、九のムーゼ我に北斗を指示す 七―九
また數少きも、天使のかて(世の人これによりて生くれどくにいたらず)にむかひてうなじげし人等よ 一〇―一二
水のおもての再び平らかならざるさきにわが船路ふなぢの跡をたどりつゝ海原うなばら遠く船を進めよ 一三―一五
イアソンが耕人たがやすひととなれるをコルコに渡れる勇士つはもの等の見し時にもまさりて汝等驚きあやしまむ 一六―一八
神隨かんながらの王國を求むる本然永劫えいごふかわきわれらを運び、その速なること殆ど天のめぐるに異ならず 一九―二一
ベアトリーチェは上方うへを、我は彼を見き、しかして矢のつるを離れ、飛び、とゞまるばかりの間に 二二―二四
我はくすしき物ありてわが目をこれにけるところに着きゐたり、是においてかわが心の作用はたらきをすべて知れる淑女 二五―二七
その美しさにおとらざる悦びをあらはしわが方にむかひていふ。われらを第一の星と合せたまひし神に感謝の心をさゝぐべし。 二八―三〇
日に照らさるゝ金剛石のごとくにて、光れる、き、固き、磨ける雲われらを蔽ふと見えたりき 三一―三三
しかしてこの不朽の眞珠は、あたかも水の分れずして光線を受け入るゝごとく、我等を己の内に入れたり 三四―三六
一の量のいかにして他の量をれたりし――體、體の中に入らばこの事なきをえざるなり――やは人知り難し、されば我もし 三七―
肉體なりしならんには、神入相結ぶ次第を顯はすかの至聖者を見んとの願ひ、愈※(二の字点、1-2-22)強くわれらをもやさゞるをえず ―四二
信仰にりて我等が認むる所の物もかしこにては知らるべし、但しあかしせらるゝにあらず、人の信ずる第一の眞理の如くこの物おのづから明らかならむ 四三―四五
我答ふらく。わが淑女よ、我は人間世界より我を移したまへる者に、わが眞心まごゝろを盡して感謝す 四六―四八
されど告げよ、この物體にありて、かの下界の人々にカインの物語をさしむる多くの黒きほしは何ぞや。 四九―五一
彼少しく微笑ほゝゑみて後いふ。官能のかぎの開くをえざる處にて人思ひ誤るとも 五二―五四
げに汝今驚きの矢に刺さるべきにはあらず、諸※(二の字点、1-2-22)の官能にともなふ理性の翼の短きを汝すでに知ればなり 五五―五七
されど汝自らこれをいかに思ふや、我に告げよ。我。こゝにてわれらにさま/″\に見ゆるものは、思ふに體の粗密に由來す。 五八―六〇
彼。もしよく耳をわが反論に傾けなば、汝は必ず汝の思ひの全く虚僞におちいれるを見む 六一―六三
それ第八の天球の汝等に示す光は多し、しかしてこれらはその質と量とにおいて各※(二の字点、1-2-22)あらはるゝ姿を異にす 六四―六六
もし粗密のみこれが原因もとならば、同じ一の力にてたゞわかたれし量を異にしまたはこれを等しうするものすべての光の中にあらむ 六七―六九
力の異なるは諸※(二の字点、1-2-22)の形式の原理の相異なるによらざるをえず、然るに汝の説に從へば、これらは一を除くのほか皆亡び失はるにいたる 七〇―七二
さてまた粗なること、汝のたづぬるかの斑點はんてん原因もとならば、この遊星には、その材の全く乏しき處あるか 七三―七五
さらずば一の肉體があぶらと肉とをわかつごとく、この物もまたそのふみの中にかさぬる紙を異にせむ 七六―七八
もし第一の場合なりせば、こは日蝕の時、光の射貫いぬく(他の粗なる物體に引入れらるゝ時の如く)ことによりて明らかならむ 七九―八一
されどこの事なきがゆゑに、殘るは第二の場合のみ、我もしこれを打消すをえば、汝の思ひの誤れること知らるべし 八二―八四
もしこの粗、穿うがつらぬくにいたらずば、必ず一の極限きはみあり、密こゝにこれをはゞみてそのさらに進むをゆるさじ 八五―八七
しかしてかしこより日の光の反映てりかへすこと、鉛を後方うしろにかくす※(「王+黎」、第3水準1-88-35)はりより色の歸るごとくなるべし 八八―九〇
是においてか汝はいはむ、奧深き方より反映てりかへすがゆゑに、かしこにてはほかの處よりも光暗しと 九一―九三
汝等の學術の流れのもととなるならはしなる經驗は――汝もしこれに徴せば――この異論より汝を解くべし 九四―九六
汝三の鏡をとりて、その二をば等しく汝より離し、殘る一をさらに離してさきの二の間に見えしめ 九七―九九
さてこれらにむかひつゝ、汝のうしろに一の光を置きてこれに三の鏡を照らさせ、その三より汝の方に反映てりかへらせよ 一〇〇―一〇二
さらば汝は、遠き方よりかへる光が、量において及ばざれども、必ず等しくかゞやくを見む 一〇三―一〇五
今や汝の智、あたかも雪の下にある物、暖き光に射られて、はじめの色とつめたさとを 一〇六―
失ふごとくなりたれば、汝の目にきらめきてみゆるばかりに強き光を我は汝にさとらしむべし ―一一一
それいと聖なる平安を保つ天の中に一の物體のめぐるあり、これに包まるゝすべての物の存在はみなこれが力にす 一一二―一一四
その次にあたりてあまたの光ある天は、かの存在を頒ちて、これを己と分たるれども己の中に含まるゝさま/″\の本質に與へ 一一五―一一七
他の諸※(二の字点、1-2-22)の天は、各※(二の字点、1-2-22)異なるさまにより、その目的めあてたねとにむかひて、己がうちなる特性をとゝのふ 一一八―一二〇
かゝればこれらの宇宙の機關は、上より受けて下に及ぼし、次第をひて進むこと、今汝の知るごとし 一二一―一二三
汝よく我を視、汝の求むる眞理にむかひてわがこの處を過ぎ行くさまに心せよ、さらばこの後ひとりにて淺瀬を渡るをうるにいたらむ 一二四―一二六
そも/\諸天の運行とその力とは、あたかも鍛工かぢより鐡槌つちわざのいづるごとく、諸※(二の字点、1-2-22)のたふとき動者うごかすものよりいでざるべからず 一二七―一二九
しかしてかのあまたの光に飾らるゝ天は、これをめぐらす奧深き心より印象かたを受けかつこれをす 一三〇―一三二
また汝等のちりの中なる魂がさま/″\の能力ちからに應じて異なる肢體したいにゆきわたるごとく 一三三―一三五
かの天をつかさどるもの、またその徳をあまたにしてこれを諸※(二の字点、1-2-22)の星に及ぼし、しかして自らいつなることをたもちてめぐる 一三六―一三八
さま/″\の力そのかすたふとき物體(力のこれと結びあふこと生命いのちの汝等におけるが如し)と合して造る混合物まぜものいつならじ 一三九―一四一
悦び多きさがより流れ出づるがゆゑに、このまじれる力、物體の中に輝き、あたかも生くる瞳の中に悦びのかゞやくごとし 一四二―一四四
光と光の間にて異なりと見ゆるものゝ原因もと、げに是にして粗密にあらず、是ぞ即ち形式の原理 一四五―
己が徳に從つてかの明暗を生ずる物なる。 ―一五〇


   第三曲

さきに愛をもてわが胸をあたゝめし日輪、とのあかしをなして、美しき眞理のたへなる姿を我に示せり 一―三
されば我は、わがはや誤らず疑はざるを自白せんため、物言はんとてほどよくかうべげしかど 四―六
このとき我に現はれし物あり、いとつよくわが心をきてこれを見るにもつぱらならしめ、我をしてわが告白を忘れしむ 七―九
きとほりてくもりなき玻※(「王+黎」、第3水準1-88-35)または清く靜にてしかして底の見えわかぬまで深きにあらざる水にうつれば 一〇―一二
われらのおもかげかすかに見えて、さながら白きひたひの眞珠のたゞちに瞳に入らざるに似たり 一三―一五
我また語るをねがふ多くのかゝる顏を見しかば、人と泉との間に戀をもやしたるその誤りの裏をかへしき 一六―一八
かの顏を見るや、我はこれらを物にうつれる姿なりとし、その所有者もちぬしの誰なるをみんとて直ちに目をめぐらせり 一九―二一
されど何をも見ざりしかば、再びこれを前にめぐらし、うるはしき導者――彼は微笑ほゝゑみ、その聖なる目輝きゐたり――の光に注げり 二二―二四
彼我に曰ふ。汝の思ひのをさなきをみて我のほゝゑむをあやしむなかれ、汝の足はなほいまだ眞理の上にかたく立たず 二五―二七
その常の如く汝をくうにむかはしむ、そも/\汝の見るものは、誓ひを果さゞりしためこゝに逐はれしまことの靈なり 二八―三〇
是故に彼等と語り、聽きて信ぜよ、彼等を安んずるまことの光は、己を離れて彼等の足の迷ふを許さゞればなり。 三一―三三
我は即ち最もせちに語るを求むるさまなりし魂にむかひ、あたかも願ひ深きに過ぎて心亂るゝ人の如く、いひけるは 三四―三六
あゝ生得しやうとくさちある靈よ、味はゝずして知るによしなき甘さをば、永遠とこしへ生命いのちの光によりてあぢはふ者よ 三七―三九
汝の名と汝等の状態ありさまとを告げてわが心をたらはせよ、さらば我悦ばむ。是においてか彼ためらはず、かつ目にゑみをたゝへつゝ 四〇―四二
我等の愛は、その門を正しき願ひの前に閉ぢず、あたかも己が宮人みやびと達のみな己と等しきをねがふ愛に似たり 四三―四五
我は世にて尼なりき、汝もしよく記憶をたどらば、昔にまさるわが美しさも我を汝にかくさずして 四六―四八
汝は我のピッカルダなることを知らむ、これらの聖徒達とともに我こゝに置かれ、いとおそき球の中にてさいはひを受く 四九―五一
さてまたわれらの情は、たゞ聖靈のこゝろかなふものにのみもやさるゝが故に、その立つる秩序によりてとゝのへらるゝことを悦ぶ 五二―五四
しかしてかくいたくおとりて見ゆる分のわれらに與へられたるは、われら誓ひを等閑なほざりにし、かつ缺く處ありしによるなり。 五五―五七
是においてか我彼に。汝等のくすしき姿の中には、何ならむ、いと聖なるものありて輝き、昔のかたち變りたれば 五八―六〇
たゞちに思ひ出るをえざりき、されど汝の我にいへること今我をたすけ我をして汝を認めやすからしむ 六一―六三
ふ告げよ、汝等こゝにてさいはひなる者よ、汝等はさらに高き處に到りてさらに多く見またはさらに多くの友を得るを望むや。 六四―六六
他の魂等とともに彼まづ少しく微笑ほゝゑみて後、初戀の火に燃ゆと見ゆるほど、いとよろこばしげに答ふらく 六七―六九
兄弟よ、愛の徳われらのこゝろしづめ、我等をしてわれらのつ物をのみ望みて他の物にかわくなからしむ 七〇―七二
我等もしさらに高からんことをねがはゞ、われらの願ひは、われらをこゝと定むる者のこゝろに違ふ 七三―七五
もし愛の中にあることこゝにて肝要ならば、また汝もしよくこの愛のさがば、汝はこれらの天にこの事あるをえざるを知らむ 七六―七八
げに常に神の聖意みこゝろの中にとゞまり、これによりて我等のこゝろ一となるは、これこのさいはひなる生のもとなり 七九―八一
されば我等がこの王國の諸天に分れをるさまは、王(我等の思ひを己が思ひにはしむる)の心にかなふ如く全王國の心に適ふ 八二―八四
聖意みこゝろはすなはちわれらの平和、その生み出だし自然の造る凡ての物の流れそゝぐ海ぞかし。 八五―八七
天のいづこも天堂にて、たゞかしこに至上の善の恩惠めぐみの一樣にらざるのみなること是時我に明らかなりき 八八―九〇
されど人もし一の食物くひものに飽き、なほ他に望む食物あれば、此を求めてしかして彼のために謝す 九一―九三
我も姿、ことばによりてまたかくの如くになしぬ、こは彼がいかなるはたを織るにあたりてを終りまで引かざりしやを彼より聞かんとてなりき 九四―九六
彼我にふ。完き生涯とすぐるゝ徳とはひとりの淑女をさらに高き天に擧ぐ、そののりに從ひて衣を※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひつくる者汝等の世にあり 九七―九九
彼等はかくしてかの新郎はなむこ、即ち愛より出るによりて己が心にかなふ誓ひをすべてうけいるゝ者と死に至るまで起臥おきふしともにせんとす 一〇〇―一〇二
かの淑女に從はんため我若うして世をのがれ、身に彼の衣をまとひ、またわが誓ひをその派の道に結びたり 一〇三―一〇五
その後、善よりも惡に親しむ人々、かのうるはしき僧院より我を引放しにき、神知り給ふ、わが生涯のこの後いかになりしやを 一〇六―一〇八
またわが右にて汝に現はれ、われらの天のすべての光にもやさるゝこの一のかゞやきは 一〇九―一一一
わが身の上の物語を己が身の上の事と知る、彼も尼なりき、また同じさまにてそのかうべより聖なる※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かしらぎぬかげを奪はる 一一二―一一四
されど己が願ひにそむきまたならはしに背きてげに世にかへれる後にも、未だかつて心の※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひくことなかりき 一一五―一一七
こはソアーヴェの第二の風によりて第三の風即ち最後の威力ちからを生みたるかの大いなるコスタンツァの光なり。 一一八―一二〇
かく我に語りて後、かれはアーヴェ・マリーアを歌ひいで、さてうたひつゝ、深き水に重き物の沈む如く消失きえうせき 一二一―一二三
見ゆるかぎり彼のあとを追ひしわが目は、これを見るをえざるに及び、さらに大いなる願ひの目的めあてにかへり來りて 一二四―一二六
全くベアトリーチェにそゝげり、されど淑女いとつよくわが目にきらめき、視力みるちからはじめこれにへざりしかば 一二七―一二九
わが問これがためにおくれぬ。 一三〇―一三二


   第四曲

ひとしくへだたり等しくいざなふ二の食物くひものの間にては、自由の人、その一をも齒に觸れざるさきにゑて死すべし 一―三
かくの如く、二匹のたけき狼の慾と慾との間にては一匹のこひつじひとしくこれを恐れて動かず、二匹の鹿の間にては一匹の犬止まらむ 四―六
是故に、二の疑ひにひとしくうながされて、我もだせりとも、こはむをえざるにいづれば、我は己を責めもせじめもせじ 七―九
我は默せり、されどわが願ひとともにわが問は言葉に明らかに現はすよりもはるかに強くわが顏にゑがゝる 一〇―一二
ベアトリーチェはあたかもナブコッドノゾルの怒り(彼を殘忍非道となしたる)をしづめし時に當りてダニエルロのしゝ如くになしき 一三―一五
即ち曰ふ。我は汝が二の願ひに引かるゝにより、汝の思ひむすぼれて言葉に出でざるをさだかに見るなり 一六―一八
あげつらふらく、善き願ひだに殘らんには、何故にわが功徳の量、人の暴虐しへたげのためにるやと 一九―二一
加之しかのみならず、プラトネの教へしごとく、魂、星に歸るとみゆること、また汝に疑ひを起さしむ 二二―二四
この二こそ汝の思ひをひとしくすところのとひなれ、されば我まづ毒多きかたよりいはむ 二五―二七
セラフィーンの中にて神にいと近き者も、モイゼもサムエールもジョヴァンニ(汝いづれを選ぶとも)も、げにマリアさへ 二八―三〇
今汝に現はれし※(二の字点、1-2-22)もろ/\の靈と天をことにして座するにあらず、またその存在の年數としかずこれらと異なるにもあらず 三一―三三
すべての者みな第一の天を――飾る、たゞ永遠とこしへ聖息みいきを感ずるの多少に從ひ、そのうるはしき生に差別けぢめあるのみ 三四―三六
これらのこゝに現はれしは、この球がその分と定められたるゆゑならずしてその天界の最低いとひくきを示さんためなり 三七―三九
汝等の才にむかひてはかくして語らざるをえず、そは汝等の才は、のち智に照らすにいたる物をもたゞ官能の作用はたらきによりてればなり 四〇―四二
是においてか聖書は汝等の能力ちからに準じ、手と足とを神に附して他の意義に用ゐ 四三―四五
聖なる寺院は、ガブリエール、ミケール、及びかのトビアをいやしゝ天使をば人の姿によりて汝等にあらはす 四六―四八
ティメオが魂についてあげつらふところは、こゝにて見ゆる物に似ず、これ彼はそのいふごとく信ずと思はるゝによりてなり 四九―五一
即ち魂が、自然のこれに肉體を司らしめし時、己の星より分れ出たるものなるを信じて、彼はこの物再びかしこに歸るといへり 五二―五四
或は彼の説く所、そのことばの響と異なり、あなどるべからざる意義を有することあらむ 五五―五七
もしそれこれらの天にその影響のほまれそしりも歸る意ならば、その矢いくばくか眞理にあたらむ 五八―六〇
この原理誤りせられてそのかみ殆ど全世界をげ、これをして迷ひのあまりジョーヴェ、メルクリオ、マルテと名づけしむ 六一―六三
汝を惱ますいま一の疑ひは毒少し、そはその邪惡も、汝を導きて我より離すあたはざればなり 六四―六六
われらの正義が人間の目に不正とみゆるは即ち信仰の過程くわていにて異端邪説の過程にあらず 六七―六九
されど汝等の知慧よくこの眞理を穿うがつことをうるがゆゑに、我は汝の望むごとく汝に滿足をえさすべし 七〇―七二
もしあらびとは、ひらるゝ人いさゝかも強ふる人にくみせざる時生ずるものゝいひならば、これらの魂はこれによりて罪をのがるゝことをえじ 七三―七五
そは意志は自ら願ふにあらざれば滅びず、あたかも火が千度ちたび強ひてたわめらるともなほその中なる自然の力を現はす如く爲せばなり 七六―七八
是故に意志の屈するは、その多少を問はず、あらびにこれの從ふなり、しかしてこれらの魂は聖所せいじよに歸るをうるにあたりてかくなしき 七九―八一
鐡架てつきうの上の苦しみにへしロレンツォ、わが手につらかりしムツィオのごとく、彼等の意志まつたかりせば 八二―八四
彼等が自由となるに及び、この意志直ちに彼等をしてその強ひられて離れし路に再びかへらしめしなるべし、されどかく固き意志極めてまれなり 八五―八七
汝よくこれらの言葉を心にとめてさとれるか、さらばこの後汝をしば/\惱ますべかりし疑ひは、はや必ず解けたるならむ 八八―九〇
されど汝の眼前めのまへに今なほ横たはる一の路あり、こはいとかたき路なれば汝ひとりにてはこれを出でざるさきに疲れむ 九一―九三
我あきらかに汝に告げて、さいはひなる魂は常に第一のまことに近くとゞまるがゆゑにいつはるあたはずといへることあり 九四―九六
後汝はコスタンツァがその※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひをばもとの如く慕へる事をピッカルダより聞きたるならむ、さればこれとわが今こゝにいふ事と相反すとみゆ 九七―九九
兄弟よ、人難をまぬがれんため、わが意にそむき、その爲すべきにあらざることをなしゝためしは世に多し 一〇〇―一〇二
アルメオネが父にはれて己が生の母を殺し、孝を失はじとて不孝となりしもその一なり 一〇三―一〇五
かゝる場合については、請ふ思へ、あらび意志とまじりて相共にはたらくがゆゑに、その罪いひのがるゝによしなきことを 一〇六―一〇八
絶對の意志は惡にくみせず、そのこれに與するは、こばみてかへつて尚大いなる苦難なやみにあふを恐るゝことの如何に準ず 一〇九―一一一
さればピッカルダはかく語りて絶對の意志をし、我は他の意志を指す、ふたりのいふところ倶にまことなり。 一一二―一一四
一切の眞理の源なる泉よりいでし聖なる流れかくその波をげ、かくして二の願ひをしづめき 一一五―一一七
我即ち曰ふ。あゝ第一の愛に愛せらるゝ者よ、あゝいと聖なる淑女よ、汝のことば我をうるほし我を暖め、かくして次第に我を生かしむ 一一八―一二〇
されどわが愛深からねば汝の恩惠めぐみに謝するに足らず、願はくは全智全能者これにこたへ給はんことを 一二一―一二三
我よく是を知る、我等の智は、かのまこと(これより外には眞なる物一だになし)に照らされざれば、くことあらじ 一二四―一二六
智のこれに達するや、あたかも洞の中に野獸ののけものいこふ如く、直ちにその中にいこふ、またこはこれに達するをう、然らずばいかなる願ひも空ならむ 一二七―一二九
是故に疑ひは眞理の根より芽の如くに生ず、しかしてこは峰より峰にわれらを促しいたゞきにいたらしむる自然の途なり 一三〇―一三二
淑女よ、この事我を誘ひ我を勵まし、いま一の明らかならざる眞理についてうや/\しく汝に問はしむ 一三三―一三五
請ふ告げよ、人その破れる誓ひの爲、汝等の天秤はかりくるも輕からぬほど他の善をもて汝等にあがなひをなすことをうるや。 一三六―一三八
ベアトリーチェは愛の光のみち/\しいと聖なる目にて我を見き、さればわが視力みるちからこれに勝たれでうしろを見せ 一三九―一四一
我は目をれつゝ殆ど我を失へり。 一四二―一四四


   第五曲

われ世に比類たぐひなきまで愛の焔に輝きつゝ汝にあらはれ、汝の目の力に勝つとも 一―三
こは全き視力――その認むるに從つて、認めし善に進み入る――より出づるがゆゑにあやしむなかれ 四―六
われあきらかに知る、見らるゝのみにてたえず愛を燃す永遠とこしへの光、はや汝の智の中にかゞやくを 七―九
もし他の物汝等の愛を迷はさば、こはかの光の名殘がその中にし入りて見誤らるゝによるのみ 一〇―一二
汝の知らんと欲するは、はたされざりし誓ひをば人他のつとめによりてつぐのひ、魂をして論爭あらそひまぬがれしむるをうるやいなやといふ事是なり。 一三―一五
ベアトリーチェはかくこのカントをうたひいで、言葉をたざる人のごとく、聖なる教へを續けていふ。 一六―一八
それ神がそのゆたかなる恩惠めぐみにより造りて與へ給へる物にて最もその徳にかなひかつその最も重んじ給ふ至大のたまものは 一九―二一
即ち意志の自由なりき、知慧ある被造物は皆、またかれらに限り、昔これを受け今これを受く 二二―二四
いざ汝して知るべし、人うけがひて神また肯ひかくして誓ひ成るならんには、そのいととほときものなることを 二五―二七
そは神と人との間に契約を結ぶにあたりては、わがいふ如く貴きこの寶犧牲いけにへとなり、かつかくなるも己が作用はたらきによればなり 二八―三〇
されば何物をもてつぐのひとなすことをえむ、捧げし物を善く用ゐんと思ふは是※物ぞうぶつ をもて善事を爲さんとねがふなり 三一―三三
汝既に要點を會得ゑとくす、されど聖なる寺院は誓ひよりき、わが汝にあらはしゝ眞理にそむくとみゆるがゆゑに 三四―三六
汝なほ食卓つくゑに向ひてしばらく坐すべし、汝のくらへるかた食物くひものはその消化こなるゝ爲になほ助けをもとむればなり 三七―三九
心を開きて、わが汝に示すものを受け、これをその中に收めよ、聽きてたもたざるは知識をうるの道にあらじ 四〇―四二
それ二の物相合してこの犧牲いけにへの要素を成す、一はその作らるゝもととなるもの一は即ち契約なり 四三―四五
後者は守るにあらざれば消えず、但しこれについては我既にいとさだかに述べたり 四六―四八
是故に希伯來人エブレオびとは、捧ぐる物の如何によりこれをふるをえたれども(汝必ず是を知らん)、なほ献物さゝげものをなさゞるをえざりき 四九―五一
前者即ち汝に材とし知らるゝものは、これを他の材にふとも必ずとがとなるにはあらず 五二―五四
されど黄白二のかぎのめぐるなくば何人もその背にへる荷を、心のまゝにとりかふべからず 五五―五七
かつ取らるゝ物が置かるゝ物をるゝことあたかも六の四における如くならずば、いかに易ふともいたづらなるを信ずべし 五八―六〇
是故に己が價値ねうちによりていと重くいかなる天秤はかりをも引下ひきさぐる物にありては、他のつひえをもてつぐなふことをえざるなり 六一―六三
人よ誓ひを戲事たはぶれごととなす勿れ、これに忠なれ、されどイエプテのその最初の供物くもつにおけるごとく輕々しくこれを立るなかれ 六四―六六
守りてしかしてまされる惡を爲さんより、彼はよろしく我あしかりきといふべきなりき、汝はまたギリシアびとの大將のかくおろかなりしをみむ 六七―六九
さればイフィジェニアはそのみめよきがために泣き、かゝる神事じんじを傳へ聞きたる賢者愚者をしてまた彼の爲に泣かしむ 七〇―七二
基督教徒クリスティアーニよ、おも/\しく身を動かし、いかなる風にも動く羽のごとくなるなかれ、いかなる水も汝等を洗ふと思ふなかれ 七三―七五
汝等に舊約新約あり、寺院の牧者の導くあり、汝等これにて己が救ひを得るに足る 七六―七八
もし邪慾汝等に他のみちすゝめなば、汝等人たれ、おろかなる羊となりて汝等の中の猶太人ジュデーアびとに笑はるゝなかれ 七九―八一
己が母の乳を棄て、思慮こゝろなく、うかれつゝ、好みて自ら己と戰ふこひつじのごとく爲すなかれ。 八二―八四
わがこゝにしるすごとく、ベアトリーチェかく我に、かくていとなつかしき氣色けしきにて、宇宙の最も生氣に富める處にむかへり 八五―八七
その沈默と變貌かはれるすがたとは、わがくなきの智、はや新しき問を起しゐたりしわが智にもだせと命じき 八八―九〇
しかしてあたかもつるのしづかならざる先にまとあたる矢のごとく、われらはせて第二の王國にいたれり 九一―九三
われ見しに、かの天の光の中に入りしとき、わが淑女いたくよろこび、かの星自らそがためいよ/\輝きぬ 九四―九六
星さへ變りてほゝゑみたりせば、己がさがのみによりていかなるさまにも變るをうる我げにいかになりしぞや 九七―九九
しづかなる清き池の中にて、魚もしその餌とみゆる物のそとより入來るをみれば、これがほとりにはせよるごとく 一〇〇―一〇二
千餘の輝われらの方にはせよりき、おの/\いふ。見よわれらの愛をますべきものを。 一〇三―一〇五
しかして各※(二の字点、1-2-22)われらのもとに來るに及び、我は魂が、その放つ光のあざやかなるによりて、あふるゝ悦びをあらはすを見たり 一〇六―一〇八
讀者よ、この物語續かずばその先を知るあたはざる汝の苦しみいかばかりなるやを思へ 一〇九―一一一
さらば汝自ら知らむ、これらのものわが目に明らかに見えし時、彼等よりその状態ありさまを聞かんと思ふわが願ひのいかに深かりしやを 一一二―一一四
あゝ良日よきひもとに生れ、戰ひ未だ終らざるに恩惠めぐみに許されて永遠とこしへの凱旋の諸※(二の字点、1-2-22)寶座くらゐを見るを得る者よ 一一五―一一七
あまねく天に滿つる光にわれらはもやさる、是故にわれらの光をうくるをねがはゞ、汝心のまゝにけ。 一一八―一二〇
信心深きかの靈の一我にかくいへるとき、ベアトリーチェ曰ふ。いへ、いへ、おくするなかれ、かれらを神々の如く信ぜよ。 一二一―一二三
我よく汝が己の光の中にくひて目よりこれを出すをみる、汝笑へば目きらめくによりてなり 一二四―一二六
されど尊き魂よ、我は汝の誰なるやを知らず、また他の光に蔽はれて人間に見えざる天のさちをば何故にうくるやを知らず。 一二七―一二九
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいへり、是においてかそのかゞやくこと前よりはるかに強かりき 一三〇―一三二
あたかも日輪が(き水氣の幕その熱に噛盡かみつくさるれば)そのいと強き光に己をかくすごとく 一三三―一三五
かの聖なる姿は、まさる悦びのため己が光の中にかくれ、さてかく全くこもりつゝ、我に答へき 一三六―一三八
次のカントの歌ふごとく 一三九―一四一


   第六曲

コスタンティーンが鷲をして天の運行にさからはしめし(ラヴィーナをめとれる昔人むかしのひとに附きてこの鷲そのかみこれにしたがへり)時より以來このかた 一―三
二百年餘の間、神の鳥はエウローパの際涯はて、そがさきに出でし山々に近き處にとゞまり 四―六
かしこにてその聖なる翼の陰に世を治めつゝ、手より手に移り、さてかく變りてわが手に達せり 七―九
我は皇帝チェーザレなりき、我はジュスティニアーノなり、今わが感ずる第一の愛の聖旨みむねによりてわれ律法おきての中より過剩あまれるもの無益物えきなきものとを除きたり 一〇―一二
未だこのわざに當らざりしさき、われはクリストにたゞ一のさがあるを信じ、かつかゝる信仰をもてれりとなしき 一三―一五
されど至高の牧者なるアガピート尊者、その言葉をもて我を正しき信仰に導けり 一六―一八
我は彼を信じたり、しかして今我彼の信ずる所をあきらかに見ることあたかも汝が一切の矛盾むじゅんの眞なり僞やなるを見るごとし 一九―二一
われ寺院と歩みを合せて進むに及び、神はその恩惠めぐみにより我を勵ましてこの貴きわざを爲さしむるをよしとし、我は全く身をこれに捧げ 二二―二四
武器をばわがベリサルに委ねたりしに、天の右手めで彼に結ばりて、わが休むべき休徴しるしとなりき 二五―二七
さて我既に第一の問に答へ終りぬ、されどこの答のさがひられ、なほ他の事を加ふ 二八―三〇
こは汝をしていかに深きことわりによりてかのいと聖なる旗に、これを我有わがものとなす者もはたこれにはむかふ者も、ともにさからふやを見しめん爲なり 三一―三三
パルランテがこれに王國を與へんとて死にし時を始めとし、見よいかなる徳のこれをあがむべき物とせしやを 三四―三六
汝知る、この物三百年餘の間アルバにとゞまり、その終り即ち三人みたりの三人とさらにこれがため戰ふ時に及べることを 三七―三九
また知る、この物サビーニの女達の禍ひよりルクレーチアの憂ひに至るまで七王の代に附近あたりの多くの民に勝ちていかなるわざをなしゝやを 四〇―四二
知る、この物秀でしローマ人等の手にありてブレンノ、ピルロ、その他の君主等及び共和の國々と戰ひ、いかなるわざをなしゝやを 四三―四五
(是等の戰ひにトルクァート、己が蓬髮おどろのかみちなみて名を呼ばれたるクインツィオ、及びデーチとファービとはわが悦びていたたふとほまれを得たり) 四六―四八
アンニバーレに從ひて、ポーよ汝の源なるアルペの岩々を越えしアラビアびと等の誇りをくじけるもこの物なりき 四九―五一
この物のもとに、シピオネとポムペオとは年若うして凱旋したり、また汝の郷土にのぞみてそびゆる山にはこの物つらしと見えたりき 五二―五四
後、天が全世界を己の如く晴和のどかならしめんと思ひし時に近き頃、ローマの意に從ひて、チェーザレこれを取りたりき 五五―五七
ヴァーロよりレーノに亘りてこの物の爲しゝことをばイサーラもエーラもセンナも見、ローダノを滿たすすべてのたにもまた見たり 五八―六〇
ラヴェンナを出でゝルビコンを越えし後このものゝ爲しゝ事はいとはやければ、ことばも筆もともなあたはじ 六一―六三
士卒をめぐらしてスパーニアに向ひ、後ドゥラッツオにむかひ、またファルサーリアをちて熱きニーロにも痛みを覺えしむるにいたれり 六四―六六
そが出立ちし處なるアンタンドロとシモエンタ、またかのエットレのやすらふところを再び見、後、身をふるはして禍ひをトロメオに與へ 六七―六九
そこよりイウバのもとひらめき下り、後、汝等の西にめぐりてかしこにポムペオのらつぱを聞けり 七〇―七二
次の旗手と共にこの物の爲しゝことをば、ブルートとカッシオ地獄にあかしす、このものまたモーデナとペルージヤとを憂へしめたり 七三―七五
うれはしきクレオパトラは今もこの物の爲に泣く、彼はその前より逃げつゝ、蛇によりてにはかなるむごき死をげき 七六―七八
かの旗手とともにこの物遠く紅の海邊うみべに進み、彼とともに世界をば、イアーノの神殿みやとざさるゝほどいと安泰やすらかならしめき 七九―八一
されどわが語種かたりぐさなるこの旗が、これに屬する世の王國の全體すべてに亘りて、さきに爲したりし事も後に爲すべかりし事も 八二―八四
さゝやかにかつおぼろに見ゆるにいたらむ、人この物を、目を明らかにし思ひを清うして、第三のチェーザレの手に視なば 八五―八七
そはこの物彼の手にありしとき、我をはげます生くる正義は、己が怒りにむくゆるのほまれをこれに與へたればなり 八八―九〇
いざ汝わが反復語くりかへしごとを聞きてあやしめ、この後この物ティトとともに、昔の罪を罰せんために進めり 九一―九三
またロンゴバルディの齒、聖なる寺院をみしとき、この物の翼の下にて勝ちつゝ、カルロ・マーニオこれを救へり 九四―九六
今や汝は、わがさきに難じし如き人々の何者なるやとすべて汝等の禍ひの本なる彼等の罪のいかなるやとを自らはかり知るをえむ 九七―九九
かれ黄の百合をおほやけの旗にさからはしむればこれ一黨派の爲にこれを己がものとなす、いづれか最も非なるを知らず 一〇〇―一〇二
ギベルリニをして行はしめよ、他の旗のもとにその術を行はしめよ、この旗を正義と離す者何ぞくこれに從ふことあらむ 一〇三―一〇五
またこの新しきカルロをして己がグエルフィと共にこれを倒さず、かれよりも強き獅子より皮を奪ひしその爪を恐れしめよ 一〇六―一〇八
子が父の罪の爲に泣くこと古來例多し、彼をして神その紋所を彼の百合の爲に變へ給ふと信ぜしむるなかれ 一〇九―一一一
さてこの小さき星は、進みて多くのわざを爲しゝ諸※(二の字点、1-2-22)の善き靈にて飾らる、彼等のかく爲しゝは譽と美名よきなをえん爲なりき 一一二―一一四
しかして願ひ斯く路を誤りてかなたに昇れば、上方うへに昇るまことの愛、光を減ぜざるをえじ 一一五―一一七
されどわれらのむくいが功徳と量を等しうすることわれらの悦びの一部を成す、われら彼の此より多からず少からざるを見ればなり 一一八―一二〇
生くる正義はこの事によりてわれらの情をうるはしうし、これをして一たびゆがみて惡に陷るなからしむ 一二一―一二三
さま/″\の聲下界にてうるはしきふしとなるごとく、さま/″\のくらゐわが世にてこの諸※(二の字点、1-2-22)の球の間のうるはしきしらべとゝのふ 一二四―一二六
またこの眞珠の中にはロメオの光の光るあり、彼の美しき大いなるわざは正しくむくいられざりしかど 一二七―一二九
彼を陷れしプロヴェンツァびと等笑ふをえざりき、是故に他人ひとの善行をわが禍ひとなす者は即ち邪道を歩む者なり 一三〇―一三二
ラモンド・ベリンギエーリには四人よたりむすめありて皆王妃となれり、しかしてこは賤しき旗客ロメオの力によりてなりしに 一三三―一三五
のちかれ讒者の言に動かされ、この正しき人(十にて七と五とをえさせし)に清算を求めき 一三六―一三八
是においてか老いて貧しき身をもちて彼去りぬ、世もし一口ひとくち一口と食を乞ひ求めし時のその固き心を知らば 一三九―一四一
(今もいたくむれども)今よりもいたく彼をほむべし。 一四二―一四四


   第七曲

オザンナ、萬軍の聖なる神、己が光をもてこれらの王國の惠まるゝ火を上より照らしたまふ者。 一―三
二重ふたへの光をかさまとひしかの聖者は、そのふしにあはせてめぐりつゝ、かく歌ふと見えたりき 四―六
しかしてこれもその他の者もみなまた舞ひいで、さていとはやき火花の如く、忽ちへだゝりてわが目にかくれぬ 七―九
われ疑ひをいだき、心の中にいひけるは。いへ、いへ、わが淑女にいへ、彼甘きしづくをもてわがかわきをとゞむるなれば。 一〇―一二
されどたゞ「ベ」と「イーチェ」のみにて我を統治すべをさむるうやまひ我をして睡りに就く人の如く再びわがかうべを垂れしむ 一三―一五
ベアトリーチェはたゞ少時しばし我をかくあらしめし後、火の中にさへ人をさいはひならしむる微笑ほゝゑみをもて我を照らしていひけるは 一六―一八
わがはかるところ(こはあやまることあらじ)によれば、汝思へらく、正しき罰いかにして正しく罰せらるゝをうるやと 一九―二一
されど我は速に汝の心を釋放ときはなつべし、いざ耳を傾けよ、そはわがことば、大いなる教へを汝にさづくべければなり 二二―二四
それかの生れしにあらざる人は、己が益なる意志のくつわへかねて、己を罪しつゝ、己がすべての子孫を罪せり 二五―二七
是においてか人類は、大いなる迷ひの中に、幾世の間、病みて下界にししかば、神のことば遂に世に降るをよしとし 二八―三〇
その永遠とこしへの愛の作用はたらきのみにより、かの己が造主つくりぬしより離れしさがを、かしこに神結かみむすびにて己と合せ給ひたり 三一―三三
いざ汝わが今語るところに心をとめよ、己が造主と結合むすびあへるこの性は、その造られし時の如く純にして善なりしかど 三四―三六
眞理の道とおのが生命いのちに遠ざかり、自ら求めてかの樂園よりはれたりき 三七―三九
是故に合せられたるさがより見れば、十字架のもたらしゝ刑罰は、正しく行はれしこと他にたぐひなし 四〇―四二
されどこれを受けし者、かゝる性をあはせし者の爲人ひととなりより見れば、正しからざることまた他に類なし 四三―四五
されば一の行爲おこなひより樣々さま/″\の事出でぬ、そは一の死、神の聖意みこゝろにも猶太人ジュデーアびとの心にも適ひたればなり、この死の爲に地は震ひ天は開きぬ 四六―四八
今や汝はさとりがたしと思はぬならむ、正しき罰後にいたりて正しき法廷しらすに罰せられきといふを聞くとも 四九―五一
されど我は今汝の心が、思ひより思ひに移りて一の※(「(米/糸)+頁」、第4水準2-84-60)ふしの中にむすぼれ、それより解放ときはなたれんことをばしきりに願ひつゝ待つを見るなり 五二―五四
汝いふ、我よくわが聞けるところをさとる、されど我は神が何故にわれらのあがなひのためこの方法てだてをのみ選び給へるやを知らずと 五五―五七
兄弟よ、智もし愛の焔の中に熟せざればいかなる人もこのさだめ會得ゑとくせじ 五八―六〇
しかはあれ、この目標しるしは多く見られて少しくさとらるゝものなれば、我は何故にかゝる方法てだての最もふさはしかりしやを告ぐべし 六一―六三
それ己より一切のねたみをしりぞくる神の善は、己が中に燃えつゝ、光を放ちてその永遠とこしへの美をあらはす 六四―六六
是より直にしたゝるものはその後滅びじ、これが自ら印をすとき、かた消ゆることなければなり 六七―六九
是より直に降下ふりくだるものは全く自由なり、新しき物の力に服從つきしたがふことなければなり 七〇―七二
かゝるものは最も是にたぐふが故に最も是が心にかなふ、萬物を照らす聖なる焔は最も己に似る物の中に最も強く輝けばなり 七三―七五
しかしてこれらのさちはみな、人たる者の受くるところ、一つ缺くれば、人必ずそのたふとさを失ふ 七六―七八
人の自由を奪ひ、これをして至上の善に似ざらしめ、その光に照らさるること從つて少きにいたらしむるものは罪のみ 七九―八一
もしそれ正しき刑罰を不義の快樂けらくむかはしめつゝ、罪のつくれる空處を滿みたすにあらざれば、人その尊さに歸ることなし 八二―八四
汝等のさがは、その種子たねによりてこと/″\く罪ををかすに及び、樂園とともにこれらの尊き物を失ひ 八五―八七
淺瀬の一を渡らずしては、いかなる道によりても再びこれを得るをえざりき(汝よく思ひをらさばさとるなるべし) 八八―九〇
淺瀬とは、神がたゞその恩惠めぐみによりてゆるし給ふか、または人が自らその愚をあがなふか即ち是なり 九一―九三
いざ汝力のかぎり目をわが詞にちかくよせつゝ、永遠とこしへ思量はからひの淵深く見よ 九四―九六
そも/\人は、その限りあるによりて、あがなひをなす能はざりき、そは後神にしたがひ心をひくうしてくだるとも、さきに逆きて 九七―
上らんとせし高さに應ずるあたはざればなり、人自らあがなふの力なかりしことわりげにこゝに存す ―一〇二
是故に神は己が道――即ちその一かまたは二――をもて、人をその完き生にかへしたまふのほかなかりき 一〇三―一〇五
されど行ふ者の行は、これがいづる心の善をあらはすに從ひ、いよ/\悦ばるゝがゆゑに 一〇六―一〇八
宇宙に印影かたす神の善は、再び汝等を上げんため、己がすべての道によりて行ふを好めり 一〇九―一一一
また最終いやはての夜と最始いやさきの晝との間に、これらの道のいづれによりても、かくたふとくかくおほいなるわざは爲されしことなし爲さるゝことあらじ 一一二―一一四
そは神は人をして再び身をあぐるにふさはしからしめん爲己を與へ給ひ、たゞ自ら赦すにまさ恩惠めぐみをば現し給ひたればなり 一一五―一一七
神の子己をひくうして肉體となり給はざりせば、ほかのいかなる方法てだてといふとも正義に當るに足らざりしなるべし 一一八―一二〇
さて我は今、汝の願ひをすべてよく滿たさんため、さかのぼりて一の事を説き示し、汝をしてわが如くこれを見るをえしめむ 一二一―一二三
汝いふ、我視るに、地水火風及びそのまじりあへるものみな滅び、永くたもたじ 一二四―一二六
しかるにこれらは被造物つくられしものなり――是故にわがいへることまことならばこれらには滅ぶるのうれへあるべきならず――と 一二七―一二九
兄弟よ、諸※(二の字点、1-2-22)の天使と、汝が居る處の純なる國とは、現在いまのごとき完き状態さまにて造られきといふをうれども 一三〇―一三二
汝の名指なざしゝ諸※(二の字点、1-2-22)の元素およびこれより成る物は、造られし力これをとゝのふ 一三三―一三五
造られしはかれらの物質、造られしはかれらをめぐるこの諸※(二の字点、1-2-22)の星のうちのとゝのふる力なり 一三六―一三八
※(二の字点、1-2-22)の聖なる光の輝と※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりとは、すべての獸及び草木くさきの魂をば、これとなりうべき原質よりひきいだせども 一三九―一四一
至上の慈愛は、たゞちに汝等の生命いのちふき入れ、かつこれをして己を愛せしむるが故に、この物たえずこれを慕ひ求むるにいたる 一四二―一四四
さてまたこのことわりよりさらに推し及ぼして汝は汝等の更生よみがへりを知ることをえむ、もし第一の父母ちゝはゝともに造られし時 一四五―一四七
人の肉體のいかに造られしやを思ひみば


   第八曲

世は、その危ふかりし頃、美しきチプリーニアが第三のエピチクロをめぐりつゝ痴情の光を放つと信ずるならはしなりき 一―三
さればいにしへの人々その古の迷ひより、いけにへそなへ誓願をかけて彼をあがめしのみならず 四―六
またディオネとクーピドをも崇めて彼をその母とし此をその子とし、かついへり、この子かつてディドの膝の上に坐しきと 七―九
かれらはまた、日輪に或ひはうしろ或ひはまへより秋波しうはをおくる星の名を、わがかく歌の始めにうたふかの女神めがみより取れり 一〇―一二
かの星の中に登れることを我は知らざりしかど、その中にありしことをば、わが淑女のいよ/\美しくなるを見て、かたく信じき 一三―一五
しかして火花焔のうちに見え、聲々のうちにわかたるゝ(一動かず一往來ゆききするときは)ごとく 一六―一八
我はかの光の中に、他の多くの光、輪を成して※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐるを見たり、但し早さに優劣まさりおとりあるはその永劫えいごふの視力の如何によりてなるべし 一九―二一
見ゆる風や見えざる風の、冷やかなる雲よりくだるはやしとも、これらのいと聖なる光が 二二―二四
尊きセラフィーニの中にまづ始まりし舞を棄てつゝ我等に來るを見たらん人には、たゞ靜にて遲しと思はれむ 二五―二七
さて最も先に現はれし者のなかにオザンナ響きぬ、こはいとたへなりければ、我は爾後そののち再び聞かんと願はざることたえてなかりき 二八―三〇
かくてその一われらにいよ/\近づき來り、單獨たゞひとりにていふ。われらみな汝の好む所に從ひ汝を悦ばしめんとす 三一―三三
われらは天上の君達と圓を一にし、※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりを一にし、かわきを一にしてまはる、汝かつて世にて彼等にいひけらく 三四―三六
汝等了知さとりをもて第三の天を動かす者よと、愛我等に滿つるが故に、汝の心にかなはせんとて少時しばらくしづまるとも我等の悦びることあらじ。 三七―三九
われ目をうや/\しくわが淑女にそゝぎ、その思ひをさだかに知りてわが心を安んじゝ後 四〇―四二
再びこれをかの光――かく大いなることを約しゝ――にむかはせ、せつなる情を言葉にこめつゝ汝等は誰なりや告げよといへり 四三―四五
われ語れる時、新たなる喜び己が喜びに加はれるため、かの光が、その量と質とにおいて、まさりしことげにいかばかりぞや 四六―四八
さてかく變りて我に曰ふ。世はたゞしばし我を宿やどしき、もし時さらに長かりせば、來るべき多くの禍ひは避けられしものを 四九―五一
わが身のまはりに輝き出づるわが喜びは我を汝の目に見えざらしめ、我を隱してあたかも己が絹に卷かるゝ蟲の如くす 五二―五四
汝深く我を愛しき、是またうべなり、我もし下界に長生ながらへたりせば、わが汝にあらはす愛は葉のみにとゞまらざりしなるべし 五五―五七
ローダノがソルガとまじりし後に洗ふ左の岸は、時に及びてわがその君となるを望み 五八―六〇
バーリ、ガエタ及びカートナ際涯はてを占め、トロント、ヴェルデの流れて海に入る處なるアウソーニアのつのもまたしか望みき 六一―六三
はやわがひたひには、ドイツの岸を棄てし後ダヌービオのうるほす國の冠かゞやきゐたり 六四―六六
またエウロに最もわづらはさるゝ灣のほとりパキーノとペロロの間にて、ティフェオの爲ならずそこに生ずる硫黄の爲にけむる 六七―
かの美しきトリナクリアは、カルロとリドルフォのすゑ我よりいでゝその王となるを今も望み待ちしなるべし ―七二
民の心を常に荒立あらだつる虐政パレルモを動かして、死せよ死せよと叫ばしむるにいたらざりせば 七三―七五
またわが兄弟にして豫めこれを見たらんには、カタローニアの慾と貪とをはやくも避けて、その禍ひを自ら受くるにいたらざりしなるべし 七六―七八
そはげに彼にてもあれほかの人にてもあれ、はや荷の重き彼の船にさらに荷を積むなからんため備へを成さゞるをえざればなり 七九―八一
物惜しみせぬさがより出でゝやぶさかなりし彼の性は、貨殖に心專ならざる部下を要せむ。 八二―八四
わが君よ、我は汝のことばの我に注ぐ深き喜びが、一切の善の始まりかつ終る處にて汝に見らるゝことわがこれを見る如しと 八五―
信ずるがゆゑに、その喜びいよ/\深し、我また汝が神を見てしかしてこれをさとるをづ ―九〇
汝我に悦びをえさせぬ、さればまた教へをえさせよ(汝語りて我に疑ひを起さしめたればなり)――にがき物いかにして甘き種より出づるや。 九一―九三
我かく彼に、彼即ち我に。我もし汝に一の眞理を示すをえば、汝は汝のたづぬる事に顏をむくること今背をむくる如くなるべし 九四―九六
汝の昇る王國をあまねくめぐらしかつ悦ばすところの善は、これらの大いなる物體において、己が攝理を力とならしむ 九七―九九
また諸※(二の字点、1-2-22)の自然のみ、おのづから完きこゝろの中にとゝのへらるゝにあらずして、かれらとともにその安寧もまたしかせらる 一〇〇―一〇二
是故にこの弓の射放つものは、みなあらかじめ定められたる目的めあてにむかひて落ち、あたかも己がまとにむけられし物の如し 一〇三―一〇五
もしこの事なかりせば、今汝の過行く天は、そのを技藝に結ばずして破壞にむすぶにいたるべし 一〇六―一〇八
しかしてこはある事ならじ、もし此等の星を動かす諸※(二の字点、1-2-22)の智備はらず、またかく此等を完からしめざりし第一の智に缺處かくるところあるにあらずば 一〇九―一一一
汝この眞理をなほも明かにせんと願ふや。我。いなしからず、我は自然が必要の事に當りて疲るゝ能はざるを知ればなり。 一一二―一一四
彼即ちまた。いざいへ、世の人もし一市民たらずば禍ひなりや。我答ふ。然り、そのことわりは我問はじ。 一一五―一一七
人各※(二の字点、1-2-22)世に住むさまを異にし異なる職務つとめをなすにあらずして市民たることを得るや、汝等の師のしるす所正しくばしからず。 一一八―一二〇
かく彼論じてこゝに及び、さて結びていふ。かゝれば汝等のわざの根も、また異ならざるをえず 一二一―一二三
是故に一人ひとりはソロネ、一人はセルゼ、一人はメルキゼデク、また一人はそらを飛びつゝわが子を失へる者とし生る 一二四―一二六
人なる蝋に印をす諸※(二の字点、1-2-22)の天の力は、善く己がわざを爲せども彼家かのや此家このや差別けじめを立てず 一二七―一二九
是においてかエサウはヤコブとたねを異にし、またクイリーノは人がこれをマルテに歸するにいたれるほど父のいやしき者なりき 一三〇―一三二
もし神の攝理勝たずば、生れしさがは生みたるものと常に同じ道に進まむ 一三三―一三五
汝のうしろにありしもの今前にあり、されど汝と語るわが悦びを汝に知らしめんため、われなほ一の事を加へて汝の表衣うはぎとなさんとす 一三六―一三八
それさがは、命運これにはざれば、あたかも處を得ざる種のごとく、その終りを善くすることなし 一三九―一四一
しかして下界もしその心を自然のうるもとゐにとめてこれに從はゞその民さかえむ 一四二―一四四
しかるに汝等は、劒を腰に帶びんがために生れし者をげて僧とし、のりを説くべき者を王とす 一四五―一四七
是においてか汝等の歩履あゆみ道を離る。 一四八―一五〇


   第九曲

美しきクレメンツァよ、汝のカルロはわが疑ひを解きし後、我にその子孫のあふべき欺罔たばかりの事を告げたり 一―三
されどまた、默して年をその移るに任せよといひしかば、我は汝等の禍ひの後に正しき歎き來らんといふのほか何をもいふをえざるなり 四―六
さてかの聖なる光の生命いのちは、萬物を足らはす善の滿たす如く己を滿たす日輪にはや再びむかひゐたりき 七―九
あゝ迷へる魂等よ、不信心なる被造物等よ、心をかゝる善にそむけてかうべを空しき物にむくとは 一〇―一二
時に見よ、いま一の光、わが方に進み出で、我を悦ばせんとの願ひを外部そとの輝に現はせり 一三―一五
さきのごとく我に注げるベアトリーチェの目は、うれしくもわが願ひをるゝことをばさだかに我に知らしめき 一六―一八
ふ。あゝさいはひなる靈よ、ふ速にわが望みをかなへ、わが思ふ所汝にうつりて見ゆとのあかしを我にえさせよ。 一九―二一
是においてか未だ我に知られざりしかの光、さきに歌ひゐたる處なる深處ふかみより、あたかも善行を悦ぶ人の如く、續いていふ 二二―二四
よこしまなるイタリアの國の一部、リアルトとブレンタ、ピアーヴァの源との間の地に 二五―二七
いと高しといふにあらねど一の山のそびゆるあり、かつて一の炬火たいまつこゝより下りていたくこの地方を荒しき 二八―三〇
我とこれとは一の根より生れたり、我はクニッツァと呼ばれにき、わがこゝに輝くはこの星の光に勝たれたればなり 三一―三三
されど我今喜びて自らわが命運の原因もとゆるし、心せこれになやまさじ、こは恐らくは世俗の人にさとりがたしと見ゆるならむ 三四―三六
われらの天の中のこの光りて貴きたま、我にいと近き珠の名は今も高く世に聞ゆ、またその滅びざるさきに 三七―三九
この第百年はなほ五度いつたびも重ならむ、見よ人たる者己をすぐるゝ者となし、第二の生をば第一の生に殘さしむべきならざるやを 四〇―四二
さるにターリアメントとアディーチェに圍まるゝ現在いま群集ぐんじゆうこれを思はず、たるれどもなほいじ 四三―四五
されどパードヴァは、その民かたくなにして義にそむくにより、程なく招のほとりにて、かのヴィチェンツァを洗ふ水を變へむ 四六―四八
またシーレとカニアーンの落合ふ處は、或者これを治め、頭を高うして歩めども、彼を捕へんとて人はや網を造りたり 四九―五一
フェルトロもまたその非道の牧者の罪の爲に泣かむ、かつその罪はいと惡くしてマルタに入れられし者にさへたぐひを見ざる程ならむ 五二―五四
己が黨派に忠なることを示さんとてこのやさしき僧の與ふるフェルラーラびとの血は、げにいと大いなる桶ならでは ―五五
これをるゝをえざるべく、オンチャ に分けてこれをはからばその人疲れむ、しかしてかゝる贈物おくりもの本國ところ慣習ならはしかなふなるべし ―六〇
※(二の字点、1-2-22)の鏡上方うへにあり、汝等これを寶座ツローニといふ、審判さばきの神そこより我等を照らすがゆゑに我等皆これらの言葉をまこととす。 六一―六三
かくいひてもだし、さきのごとく輪に加はりてめぐりつゝ、心をほかにむくるに似たりき 六四―六六
名高き者とはやわが知りしかの殘りの喜びは、日の光に當る紅玉あかだまの如くわが目に見えたり 六七―六九
上にては悦びによりて、強き光のえらるゝこと、世にて笑のえらるゝ如し、されど下にては心の悲しきにつれて魂黒くそとにあらはる 七〇―七二
我曰ふ。福なる靈よ、神萬物を見給ひ、汝の目神に入る、是故にいかなる願ひも汝にかくるゝことあらじ 七三―七五
もしそれ然らば、六の翼を緇衣となす信心深き火とともに歌ひてとこしへに天を樂します汝の聲 七六―七八
何ぞわが諸※(二の字点、1-2-22)の願ひを滿たさゞる、もしわが汝のうちに入ること汝のわが衷に入るごとくならば、我あに汝の問を待たんや。 七九―八一
このとき彼曰ふ。地を卷く海をのぞきては、水たゝふるたにの中にていと大いなるもの 八二―八四
相容あひいれざる二の岸の間にて、日にさからひて遠く延びゆき、さきに天涯となれる所を子牛線しごせんとなす 八五―八七
我はこの溪のほとり、エブロとマークラ(短き流れによりてゼーノヴァびととトスカーナ人とを分つ)の間に住める者なりき 八八―九〇
そのかみ己が血をもて湊を熱くせしわが故郷ふるさとはブッジェーアと殆ど日出ひので日沒ひのいりを同うす 九一―九三
わが名を知れる人々我をフォルコと呼べり、我今かたをこの天にす、この天我にしゝごとし 九四―九六
そはシケオとクレウザとをしひたげしベロのむすめも、デモフォーンテに欺かれたるロドペーアも、またイオレを心に 九七―
包める頃のアルチーデも、としふさはしかりし間の我より強くは、思ひに燃えざりければなり ―一〇二
しかはあれ、こゝにては我等いず、たゞ笑ふ、こは罪の爲ならで(再び心に浮ばざれば)、定め、とゝのふる力のためなり 一〇三―一〇五
こゝにては我等、かく大いなる御業みわざを飾る技巧を視、天界に下界を治めしむる善を知る 一〇六―一〇八
されどこの球の中に生じゝ汝の願ひこと/″\く滿たされんため、我なほことばがざるべからず 一〇九―一一一
汝はがこの光(あたかも清き水に映ずる日の光の如くわがかたへひらめくところの)の中にあるやを知らんと欲す 一一二―一一四
いざ知るべし、ラアブこのうちにやすらふ、彼われらの組に加はりその印をこれに捺すこと他にたぐひなし 一一五―一一七
人の世界の投ぐる影、とがれるはしとなる處なるこの天は、クリストの凱旋に加はる魂の中彼をば最も先に受けたり 一一八―一二〇
左右のたなごゝろにてたる尊き勝利のしるしとして彼を天の一におくは、げにふさはしき事なりき 一二一―一二三
そは彼ヨスエを聖地――今やこの地殆ど法王の記憶に觸れじ――にたすけてその最初の榮光をこれにえさせたればなり 一二四―一二六
はじめて己が造主つくりぬしそむき、ねたみによりて深き歎きを殘せる者の建てたりし汝のまちは 一二七―一二九
のろひの花を生じて散らす、こは牧者を狼となして、羊、こひつじをさまよはしゝもの 一三〇―一三二
これがために福音と諸※(二の字点、1-2-22)の大いなる師とは棄てられ、人專ら寺院の法規おきてを學ぶことその紙端かみのはしにあらはるゝ如し 一三三―一三五
これにこそ法王もカルディナレもその心をとむるなれ、彼等の思ひはガブリエルロが翼をべし處なるナツァレッテに到らじ 一三六―一三八
されどヴァティカーノ、その他ローマの中の選ばれし地にてピエートロに從へる軍人いくさびと等の墓となりたる所はみな 一三九―一四一
この姦淫より直ちに釋放たるべし。 一四二―一四四


   第十曲

言ひ難き第一の力は、己が子を、彼と此との永遠とこしへいきなる愛とともにうちまもりつゝ 一―三
心または處にめぐるすべての物をば、いとたへなる次第を立てゝ造れるが故に、これを見る者必ずかの力を味ふ 四―六
讀者よされば目を擧げて我とともに天球にむかひ、一の運行の他と相觸あひふるゝところを望み 七―九
よろこびて師のわざを見よ、師はその心の中に深くこれを愛し、目をこれより離すことなし 一〇―一二
見よ諸※(二の字点、1-2-22)の星をたづさふる一の圈、かれらを呼求むる世を足らはさんとて、なゝめにかしこよりわかれ出づるを 一三―一五
もしかれらの道傾斜なぞへならずば、天の力多くは空しく、下界の活動はたらき殆どみな止まむ 一六―一八
またもし直線とこれとの距離へだゝり今より多きか少きときは、宇宙の秩序は上にも下にも多く缺くべし 一九―二一
いざ讀者よ、未だ疲れざるさきに疾く喜ぶをえんと願はゞ、汝の椅子に殘りて、わが少しく味はしめしことを思ひめぐらせ 二二―二四
我はや汝の前に置きたり、汝今より自らむべし、わが筆のさゝげられたる歌題はわが心をこと/″\くこれに傾けしむればなり 二五―二七
自然のいと大いなるしもべにて、天の力を世界にし、かつ己が光をもてわれらのために時をはかるもの 二八―三〇
わがさきにいへる處と合し、かの螺旋らせん即ちそが日毎ひごとに早く己を現はすそのすぢを傳ひてめぐれり 三一―三三
我この物とともにありき、されど登れることを覺えず、あたかも思ひ始むるまでは思ひの起るを知らざる人の如くなりき 三四―三六
かく一の善よりこれにまさる善に導き、しかして己が爲す事の、時を占むるにいたらざるほどいと早きはベアトリーチェなり 三七―三九
わが入りし日の中にさへ色によらで光によりて現はるゝとは、げにそのものゝ自ら輝くこといかばかりなりけむ 四〇―四二
たとひわれ、才と技巧と練達を呼び求むとも、これを語りて人をして心に描かしむるをえんや、人たゞ信じて自ら視るを願ふべし 四三―四五
またわれらの想像の力低うしてかゝる高さに到らずともあやしむに足らず、そは未だ日よりも上に目の及べることなければなり 四六―四八
尊き父の第四のやからかゝる姿にてかしこにありき、父は氣息いきさまと子を生むさまとを示しつゝ絶えずこれをかしめ給ふ 四九―五一
ベアトリーチェ曰ふ。感謝せよ、恩惠めぐみによりて汝を擧げつゝこの見ゆべき日にいたらんめし諸※(二の字点、1-2-22)の天使の日に感謝せよ。 五二―五四
人の心いかに畏敬の念に傾き、またいかに喜び進みて己を神に棒げんとすとも 五五―五七
これらのことばを聞ける時のわがさまに及ばじ、わが愛こと/″\く神に注がれ、ベアトリーチェはそがために少時しばし忘られき 五八―六〇
されど怒らず、いとうつくしく微笑ほゝゑみたれば、そのゑめる目の耀かゞやきはわが合ひし心をわかちて多くの物にむかはしむ 六一―六三
われ見しに多くの生くるすぐるゝ光、われらを中心となし己を一の輪となしき、その聲のうるはしきこと姿の輝くにまさりたり 六四―六六
空氣みごもり、帶となるべき糸をたもつにいたるとき、われらは※(二の字点、1-2-22)しば/″\ラートナのむすめの亦かくの如く卷かるゝを見る 六七―六九
そも/\天の王宮(かしこより我は歸りぬ)には、いと貴く美しくして王土のそともたらすをえざる寶多し 七〇―七二
これらの光の歌もその一なりき、かしこに飛登るべき羽を備へざる者は、かなたの消息おとづれおふしに求めよ 七三―七五
これらの燃ゆる日輪、かくうたひつゝわれらを三度みたび、動かざる極に近き星のごとくに※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐれる時 七六―七八
かれらはあたかも踊り終らぬ女等が、新しきふしを聞くまで耳傾けつゝ、もだして止まるごとく見えたり 七九―八一
かくてその一の中より聲いでゝ曰ふ。まことの愛をもやしかつ愛するによりて増し加はる恩惠めぐみの光 八二―八四
汝のうちにつよく輝き、後また昇らざる者の降ることなきかのきざはしを傳ひ汝を上方うへに導くがゆゑに 八五―八七
己が壜子とくりの酒を與へて汝のかわきをとゞむることをせざる者は、その自由ならざること、海にそゝがざる水に等し 八八―九〇
汝はこの花圈はなわ(汝を強うして天に登らしむる美しき淑女を圍み、悦びてこれを視る物)がいかなる草木くさきの花に飾らるゝやを知らんとす 九一―九三
我はドメーニコに導かれ、迷はずばよくゆるところなる道を歩む聖なるむれこひつじの一なりき 九四―九六
右にて我にいと近きはわが兄弟たり師たりし者なり、彼はコローニアのアルベルトといひ、我はアクイーノのトマスといへり 九七―九九
このほかすべての者の事を汝かくさだかにせんと思はゞ、わが言葉に續きつゝこの福なる花圈はなわにそひて汝の目を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐらすべし 一〇〇―一〇二
次の焔はグラツィアーンの笑ひより出づ、彼は天堂においてよみせらるゝほど二の法廷を助けし者なり 一〇三―一〇五
またそのかたへにてわれらの組を飾る焔はピエートロ即ちかの貧しき女にならひ己が寶を聖なる寺院に捧げし者なり 一〇六―一〇八
われらの中の最美物いとうつくしきものなる第五の光は、下界こぞりてその消息おとづれうゝるほどなる戀より吹出づ 一〇九―一一一
そがなかにはいと深き知慧を受けたる尊き心あり、眞もし眞ならば、智においてこれと並ぶべき者興りしことなし 一一二―一一四
またそのかたへなるかの蝋燭の光を見よ、こは肉體の中にありて、天使のさがとそのつとめとをいと深く見し者なりき 一一五―一一七
次のちひさき光のなかには、己がふみをアウグスティーンのもちゐにそなへしかの信仰の保護者ほゝゑむ 一一八―一二〇
さてわが讚詞ほめことばひて汝の心の目を光より光に移さば、汝は既に第八の光にかわきつゝあらむ 一二一―一二三
そがなかには、己がことばを善く聽く人に、虚僞いつはりの世を現はす聖なる魂、一切の善を見るによりて悦ぶ 一二四―一二六
このものゝ追はれて出でし肉體はいまチェルダウロにあり、己は殉教と流鼠りゆうそとよりこの平安に來れるなりき 一二七―一二九
その先に、イシドロ、ベーダ及び想ふこと人たる者の上に出でしリッカルドのいきの、燃えて焔を放つを見よ 一三〇―一三二
またにて我にいと近きは、その深き思ひの中にて、死の來るを遲しと見し一の靈の光なり 一三三―一三五
これぞわらまちにて教へ、ねたまるゝべき眞理をあかしせしシジエーリのとこしへの光なる。 一三六―一三八
かくてあたかも神の新婦はなよめが朝の歌をば新郎はなむこの爲にうたひその愛を得んとて立つ時われらを呼ぶ時辰儀じしんぎの 一三九―一四一
一部他の一部を、きかつ押して音妙おとたへにチン/\と鳴り、神に心向へる靈を愛にてあふれしむるごとく 一四二―一四四
我は榮光の輪のめぐりつゝ、喜び限りなき處ならでは知るあたはざる和合と美とにその聲々をあはすを見たり。 一四五―一四七


   第十一曲

あゝ人間のおろかなる心勞こゝろづかひよ、汝をして翼をちて下らしむるは、そも/\いかに誤り多き推理ぞや 一―三
一人ひとりは法に一人は醫に走り、ひとりは僧官を追ひ、ひとりは暴力または詭辯きべんによりて治めんとし 四―六
一人ひとりは奪ひ取らんとし、一人は公務に就かんとし、一人は肉の快樂けらくに迷ひてこれに耽り、ひとりは安佚あんいつむさぼれる 七―九
に、我はすべてこれらの物よりかれ、ベアトリーチェとともに、かくはな/″\しく天に迎へ入れられき 一〇―一二
さていづれの靈もかの圈の中、さきにそのありし處に歸れるとき、動かざることあたかも燭臺に立つ蝋燭ろうそくの如くなりき 一三―一五
しかしてさきに我に物言へる光、いよ/\あざやかになりてほゝゑみ、内より聲を出してふ 一六―一八
われ永遠とこしへの光を視て汝の思ひの出來いできたもとを知る、なほかの光に照らされてわれ自ら輝くごとし 一九―二一
汝はさきにわが「よくゆるところ」といひまた「これと並ぶべき者生れしことなし」といへるをあやしみ 二二―
汝の了解さとりふさはしきまで明らかなるゆきわたりたる言葉にてその説示されんことを願ふ、げにこゝにこそつぶさくべき事はあるなれ ―二七
それ被造物つくられしものの目の視きはむる能はざるまでいと深き思量はからひをもて宇宙を治むる神の攝理は 二八―三〇
かの新婦はなよめ――即ち大聲おほごゑによばはりつゝ尊き血をもてこれとえにしを結べる者の新婦――をしてそのいつくしむ者のもとくにあたり 三一―三三
心を安んじかつ彼にいよ/\忠實まめやかならしめんとて、これがためにその左右の導者となるべき二人ふたりの君を定めたり 三四―三六
その一人ひとりは熱情全くセラフィーノのごとく、ひとりは知慧によりてケルビーノの光を地上に放てり 三七―三九
我その一人ひとりの事をいはむ、かれらのわざ目的めあては一なるがゆゑに、いづれにてもひとりをむるはふたりをほむることなればなり 四〇―四二
トゥピーノと、ウバルド尊者に選ばれし丘よりくだる水との間に、とある高山たかやまより、肥沃の坂のるゝあり 四三―四五
(この山よりペルージアは、ポルタ・ソレにて暑さ寒さを受く、また坂の後方うしろにはノチェーラとグアルドと重きくびきの爲に泣く) 四六―四八
この坂の中けはしさのいたく破るゝ處より、一の日輪世に出でたり――あたかもこれがをりふしガンジェより出るごとく 四九―五一
是故にこの處のことをいふ者、もしふさはしくいはんと思はゞ、アーシェージといはずして(ことば足らざれば)東方オリエンテといふべし 五二―五四
昇りて久しからざるに、彼は早くもその大いなる徳をもて地に若干そこばくの勵みを覺えしむ 五五―五七
そは彼若き時、ひとりだに悦びの戸を開きて迎ふる者なき(死を迎へざるごとく)女の爲に父と爭ひ 五八―六〇
而して己が靈の法廷しらすに、父の前にて、これとえにしを結びし後、日毎ひごとに深くこれを愛したればなり 六一―六三
それかのをんなは、最初はじめの夫を失ひてより、千百年餘の間、蔑視さげすまれうとんぜられて、彼の出るにいたるまで招かるゝことあらざりき 六四―六六
かの女が、アミクラーテとともにありて、かの全世界を恐れしめたる者の聲にも驚かざりきといふ風聞うはささへこれに益なく 六七―六九
かの女が、心堅かた膽大きもふとければ、マリアを下に殘しつゝ、クリストとともに十字架にのぼりし事さへこれが益とならざりき 七〇―七二
されどわが物語あまりにおぼろに進まざるため、汝は今、わがこの長きことばの中なる戀人等の、フランチェスコと貧なるを知れ 七三―七五
かれらの和合とそのよろこべる姿とは、愛、驚、及び敬ひを、聖なる思ひの原因もとたらしめき 七六―七八
かゝれば尊きベルナルドは第一にくつをぬぎ、かく大いなる平安をひて走り、走れどもなほおそしとおもへり 七九―八一
あゝ未知のとみ肥沃ひよく財寶たからよ、エジディオ沓をぎ、シルヴェストロ沓をぬぎて共に新郎はなむこに從へり、新婦はなよめいたく心にかなひたるによる 八二―八四
かくてかの父たり師たりし者は己が戀人及びはやいやしきひもを帶とせし家族やからとともに出立いでたてり 八五―八七
またピエートロ・ベルナルドネの子たりし爲にも、くすしくさげすまるべき姿の爲にも、心の怯額おくれさず 八八―九〇
王者の如くインノチェンツィオにそのいかめしきくはだてあかし、己が分派わかれのために彼より最初の印を受けたり 九一―九三
貧しき民の彼――そのいとたへなる生涯はむしろ天の榮光の中に歌はるゝかたよかるべし――に從ふ者増しゝ後 九四―九六
永遠とこしへの靈は、オノリオの手を經て、この法主ほふしゆの聖なる志に第二の冠を戴かしめき 九七―九九
さて彼殉教に渇き、おごるソルダンの目前めのまへにて、クリストとその從者等のことを宣べしも 一〇〇―一〇二
民心熟せず、歸依者きえしやなきを見、空しく止まらんよりはイタリアの草の實をえんとて歸り、その時 一〇三―一〇五
テーヴェロとアルノの間のあらき巖の中にて最後の印をクリストより受け、二年ふたとせの間これを己が身にびき 一〇六―一〇八
彼を選びてかゝるさいはひに到らしめ給ひし者、彼を召し、身をひくうして彼の得たるむくいをば與ふるをよしとし給へる時 一〇九―一一一
正しき嗣子よつぎ等にすゝむるごとく彼その兄弟達に己が最愛の女を薦め、まめやかにこれを愛せと命じ 一一二―一一四
かくして尊き魂は、かの女のふところを離れて己が王國に歸るを願へり、またその肉體の爲に他のひつぎを求めざりき 一一五―一一七
いざ思へ、大海おほうみに浮ぶピエートロの船の行方ゆくへを誤らしめざるにあたりて彼のりよたるにふさはしき人のいかなる者にてありしやを 一一八―一二〇
是ぞわれらの教祖なりける、かゝれば汝は、およそ彼に從ひてその命ずる如く爲す者の者の、良貨よきしろものを積むをさとらむ 一二一―一二三
されど彼のむれは新しき食物くひものをいたく貪り、そがためかなたこなたの山路やまぢに分れ散らざるをえざるにいたれり 一二四―一二六
しかして彼の羊遠く迷ひていよ/\彼を離るれば、いよ/\乳に乏しくなりてをりに歸る 一二七―一二九
げにその中には害を恐れ牧者に近く身を置くものあり、されど少許すこしの布にてかれらの僧衣ころもを造るに足るほどその數少し 一三〇―一三二
さてもしわが言葉かすかならずば、またもし汝心をとめて聽きたらんには、しかしてわが既にいへることを再び心に想ひ起さば 一三三―一三五
汝の願ひの一部は滿つべし、そは汝けづられし木を見、何故に革紐かはひもまとふ者が「迷はずばよくゆるところ」と 一三六―一三八
あげつらふやを知るべければなり。


   第十二曲

かの福なる焔最終をはりことばをいへるとき、聖なる碾石ひきうすたゞちに※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりはじめたり 一―三
しかしてその未だ一周ひとめぐりせざるまに、いま一の碾石まろくこれをかこみつゝ、舞をば舞に歌をば歌にあはせたり 四―六
この歌は、かのうるはしき笛よりいで、さながら元のかゞやきうつれる光にまさる如く、われらのムーゼわれらのシレーネにまさる 七―九
イウノネその侍女はしために命ずれば、相並び色も等しき二の弓、やはらかき雲の中に張られ 一〇―一二
そとの弓うちの弓より生る、そのさまかの流離さすらひの女、日の爲に消ゆる霧かとばかり戀の爲に消たる者の言葉に似たり) 一三―一五
世の人々をして、神がノエと立て給ひし契約にもとづき、世界にふたゝび洪水なきをぼくせしむ 一六―一八
かくの如く、これらの不朽の薔薇の二の花圈はなわはわれらの周圍まはりをめぐり、またかくの如く、その外の内の圈と相適あひかなひたり 一九―二一
喜びの舞と尊き大いなるいはひ――光、光と樂しく快くかつ歌ひかつ照しあふ――とが 二二―二四
あたかもその好むところに從つて共に閉ぢ共に開かざるをえざる目の如く、時と意志とを同うしてともに靜になりし後 二五―二七
新しき光の一のなかよりとある聲出で、我をば星を指す針のごとくそなたにむかしめき 二八―三〇
いふ。我を美しうする愛我を促して今一人いまひとりの導者の事を語らしむ――彼の爲に、わが師いまかくたゝへられたり 三一―三三
ひとりのをる處には他もまたしやうぜられ、さきに二人ふたりが心をあはせて戰へる如く、その榮光をもともに輝かすをよろしとす 三四―三六
いと高き價を拂ひて武器を新にしたるクリストの軍隊が、旗のうしろより、遲く、ぢつゝ、まばらになりて進みゐしころ 三七―三九
永遠とこしへに治め給ふみかどは、かのおぼつかなき軍人いくさびと等の爲に、かれらの徳によるにあらでたゞ己が恩惠めぐみによりてそなへをなし 四〇―四二
さきにいはれしごとく二人ふたり勇士ますらをおくりて己が新婦はなよめたすけ給へり、かれらのことばおこなひとにより迷へる人々道に歸りき 四三―四五
若葉をひらきこれをもてエウローパのころもを新ならしめんためさわやかなる西風ゼツヒロの起るところ 四六―四八
浪打際なみうちぎは――日は時として長くはやく進みて後、かの浪のかなたにて萬人よろづのひとの目にかくる――よりいと遠くはあらぬあたりに 四九―五一
さち多きカラロガあり、從ひ從ふる獅子をあらはすかの大いなるたてにまもらる 五二―五四
かしこに、クリストの信仰を慕ふ戀人、味方にやさしく敵につれなき聖なる剛者つはもの生れたり 五五―五七
かれの心はその造られし時、いくる力をもてたゞちに滿たされたりしかば、母に宿やどりゐてこれを豫言者たらしめき 五八―六〇
彼と信仰の間のえにし聖盤サクロフォンテのほとりに結ばれ、かれらかしこにて相互かたみの救ひをその聘物おくりものとなしゝ後 六一―六三
かれに代りてうけがへる女は、かれとその嗣子よつぎ等とより出づるにいたるしきを己が眠れる間に見たり 六四―六六
しかして彼の爲人ひとゝなりことばの形にあらはさんため、靈この處よりくだり、彼は全く主のものなればその意をとりて名となせり 六七―六九
彼即ちドメーニコと呼ばれき、我は彼をば、クリストにえらばれその園にてこれをたすけし農夫にたとへむ 七〇―七二
げに彼はクリストの使つかひまたその弟子なることを示せり、かれに現はれし最初の愛はクリストの與へ給ひし第一のさとしに向ひたればなり 七三―七五
かれの乳母めのとは、かれが屡※(二の字点、1-2-22)目を醒しつゝ默して地に伏し、そのさま我このために生るといふが如きを見たり 七六―七八
あゝ彼の父こそまことにフェリーチェ、かれの母こそ眞にジョヴァンナ(若しこれに世のく如き意義あらば)といふべけれ 七九―八一
人々が今、かのオスティアびとまたはタッデオのあとひつゝ勞して求むる世の爲ならで、まことのマンナの愛の爲に 八二―八四
彼は程なく大いなる師となり、葡萄の園――園丁にはつくりあしくばたゞちに白まむ――をめぐりはじめき 八五―八七
彼が法座(正しき貧者ひんじやを今は普の如くいたはらず、されどこはこれに坐するおとれる者の罪にして法座その物の罪ならじ)に求めしは 八八―九〇
六をえて二三をわかつことにあらず、最初にきたる官をうるのさちにもあらず、また神の貧者に屬する什一にもあらで 九一―九三
汝をかこむ二十四本の草木くさきもとなる種のために、かの迷へる世と戰ふのもとなりしぞかし 九四―九六
かくてかれは教理、意志、及び使徒の任務つとめをもてあたかも激流の、高き脈より押出さるゝごとくに進み 九七―九九
たけく異端邪説の雜木ざつぼくを打ち、さからふ力のいと大いなる處にては打つことまたいと強かりき 一〇〇―一〇二
この後さま/″\の流れ彼より出でたり、カトリックの園これによりてうるほひ、その叢樹こだちいよ/\榮ゆ 一〇三―一〇五
聖なる寺院が自らまもりかつ戰場にその内亂をしづめしとき乘りし車の一の輪げにかくの如くならば 一〇六―一〇八
殘の輪――わが來らざるさきにトムマのいたくたゝへたる――の秀づること必ずや汝にあきらかならむ 一〇九―一一一
されどこの輪の周圍まはりのいと高きところの殘しゝあとを人かへりみず、良酒よきさけのありしところにかび生ず 一一二―一一四
彼の足跡あしあとを踏み傳ひて直く進みしかれの家族やからは全くその方向むきを變へ、指をかゝとの方に投ぐ 一一五―一一七
しかしてかくあしく耕すことのいかなる收穫かりいれに終るやは、程なく知られむ、その時至らばはぐさ穀倉くらを奪はるゝをかこつべければなり 一一八―一二〇
しかはあれ、人もしわれらのふみ一枚ひとひらまた一枚としらべなば、我はありし昔のまゝなりとしるさるゝ紙の今なほあるを見む 一二一―一二三
されどこはカザールまたはアクアスパルタよりならじ、かしこより來りてかの文書かきものたづさはる者或ひはこれを避け或ひはこれをちゞむ 一二四―一二六
さて我はボナヴェントゥラ・ダ・バーニオレジオの生命いのちなり、大いなる職務つとめを果さんためわれ常に世の心勞こゝろづかひあとにせり 一二七―一二九
イルルミナートとアウグスティンこゝにあり、彼等は紐によりて神の友となりたる最初の素足すあしの貧者の中にありき 一三〇―一三二
ウーゴ・ダ・サン・ヴィットレ彼等とともこゝにあり、またピエートロ・マンジァドレ及び世にて十二のまきに輝くピエートロ・イスパーノあり 一三三―一三五
豫言者ナタン、きやうの僧正クリソストモ、アンセルモ、及び第一の學術に手を下すをいとはざりしドナートあり 一三六―一三八
ラバーノこゝにあり、また豫言の靈を授けられたるカーラブリアの僧都ジョヴァッキーノわがかたへにかゞやく 一三九―一四一
フラア・トムマーゾの燃ゆるまこととそのふさはしきことばとは我を動かしてかく大いなる武士ものゝふきそめしめ 一四二―一四四
かつ我とともにこれらの侶を動かしたりき。 一四五―一四七


   第十三曲

わが今視し物をよくさとらむとねがふ人は、心の中に描きみよ(しかしてわが語る間、その描ける物をかたいはほの如くにたもて) 一―三
空氣いかに密なりともなほこれに勝つばかりいとあざやかなる光にてこゝかしこに天をかす十五の星を 四―六
われらの天のふところをもて夜も晝も足れりとし、ながえをめぐらしつゝかくれぬ北斗を描きみよ 七―九
またかの車軸――第一の輪これがまはりをめぐる――のはしより起る角笛つのぶえの口をゑがきみよ 一〇―一二
即ちこれらのもの己をもてあたかもミノスのむすめが死のつめたさを覺えし時に造れるごとき徴號しるしを二つ天につくり 一三―一五
一はその光を他の一の内に保ち、かつ相共にめぐりつゝ一はさきに一はあとより行くさまを 一六―一八
さらばまこと星宿ほしのやどりと、わが立處たちどをかこみめぐる二重ふたへの舞とをおぼろに認めむ 一九―二一
そはこれがわが世のならひゆること、さながら諸天の中のいときものゝ※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐる早さがキアーナの水の流れにまさる如くなればなり 二二―二四
かしこにかれらの歌へるはバッコにあらずペアーナにあらず、三一みつひとつ言る神のさが、及び一となれる神人かみひと二のさがなりき 二五―二七
歌も舞も終りにいたれば、これらの聖なる光は、その心をわれらにとめつゝ、彼より此と思ひを移すを悦べり 二八―三〇
かの神の貧しき人のしき一生を我に語れる光、相和する聖徒のなかにて、このとき靜寂しづかさを破りて 三一―三三
曰ふ。一の穗碎かれ、その實すでにたくはへらるゝがゆゑに、うるはしき愛我を招きてさらに殘の穗を打たしむ 三四―三六
汝思へらく、己があぢはひのため全世界をしてあたひを拂はしめし女の美しき頬を造らんとて肋骨あばらぼねを拔きし胸にも 三七―三九
槍に刺され、一切の罪の重さにまさるあがなひをそのあとさきになしゝ胸にも 四〇―四二
この二を造れる威能ちからは、凡そ人たる者の受くるをうるかぎりの光をこと/″\そゝぎ入れたるなりと 四三―四五
是故に汝は、さきに我汝に告げて、かの第五の光につゝまるゝさいはひには並ぶ者なしといへるをあやしむ 四六―四八
いざ目を開きてわが答ふるところを望め、さらば汝は汝の思ひとわがことばとが眞理において一となること圓の中心の如きを見む 四九―五一
それ滅びざるものも滅びうるものも、みな愛によりてわれらの主の生みたまふ觀念の耀かゞやきにほかならず 五二―五四
そはかの活光いくるひかり、即ち己が源の光よりいでゝこれを離れずまたこれらと三一に結ばる愛を離れざるもの 五五―五七
自ら永遠とこしへに一となりて殘りつゝ、その恩惠めぐみによりて己が光線を、あたかも鏡にうつす如く、九の物に集むればなり 五八―六〇
さてこの光線こゝより降りて最もおとれる物に及ぶ、しかしてかくわざより業に移るに從ひ力愈※(二の字点、1-2-22)弱く遂には只はかなき苟且かりそめの物をのみ造るにいたる 六一―六三
苟且かりそめの物とは※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐる諸天が種によりまたは種によらずして生ずる所の産物をいふ 六四―六六
またかゝる物の蝋とこの蝋を整ふるものとは一樣にあらず、されば觀念に印せられてその中に輝く光或ひは多く或ひは少し 六七―六九
是においてか類において同じ木も善果よきみ惡果あしきみを結び、汝等もまた才を異にして生るゝにいたる 七〇―七二
蝋もし全く備はり、天の及ぼす力いとつよくば、印の光みなあらはれむ 七三―七五
されど自然は常に乏しき光を與ふ、即ちそのはたらくさまあたかもわざくはしけれど手の震ふ技術家の如し 七六―七八
もしそれ熱愛材をとゝのへ、第一の力のあざやかなる視力を印せば、物みな極めて完全ならむ 七九―八一
さればこそ土は往昔そのかみ生物の極めて完全なるにふさはしく造られ、また處女をとめみごもりしなれ 八二―八四
是故に人たるものゝさががこの二者ふたりの性の如くになれること先にもあらず後にもあらずと汝の思ふを我はよしとす 八五―八七
さて我もしさらに説進まずば、汝はまづ、さらばかの者いかでその此類たぐひを見ずやといはむ 八八―九〇
されどあらはれざる事の明らかに顯はれん爲、彼の何人なりしやを思へ、またその求めよといはれし時彼を動かしてはしめし原因もとを思へ 九一―九三
わがいへるところおぼろなりとも汝なほさだかに知らむ、彼の王者なりし事を、またその知慧を求めしは即ち良王よきわうとならん爲にて
天上の動者うごかすものの數を知らん爲にも、必然と偶然とが必然を造ることありやいなやを知らん爲にも 九七―九九
第一のうごき有無うむを知らん爲にも、はたまた一の直角なき三角形が半圓の内に造らるゝをうるや否やを知らん爲にもあらざりしを 一〇〇―一〇二
是故に汝もしさきにわがいへることゝ此事とを思ひみなば、わがふところの比類たぐひなき智とは王者の深慮ふかきおもんばかりを指すをみむ 一〇三―一〇五
またもし明らかなる目を興りしといふことばにむけなば、こは數多くして良者よきものまれなる王達にのみかゝはるをみむ 一〇六―一〇八
かくわかちてわがことばを受けよ、さらばそは第一の父及びわれらの愛する者についての汝の信仰と並び立つべし 一〇九―一一一
汝この事をもて常に足の鉛とし、汝の見ざるしかいなとにむかひては疲れし人の如くしづかに進め 一一二―一一四
うべなふべき時にてもまたいなむべき時にても、彼と此とを別たずしてしかする者はいみじき愚者にほかならず 一一五―一一七
そは輕々しく事を斷ずれば誤りやすく、情またいで智をほだすにいたればなり 一一八―一二〇
眞理をあさりて、わざを有せざる者は、その歸るや出立つ時とさまを異にす、あにむなしく岸を離れ去るのみならんや 一二一―一二三
パルメニーデ、メリッソ、ブリッソ、そのほか行きつゝ行方ゆくへを知らざりし多くの人々みな世にむかひて明かにこれがあかしをなす 一二四―一二六
サベルリオ、アルリオ及びあたかも劒の如く聖書をうつしてそのなほき顏をゆがめし愚者またしかり 一二七―一二九
されば人々餘りに安んじて事を判じ、さながらはたにある穗をばその熟せざるさきに評價ねぶみする人の如くなるなかれ 一三〇―一三二
そはわれいばらが、冬の間はかたく恐ろしく見ゆれども、後そのこずゑ薔薇しやうびの花をいたゞくを見 一三三―一三五
また船がなほく海を渡りて航路ふなぢを終へつゝ、遂に港の入口に沈むを見しことあればなり 一三六―一三八
ドンナ・ベルタもセル・マルティーノも、一人ひとり盜み一人物をさゝぐるを見て、神の審判さばきかれらにあらはると思ふなかれ 一三九―一四一
恐らくは彼起き此倒るゝことあらむ。 一四二―一四四


   第十四曲

まるうつはの中なる水、そとまたはうちより打たるれば、その波動中心よりふちにまたは縁より中心に及ぶ 一―三
トムマーゾのたふとき生命いのちもだしゝとき、この事たちまちわが心に浮べり 四―六
こは彼のことばと彼に續いて物言へるベアトリーチェの言とよりこれに似たる事生じゝによる、淑女曰ふ 七―九
いまひとつの眞理をばこの者求めて根に到らざるをえず、されど聲はもとより未だ思ひによりてさへこれを汝等にいはざるなり 一〇―一二
ふ彼に告げよ、汝等靈體を飾る光は、今のごとくとこしへに汝等とともに殘るやいなやを 一三―一五
またもし殘らば、請ふ告げよ、汝等が再び見ゆるにいたる時、その光いかにして汝等の目をそこなはざるをうべきやを。 一六―一八
たとへば輪に舞ふ人々が、悦び増せば、これにうながされ引かれつゝ、相共に聲を高うし、姿に樂しみを現はすごとく 一九―二一
かの二の聖なる圓は、急なるうや/\しき願ひをきゝて、その※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐるさまとたへなるふしとに新なる悦びを現はせり 二二―二四
およそ人の天に生きんとて地に死ぬるを悲しむ者は、永劫の雨のさわやかなるを未だかしこに見ざる者なり 二五―二七
さてかの一と二と三、即ち永遠とこしへに生き、かつとこしへに三と二と一にて治め、限られずして萬物を限り給ふものをば 二八―三〇
かの諸※(二の字点、1-2-22)の靈いづれも三たびうたひたり、そのたへなる調しらべはげにいかなる功徳のむくいとなすにもふさはしかるべし 三一―三三
我また小きかたの圓の中なるいと神々しき光の中に一の柔かき聲を聞たり、マリアに語れる天使の聲もかくやありけむ 三四―三六
その答ふる所にいふ。天堂の樂しみ續くかぎり、我等の愛光を放ちてかゝる衣をわれらのまはりに現はさむ 三七―三九
そのあざやかさは愛の強さに伴ひ、愛の強さは視力みるちからに伴ひ、しかして是またその功徳を超えて受くるところの恩惠めぐみに準ず 四〇―四二
尊くせられきよめられし肉再びわれらに着せらるゝ時、われらの身はその悉く備はるによりて、いよ/\めづべき物となるべし 四三―四五
是故に至上の善が我等にめぐむすべての光、われらに神を視るをえしむる光は増さむ 四六―四八
是においてか視力みるちから増し、これにもやさるゝ愛も増し、愛よりいづる光も増さむ 四九―五一
されど炭が焔を出し、しかして白熱をもてこれに勝ちつゝ己が姿をまもるごとく 五二―五四
この耀――今われらを包む――は、たえず地におほはるゝ肉よりも、そのあらはるゝさま劣るべし 五五―五七
またかく大いなる光と雖、われらを疲れしむる能はじ、そは肉體の諸※(二の字点、1-2-22)の機關強くして、我等を悦ばす力あるすべての物にふればなり。 五八―六〇
いとくいちはやくかの歌の組二ながらアーメンといひ、死にたるからだをうるの願ひをあきらかに示すごとくなりき 六一―六三
またこの願ひは恐らくは彼等自らの爲のみならず、父母ちゝはゝその他彼等が未だ不朽の焔とならざる先に愛しゝ者の爲なりしならむ 六四―六六
時に見よ、一樣にあざやかなる一の光あたりに現はれ、かしこにありし光のかなたにてさながら輝く天涯に似たりき 六七―六九
また日の暮初くれそむる頃、新に天に現はれ出づるものありて、その見ゆるはまことか否かわきがたきごとく 七〇―七二
我はかしこに多くの新しき靈ありて、かの二の輪のそとに一の圓を造りゐたるを見きとおぼえぬ 七三―七五
あゝ聖靈のまこときらめきよ、その不意にしてかつ輝くこといかばかりなりけむ、わが目くらみて堪ふるをえざりき 七六―七八
されどベアトリーチェは、記憶の及ぶあたはざるまでいと美しくかつ微笑ほゝゑみて見えしかば 七九―八一
わが目これより力を受けて再び自ら擧ぐるをえ、我はたゞわが淑女とともにいよいよ尊き救ひに移りゐたるを見たり 八二―八四
わがさらに高く昇れることを定かに知りしは、常よりもあかくみえし星の、燃ゆる笑ひによりてなりき 八五―八七
我わが心を盡し、萬人よろづのひとのひとしく用ゐる言葉にて、この新なる恩惠めぐみふさはしき燔祭はんさいを神にさゝげ 八八―九〇
しかして供物くもつの火未だわが胸の中に盡きざるさきに、我はこの獻物さゝげもの嘉納かなふせられしことを知りたり 九一―九三
そは多くの輝二の光線の中にて我に現はれ、あゝかくかれらを飾るエリオスよとわがいへるほどあざやかにかつ赤かりければなり 九四―九六
たとへば銀河が、大小さま/″\の光をつらねて宇宙の兩極の間に白み、いと賢き者にさへ疑ひをいだかしむるごとく 九七―九九
かの光線は、星座となりつゝ、火星の深處ふかみに、象限しやうげん相結びて圓の中に造るその貴き標識しるしをつくれり 一〇〇―一〇二
さてこゝに到りてわが記憶才に勝つ、そはかの十字架の上にクリストかゞやき給ひしかど我はふさはしきたとへを得るをえざればなり 一〇三―一〇五
されど己が十字架をとりてクリストに從ふ者は、いつかかの光明の中にひらめくクリストを見てわがかくはぶくを責めざるならむ 一〇六―一〇八
けたより桁にまたいたゞきあしとの間に諸※(二の字点、1-2-22)の光動き、相會ふ時にも過ぐるときにもかれらは強くきらめけり 一〇九―一一一
己をまもらんためさとりわざとをもて人々の作る陰を分けつゝをりふしすぢを引く光の中に、長き短き極微の物體 一一二―
或ひはなほく或ひはゆがみ、或ひは疾く或ひは遲く、たえずそのかたちを變へて動くさままたかくの如し ―一一七
またたとへば多くのいとにて調子しらべを合せし琵琶びわや琴が、ふしを知らざる者にさへ、鼓音ひくねたへにきこゆるごとく 一一八―一二〇
かしこにあらはれし諸※(二の字点、1-2-22)の光より一のうるはしきおと十字架の上にあつまり、歌をしえざりし我もこれに心を奪はれき 一二一―一二三
されど我よくそが尊き讚美なるを知りたり、そはちて勝てといふ詞、解せざれどなは聞く人に聞ゆる如く、我に聞えたればなり 一二四―一二六
わが愛これに燃やされしこといかばかりぞや、げに是時にいたるまで、かくうるはしききづなをもて我をつなげるもの一だになし 一二七―一二九
恐らくはわがこのことば、かの美しき目(これを視ればわが願ひ安んず)の與ふる樂をかろんじ、餘りに輕率かるはずみなりと見えむ 一三〇―一三二
されど人もし一切の美をす諸※(二の字点、1-2-22)の生くる印がその高きに從つて愈※(二の字点、1-2-22)強く働く事と、わが未だ彼處かしこにてかの目に向はざりし事とを思はゞ 一三三―一三五
わが辯解いひひらかんため自ら責むるその事をもて我を責めず、かつわがまことを告ぐるを見む、そはかの聖なる樂しみをわれ今除きていへるに非ず 一三六―一三八
これまたその登るに從つていよ/\清くなればなり 一三九―一四一


   第十五曲

慾を惡意のあらはすごとくまつたき愛をつねにあらはす善意によりて 一―三
かのうるはしき琴はもだし、天の右手めでゆるべてむる聖なるいとはしづまりき 四―六
そも/\これらの靈體は、我をして彼等に請ふの願ひを起さしめんとて皆ひとしくもだしゝなれば、いかで正しきこひに耳を傾けざらんや 七―九
苟且かりそめの物を愛するため自ら永遠とこしへにこの愛を失ふ人のはてしなく歎くにいたるもむべなるかな 一〇―一二
靜なる、清き、晴和のどけそらに、ゆくりなき火しば/\流れて、やすらかなりし目を動かし 一三―一五
位置を變ふる星と見ゆれど、たゞその燃え立ちし處にては失せし星なくかつその永く保たぬごとくに 一六―一八
かの十字架の右のけたより、かしこに輝く星座の中の星一つ馳せ下りてあしにいたれり 一九―二一
またこのたまは下るにあたりてその紐を離れず、光のすぢを傳ひて走り、さながら雪花石アラバストロうしろの火の如く見えき 二二―二四
アンキーゼの魂が淨土エリジオにてわが子を見いとやさしく迎へしさまも(われらのいと大いなるムーザに信をおくべくば)かくやありけむ 二五―二七
あゝわが血族うからよ、あゝ上より注がれし神の恩惠めぐみよ、汝の外誰の爲にかあめの戸の二たび開かれしことやある。 二八―三〇
かの光かく、是に於てか我これに心をとめ、のち目をめぐらしてわが淑女を見れば、わが驚きは二重ふたへとなりぬ 三一―三三
そは我をしてわが目にてわが恩惠めぐみわが天堂の底を認むと思はしむるほどの微笑ほゝゑみその目のうちに燃えゐたればなり 三四―三六
かくてかの靈、聲姿ともにゆかしく、その初のことばに添へて物言へり、されど奧深くしてさとるをえざりき 三七―三九
但しこは彼が、好みて我より隱れしにあらず、むをえざるにいづ、人間のまとよりもその思ふところ高ければなり 四〇―四二
しかしてその熱愛の弓冷えゆき、そがためそのことば人智の的のかたに下るにおよび 四三―四五
わがさとれる第一の事にいふ。むべき哉三一みつひとつにいます者、汝わが子孫をかくねんごろに眷顧かへりみたまふ。 四六―四八
また續いて曰ふ。白きも黒きも變ることなき大いなるふみを讀みてより、樂しくも久しくうゑを覺えしに 四九―五一
子よ汝はこれをこの光(我このうちにて汝に物言ふ)のなかにてしづめぬ、こはかく高く飛ばしめんため羽を汝に着せし淑女の恩惠めぐみによれり 五二―五四
汝信ずらく、汝の思ひは第一の思ひより我に移り、そのさまあたかもいちなる數の知らるゝ時五と六とこれより分れ出るに似たりと 五五―五七
さればこそわが誰なるやまた何故にこの樂しきむれの中にてことによろこばしく見ゆるやを汝は我に問はざるなれ 五八―六〇
汝の信ずる所正し、そは大いなるもちひさきもすべてこの生をくる者は汝の思ひが未だ成らざるさきに現はるゝかの鏡を見ればなり 六一―六三
されど我をして目をさましゐて永遠とこしへに見しめまたうるはしき願ひにかはかしむる聖なる愛のいよ/\げられんため 六四―六六
恐れずはゞからずかつ悦ばしき聲をもて思ひを響かし願ひをひゞかせよ、わが答ははや定まりぬ。 六七―六九
我はベアトリーチェにむかへり、この時淑女わが語らざるにはやくも聞きて、我に一のしるしを與へ、わが願ひの翼を伸ばしき 七〇―七二
我即ち曰ふ。第一の平等者びやうとうじや汝等に現はるゝや、汝等各自おの/\の愛と智とはそのおもさ等しくなりき 七三―七五
これ熱と光とをもて汝等を照らしかつ暖めし日輪が、これにたぐふに足る物なきまでその平等を保つによる 七六―七八
されど人間にありては、汝等のよく知る理由ことわりにもとづき、おもふこととあらはす力とその翼同じからず 七九―八一
是故に人間の我、自らこの不同を感ずるにより、父の如く汝のよろこび迎ふるをたゞ心にて謝するのみ 八二―八四
我誠に汝にふ、この貴き寶を飾る生くる黄玉わうぎよくよ、汝の名を告げてわが願ひを滿たせ。 八五―八七
あゝわが葉よ。汝を待つさへわが喜びなりき、我こそ汝の根なりけれ。彼まづかく我に答へ 八八―九〇
後またひけるは。汝の家族やからの名のもとにて、第一のうてなに山を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐることはや百年餘もゝとせあまりに及べる者は 九一―九三
我には子汝には曾祖父そうそふなりき、汝すべからく彼の爲にその長き勞苦をば汝のわざによりて短うすべし 九四―九六
それフィオレンツァはその昔の城壁――今もかしこより第三時と第九時との鐘聞ゆ――の内にて平和を保ち、かつひかへかつつつしめり 九七―九九
かしこにくさりも冠もなく、飾れるくつ穿く女も、締むる人よりなほ目立つべき帶もなかりき 一〇〇―一〇二
まだその頃は女子によし生るとも父の恐れとならざりき、その婚期ときその聘禮おくりものいづれものりえざりければなり 一〇三―一〇五
かしこに人の住まざる家なく、しつの内にてらるゝことを教へんとてサルダナパロの來れることもあらざりき 一〇六―一〇八
まだその頃は汝等のウッチェルラトイオもモンテマーロにまさらざりき――今そのさかえのまさるごとく、この後おとろへもまたまさらむ 一〇九―一一一
我はベルリンチオーン・ベルティが革紐かわひもと骨との帶を卷きて出で、またその妻が假粧けさうせずして鏡を離れ來るを見たり 一一二―一一四
またネルリの家長いへをさとヴェッキオの家長いへをさとが皮のみの衣をもて、その妻等が紡錘つむと麻とをもて、心にれりとするを見たり 一一五―一一七
あゝさち多き女等よ、彼等は一人だにその墓につきて恐れず、また未だフランスの故によりてひと臥床ふしどに殘されず 一一八―一二〇
ひとりは目をさめしゐて搖籃ゆりかごを守り、またあやしつゝ、父母ちゝはゝの心をばまづ樂しますことばを用ゐ 一二一―一二三
ひとりは絲をつむぎつゝ、わがの人々と、トロイアびと、フィエソレ、ローマの物語などなしき、チアンゲルラや 一二四―
ラーポ・サルテレルロの如き者その頃ありしならんには、チンチンナートやコルニーリアの今における如く、いとあやしとせられしなるべし ―一二九
かく平穩やすらかにかく美しくまちの人々の住みゐたるなかに、かく頼もしかりし民、かくうるはしかりし客舍に 一三〇―一三二
マリア――唱名の聲高きを開きて――我を加へ給へり、汝等の昔の授洗所にて我は基督教徒クリスティアーノとなり、カッチアグイーダとなりたりき 一三三―一三五
わが兄弟なりし者にモロントとエリゼオとあり、わが妻はポーのたによりわがもとに來れり、汝のうぢかの女より出づ 一三六―一三八
後われ皇帝クルラードにつかへ、その騎士の帶をさづけられしほどいさをによりていと大いなる恩寵めぐみをえたり 一三九―一四一
我彼に從ひて出で、牧者達の過のため汝等の領地をおかす人々の不義の律法おきてと戰ひ 一四二―一四四
かしこにてかのけがれし民の手にかゝりて虚僞いつはりの世――多くの魂これを愛するがゆゑに穢る――より解かれ 一四五―一四七
殉教よりこの平安に移りにき。 一四八―一五〇


   第十六曲

あゝ人の血統ちすぢのたゞさゝやかなる尊貴たふとさよ、情の衰ふるところなる世に、汝人々をして汝に誇るにいたらしむとも 一―三
かさねてこれをあやしとすることあらじ、そは愛欲のれざるところ即ち天にて我自ら汝に誇りたればなり 四―六
げに汝は短くなりやすき衣のごとし、日に日に補ひ足されずば、時ははさみをもて周圍まはりをめぐらむ 七―九
ローマの第一に許しゝことばしかしてそのやからの中にて最もすたれし語なるヴォイを始めに、我再び語りいづれば 一〇―一二
少しく離れゐたりしベアトリーチェは、ゑみを含み、さながらふみに殘るかのジネーヴラの最初のとがを見てしはぶきし女の如く見えき 一三―一五
ひけらく。ヴォイはわが父なり、汝いたく我をはげまして物言はしめ、また我を高うして我にまさる者とならしむ 一六―一八
いと多くの流れにより嬉しさわが心に滿つれば、心は自らそのやぶれずしてこれにふるをうるを悦ぶ 一九―二一
さればわが愛する遠祖とほつおやよ、ふ我に告げよ、汝の先祖達は誰なりしや、汝わらべなりし時、年は幾何いくばくの數をか示せる 二二―二四
請ふ告げよ、サンジョヴァンニの羊のをりはその頃いかばかり大いなりしや、またその内にて高座かみざに就くにふさはしき民は誰なりしや。 二五―二七
たとへば炭風に吹かれ、燃えて焔を放つごとく、我はかの光のわが媚ぶることばをきゝて輝くを見たり 二八―三〇
しかしてこの物いよ/\美しくわが目に見ゆるに從ひ、いよ/\うるはしきやはらかき聲にて(但し近代ちかきよの言葉を用ゐで) 三一―三三
我に曰ひけるは。アーヴェのいはれし日より、今は聖徒なるわが母、子を生み、宿やどしゝ我を世にいだせる時までに 三四―三六
この火は五百八十囘己が獅子の處にゆき、その足の下にてあらたに燃えたり 三七―三九
またわが先祖達と我とは、汝等の年毎の競技にあづかりて走る者がかのまちの最後の區劃わかちを最初に見る處にて生れき 四〇―四二
わが列祖の事につきては汝これを聞きて足れりとすべし、彼等の誰なりしやまた何處いづこよりこゝに來りしやはむしろ言はざるをむべとす 四三―四五
その頃マルテと洗禮者バッティスタとの間にありて武器をるをえし者は、すべて合せて、今住む者の五一なりき 四六―四八
されど今カムピ、チェルタルド、及びフェギーネとまじれる斯民このたみ、その頃はいと賤しき工匠たくみにいたるまで純なりき 四九―五一
あゝこれらの人々皆隣人となりびとにして、ガルルッツォとトレスピアーノとに汝等の境あらんかた、かれらをれてかのアグリオンの賤男しづのを 五二―
またはシーニアの賤男(公職おおやけのつとめを賣らんとはや目を鋭うする)の惡臭をしうを忍ぶにまさることいかばかりぞや ―五七
もし世の最もおとれる人々、チェーザレとまゝしからず、あたかも母のわが兒におけるごとくこまやかなりせば 五八―六〇
かの今フィレンツェびととなりて兩替しかつ商賣あきなひするひとりの人は、その祖父が物乞へる處なるシミフォンテに歸りしなるべく 六一―六三
モンテムルロは今も昔の伯等きみたちに屬し、チェルキはアーコネの寺領に殘り、ボンデルモンティは恐らくはヴァルディグレーヴェに殘れるなるべし 六四―六六
人々の入亂るゝことは、食に食を重ぬることの肉體における如くにて、常にこのまちの禍ひの始めなりき 六七―六九
めしひの牡牛は盲のこひつじよりもく倒る、ひとつつるぎいつにまさりて切味きれあぢよきことしば/\是あり 七〇―七二
汝もしルーニとウルビサーリアとがはや滅び、キウーシとシニガーリアとがまたそのあとを追ふを見ば 七三―七五
家族やからの消失するを聞くともあやしみいぶかることなからむ、まちさへ絶ゆるにいたるをおもひて 七六―七八
そも/\汝等に屬する物はみな汝等の如くつ、たゞ永く續く物にありては、汝等の生命いのちの短きによりて、この事隱るゝのみ 七九―八一
しかして月天の運行が、たえずなぎさをば、おほふてはまたあらはす如く、命運フィオレンツァをあしらふがゆゑに 八二―八四
美名よきなを時の中に失ふ貴きフィレンツェびとについてわが語るところのこともあやしと思はれざるならむ 八五―八七
我はウーギ、カテルリニ、フィリッピ、グレーチ、オルマンニ、及びアルベリキ等なだゝる市民のはや倒れかゝるを見 八八―九〇
またラ・サンネルラ及びラルカの家長いへをさ、ソルダニエーリ、アルディンギ、及びボスティーキ等のそのふるきがごとく大いなるを見たり 九一―九三
今新なるいと重き罪を積み置く――その重さにてたゞちに船を損ふならむ――かの門のほとりには 九四―九六
ラヴィニアーニ住み居たり、伯爵コンテグイード、及びその後貴きベルリンチオーネの名をげる者皆これより出づ 九七―九九
ラ・プレッサの家長いへをさは既に治むる道を知り、ガリガーイオは黄金裝こがねづくりつかつばとを既にその家にて持てり 一〇〇―一〇二
「ヴァイオ」の柱、サッケッティ、ジユオキ、フィファンティ、バルッチ、ガルリ、及びかの桝目の爲に赤らむ家族やからいづれも既に大なりき 一〇三―一〇五
カルフッチの出でし木の根もまた既に大なりき、シツィイとアルリグッチとは既にたかき座に押されたり 一〇六―一〇八
かの己が傲慢たかぶりの爲遂に滅ぶにいたれる家族やからもわが見し頃はいかなりしぞや、黄金こがねたまはそのすべての偉業をもてフィオレンツァを飾り 一〇九―一一一
汝等の寺院のくごとに相集あひつどひて身をやす人々の父もまたかくなしき 一一二―一一四
逃ぐる者をば龍となりて追ひ、齒や財布を見する者にはこひつじのごとく柔和おとなしきかの僭越のうから 一一五―一一七
既に興れり、されど素姓うぢ賤しかりしかば、ウベルティーン・ドナートはその後舅が彼をばかれらの縁者となしゝを喜ばざりき 一一八―一二〇
カーポンサッコは既にフィエソレを出でゝ市場いちばにくだり、ジウダとインファンガートとは既によき市民となりゐたり 一二一―一二三
今我信じ難くして而してまことなる事を告げむ、ラ・ペーラの家族やからちなみて名づけし門より人かの小さき城壁の内に入りし事即ち是なり 一二四―一二六
トムマーゾの祭によりて名と徳とをたえずあらはすかの大いなる領主バーロネの美しき紋所を分け用ゐる者は、いづれも 一二七―一二九
騎士の位と殊遇とを彼より受けき、たゞへりにてこれを卷くもの今日庶民と相結ぶのみ 一三〇―一三二
グアルテロッティもイムポルトゥーニも既に榮えき、もし彼等に新なる隣人となりびとなかりせば、ボルゴは今愈※(二の字点、1-2-22)よ靜なりしならむ 一三三―一三五
義憤ただしきいかりの爲に汝等を殺し汝等の樂しき生活をち、かくして汝等の嘆を生み出せる家は 一三六―一三八
その所縁ゆかり家族やからともあがめられき、あゝブオンデルモンテよ、汝が人のすゝめをれ、これとえにしを結ぶを避けしはげにいかなるわざはひぞや 一三九―一四一
汝はじめてこのまちに來るにあたり神汝をエーマに與へ給ひたりせば、多くの人々今悲しまで喜べるものを 一四二―一四四
フィオレンツァはその平和終る時、犧牲いけにへをば、橋をまもるかの缺石かけいしに獻げざるをえざりしなりき 一四五―一四七
我はフィオレンツァにこれらの家族やからと他の諸※(二の字点、1-2-22)の家族とありて、歎くべき謂れなきまでそのいと安らかなるを見たり 一四八―一五〇
またこれらの家族やからありて、その民榮えかつ正しかりければ、百合は未ださかさに竿に着けられしことなく 一五一―一五三
分離の爲紅に變ることもなかりき一五四


   第十七曲

なほ父をして子にむかひてやぶさかならしむる者、人の己をそしるを聞き、事のまことさだかにせんためクリメーネのもとに行きしことあり 一―三
我また彼の如くなりき、而してベアトリーチェも、また先にわがために處を變へしかの聖なるともしびも、わが彼の如くなりしを知りき 四―六
是故に我淑女我に曰ふ。汝の願ひの焔を放て、そが汝の心のかたをあざやかにうけていづるばかりに 七―九
されどこは汝のことばによりてわれらの知識の増さん爲ならず、汝がかわきを告ぐるにれ、人をして汝に飮ますをえしめん爲なり。 一〇―一二
あゝ愛するわが根よ(汝いと高くせられ、あたかも人智が一の三角の内に二の鈍角のれられざるを知るごとく 一三―一五
苟且かりそめの事をその未だ在らざるさきに知るにいたる、これ時の現在いまならぬはなき一の點を視るがゆゑなり) 一六―一八
われヴィルジリオとともにありて、諸※(二の字点、1-2-22)の魂をいやす山に登り、また死の世界にくだれる間に 一九―二一
わが將來ゆくすゑの事につきて諸※(二の字点、1-2-22)のいたましきことばを聞きたり、但し命運我をつとも我よく自らとれにふるをうるを覺ゆ 二二―二四
是故にいかなるわざはひのわが身にせまるやを聞かばわが願ひ滿つべし、これあらかじめ見ゆる矢はその中る力弱ければなり。 二五―二七
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいひ、ベアトリーチェの望むごとくわが願ひをあかしたり 二八―三〇
※(二の字点、1-2-22)の罪を取去る神のこひつじ未だ殺されざりし昔、おろかなる民をまどはしゝそのことばの如くおぼろならず 三一―三三
明らかにいひ定かに語りてかの父の愛、己が微笑ほゝゑみの中に隱れかつあらはれつゝ、答ふらく 三四―三六
それ苟且かりそめの事即ち汝等の物質のふみより外に延びざる事はみな永遠とこしへの目に映ず 三七―三九
されど映ずるが爲にこの事必ず起るにあらず、船流れを下りゆけどもそのうつる目の然らしむるにあらざるに似たり 四〇―四二
この永遠の目より汝の行末のわが目に入り來ることあたかも樂器よりうるはしき和合の音の耳に入り來る如し 四三―四五
イッポリートが無情邪險の繼母まゝはゝの爲にアテーネを去れるごとく、汝フィオレンツァを去らざるべからず 四六―四八
日毎ひごとにクリストの賣買うりかひせらるゝ處にてこれを思ひめぐらす者これを願ひかつはや企圖たくみぬ、さればまた直ちにこれを行はむ 四九―五一
しひたげられし人々に世はその常の如く罪を歸すべし、されど刑罰はこれをわかち與ふるものなるまことの爲のあかしとならむ 五二―五四
いと深く愛する物をば汝こと/″\く棄て去らむ、是即ち流罪るざいの弓の第一に射放つ矢なり 五五―五七
他人ひと麺麭パンのいかばかりにが他人ひと階子はしご昇降のぼりくだりのいかばかりつらきやを汝自らためしみむ 五八―六〇
しかして最も重く汝の肩をすものは、汝とともにこのたにに落つる邪惡庸愚の侶なるべし 六一―六三
かれら全く恩を忘れ狂ひたけりて汝にそむかむ、されどかれら(汝にあらず)はこれが爲に程なく顏を赤うせむ 六四―六六
かれらの行爲おこなひは獸の如きそのさがあかしとならむ、されば汝唯一人たゞひとりを一の黨派たらしむるかた汝にとりてかるべし 六七―六九
汝の第一の避所さけどころ第一の旅舍やどりは、聖なる鳥を梯子はしごの上におくかの大いなるロムバルディアびとなさけならむ 七〇―七二
彼汝にむかひて深き好意よしみつが故に、爲す事と求むる事とのうち他の人々の間にてはいと遲きものも汝等二人ふたりの間にては先となるべし 七三―七五
己がいさをの世にあらはるゝにいたるばかりこの強き星の力を生るゝ時に受けたる者をば汝彼のもとに見む 七六―七八
人々未だこの者を知らじ、そはその年若く諸天のこれをめぐれることたゞ九年こゝのとせのみなればなり 七九―八一
されどかのグアスコニアびとが未だ貴きアルリーゴをあざむかざるさきにその徳の光は、かねをもつかれをも心にとめざる事において現はれむ 八二―八四
その諸※(二の字点、1-2-22)はえあるわざはこの後あまねく世に知られ、その敵さへこれについて口をつぐむをえざるにいたらむ 八五―八七
汝彼と彼の恩惠めぐみとを望み待て、彼あるによりて多くの民改まり、貧富かたみに地をへむ 八八―九〇
汝また彼の事を心に記してたづさへ行くべし、されど人に言ふなかれ。かくて彼はまのあたり見る者もなほ信ずまじきことどもを告げ 九一―九三
後加ふらく。子よ、汝が聞きたる事の解説ときあかしは即ち是なり、是ぞ多からぬ年の後方うしろにかくるゝ係蹄わななる 九四―九六
されど汝の隣人となりびと等をねたむなかれ、汝の生命いのちはかれらの邪惡の罰よりも遙に遠き未來に亘るべければなり。 九七―九九
かの聖なる魂もだし、たていとを張りてわが渡したる織物によこいとを入れ終りしことをあらはせる時 一〇〇―一〇二
あたかも疑ひをいだく者が、智あり徳あり愛ある人の教へをねがふごとく、我いひけるは 一〇三―一〇五
わが父よ、我よく時の我に打撃を與へんとてわがかたに急ぎ進むを見る、しかしてこは思慮なき人にいと重く加へらるべき打撃なり 一〇六―一〇八
是故にわれ先見をもて身をかたむるをしとす、さらばたとひ最愛の地を奪はるともその他の地をばわが歌の爲に失ふことなからむ 一〇九―一一一
はてしなき苦しみの世にくだり、またわが淑女の目に擧げられて美しき巓をばわが離れしその山をめぐり 一一二―一一四
後また光より光に移りつゝ天をてわが知るをえたる事を我もし語らば、そは多くの人にとりてあぢはひ甚だからかるべし 一一五―一一七
されど我もし眞理にむかひて卑怯の友たらんには、今を昔と呼ぶ人々の間に生命いのちを失ふの恐れあり。 一一八―一二〇
かのわが寶のほゝゑむ姿を包みし光は、まづ日の光にあたる黄金こがねの鏡のごとくきらめき 一二一―一二三
かくて答ふらく。己が罪または他人ひとの罪の爲に曇れる心は、げに汝のことばはげしと感ぜむ 一二四―一二六
しかはあれ、一切の虚僞いつはりを棄てつゝ、汝の見し事をこと/″\くあらはし、かさある處は人のこれを掻くにまかせよ 一二七―一二九
汝の聲はそのあぢはじめいとはしとも、後消化こなるゝに及び極めて肝要なる滋養やしなひを殘すによりてなり 一三〇―一三二
汝の叫びの爲す所あたかもいと高き巓をいと強くうつ風の如し、是あにほまれのたゞさゝやかなるあかしならんや 一三三―一三五
是故にこれらの天にても、かの山にても、またかの苦患なやみの溪にても、汝に示されしは、名の世に知らるゝ魂のみ 一三六―一三八
そは例を引きてその根知られずあらはれず、あかしして明らかならざれば、人聞くとも心安まらず、信をこれに置かざればなり。 一三九―一四一


   第十八曲

さいはひなるかの鏡は今たゞ己が思ひを樂しみ、我はわが思ひを味ひつゝ、甘さをもて苦しさを和げゐたりしに 一―三
我を神のみもとに導きゐたる淑女いひけるは。思ひを變へよ、一切のしひたげを輕むるものにわが近きを思ふべし。 四―六
我はわが慰藉なぐさめの慕はしき聲を聞きて身をめぐらせり、されどこの時かの聖なる目の中にいかなる愛をわが見しや、こゝにしるさじ 七―九
これ我自らわがことばたのまざるのみならず、導く者なくばかく遠く記憶にさかのぼあたはざるによりてなり 一〇―一二
かの刹那せつなのことについてわが語るを得るは是のみ、曰く、彼を視るに及びわが情は他の一切の願ひより解かると 一三―一五
ベアトリーチェを直ちに照らせる永遠とこしへの喜びその第二の姿をば美しき目に現はしてわが心をたらはしゐたりしとき 一六―一八
一の微笑ほゝゑみの光をもて我をしたがへつゝ淑女曰ふ。身をめぐらしてしかして聽け、わが目の中にのみ天堂あるにあらざればなり。 一九―二一
情もし魂を悉く占むるばかりに強ければ、目に現はるゝことまゝ世にためしあり 二二―二四
かくの如く、我はわがふりかへりて見し聖なる光の輝の中に、なほしばし我と語るの意あるを認めき 二五―二七
このものいふ。頂によりて生き、常に實を結び、たえて葉を失はぬ木のこの第五座に 二八―三〇
福なる諸※(二の字点、1-2-22)の靈あり、かれらは天に來らざりしさき、いかなるムーザをもますばかり世に名聲きこえ高かりき 三一―三三
是故にかの十字架のけたを見よ、我今名をいはん、さらばその者あたかも雲の中にてそのき火のす如きわざをかしこに爲すべし。 三四―三六
ヨスエの名いはるゝや、我は忽ち一の光の十字架を傳ひて動くを見たり、げにいふなすといづれの先なりしやを知らず 三七―三九
尊きマッカベオの名とともに、我はいま一の光の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりつゝ進み出づるを見たり、しかして喜悦よろこびはかの獨樂こまの糸なりき 四〇―四二
またカルロ・マーニョとオルランドとの呼ばれし時にも、我は心をとめて他の二の光を見、宛然さながら己が飛立つ鷹に目の伴ふ如くなりき 四三―四五
後またグイリエルモ、レノアルド、公爵ドウーカゴッティフレーディ、及びルベルト・グイスカールドわが目を引きてかの十字架を傳はしむ 四六―四八
かくて我に物言へる魂、他の光の間に移りまじりつゝ、天の歌人うたびとの中にてもわざのいたくすぐるゝことを我に示せり 四九―五一
われ身をめぐらして右に向ひ、ベアトリーチェによりて、そのことばまたは動作ふるまひあらはるゝわが務を知らんとせしに 五二―五四
姿平常つねにまさり最終をはりの時にもまさるばかり、その目清くたのしげなりき 五五―五七
また善を行ふにあたり心に感ずる喜びのいよ/\大いなるによりて、人己が徳の進むを日毎に自ら知るごとく 五八―六〇
我はかのしき聖業みわざのいよ/\美しくなるを見て、天とともにわが※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐる輪のそのアルコを増しゝを知れり 六一―六三
しかして色白き女が、その顏より羞恥はぢらひの荷をおろせば、たゞつかに變るごとく 六四―六六
われ回顧ふりかへりしときわが見るもの變りゐたり、こは己の内に我をれし温和なる第六の星の白さの爲なりき 六七―六九
我見しに、かのジョーヴェの燈火ともしびの中には愛のきらめきのあるありて、われらの言語ことばをわが目に現はせり 七〇―七二
しかしてたとへば岸より立ちさながら己が食物くひものを見しを祝ふに似たる群鳥むらどりの、相連あひつらなりて忽ち圓を作りまた忽ちほかの形を作る如く 七三―七五
※(二の字点、1-2-22)の聖者はかの諸※(二の字点、1-2-22)の光の中にて飛びつゝ歌ひ、相寄りて忽ちデイ忽ち忽ちエルレの形を作れり 七六―七八
かれらはまづ歌ひつゝ己がふしに合せて動き、さてこれらの文字の一となるや、しばらく止まりてもだしゝなりき 七九―八一
あゝ女神めがみペガーゼアよ(汝才に榮光を與へてその生命いのちを長うす、才が汝の助けによりて諸邑諸國に及ぼす所またかくの如し) 八二―八四
願はくは汝の光をもて我を照らし我をして彼等のかたちをそのわが心にある如く示すをえしめよ、願はくは汝の力をこれらの短き句に現はせ 八五―八七
さてかれらは七の五倍の母字子字となりて顯はれ、我はまた一部一部を、その言顯はしゝ次第に從ひて、心にめたり 八八―九〇
Diligiteディーリギテ iustitiamイウスティティアム 是全畫面の始めのことばなる動詞と名詞にてその終りの語は Quiiudicatisクイーイウディカーチス terramテルラム なりき 九一―九三
かくて第五のことばの中のエムメにいたり、彼等かく並べるまゝ止まりたれば、かしこにては木星宛然さながら金にて飾れる銀と見えたり 九四―九六
我またMの頂の處に他の諸※(二の字点、1-2-22)の光降り、歌ひつゝ――己のもとに彼等を導く善の事ならむ――そこに靜まるを見たり 九七―九九
かくてあたかも燃えたる薪を打てば數しれぬ火花出づる(愚者これによりてうらなひをなす習ひあり)ごとく 一〇〇―一〇二
かしこより千餘の光出で、かれらを燃す日輪の定むるところに從ひて、或者高く或者少しく昇ると見えたり 一〇三―一〇五
しかして各その處にしづまりしとき、我はかの飾れる火が一羽の鷲のかしらくびとを表はすを見たり 一〇六―一〇八
そも/\かしこに畫く者はこれを導く者あるにあらず、彼自ら導く、かれよりぞ巣を作るのもとなる力いづるなる 一〇九―一一一
さて他の聖者のむれ即ち先にエムメにて百合となりて悦ぶ如く見えし者は、少しく動きつゝかの印象かたし終りたり 一一二―一一四
あゝ麗しき星よ、世の正義が汝の飾る天の力にもとづくことを我に明らかならしめしはいかなる珠いかばかり數多き珠ぞや 一一五―一一七
是故に我は汝のうごき汝の力の汝なる聖意みこゝろに祈る、汝の光を害ふ烟の出る處をみそなはし 一一八―一二〇
血と殉教とをもて築きあげし神殿みやの内に賣買うりかひの行はるゝためいま一たび聖怒みいかりを起し給へと 一二一―一二三
あゝわが視る天の軍人いくさびと等よ、惡例あしきためしに傚ひて迷はざるなき地上の人々のために祈れ 一二四―一二六
昔はつるぎをもて戰鬪いくさをする習ひなりしに、今はかの慈悲深き父が誰にもいなみ給はぬ麺麭パンをばこゝかしこより奪ひて戰ふ 一二七―一二九
されど汝、たゞ消さんとてしるす者よ、汝が荒す葡萄園ぶだうばたけの爲に死にたるピエートロとパオロとは今も生くることを思へ 一三〇―一三二
うべ汝は曰はむ、たゞ獨りにて住むを好み、かつ一踊ひとをどりのため教へに殉ずるにいたれる者に我專らわが願ひを据ゑたれば 一三三―一三五
我は漁夫をもポロをも知らずと 一三六―一三八


   第十九曲

うるはしき樂しみのために悦ぶ魂等が相結びて造りなしゝかの美しきかたちは、翼を開きてわが前に現はる 一―三
かれらはいづれも小さき紅玉あかだまが日輪の燃えて輝く光を受けつゝわが目にこれを反映てりかへらしむる如く見えたり 四―六
しかしてわが今述べんとするところは、聲これを傳へ、墨これをしるしゝことなく、想像もこれをいだきしことなし 七―九
そは我見かつ聞きしに、くちばし物言ひ、その聲の中にはわれらわれらのとのこゝろなるわれわがと響きたればなり 一〇―一二
いふ。正しく慈悲深かりしため、こゝにはわれ今高くせられて、願ひに負けざる榮光をうけ 一三―一五
また地には、かしこの惡しき人々さへむるばかりの――かれらむれどかゞみならはず――わが記念かたみを遺しぬ。 一六―一八
たとへば數多き熾火おきびよりたゞ一の熱のいづるを感ずる如く、數多き愛の造れるかのかたちよりたゞ一の響きいでたり 一九―二一
是においてか我直に。あゝ永遠とこしへの喜びの不斷の花よ、汝等は己がすべてのかをりをたゞ一と我に思はしむ 二二―二四
請ふ語りてわが大いなる斷食だんじきを破れ、地上に食物くひものをえざりしため我久しくゑゐたればなり 二五―二七
我よく是を知る、神の正義天上の他の王國をその鏡となさば、汝等の王國も亦まくへだてゝこれを視じ 二八―三〇
汝等はわが聽かんと思ふ心のいかばかり深きやを知る、また何の疑ひのかく長く我を饑ゑしめしやを知る。 三一―三三
鷹その被物かぶりものらるれば、頭を動かし翼をち、願ひといきほひとを示すごとく 三四―三六
神の恩惠めぐみの讚美にて編めるこの旗章はたじるしは、天に樂しむ者のみ知れる歌をうたひてその悦びをあらはせり 三七―三九
かくていふ。宇宙のはて圓規コムパスをめぐらし、隱るゝ物と顯るゝ物とをあまねくその内にわかちし者は 四〇―四二
己がことばの限りなくまさらざるにいたるほど、その力をば全宇宙に印する能はざりき 四三―四五
しかしてよろづ被造物つくられしものをさなりしかの第一の不遜者ふそんじやが光を待たざるによりてまざる先におとし事よくこれをあかしす 四六―四八
されば彼に劣る一切のさがが、己をもて己を量る無窮の善を受入れんにはうつはあまりに小さき事もまたこれによりて明らかならむ 四九―五一
是故に、萬物の中に滿つる聖意みこゝろの光のたゞ一線ひとすぢならざるをえざる我等の視力は 五二―五四
そのさがとして、己が源を己に見ゆるものよりも遙かかなたに認めざるほど強きにいたらじ 五五―五七
かゝれば汝等の世の享くる視力が無窮の正義に入りゆくさまは、目の海におけるごとし 五八―六〇
目はみぎはより底を見れども沖にてはこれを見じ、されどかしこに底なきにあらず、深きが爲に隱るゝのみ 六一―六三
くもりしらぬ蒼空あをぞらより來るものゝ外光なし、いな闇あり、即ち肉の陰またはその毒なり 六四―六六
生くる正義を汝にかくしこれについてかくしげく汝に問をおこさしめたる隱所かくれどころは、今よく汝の前に開かる 六七―六九
いひけらく、人インドの岸に生れ(かしこにはクリストの事を説く者なく、讀む者も書く者もなし) 七〇―七二
人間の理性の導くかぎり、その思ふ所すところみな善く言行ことばおこなひに罪なけれど 七三―七五
たゞ洗禮バッテスモを受けず信仰に入らずしてぬるあらんに、かゝる人を罰する正義いづこにありや、彼信ぜざるもそのとがはたいづこにありやと 七六―七八
※(二の字点、1-2-22)そも/\汝は何者なれば一布指スパンナの先をも見る能はずして席に着き、千ミーリアのかなたをさばかんと欲するや 七九―八一
聖書汝等の上にあらずば、げに我とともに事を究めんとつとむる者にいたく疑ふの事由いはれはあらむ 八二―八四
あゝ地上の動物よ、おろかなる心よ、それおのづから善なる第一の意志は、己即ち至上の善より未だ離れしことあらじ 八五―八七
凡て物の正しきはこれと和するの如何による、造られし善の中これを己が許に引く物一だになし、この善光を放つがゆゑにかの善生ず。 八八―九〇
餌を雛に與へ終りてこふづる巣の上をめぐり、雛は餌をえてその母を視るごとく 九一―九三
いと多きはからひうながされてかの福なるかたち翼を動かし、また我はわが目を擧げたり 九四―九六
さてめぐりつゝ歌ひ、かつ曰ふ。汝のわが歌をせざる如く、汝等人間は永遠とこしへ審判さばきをげせじ。 九七―九九
ローマびとに世界のあがめをうけしめし徴號しるしをばなほ保ちつゝ、聖靈の光る火しづまりて後 一〇〇―一〇二
かの者またいふ。クリストが木にけられ給ひし時より前にも後にも彼を信ぜざりし人の、この國に登り來れることなし 一〇三―一〇五
されど見よ、クリスト、クリストとよばゝる人にて、審判さばきのときには、クリストを知らざる人よりも遠く彼を離るべき者多し 一〇六―一〇八
かゝる基督教徒クリスティアーニをばエチオピアびと罪に定めむ、こは人二のむれにわかたれ、彼永遠とこしへに富み此貧しからん時なり 一〇九―一一一
汝等の王達の汚辱をすべてしるしゝふみの開かるゝを見る時、ペルシアびと彼等に何をかいふをえざらむ 一一二―一一四
そこにはアルベルトの行爲おこなひの中、ほどなく筆を運ばしむる事見ゆべし、その行爲によりてプラーガの王國の荒らさるゝこと即ち是なり 一一五―一一七
そこにはゐのしゝかれて死すべき者が、貨幣かね模擬まがへを造りつゝ、センナのほとりもたらすところのうれへ見ゆべし 一一八―一二〇
そこにはかのスコットランドびととイギリス人とを狂はし、そのいづれをも己が境の内に止まる能はざらしむる傲慢たかぶりかわきを起す)見ゆべし 一二一―一二三
スパニアの王とボエムメの王(この人かつて徳を知らずまた求めしこともなし)との淫樂いんらく懦弱だじやくの生活と見ゆべし 一二四―一二六
イエルサレムメの跛者あしなへの善は一のにてしるされ、一のエムメはその惡の記號しるしとなりて見ゆべし 一二七―一二九
アンキーゼが長生ながきいのちへし處なる火の島を治むる者の強慾と怯懦けふだと見ゆべし 一三〇―一三二
またかれのいみじき小人なるをさとらせんため、その記録には略字を用ゐて、すこしの場所に多くの事を言現はさむ 一三三―一三五
またいとひいづる家系いへがらと二の冠とを辱めたるその叔父と兄弟との惡しきおこなひは何人にも明らかなるべし 一三六―一三八
またポルトガルロの王とノルヴェジアの王とはかのふみによりて知らるべし、ヴェネージアの貨幣かねを見て禍ひを招けるラシアの王また然り 一三九―一四一
あゝ重ねて虐政を忍ばずばウンガリアは福なる哉、取卷く山をかためとなさばナヴァルラは福なる哉 一四二―一四四
またこの事の契約として、ニコシアとファマゴスタとが今既にその獸――他の獸のかたへを去らざる――の爲に 一四五―一四七
嘆き叫ぶを人皆信ぜよ。


   第二十曲

全世界を照らすもの、わが半球より、遠くくだりて、晝いたるところに盡くれば 一―三
さきにはこれにのみもやさるゝ天、忽ち多くの光――一の光をうけて輝く――によりて再び己を現はすにいたる 四―六
かゝる天の現象すがたなりき、世界とその導者達との徴號しるしの尊き嘴もだしゝ時、わが心に浮べるものは 七―九
そはかの諸※(二の字点、1-2-22)の生くる光は、みないよ/\強く光りつゝ、わが記憶より逃げやすく消え易き歌をうたひいでたればなり 一〇―一二
あゝ微笑ほゝゑみの衣をまとふうるはしき愛よ、聖なる思ひのいきのみ通へるかの諸※(二の字点、1-2-22)の笛の中に汝はいかにあつく見えしよ 一三―一五
第六の光を飾る諸※(二の字点、1-2-22)の貴きかゞやける珠、そのたへなる天使の歌をちしとき 一六―一八
我は清らかに石より石と傳ひ下りて己が源のゆたかなるを示す流れのとある低語さゝやきを聞くとおぼえき 一九―二一
しかしてたとへば琵琶びわの頸にて、おとその調しらべ篳篥ひちりきの孔にて、入來る風またこれを得るごとく 二二―二四
かの鷲の低語さゝやきは、待つ間もあらず頸を傳ひて――そがうつろなりしごとく――のぼり來れり 二五―二七
さてかしこに聲となり、かしこよりその嘴を過ぎ言葉のかたちを成して出づ、この言葉こそわがこれをしるしゝ心の待ちゐたるものなれ 二八―三〇
我に曰ふ。わが身の一部、即ち物を見、かつ地上の鷲にありてはよく日輪に堪ふるところを今汝心して視るべし 三一―三三
そはわが用ゐて形をとゝなふ諸※(二の字点、1-2-22)の火のうち、目となりてわがかうべが輝く者、かれらの凡ての位のうちの第一を占むればなり 三四―三六
眞中まなかに光りて瞳となるは、聖靈の歌人うたびとまちより邑にかのはこを移しゝ者なり 三七―三九
今彼は、己が歌の徳――己が思ひよりこの歌のいでたるかぎり――をば、これにふさはしきむくいによりて知る 四〇―四二
輪を造りて我眉となる五の火の中、わがくちばしにいと近きは、寡婦やもめをばその子の事にて慰めし者なり 四三―四五
今彼は、クリストに從はざることのいかに貴き價を拂ふにいたるやを知る、そは彼このうるはしき世とそのうらとを親しく味ひたればなり 四六―四八
またわがいへる圓のうちの弓形ゆみがたのぼる處にて彼に續くは、まことくひによりて死を延べし者なり 四九―五一
今彼は、ふさはしき祈り下界にて、今日けふの事を明日あすになすとも、永遠とこしへ審判さばきに變りなきを知る 五二―五四
次なる者は、牧者に讓らんとて(その志善かりしかど結べるしかりき)律法おきて及び我とともに己をギリシアのものとなせり 五五―五七
今彼は、その善行より出でたる惡の、たとひ世を亡ぼすとも、己をそこなはざるを知る 五八―六〇
弓形くだる處に見ゆるはグリエルモといへる者なり、カルロとフェデリーゴと在るが爲に嘆く國彼なきが爲に泣く 六一―六三
今彼は、天のいかばかり正しき王を慕ふやを知り、今もこれをその輝く姿に表はす 六四―六六
トロイアびとリフェオがこの輪の聖なる光の中の第五なるを、誤り多き下界にては誰か信ぜむ 六七―六九
今彼は、神の恩惠めぐみについて世のさとりえざる多くの事を知る、その目も底を認めざれども。 七〇―七二
まづ歌ひつゝ空に漂ふ可憐いとほし雲雀ひばりが、やがて自ら最後をはりふしのうるはしさにで、心足りてもだすごとく 七三―七五
永遠とこしへの悦び(これが願ふところに從ひ萬物皆そのあるごとくなるにいたる)の印せるかたちも心足らへる如く見えき 七六―七八
しかしてかしこにては我のわが疑ひにおけるあたかも※(「王+黎」、第3水準1-88-35)はりのそのおほふ色におけるに似たりしかど、この疑ひはもだして時を待つに堪へず 七九―八一
己がおもさの力をもて、これらの事は何ぞやといふことばをばわが口より押出したり、またこれと共に我は大いなる喜びのひらめくを見き 八二―八四
かくてかのたふと徴號しるし、いよ/\つよく目を燃やしつゝ、我をながく驚異あやしみのうちにとめおかじとて、答ふらく 八五―八七
我見るに、汝がこれらの事を信ずるは、わがこれを言ふが爲にてその所以を知れるに非ず、されば事信ぜられて猶隱る 八八―九〇
汝はあたかも物を名によりてよく會得ゑとくすれども、その本質にいたりては人これを現はさゞれば知る能はざる者の如し 九一―九三
それ天の王國は、熱き愛及び生くる望みに侵さる、これらのもの聖意みこゝろに勝つによりてなり 九四―九六
されどそのさま人々を從ふる如きに非ず、そがこれに勝つはこれ自らたれんと思へばなり、しかして勝れつゝ己が仁慈いつくしみによりて勝つ 九七―九九
さて眉の中なる第一と第五の生命いのちが天使の國に描かるゝを見て汝これをあやしめども 一〇〇―一〇二
かれらはその肉體を出るに當り汝の思ふ如く異教徒なりしに非ず、基督教徒クリスティアーニにて、彼は痛むべき足此は痛める足を固く信じき 一〇三―一〇五
即ちその一者ひとりは、善意よきおもひもどる者なき處なる地獄より骨に歸れり、是※(二の字点、1-2-22)そも/\生くる望みのむくいにて 一〇六―一〇八
この生くる望みこそ、彼の甦りその思ひの移るをうるにいたらんため神に捧げまつれる祈りに力をえしめたりしなれ 一〇九―一一一
くだんの尊き魂は肉に歸りて(たゞ少時しばしこれに宿りき)、己を助くるをうるものを信じ 一一二―一一四
信じつゝまことの愛の火に燃えしかば、第二の死に臨みては、この樂しみをくるにふさはしくなりゐたり 一一五―一一七
また一者ひとりは、被造物つくられしもの未だかつて目を第一の波に及ぼしゝことなきまでいと深き泉より流れ出る恩惠めぐみにより 一一八―一二〇
その愛を世にてこと/″\く正義に向けたり、是故に恩惠めぐみ恩惠に加はり、神彼の目を開きて我等の未來のあがなひを見しめぬ 一二一―一二三
是においてか彼これを信じ、其後異教の惡臭をしうを忍ばず、かつその事にて多くのもとれる人々を責めたり 一二四―一二六
汝がかの右の輪のほとりに見しみたりの淑女は、洗禮バッテスモの事ありし時より一千年餘の先に當りて彼の洗禮となりたりき 一二七―一二九
あゝ永遠とこしへさだめよ、第一の原因もとを見きはむるをえざる目に汝の根の遠ざかることいかばかりぞや 一三〇―一三二
また汝等人間よ愼みて事を斷ぜよ、われら神を見る者といへどもなほ凡ての選ばれし者を知らじ 一三三―一三五
而して我等かく缺處かくるところあるを悦ぶ、我等のさいはひは神の思召おぼしめす事をわれらもまた思ふといふその幸によりて全うせらるればなり。 一三六―一三八
かくかの神のかたち、わが近眼ちかめをいやさんとて、われにこゝちよき藥を與へき 一三九―一四一
しかしてたとへば巧みに琵琶をかなづる者が、いと震動ゆるぎを、巧みに歌ふ者とあはせて、歌に興を添ふるごとく 一四二―一四四
(憶ひ出づれば)我は鷲の語る間、二のたふとき光が言葉につれて焔を動かし、そのさまさうの目の 一四五―一四七
ひとしくまたゝくに似たるを見たり


   第二十一曲

はやわが目は再びわが淑女の顏にそゝがれ、目とともにこゝろもこれに注がれて他の一切の思ひを離れき 一―三
この時淑女ほゝゑまずして我に曰ふ。我もしほゝゑまば、汝はあたかも灰となりしときのセーメレの如くになるべし 四―六
これ永遠とこしへ宮殿みやきざはしを傳ひていよ/\高く登るに從ひいよ/\燃ゆる(汝の見し如く)わが美しさは 七―九
やはらげらるゝにあらざればいと強くかゞやくが故に、人たる汝の力その光に當りてさながら雷に碎かるゝ小枝の如くなるによるなり 一〇―一二
われらは擧げられて第七の輝の中にあり、こは燃ゆる獅子の胸の下にてその力とまじりつゝ今下方を照らすもの 一三―一五
こゝろを雙の目の行方ゆくへにとめてかれらを鏡とし、いまこの鏡に見ゆるかたちをこれにうつせ。 一六―一八
我わが思ひを變へしそのとき、かのたふとき姿のうちにわが目いかなる喜びをえしや、そを知る者は 一九―二一
彼方かなた此方こなたとをはかくらべてしかして知らむ、わが天上の案内者しるべの命に從ふことのいかばかり我に樂しかりしやを 二二―二四
世界のまはりをめぐりつゝその名立なだゝる導者の――一切の邪惡かれの治下みよに滅びにき――名をふ水晶の中に 二五―二七
我は一の樹梯はしだてを見たり、こは日の光に照らさるゝ黄金こがねの色にて、わが目の及ぶあたはざるほど高くそびえき 二八―三〇
我またきだを傳ひて諸※(二の字点、1-2-22)の光の降るを見たり、そのかずいと多く、我をして天に現はるゝ一切の光かしこより注がると思はしむ 三一―三三
自然のならひとて、晝の始め、冷やかなる羽をあたゝめんため、からすむらがりて飛び 三四―三六
後或者はきてかへらず、或者はさきにいでたちし處にむかひ、或者は殘りゐてめぐる 三七―三九
むらがり降れるかのきらめきも、とあるきだに着くに及びて、またかくの如く爲すと見えたり 四〇―四二
しかして我等にいと近く止まれる光ことあざやかになりければ、われ心の中にいふ、我よく汝の我に示す愛を見ると 四三―四五
されど何時いつ如何いかに言ひまたはもだすべきやを我に教ふる淑女身を動かすことをせざりき、是においてかわが願ひにそむき我は問はざるをよしとせり 四六―四八
是時淑女、萬物を見る者に照らして、わがもだ所以ゆゑんを見、汝の熱き願ひを解くべしと我にいふ 四九―五一
我即ち曰ひけるは。わが功徳は我をして汝の答を得しむるに足らず、されど問ふことを我に許す淑女の故によりて請ふ 五二―五四
己が悦びの中にかくるゝ尊き生命いのちよ、汝いかなればかくわが身に近づけるやを我に知らせよ 五五―五七
また天堂のたへなる調しらべが、下なる諸※(二の字点、1-2-22)の天にてはいとうや/\しく響くなるに、この天にてはいかなればもだすやを告げよ。 五八―六〇
答へて我に曰ふ。汝の耳は目の如く人間のものなるがゆゑに、ベアトリーチェの微笑ほゝゑまざると同じ理によりてこゝに歌なし 六一―六三
聖なる梯子はしごきだを傳ひてわがかく下れるは、たゞことばとわがまとふ光とをもて汝を喜ばしめんためなり 六四―六六
またわがことに早かりしも愛のまさる爲ならじ、汝に焔の現はす如く、まさるかさなくも等しき愛かしこに高く燃ゆればなり 六七―六九
たゞ我等をば宇宙を治め給ふ聖旨みむねしもべとなす尊き愛ぞ、汝の視るごとく、こゝにてくじわかつなる。 七〇―七二
ふ。聖なる燈火ともしびよ、我よく知る、この王宮にては、永遠とこしへの攝理に從ふためには自由の愛にて足ることを 七三―七五
されど何故に汝のともき汝ひとりあらかじめ選ばれてこのつとめを爲すにいたれるや、これわが悟りがたしとする所なり。 七六―七八
わが未だ最後をはりことばをいはざるさきに、かの光は己が眞中まなかを中心として碾石ひきうすの如くめぐりき 七九―八一
かくして後そのうちの愛答ふらく。我を包む光を貫いて神の光わが上にとゞまり 八二―八四
その力わが視力みるちから結合むすびあひつゝ我をはるかに我より高うし、我をしてその出る處なる至高者いとたかきものを見るをえしむ 八五―八七
この見ることこそ我を輝かす悦びのもとなれ、そはわが目のあざやかなるに從ひ、焔も燦かなればなり 八八―九〇
されどいと強く天にかゞやく魂も、目をいとかたく神にとむるセラフィーノも、汝の願ひを滿すをえじ 九一―九三
これ汝の尋ぬる事は永遠とこしへさだめの淵深きところにありて、凡ての造られし目を離るゝによる 九四―九六
汝歸らばこれを人の世に傳へ、かゝる目的めあてにむかひてあへてまた足を運ぶことなからしむべし 九七―九九
こゝにては光る心も地にてはけぶる、是故に思へ、天にれられてさへその爲すをえざる事をいかで下界に爲しえんや。 一〇〇―一〇二
これらの言葉我をひかへしめたれば、我はこの問を棄て、自らひかへつゝたゞへりくだりてその誰なりしやを問へり 一〇三―一〇五
イタリアの二の岸の間、汝の郷土ふるさとよりいと遠くはあらざる處にいかづちの音遙に下に聞ゆるばかり高く聳ゆる岩ありて 一〇六―一〇八
一の峰を成す、この峰カートリアと呼ばれ、これが下にはたゞ禮拜らいはいの爲に用ゐる習なりし一のいほりきよめらる。 一〇九―一一一
かの者三度みたび我に語りてまづかくいひ、後また續いていひけるは。かしこにて我ひたすら神につかへ 一一二―一一四
默想に心をたらはしつゝ、橄欖かんらんしる食物くひもののみにて、輕く暑さ寒さを過せり 一一五―一一七
昔はかの僧院、これらの天のため、をさはに結びしに、今はいと空しくなりぬ、かゝればそのさま必ず直にあらはれん 一一八―一二〇
我はかしこにてピエートロ・ダミアーノといひ、アドリアティコの岸なるわれらの淑女の家にてはピエートロ・ペッカトルといへり 一二一―一二三
餘命幾何いくばくもなかりしころ、ひてはれて我かの帽を受く、こは傳へらるゝごとにすぐれる惡に移る物 一二四―一二六
チエファスの來るや、聖靈の大いなるうつはの來るや、身せ足にくつなく、いかなる宿やどかてをもくらへり 一二七―一二九
しかるに近代ちかきよの牧者等は、己を左右より支ふる者と導く者と(身いと重ければなり)裳裾もすそをかゝぐる者とを求む 一三〇―一三二
かれらまたその表衣うはぎにて乘馬じようめおほふ、これ一枚の皮の下にて二匹の獸の出るなり、あゝ何の忍耐ぞ、こらへてこゝにいたるとは。 一三三―一三五
かくいへる時、我は多くの焔がきだより段にくだりてめぐり、かつめぐるごとにいよ/\美しくなるを見き 一三六―一三八
かくてかれらはこの焔のほとりに來り止まりて叫び、世にたぐひなきまで強き響きを起せり 一三九―一四一
されど我はそのいかづちに堪へずして、聲の何たるをせざりき 一四二―一四四


   第二十二曲

驚異おどろきのあまり、我は身をわが導者に向はしむ、そのさま事あるごとに己が第一の恃處たのみどころに馳せ歸る稚兒をさなごの如くなりき 一―三
この時淑女、あたかもあをざめていきはずむ子を、その心をば常にはげます聲をもて、たゞちになだむる母のごとく 四―六
我に曰ふ。汝は汝が天にあるを知らざるや、天は凡て聖にして、こゝに爲さるゝ事、皆熱き愛より出るを知らざるや 七―九
かの叫びさへかくまで汝を動かせるに、歌とわが笑とは、汝をいかに變らしめけむ、今汝これをはかり知りうべし 一〇―一二
もしかの叫びの祈る所をさとりたりせば、汝はこれにより、汝の死なざるさきに見るべき刑罰を、既に知りたりしものを 一三―一五
そも/\天上のつるぎたるや、斬るに當りていそがずおくれじ、たゞ望みつゝまたは恐れつゝそを待つ者にかゝる事ありと見ゆるのみ 一六―一八
されど汝今身をほかの者のかたにむくべし、わがいふごとく目をめぐらさば、多くの名高き靈を見るべければなり。 一九―二一
彼の好むごとく我は目を向け、百の小さき球のむれゐてその光をかはしつゝいよ/\美しくなれるを見たり 二二―二四
我はさながら過ぐるを恐れて願ひの刺戟をうちに抑へあへて問はざる人のごとく立ちゐたるに 二五―二七
かの眞珠のうちのいと大いにしていと強く光るもの、己が事につきわが願ひを滿みたさんとて進み出でたり 二八―三〇
かくて聲そのなかにて曰ふ。汝もしわれらのうちに燃ゆる愛をわがごとく見ば、汝の思ひを言現はさむ 三一―三三
されど汝が、待つことにより、たふとき目的めあておくれざるため、我は汝のかく愼しみて敢ていはざるその思ひに答ふべし 三四―三六
坂にカッシーノある山にては、往昔そのかみ巓に登りゆく迷へるゆがめる人多かりき 三七―三九
しかして我等をいと高うする眞理をば地にひとしゝ者の名を、はじめてかの山に傳へしものは即ち我なり 四〇―四二
またいと深き恩惠めぐみわが上に輝きたれば、我そのまはりの村里むらざとをして、世界を惑はしゝ不淨の禮拜らいはいのがれしむ 四三―四五
さてこれらの火は皆默想に心を寄せ、聖なる花と實とを生ずる熱によりてもやされし人々なりき 四六―四八
こゝにマッカリオあり、こゝにロモアルドあり、またこゝに足を僧院の内に止めて道心堅固けんごなりしわが兄弟達あり。 四九―五一
我彼に。我と語りて汝が示す所の愛と汝等のすべての焔にわが見て心をとむるき姿とは 五二―五四
わが信頼の念を伸べ、そのさま日の光が薔薇をべてその力のかぎり開くにいたらしむるごとし 五五―五七
是故に父よ汝に請ふ、われ大いなる恩惠めぐみを受けて汝のかたちあらはに見るをうべきやいなや、さだかに我に知らしめよ。 五八―六〇
是においてか彼。兄弟よ、汝の尊き願ひは最後の球にて滿みたさるべし、こはわが願ひも他の凡ての願ひも皆滿みたさるゝところなり 六一―六三
かしこにてはが願ひも備はり、熟し、まどかなり、かの球においてのみこれが各部はその常にありしところにとゞまる 六四―六六
そはこれ場所を占むるにあらず、軸をつにあらざればなり、われらの梯子はしごこれに達し、かく汝の目より消ゆ 六七―六九
族長ヤコブその頂の高くかしこに到るを見たり、こはこれがいと多くの天使を載せつゝ彼に現はれし時なりき 七〇―七二
然るに今はこれに登らんとて地より足を離す者なし、わがおきては紙をそこなはんがために殘るのみ 七三―七五
僧坊たりしむかしの壁は巣窟となりぬ、法衣ころもはあしきこなの滿ちたる袋なり 七六―七八
げに不當の高利といふとも、神の聖旨みむねさからふこと、僧侶の心をかく狂はしむるには及ばじ 七九―八一
そは寺院のたくはへは皆神によりて求むる民の物にて、親戚またはさらにいやしき人々の物ならざればなり 八二―八四
そも/\人間の肉はいと弱し、されば世にては、善く始められし事も、かし生出おひいづるより實を結ぶにいたるまでだに續かじ 八五―八七
ピエルは金銀なきに、我は祈りと斷食だんじきとをもて、わざを始め、フランチェスコは身をひくうしてそのつどひを起せり 八八―九〇
汝これらのものゝ濫觴おこりをたづね後またその迷ひ入りたる處をさぐらば、白の黒くなれるを見む 九一―九三
しかはあれ、神の聖旨みむねによりてヨルダンの退しざり海の逃ぐるは、救ひをこゝに見るよりもなほあやしと見えしなるべし。 九四―九六
かく我に曰ひて後、かれその侶に加はれり、侶は互に寄り近づけり、しかして全衆あたかも旋風の如く上に昇れり 九七―九九
うるはしき淑女はたゞ一の表示しるしをもて我をうながし彼等につゞいてかの梯子はしごを上らしむ、その力かくわが自然に勝ちたりき 一〇〇―一〇二
また人の昇降のぼりくだりするに當りて自然に從ふ處なるこの下界にては、動くこといかに速かなりともわが翼にたぐふにらじ 一〇三―一〇五
讀者よ(願はくはかの聖なる凱旋にわが歸るをえんことを、我これを求めて屡※(二の字点、1-2-22)わが罪に泣き、わが胸を打つ) 一〇六―一〇八
わがかの金牛に續く天宮を見てその内に入りしごとく早くは汝あに指を火に入れて引かんや 一〇九―一一一
あゝ榮光の星よ、大いなる力滿つる光よ、我は汝等よりわがすべての才(そはいかなるものなりとも)の出づるを認む 一一二―一一四
我はじめてトスカーナの空氣を吸ひし時、一切の滅ぶる生命いのちの父なる者、汝等と共に出で汝等とともに隱れにき 一一五―一一七
後ゆたかなる恩惠めぐみをうけ、汝等をめぐらす貴き天に入りし時、我ははからずも汝等の處に着けり 一一八―一二〇
汝等にこそわが魂は、これを己がもとに引くその難所をばゆるにふさはしき力をえんとて、今うや/\くしく嘆願なげくなれ 一二一―一二三
ベアトリーチェ曰ふ。汝は汝の目をあきらかにし鋭くせざるをえざるほど、終極いやはての救ひに近づけり 一二四―一二六
されば汝が未だこれに入らざるさきに、うつむき望みて、いかばかりの世界をばわがすでに汝の足の下におきしやを見よ 一二七―一二九
これ凱旋の群衆ぐんじゆう喜ばしくこのまろき天をわけ來るとき、樂しみきはまる汝の心のこれに現はれんためぞかし。 一三〇―一三二
われ目を戻して七の天球をこと/″\く望み、さてわが球のさまを見てその劣れる姿のために微笑ほゝゑめり 一三三―一三五
しかしてこれをばいと賤しと判ずる心を我はいと善しと認む、思ひを他の物にむくる人はげになほしといふをえむ 一三六―一三八
我はラートナのむすめがかの影(さきに我をして彼にあり密ありと思はしめたる原因もとなりし)なくて燃ゆるを見たり 一三九―一四一
イペリオネよ、こゝにてわが目は汝の子の姿にへき、我またマイアとディオネとが彼の周邊まはりにかつ彼に近く動くを見たり 一四二―一四四
次に父と子との間にてジョーヴェのやはらぐるを望み、かれらがその處をば變ふる次第を明らかにしき 一四五―一四七
しかしてすべなゝつの星は、その大いさとそのはやさとその住處すまひの隔たるさまとを我に示せり 一四八―一五〇
われ不朽の雙兒とともにめぐれる間に、人をしていとあらくならしむる小さき麥場うちば、山より河口かはぐちにいたるまでこと/″\く我に現はれき 一五一―一五三
かくて後我は目をかの美しき目にむかはしむ 一五四―一五六


   第二十三曲

物見えわかぬよるあひだ、なつかしき木の葉のうちにて、己がいつくしむ雛とともに巣に休みゐたる鳥が 一―三
かれらの慕はしき姿を見、かつかれらにくらはしむる物をえん――これがためには大いなる勞苦も樂し――とて 四―六
時ならざるに梢にいたり、曉の生るゝをのみうちまもりつゝ、燃ゆる思ひをもて日を待つごとく 七―九
わが淑女は、かうべを擧げ心をとめて立ち、日脚ひあしの最も遲しとみゆるところにむかへり 一〇―一二
されば彼の待ちあこがるゝを見、我はあたかも願ひに物を求めつゝ希望のぞみに心をたらはす人の如くになれり 一三―一五
されど彼と此との二の時、即ちわが待つことゝ天のいよ/\かゞやくを見ることゝの間はたゞしばしのみなりき 一六―一八
ベアトリーチェふ。見よ、クリストの凱旋の軍を、またこれらの球の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりによりて刈取られし一切のを。 一九―二一
淑女の顏はすべて燃ゆるごとく見え、その目にはわが語らずしてむのほかなき程に大いなる喜悦よろこび滿てり 二二―二四
すみわたれる望月もちづきの空に、トリヴィアが、天のふところをすべて彩色いろど永遠とこしへのニンフェにまじりてほゝゑむごとく 二五―二七
我はちゞ燈火ともしびの上に一の日輪ありてかれらをこと/″\くもやし、そのさまわが日輪の、星におけるに似たるを見たり 二八―三〇
しかしてかの光る者その生くる光を貫いていとあざやかにわが顏を照らしたれば、わが目これにふるをえざりき 三一―三三
あゝベアトリーチェわがうるはしき慕はしき導者よ、彼我に曰ふ。汝の視力に勝つものは、防ぐにすべなき力なり 三四―三六
こゝにこそ、天地あめつちの間の路を開きてそのかみ人のいと久しく願ひし事をかなへたるその知慧と力とあるなれ。 三七―三九
たとへば火が雲のるゝあたはざるまで延びゆきて遂にこれを破り、そのさがそむきて地にくだるごとく 四〇―四二
わが心はかの諸※(二の字点、1-2-22)もてなしのためにひろがりて己を離れ、そのいかになりしやを自ら思ひ出で難し 四三―四五
いざ目をひらきてわが姿を見よ、汝諸※(二の字点、1-2-22)の物を見てはやわが微笑ほゝゑみに堪ふるにいたりたればなり。 四六―四八
過去こしかたしるふみの中より消失することなきほどの感謝をば受くるにふさはしきこのすゝめを聞きし時 四九―
我はあたかも忘れし夢をその名殘によりて心に浮べんといたづらにつとむる人のごとくなりき ―五四
たとひポリンニアとその姉妹達とがかれらのいと甘き乳をもていとよく養ひし諸※(二の字点、1-2-22)の舌今こぞりて鳴りて 五五―五七
我を助くとも、聖なる微笑ほゝゑみとそがいかばかり聖なる姿をあざやかにせしやを歌ふにあたり、まことの千一にも到らじ 五八―六〇
是故に天堂を描く時、この聖なる詩は、行手ゆくての道のれたるを見る人のごとく、をどり越えざるをえざるなり 六一―六三
されどテーマの重きことゝ人間の肩のこれをふことゝを思はゞ、たとひこれが下にてゆるぐとも、誰しも肩を責めざるならむ 六四―六六
この勇ましきへさきのわけゆく路は、小舟またはほねをしみする舟人ふなびとの進みうべきところにあらじ 六七―六九
汝何ぞわが顏をのみいたく慕ひて、クリストの光のもとに花咲く美しき園をかへりみざるや 七〇―七二
かしこに薔薇あり、こはそのなかにて神のことば肉となり給へるもの、かしこに諸※(二の字点、1-2-22)の百合あり、こはそのかをりにて人に善道よきみちをとらしめしもの。 七三―七五
ベアトリーチェかく、また我は、そのすゝめに心すべて傾きゐたれば、再び身を弱きまなこいくさゆだねき 七六―七八
日の光雲間くもまをわけてあざやかにす花の野を、わが目かつて陰に蔽はれて見しことあり 七九―八一
かくの如く、燃ゆる光に上より照らされて輝く者のあまたのむれを我は見き、その輝の本を見ずして 八二―八四
あゝかくかれらに印影かたす慈愛の力よ、汝は力足らざる目にその見るをりをえしめんとて自ら高く昇れるなりき 八五―八七
あさなゆふなわが常に呼びまつる美しき花の名を聞き、我わが魂をこと/″\くあつめて、いと大いなる火をみつむ 八八―九〇
しかして下界にて秀でしごとく天上にてもまた秀づるかの生くる星の質と量とがわが二の目に描かれしとき 九一―九三
天の奧より冠の如き輪形わがたを成せる一の燈火ともしび降りてこの星を卷き、またこれが周圍まはりをめぐれり 九四―九六
世にいとたへにひゞきて魂をいと強く調しらべといふとも、かの琴――いとあざやかなる天を飾る 九七―
かの美しき碧玉あをだまの冠となりし――の音にくらぶれば、雲の裂けてとゞろくごとく思はるべし ―一〇二
われはこれ天使の愛なり、われらの願ひの宿やどなりしたいよりいづるそのたふとき悦びを我今めぐる 一〇三―一〇五
我はめぐらむ、天の淑女よ、汝爾子みこのあとを逐ひゆき、至高球いとたかききうをして、汝のこれに入るにより、いよ/\聖ならしむるまで。 一〇六―一〇八
めぐりつゝかくうたひをはれば、他の光はすべてマリアの聖名みなとなへり 一〇九―一一一
宇宙の諸天をこと/″\く蔽ひ、神の聖息みいきのりとをうけて熱いと強く生氣いとさかんなる王衣おうのころもは 一一二―一一四
その内面うちがはわれらを遠く上方うへに離れゐたるため、わがをりし處にては、そのさま未だ我に見えねば 一一五―一一七
冠を戴きつゝ己が子のあとより昇れる焔に、わが目ともなふあたはざりき 一一八―一二〇
しかしてたとへば、乳を吸ひし後、愛燃えてそとにあらはれ、かひなを母のかたぶる稚兒をさなごのごとく 一二一―一二三
これらの光る火、いづれもその焔を上方うへに伸べ、そがマリアにむかひていだく尊き愛を我に示しき 一二四―一二六
かくてかれらはレーギーナ・コイリーをうたひつゝわが眼前めのまへに殘りゐたり、その歌いとたへにしてこれが喜び一たびも我を離れしことなし 一二七―一二九
あゝこれらのいとも富めるはこに――こは下界にて種をくにふさはしき地なりき――收めし物の豐かなることいかばかりぞや 一三〇―一三二
こゝにはかれらそのバビローニアの流刑るけいに泣きつゝ黄金こがねをかしこに棄てゝえたる財寶たからにて生き、かつこれを樂しむ 一三三―一三五
こゝにはいと大いなる榮光の鑰を保つ者、神の、またマリアの尊き子のもとにて、舊新二つの集會つどひとともに 一三六―
その戰勝かちいくさを祝ふ ―一四一


   第二十四曲

あゝ尊きこひつじ(彼汝等に食を與へて常に汝等の願ひを滿たす)の大いなる晩餐ゆふげに選ばれて列る侶等よ 一―三
神の恩惠めぐみにより、此人汝等の食卓つくゑより落つる物をば、死が未だ彼のときを定めざるさきにあらかじめ味ふなれば 四―六
心をかれのいと深き願ひにとめ、少しくかれを露にてうるほせ、汝等は彼の思ふ事の出づるもとなる泉の水をたえず飮むなり。 七―九
ベアトリーチェかく、またかの喜べる魂等は、動かざる軸のつらぬく球となりて、そのはげしく燃ゆることあたかも彗星はうきぼしに似たりき 一〇―一二
しかして時辰儀じしんぎにては、その裝置しかけの輪※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐるにあたり、これに心をとむる人に、初めの輪しづまりて終りの輪飛ぶと見ゆるごとく 一三―一五
これらの球は、或は速く或は遲くさま/″\に舞ひ、我をしてかれらの富をはかるをえしめき 一六―一八
さていと美しと我に見えし球の中より一の火出づ、こはいと福なる火にて、かしこに殘れる者一としてこれよりあざやかなるはなかりき 一九―二一
この火歌ひつゝベアトリーチェの周邊まはりをめぐること三たび、その歌いと聖なりければ我今心に浮べんとすれどもかひなし 二二―二四
是故にわが筆跳越をどりこえてこれをしるさじ、われらの想像は、まして言葉は、かゝる※(「ころもへん+責」、第3水準1-91-87)ひだにとりて色あかるきに過ればなり 二五―二七
あゝかくうや/\しくわれらに請ふわが聖なる姉妹よ、汝の燃ゆる愛によりて汝は我をかの美しき球より解けり。 二八―三〇
かの福なる火は、止まりて後、いきをわが淑女に向けつゝ、わがいへるごとく語れるなりき 三一―三三
この時淑女。あゝわれらの主がこのしき悦びのかぎ(下界に主のもたらし給ひし)をゆだね給へる丈夫ますらを永遠とこしへの光よ 三四―三六
かつて汝に海の上を歩ましめし信仰に就き、輕き重き種々さま/″\の事をもて、汝の好むごとく彼を試みよ 三七―三九
彼善く愛し善く望みかつ信ずるや否や、汝これを知る、そは汝目を萬物よろづのものの描かれて視ゆるところにとむればなり 四〇―四二
されどこの王國が民を得たるはまことの信仰によるがゆゑに、これに榮光あらしめんため、これの事を語るをりの彼に來るをむべとす。 四三―四五
あたかも學士が、師の問をおこすを待ちつゝ、これをあげつらはんため――これをきむるためならず――もだして備を成すごとく 四六―四八
我はかゝる問者に答へかつかゝる告白をなすをえんため、淑女の語りゐたる間に、一切のことはりをもて備を成せり 四九―五一
いへ、良き基督教徒クリスティアーノよ、汝の思ふ所をあかせ、そも/\信仰といふは何ぞや。我即ちかうべを擧げてこのことばの出でし處なる光を見 五二―五四
後ベアトリーチェにむかへば、かれ直に我に示してわが心の泉より水を注ぎいださしむ 五五―五七
我曰ふ。大いなるをさの前にてわがいひあらはすを許す恩惠めぐみ、願はくは我をしてよくわが思ひを述ぶるをえしめよ。 五八―六〇
かくて續いて曰ふ。父よ、汝とともに、ローマを正しき路に就かせし汝の愛する兄弟の、まことの筆のしるすごとく 六一―六三
信仰とは望まるゝ物の基見えざる物のあかしなり、しかして是その本質と見ゆ。 六四―六六
是時聲曰ふ。汝の思ふ所正し、されど彼が何故にこれをまづ基の中に置き、後あかしの中に置きしやを汝よくさとるやいなや。 六七―六九
我即ち。こゝにて我にあらはるゝもろ/\の奧深き事物も、全く下界の目にかくれ 七〇―七二
かしこにてはその在りとせらるゝことたゞ信によるのみ、人この信の上に高き望みを築くがゆゑに、この物即ち基に當る 七三―七五
また人ほかの物を見ず、たゞこの信によりてことわらざるをえざるがゆゑに、この物即ちあかしにあたる。 七六―七八
是時聲曰ふ。凡そ教へによりて世に知らるゝものみなかくの如くせられんには、詭辯者の才かしこに容れられざるにいたらむ。 七九―八一
かくかの燃ゆる愛ことばいだし、後加ふらく。この貨幣の混合物まぜものとその重さとは汝既にいとよくしらべぬ 八二―八四
されどいへ、汝はこれを己が財布の中につや。我即ち。然り、そをさまに何の疑はしき事もなきまで光りてまるし。 八五―八七
この時、かしこに輝きゐたるかの光の奧より聲出でゝいふ。一切の徳のいしずゑなるこの貴き珠は 八八―九〇
そも/\いづこより汝のもとに來れるや。我。舊新二種の皮の上にゆたかに注ぐ聖靈の雨は 九一―九三
これがまことを我に示しゝ論法にて、その鋭きにくらぶれば、いかなる證明もにぶしとみゆ。 九四―九六
ついで曰ふ。かく汝に論決せしむる舊新二つの命題を、汝が神のことばとなすは何故ぞや。 九七―九九
我。この眞理を我に現はす所のあかしが、ともなへる諸※(二の字点、1-2-22)わざ(即ち自然がその爲くろがねを燒きまたは鐡床かなしきを打しことなき)なり 一〇〇―一〇二
聲我に答ふらく。いへ、これらの業の行はれしを汝に定かならしむるものは誰ぞや、他なし、自らあかしを求むる者ぞ汝にこれを誓ふなる。 一〇三―一〇五
我曰ふ。奇蹟なきに世キリストの教へに歸依きえせば、是かへつて一の大いなる奇蹟にて、他の凡ての奇蹟はその百分一にも當らじ 一〇六―一〇八
そは汝、貧しく、ゑつゝ、はたに入り、良木よききの種をきたればなり(この木昔葡萄ぶどうなりしも今荊棘いばらとなりぬ)。 一〇九―一一一
かくいひ終れる時、尊き聖なる宮人みやびと等、天上の歌の調しらべたへに、「われら神を讚美す」と歌ひ、諸※(二の字点、1-2-22)の球に響きわたらしむ 一一二―一一四
しかして問質とひたゞしつゝかく枝より枝に我をみちびき、はや我とともに梢に近づきゐたるをさ 一一五―一一七
重ねて曰ふ。汝の心とちぎ恩惠めぐみ、今までふさはしく汝の口をひらけるがゆゑに 一一八―一二〇
我は出でしものをよしとす、されど汝何を信ずるや、また何によりてかく信ずるにいたれるや、今これを我に述ぶべし。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝ聖なる父よ、墓のほとりにてわかき足に勝ちしほどかたく信じゐたりしものを今見る靈よ 一二四―一二六
汝は我にわがとくいだける信の本體をこゝにあらはさんことを望み、かつまたこれがゆゑよしを問ふ 一二七―一二九
わが答は是なり、我は一神ひとりのかみ唯一たゞひとりにて永遠とこしへにいまし、愛と願ひとをもてすべての天を動かしつゝ自ら動かざる神を信ず 一三〇―一三二
しかして、かゝる信仰に對しては、我に物理哲理のあかしあるのみならじ、モイゼ、諸※(二の字点、1-2-22)の豫言者、詩篇、聖傳 一三三―
及び汝等即ち燃ゆる靈に淨められし後書録かきしるせる人々によりこゝより降下ふりくだる眞理もまた我にこの信を與ふ ―一三八
我また永遠とこしへの三位を信ず、しかしてこれらのもとは一、一にして三なれば、おしなべてソノといひエステといふをうるを信ず 一三九―一四一
わがいふところの奧深き神のさまをば、福音の教へいくたびもわが心に印す 一四二―一四四
是ぞ源、是ぞ火花、後延びて強き炎となり、あたかもそらの星のごとくわが心に煌めくものなる。 一四五―一四七
己を悦ばす事を聞くしゆが、しもべやがてもだすとき、その報知しらせにめでゝ、直ちにこれを抱くごとく 一四八―一五〇
かの使徒の光――我に命じて語らしめし――は、わが默しゝ時、直ちに歌ひて我を祝しつゝ、三たびわが周圍まはりをめぐれり 一五一―
わがことばかくそのこゝろかなへるなりき。 ―一五六


   第二十五曲

年久しく我をやつれしむるほど天地あめつちともに手を下しゝ聖なる詩、もしかの麗はしきをり―― 一―
かしこにいくさを起す狼どものあだこひつじとしてわが眠りゐし處――より我をいだすその殘忍に勝つこともあらば ―六
その時我は變れる聲と變れる毛とをもて詩人として歸りゆき、わが洗禮バッテスモの盤のほとりに冠を戴かむ 七―九
そは我かしこにて、魂を神に知らすものなる信仰に入り、後ピエートロこれが爲にかくわがひたひ周圍まはりをめぐりたればなり 一〇―一二
クリストがその代理者の初果はつなりとして殘しゝ者の出でし球より、このとき一の光こなたに進めり 一三―一五
わが淑女いたく悦びて我にいふ。見よ、見よ、かのをさを見よ、かれの爲にこそ下界にて人ガーリツィアにまうづるなれ。 一六―一八
鳩そのともかたへに飛びくだるとき、かれもこれも※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりつゝさゝやきつゝ、かたみに愛をあらはすごとく 一九―二一
我はひとりの大いなる貴き君が他のかゝる君に迎へられ、かれらをかしむる天上のかてをばともにたゝふるを見き 二二―二四
されど會繹えしやく終れる時、かれらはいづれも、我に顏をれしむるほど強く燃えつゝ、もだしてわが前にとゞまれり 二五―二七
是時ベアトリーチェ微笑ほゝゑみて曰ふ。われらの王宮の惠みのゆたかなるをしるしゝなだゝる生命いのちよ 二八―三〇
望みをばこの高き處に響き渡らすべし、汝知る、イエスが、己をいとよく三人みたりに顯はし給ひし毎に、汝のこれをかたどれるを。 三一―三三
かうべを擧げよ、しかして心を強くせよ、人の世界よりこゝに登り來るものは、みなわれらの光によりて熟せざるをえざればなり。 三四―三六
この勵ますことば第二の火よりわがもとに來れり、是においてか我は目を擧げ、かの先に重きに過ぎてこれをれしめし山を見ぬ二七
恩惠めぐみによりてわれらのみかどは、汝が、未だ死なざるさきに、その諸※(二の字点、1-2-22)伯達きみたちと内殿に會ふことを許し 四〇―四二
汝をしてこの王宮の眞状まことのさまを見、これにより望み即ち下界に於て正しき愛をうながすものをば、汝とほかの人々の心に、強むるをえしめ給ふなれば 四三―四五
その望みの何なりや、いかに汝の心に咲くや、またいづこより汝の許に來れるやをいへ。第二の光續いてさらにかく曰へり 四六―四八
わが翼の羽を導いてかく高く飛ばしめしかの慈悲深き淑女、是時我より先に答へていふ 四九―五一
わが軍をあまねく照らすかの日輪にしるさるゝごとく、戰鬪たゝかひあづかる寺院にては彼より多くの望みをいだく子一人ひとりだになし 五二―五四
是故にかれは、その軍役いくさのつとめを終へざるさきにエジプトを出で、イエルサレムメに來りて見ることを許さる 五五―五七
さてほかの二の事、即ち汝が、知らんとてならず、たゞ彼をしてこの徳のいかばかり汝の心にかなふやを傳へしめんとて問ひし事は 五八―六〇
我是を彼にゆだぬ、そは是彼に難からず虚榮のもととならざればなり、彼これに答ふべし、また願はくは神恩かみのめぐみ彼にかくすをえしめ給へ。 六一―六三
あたかも弟子が、そのくわしく知れる事においては、わが才能ちからを現はさんため、くかつ喜びて師に答ふるごとく 六四―六六
我曰ひけるは。望みとは未來の榮光のかたき期待にて、かゝる期待は神の恩惠めぐみと先立つ功徳より生ず 六七―六九
この光多くの星より我許わがもとに來れど、はじめてこれをわが心に注げるは、最大いとおほいなる導者を歌へる最大いなる歌人うたびとたりし者なりき 七〇―七二
かれその聖歌の中にいふ、爾名みなを知る者は望みを汝におくべしと、また誰か我の如く信じてしかしてこれを知らざらんや 七三―七五
かれのしづくとともに汝そののちふみのうちにて我にこれをしたゝらし、我をして滿たされて汝等の雨をほかの人々にも降らさしむ。 七六―七八
わが語りゐたる間、かの火の生くるふところのうちにとあるひらめき、俄にかつ屡※(二の字点、1-2-22)ふるひ、そのさま電光いなづまの如くなりき 七九―八一
かくていふ。棕櫚しゆろをうるまで、戰場いくさのにはを出づる時まで、我にともなへる徳にむかひ今も我をもやす愛 八二―八四
我にすゝめて再び汝――この徳を慕ふ者なる――と語らしむ、されば請ふ、望みの汝に何を約するやを告げよ。 八五―八七
我。新舊二つの聖經標みふみしるしつ、この標こそ我にこれを指示さししめすなれ、神が友となしたまへる魂につき 八八―九〇
イザヤは、かれらいづれも己が郷土ふるさとにて二重ふたへの衣を着るべしといへり、己が郷土とは即ちこのうるはしき生の事なり 九一―九三
また汝の兄弟は、白衣しろきころものことを述べしところにて、さらにつまびらかにこの默示をわれらにあらはす。 九四―九六
かくいひ終れる時、スペーレント・イン・テーまづわれらの上に聞え、舞ふ者こと/″\くこれに和したり 九七―九九
次いでかれらの中にて一の光いと強く輝けり、げにもし巨蟹宮に一のかゝる水晶あらば、冬の一月ひとつきはたゞ一の晝とならむ 一〇〇―一〇二
またたとへば喜ぶ處女をとめが、その短處おちどの爲ならず、たゞ新婦はなよめの祝ひのために、ち、行き、踊りに加はるごとく 一〇三―一〇五
かの輝く光は、己が燃ゆる愛に應じて圓くめぐれる二の光のもとに來れり 一〇六―一〇八
かくてかしこにて歌と節とを合はせ、またわが淑女は、もだして動かざる新婦はなよめのごとく、目をかれらにとむ 一〇六―一〇八
こは昔われらの伽藍鳥ペルリカーノの胸にりし者、また選ばれて十字架の上より大いなる務をゆだねられし者なり。 一一二―一一四
わが淑女かく、されどそのことばのためにその目を移さず、これをかたくとむることいはざる先の如くなりき 一一五―一一七
瞳を定めて、日の少しくくるを見んとつとむる人は、見んとてかへつて見る能はざるにいたる 一一八―一二〇
わがかの最後の火におけるもまたかくの如くなりき、是時聲曰ふ。汝何ぞこゝに在らざる物を視んとて汝の目をまばゆうするや 一二一―一二三
わが肉體は土にして地にあり、またわれらのかず永遠とこしへ聖旨みむねふにいたるまでは他の肉體と共にかしこにあらむ 一二四―一二六
かさねの衣を着つゝ尊き僧院にあるものは、昇りし二の光のみ、汝これを汝等の世に傳ふべし。 一二七―一二九
かくいへるとき、焔の舞は、三の氣吹いぶきおとのまじれるうるはしき歌とともにしづまり 一三〇―一三二
さながら水を掻きゐたるかひが、疲勞つかれまたは危き事を避けんため、一の笛のとともにみな止まる如くなりき 一三三―一三五
あゝわが心の亂れいかなりしぞや、そは我是時身をめぐらしてベアトリーチェを見んとせしかど(我彼に近くかつ福の世にありながら) 一三六―
見るをえざりければなり ―一四一


   第二十六曲

わが視力の盡きしことにて我危ぶみゐたりしとき、これを盡きしめしかの輝く焔より一の聲出でゝわが心を惹けり 一―三
曰ふ。我を見て失ひし目の作用はたらきをば汝の再び得るまでは、語りてこれをつぐのふをよしとす 四―六
さればまづ、いへ、汝の魂何處いづこをめざすや、かつまた信ぜよ、汝の視力は亂れしのみにて、滅び失せしにあらざるを 七―九
そは汝を導いてこの聖地を過ぐる淑女は、アナーニアの手のてる力を目にもてばなり 一〇―一二
我曰ふ。遲速おそきはやきを問はずたゞ彼の心のまゝにわが目ゆべし、こは彼が、絶えず我をもやす火をもて入來りし時の門なりき 一三―一五
さてこの王宮をさきはふ善こそ、或は低く或は高く愛のわが爲に讀むかぎりの文字もじのアルファにしてオメガなれ。 一六―一八
目の俄にくらめるための恐れを我より取去れるその聲、我をして重ねて語るの意を起さしむ 一九―二一
そのことばに曰ふ。げに汝はさらに細かき篩にて漉さゞるべからず、が汝の弓をかゝるまとに向けしめしやをいはざるべからず。 二二―二四
我。哲理の論ずる所によりまたこゝより降る權威によりて、かゝる愛は、我にかたさゞるべからず 二五―二七
これ善は、その善なるかぎり、知らるゝとともに愛をもやし、かつその含む善の多きに從ひて愛また大いなるによる 二八―三〇
されば己の外に存する善がいづれもたゞ己の光の一すぢに過ぎざるほどすぐるゝ者に向ひては 三一―三三
このあかしもとゐなる眞理をわきまふる人の心、他の者にむかふ時にまさりて愛しつゝ進まざるをえじ 三四―三六
我に凡ての永遠とこしへの物の第一の愛を示すもの、かゝる眞理をわが智にあかし 三七―三九
まことの作者、即ち己が事を語りて我汝に一切の徳を見すべしとモイゼにいへる者の聲これを明し 四〇―四二
汝も亦、かの尊き公布ふれにより、ほかのすべての告示しらせにまさりて、こゝの秘密を下界にとなへつゝ、我にこれを明すなり。 四三―四五
是時聲曰ふ。人智及びこれと相和する權威によりて、汝の愛のうちのいと大いなるもの神にむかふ 四六―四八
されど汝は、神のかたに汝を引寄する綱のこのほかにもあるを覺ゆるや、請ふ更にこれを告げこの愛が幾個いくつの齒にて汝を噛むやを言現いひあらはすべし。 四九―五一
クリストの鷲の聖なる思ひ隱れざりき、いな我はよく彼のわが告白をばいづこに導かんとせしやを知りて 五二―五四
即ちまたいひけるは。齒をもて心を神に向はしむるをうるもの、みなわが愛と結び合へり 五五―五七
そは宇宙の存在、我の存在、我を活かしめんとて彼の受けし死、及び凡そ信ずる人の我と等しく望むものは 五八―六〇
先に述べし生くる認識とともに、我をもとれる愛の海より引きて、正しき愛の岸に置きたればなり 六一―六三
永遠とこしへ園丁にはつくりの園にあまねく茂る葉を、我は神がかれらに授け給ふさいはひの度に從ひて愛す。 六四―六六
もだしゝとき、忽ち一のいとうるはしき歌天に響き、わが淑女全衆に和して、聖なり聖なり聖なりといへり 六七―六九
鋭き光にあへば、物視る靈が、膜より膜に進み入るその輝に馳せ向ふため、眠り覺まされ 七〇―七二
覺めたる人は、判ずる力己を助くるにいたるまで、己が俄にさめし次第を知らで、その視る物におびゆるごとく 七三―七五
ベアトリーチェは、千ミーリアの先をも照らす己が目の光をもて、一切のほこりをわが目より拂ひ 七六―七八
我は是時前よりもよく見るをえて、第四の光のわれらとともにあるを知り、いたく驚きてこれが事を問へり 七九―八一
わが淑女。この光の中には、第一の力のはじめて造れる第一の魂その造主つくりぬしを慕ふ。 八二―八四
たとへば風過ぐるとき、枝はそのさきるれど、己が力にもたげられて、後また己を高むるごとく 八五―八七
我は彼の語れる間、いたくあやしみてかうべれしも、語るの願ひに燃されて、後再び心を強うし 八八―九〇
曰ひけるは。あゝ熟して結べる唯一たゞひとつ果實このみよ、あゝ新婦はなよめといふ新婦をむすめ子婦よめつ昔の父よ 九一―九三
我いとうや/\しく汝にぐ、請ふ語れ、わが願ひは汝の知るところなれば、汝のことばく聞かんため、我いはじ。 九四―九六
獸包まれて身を搖動ゆりうごかし、包む物またこれとともに動くがゆゑに、願ひを現はさゞるををえざることあり 九七―九九
かくの如く、第一の魂は、いかに悦びつゝわが望みに添はんとせしやを、その蔽物おほひによりて我に示しき 一〇〇―一〇二
かくていふ。汝我に言現はさずとも、わが汝の願ひを知ること、およそ汝にいと明らかなることを汝の知るにもまさる 一〇三―一〇五
こは我これをまことの鏡――この鏡萬物を己にうつせど、一物としてこれを己にうつすはなし――に照して見るによりてなり 一〇六―一〇八
汝の聞かんと欲するは、この淑女がかく長ききぎはしをば汝に昇るをえしめし處なる高き園の中に神の我を置給ひしは幾年前いくとせさきなりしやといふ事 一〇九―一一一
これがいつまでわが目の樂なりしやといふ事、大いなるいきどほりまこと原因もと、またわが用ゐわが作れる言葉の事即ち是なり 一一二―一一四
さて我子よ、かの大いなる流刑るけい原因もとは、木實このみあぢはへるその事ならで、たゞ分をえたることなり 一一五―一一七
我は汝の淑女がヴィルジリオを出立いでたゝしめし處にありて、四千三百二年の間この集會つどひを慕ひたり 一一八―一二〇
また地に住みし間に、我は日が九百三十回、その道にあたるすべての光に歸るを見たり 一二一―一二三
わが用ゐし言葉は、ネムブロットのやからがかの成し終へ難きわざを試みしその時よりも久しき以前さきに悉く絶えにき 一二四―一二六
そは人の好む所天にともなひて改まるがゆゑに、理性より生じてしかして永遠とこしへに續くべきもの未だ一つだにありしことなければなり 一二七―一二九
※(二の字点、1-2-22)そも/\人の物言ふは自然のわざなり、されどかく言ひかくいふことは自然これを汝等にゆだね汝等の好むまゝに爲さしむ 一三〇―一三二
わが未だ地獄に降りて苦しみをうけざりしさきには、我をつゝ喜悦よろこびもとなる至上の善、世にてと呼ばれ 一三三―一三五
その後ELエルと呼ばれにき、是亦うべなり、そは人の習慣ならはしは、さながら枝の上なる葉の、彼散りて此生ずるに似たればなり 一三六―一三八
かの波の上いと高くそびゆる山に、罪なくしてまた罪ありてわが住みしは、第一時より、日の象限しやうげんを變ふるとともに 一三九―
第六時に次ぐ時までの間なりき。 ―一四四


   第二十七曲

父に子に聖靈に榮光あれ。天堂こぞりてかくとなへ、そのうるはしき歌をもて我を醉はしむ 一―三
わが見し物は宇宙の一微笑ひとゑみのごとくなりき、是故にわがゑひ耳よりも目よりも入りたり 四―六
あゝ樂しみよ、あゝいひがたき歡びよ、あゝ愛と平和とより成るまつたき生よ、あゝ慾なき恐れなき富よ 七―九
わが目の前にはよつ燈火ともしび燃えゐたり、しかして第一に來れるものいよ/\あざやかになり 一〇―一二
かつその姿を改めぬ、木星ジョーヴェもし火星マルテとともに鳥にして羽を交換とりかはしなば、またかくの如くなるべし 一三―一五
次序ついで任務つとめとをこゝにてわかち與ふる攝理、四方よもの聖徒達をしてしづかならしめしとき 一六―一八
わが聞けることばにいふ。われ色を變ふと雖もあやしむなかれ、そはわが語るを聞きて是等の者みな色を變ふるを汝見るべければなり 一九―二一
わが地位、わが地位、わが地位(神の子の聖前みまへにては今もむなし)を世にて奪ふ者 二二―二四
わが墓所はかどころをば血とけがれとの溝となせり、是においてか天上よりちしもとれる者も下界に己が心を和らぐ。 二五―二七
是時我は、日と相對あひむかふによりてあしたゆふべに雲を染めなす色の、あまねく天にみなぎるを見たり 二八―三〇
しかしてたとへばしとやかなる淑女が、心におそるゝことなけれど、他人ひと過失おちどをたゞ聞くのみにてはぢらふごとく 三一―三三
ベアトリーチェは容貌かたちを變へき、思ふに比類たぐひなき威能ちからなやみ給ひし時にも、天かく暗くなりしなるべし 三四―三六
かくてピエートロ、容貌かたちの變るに劣らざるまでかはれる聲にて、續いて曰ふ 三七―三九
※(二の字点、1-2-22)クリストの新婦はなよめを、わが血及びリーン、クレートの血にてはぐゝめるは、これをして黄金こがねをうるの手段てだてたらしめん爲ならず 四〇―四二
いなこの樂しき生を得ん爲にこそ、シストもピオもカーリストもウルバーノも、多くの苦患なやみの後血を注げるなれ 四三―四五
基督教徒クリスティアーニなる民の一部我等の繼承者けいしようじやの右に坐し、その一部左に坐するは、われらの志しゝところにあらじ 四六―四八
我にゆだねられしかぎが、受洗者じゆせんじやと戰ふための旗のしるしとなることもまたしかり 四九―五一
我を印のかたとなして、贏利虚妄えいりきよまうの特典にし、われをして屡※(二の字点、1-2-22)かつ恥ぢかつおこらしむることも亦然り 五二―五四
こゝ天上より眺むれば、牧者の衣を着たるあらき狼隨處いたるところ牧場まきばに見ゆ、あゝ神の擁護みまもりよ、何ぞ今もたざるや 五五―五七
カオルサびと等とグアスコニア人等、はや我等の血を飮まんとす、ああ善き始めよ、汝の落行先おちゆくさきはいかなる惡しき終りぞや 五八―六〇
されど思ふに、シピオによりローマに世界の榮光を保たしめたる尊き攝理、直ちに助け給ふべし 六一―六三
また子よ、汝は肉體の重さのため再び下界に歸るべければ、口をひらけ、わが隱さゞる事を隱すなかれ。 六四―六六
日輪天の磨羯まかつつのに觸るゝとき、こほれる水氣ひらを成してわが世のそらより降るごとく 六七―六九
我はかの飾れる精氣より、さきにわれらとともにかしこに止まれる凱旋がいせんの水氣ひらをなして昇るを見たり 七〇―七二
わが目はかれらの姿にともなひ、あはひの大いなるによりさらに先を見るをえざるにいたりてやみぬ 七三―七五
是においてか淑女、わが仰ぎ見ざるを視、我にいふ。目をれて汝の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐれるさまを見るべし。 七六―七八
我見しに、はじめわが見し時より以來このかた、我は第一帶のなかばよりそのはしに亘る弧線アルコを悉くめぐり終へゐたり 七九―八一
さればガーデのかなたにはウリッセのくるほしき船路ふなぢ見え、近くこなたには、エウローパがゆかしき荷となりし處なる岸見えぬ 八二―八四
日輪もし一天宮餘をへだてゝわが足の下に※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりをらずば、この小さき麥場うちばなほ廣く我に現はれたりしなるべし 八五―八七
たえずわが淑女と契る戀心こひごゝろ、常よりもはげしく燃えつゝ、わが目を再び彼にむかしむ 八八―九〇
げに自然やわざが、心を獲んためまづ目をとらへんとて、人の肉體やその繪姿ゑすがたに造れるゑば 九一―九三
すべて合はさるとも、わが彼のほゝゑむ顏に向へるとき我を照らしゝ聖なる樂しみに此ぶれば物の數ならじと見ゆべし 九四―九六
しかしてかく見しことよりわが受けたる力は、我をレーダの美しき巣より引離して、いとはやき天に押し入れき 九七―九九
これが各部皆いと強く輝きて高くかつみな同じさまなれば、我はベアトリーチェがそのいづれを選びてわが居る處となしゝやを知らじ 一〇〇―一〇二
されど淑女は、わが願ひを見、その顏に神の悦び現はると思ふばかりいとうれしくほゝゑみていふ 一〇三―一〇五
中心をしづめ、その周圍まはりなる一切の物を動かす宇宙のさがは、己が源より出づるごとく、こゝよりいづ 一〇六―一〇八
またこの天には神意みこころほかところなし、しかしてこれを轉らす愛とこれがふらす力とはこの神意の中に燃ゆ 一〇九―一一一
一の圈の光と愛これを容るゝことあたかもこれが他の諸※(二の字点、1-2-22)の圈をるゝに似たり、しかしてこの圈をつかさどる者はたゞこれを包む者のみ 一一二―一一四
またこれが運行は他の運行によりてはかられじ、されど他の運行は皆これによりてはからる、猶十のそのなかばと五一とによりて測らるゝ如し 一一五―一一七
されば時なるものが、その根をかゝる鉢に保ち、葉を他の諸※(二の字点、1-2-22)の鉢にたもつ次第は、今汝に明らかならむ 一一八―一二〇
あゝ慾よ、汝は人間を深く汝の下に沈め、ひとりだに汝の波より目をもたぐるをえざるにいたらしむ 一二一―一二三
意志は人々のうちに良花よきはなと咲けども、雨の止まざるにより、まことすもゝ惡しき實に變る 一二四―一二六
信と純とはたゞ童兒わらべの中にあるのみ、頬にひげひざるさきにいづれも逃ぐ 一二七―一二九
片言かたことをいふ間斷食だんじきを守る者も、舌ゆるむ時至れば、いかなる月の頃にてもすべての食物くひものを貪りくらひ 一三〇―一三二
片言をいふ間母を愛しこれに從ふ者も、言語ことば調とゝのふ時いたれば、これが葬らるゝを見んとねがふ 一三三―一三五
かくの如く、あしたを齎しゆふべを殘しゆくものゝ美しきむすめの肌は、はじめ白くして後黒し 一三六―一三八
汝これをあやしとするなからんため、思ひみよ、地には治むる者なきことを、人のやから道を誤るもこの故ぞかし 一三九―一四一
されど第一月が、世にかの百一の等閑なほざりにせらるゝため、全く冬を離るゝにいたらざるまに、諸※(二の字点、1-2-22)の天は鳴轟き 一四二―一四四
待ちに待ちし嵐起りて、ともへさきかたにめぐらし、千船ちふねを直く走らしむべし 一四五―一四七
かくてぞ花の後にまことの實あらむ。 一四八―一五〇


   第二十八曲

我をして心を天堂に置かしむる淑女、さちなき人間の現世げんぜを難じつゝその眞状まことのさまをあらはしゝ時 一―三
我はあたかも、見ず思はざるさきに己が後方うしろにともされし燈火ともしびの焔を鏡に見 四―六
※(「王+黎」、第3水準1-88-35)の果してまことを告ぐるや否やを見んとて身を轉らし、此と彼と相合ふこと歌のそのにおけるに似たるを見る 七―
人の如く(記憶によりて思ひ出づれば)、かの美しき目即ち愛がこれをもてひもを造りて我をとらへし目を見たり ―一二
かくてふりかへり、人がつら/\かの天のめぐるを視るとき常にかしこに現はるゝものわが目に觸るゝに及び 一三―一五
我は鋭き光を放つ一點を見たり、げにかゝる光に照らされんには、いかなる目も、そのいと鋭きが爲に閉ぢざるをえじ 一六―一八
また世より最小いとちひさく見ゆる星さへ、星の星と並ぶごとくかの點とならびなば、さながら月と見ゆるならむ 一九―二一
月日つきひかさが、これをさゝふる水氣のいとき時にあたり、これをいろどる光を卷きつゝそのほとりに見ゆるばかりの 二二―二四
あはひへだてゝ、一の火輪ひのわかの點のまはりをめぐり、その早きこと、いと速に世界を卷く運行にさへまさると思はるゝ程なりき 二五―二七
また是は第二の輪に、第二は第三、第三は第四、第四は第五、第五は第六の輪に卷かる 二八―三〇
第七の輪これに續いて上方うへにあり、今やいたくひろがりたれば、ユーノの使者つかひ完全まつたしともこれをるゝに足らざるなるべし 三一―三三
第八第九の輪また然り、しかしていづれもそのかずいちへだゝること遠きに從ひ、※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐることいよ/\遲く 三四―三六
また清き火花にいと近きものは、これがまことあづかること他にまさる爲ならむ、その焔いとあざやかなりき 三七―三九
わがいたく思ひまどふを見て淑女曰ふ。天もすべての自然も、かの一點にこそかゝるなれ 四〇―四二
見よこれにいと近き輪を、しかして知るべし、その※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐることかく早きは、燃ゆる愛の刺戟を受くるによるなるを。 四三―四五
我彼に。宇宙もしわがこれらの輪に見るごとき次第をたもたば、わが前に置かるゝもの我を飽かしめしならむ 四六―四八
されど官能界にありては、諸※(二の字点、1-2-22)の回轉その中心を遠ざかるに從つていよ/\聖なるを見るをう 四九―五一
是故にこのたへなる、天使の神殿みや、即ちたゞ愛と光とをその境界さかひとする處にて、わが顏ひ全く成るをうべくば 五二―五四
ふさらに何故に模寫うつし樣式かたとが一樣ならざるやを我に告げよ、我自らこれを想ふはいたづらなればなり。 五五―五七
汝の指かゝるむすびを解くをえずともあやしむに足らず、こはその試みられざるによりていと固くなりたればなり。 五八―六〇
わが淑女かく、而して又曰ふ。もし飽くことを願はゞ、わが汝に告ぐる事を聽き、才を鋭うしてこれにむかへ 六一―六三
それ諸※(二の字点、1-2-22)の球體は、あまねくその各部に亘りてひろがる力の多少に從ひ、或は廣く或は狹し 六四―六六
徳大なればその生ずる福祉さいはひもまた必ず大に、體大なれば(而してその各部等しく完全なれば)そのるゝ福祉ふくしもまた從つて大なり 六七―六九
是においてか己と共に殘の宇宙を悉くめぐらす球は、愛と智とのともにいと多き輪にかなふ 七〇―七二
是故に汝のはかりを、まるく汝に現はるゝものゝ外見みえゑずして力に据ゑなば 七三―七五
汝はいづれの天も、その天使と――即ち大いなるは優れると、小さきは劣れると――くすしく相應ずるを見む。 七六―七八
ボーレアがそのいと温和おだやかなるかたの頬より吹くとき、半球の空あざやかに澄みわたり 七九―八一
さきにこれを曇らせし霧拂はれ消えて、天その隨處の美を示しつゝほゝゑむにいたる 八二―八四
わが淑女がその明らかなる答を我に與へしとき、我またかくの如くになり、まことを見ること天の星を見るに似たりき 八五―八七
しかしてそのことば終るや、諸※(二の字点、1-2-22)の輪火花を放ち、そのさま熱鐡の火花を散らすに異なるなかりき 八八―九〇
火花は各※(二の字点、1-2-22)その火にともなへり、またそのかずはいと多くして、將棊しようぎを倍するに優ること幾千といふ程なりき 九一―九三
我は彼等がかれらをその常にありし處に保ちかつ永遠とこしへに保つべきかの動かざる點に向ひ、組々くみ/″\にオザンナを歌ふを聞けり 九四―九六
淑女わが心の中の疑ひを見て曰ふ。最初はじめの二つの輪はセラフィニとケルビとを汝に示せり 九七―九九
かれらのかく速に己が絆きづな從ふは、及ぶ限りかの點に己を似せんとすればなり、而してその視る位置の高きに準じてかく爲すをう 一〇〇―一〇二
かれらの周圍まはりめぐる諸※(二の字点、1-2-22)の愛は、神の聖前みまへ寶座フローニと呼ばる、第一のみつの組かれらに終りたればなり 一〇三―一〇五
汝知るべし、一切の智の休らふ處なるまことをばかれらが見るの深きに應じてその悦び大いなるを 一〇六―一〇八
かゝれば福祉さいはひが見る事にもとづき愛すること(即ち後に來る事)にもとづかざる次第もこれによりて明らかならむ 一〇九―一一一
また、見る事のはかりとなるは功徳にて、恩惠めぐみ善心よきこゝろとより生る、次序ついでをたてゝ物の進むことかくの如し 一一二―一一四
同じくこの永劫えいごふの春――夜の白羊宮もこれをかすめじ――に萌出もえいづる第二のみつの組は 一一五―一一七
永遠とこしへにオザンナを歌ひつゝ、そのみつを造り成す三の喜悦よろこびの位の中に三のたへなるをひゞかしむ 一一八―一二〇
この組の中には三種みくさの神あり、第一は統治ドミナーツィオニ、次は懿徳ヴィルトゥーディ、第三の位は威能ボデスターディなり 一二一―一二三
次で最後をはりいとちかく踊り※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐる二のむれ主權ブリンチパーティ首天使アルカンゼリにて、最後をはりにをどるは、すべて樂しき天使なり 一二四―一二六
これらの位みな上方うへを視る、かれらまたその力を強く下方したに及ぼすがゆゑに、みな神のかたに引かれしかしてみな引く 一二七―一二九
さてディオニージオは、心をこめてこれらの位の事を思ひめぐらし、わがごとくこれが名をいひこれを別つにいたりたり 一三〇―一三二
されどその後グレゴーリオ彼を離れき、是においてか目をこの天にて開くに及び、自ら顧みて微笑ほゝゑめり 一三三―一三五
またたとひ人たる者がかくかくれたるまことをば世に述べたりとてあやしむなかれ、こゝ天上にてこれを見し者、これらの輪にかゝはる 一三六―
他の多くのまこととともにこれを彼に現はせるなれば。 ―一四一


   第二十九曲

ラートナのふたりの子、白羊と天秤てんびんとに蔽はれて、ひとしく天涯を帶とする頃 一―三
天心が權衡けんこうを保つ刹那せつなより、彼も此も半球をへかの帶を離れつゝ權衡を破るにいたる程の間 四―六
ベアトリーチェは、わが目に勝ちたるかの一點をつら/\視つゝ、ゑみを顏にうかべてもだし 七―九
かくて曰ふ。汝の聞かんと願ふことを我問はで告ぐ、そは我これを一切の處と時との集まる點にて見たればなり 一〇―一二
※(二の字点、1-2-22)そも/\永遠とこしへの愛は、己がさいはひを増さん爲ならず(こはあるをえざる事なり)、たゞその光が照りわたりつゝ、我在りといふをえんため 一三―
時をえ他の一切のかぎりを超え、己が無窮の中にありて、その心のまゝに己をば諸※(二の字点、1-2-22)の新しき愛のうちに現はせり ―一八
またその先にも、爲すなきが如くにて休らひゐざりき、そはこれらの水の上に神の動き給ひしは、先後あとさきに起れる事にあらざればなり 一九―二一
形式と物質と、或は合ひ或は離れて、あたかもみつつるある弓より三の矢の出る如く出で、缺くるところなき物となりたり 二二―二四
しかして光が、※(「王+黎」、第3水準1-88-35)はり琥珀こはくまたは水晶を照らす時、その入來るより入終るまでの間にすこしひまもなきごとく 二五―二七
かのみつの形のわざは、みな直に成りそなはりてその主より輝き出で、いづれを始めと別ちがたし 二八―三〇
また時を同じうしてこの三の物の間に秩序は造られ立てられき、而して純なる作用を授けられしもの宇宙の頂となり 三一―三三
純なる勢能最低處いとひくきところを保ち、中央には一のつなぎ、繋離るゝことなきほどにいとかたく、勢能を作用と結び合せき 三四―三六
イエロニモは、天使達がその餘の宇宙の造られし時より幾百年の久しきさきに造られしことをしるせるも 三七―三九
わがいふまことは聖靈を受けたる作者達のしば/\ふみにしるしゝところ、汝よく心をとめなば自らこれをさとるをえむ 四〇―四二
また理性もいくばくかこのまことを知らしむ、そは諸※(二の字点、1-2-22)動者うごかすものがかく久しく全からざりしとはその認めざることなればなり 四三―四五
今や汝これらの愛の、いづこに、いつ、いかに造られたりしやを知る、されば汝の願ひの中みつの焔ははや消えたり 四六―四八
かずを二十までかぞふるばかりの時をもおかず、天使の一部は、汝等の原素のうちのいと低きものを亂し 四九―五一
その餘の天使は、殘りゐて、汝の見るごときわざを始む(かくする喜びいと大いなりければ、かれら※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐむことあらじ) 五二―五四
墮落の原因もとは、汝の見しごとく宇宙一切の重さにされをる者の、のろふべき傲慢たかぶりなりき 五五―五七
またこゝに見ゆる天使達は、へりくだりて、かの善即ちかれらをしてかく深く悟るにいたらしめたる者よりかれらの出しを認めたれば 五八―六〇
恩惠めぐみの光と己が功徳とによりてその視る力増したりき、是故にその意志備りて固し 六一―六三
汝疑ふなかれ、信ぜよ、恩惠めぐみを受くるは功徳にて、この功徳は恩惠を迎ふる情の多少に應ずることを 六四―六六
汝もしわがことばをさとりたらんには、たとひほかの助けなしとも、今やこの集會つどひにつきて多くの事を想ふをえむ 六七―六九
されど地上汝等の諸※(二の字点、1-2-22)の學寮にては、天使に了知、記憶、及び意志ありと教へらるゝがゆゑに 七〇―七二
我さらに語り、汝をして、かゝる教へにおける言葉の明らかならざるため下界にてまがふ眞理の純なる姿を見しむべし 七三―七五
そも/\これらの者は、神の聖顏みかほを見て悦びし時よりこの方、目をこれ(一物としてこれにかくるゝはなし)にそむけしことなし 七六―七八
是故にその見ること新しき物にはばまれじ、是故にまたそのおもひの分れたる爲、記憶に訴ふることを要せじ 七九―八一
されば世にては人眠らざるに夢を見つゝ、或はまことをいふと信じ或はしかすと信ぜざるなり、後者は罪もはぢもまさる 八二―八四
汝等世の人、ことわりきわむるにあたりて同一おなじひとつの路を歩まず、これ外見みえを飾るの慾と思ひとに迷はさるゝによりてなり 八五―八七
されどこれとても、神のふみうとんぜられまたは曲げらるゝにくらぶれば、そが天上にうくる憎惡にくしみなほ輕し 八八―九〇
かのふみを世にかんためいくばくの血流されしや、へりくだりてこれに親しむ者いかばかり聖意みこゝろかなふやを人思はず 九一―九三
※(二の字点、1-2-22)外見みえのために力め、さま/″\の異説を立つれば、これらはまた教を説く者のあげつらふところとなりて福音ものいはじ 九四―九六
ひとりいふ、クリストの受難の時は、月退しざりて中間なかへだてしため、日の光地に達せざりきと 九七―九九
またひとりいふ、こは光の自ら隱れしためなり、されば猶太人ジュデーアびとのみならずスパニアびともインド人も等しくその缺くるを見たりと 一〇〇―一〇二
ラーポとビンドいかにフィオレンツァに多しとも、年毎としごとにこゝかしこにて教壇より叫ばるゝかゝる浮説の多きにはかず 一〇三―一〇五
是故に何をも知らぬ羊は、風を食ひて牧場より歸る、また己が禍ひを見ざることも彼等を罪なしとするに足らじ 一〇六―一〇八
クリストはその最初の弟子達に向ひ、往きて徒言あだことを世に宣傳のべつたへといひ給はず、まこといしずゑをかれらに授け給ひたり 一〇九―一一一
この礎のみぞかれらのとなへしところなる、されば信仰をもやさん爲に戰ふにあたり、かれらは福音をたてとも槍ともなしたりき 一一二―一一四
今や人々戲言ざれごと戲語たはけとをもて教へを説き、たゞよく笑はしむれば僧帽ふくる、かれらの求むるものこのほかになし 一一五―一一七
されど帽のはしには一羽の鳥の巣くふあり、俗衆これを見ばその頼む罪の赦の何物なるやを知るをえむ 一一八―一二〇
是においてかいとおろかなること地にはびこり、定かにすべきあかしなきに、人すべての約束のほとりつどひ 一二一―一二三
聖アントニオは(贋造まがへ貨幣かねを拂ひつゝ)これによりて、その豚と、豚よりけがれし者とをこやす 一二四―一二六
されど我等主題を遠く離れたれば、今目をめぐらして正路を見るべし、さらば時とともにみちを短うするをえむ 一二七―一二九
それ天使はかずきはめて多きに達し、人間の言葉も思ひもともなふあたはじ 一三〇―一三二
汝よくダニエールの現はしゝ事を思はゞ、その幾千なることばのうちに定かなる數かくるゝを知らむ 一三三―一三五
彼等はかれらをすべて照らす第一の光を受く、但し受くる状態ありさまに至りては、この光と結び合ふ諸※(二の字点、1-2-22)の輝の如くに多し 一三六―一三八
是においてか、情愛は會得ゑとくの作用にともなふがゆゑに、かれらのうちのうるはしき愛そのあつ微温ぬるさを異にす 一三九―一四一
見よ今永遠とこしへの力の高さと廣さとを、そはこのもの己が爲にかく多くの鏡を造りてそれらの中に碎くれども 一四二―一四四
一たるを失はざること始めの如くなればなり。 一四五―一四七


   第三十曲

第六時はおよそ六千ミーリアのかなたに燃え、この世界の陰傾きてはや殆んど水平をなすに 一―三
いたれば、いや高き天の中央たゞなか白みはじめて、まづとある星、この世に見ゆる力を失ひ 四―六
かくて日のいとあざやかなる侍女はしためのさらに進み來るにつれ、天は光より光と閉ぢゆき、そのいと美しきものにまで及ぶ 七―九
己が包むものに包まると見えつゝわが目に勝ちし一點のまはりに永遠とこしへに舞ふかの凱旋も、またかくの如く 一〇―一二
次第に消えて見えずなりき、是故に何をも見ざることゝ愛とは、我をうながして目をベアトリーチェに向けしむ 一三―一五
たとひ今にいたるまで彼につきていひたる事をみな一の讚美の中に含ましむとも、わがつとめを果すに足らじ 一六―一八
わが見し美は、あにたゞ人の理解さとりゆるのみならんや、我誠に信ずらく、これを悉く樂しむ者その造主つくりぬしの外になしと 一九―二一
げにこゝにいたり我は自らわが及ばざりしを認む、喜曲または悲曲の作者もそのテーマの難きに處してかくくぢけしことはあらじ 二二―二四
そは日輪の、いと弱き視力におけるごとく、かのうるはしき微笑の記憶は、わが心より心その物を掠むればなり 二五―二七
この世にはじめて彼の顏を見し日より、かく視るにいたるまで、我たえず歌をもてこれにともなひたりしかど 二八―三〇
今は歌ひつゝその美を追ひてさらに進むことかなはずなりぬ、いかなる藝術の士も力盡くればまたかくの如し 三一―三三
さてかれは、かく我をしてわが喇叭らつぱ(こはその難き歌をはや終へんとす)よりなほ大いなる音にかれをゆだねしむるほどになりつゝ 三四―三六
き導者に似たる動作みぶりと聲とをもて重ねていふ。われらはいと大いなる體を出でゝ、純なる光の天に來れり 三七―三九
この光は智の光にて愛これに滿ち、この愛はまことさいはひの愛にて悦びこれに滿ち、この悦び一切の樂しみにまさる 四〇―四二
汝はこゝにて天堂の二隊ふたていくさをともに見るべし、しかしてその一隊ひとてをば最後をはり審判さばきの時汝に現はるゝその姿にて見む。 四三―四五
俄にひらめ電光いなづまが、物見る諸※(二の字点、1-2-22)の靈を亂し、いと強き物の與ふる作用はたらきをも目より奪ふにいたるごとく 四六―四八
生くる光わが身のまはりを照らし、そのかゞやき※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひをもて我を卷きたれば、何物も我に見えざりき 四九―五一
この天をしづむる愛は、常にかゝる會釋ゑしやくをもて己がもとよろこび迎ふ、これ蝋燭をその焔にふさはしからしめん爲なり。 五二―五四
これらのつゞまやかなる言葉わが耳に入るや否や、我はわが力の常よりも増しゐたるをさとりき 五五―五七
しかして新しき視力わがうちに燃え、いかなる光にてもわが目の防ぎえざるほどあざやかなるはなきにいたれり 五八―六〇
さて我見しに、河のごとき形の光、たへなる春をゑがきたる二つの岸の間にありていとつよく輝き 六一―六三
この流れよりは、諸※(二の字点、1-2-22)の生くる火出でゝ左右の花のなかに止まり、さながら紅玉あかだま黄金こがねはさむるに異ならず 六四―六六
かくて香に醉へるごとく再びしき淵に沈みき、しかして入る火と出づる火と相亞あひつげり 六七―六九
汝が見る物のことを知らんとて今汝を燃しかつうながす深き願ひは、そのいよ/\切なるに從ひいよ/\わが心にかなふ 七〇―七二
されどかゝるかわきをとゞむるにあたり、汝まづこの水を飮まざるべからず。わが目の日輪かく我にいひ 七三―七五
さらに加ふらく。河、入り出る諸※(二の字点、1-2-22)たま、及び草の微笑ほゝゑみは、その眞状まことのさまあらかじめ示すかたちなり 七六―七八
こはこれらの物その物のかたきゆゑならず、汝に缺くるところありて視力未ださまで強からざるによる。 七九―八一
常よりもいと遲く目を覺しゝ嬰兒をさなごが、顏を乳のかたにむけつゝ身を投ぐるはやささへ 八二―八四
目をばまさる鏡とせんとてわがかの水(人をしてそのなかにて優れる者とならしめん爲流れいづる)のかたに身をかゞめしその早さにはかじ 八五―八七
しかしてわがまぶたふちこの水を飮める刹那せつなに、その長き形は、變りてまるく成ると見えたり 八八―九〇
かくてあたかも假面めんかうむれる人々が、己を隱しゝかりの姿を棄つるとき、前と異なりて見ゆる如く 九一―九三
花も火もさらに大いなる悦びに變り、我はあきらかに二組の天の宮人みやびと達を見たり 九四―九六
あゝまことの王國の尊き凱旋を我に示せる神の輝よ、願はくは我に力を與へて、わがこれを見し次第を言はしめよ 九七―九九
かしこに光あり、こは造主つくりぬしをばかの被造物つくられしもの即ち彼を見るによりてのみその平安を得る物に見えしむる光にて 一〇〇―一〇二
その周邊まはりを日輪の帶となすともゆるきに過ぐと思はるゝほど廣く圓形まるがたに延びをり 一〇三―一〇五
そが見ゆるかぎりはみな、プリーモ・モービレの頂より反映てりかへ一線ひとすぢの光(かの天この光より生命いのちと力とを受く)より成る 一〇六―一〇八
しかしてをかが、pあをくさや花に富める頃、わが飾れるさまを見ん爲かとばかり、己が姿をそのふもとの水にうつすごとく 一〇九―一一一
すべてわれらのうち天に歸りたりし者、かの光の上にありてこれをかこめぐりつゝ、千餘の列より己をうつせり 一一二―一一四
そのいと低ききださへかく大いなる光を己が中に集むるに、花片はなびら果るところにてはこの薔薇の廣さいかばかりぞや 一一五―一一七
わが視力みるちからは廣さ高さのために亂れず、かの悦びの量と質とをすべてとらへき 一一八―一二〇
近きも遠きもかしこにては加へじかじ、神の親しくしろしめし給ふ處にては自然ののりさらに行はれざればなり 一二一―一二三
きだまた段と延びをり、とこしへに春ならしむる日輪にむかひて讚美のを放つ無窮の薔薇の黄なるところに 一二四―一二六
ベアトリーチェは、あたかも物言はんと思ひつゝ言はざる人の如くなりし我を惹行ひきゆき、さていひけるは。見よ白衣びやくえむれのいかばかり大いなるやを 一二七―一二九
見よわれらの都のその周圍まはりいかばかり廣きやを、見よわれらの席のふさがりて、この後こゝに待たるゝ民いかばかり數少きやを 一三〇―一三二
かの大いなる座、即ちその上にはや置かるゝ冠の爲汝が目をとむる座には、汝の未だこの婚筵こんえんつらなりて食せざるさきに 一三三―一三五
尊きアルリーゴの魂(下界に帝となるべき)坐すべし、彼はイタリアを直くせんとてその備へのかしこに成らざる先に行かむ 一三六―一三八
汝等は無明の慾に迷ひ、あたかも死ぬるばかりにゑつゝ乳母めのとを逐ひやる嬰鬼をさなごの如くなりたり 一三九―一四一
しかしてあらはにもひそかにも彼と異なる道を行く者、その時神のつかさをさたらむ 一四二―一四四
されど神がこの者に聖なるつとめを許し給ふはその後たゞ少時しばしのみ、彼はシモン・マーゴの己が報いをうくる處に投げ入れられ 一四五―一四七
かのアラーエアびとをして愈※(二の字点、1-2-22)深く沈ましむべければなり。 一四八―一五〇


   第三十一曲

クリストの己が血をもて新婦はなよめとなしたまへる聖軍は、かく純白の薔薇の形となりて我に現はれき 一―三
されど殘の一軍ひとて(これが愛を燃すものゝ榮光と、これをかく秀でしめし威徳とを、飛びつゝ見かつ歌ふところの)は 四―六
蜂の一むれが、或時は花の中に入り、或時はその勞苦のあぢの生ずるところに歸るごとく 七―九
かのいと多くの花片はなびらにて飾らるゝ大いなる花の中にくだり、さて再びかしこより、その愛の常に止まる處にのぼれり 一〇―一二
かれらの顏はみな生くる焔、翼は黄金こがねにて、そのほかはいかなる雪も及ばざるまで白かりき 一三―一五
席より席と花の中にくだる時、かれらは脇をあふぎて得たりし平和と熱とを傳へたり 一六―一八
またかく大いなるむれ飛交とびかはしつゝ上なる物と花の間をへだつれども、目も輝もこれに妨げられざりき 一九―二一
そは神の光宇宙をばその功徳に準じてつらぬき、何物もこれが障礙しょうがいとなることあたはざればなり 二二―二四
この安らけき樂しき國、ふるき民新しき民の群居むれゐる國は、目をも愛をも全く一の目標めあてにむけたり 二五―二七
あゝ唯一たゞひとつの星によりてかれらの目に閃きつゝかくこれを飽かしむる三重みへの光よ、願はくはわが世の嵐を望み見よ 二八―三〇
未開の人々、エリーチェがその愛兒いとしごとともにめぐりつゝ日毎ひごとおほかたより來り 三一―三三
ローマとそのいかめしきわざ――ラテラーノが人間の爲すところのものに優れる頃の――とを見ていたく驚きたらんには 三四―三六
人の世より神の世に、時より永劫に、フィオレンツァより、正しきすこやかなる民のもとに來れる我 三七―三九
あにいかばかりの驚きにてか滿されざらんや、げに驚きと悦びの間にありて、我は聞かず言はざるを願へり 四〇―四二
しかして巡禮が、その誓願をかけし神殿みやの中にてあたりを見つゝ心を慰め、はやそのさまを人に傳へんと望む如く四二
我は目をかの生くる光に馳せつゝ、諸※(二の字点、1-2-22)きだ沿ひ、或ひは上或ひは下或ひは周圍まはりにこれを移し 四六―四八
神の光や己が微笑ほゝゑみよそはれ、愛のすゝむる諸※(二の字点、1-2-22)の顏と、すべてのつゝしみにて飾らるゝ諸※(二の字点、1-2-22)擧動ふるまひとを見たり 四九―五一
おしなべての天堂の形をわれ既に悉く認めたれど、未だそのいづれのところにも目をゑざりき 五二―五四
かくて新しき願ひに燃され、我はわが心に疑ひをいだかしめし物につきてわが淑女に問はんため身をめぐらせるに 五五―五七
わがこゝろざしゝ事我にのぞみし事と違へり、わが見んと思ひしはベアトリーチェにてわが見しは一人ひとりおきななりき、その衣は榮光の民の如く 五八―六〇
目にも頬にも仁愛の悦びあふれ、その姿は、やさしき父たるにふさはしきまで慈悲深かりき 六一―六三
何處いづこにありや。我は直にかくへり、是においてか彼。汝の願ひを滿さんためベアトリーチェ我をしてわが座を離れしむ 六四―六六
汝仰ぎてかの最高いとたかきだより第三に當る圓を見よ、さらば彼をその功徳によりてえたる寶座くらゐの上にて再び見む。 六七―六九
我答へず、目を擧げて淑女を見しに、永遠とこしへの光彼より反映てりかへしつゝその冠となりゐたり 七〇―七二
人の目いかなる海の深處ふかみに沈むとも、いかづちの鳴るいと高きところよりその遠くへだたること 七三―七五
わが目の彼處かしこにてベアトリーチェを離れしに及ばじ、されど是我にかゝはりなかりき、そはその姿あひだまじる物なくしてわがもとに下りたればなり 七六―七八
あゝわが望みを強うする者、わが救ひのために忍びて己が足跡あしあとを地獄に殘すにいたれる淑女よ 七九―八一
わが見しすべての物につき、我は恩惠めぐみと強さとを汝の力汝の徳よりいづと認む 八二―八四
汝はふさはしき道と方法てだてとを盡し、我を奴僕ぬぼくつとめより引きてしかして自由に就かしめぬ 八五―八七
汝のいやしゝわが魂が汝のこゝろにかなふさまにて肉體より解かるゝことをえんため、願はくは汝の賜をわがうちまもれ。 八八―九〇
我かくへり、また淑女は、かのごとく遠しと見ゆる處にてほゝゑみて我を、その後永遠とこしへの泉にむかへり 九一―九三
聖なる翁曰ふ。汝の覊旅たびぢを全うせんため(願ひと聖なる愛とはこのために我をつかはしゝなりき) 九四―九六
目をあまねくこの園の上にせよ、これを見ば汝の視力は、神の光を分けていよ/\遠くのぼるをうるべければなり 九七―九九
またわが全く燃えつゝ愛する天の女王、われらに一切の恩惠めぐみを與へむ、我は即ち彼に忠なるベルナルドなるによりてなり。 一〇〇―一〇二
わがヴェロニカを見んとてたとへばクロアツィアより人の來ることあらんに、久しく傳へ聞きゐたるため、その人くことを知らず 一〇三―一〇五
これが示さるゝ間、心の中にていはむ、わが主ゼス・クリスト眞神まことのかみよ、さてはかゝる御姿おんすがたにてましましゝかと 一〇六―一〇八
現世このよにて默想のうちにかの平安を味へる者の生くる愛を見しとき、我またかゝる人に似たりき 一〇九―一一一
彼曰ふ。恩惠めぐみの子よ、目を低うして底にのみ注ぎなば、汝この法悦のさまを知るをえじ 一一二―一一四
されば諸※(二の字点、1-2-22)の圈を望みてそのいと遠きものに及べ、この王國の從ひ事へまつる女王の、坐せるを見るにいたるまで。 一一五―一一七
われ目を擧げぬ、しかしてたとへばあしたには天涯の東のかたが、日の傾く方にまさるごとく 一一八―一二〇
我は目にて(溪より山は行くかとばかり)ふちの一部が光において殘るすべての頂に勝ちゐたるを見たり 一二一―一二三
またたとへば、フェトンテのあつかひかねし車のながえの待たるゝ處はいと強く燃え、そのかなたこなたにては光衰ふるごとく 一二四―一二六
かの平和の焔章旗オリアヒアムマは、その中央たゞなかつよくかゞやき、左右にあたりて焔一樣に薄らげり 一二七―一二九
しかしてかの中央たゞなかには、光もわざも各異なれる千餘の天使、翼をひらきて歡び舞ひ 一三〇―一三二
すべての聖者達の目の悦びなりし一の美、かれらの舞ふを見歌ふを聞きてほゝゑめり 一三三―一三五
われたとひ想像におけるごとく言葉に富むとも、その樂しさの萬分一まんぶいちをもあえて述ぶることをせじ 一三六―一三八
ベルナルドは、その燃ゆる愛の目的めあてにわが目のせちに注がるゝを見て、己が目をもいとなつかしげにこれにむけ 一三九―一四一
わが目をしていよ/\見るの願ひに燃えしむ 一四二―一四四


   第三十二曲

愛の目を己が悦びにとめつゝ、かの默想者もくさうじや、進みて師のつとめをとり、聖なる言葉にてひけるは 一―三
マリアのふさぎて膏あぶらぬりし疵――これを開きこれを深くせし者はその足元なるいと美しき女なり 四―六
第三の座より成る列の中、この女の下には、汝の見るごとく、ラケールとベアトリーチェと坐す 七―九
サラ、レベッカ、ユディット、及び己がとがをいたみて我を憐みたまへといへるその歌人うたびと曾祖母そうそぼたりし女が 一〇―一二
列より列と次第をたてゝ下に坐するを汝見るべし(我その人々の名を擧げつゝ花片はなびらより花片と薔薇を傳ひて下るにつれ) 一三―一五
また第七のきだより下には、この段にいたるまでの如く、希伯來人エブレオびとの女達相續きて花のすべての髮を分く 一六―一八
そは信仰がクリストを見しさまに從ひ、かれらはこの聖なるきざはしをわかつ壁なればなり 一九―二一
此方こなた、即ち花の花片はなびらのみなまつたきところには、クリストの降り給ふを信ぜる者坐し 二二―二四
彼方かなた、即ち諸※(二の字点、1-2-22)の半圓の、空處にたるゝところには、降り給へるクリストに目をむけし者坐す 二五―二七
またこなたには、天の淑女の榮光の座とその下の諸※(二の字点、1-2-22)の座とがかく大いなるへだてとなるごとく 二八―三〇
むかひかたには、常に聖にして、曠野、殉教、つい二年ふたとせの間地獄にへしかの大いなるジョヴァンニの座またこれとなり 三一―三三
彼の下にフランチュスコ、ベネデット、アウグスティーノ、及びその他の人々さだめによりてかくへだてて、圓より圓に下りて遂にこの處にいたる 三四―三六
いざ見よ神のたふとき攝理を、そは信仰の二の姿相等しくこの園に滿つべければなり 三七―三九
また知るべし、ふたつ區劃しきりすぢなかばにてきだより下にある者は、己が功徳によりてかしこに坐するにあらず 四〇―四二
他人ひとの功徳によりて(但し或る約束の下に)しかすと、これらは皆自ら擇ぶまことの力のあらざる先に解放たれし靈なればなり 四三―四五
汝よくかれらを見かれらに耳を傾けなば、顏やをさなき聲によりてよくこれをさとるをえむ 四六―四八
今や汝あやしみ、あやしみてしかして物言はず、されどさとき思ひに汝のめらるゝ強ききづなを我汝の爲に解くべし 四九―五一
※(二の字点、1-2-22)そも/\この王國廣しといへども、その中には、悲しみもかわきえもなきが如く、偶然の事ひとつだになし 五二―五四
そは汝の視る一切の物、永遠とこしへ律法おきてによりて定められ、指輪はこゝにて、まさしく指にへばなり 五五―五七
されば急ぎてまことの生に來れるこの人々のこゝに受くるさいはひに多少あるも故なしとせじ 五八―六〇
いかなる願ひも敢てまたさらに望むことなきまで大いなる愛と悦びのうちにこの國ををやすんじたまふ王は 六一―六三
己が樂しき聖顏みかほのまへにてすべての心を造りつゝ、聖旨みむねのまゝに異なる恩惠めぐみを與へ給ふ、汝今この事あるをもて足れりとすべし 六四―六六
しかしてこは定かに明らかに聖書にしるさる、即ち母の胎内にて怒りを起しゝ雙兒ふたごのことにつきてなり 六七―六九
是故にかゝる恩惠めぐみの髮の色の如何に從ひ、いと高き光は、これにふさはしき冠とならざるをえじ 七〇―七二
さればかれらは、己が行爲おこなひの徳によらず、たゞ最初の視力の鋭さ異なるによりてその置かるゝきだを異にす 七三―七五
世の未だ新しき頃には、罪なき事に加へてたゞ兩親ふたおやの信仰あれば、げに救ひをうるに足り 七六―七八
第一の世終れる後には、男子なんしは割禮によりてその罪なき羽に力を得ざるべからざりしが 七九―八一
恩惠めぐみの時いたれる後には、クリストの全き洗禮バッテスモを受けざる罪なき稚兒をさなごかの低き處にめられき 八二―八四
いざいとよくクリストに似たる顏をみよ、その輝のみ汝をしてクリストを見るをえしむればなり。 八五―八七
我見しに、諸※(二の字点、1-2-22)の聖なる心(かの高き處をわけて飛ばんために造られし)のもたらす大いなる悦びかの顏に降注ふりそゝぎたり 八八―九〇
げに先にわが見たる物一としてこれの如く驚をもてわが心を奪ひしはなく、かく神に似しものを我に示せるはなし 九一―九三
しかしてさきに彼の上に降れる愛、さちあれマリア恩惠めぐみ滿つ者よと歌ひつゝ、その翼をかれの前にひらけば 九四―九六
天の宮人みやびと達四方よりこの聖歌に和し、いづれの姿も是によりていよ/\きらびやかになりたりき 九七―九九
あゝ永遠とこしへさだめによりて坐するそのうるはしき處を去りつゝ、わがためにこゝに下るをいとはざる聖なる父よ 一〇〇―一〇二
かのいたく喜びてわれらの女王の目に見入り、燃ゆと見ゆるほどこれを慕ふ天使は誰ぞや。 一〇三―一〇五
あたかも朝の星の日におけるごとくマリアによりて美しくなれる者の教へを、我はかく再びへり 一〇六―一〇八
彼我に。天使または魂にあるをうるかぎりのつよさとみやびとはみな彼にあり、われらもまたその然るをねがふ 一〇九―一一一
そは神の子がわれらの荷をはんと思ひ給ひしとき、棕櫚しゆろを持ちてマリアのもとに下れるものは彼なればなり 一一二―一一四
されどいざわが語り進むにつれて目を移し、このいと正しき信心深き帝國の大いなる高官つかさ達を見よ 一一五―一一七
かの高き處に坐し、皇妃にいと近きがゆゑにいとさいはひなるふたりのものは、この薔薇の二つの根に當る 一一八―一二〇
左の方にて彼と並ぶは、きもふとく味へるため人類をしてかゝるにがさを味ふにいたらしめし父 一二一―一二三
右なるは、聖なる寺院の古の父、このづべき花のふたつかぎをクリストよりゆだねられし者なり 一二四―一二六
また槍と釘とによりて得られし美しき新婦はなよめのその時々のさちなさをば、己が死なざるさきにすべて見し者 一二七―一二九
これが傍に坐し、左の者の傍には、恩を忘れ心つねなくかつそむやすき民マンナに生命いのちさゝへし頃かれらをひきゐし導者坐す 一三〇―一三二
ピエートロと相對あひむかひてアンナの坐するを見よ、彼はいたくよろこびて己がむすめを見、オザンナを歌ひつゝなほ目を放たじ 一三三―一三五
またいと大いなる家長いへをさむかひには、汝がせ下らんとて目をれしとき汝の淑女をたしめしルーチア坐す 一三六―一三八
されど汝の睡りの時く過ぐるがゆゑに、あたかも縫物師ぬひものしのその織物きれあはせて衣を造る如く、我等こゝにことばとゞめて 一三九―一四一
目を第一の愛にむけむ、さらば汝は、彼のかたを望みつゝ、汝の及ぶかぎり深くその輝を見るをうべし 一四二―一四四
しかはあれ、汝己が翼を動かし、進むと思ひつゝ或ひは退しりぞなからんため、祈りによりて、恩惠めぐみを受ること肝要なり 一四五―一四七
汝を助くるをうる淑女の恩惠めぐみを、また汝は汝の心のわが言葉より離れざるほど、愛をもて我にともなへ。 一四八―一五〇
かくいひ終りて彼この聖なる祈りをさゝぐ 一五一―一五三


   第三十三曲

處女をとめなる母わが子のむすめ被造物つくられしものにまさりて己を低くししかして高くせらるゝ者、永遠とこしへ聖旨みむねかた目的めあてよ 一―三
人たるものをたふとくし、これが造主つくりぬしをしてこれに造らるゝをさへ厭はざるにいたらしめしは汝なり 四―六
汝の胎用にて愛はあらたに燃えたりき、そのあつさによりてこそ永遠とこしへの平和のうちにこの花かくは咲きしなれ 七―九
こゝにては我等にとりて汝は愛の亭午まひる燈火ともしび、下界人間のなかにては望みの活泉いくるいづみなり 一〇―一二
淑女よ、汝いと大いにしていと強し、是故に恩惠めぐみを求めて汝に就かざる者あらば、これが願ひは翼なくして飛ばんと思ふにことならじ 一三―一五
汝の厚き志はたゞ請ふ者をのみ助くるならで、自ら進みて求めに先んずること多し 一六―一八
汝に慈悲あり、汝に哀憐惠與あいれんえいよあり、被造物つくられしもののうちなる善といふ善みな汝のうちに集まる 一九―二一
今こゝに、宇宙のいと低き沼よりこの處にいたるまで、靈の三界を一々ひとつ/″\見し者 二二―二四
伏して汝に請ひ、恩惠めぐみによりて力をうけつゝ、終極いやはての救ひの方にいよ/\高くその目を擧ぐるをうるを求む 二五―二七
また彼の見んことを己が願ふよりも深くは、己自ら見んと願ひし事なき我、わが祈りを悉く汝に捧げかつその足らざるなきを祈る 二八―三〇
願はくは汝の祈りによりて浮世ふせい一切の雲を彼より拂ひ、かくして彼にこよなき悦びを現はしたまへ 三一―三三
我またさらに汝に請ふ、思ひの成らざるなき女王よ、かく見まつりて後かれの心を永く健全すこやかならしめたまへ 三四―三六
願はくは彼を護りて世の雜念に勝たしめ給へ、見よベアトリーチェがすべての聖徒達と共にわが諸※(二の字点、1-2-22)の祈りをたすけ汝に向ひて合掌するを。 三七―三九
神にでられ尊まるゝ目は、祈れる者の上に注ぎて、信心深き祈りのいかばかりかの淑女の心にかなふやを我等に示し 四〇―四二
永遠とこしへの光にむかへり、げに被造物つくられしものの目にてそのうちをかく明らかに見るはなしと思はる 四三―四五
また我は凡ての望みのはてに近づきゐたるがゆゑに、燃ゆる願ひおのづから心の中にてむをおぼえき 四六―四八
ベルナルドは、我をして仰がしめんとて、微笑ほゝゑみつゝ表示しるしを我に與へしかど、我は自らはやその思ふごとくなしゐたり 四九―五一
そはわが目明らかになり、本來まことなる高き光の輝のうちにいよ/\深く入りたればなり 五二―五四
さてこの後わが見しものは人の言葉より大いなりき、言葉はかゝる姿に及ばず、記憶はかゝる大いさに及ばじ 五五―五七
我はあたかも夢に物を見てしかして醒むれば、餘情のみさだかに殘りて他は心に浮び來らざる人の如し 五八―六〇
そはわが見しもの殆んどこと/″\く消え、これより生るゝうるはしさのみ今猶心にしたゝればなり 六一―六三
雪、日に溶くるも、シビルラの託宣、輕き木葉このはの上にて風に散り失するも、またかくやあらむ 六四―六六
あゝ至上の光、いと高く人の思ひを超ゆる者よ、汝の現はれしさまをすこしく再びわが心に貸し 六七―六九
わが舌を強くして、汝の榮光のきらめきを、一なりとも後代のちのよの民に遺すをえしめよ 七〇―七二
そはいさゝかわが記憶にうかび、すこしくこの詩に響くによりて、汝の勝利はいよ/\よく知らるゝにいたるべければなり 七三―七五
わが堪へし活光いくるひかりするどさげにいかばかりなりしぞや、さればもしこれを離れたらんには、思ふにわが目くるめきしならむ 七六―七八
想ひ出れば、我はこのためにこそ、いよ/\心をかたうしてへ、遂にわが目を無限かぎりなき威力ちからと合はすにいたれるなれ 七九―八一
あゝ我をして視る力の盡くるまで、永遠とこしへの光の中に敢て目をそゝがしめし恩惠めぐみはいかにゆたかなるかな 八二―八四
我見しに、かの光の奧には、あまねく宇宙にひらとなりて分れ散るもの集り合ひ、愛によりてひとつまきつゞられゐたり 八五―八七
實在、偶在、及びその特性相まじれども、その混るさまによりて、かのものはたゞ單一の光に外ならざるがごとくなりき 八八―九〇
萬物をとゝのへこれをかく結び合はすものをば我は自ら見たりと信ず、そはこれをいふ時我わが悦びのいよ/\さはなるを覺ゆればなり 九一―九三
たゞ一の瞬間またゝくまさへ、我にとりては、かのネッツーノをしてアルゴの影に驚かしめし企圖くはだてにおける二千五百年よりもなほ深き睡りなり 九四―九六
さてかくわが心は全く奪はれ、固く熟視みつめて動かず移らず、かつ視るに從つていよ/\燃えたり 九七―九九
かの光にむかへば、人甘んじて身をこれにそむけつゝ他の物を見るをえざるにいたる 一〇〇―一〇二
これ意志の目的めあてなる善みなこのうちに集まり、このそとにては、こゝにてまつたき物も完からざるによりてなり 一〇三―一〇五
今やわがことばは(わが想起おもひいづることにつきてさへ)、まだ乳房ちぶさにて舌を濡らす嬰兒をさなごことばよりもなほらじ 一〇六―一〇八
わが見し生くる光の中にさま/″\の姿のありし爲ならず(この光はいつも昔と變らじ) 一〇九―一一一
わが視る力の見るにつれて強まれるため、たゞ一の姿は、わが變るに從ひ、さま/″\に見えたるなりき 一一二―一一四
高き光の奧深くしてあざやかなるがなかに、現はれしみつの圓あり、その色三にして大いさ同じ 一一五―一一七
その一はイリのイリにおけるごとく他の一の光をうけて返すと見え、第三なるは彼方かなた此方こなたより等しく吐かるゝ火に似たり 一一八―一二〇
あゝわがおもひくらぶればことばの足らず弱きこといかばかりぞや、而してこの想すらわが見しものに此ぶればこれをすこしといふにも當らじ 一二一―一二三
あゝ永遠とこしへの光よ、己が中にのみいまし、己のみ己を知り、しかして己に知られ己を知りつゝ、愛し微笑ほゝゑみ給ふ者よ 一二四―一二六
反映てりかへす光のごとく汝の生むとみえし輪は、わが目しばしこれをまもりゐたるとき 一二七―一二九
同じ色にて、その内に、人のかたちを描き出しゝさまなりければ、わが視る力をわれすべてこれに注げり 一三〇―一三二
あたかも力を盡して圓をはからんとつとめつゝなほ己がもとむる原理に思ひいたらざる幾何學者きかがくしやの如く 一三三―一三五
我はかの異象いしやうを見、かのかたちのいかにして圓と合へるや、いかにしてかしこにその處を得しやを知らんとせしかど 一三六―一三八
わが翼これにふさはしからざりしに、この時一の光わが心を射てその願ひを滿たしき 一三九―一四一
さてわが高き想像はこゝにいたりて力を缺きたり、されどわが願ひと思ひとは宛然さながら一樣に動く輪の如く、はや愛に※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐらさる 一四二―一四四
日やそのほかのすべての星を動かす愛に。 一四五―一四七







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        Dante Alighieri - Opera Omnia  -  edited by ilVignettificio

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