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lalighieri text integral passage complete quotation of the sources comedies works historical literary works in prose and in verses
神曲
LA DIVINA COMMEDIA
アリギエリ・ダンテ Alighieri Dante
山川丙三郎訳
地獄篇
第一曲
われ正路を失ひ、人生の覊旅半にあたりてとある暗き林のなかにありき 一―三
あゝ荒れあらびわけ入りがたきこの林のさま語ることいかに難いかな、恐れを追思にあらたにし 四―六
いたみをあたふること死に劣らじ、されどわがかしこに享けし幸をあげつらはんため、わがかしこにみし凡ての事を語らん 七―九
われ何によりてかしこに入りしや、善く説きがたし、眞の路を棄てし時、睡りはわが身にみち/\たりき 一〇―一二
されど恐れをもてわが心を刺しゝ溪の盡くるところ、一の山の麓にいたりて 一三―一五
仰ぎ望めば既にその背はいかなる路にあるものをも直くみちびく遊星の光を纏ひゐたりき 一六―一八
この時わが恐れ少しく和ぎぬ、こはよもすがら心のおくにやどりて我をいたく苦しましめしものなりしを 一九―二一
しかしてたとへば呼吸もくるしく洋より岸に出でたる人の、身を危うせる水にむかひ、目をこれにとむるごとく 二二―二四
走りてやまぬわが魂はいまだ生きて過ぎし人なき路をみんとてうしろにむかへり 二五―二七
しばし疲れし身をやすめ、さてふたゝび路にすゝみて、たえず低き足をふみしめ、さびたる山の腰をあゆめり 二八―三〇
坂にさしかゝれるばかりなるころ、見よ一匹の牝の豹あらはる、輕くしていと疾し、斑點ある皮これを蔽へり 三一―三三
このもの我を見れども去らず、かへつて道を塞ぎたれば、我は身をめぐらし、歸らんとせしこと屡なりき 三四―三六
時は朝の始めにて日はかなたの星即ち聖なる愛がこれらの美しき物をはじめて動かせるころ 三七―
これと處を同じうせるものとともに昇りつゝありき、されば時の宜きと季の麗しきとは毛色華やかなるこの獸にむかひ
善き望みを我に起させぬ、されどこれすら一匹の獅子わが前にあらはれいでし時我を恐れざらしむるには足らざりき ―四五
獅子は頭を高くし劇しき飢ゑをあらはし我をめざして進むが如く大氣もこれをおそるゝに似たり 四六―四八
また一匹の牝の狼あり、その痩躯によりて諸慾内に滿つることしらる、こはすでに多くの民に悲しみの世をおくらせしものなりき 四九―五一
我これを見るにおよびて恐れ、心いたくなやみて高きにいたるの望みを失へり 五二―五四
むさぼりて得る人失ふべき時にあひ、その思ひを盡してなげきかなしむことあり 五五―五七
我またかくの如くなりき、これ平和なきこの獸我にたちむかひて進み次第に我を日の默す處におしかへしたればなり 五八―六〇
われ低地をのぞみて下れる間に、久しく默せるためその聲嗄れしとおもはるゝ者わが目の前にあらはれぬ 六一―六三
われかの大いなる荒野の中に彼をみしとき、叫びてかれにいひけるは、汝魂か眞の人か何にてもあれ我を憐れめ 六四―六六
彼答へて我にいふ、人にあらず、人なりしことあり、わが父母はロムバルディアの者郷土をいへば共にマントヴァ人なりき 六七―六九
我は時後れてユーリオの世に生れ、似非虚僞の神々の昔、善きアウグストの下にローマに住めり 七〇―七二
我は詩人にて驕れるイーリオンの燒けし後トロイアより來れるアンキーゼの義しき子のことをうたへり 七三―七五
されど汝はいかなればかく多くの苦しみにかへるや、いかなればあらゆる喜びの始めまた源なる幸の山に登らざる 七六―七八
われ面に恥を帶び答へて彼にいひけるは、されば汝はかのヴィルジリオ言葉のひろき流れをそゝぎいだせる泉なりや 七九―八一
あゝすべての詩人の譽また光よ、願はくは長き學と汝の書を我に索めしめし大いなる愛とは空しからざれ 八二―八四
汝はわが師わが據なり、われ美しき筆路を習ひ、譽をうるにいたれるもたゞ汝によりてのみ 八五―八七
かの獸を見よ、わが身をめぐらせるはこれがためなりき、名高き聖よ、このものわが血筋をも脈をも顫はしむ、ねがはくは我を救ひたまへ 八八―九〇
わが泣くを見て彼答へて曰ひけるは、汝この荒地より遁れんことをねがはゞ他の路につかざるをえず 九一―九三
そは汝に聲を擧げしむるこの獸は人のその途を過ぐるをゆるさず、これを阻みて死にいたらしむればなり 九四―九六
またその性邪惡なれば、むさぼりて飽くことなく、食をえて後いよいよ餓う 九七―九九
これを妻とする獸多し、また獵犬來りてこれを憂ひの中に死なしむるまでこの後なほ多からむ 一〇〇―一〇二
この獵犬はその營養を土にも金にもうけず、これを智と愛と徳とにうく、フェルトロとフェルトロとの間に生れ 一〇三―一〇五
處女カムミルラ、エウリアーロ、ツルノ、ニソが創をうけ命を棄てゝ爭ひし低きイタリアの救ひとなるべし 一〇六―一〇八
すなはちく町々をめぐりて狼を逐ひ、ふたゝびこれを地獄の中に入らしめん(嫉みはさきにこゝより之を出せるなりき) 一〇九―一一一
この故にわれ汝の爲に思ひかつ謀りて汝の我に從ふを最も善しとせり、我は汝の導者となりて汝を導き、こゝより不朽の地をめぐらむ 一一二―一一四
汝はそこに第二の死を呼び求むる古のなやめる魂の望みなき叫びをきくべし 一一五―一一七
その後汝は火の中にゐてしかも心足る者等をみむ、これ彼等には時至れば幸なる民に加はるの望みあればなり 一一八―一二〇
汝昇りて彼等のもとにゆくをねがはゞ、そがためには我にまされる魂あり、我別るゝに臨みて汝をこれと倶ならしめむ 一二一―一二三
そは高きにしろしめす帝、わがその律法に背けるの故をもて我に導かれてその都に入るものあるをゆるし給はざればなり 一二四―一二六
帝の稜威は至らぬ處なし、されど政かしこよりいでその都も高き御座もまたかしこにあり、あゝ選ばれてそこに入るものは福なるかな 一二七―一二九
我彼に、詩人よ、汝のしらざりし神によりてわれ汝に請ふ、この禍ひとこれより大なる禍ひとを免かれんため 一三〇―一三二
ねがはくは我を今汝の告げし處に導き、聖ピエートロの門と汝謂ふ所の幸なき者等をみるをえしめよ 一三三―一三五
この時彼進み、我はその後方に從へり 一三六―一三八
第二曲
日は傾けり、仄闇き空は地上の生物をその勞苦より釋けり、たゞ我ひとり 一―三
心をさだめて路と憂ひの攻めにあたらんとす、誤らざる記憶はこゝにこれを寫さむ 四―六
あゝムーゼよ、高き才よ、いざ我をたすけよ、わがみしことを刻める記憶よ、汝の徳はこゝにあらはるべし 七―九
我いふ、我を導く詩人よ、我を難路に委ぬるにあたりてまづわが力のたるや否やを思へ 一〇―一二
汝いへらく、シルヴィオの父は朽つべくして朽ちざるの世にゆき、肉體のまゝにてかしこにありきと 一三―一五
されど彼より出づるにいたれる偉業をおもひ、彼の誰たり何たるをおもはゞ、衆惡の敵のめぐみ深かりしとも 一六―一八
識者見て分に過ぎたりとはなさじ、そは彼エムピレオの天にて選ばれて尊きローマ及びその帝國の父となりたればなり 一九―二一
かれもこれもげにともに定めに從ひて聖地となり、大ピエロの後を承くる者位に坐してこゝにあり 二二―二四
彼かしこにゆき(汝これによりてかれに名をえしむ)勝利と法衣の本となれる多くの事を聞きえたり 二五―二七
その後選の器、救ひの道の始めなる信仰の勵を携へかへらんためまたかしこにゆけることあり 二八―三〇
されど我は何故に彼處にゆかむ誰か之を我に許せる、我エーネアに非ず我パウロに非ず、わがこの事に堪ふべしとは我人倶に信ぜざるなり 三一―三三
されば我若し行くを肯はゞその行くこと恐らくはこれ狂へるわざならん、汝は賢し、よくわが言の盡さゞるところをさとる 三四―三六
人その願ひを飜し、新なる想によりて志を變へ、いまだ始めにあたりてそのなすところをすべて抛つことあり 三七―三九
我も暗き山路にありてまたかくのごとくなりき、そはわが思ひめぐらしてかくかろがろしく懷けるわが企圖を棄てたればなり 四〇―四二
心おほいなる者の魂答へて曰ひけるは、わが聽くところに誤りなくは汝のたましひは怯懦にそこなはる 四三―四五
夫れ人しば/\これによりて妨げられ、その尊きくはだてに身を背くることあたかも空しき象をみ、臆して退く獸の如し 四六―四八
我は汝をこの恐れより解き放たんため、わが何故に來れるや、何事をきゝてはじめて汝のために憂ふるにいたれるやを汝に告ぐべし 四九―五一
われ懸垂の衆とともにありしに、尊き美しきひとりの淑女の我を呼ぶあり、われすなはち命を受けんことを請ひぬ 五二―五四
その目は星よりも燦かなりき、天使のごとき聲をもて言麗しくやはらかく我に曰ひけるは 五五―五七
やさしきマントヴァの魂よ(汝の名はいまなほ世に殘る、また動のやまぬかぎりは殘らん) 五八―六〇
わが友にて命運の友にあらざるもの道を荒びたる麓に塞がれ、恐れて踵をめぐらせり 六一―六三
我は彼のことにつきて天にて聞ける所により、彼既に探く迷ひわが彼を助けんため身を起せしことの遲きにあらざるなきやを恐る 六四―六六
いざ行け、汝の琢ける詞またすべて彼の救ひに缺くべからざることをもて彼を助け、わが心を慰めよ 六七―六九
かく汝にゆくを請ふものはベアトリーチェなり、我はわが歸るをねがふ處より來れり、愛我を動かし我に物言はしむ 七〇―七二
わが主のみまへに立たん時我しば/\汝のことを譽むべし、かくいひて默せり、我即ちいひけるは 七三―七五
徳そなはれる淑女よ(およそ人圈最小さき天の内なる一切のものに優るはたゞ汝によるのみ) 七六―七八
汝の命ずるところよくわが心に適ひ、既にこれに從へりとなすともなほしかするの遲きを覺ゆ、汝さらに願ひを我に闢くを須ゐず 七九―八一
たゞねがはくは我に告げよ、汝何ぞ危ぶむことなく、闊き處をはなれ歸思衷に燃ゆるもなほこの中心に下れるや 八二―八四
彼答へていひけるは、汝かく事の隱微をしるをねがへば、我はわが何故に恐れずここに來れるやを約やかに汝に告ぐべし 八五―八七
夫れ我等の恐るべきはたゞ人に禍ひをなす力あるものゝみ、その他にはなし、これ恐れをおこさしむるものにあらざればなり 八八―九〇
神はその恩惠によりて我を造りたまひたれば、汝等のなやみも我に觸れず燃ゆる焔も我を襲はじ 九一―九三
ひとりの尊き淑女天にあり、わが汝を遣はすにいたれるこの障礙のおこれるをあはれみて天上の嚴なる審判を抂ぐ 九四―九六
かれルチーアを呼び、請ひていひけるは、汝に忠なる者いま汝に頼らざるをえず、我すなわち彼を汝に薦むと 九七―九九
すべてあらぶるものゝ敵なるルチーアいでゝわが古のラケーレと坐しゐたる所に來り 一〇〇―一〇二
いひけるは、ベアトリーチェ、神の眞の讚美よ、汝何ぞ汝を愛すること深く汝のために世俗を離るゝにいたれるものを助けざる 一〇三―一〇五
汝はかれの苦しき歎きを聞かざるか、汝は河水漲りて海も誇るにたらざるところにかれを攻むる死をみざるか 一〇六―一〇八
世にある人の利に趨り害を避くる急しといへども、かくいふをききて 一〇九―一一一
汝の言の品たかく汝の譽また聞けるものゝ譽なるを頼とし、祝福の座を離れてこゝに下れるわがはやさには若かじ 一一二―一一四
かくかたりて後涙を流し、その燦かなる目をめぐらせり、わが疾くとく來れるもこれがためなりき 一一五―一一七
さればわれ斯く彼の旨をうけて汝に來り、美山の捷路を奪へるかの獸より汝を救へり 一一八―一二〇
しかるに何事ぞ、何故に、何故にとゞまるや、何故にかゝる卑怯を心にやどすや、かくやむごとなき三人の淑女 一二一―一二三
天の王宮に在りて汝のために心を勞し、かつわが告ぐるところかく大いなる幸を汝に約するに汝何ぞ勇なく信なきや 一二四―一二六
たとへば小さき花の夜寒にうなだれ凋めるが日のこれを白むるころ悉くおきかへりてその莖の上にひらく如く 一二七―一二九
わが萎えしたましひかはり、わが心いたくいさめば、恐るゝものなき人のごとくわれいひけるは 一三〇―一三二
あゝ慈悲深きかな我をたすけし淑女、志厚きかなかれが傳へし眞の詞にとくしたがへる汝 一三三―一三五
汝言によりわが心を移して往くの願ひを起さしめ、我ははじめの志にかへれり 一三六―一三八
いざゆけ、導者よ、主よ、師よ、兩者に一の思ひあるのみ、我斯く彼にいひ、かれ歩めるとき 一三九―一四一
艱き廢れし路に進みぬ 一四二―一四四
第三曲
我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり 一―三
義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛我を造れり 四―六
永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ 七―九
われは黒く録されしこれらの言を一の門の頂に見き、この故に我、師よ、かれらの意義我に苦し 一〇―一二
事すべてあきらかなる人の如く、彼我に、一切の疑懼一切の怯心ここに棄つべく滅ぼすべし 一三―一五
我等はいま智能の功徳を失へる憂ひの民をみんとわがさきに汝に告げしところにあるなり 一六―一八
かくて氣色うるはしくわが手をとりて我をはげまし、我を携へて祕密の世に入りぬ 一九―二一
ここには歎き、悲しみの聲、はげしき叫喚、星なき空にひゞきわたれば、我はたちまち涙を流せり 二二―二四
異樣の音、罵詈の叫び、苦患の言、怒りの節、強き聲、弱き聲、手の響きこれにまじりて 二五―二七
轟動めき、たえず常暗の空をめぐりてさながら旋風吹起る時の砂のごとし 二八―三〇
怖れはわが頭を卷けり、我即ちいふ、師よわが聞くところのものは何ぞや、かく苦患に負くるとみゆるは何の民ぞや 三一―三三
彼我に、この幸なき状にあるは恥もなく譽もなく世をおくれるものらの悲しき魂なり 三四―三六
彼等に混りて、神に逆へるにあらず、また忠なりしにもあらず、たゞ己にのみ頼れるいやしき天使の族あり 三七―三九
天の彼等を逐へるはその美に虧くる處なからんため、深き地獄の彼等を受けざるは罪ある者等これによりて誇ることなからんためなり 四〇―四二
我、師よ、彼等何を苦しみてかくいたく歎くにいたるや、答へていふ、いと約やかにこれを汝に告ぐべし 四三―四五
それ彼等には死の望みなし、その失明の生はいと卑しく、いかなる分際といへどもその嫉みをうけざるなし 四六―四八
世は彼等の名の存るをゆるさず、慈悲も正義も彼等を輕んず、我等また彼等のことをかたるをやめん、汝たゞ見て過ぎよ 四九―五一
われ目をさだめて見しに一旒の旗ありき、飜り流れてそのはやきこと些の停止をも蔑視むに似たり 五二―五四
またその後方には長き列を成して歩める民ありき、死がかく多くの者を滅ぼすにいたらんとはわが思はざりしところなりしを 五五―五七
われわが識れるものゝ彼等の中にあるをみし後、心おくれて大事を辭めるものゝ魂を見知りぬ 五八―六〇
われはたゞちに悟りかつ信ぜり、こは神にも神の敵にも厭はるゝ卑しきものの宗族なりしを 六一―六三
これらの生けることなき劣れるものらはみな裸のまゝなりき、また虻あり蜂ありていたくかれらを刺し 六四―六六
顏に血汐の線をひき、その血の涙と混れるを汚らはしき蟲足下にあつめぬ 六七―六九
われまた目をとめてなほ先方を望み、一の大いなる川の邊に民あるをみ、いひけるは、師よねがはくは 七〇―七二
かれらの誰なるや、微なる光によりてうかゞふに彼等渡るをいそぐに似たるは何の定によりてなるやを我に知らせよ 七三―七五
彼我に、我等アケロンテの悲しき岸邊に足をとゞむる時これらの事汝にあきらかなるべし 七六―七八
この時わが目恥を帶びて垂れ、われはわが言の彼に累をなすをおそれて、川にいたるまで物言ふことなかりき 七九―八一
こゝに見よひとりの翁の年へし髮を戴きて白きを、かれ船にて我等の方に來り、叫びていひけるは、禍ひなるかな汝等惡しき魂よ 八二―八四
天を見るを望むなかれ、我は汝等をかなたの岸、永久の闇の中熱の中氷の中に連れゆかんとて來れるなり 八五―八七
またそこなる生ける魂よ、これらの死にし者を離れよ、されどわが去らざるをみて 八八―九〇
いふ、汝はほかの路によりほかの港によりて岸につくべし、汝の渡るはこゝにあらず、汝を送るべき船はこれよりなほ輕し 九一―九三
導者彼に、カロンよ、怒る勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力あるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 九四―九六
この時目のまはりに炎の輪ある淡黒き沼なる舟師の鬚多き頬はしづまりぬ 九七―九九
されどよわれる裸なる魂等はかの非情の言をきゝて、たちまち色をかへ齒をかみあわせ 一〇〇―一〇二
神、親、人およびその蒔かれその生れし處と時と種とを誹れり 一〇三―一〇五
かくて彼等みないたく泣き、すべて神をおそれざる人を待つ禍ひの岸に寄りつどへり 一〇六―一〇八
目は熾火のごとくなる鬼のカロン、その意を示してみな彼等を集め、後るゝ者あれば櫂にて打てり 一〇九―一一一
たとへば秋の木の葉の一葉散りまた一葉ちり、枝はその衣を殘りなく地にをさむるにいたるがごとく 一一二―一一四
アダモの惡しき裔は示しにしたがひ、あひついで水際をくだり、さながら呼ばるゝ鳥に似たり 一一五―一一七
かくして彼等黯める波を越えゆき、いまだかなたに下立たぬまにこなたには既にあらたに集まれる群あり 一一八―一二〇
志厚き師曰ひけるは、わが子よ、神の怒りのうちに死せるもの萬國より來りてみなこゝに集ふ 一二一―一二三
その川を渡るをいそぐは神の義これをむちうちて恐れを願ひにかはらしむればなり 一二四―一二六
善き魂この處を過ぐることなし、さればカロン汝にむかひてつぶやくとも、汝いまその言の意義をしるをえん 一二七―一二九
いひ終れる時黒暗の廣野はげしくゆらげり、げにそのおそろしさを思ひいづればいまなほわが身汗にひたる 一三〇―一三二
涙の地風をおこし、風は紅の光をひらめかしてすべてわが官能をうばひ 一三三―一三五
我は睡りにとらはれし人の如く倒れき 一三六―一三八
第四曲
はげしき雷はわが頭のうちなる熟睡を破れり、我は力によりておこされし人の如く我にかへり 一―三
たちなほりて休める目を動かし、わが在るところを知らんとて瞳を定めあたりを見れば 四―六
我はげにはてしなき叫喚の雷をあつめてものすごき淵なす溪の縁にあり 七―九
暗く、深く、霧多く、目をその深處に注げどもまた何物をもみとむるをえざりき 一〇―一二
詩人あをざめていひけるは、いざ我等この盲の世にくだらむ、我第一に汝第二に 一三―一五
われその色を見、いひけるは、おそるゝごとに我を勵ませし汝若しみづから恐れなば我何ぞ行くをえん 一六―一八
彼我に、この下なる民のわづらひは憐みをもてわが面を染めしを、汝みて恐れとなせり 一九―二一
長途我等を促せばいざ行かむ、かくして彼さきに入り、かくして我をみちびきぬ、淵をめぐれる第一の獄の中に 二二―二四
耳にてはかるに、こゝにはとこしへの空をふるはす大息のほか歎聲なし 二五―二七
こは苛責の苦なきなやみよりいづ、またこのなやみをうくるは稚兒、女、男の數多き、大いなる群なりき 二八―三〇
善き師我に、汝これらの魂をみてその何なるやを問はざるならずや、いざ汝なほさきに行かざるまに知るべし 三一―三三
彼等は罪を犯せるにあらず、嘉すべきことはありとも汝がいだく信仰の一部なる洗禮をうけざるが故になほたらず 三四―三六
またクリストの教へのさきに世にありたれば神があがむるの道をつくさゞりき、我も亦このひとりなり 三七―三九
われらの救ひを失へるはほかに罪あるためならず、たゞこの虧處のためなれば我等はたゞ願ひありて望みなき生命をこゝにわぶるのみ 四〇―四二
われこの言をきくにおよびてリムボに懸れるいとたふとき民あるをしり、深き憂ひはわが心をとらへき 四三―四五
我は一切の迷ひに勝つ信仰にかたく立たんことをおもひ、いひけるは、我に告げよわが師、我に告げよ主 四六―四八
おのれの功徳によりまたは他人の功徳により、かつてこの處をいでゝ福を享くるに至れるものありや、かれわが言の裏をさとり 四九―五一
答へて曰ひけるは、われこゝにくだりてほどなきに、ひとりの權能あるもの勝利の休徴を冠りて來るを見たり 五二―五四
この者第一の父の魂、その子アベルの魂、ノエの魂、律法をたてまたよく神に順へるモイゼの魂 五五―
族長アブラアム、王ダヴィーデ、イスラエルとその父その子等およびラケーレ(イスラエルかれの、ために多くの事をなしたりき)
その外なほ多くの者の魂をこゝよりとりさり、彼等に福を與へたりき、汝しるべし、彼等より先には人の魂の救はれしことあらざるを ―六三
かれかたる間も我等歩みを停めず、たえず林を分けゆけり、即ち繁き魂の林なり 六四―六六
睡りのこなた行く道いまだ長からぬに、我は半球の闇を服せる一の火を見き 六七―六九
我等なほ少しくこれと離れたりしもその距離大ならねば、我はまたこの處の一部にたふとき民の據れるを認めき 七〇―七二
汝學藝のほまれよ、かくあがめをうけてそのさま衆と異なるは誰ぞや 七三―七五
彼我に、汝の世に響くかれらの美名はその惠みを天にうけ、かれらかく擢んでらる 七六―七八
この時聲ありて、いとたふとき詩人を敬へ、出でゝいにしその魂はかへれりといふ 七九―八一
聲止みしづまれるとき我見しに四の大いなる魂ありて我等のかたに來れり、その姿には悲しみもまた喜びもみえざりき 八二―八四
善き師曰ひけるは、手に劒を執りて三者にさきだち、あたかも王者のごとき者をみよ 八五―八七
これならびなき詩人オーメロなり、その次に來るは諷刺家オラーチオ、オヴィディオ第三、最後はルカーノなり 八八―九〇
かの一の聲の稱へし名はかれらみな我と等しくえたるものなればかれら我をあがむ、またしかするは善し 九一―九三
我はかく衆を超えて鷲の如く天翔る歌聖の、うるはしき一族のあつまれるを見たり 九四―九六
しばらくともにかたりて後、かれらは我にむかひて會釋す、わが師これを見て微笑みたまへり 九七―九九
かれらはまた我をその集のひとりとなしていと大いなる譽を我にえさせ、我はかゝる大智に加はりてその第六の者となりにき 一〇〇―一〇二
かくて我等はかの時かたるに適はしくいまは默すにふさはしき多くの事をかたりつゝ光ある處にいたれり 一〇三―一〇五
我等は一の貴き城のほとりにつけり、七重の高壘これを圍み、一の美しき流れそのまはりをかたむ 一〇六―一〇八
我等これを渡ること堅き土に異ならず、我は七の門を過ぎて聖の群とともに入り、緑新しき牧場にいたれば 一〇九―一一一
こゝには眼緩かにして重く、姿に大いなる權威をあらはし、云ふことまれに聲うるはしき民ありき 一一二―一一四
我等はこゝの一隅、廣き明き高き處に退きてすべてのものを見るをえたりき 一一五―一一七
對面の方には緑の※藥 の上にわれ諸の大いなる魂をみき、またかれらをみたるによりていまなほ心に喜び多し 一一八―一二〇
我はエレットラとその多くの侶をみき、その中に我はエットル、エーネア、物具身につけ眼鷹の如きチェーザレを認めぬ 一二一―一二三
またほかの處に我はカムミルラとパンタシレアを見き、また女ラヴィーナとともに坐したる王ラティーノを見き 一二四―一二六
我はタルクイーノを逐へるブルート、またルクレーチア、ユーリア、マルチア、コルニーリアを見き、また離れてたゞひとりなる 一二七―
サラディーノを見き、我なほ少しく眉をあげ、哲人の族の中に坐したる智者の師を見き ―一三二
衆皆かれを仰ぎ衆皆かれを崇む、われまたこゝに群にさきだちて彼にいとちかきソクラーテとプラートネを見き 一三三―一三五
世界の偶成を説けるデモクリート、またディオジェネス、アナッサーゴラ、ターレ、エムペドクレス、エラクリート、ツェノネ 一三六―一三八
我また善く特性を集めしもの即ちディオスコリーデを見き、またオルフェオ、ツルリオ、リーノ、道徳を設けるセネカ 一三九―一四一
幾何學者エウクリーデまたトロメオ、イポクラーテ、アヴィチェンナ、ガリエーノ、註の大家アヴェルロイスを見き 一四二―一四四
いま脱なくすべての者を擧げがたし、これ詩題の長きに驅られ、事あまりて言足らざること屡なればなり 一四五―一四七
六者の伴侶は減りて二者となれり、智き導者異なる路によりて我を靜なる空より震ひゆらめく空に導き 一四八―一五〇
我は光る物なき處にいたれり 一五一―一五三
第五曲
斯く我は第一の獄より第二の獄に下れり、是は彼よりをさむる地少なく苦患ははるかに大いにして突いて叫喚を擧げしむ 一―三
こゝにミノス恐ろしきさまにて立ち、齒をかみあはせ、入る者あれば罪業を糺し刑罰を定め身を卷きて送る 四―六
すなはち幸なく世に出でし魂その前に來れば一切を告白し、罪を定むる者は 七―九
地獄の何處のこれに適しきやをはかり、送らむとする獄の數にしたがひ尾をもて幾度も身をめぐらしむ 一〇―一二
彼の前には常に多くの者の立つあり、かはる/″\出でゝ審判をうけ、陳べ、聞きて後下に投げらる 一三―一五
ミノス我を見し時、かく重き任務を棄てゝ我にいひけるは、憂ひの客舍に來れる者よ 一六―一八
汝みだりに入るなかれ、身を何者に委ぬるや思ひ見よ、入口ひろきによりて欺かるるなかれ、わが導者彼に、汝何ぞまた叫ぶや 一九―二一
彼定命に從ひてゆく、之を妨ぐる勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力あるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 二二―二四
苦患の調はこの時あらたに我にきこゆ、我はこの時多くの歎聲の我を打つところにいたれり 二五―二七
わがいたれる處には一切の光默し、その鳴ることたとへば異なる風に攻められ波たちさわぐ海の如し 二八―三〇
小止なき地獄の烈風吹き荒れて魂を漂はし、旋りまた打ちてかれらをなやましむ 三一―三三
かれら荒ぶる勢ひにあたれば、そこに叫びあり、憂ひあり、歎きあり、また神の權能を誹る言あり 三四―三六
我はさとりぬ、かゝる苛責の罰をうくるは、理性を慾の役となせし肉の罪人なることを 三七―三九
たとへば寒き時椋鳥翼に支へられ、大いなる隙なき群をつくりて浮び漂ふごとく、風惡靈を漂はし 四〇―四二
こゝまたかしこ下また上に吹送り、身をやすめまたは痛みをかろむべき望みのその心を慰むることたえてなし 四三―四五
またたとへば群鶴の一線長く空に劃し、哀歌をうたひつゝゆくごとく、我は哀愁の聲をあげ 四六―
かの暴風に負はれて來る魂を見き、すなはちいふ、師よ、黒き風にかく懲さるゝ此等の民は誰なりや ―五一
この時彼我にいふ、汝が知るをねがふこれらの者のうち最初なるは多くの語の皇后なりき 五二―五四
かれ淫慾の非に耽り、おのが招ける汚辱を免かれんため律法をたてゝ快樂を囘護へり 五五―五七
かれはセミラミスなり、書にかれニーノの後を承く、即ちその妻なる者なりきといへるは是なり、かれはソルダンの治むる地をその領とせり 五八―六〇
次は戀のために身を殺しシケーオの灰にむかひてその操を破れるもの、次は淫婦クレオパトラースなり 六一―六三
エレーナを見よ、長き禍ひの時めぐり來れるもかれのためなりき、また戀と戰ひて身ををへし大いなるアキルレを見よ 六四―六六
見よパリスを、トリスターノを、かくいひてかれ千餘の魂の戀にわが世を逐はれし者を我にみせ、指さして名を告げぬ 六七―六九
わが師かく古の淑女騎士の名を告ぐるをきける時、我は憐みにとらはれ、わが神氣絶えいるばかりになりぬ 七〇―七二
我曰ふ、詩人よ、願はくはわれかのふたりに物言はん、彼等相連れてゆき、いと輕く風に乘るに似たり 七三―七五
かれ我に、かれらのなほ我等に近づく時をみさだめ、彼等を導く戀によりて請ふべし、さらば來らむ 七六―七八
風彼等をこなたに靡かしゝとき、われはたゞちに聲をいだして、あはれなやめる魂等よ、彼もし拒まずば來りて我等に物言へといふ 七九―八一
たとへば鳩の、願ひに誘はれ、そのつよき翼をたかめ、おのが意に身を負はせて空をわたり、たのしき巣にむかふが如く 八二―八四
情ある叫びの力つよければ、かれらはディドの群を離れ魔性の空をわたりて我等にむかへり 八五―八七
あゝやさしく心あたゝかく、世を紅に染めし我等をもかへりみ、暗闇の空をわけつつゆく人よ 八八―九〇
汝我等の大いなる禍ひをあはれむにより、宇宙の王若し友ならば、汝のためにわれら平和をいのらんものを 九一―九三
すべて汝が聞きまたかたらんとおもふことは我等汝等にきゝまた語らむ、風かく我等のために默す間に 九四―九六
わが生れし邑は海のほとり、ポーその從者らと平和を求めてくだるところにあり 九七―九九
いちはやく雅心をとらふる戀は、美しきわが身によりて彼を捉へき、かくてわれこの身を奪はる、そのさまおもふだにくるし 一〇〇―一〇二
戀しき人に戀せしめではやまざる戀は、彼の慕はしきによりていと強く我をとらへき、されば見給ふ如く今猶我を棄つることなし 一〇三―一〇五
戀は我等を一の死にみちびきぬ、我等の生命を斷てる者をばカイーナ待つなり、これらの語を彼等われらに送りき 一〇六―一〇八
苦しめる魂等のかくかたるをきゝし時、我はたゞちに顏をたれ、ながく擧ぐるをえざりしかば詩人われに何を思ふやといふ 一〇九―一一一
答ふるにおよびて我曰ひけるは、あはれ幾許の樂しき思ひ、いかに切なる願ひによりてかれらこの憂ひの路にみちびかれけん 一一二―一一四
かくてまた身をめぐらしてかれらにむかひ、語りて曰ひけるは、フランチェスカよ、我は汝の苛責を悲しみかつ憐みて泣くにいたれり 一一五―一一七
されど我に告げよ、うれしき大息たえぬころ、何によりいかなるさまにていまだひそめる胸の思ひを戀ぞと知れる 一一八―一二〇
かれ我に、幸なくて幸ありし日をしのぶよりなほ大いなる苦患なし、こは汝の師しりたまふ 一二一―一二三
されど汝かくふかく戀の初根をしるをねがはゞ、我は語らむ、泣きつゝかたる人のごとくに 一二四―一二六
われら一日こゝろやりとて戀にとらはれしランチャロットの物語を讀みぬ、ほかに人なくまたおそるゝこともなかりき 一二七―一二九
書はしば/\われらの目を唆かし色を顏よりとりされり、されど我等を從へしはその一節にすぎざりき 一三〇―一三二
かの憧るゝ微笑がかゝる戀人の接吻をうけしを讀むにいたれる時、いつにいたるも我とはなるゝことなきこの者 一三三―一三五
うちふるひつゝわが口にくちづけしぬ、ガレオットなりけり書も作者も、かの日我等またその先を讀まざりき 一三六―一三八
一の魂かくかたるうち、一はいたく泣きたれば、我はあはれみのあまり、死に臨めるごとく喪神し 一三九―一四一
死體の倒るゝごとくたふれき 一四二―一四四
第六曲
所縁の兩者をあはれみ、心悲しみによりていたくみだれ、そのため萎えしわが官能、また我に返れる時 一―三
我わがあたりをみれば、わが動く處、わが向ふ處、わが目守る處すべて新なる苛責新なる苛責を受くる者ならぬはなし 四―六
我は第三の獄にあり、こは永久の詛ひの冷たきしげき雨の獄なり、その法と質とは新なることなし 七―九
大粒の雹、濁れる水、および雪はくらやみの空よりふりしきり、地はこれをうけて惡臭を放てり 一〇―一二
猛き異樣の獸チェルベロこゝに浸れる民にむかひ、その三の喉によりて吠ゆること犬に似たり 一三―一五
これに紅の眼、脂ぎりて黒き髯、大いなる腹、爪ある手あり、このもの魂等を爬き、噛み、また裂きて片々にす 一六―一八
雨はかれらを犬のごとくさけばしむ、かれら幸なき神なき徒、片脇をもて片脇の防禦とし、またしば/\反側す 一九―二一
大いなる蟲チェルベロ我等を見し時、口をひらき牙をいだしぬ、その體にはゆるがぬ處なかりき 二二―二四
わが導者雙手をひらきて土を取り、そのみちたる土を飽くことなき喉の中に投げ入れぬ 二五―二七
鳴いてしきりに物乞ふ犬も、その食物を噛むにおよびてしづまり、たゞこれを喰ひ盡さんとのみおもひてもだゆることあり 二八―三〇
さけびて魂等を驚かし、かれらに聾ならんことをねがはしめし鬼チェルベロの汚き顏もまたかくのごとくなりき 三一―三三
我等ははげしき雨にうちふせらるゝ魂をわたりゆき、體とみえてしかも空なるその象を踏みぬ 三四―三六
かれらはすべて地に臥しゐたるに、こゝにひとり我等がその前を過ぐるをみ、坐らんとてたゞちに身を起せる者ありき 三七―三九
この者我にいひけるは、導かれてこの地獄を過行くものよ、もしかなはゞわが誰なるを思ひ出でよ、わが毀たれぬさきに汝は造られき 四〇―四二
我これに、汝のうくる苦しみは汝をわが記憶より奪へるか、われいまだ汝を見しことなきに似たり 四三―四五
然ど告げよ、汝いかなる者なればかく憂き處におかれ又かゝる罰を受くるや、たとひ他に之より重き罰はありともかく厭はしき罰はあらじ 四六―四八
彼我に、嫉み盈ち/\てすでに嚢に溢るゝにいたれる汝の邑は、明き世に我を收めし處なりき 四九―五一
汝等邑民われをチヤッコとよびなせり、害多き暴食の罪によりてわれかくの如く雨にひしがる 五二―五四
また悲しき魂の我ひとりこゝにあるにあらず、これらのものみな同じ咎によりて同じ罰をうく、かくいひてまた言なし 五五―五七
われ答へて彼に曰けるは、チヤッコよ、汝の苦しみはわが心をいたましめわが涙を誘ふ、されどもし知らば、分れし邑の邑人の行末 五八―六〇
一人だにこゝに義者ありや、またかく大いなる不和のこゝを襲ふにいたれる源を我に告げよ 六一―六三
かれ我に、長き爭ひの後彼等は血を見ん、鄙の徒黨いたく怨みて敵を逐ふべし 六四―六六
かくて三年の間にこれらは倒れ、他はいま操縱すものゝ力によりて立ち 六七―六九
ながくその額を高うし、歎き、憤りいかに大いなりとも敵を重き重荷の下に置くべし 七〇―七二
義者二人あり、されどかへりみらるゝことなし、自負、嫉妬、貪婪は人の心に火を放てる三の火花なり 七三―七五
かくいひてかれその斷腸の聲をとゞめぬ、我彼に、願はくはさらに我に教へ、わがために言を惜しむなかれ 七六―七八
世に秀でしファーリナータ、テッギアイオ、またヤーコポ・ルスティクッチ、アルリーゴ、モスカそのほか善を行ふ事にその才をむけし者 七九―八一
何處にありや、我に告げ我に彼等をしらしめよ、これ大いなる願ひ我を促し、天彼等を甘くするや地獄彼等を毒するやを知るを求めしむればなり 八二―八四
彼、彼等は我等より黒き魂の中にあり、異なる罪その重さによりて彼等を深處に沈ましむ、汝下りてそこに至らば彼等をみるをえん 八五―八七
されど麗しき世にいづる時、ねがはくは汝我を人の記憶に薦めよ、われさらに汝に告げず、またさらに汝に答へず 八八―九〇
かくてかれその直なりし目を横に歪め、少しく我を見て後頭をたれ、これをほかの盲等とならべて倒れぬ 九一―九三
導者我に曰ふ、天使の喇叭ひゞくまで彼ふたゝび身を起すことなし、仇なる權能來るとき 九四―九六
かれら皆悲しき墓にたちかへり、ふたゝびその肉その形をとりてとこしへに鳴渡るものをきくべし 九七―九九
少しく後世のことをかたりつゝ我等は斯く魂と雨と汚く混れるなかを歩しづかにわけゆきぬ 一〇〇―一〇二
我すなはちいふ、師よ、かゝる苛責の苦しみは大いなる審判の後増すべきか減るべきかまたはかく燃ゆべきか 一〇三―一〇五
彼我に汝の教にかへるべし、曰く、物いよ/\全きに從ひ、幸を感ずるいよ/\深し、苦しみを感ずるまた然りと 一〇六―一〇八
たとひこの詛ひの民眞の完全にいたるをえずとも、その後は前よりこれにちかゝらむ 一〇九―一一一
我等迂囘してこの路をゆき、こゝにのべざる多くの事をかたりつゝ降るべき處にいたり 一一二―一一四
こゝに大敵プルートを見き 一一五―一一七
第七曲
パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ、聲を嗄らしてプルートは叫べり、萬のことを知りたまへるやさしき聖 一―三
我を勵まさんとていひけるは、汝おそれて自ら損ふなかれ、彼にいかなる力ありとも、汝にこの岩を降らしめざることあらじ 四―六
またかの膨るゝ顏にむかひいひけるは、默せ、冥罰重き狼よ、その怒りをもて己が心を滅ぼし盡せ 七―九
かく深處にゆくは故なきにあらず、こはミケーレが仇を不遜の非倫にかへせる天にて思ひ定められしなり 一〇―一二
たとへば風にはらめる帆の檣碎けて縺れ落つるごとく、かの猛き獸地に倒れぬ 一三―一五
かくして我等は宇宙一切の惡をつゝむ憂ひの岸をすゝみゆき、第四の坎に下れり 一六―一八
あゝ神の正義よ、かく多くの新なる苦しみと痛みとを押填むるは誰ぞ、我等の罪何ぞ我等をかく滅ぼすや 一九―二一
かの逆浪に觸れてくだくるカリッヂの浪の如く、斯民またこゝにリッダを舞はではかなはじ 二二―二四
我はこゝに何處よりも多くの民のかなたこなたにありていたくわめき、胸の力によりて重荷をまろばすをみき 二五―二七
かれらは互に打當り、あたればたゞちに身を飜し、何ぞ溜むるや何ぞ投ぐるやと叫び、もときしかたにまろばせり 二八―三〇
かくて彼等はかなたこなたより異なる方向をとりてまたも恥づべき歌をうたひ、暗き獄を傳ひてかへり 三一―三三
かくして圈の半にいたればふたゝびこゝに渡り合ひ、各その身をめぐらせり、心刺さるゝばかりなりしわれ 三四―三六
いひけるは、わが師よ、これ何の民なりや、また我等の左なる髮を削れるものらすべてこれ僧なりしや、いま我に示したまへ 三七―三九
彼我に、かれらは悉く第一の世に心ゆがみて程よく費すことをなさざりしものなり 四〇―四二
こはこの地獄の中表裏なる咎かれらを分つ二の點にいたる時かれらその吠ゆる聲によりていと明かならしむ 四三―四五
頭に毛の蔽物なき者は僧なりき、また法王、カルディナレあり、慾その衷に權を行ふ 四六―四八
我、師よ、わが識れるものにてこの罪咎に汚るゝものかならずかれらの中にあらん 四九―五一
かれ我に、汝空しき思ひを懷けり、彼等を汚せる辨別なき生命はいまかれらを昧し、何者もかれらをわきまへがたし 五二―五四
かれら限りなくこの二の牴觸をみん、此等は手を閉ぢ、これらは髮を短くして墓よりふたゝび起きいづべし 五五―五七
あしく費しあしく貯へしことは美しき世をかれらより奪ひ、かれらにこの爭ひあらしむ、われこゝに言を飾りてそのさまをいはじ 五八―六〇
子よ、汝いま知りぬらん、命運に委ねられ、人みなの亂の本なる世の富貴のただ苟且の戲を 六一―六三
そは月の下に今ありまた昔ありし黄金こと/″\く集まるともこれらよわれる魂の一にだに休みをえさすることはよくせじ 六四―六六
我彼に曰ふ、師よ、さらにいま我に告げよ、汝謂ふ所の命運とはこれいかなるものにて斯く世の富貴をその手の裡にをさむるや 六七―六九
彼我に、あゝ愚なる人々よ、汝等を躓かすは何等の無智ぞや、いざ汝この事についてわがいふところのことを含め 七〇―七二
夫れその智萬物に超ゆるもの諸天を造りてこれに司るものを與へたまへり、かくて各部は各部にかゞやき 七三―七五
みな分に應じてその光を頒つ、これと同じく世にありてもまたその光輝をすべをさめ且つ導く者を立てたまへり 七六―七八
このもの時至れば空しき富貴を民より民に血より血に移し人智もこれを防ぐによしなし 七九―八一
此故にその定にしたがひて一の民榮え一の民衰ふ、またその定の人にかくるゝこと草の中なる蛇の如し 八二―八四
汝等の智何ぞこれに逆ふことをえん、彼先を見て定めおのが權を行ふことなほ神々のしかするに似たり 八五―八七
その推移には休歇なし、已むなきの力かれをはやむ、その流轉にあふもの屡と出づるも宜なるかな 八八―九〇
彼を讚むべきもの却つて彼を十字架につけ、故なきに難じ、汚名を負はしむ 九一―九三
されどかれ祝福をうけてこれを聞かず、はじめて造られしものと共にこゝろよくその輪を轉らし、まためぐまるゝによりて喜び多し 九四―九六
いざ今より我等は尚大いなる憂ひにくだらん、わが進みしとき登れる星はみな既にかたむきはじむ、我等ながくとゞまる能はず 九七―九九
我等この獄を過ぎてかなたの岸にいたれるに、こゝに一の泉ありて湧きこゝより起れる一の溝にそゝげり 一〇〇―一〇二
水の黒きことはるかにペルソにまさりき、我等黯める波にともなひ慣れざる路をつたひてくだりぬ 一〇三―一〇五
この悲しき小川はうす黒き魔性の坂の裾にくだりてスティージェとよばるゝ一の沼となれり 一〇六―一〇八
こゝにわれ心をとめて見んとて立ち、この沼の中に、泥にまみれみなはだかにて怒りをあらはせる民を見き 一〇九―一一一
かれらは手のみならず、頭、胸、足をもて撃ちあひ、齒にて互に噛みきざめり 一一二―一一四
善き師曰ふ、子よ、今汝は怒りに負けしものゝ魂を見るなり、汝またかたく信すべし 一一五―一一七
この水の下に民あることを、かれらその歎息をもて水の面に泡立たしむ、こはいづこにむかふとも汝の目汝に告ぐる如し 一一八―一二〇
泥の中にて彼等はいふ、日を喜ぶ麗しき空氣のなかにも無精の水氣を衷にやどして我等鬱せり 一二一―一二三
今我黒き泥水のなかに鬱すと、かれらこの聖歌によりて喉に嗽す、これ全き言にてものいふ能はざればなり 一二四―一二六
かくして我等は乾ける土と濡れたる沼の間をあゆみ、目を泥を飮む者にむかはしめ、汚き瀦の大なる孤をめぐりて 一二七―一二九
つひに一の城樓の下にいたれり 一三〇―
第八曲
續いて語るらく、高き城樓の下を距るなほいと遠き時、我等は目をその頂に注げり 一―三
これ二の小さき焔のこゝにおかるゝをみしによりてなり、又他に一之と相圖を合せしありしも距離大なれば我等よく認むるをえざりき 四―六
こゝにわれ全智の海にむかひ、いひけるは、この火何といひ、かの火何と答ふるや、またこれをつくれるものは誰なりや 七―九
彼我に、既に汝は來らんとすることを汚れし波の上に辨ちうべし、若し沼の水氣これを汝に隱さずば 一〇―一二
矢の絃に彈かれ空を貫いて飛ぶことはやきもわがこの時見し一の小舟には如かじ 一三―一五
舟は水を渡りて、我等のかたにすゝめり、これを操れるひとりの舟子よばゝりて、惡しき魂よ、汝いま來れるかといふ 一六―一八
わが主曰ひけるは、フレジアス、フレジアス、こたびは汝さけぶも益なし、我等汝に身を委ぬるは、泥を越えゆく間のみ 一九―二一
怒りを湛へしフレジアスのさま、さながら大いなる欺罔に罹れる人のこれをさとりていたみなげくが如くなりき 二二―二四
わが導者船にくだり、尋で我に入らしめぬ、船はわが身をうけて始めてその荷を積めるに似たりき 二五―二七
導者も我も乘り終れば、年へし舳忽ち進み、その水を切ること常よりも深し 二八―三〇
我等死の溝を馳せし間に、泥を被れるもの一人わが前に出でゝいひけるは、時いたらざるに來れる汝は誰ぞ 三一―三三
我彼に、われ來れども止まらず、然れ、かく汚るゝにいたれる汝は誰ぞ、答へていふ、見ずやわが泣く者なるを 三四―三六
我彼に、罰當の魂奴、歎悲の中にとゞまれ、いかに汚るとも我汝を知らざらんや 三七―三九
この時彼船にむかひて兩手をのべぬ、師はさとりてかれをおしのけ、去れ、かなたに、他の犬共にまじれといふ 四〇―四二
かくてその腕をもてわが頸をいだき顏にくちづけしていひけるは、憤りの魂よ、汝を孕める女は福なるかな 四三―四五
かれは世に僭越なりしものにてその記憶を飾る徳なきがゆゑに魂ここにありてなほ猛し 四六―四八
それ地上現に大王の崇をうけしかも記念におそるべき誹りを殘して泥の中なる豚の如くこゝにとゞまるにいたるものその數いくばくぞ 四九―五一
我、師よ、我等池をいでざる間に、願はくはわれ彼がこの羹のなかに沈むを見るをえんことを 五二―五四
彼我に、岸汝に見えざるさきにこの事あるべし、かゝる願ひの汝を喜ばすはこれ適はしきことなればなり 五五―五七
この後ほどなく我は彼が泥にまみれし民によりていたく噛み裂かるゝをみぬ、われこれがためいまなほ神を讚め神に謝す 五八―六〇
衆皆叫びてフィリッポ・アルゼンティをといへり、怒れるフィレンツェの魂は齒にておのれを噛めり 六一―六三
こゝにて我等彼を離れぬ、われまた彼の事を語らじ、されど此時苦患の一聲わが耳を打てり、我は即ち前を見んとて目をみひらけり 六四―六六
善き師曰ひけるは、子よ、ディーテと稱ふる邑は今近し、こゝには重き邑人大いなる群集あり 六七―六九
我、師よ、我は既にかなたの溪間に火の中より出でたる如く赤き伽藍をさだかにみとむ 七〇―七二
彼我に曰ふ、内に燃ゆる永久の火はこの深き地獄の中にもなほ汝にみゆるごとく彼等を赤くす 七三―七五
我等はつひこの慰めなき邑を固むる深き濠に入れり、圍は鐡より成るに似たりき 七六―七八
めぐり/\てやうやく一の處にいたれば、舟子たかくさけびて、入口はこゝぞ、いでよといふ 七九―八一
我見しに天より降れる千餘のもの門上にあり、怒りていひけるは、いまだ死なざるに 八二―
死せる民の王土を過ぐる者は誰ぞや、智きわが師はひそかに語らはんとの意を彼等に示せるに ―八七
かれら少しくその激しき怒りをおさへ、いひけるは、汝ひとり來り、かく膽ふとくもこの王土に入りたる者を去らせよ 八八―九〇
狂へる路によりて彼ひとりかへり、しかなしうべきや否やを見しめ、かくこの暗き國をかれに示せる汝はこゝに殘るべし 九一―九三
讀者よ、この詛ひの言をきゝて再び世にかへりうべしと信ぜざりし時、わが心挫けざりしや否やをおもへ 九四―九六
我曰ふ、あゝ七度あまり我を安全にかへらしめ、たちむかへる大難より我を救ひいだせし愛する導者よ 九七―
かくよるべなき我を棄てたまふなかれ、もしなほさきに行くあたはずは、我等疾く共に踵をめぐらさん ―一〇二
我をかしこに導ける主曰ひけるは、恐るゝなかれ、何者といへども我等の行方を奪ふをえず、彼これを我等に與へたればなり 一〇三―一〇五
さればこゝにて我を待ち、よわれる精神をはげまし、眞の希望を食め、我汝をこの低き世に棄てざればなり 一〇六―一〇八
かくてやさしき父は我をこの處に置きて去り、我は疑ひのうちに殘れり、然と否とはわが頭の中に爭へるなりき 一〇九―一一一
彼何をかれらにいへるや、我は聞くをえざりき、されど彼かれらとあひてほどなきに、かれ等みな競ひて内にはせいりぬ 一一二―一一四
我等の敵は門をわが主の前に閉せり、主は外に殘され、その足おそくわが方にかへれり 一一五―一一七
目は地にむかひ、眉に信念の跡をとゞめず、たゞ歎きて憂ひの家を我に拒めるは誰ぞといふ 一一八―一二〇
また我にいひけるは、わが怒るによりて汝恐るゝなかれ、いかなる者共内にゐて防ぎ止めんとつとむとも、我はこの爭ひにかつべし 一二一―一二三
彼等の非禮を行ふは新しきことにあらず、かく祕めらるゝことなく今もなき門のほとりにそのかみ彼等またこれを行へり 一二四―一二六
汝がかの死の銘をみしは即ちこの門の上なりき、いまそのこなたに導者なく圈また圈を過ぎて坂を降るひとりのものあり 一二七―一二九
かれよくこの邑を我等のためにひらくべし 一三〇―一三二
第九曲
導者の歸り來るを見てわが面を染めし怯心の色は彼の常ならぬ色をかへつてはやくうちに抑へき 一―三
彼は耳を欹つる人の如く心してとゞまれり、これその目、黒き空、濃き霧をわけて遠くかれを導くをえざりしによりてなり 四―六
彼曰ふ、さばれ我等必ずこの戰ひに勝つべし、されどもし……彼なりき進みて助けを約せるは、あゝかの一者の來るを待つ間はいかに長いかな 七―九
我は彼が先と異なれることを後にいひ、これをもてその始めを蔽へるさまをさだかに知れり 一〇―一二
彼かくなせるもそのいふ事なほ我を怖しめき、こはわが彼の續かざる言に彼の思ひゐたるよりなほ惡き意義を含ませし故にやありけん 一三―一五
罰はたゞ望みを絶たれしのみなる第一の獄より悲しみの坎かく深くくだるものあることありや 一六―一八
われこの問を起せるに彼答へて曰ひけるは、我等の中にはかゝる旅路につくものあることまれなり 一九―二一
されどまことは我一たびこゝに降れることあり、こは魂等を呼びてその體にかへらしめし酷きエリトンの妖術によれり 二二―二四
わが肉我を離れて後少時、ジュダの獄より一の靈をとりいださんため彼我をこの圍の中に入らしめき 二五―二七
この獄はいと低くいと暗く萬物を廻らす天を距ることいと遠し、我善く路をしる、この故に心を安んぜよ 二八―三〇
はげしき惡臭を放つこれなる沼は、我等がいま怒りをみずして入るをえざる憂ひの都をかこみめぐる 三一―三三
このほかなほいへることありしも我おぼえず、これわが目はわが全心を頂もゆる高き城樓にひきよせたればなり 三四―三六
忽ちこゝに血に染みていと凄き三のフーリエ時齊しくあらはれいでぬ、身も動作も女性のごとく 三七―三九
いと濃き緑の水蛇を帶とす、小蛇チェラスタ髮に代りてその猛き後額を卷けり 四〇―四二
この時かれ善くかぎりなき歎きの女王の侍婢等を認めて我にいひけるは、兇猛なるエーリネを見よ 四三―四五
左なるはメジェラ右に歎くはアレットなり、テシフォネ中にあり、斯く言ひて默せり 四六―四八
彼等各と爪をもておのが胸を裂き掌をもておのが身を打てり、その叫びいと高ければ我は恐れて詩人によりそひき 四九―五一
俯き窺ひつゝみないひけるは、メヅーサを來らせよ、かくして彼を石となさん、我等テゼオに襲はれて怨みを報いざりし幸なさよ 五二―五四
身をめぐらし後にむかひて目を閉ぢよ、若しゴルゴンあらはれ、汝これを見ば、再び上に歸らんすべなし 五五―五七
師はかくいひて自らわが身を背かしめ、またわが手を危ぶみ、おのが手をもてわが目を蔽へり 五八―六〇
あゝまことの聰明あるものよ、奇しき詩のかげにかくるゝをしへを見よ 六一―六三
この時既にすさまじく犇めく物音濁れる波を傳ひ來りて兩岸これがために震へり 六四―六六
こはあたかも反する熱によりて荒れ、林を打ちて支ふるものなく、枝を折り裂き 六七―
うち落し吹きおくり、塵を滿たしてまたほこりかに吹き進み、獸と牧者を走らしむる風の響きのごとくなりき ―七二
かれ手を放ちていひけるは、いざ目をかの年へし水沫にそゝげ、かなた烟のいと深きあたりに 七三―七五
たとへば敵なる蛇におどろき、群居る蛙みな水に沈みて消え、地に蹲まるにいたるごとく 七六―七八
我は一者の前を走れる千餘の滅亡の魂をみき、この者徒歩にてスティージェを渡るにその蹠濡るゝことなし 七九―八一
かれはしば/\左手をのべて顏のあたりの霧をはらへり、その疲れし如くなりしはたゞこの累ありしためのみ 八二―八四
我は彼が天より遣はされし者なるをさだかに知りて師にむかへるに、師は我に示して口を噤ましめ、また身をその前にかゞめしむ 八五―八七
あゝその憤りいかばかりぞや、かれ門にゆき、支ふる者なければ一の小さき杖をもてこれをひらけり 八八―九〇
かくて恐ろしき閾の上よりいふ、あゝ天を逐はれし者等よ、卑しき族よ、汝等のやどす慢心はいづこよりぞ 九一―九三
その目的削がるゝことなく、かつしば/\汝等の苦患を増せる天意に對ひ足を擧ぐるは何故ぞ 九四―九六
命運に逆ふ何の益ぞ、汝等のチェルベロいまなほこれがため頤と喉に毛なきを思はずや 九七―九九
かくて彼我等に何の言だになく汚れし路をかへりゆき、そのさまさながらほかの思ひに責め刺され 一〇〇―
おのが前なる者をおもふに暇なき人のごとくなりき、聖語を聞いて心安く、我等足を邑のかたにすゝめ ―一〇五
戰はずして内に入りにき、我はまたかゝる砦の内なるさまのいかなるやをみんことをねがひ 一〇六―一〇八
たゞちに目をわがあたりに投ぐれば、四方に一の大なる廣場ありて苦患ときびしき苛責を滿たせり 一〇九―一一一
ローダーノの水澱むアルリ、またはイタリアを閉してその境を洗ふカルナーロ近きポーラには 一一二―一一四
多くの墓ありて地に平らかなる處なし、こゝもまた墓のためにすべてかくの如く、たゞ異なるはそのさまいよ/\苦きのみ 一一五―一一七
そは多くの焔墓の間に散在して全くこれを燒けばなり、げにいかなる技工といへどもこれより赤くは鐡を燒くを需めぬなるべし 一一八―一二〇
蓋は悉く上げられ幸なき者苦しむ者にふさはしきはげしき歎聲内より起れり 一二一―一二三
我、師よ、これらの墓の中に葬られ、たゞ憂ひの歎息を洩すのみなるこれらの民は何なりや 一二四―一二六
彼我に、邪宗の長等その各流の宗徒とともにこゝにあるなり、またこれらの墓の中には汝の思ふよりも多くの荷あり 一二七―一二九
みな類にわかちて葬られ、塚の熱度一樣ならず、かくいひて右にむかへり 一三〇―一三二
我等は苛責と高壘の間を過ぎぬ 一三三―一三五
第十曲
さて城壁と苛責の間のかくれたる路に沿ひ、わが師さきに我はその背に附きて進めり 一―三
我曰ふ、あゝ心のまゝに我を導き信なき諸の獄をめぐる比類なき功徳よ、請ふ我に告げわが願ひを滿たせ 四―六
墓の中に臥せる民、われこれを見るをうべきか、蓋みな上げられて守る者なし 七―九
彼我に、かれら上の世に殘せる體をえてヨサファットよりこゝにかへらば皆閉ぢん 一〇―一二
こなたにはエピクロとかれに傚ひて魂を體とともに死ぬるとなす者みな葬らる 一三―一五
さればたゞちにこの中にて汝は我に求めしものをえ、默して我にいはざりし汝の願ひもまた成るべし 一六―一八
我、善き導者よ、言少なきを希ふにあらずばわれ何ぞわが心を汝に祕むべき、汝かく我に思はしめしは今のみならじ 一九―二一
恭しくかたりつゝ生きながら火の都を過ぎゆくトスカーナ人よ、ねがはくはこの處にとゞまれ 二二―二四
汝は汝の言によりて尊きわが郷土(恐らくはわが虐げし)の生れなるをしらしむ 二五―二七
この聲ゆくりなく一の墓より出でければ、我はおそれてなほ少しくわが導者に近づけり 二八―三〇
彼我に曰ひけるは、汝何をなすや、ふりかへりてかしこに立てるファーリナータを見よ、その腰より上こと/″\くあらはる 三一―三三
我はすでに目をかれの目にそゝぎゐたるに、かれはその胸と額をもたげ起してあたかもいたく地獄を嘲るに似たりき 三四―三六
この時導者は汝の言を明かならしめよといひ、臆せず弛なき手をもて我を墓の間におしやりぬ 三七―三九
われ彼の墓の邊にいたれるとき、彼少しく我を見てさて蔑視ごとく問ひていひけるは、汝の祖先は誰なりや 四〇―四二
我は從はんことをねがひてかくさず、一切をかれにうちあけしに、少しく眉をあげて 四三―四五
いひけるは、かれらは我、わが祖先、またわが黨與の兇猛なる敵なりき、さればわれ兩度かれらを散らせることあり 四六―四八
我答へて彼に曰ひけるは、かれら逐はれしかども前にも後にも四方より歸れり、されど汝の徒は善くこの術を習はざりき 四九―五一
この時開ける口より一の魂これとならびて頤まであらはせり、思ふにかれは膝にて立てるなるべし 五二―五四
我とともにある人ありや否やをみんとねがへる如くわが身のあたりをながめたりしが、疑ひ全く盡くるにおよびて 五五―五七
泣きて曰ひけるは、汝若し才高きによりてこの失明の獄をめぐりゆくをえば、わが兒はいづこにありや、かれ何ぞ汝と共にあらざる 五八―六〇
我彼に、われ自ら來れるにあらず、かしこに待つ者我を導きてこゝをめぐらしむ、恐らくはかれは汝のグイードの心に侮りし者ならん 六一―六三
かれの言と刑罰の状とは既にその名を我に讀ましめ、わが答かく全きをえしなりき 六四―六六
かれ忽ち起きあがり叫びていひけるは、汝何ぞ「りし」といへるや、彼猶生くるにあらざるか、麗しき光はその目を射ざるか 六七―六九
わがためらひてとみに答へざりしをみ、かれは再び仰きたふれ、またあらはれいづることなかりき 七〇―七二
されど我に請ひて止まらしめし心大いなる者、顏をも變へず頸をも動かさずまた身をも曲げざりき 七三―七五
かれさきの言を承けていひけるは、彼等もしよくこの術を習はざりきとならば、その事この床よりも我を苦しむ 七六―七八
されどこゝを治むる女王の顏燃ゆることいまだ五十度ならぬ間に、汝自らその術のいかに難きやをしるにいたらむ 七九―八一
(願はくは汝麗しき世に歸るをえんことを)請ふ我に告げよ、かの人々何故に凡てその掟により、わが宗族をあしらふことかく殘忍なりや 八二―八四
我すなはち彼に、アルビアを紅に色採りし敗滅と大いなる殺戮とはかかる祈りを我等の神宮にさゝげしむ 八五―八七
彼歎きつゝ頭をふりていひけるは、そもかの事に與れるはわれひとりにあらざりき、また我何ぞ故なくして人々とともに動かんや 八八―九〇
されどフィレンツェを毀たんとて人々心をあはせし處にては、これをあらはに囘護ひたる者たゞわれひとりのみなりき 九一―九三
我彼に請ひていひけるは、あゝねがはくは汝の裔つひに安息をえんことを、請ふここにわが思想の縺となれる節を解け 九四―九六
我善く汝等のいふところをきくに、汝等は時の携へ來るものをあらかじめみれども現在にわたりてはさることなきに似たり 九七―九九
彼曰ふ、我等遠く物をみること恰も光備はらざる人のごとし、これ比類なき主宰いまなほ我等の上にかく輝くによりてなり 一〇〇―一〇二
物近づきまたはまのあたりにある時我等の智全く空し、若し我等に告ぐる者なくば世のありさまをいかでかしらん 一〇三―一〇五
この故に汝會得しうべし、未來の門の閉さるゝとともに我の知識全く死ぬるを 一〇六―一〇八
この時われいたく我咎を悔いていひけるは、さらば汝かの倒れし者に告げてその兒いまなほ生ける者と共にありといへ 一〇九―一一一
またさきにわが默して答へざりしは汝によりて解かれし迷ひにすでに心をむけたるが故なるをしらしめよ 一一二―一一四
わが師はすでに我を呼べり、われすなはちいよ/\いそぎてこの魂にともにある者の誰なるやを告げんことを請ひしに 一一五―一一七
彼我にいひけるは、我はこゝに千餘の者と共に臥す、こゝに第二のフェデリーコとカルディナレあり、その他はいはず 一一八―一二〇
かくいひて隱れぬ、我はわが身に仇となるべきかの言をおもひめぐらし、足を古の詩人のかたにむけたり 一二一―一二三
かれは歩めり、かくてゆきつゝ汝何ぞかく思ひなやむやといふ、われその問に答へしに 一二四―一二六
聖訓していひけるは、汝が聞けるおのが凶事を記憶に藏めよ、またいま心をわが言にそゝげ、かくいひて指を擧げたり 一二七―一二九
美しき目にて萬物を見るかの淑女の麗しき光の前にいたらば汝はかれによりておのが生涯の族程をさとることをえん 一三〇―一三二
かくて彼足を左にむけたり、我等は城壁をあとにし、一の溪に入りたる路をとり、内部にむかひてすゝめり 一三三―一三五
溪は忌むべき惡臭をいだして高くこの處に及ばしむ 一三六―一三八
第十一曲
碎けし巨岩の輪より成る高き岸の縁にいたれば、我等の下にはいよ/\酷き群ありき 一―三
たちのぼる深淵の惡臭たへがたく劇しきをもて、我等はとある大墳の蓋の後方に身を寄せぬ 四―
われこゝに一の銘をみたり、曰く、我はフォーチンに引かれて正路を離れし法王アナスターショを納むと ―九
我等ゆるやかにくだりゆくべし、かくして官能まづ少しく悲しみの氣息に慣れなば、こののち患をなすことあらじ 一〇―一二
師斯く、我彼に曰ふ、時空しく過ぐるなからんため補充の途を求めたまへ、彼、げに我もまたその事をおもへるなり 一三―一五
又曰ひけるは、わが子よ、これらの岩の中に三の小さき獄あり、その次第をなすこと汝が去らんとする諸の獄の如し 一六―一八
これらみな詛ひの魂にて滿たさる、されどこの後汝たゞ見るのみにて足れりとするをえんため、彼等の繋がるゝ状と故とをきけ 一九―二一
夫れ憎を天にうくる一切の邪惡はその目的非を行ふにあり、しかしてすべてかゝる目的は或は力により或は欺罔によりて他を窘む 二二―二四
されど欺罔は人特有の罪惡なれば、神意に悖ること殊に甚し、この故にたばかる者低きにあり、かれらを攻むる苦患また殊に大なり 二五―二七
第一の獄はすべて荒ぶる者より成る、されど力のむかふところに三の者あれば、この獄また三の圓にわかたる 二八―三〇
力の及びうべきところに神あり、自己あり、隣人あり、こは此等と此等に屬けるものゝ謂なることわれなほ明かに汝に説くべし 三一―三三
力隣人に及べば死となりいたましき傷となり、その持物におよべば破壞、放火、また不法の掠奪となる 三四―三六
この故に人を殺す者、惡意より撃つ者、荒らす者、掠むる者、皆類にわかたれ、第一の圓これを苛責す 三七―三九
人暴の手を己が身己が産にくだすことあり、この故に自ら求めて汝等の世を去り 四〇―
またはその産業を博奕によりて盡し、費し盡し、喜ぶべき處に歎く者徒に第二の圓に悔ゆ ―四五
心に神を無みし神を誹り、また自然と神の恩惠をかろんずるは、これ人神にむかひてその力を用ふるものなり 四六―四八
この故に最小の圓はその印をもてソッドマ、カオルサ、また心より神を輕んじかつ口にする者を封ず 四九―五一
欺罔は(心これによりて疚しからぬはなし)人之を己を信ずるものまたは信ぜざるものに行ふ 五二―五四
後者はたゞ自然が造れる愛の繋を斷つに似たり、この故に僞善、諂諛、人を惑はす者 五五―
詐欺、竊盜、シモエア、判人、汚吏、およびこのたぐひの汚穢みな第二の獄に巣くへり ―六〇
前者にありては自然の造れる愛と、その後これに加はりて特殊の信を生むにいたれるものとともにわすらる 六一―六三
この故に宇宙の中心ディーテの座所ある最小の獄にては、すべて信を賣るもの永遠の滅亡をうく 六四―六六
我、師よ、汝の説くところまことに明かに、この深處とその中なる民をわかつことまことによし 六七―六九
されど我に告げよ、泥深き沼にあるもの、風にはこばるゝもの、雨に打たるゝもの、行當りて罵るもの 七〇―七二
もし神の怒りに觸れなば何ぞ罰を朱の都の中にうけざる、またもし觸れずば何故にかゝる状態にありや 七三―七五
彼我に曰ふ、汝の才何ぞその恆をはなれてかく迷ふや、またさにあらずば汝の心いづこをか視る 七六―七八
汝は天の許さゞる三の質、即ち放縱、邪惡、狂へる獸心をつぶさにあげつらひ 七九―
また放縱は神の怒りにふるゝこと少なく誹りを招くこと少なきをいへる汝の倫理の言を憶はずや ―八四
汝善くこの教へを味ひ、かつ上に外に罰をうくるものゝ誰なるやを恩ひ出でなば 八五―八七
また善く何故に彼等この非道の徒とわかたれ、何故に彼等を苛責する神の復讎の怒りかへつて輕きやを見るをえん 八八―九〇
我曰ふ、あゝ一切のみだるゝ視力を癒す太陽よ、汝解くにしたがひて我心をたらはすが故に、疑ひの我を喜ばすこと知るにおとらじ 九一―
請ふなほ少しく溯りて、高利を貪るは神恩にさからふものなりとの汝の言に及び、その纈を解け ―九六
彼我に曰ふ、哲理はこれを究むる者に自然が神の智とその技よりいづるを處々に示せり 九七―
汝また善く汝の理學を閲せば、いまだ幾葉ならざるに汝等の技のつとめて
自然に從ふこと弟子のその師における如く、汝等の技は神の孫なりともいひうべきを見ん ―一〇五
人みな生の道をこの二のものに求め、しかして進むべきなり、汝『創世記』の始めにこの事あるを思ひ出づべし 一〇六―一〇八
しかるに高利を貪るものは、これと異なる道を踏みて望みを他に置き、自然とその從者をかろんず 一〇九―一一一
されどいざ我に從へ、われ行くをねがへばなり、雙魚天涯に煌めき、北斗全くコーロの上にあり 一一二―一一四
しかもくだるべき斷崖なほこゝより遠し 一一五―一一七
第十二曲
岸をくだらんとて行けるところはいと嶮しく、あまつさへこゝに物ありていかなる目にもこれを避けしむ 一―三
トレントのこなたに、或は地震へるため、或は支ふる物なきため、横さまにアディーチェをうちし崩壞あり 四―六
(くづれはじめし山の巓より野にいたるまで岩多く碎け流れて上なる人に路を備ふるばかりになりぬ) 七―九
この斷崖の下るところまたかくの如くなりき、くだけし坎の端には模造の牝牛の胎に宿れる 一〇―
クレーチの名折偃しゐたり、彼我等を見て己が身を噛みぬ、そのさま衷より怒りにとらはれし者に似たりき ―一五
わが聖彼にむかひて叫びていひけるは、汝を地上に死なしめしアテーネの公こゝにありと思へるか 一六―一八
獸よ、たち去れ、彼は汝の姉妹の教へをうけて來れるならず、汝等の罰をみんとて行くなり 一九―二一
撲たれて既に死に臨むにおよびて絆はなれし牡牛の歩む能はずしてかなたこなたに跳ぬることあり 二二―二四
我もミノタウロのしかするを見き、彼機をみてよばゝりていふ、走りて路を得よ、彼狂ふ間にくだるぞ善き 二五―二七
かくて我等はくづれおちたる石をわたりてくだれり、石は例ならぬ重荷を負ひ、わが足の下に動くこと屡なりき 二八―三〇
我は物思ひつゝゆけり、彼曰ひけるは、恐らくは汝はわがしづめし獸の怒りに護らるゝこの崩壞のことを思ふならん 三一―三三
汝今知るべし、さきに我この低き地獄に下れる時はこの岩いまだ落ちざりき 三四―三六
されどわが量るところ違はずば、ディーテに課して第一の獄に大いなる獲物をえし者の來れる時より少しく前の事なりき 三七―三九
深き汚の溪四方に震ひ、我は即ち宇宙愛に感ぜりとおもへり(或人信ずらく 四〇―
世はこれあるによりて屡と渾沌に變れりと)、此時この古き岩こゝにもほかのところにもかく壞れしなりき ―四五
されど目を下に注げ、血の河近ければなり、すべて暴によりて人を害ふものこの中に煮らる 四六―四八
あゝ惡き狂へる盲の慾よ、苟且の世にかく我等を唆かし、後かぎりなき世にかく幸なく我等を漬すとは 四九―五一
われ見しに導者の我に告げし如く、彎曲して弓を成し全く野を抱くに似たる一の廣き濠ありき 五二―五四
岸の裾と是との間にはあまたのチェンタウロ矢を持ち列をくみて駛せゐたり、そのさま恰も世にすみて狩にいでし時の如し 五五―五七
我等の下るを見てみなとゞまりぬ、群のうちよりみたりの者まづ弓矢をえらびこれをもてすゝめり 五八―六〇
そのひとり遙かに叫びていひけるは、汝等崖を下る者いかなる苛責をうけんとて來れるや、その處にて之をいへ、さらずば弓彎かむ 六一―六三
わが師曰ひけるは、我等近づきそこにてキロンに答ふべし、汝は心常にかく燥るによりて禍ひをえき 六四―六六
かくてわが身に觸れていひけるは、彼はネッソとて美しきデイアーニラのために死し、自ら怨みを報いしものなり 六七―六九
眞中におのが胸をみるはアキルレをはぐゝめる大いなるキロン、いまひとりは怒り滿ち/\しフォーロなり 七〇―七二
彼等千々相集まりて濠をめぐりゆき、罪の定むる處を越えて血より出づる魂あればこれを射るを習ひとす 七三―七五
我等は此等の疾き獸に近づけり、キロン矢を取り、※ にて鬚を腮によせて 七六―七八
大いなる口を露はし、侶に曰ひけるは、汝等見たりや、かの後なる者觸るればすなはち物の動くを 七九―八一
死者の足にはかゝることなし、わが善き導者この時既に二の象結び合へる彼の胸ちかくたち 八二―八四
答へて曰ひけるは、誠に彼は生く、しかもかく獨りなるにより、我彼にこの暗闇の溪をみせしむ、彼を導く者は必須なり娯樂にあらず 八五―八七
ひとりのものアレルヤの歌をはなれてこの新しき任務を我に委ねしなり、彼盜人にあらず、我また盜人の魂にあらず 八八―九〇
さればかく荒れし路を傳ひて我に歩みを進ましむる權威によりこゝに我汝に請ふ、群のひとりを我等にえさせよ、我等その傍にしたがひ 九一―九三
彼は我等に渉るべき處ををしへ、また空ゆく靈にあらねばこの者をその背に負ふべし 九四―九六
キロン右にむかひネッソにいひけるは、歸りてかく彼等を導け、もしほかの群にあはゞそれに路を避けしめよ 九七―九九
我等は煮らるゝものゝ高く叫べる紅の煮の岸に沿ひ、このたのもしき先達と共に進めり 一〇〇―一〇二
我は眉まで沈める民を見き、大いなるチェンタウロいふ、彼等は妄りに血を流し産を掠めし暴君なり 一〇三―一〇五
こゝに彼等その非情の罪業を悼む、こゝにアレッサンドロあり、またシチーリアに患の年を重ねしめし猛きディオニシオあり 一〇六―一〇八
かの黒き髮ある額はアッツォリーノなり、またかの黄金の髮あるはげに上の世にその繼子に殺されし 一〇九―
オピッツオ・ダ・エスティなり、この時われ詩人の方にむかへるに、彼曰ひけるは、この者今は汝のために第一となり我は第二となるべし ―一一四
なほ少しく進みて後チェンタウロは煮ゆる血汐の外に喉まで出せる如くなりし一の民のあたりに止まり 一一五―一一七
片側なるたゞ一の魂を我等に示していひけるは、彼はターミーチにいまなほ崇をうくる心臟を神の懷に割きしものなり 一一八―一二〇
やがて我は河の上に頭を出し、また胸をこと/″\く出せる民を見き、またその中にはわが知れる者多かりき 一二一―一二三
斯くこの血次第に淺くなりゆきて、遂にはたゞ足を燒くのみ、我等の濠を渉るところはすなはちこゝなりき 一二四―一二六
チェンタウロいふ、こなたにては煮ゆる血汐のたえず減ること汝見る如し、またこれに應じ 一二七―一二九
かなたにては暴虐の呻吟く處と再び合ふにいたるまで水底次第に深くなりまさるを汝信ずべし 一三〇―一三二
神の義こゝに地の笞なりしアッティラとピルロ、セストを刺し、また大路をいたくさわがしし 一三三―
リニエール・ダ・コルネート、リニエール・パッツオを煮、その涙をしぼりて永遠にいたる ―一三八
かくいひて身をめぐらし、再びこの淺瀬を渉れり 一三九―一四一
第十三曲
ネッソ未だかなたに着かざるに我等は道の跡もなき一の森をわけて進めり 一―三
木の葉は色黯みて緑なるなく、枝は節だちくねりて直く滑かなるなく、毒をふくむ刺ありて實なし 四―六
チェチーナとコルネートの間なる耕せる處を嫌ふ猛き獸の栖にもかくあらびかくしげれる※薈 はあらじ 七―九
穢きアルピーエこゝにその巣を作れり、こは末凶なりとの悲報をもてトロイア人をストロファーデより追へるものなり 一〇―一二
その翼はひろく頸と顏とは人にして足に爪、大いなる腹に羽あり、彼等奇しき樹の上にて歎けり 一三―一五
善き師我にいひけるは、遠くゆかざるさきに知るべし、汝は第二の圓にあるなり 一六―
また恐ろしき砂にいたるまでこの圓にあらん、この故によく目をとめよ、さらばわが言より信を奪ふべきものをみん ―二一
われ四方に叫喚を聞けども、これを上ぐる人を見ざれば、いたく惑ひて止まれり 二二―二四
思ふにかく多くの聲はかの幹の間我等のために身をかくせし民よりいでぬと我思へりと彼思へるなるべし 二五―二七
師乃ち曰ふ、汝この樹の一より小枝を手折らば、汝のいだく思ひはすべて斷たるべし 二八―三〇
この時われ手を少しく前にのべてとある大いなる荊棘より一の小枝を採りたるに、その幹叫びて何ぞ我を折るやといふ 三一―三三
かくて血に黯むにおよびてまた叫びていひけるは、何ぞ我を裂くや、憐みの心些も汝にあらざるか 三四―三六
いま木と變れども我等は人なりき、またたとひ蛇の魂なりきとも汝の手にいま少しの慈悲はあるべきを 三七―三九
たとへば生木の一端燃え、一端よりは雫おち風聲を成してにげさるごとく 四〇―四二
詞と血と共に折れたる枝より出でにき、されば我は尖を落して恐るゝ人の如くに立てり 四三―四五
わが聖答へて曰ひけるは、しひたげられし魂よ、彼若しわが詩の中にのみ見しことを始めより信じえたりしならんには 四六―四八
汝にむかひて手を伸ぶることなかりしなるべし、たゞ事信じ難きによりて我彼にすすめてこの行あらしむ、わが心これが爲に苦し 四九―五一
されど汝の誰なりしやを彼に告げよ、さらば彼汝の名を上の世に(彼かしこに歸るを許さる)新にし、これを贖のよすがとなさん 五二―五四
幹、かゝる麗しき言にさそはれ、われ口を噤み難し、願はくは心ひかるゝまゝにわが少しく語らん事の汝に累となるなからんことを 五五―五七
我はフェデリーゴの心の鑰を二ながら持てる者なりき、我これをめぐらして或ひは閉ぢ或ひは開きその術巧みなりければ 五八―六〇
殆ど何人と雖も彼の祕密に係はるをえざりき、わがこの榮ある職に忠なりし事いかばかりぞや、我之がために睡りをも脈をも失へり 六一―六三
阿諛の眼をチェーザレの家より放ちしことなく、おしなべての死、宮の罪惡なる遊女は 六四―六六
すべての心を燃やして我に背かしめ、燃えし心はアウグストの心を燃やし、喜びの譽悲しみの歎きとかはりぬ 六七―六九
わが精神は怒りに驅られ、死によりて誹りを免かれんことを思ひ、正しからざることを正しきわが身に行へり 七〇―七二
この樹の奇しき根によりて誓ひて曰はん、我はいまだかく譽をうるにふさはしかりしわが主の信に背けることなしと 七三―七五
汝等のうち若し世に歸る者あらば、嫉みに打たれていまなほ地に伏すわが記憶を慰めよ 七六―七八
待つこと須臾にして詩人我に曰ひけるは、彼默すために時を失ふことなく、なほ問ふことあらばいひて彼に問へ 七九―八一
我乃ち彼に、汝我心に適ふべしと思ふ事をば請ふわがために彼に問へ、憐み胸にせまりて我しかするあたはざればなり 八二―八四
此故に彼又曰ひけるは、獄裏の魂よ、願はくは此人ねんごろに汝のために汝の言の乞求むるものをなさんことを、請ふ更に 八五―八七
我等に告げて魂此等の節の中に繋がるゝに至る状をいへ、又若しかなはゞそのかゝる體より解放たるゝ事ありや否やをもいへ 八八―九〇
この時幹はげしく氣を吐けり、この風聲に變りていふ、約やかに汝等に答へん 九一―九三
殘忍なる魂己を身よりひき放ちて去ることあればミノスこれを第七の口におくり 九四―九六
このもの林の中に落つ、されど定まれる處なく、たゞ命運の投入るゝ處にいたりて芽すこと一粒の麥の如く 九七―九九
若枝となり後野生の木となる、アルピーエその葉を食みてこれに痛みを與へまた痛みに窓を與ふ、我等はほかの者と等しく 一〇〇―
我等の衣の爲めに行くべし、されど再びこれを着る者あるによるに非ず、そは人自ら棄てし物をうくるは正しき事に非ざればなり ―一〇五
我等これをこゝに曳き來らむ、かくて我等の體はこの憂き林、いづれも己を虐げし魂の荊棘の上に懸けらるべし 一〇六―一〇八
幹のなほ我等にいふことあらんを思ひて我等心をとめゐたるに、この時さわがしき物音起り、我等の驚かされしこと 一〇九―一一一
さながら野猪と獵犬と己が立處にむかふをさとり、獸と枝との高き響きを聞くものの如くなりき 一一二―一一四
見よ、左に裸なる掻き裂かれたるふたりの者あり、あらゆる森のしげみをおしわけ、逃げわしることいとはやし 一一五―一一七
さきの者、いざ疾く、死よ、疾くと叫ぶに、ほかのひとりは己がおそくして及ばざるをおもひ、ラーノ、トッポの試藝に 一一八―
汝の脛はかく輕くはあらざりしをとさけび、呼吸のせまれる故にやありけむ、その身をとある柴木と一團になしぬ ―一二三
後の方には飽くことなく、走ること鏈を離れし獵犬にひとしき黒き牝犬林に滿ち 一二四―一二六
かの潛める者に齒をくだしてこれを刻み、後そのいたましき身を持ち行けり 一二七―一二九
この時導者わが手をとりて我をかの柴木のほとりにつれゆけるに、血汐滴たる折際より空しく歎きていひけるは 一三〇―
あゝジャーコモ・ダ・サント・アンドレーアよ、我を防禦となして汝に何の益かありし、汝罪の世を送れりとて我身に何の咎あらんや ―一三五
師その傍にとゞまりていひけるは、かく多くの折際より血と共に憂ひの詞をはく汝は誰なりしや 一三六―一三八
彼我等に、あゝこゝに來りてわが小枝を我よりとりはなてる恥づべき虐をみし魂等よ 一三九―一四一
それらを幸なき柴木のもとにあつめよ、我は最初の守護の神をバーティスタに變へし邑の者なりき、かれこれがために 一四二―一四四
その術をもて常にこの邑を憂へしむ、もしその名殘のいまなほアルノの渡りにとゞまるあらずば 一四五―一四七
アッティラが殘せる灰の上に再びこの邑を建てたる邑人の勞苦は空しかりしなるべし 一四八―一五〇
我はわが家をわが絞臺としき 一五一―一五三
第十四曲
郷土の愛にはげまされ、落ちちらばりし小枝を集めて既に聲なきかの者にかへせり 一―三
さてこゝよりすゝみて第二と第三の圓のわかるゝところなる境にいたればこゝに恐るべき正義の業みゆ 四―六
めなれぬものをさだかに知らしめんためさらにいはんに、我等は一草一木をも床に容れざる一の廣野につけり 七―九
憂ひの林これをめぐりて環飾となり、さながら悲しみの濠の林に於ける如くなりき、こゝに我等縁いと近き處に足をとゞめぬ 一〇―一二
地は乾ける深き砂にてその状そのかみカートンの足踏めるものと異なるなかりき 一三―一五
あゝ神の復讎よ、わがまのあたり見しことを讀むなべての人の汝を恐るゝこといかばかりなるべき 一六―一八
我は裸なる魂の多くの群を見たり、彼等みないと幸なきさまにて泣きぬ、またその中に行はるゝ掟一樣ならざるに似たりき 一九―二一
仰きて地に臥せる民あり、全く身を縮めて坐せるあり、またたえず歩めるありき 二二―二四
めぐりゆくものその數いと多し、また臥して苛責をうくるものはその數いと少なきもその舌歎きによりて却つて寛かりき 二五―二七
砂といふ砂の上には延びたる火片しづかに降りて、風なき峻嶺の雪の如し 二八―三〇
昔アレッサンドロ、インドの熱き處にて焔その士卒の上に落ち地にいたるも消えざるをみ 三一―三三
火はその孤なるにあたりて消し易かりしが故に部下に地を踏ましめしことありき 三四―三六
かくの如く苦患を増さんとて永遠の熱おちくだり、砂の燃ゆることあたかも火打鎌の下なる火口にひとしく 三七―三九
忽ちかなたに忽ちこなたに新なる焔をはらふ幸なき雙手の亂舞にはしばしの休みもあることなかりき 四〇―四二
我曰ふ、門の入口にて我等にたちむかへる頑なる鬼のほか物として勝たざるはなき汝わが師よ 四三―四五
火をも心にとめざるさまなるかの大いなる者は誰なりや、嘲りを帶び顏をゆがめて臥し、雨もこれを熟ましめじと見ゆ 四六―四八
われ彼の事をわが導者に問へるをしりて彼叫びていひけるは、死せる我生ける我にかはらじ 四九―五一
たとひジョーヴェ終りの日にわが撃たれたる鋭き電光を怒れる彼にとらせし鍛工を疲らせ 五二―五四
またはフレーグラの戰ひの時の如くに、善きヴルカーノよ、助けよ、助けよとよばはりつゝモンジベルロなる黒き鍛工場に 五五―
殘りの鍛工等をかはる/″\疲らせ、死力を盡して我を射るとも、心ゆくべき復讎はとげがたし ―六〇
この時わが導者聲を勵まして(かく高らかに物言へるを我未だ聞きしことなかりき)いひけるは、カパーネオよ、汝の罰のいよ/\重きは汝の慢心の盡きざるにあり、汝の劇しき怒りのほかはいかなる苛責の苦しみも汝の怒りにふさはしき痛みにあらじ 六一―六六
かくいひて顏を和らげ、我にむかひていひけるは、こはテーベを圍める七王の一にて神を侮れる者なりき 六七―
いまも神を侮りて崇むることなしとみゆ、されどわが彼にいへる如く彼の嘲りはいとにつかしきその胸の飾なり ―七二
いざ我に從へ、またこの後愼みて足を熱砂に觸れしむることなく、たえず森に沿ひて歩むべし 七三―七五
我等また語らず、さゝやかなる一の小川の林の中より迸る處にいたれり、その赤きこといまもわが身を震へしむ 七六―七八
さながらブリカーメより細き流れ(罪ある女等ほどへてこれをわけもちふ)の出づる如く、この川砂を貫いて下り 七九―八一
その水底、傾ける兩岸、縁はみな石と成れり、此故に我こゝに行手の路あるを知りき 八二―八四
閾を人のこゆるに任す門より内に入りしこのかた、凡てわが汝に示せるものゝうちすべての焔をその上に消すこの流れの如くいちじるしきは汝の目未だ見ず 八五―八七
これわが導者の言なりき、我乃ち彼に請ひ、慾を我に惜しまざりし彼の、食をも惜しむなからんことを求めぬ 九一―九三
この時彼曰ふ、海の正中に荒れたる國あり、クレータと名づく、こゝの王の治世の下、世はそのかみ清かりき 九四―九六
かしこにそのかみ水と木葉の幸ありし山あり、イーダと呼ばる、今は荒廢れていと舊りたるものゝごとし 九七―九九
そのかみレーアこれをえらびてその子の恃の搖籃となし、その泣く時特に善くかくさんためかしこに叫びあらしめき 一〇〇―一〇二
この山の中には一人の老巨人の直立するあり、背をダーミアータにむけ、ローマを見ること己が鏡にむかふに似たり 一〇三―一〇五
その頭は純金より成り、腕と胸とは純銀なり、そこより跨にいたるまでは銅 一〇六―一〇八
またその下はすべて精鐡なれどもたゞ右足のみは燒土にてしかも彼の直く立つ却つて多くこれによれり 一〇九―一一一
黄金の外はいづこにも罅生じて涙したゝり、あつまりてかの窟を穿ち 一一二―一一四
岩また岩を傳はりてこの溪に入り、アケロンテ、スティージェ、フレジェトンタとなり、その後この狹き溝によりて落ち 一一五―一一七
またくだるあたはざる處にいたりてそこにコチートと成る、この池の何なるやは汝見るべし、この故にこゝに語らず 一一八―一二〇
我彼に、若しこの細流かくわが世より出でなば何故にこの縁にのみあらはるゝや 一二一―一二三
彼我に、汝此處のまろきを知る、汝の來る遠しといへども常に左に向ひて底にくだるが故に 一二四―一二六
未だあまねく獄をめぐらず、されば新しきもの我等にあらはるとも何ぞあやしみを汝の顏に見するに足らむ 一二七―一二九
我また、師よ、フレジェトンタとレーテはいづこにありや、汝默してその一のことをいはず、また一は此雨より成るといへり 一三〇―一三二
彼答へて曰ひけるは、汝問ふところの事みなよくわが心に適ふ、されど、煮ゆる紅の水はよく汝の問の一に答へん 一三三―一三五
レーテは汝見るをうべし、されどこの濠の外、罪悔によりて除かれし時魂等己を洗はんとて行く處にあり 一三六―一三八
又曰ひけるは、いまは森を離るべき時なり、汝我に從へ、燃えざる縁路を造り 一三九―一四一
一切の炎その上に消ゆ 一四二―一四四
第十五曲
堅き縁の一は今我等を負ひゆけり、小川の烟はおほひかゝりて水と堤とを火より救へり 一―三
グイッツァンテとブルッジアの間なるフィアンドラ人こなたに寄せくる潮を恐れ海を走らしめんため水際をかため 四―六
またはブレンタの邊なるパードヴァ人キアレンターナの熱に觸れざる間にその邑その城を護らんためまたしかするごとく 七―九
この堤は築かれき、たゞ築けるもの(誰にてもあれ)之をかく高くかく厚くなさゞりしのみ 一〇―一二
我等既に林を離るゝこと遠くわれ後を顧みれどもそのいづこにあるやを見るをえざりしころ 一三―一五
我等は堤に沿ひて來れる一群の魂にいであへり、さながら夕間暮れ新月のもとに人の人を見る如く 一六―
彼等みな我等を見、また老いたる縫物師の針眼にむかふごとく目を鋭くして我等にむかへり ―二一
かゝる族にかくうちまもられ我はそのひとりにさとられき、彼わが裾をとらへ叫びて何等の不思議ぞといふ 二二―二四
彼その腕を我にむかひてのべし時、われ目を燒けし姿にとむるに、顏のたゞれもなほわが智を妨げて 二五―
彼を忘れしむるにはたらざりき、われわが顏を彼の顏のあたりに低れて、セル・ブルネットよ、こゝにゐ給ふやと答ふ ―三〇
彼、わが子よ、ねがはくはブルネット・ラティーニしばらく汝と共にあとにかへりてこの群をさきに行かしめん 三一―三三
我彼にいふ、これわが最も希ふところなり、汝またわが汝と共に坐らん事を願ひその事彼の心に適はゞしかすべし、我彼と共に行けばなり 三四―三六
彼曰ふ、あゝ子よ、この群の中縱ひ束の間なりとも止まる者あればその者そののち身を横たゆる百年に及び火これを撃つとも扇ぐによしなし 三七―三九
されば行け、我は汝の衣につきてゆき、永劫の罰を歎きつゝゆくわが伴侶にほどへて再び加はるべし 四〇―四二
我は路をくだり彼とならびてゆくを得ず、たゞうや/\しく歩む人の如くたえずわが頭を低れぬ 四三―四五
彼曰ふ、終焉の日未だ至らざるに汝をこゝに導くは何の運何の定ぞや、また道を教ふるこの者は誰ぞや 四六―四八
我答へて彼に曰ふ、明き上の世に、わが齡未だ滿たざるに、我一の溪の中に迷へり 四九―五一
わが背を之にむけしはたゞ昨日の朝の事なり、この者かしこに戻らんとする我にあらはれ、かくてこの路により我を導いて我家に歸らしむ 五二―五四
彼我に、美しき世にてわが量れること違はずば汝おのが星に從はんに榮光の湊を失ふあたはず 五五―五七
またわが死かく早からざりせば天かく汝に福するをみて我は汝の爲すところをはげませしなるべし 五八―六〇
されど古、フィエソレを下りいまなほ山と岩とを含める恩を忘れしさがなき人々 六一―六三
汝の善き行ひの爲に却つて汝の仇とならむ、是亦宜なり、そは酸きソルボに混りて甘き無花果の實を結ぶは適はしき事に非ざればなり 六四―六六
彼等は世の古き名によりて盲と呼ばる、貪り嫉み傲の民なり、汝自ら清くしてその習俗に染むなかれ 六七―六九
汝の命運大いなる譽を汝のために備ふるにより彼黨此黨いづれも飢ゑて汝を求めむ、されど草は山羊より遠かるべし 七〇―七二
フィエソレの獸等に己をその敷藁となさせ、若し草木のなほその糞の中より出づるあらばこれに觸れしむるなかれ 七三―七五
この處かく大いなる邪惡の巣となりし時こゝに殘れるローマ人の聖き裔これによりて再び生くべし 七六―七八
我答へて彼に曰ふ、若しわが願ひ凡て成るをえたらんには汝は未だ人の象より逐はるゝことなかりしものを 七九―八一
そは世にありて我にしば/\人不朽に入るの道を教へたまひし當時の慕はしき善きあたゝかきおも影はわが記憶を離るゝことなく 八二―
今わが胸にせまればなり、われこの教へを徳とするいかばかりぞや、こは生ある間わが語ることによりてあきらかなるべし ―八七
わが行末に關はりて汝の我に告ぐる所は我之を録し他の文字と共に殘し置くべし、かくして淑女のわがそのもとにいたるに及びて 八八―
知りて義を示すを待たん、願はくは汝この一事を知るべし、曰く、わが心だに我を責めずば、我はいかなる命運をも恐れじ ―九三
かゝる契約はわが耳に新しき事に非ざるなり、この故に命運は己が好むがまゝに其輪を轉らし農夫は鋤をめぐらすべし 九四―九六
この時我師右の方より後にむかひ我を見て、善く聽く者心をとむといふ 九七―九九
かゝる間も我はたえずセル・ブルネットとかたりてすゝみ、その同囚の中いと秀でいと貴き者の誰なるやを問へり 一〇〇―一〇二
彼我に、知りて善き者あり、されど他はいはざるを善しとす、これ言多くして時足らざればなり 一〇三―一〇五
たゞ知るべし、彼等は皆僧と大いなる名ある大いなる學者の同じ一の罪によりて世に穢れし者なりき 一〇六―一〇八
プリシアンかの幸なき群にまじりて歩めり、フランチェスコ・ダッコルソ亦然り、また汝深き願ひをかゝる瘡によせしならんには 一〇九―一一一
僕の僕によりてアルノよりバッキリオーネに遷され、惡の爲に竭せる身をかしこに殘せる者を見たりしなるべし 一一二―一一四
その外なほ擧ぐべき者あれど行くも語るもこの上にはいで難し、かしこに砂原より立登る新しき烟みゆ 一一五―一一七
こはわが共にあることをえざる民來れるなり、我わがテゾーロによりて生く、ねがはくは之を汝に薦めん、また他を請はず 一一八―一二〇
かくいひて身をめぐらし、あたかも緑の衣をえんとてヴェロナの廣野を走るものゝ如く、またその中にても 一二一―一二三
負くる者ならで勝つ者の如くみえたりき 一二四―一二六
第十六曲
我は既に次の獄に落つる水の響きあたかも蜂の鳴る如く聞ゆるところにいたれるに 一―三
この時三の魂ありてはしりつゝ、はげしき苛責の雨にうたれて過ぎゆく群を齊しくはなれ 四―六
我等の方にむかひて來り、各叫びていひけるは、止まれ、衣によりてはかるに汝は我等の邪なる邑の者なるべし 七―九
あはれ彼等の身にみゆるは何等の傷ぞや、みな焔に燒かれしものにて新しきあり、古きあり、そのさま出づればいまなほ苦し 一〇―一二
我師彼等のよばゝる聲に心をとめ顏をわが方にむけていひけるは、待て、彼等は人の敬ひをうくべきものなり 一三―一五
さればもし處の性の火を射るなくば我は急は彼等よりもかへつて汝にふさはしといふべし 一六―一八
我等止まれるに彼等は再び古歌をうたひ、斯くて我等に近づける時三者あひ寄りて一の輪をつくれり 一九―二一
裸なる身に膏うちぬり將に互に攻め撲たんとしてまづおさゆべき機會をうかゞふ勇士の如く 二二―二四
彼等もまためぐりつゝ各目を我にそゝぎ、頸はたえず足と異なる方にむかひて動けり 二五―二七
そのひとりいふ、この軟かき處の幸なさ、黯み爛れし我等の姿、たとひ我等と我等の請ひとに侮りを招く事はありとも 二八―三〇
願はくは我等の名汝の意を枉げ、生くる足にてかく安らかに地獄を擦りゆく汝の誰なるやを我等に告げしめんことを 三一―三三
見らるゝ如く足跡を我に踏ましむるこのひとりは裸にて毛なしといへども汝の思ふよりは尚際貴き者なりき 三四―三六
こは善きグアルドラーダの孫にて名をグイード・グエルラといひ、その世にあるや智と劒をもて多くの事をなしたりき 三七―三九
わが後に砂を踏みくだく者はその名上の世に稱へらるべきテッギアイオ・アルドブランディなり 四〇―四二
また彼等と共に十字架にかゝれる我はヤーコポ・ルスティクッチといへり、げに萬の物にまさりてわが猛き妻我に禍す 四三―四五
我若し火を避くるをえたりしならんには身を彼等の中に投げ入れしなるべく思ふに師もこれを許せるなるべし 四六―四八
されど焦され燒かるべき身なりしをもて、彼等を抱かんことを切に我に求めしめしわが善き願ひは恐れに負けたり 四九―五一
かくて我曰ひけるは、汝等の状態はわが衷に侮りにあらで大いなる俄に消え盡し難き憂ひを宿せり 五二―五四
こはこれなる我主の言によりてわが汝等の如き民來るをしりしその時にはじまる 五五―五七
我は汝等の邑の者なり、常に心をとめて汝等の行と美名をかたり且つきけり 五八―六〇
我は膽を棄て眞の導者の我に約束したまへる甘き實をえんとてゆくなり、されどまづ中心までくだらではかなはじ 六一―六三
この時彼答ふらく、ねがはくは魂ながく汝の身をみちびき汝の名汝の後に輝かんことを 六四―六六
請ふ告げよ、文と武とは昔の如く我等の邑にとゞまるや、または廢れて跡なきや 六七―六九
そはグイリエールモ・ボルシエーレとて我等と共に苦しむ日淺くいまかなたに侶とゆく者その言によりていたく我等を憂へしむ 七〇―七二
新なる民不意の富は、フィオレンツァよ、自負と放逸を汝のうちに生み、汝は既に是に依りて泣くなり 七三―七五
われ顏を擧げて斯くよばゝれるに、かの三者これをわが答と知りて互に面を見あはせぬ、そのさま眞を聞きて人のあひ見る如くなりき 七六―七八
皆答へて曰ひけるは、かく卑しき價をもていづれの日にかまた人の心をたらはすをえば、かく心のまゝに物言ふ汝は福なるかな 七九―八一
此故に汝これらの暗き處を脱れ、再び美しき星を見んとて歸り、我かしこにありきと喜びていふをうる時 八二―八四
ねがはくは我等の事を人々に傳へよ、かくいひてのち輪をくづしてはせゆきぬ、その足疾きこと翼に似たりき 八五―八七
彼等は忽ち見えずなりにき、アーメンもかくはやくは唱へえざりしなるべし、されば師もまた去るをよしと見たまへり 八八―九〇
我彼に從ひて少しく進みゆきたるに、この時水音いと近く、たとひ我等語るとも聲聞ゆべくはあらざりき 九一―九三
モンテ・ヴェーゾの東にあたりアペンニノの左の裾より始めて己の路をわしり 九四―九六
その高處にありて未だ低地にくだらざる間アクアケータと呼ばれ、フォルリにいたればこの名を空しうする川の 九七―九九
たゞ一落に落下りて千を容るべきサン・ベネデット・デル・アルペの上に轟く如く 一〇〇―一〇二
かの紅の水はほどなく耳をいたむるばかりに鳴渡りつゝ一の嶮しき岸をくだれり 一〇三―一〇五
我は身に一筋の紐を卷きゐたり、嘗てこれをもて皮に色ある豹をとらへんと思ひしことありき 一〇六―一〇八
われ導者の命に從ひてこと/″\くこれを解き、結び束ねて彼にわたせり 一〇九―一一一
彼乃ち右にむかひ、少しく縁より離してこれをかの深き溪間に投入れぬ 一一二―一一四
我謂へらく、師斯く目を添へたまふ世の常ならぬ相圖には、應ふるものもまた必ず世の常ならぬものならむと 一一五―一一七
あゝたゞ行ひを見るのみならで、その智よく衷なる思ひをみる者と共にある人心を用ふべきこといかばかりぞや 一一八―一二〇
彼我に曰ふ、わが待つものたゞちに上り來るべし、汝心に夢みるものたゞちに汝にあらはるべし 一二一―一二三
夫れ僞の顏ある眞については人つとめて口を噤むを善しとす、これ己に咎なくしてしかも恥を招けばなり 一二四―一二六
されど我今默し難し、讀者よ、この喜劇の詞によりて(願はくは世の覺ながく盡きざれ)誓ひていはむ 一二七―一二九
我は濃き暗き空氣の中にいかなる堅き心にもあやしとなすべき一の象の泳ぎつゝ浮び來るを見たり 一三〇―一三二
そのさまたとへば岩または海にかくるゝほかの物よりこれを攫める錨を拔かんとをりふしくだりゆく人の 一三三―一三五
身を上にひらき足は窄めて歸る如くなりきと 一三六―一三八
第十七曲
尖れる尾をもち山を越え垣と武器を毀つ獸を見よ、全世界を穢すものを見よ 一―三
わが導者かく我にいひ、さて彼に示して踏來れる石の端近く岸につかしむ 四―六
この時汚き欺罔の像浮び上りて頭と體を地にもたせたり、されど尾を岸に曳くことなかりき 七―九
その顏は義しき人の顏にて一重の皮に仁慈をみせ、身はすべて蛇なりき 一〇―一二
二の足には毛ありて腋下に及び、背胸また左右の脇には蹄係と小楯と畫かれぬ 一三―一五
タルターロ人またはトルコ人の作れる布の浮織の裏文表文にだにかく多くの色あるはなく、アラーニエの機にだに 一六―
かゝる織物かけられしことなし、たとへばをりふし岸の小舟の半水に半陸にある如く、または食飮しげきドイツ人のあたりに
海狸戰ひを求めて身を構ふる如く、いとあしきこの獸は砂を圍める石の縁にとゞまりぬ ―二四
蠍の如く尖を固めし有毒の叉を卷き上げて尾はこと/″\く虚空に震へり 二五―二七
導者曰ふ、いざすこしく路を折れてかしこに伏せるあしき獸にいたらむ 二八―三〇
我等すなはち右にくだり、砂と炎を善く避けんため端をゆくこと十歩にしてやがて 三一―三三
かしこにいたれる時、我はすこしくさきにあたりて空處に近く砂上に坐せる民を見き 三四―三六
師こゝに我にいひけるは、汝この圓の知識をのこりなく携ふるをえんためゆきて彼等の状態をみよ 三七―三九
彼等とながくものいふなかれ、我はこれと汝の歸る時までかたりてその強き肩を我等に貸さしむべし 四〇―四二
斯くて我はたゞひとりさらに第七の獄の極端をあゆみて悲しみの民坐したるところにいたれり 四三―四五
彼等の憂ひは目より湧き出づ、彼等は手をもてかなたにこなたに或ひは火氣或ひは焦土を拂へり 四六―四八
夏の日、蚤、蠅または虻に刺さるゝ犬の忽ち口忽ち足を用ふるも、そのさまこれと異なることなし 四九―五一
われ目を數ある顏にそゝぎて苦患の火を被むる者をみしもそのひとりだに識れるはなく 五二―
たゞ彼等各色も徽號もとり/″\なる一の嚢を頸に懸けまたこれによりてその目を養ふに似たるを認めき ―五七
我はうちまもりつゝ彼等のなかをゆき、一の黄なる嚢の上に獅子の面と姿態とをあらはせる空色をみき 五八―六〇
かくてわが目のなほ進みゆきし時、我は血の如く赤き一の嚢の、牛酪よりも白き鵞鳥を示せるをみき 六一―六三
こゝにひとり白き小袋に空色の孕める豚を徽號とせる者我にいひけるは、汝この濠の中に何を爲すや 六四―六六
いざ去れ、しかして汝猶生くるがゆゑに知るべし、わが隣人ヴィターリアーノこゝにわが左にすわらむ 六七―六九
これらフィレンツェ人のなかにありて我はパードヴァの者なり、彼等叫びて三の嘴の嚢をもて世にまれなる武夫來れといひ 七〇―
わが耳を擘くこと多し、かく語りて口を歪めあたかも鼻を舐る牡牛の如くその舌を吐けり ―七五
我はなほ止まりて我にしかするなかれと誡めしものゝ心を損はんことをおそれ、弱れる魂等を離れて歸れり 七六―七八
かくて既に猛き獸の後に乘りたるわが導者にいたれるに、彼我に曰ひけるは、いざ心を強くしかたくせよ 七九―八一
この後我等かゝる段によりてくだる、汝は前に乘るべし、尾の害をなすなからんためわれ間にあるを願へばなり 八二―八四
瘧をわづらふ人、惡寒を覺ゆる時迫れば、爪既に死色を帶び、たゞ日蔭を見るのみにてもその身震ひわなゝくことあり 八五―八七
我この言を聞けるときまた斯くの如くなりき、されど彼の戒めは我に恥を知らしめき、善き主の前には僕強きもまたこの類なるべし 八八―九〇
我はかの太く醜き肩の上に坐せり、ねがはくは我を抱きたまへといはんと思ひしかどもおもふ如くに聲出でざりき 九一―九三
されど危きに臨みてさきにも我を助けし者、わが乘るや直ちにその腕をもて我をかかへ我をさゝへ 九四―
いひけるは、いざゆけジェーリオン、輪を大きくし降りをゆるくせよ、背にめづらしき荷あるをおもへ ―九九
たとへば小舟岸をいでゝあとへ/\とゆくごとく彼もこの處を離れ、己が身全く自由なるをしるにいたりて 一〇〇―一〇二
はじめ胸を置ける處にその尾をめぐらし、これをひらきて動かすこと鰻の如く、また足をもて風をその身にあつめき 一〇三―一〇五
思ふにフェートンがその手綱を棄てし時(天これによりて今も見ゆるごとく焦れぬ)または幸なきイカーロが 一〇六―
蝋熱をうけし爲め翼腰をはなるゝを覺え、善からぬ路にむかふよと父よばゝれる時の恐れといへども
身は四方大氣につゝまれ萬象消えてたゞかの獸のみあるを見し時のわが恐れにはまさらじ ―一一四
いとゆるやかに泳ぎつゝ彼進み、めぐりまたくだれり、されど顏にあたり下より來る風によらでは我之を知るをえざりき 一一五―一一七
我は既に右にあたりて我等の下に淵の恐るべき響きを成すを聞きしかば、すなはち目を低れて項をのぶるに 一一八―一二〇
火見え歎きの聲きこえ、この斷崖のさまいよ/\おそろしく、我はわなゝきつゝかたく我身をひきしめき 一二一―一二三
我またこの時四方より近づく多くの大いなる禍ひによりてわがさきに見ざりし降下と廻轉とを見たり 一二四―一二六
ながく翼を驅りてしかも呼ばれず鳥も見ず、あゝ汝下るよと鷹匠にいはるゝ鷹の 一二七―一二九
さきにいさみて舞ひたてるところに今は疲れて百の輪をゑがいてくだり、その飼主を遠く離れ、あなどりいかりて身をおくごとく 一三〇―一三二
ジェーリオネは我等を削れる岩の下なる底におき、荷なるふたりをおろしをはれば 一三三―一三五
弦をはなるゝ矢の如く消えぬ 一三六―一三八
第十八曲
地獄にマーレボルジェといふところあり、その周圍を卷く圈の如くすべて石より成りてその色鐡に似たり 一―三
この魔性の廣野の正中にはいと大いなるいと深き一の坎ありて口をひらけり、その構造をばわれその處にいたりていはむ 四―六
されど坎と高き堅き岸の下との間に殘る處は圓くその底十の溪にわかたる 七―九
これ等の溪はその形たとへば石垣を護らんため城を繞りていと多くの濠ある處のさまに似たり 一〇―一二
またかゝる要害には閾より外濠の岸にいたるまで多くの小さき橋あるごとく 一三―一五
數ある石橋岩根より出で、堤と濠をよこぎりて坎にいたれば、坎はこれを斷ちこれを集めぬ 一六―一八
ジェーリオンの背より拂はれし時我等はこの處にありき、詩人左にむかひてゆき我はその後を歩めり 一九―二一
右を見れば新なる憂ひ、新なる苛責、新なる撻者第一の嚢に滿てり 二二―二四
底には裸なる罪人等ありき、中央よりこなたなるは我等にむかひて來り、かなたなるは我等と同じ方向にゆけどもその足はやし 二五―二七
さながらジュビレーオの年、群集大いなるによりてローマ人等民の爲に橋を渡るの手段をまうけ 二八―三〇
片側なるはみな顏を城にむけてサント・ピエートロにゆき、片側なるは山にむかひて行くごとくなりき 三一―三三
黯める岩の上には、かなたこなたに角ある鬼の大なる鞭を持つありてあら/\しく彼等を後より打てり 三四―三六
あはれ始めの一撃にて踵を擧げし彼等の姿よ、二撃三撃を待つ者はげにひとりだにあらざりき 三七―三九
さて歩みゆく間、ひとりわが目にとまれるものありき、我はたゞちに我嘗て彼を見しことなきにあらずといひ 四〇―四二
すなはち定かに認めんとて足をとむれば、やさしき導者もともに止まり、わが少しく後に戻るを肯ひたまへり 四三―四五
この時かの策たるゝもの顏を垂れて己を匿さんとせしかども及ばず、我曰ひけるは、目を地に投ぐる者よ 四六―四八
その姿に詐りなくば汝はヴェネディーコ・カッチヤネミーコなり、汝を導いてこの辛きサルセに下せるものは何ぞや 四九―五一
彼我に、語るも本意なし、されど明かなる汝の言我に昔の世をしのばしめ我を強ふ 五二―五四
我は侯の心に從はしめんとてギソラベルラをいざなひし者なりき(この不徳の物語いかに世に傳へらるとも) 五五―五七
さてまたこゝに歎くボローニア人は我身のみかは、彼等この處に滿つれば、今サヴェーナとレーノの間に 五八―六〇
シパといひならふ舌もなほその數これに及びがたし、若しこの事の徴、證をほしと思はゞたゞ慾深き我等の胸を思ひいづべし 六一―六三
かく語れる時一の鬼その鞭をあげてこれを打ちいひけるは、去れ判人、こゝには騙すべき女なし 六四―六六
我わが導者にともなへり、かくて數歩にして我等は一の石橋の岸より出でし處にいたり 六七―六九
いとやすく之に上りて破岩をわたり右にむかひ此等の永久の圈を離れき 七〇―七二
橋下空しくひらけて打たるゝ者に路をえさするところにいたれば、導者曰ひけるは、止まれ 七三―七五
しかしてこなたなる幸なく世に出でし者の面を汝にむけしめよ、彼等は我等と方向を等しうせるをもて汝未だ顏を見ず 七六―七八
我等古き橋より見しに片側を歩みて我等のかたに來れる群ありてまたおなじく鞭に逐はれき 七九―八一
善き師問はざるに我に曰ひけるは、かの大いなる者の來るを見よ、いかに苦しむとも彼は涙を流さじとみゆ 八二―八四
あゝいかなる王者の姿ぞやいまなほ彼に殘れるは、彼はヤーソンとて智と勇とによりてコルコ人より牡羊を奪へる者なり 八五―八七
レンノの島の膽太き慈悲なき女等すべての男を殺し盡せし事ありし後、彼かしこを過ぎ 八八―九〇
さきに島人を欺きたりし處女イシフィーレを智と甘きことばをもてあざむき 九一―九三
その孕むにおよびてひとりこれをこゝに棄てたり、この罪彼を責めてこの苦をうけしめ、メデーアの怨みまた報いらる 九四―九六
すべて斯の如く欺く者皆彼と共にゆくなり、さて第一の溪とその牙に罹るものをしる事之をもて我等足れりとなさん 九七―九九
我等は此時細路第二の堤と交叉し之を次の弓門の橋脚となせるところにいたれるに 一〇〇―一〇二
次の嚢の民の呻吟く聲、あらき氣息、また掌にて身をうつ音きこえぬ 一〇三―一〇五
たちのぼる惡氣岸に粘き、黴となりてこれをおほひ、目を攻めまた鼻を攻む 一〇六―一〇八
底は深く窪みたれば石橋のいと高き處なる弓門の頂に登らではいづこにゆくもわきがたし 一〇九―一一一
我等すなはちこゝにいたりて見下せるに、濠の中には民ありて糞に浸れり、こは人の厠より流れしものゝごとくなりき 一一二―一一四
われ目をもてかなたをうかゞふ間、そのひとり頭いたく糞によごれて緇素を判ち難きものを見き 一一五―一一七
彼我を責めて曰ひけるは、汝何ぞ穢れし我侶を措きて我をのみかく貪り見るや、我彼に、他に非ずわが記憶に誤りなくば 一一八―一二〇
我は汝を髮乾ける日に見しことあり、汝はルッカのアレッショ・インテルミネイなり、この故にわれ特に目を汝にとゞむ 一二一―一二三
この時頂を打ちて彼、我をかく深く沈めしものは諂なりき、わが舌これに飽きしことなければなり 一二四―一二六
こゝに導者我に曰ひけるは、さらに少しく前を望み、身穢れ髮亂れかしこに不淨の爪もて 一二七―一二九
おのが身を掻きたちまちうづくまりたちまち立ついやしき女の顏を見よ 一三〇―一三二
これ遊女タイデなり、いたく心に適へりやと問へる馴染の客に答へて、げにあやしくとこそといへるはかれなりき 一三三―一三五
さて我等の目これをもて足れりとすべし 一三六―一三八
第十九曲
あゝシモン・マーゴよ、幸なき從者等よ、汝等は貪りて金銀のために、徳の新婦となるべき 一―三
神の物を穢れしむ、今喇叭は汝等のために吹かるべし、汝等第三の嚢にあればなり 四―六
我等はこの時石橋の次の頂まさしく濠の眞中にあたれるところに登れり 七―九
あゝ比類なき智慧よ、天に地にまた禍ひの世に示す汝の技は大いなるかな、汝の權威の頒ち與ふるさまは公平なるかな 一〇―一二
こゝに我見しに側にも底にも黒める石一面に穴ありて大きさ皆同じくかついづれも圓かりき 一三―一五
思ふにこれらは授洗者の場所としてわが美しき聖ジョヴァンニの中に造られしもの(未だ幾年ならぬさき我その一を碎けることあり 一六―一八
こはこの中にて息絶えんとせし者ありし爲なりき、さればこの言證となりて人の誤りを解け)より狹くも大きくもあらざりしなるべし 一九―二一
いづれの穴の口よりも、ひとりの罪ある者の足およびその脛腓まであらはれ、ほかはみな内にあり 二二―二四
二の蹠火に燃えて關節これがために震ひ動き、そのはげしさは綱をも組緒をも斷切るばかりなりき 二五―二七
油ひきたる物燃ゆれば炎はたゞその表面をのみ駛するを常とす、かの踵より尖にいたるまでまた斯くの如くなりき 二八―三〇
我曰ふ、師よ、同囚の誰よりも劇しく振り動かして怒りをあらはし猛き炎に舐らるる者は誰ぞや 三一―三三
彼我に、わが汝をいだいて岸の低きをくだるを願はゞ汝は彼によりて彼と彼の罪とを知るをうべし 三四―三六
我、汝の好むところみな我に好し、汝は主なり、わが汝の意に違ふなきを知り、またわが默して言はざるものを知る 三七―三九
かくて我等は第四の堤にゆき、折れて左にくだり、穴多き狹き底にいたれり 四〇―四二
善き師は我をかの脛にて歎けるものゝ罅裂あるところに着かしむるまでその腰よりおろすことなかりき 四三―四五
我曰ふ、悲しめる魂よ、杙の如く插されて逆さなる者よ、汝誰なりとももしかなはば言を出せ 四六―四八
我はあたかも埋られて後なほ死を延べんとおもへる不義の刺客に呼戻されその懺悔をきく僧の如くたちゐたり 四九―五一
この時彼叫びていひけるは、汝既にこゝに立つや、ボニファーチョよ、汝既にこゝに立つや、書は僞りて數年を違へぬ 五二―五四
斯く早くもかの財寶に飽けるか、汝はそのため欺いて美しき淑女をとらへ後虐ぐるをさへ恐れざりしを 五五―五七
我はさながら答をきゝてさとりえずたゞ嘲りをうけし如く立ちてさらに應ふるすべを知らざる人のさまに似たりき 五八―六〇
この時ヴィルジリオいひけるは、速かに彼に告げて我は汝の思へる者にあらず汝の思へる者にあらずといへ、我乃ち命ぜられし如く答へぬ 六一―六三
是に於て魂足をこと/″\く搖がせ、さて歎きつゝ聲憂はしく我にいふ、さらば我に何を求むるや 六四―六六
もしわが誰なるを知るをねがふあまりに汝此岸を下れるならば知るべし、我は身に大いなる法衣をつけし者なりしを 六七―六九
まことに我は牝熊の仔なりき、わが上には財寶をこゝには己を嚢に入るゝに至れるもたゞひたすら熊の仔等の榮を希へるによりてなり 七〇―七二
我頭の下には我よりさきにシモニアを行ひ、ひきいれられて石のさけめにかくるゝ者多し 七三―七五
わがゆくりなく問をおこせる時汝とおもひたがへたるもの來るにいたらば、我もかしこに落行かむ 七六―七八
されどわがかく足を燒き逆にて經し間の長さは、彼が足を赤くし插されて經ぬべき時にまされり 七九―八一
これその後に西の方より法を無みしいよ/\醜き行ひありて彼と我とを蔽ふに足るべきひとりの牧者來ればなり 八二―八四
彼はマッカベエイの書のうちなるヤーソンの第二とならむ、また王これに甘かりし如くフランスを治むるもの彼に甘かるべし 八五―八七
我はこの時わがたゞかゝる歌をもて彼に答へし事のあまりに愚なるわざなりしや否やを知らず、曰く、あゝいま我に告げよ 八八―九〇
我等の主鑰を聖ピエートロに委ぬるにあたりて幾許の財寶を彼に求めしや、げにその求めしものは我に從への外あらざりき 九一―九三
また罪ある魂の失へる場所を補はんとて鬮にてマッティアを選べる時、ピエルもほかの弟子達も彼より金銀をうけざりき 九四―九六
此故にこゝにとゞまれ、罰をうくるは宜なればなり、かくして汝にカルロを侮らしめし不義の財貨をかたくまもれ 九七―九九
若し喜びの世にて汝が手にせし比類なき鑰の敬いまなほ我を控ゆるなくば 一〇〇―一〇二
これより烈しき言をこそもちゐめ、汝等の貪りは世界に殃し善を踏みしき悖れるを擧ぐ 一〇三―一〇五
女水の上に坐し淫を諸王に鬻ぐを見し時、かの聖傳を編める者汝等牧者を思へるなり 一〇六―一〇八
すなはち生れて七の頭あり、その夫の徳を慕ふ間十の角よりその證をうけし女なり 一〇九―一一一
汝等は己の爲に金銀の神を造れり、汝等と偶像に事ふるものゝ異なる處いづこにかある、彼等一を拜し汝等百を拜す、これのみ 一一二―一一四
あゝコスタンティーンよ、汝の歸依ならず、最初の富める父が汝よりうけしその施物はそもいかなる禍ひの母となりたる 一一五―一一七
我この歌をうたへる間、彼は怒りに刺されしか或ひは恥に刺されしか、はげしく二の蹠を搖れり 一一八―一二〇
思ふにこの事必ずわが導者の意をえたりしなるべし、かれ氣色いとうるはしくたえず耳をわがのべし眞の言に傾けき 一二一―一二三
かくて雙腕をもて我を抱き、我を全くその胸に載せ、さきにくだれる路をのぼれり 一二四―一二六
またかく抱きて疲るゝことなく、第四の堤より第五の堤に通ふ弓門の頂まで我を載せ行き 一二七―一二九
石橋粗く嶮しくして山羊さへたやすく過ぐべきならねば、しづかにこゝにその荷をおろせり 一三〇―一三二
さてこゝよりみゆるは次の大いなる溪なりき 一三三―一三五
第二十曲
新なる刑罰を詩に編み、これを第一の歌沈める者の歌のうちなる曲第二十の材となすべき時は至れり 一―三
こゝにわれよく心をとめて望み見しに、くるしみの涙を浴びし底あらはれ 四―六
まろき大溪に沿ひて來れる民泣いて物言はず、足のはこびはこの世の祈祷の行列に似たりき 七―九
わが目なほひくゝ垂れて彼等におよべば、頤と胸との間みな奇しくゆがみて見ゆ 一〇―一二
すなはち顏は背にむかひ、彼等前を望むあたはで、たゞ後方に行くあるのみ 一三―一五
げに人中風のわざによりてかく全くゆがむにいたれることもあるべし、されど我未だかゝることをみず、またありとも思ひがたし 一六―一八
讀者よ(願はくは神汝に讀みて實を摘むことをえしめよ)、請ふ今自ら思へ、目の涙背筋をつたひて 一九―二一
臂を洗ふばかりにいたくゆがめる我等の像をしたしく見、我何ぞ顏を濡らさゞるをえん 二二―二四
我はげに堅き石橋の岩の一に凭れて泣けり、導者すなはち我に曰ふ、汝なほ愚者に等しきや 二五―二七
夫れこゝにては慈悲全く死してはじめて敬虔生く、神の審判にむかひて憐みを起す者あらばこれより大いなる罪人あらんや 二八―三〇
首をあげよ、あげてかの者を見よ、テーベ人の目の前にて地そのためにひらけしはこれなり、この時人々皆叫びて、アンフィアラーオよ 三一―三三
何處におちいるや何ぞ軍を避くるやとよべるもおちいりて止まるひまなく、遂に萬民をとらふるミノスにいたれり 三四―三六
見よ彼は背を胸に代ふ、あまりに前をのみ見んことをねがへるによりていま後を見後方にゆくなり 三七―三九
ティレージアを見よ、こは體すべて變りて男より女となり、その姿あらたまるにいたれるものなり 四〇―四二
この事ありて後、再び雄々しき羽をうるため、彼まづ杖をもて二匹の縺れあへる蛇をふたゝび打たざるをえざりき 四三―四五
背を彼の腹に向くるはアロンタなり、ルーニ山の中、その下に住むカルラーラ人の耕すところに 四六―四八
白き大理石のうちなる洞を住居とし、こゝより星と海とを心のまゝに見るをえき 四九―五一
みだれし髪をもて汝の見ざる乳房をおほひ、毛ある肌をみなかなたにむけしは 五二―五四
マントといへり、多くの國々をたづねめぐりて後わが生れし處にとどまりき、されば請ふ少しくわがこゝに陳ぶることを聞け 五五―五七
その父世を逝りバーコの都奴婢となるにおよびてかれはひさしく世にさすらへり 五八―六〇
上なる美しきイタリアの中、ティラルリに垂れて獨逸を閉すアルペの裾に一湖あり、ベナーコと名づく 六一―六三
ガルダとヴァル・カーモニカの間にはおもふに千餘の泉あるべし、その水みなアペンニノを洗ひてこの湖に湛ふ 六四―六六
湖の中央に一の處あり、トレント、ブレシヤ、ヴェロナの牧者等若しこの路を取ることあらば各こゝに祝福を與ふるをえん 六七―六九
美しき堅き城ペスキエーラはブレシヤ人ベルガーモ人を防がんとてまはりの岸のいと低き處にあり 七〇―七二
ベナーコの懷にあまるものみな必ずこゝに落ち、川となりて緑の牧場をくだる 七三―七五
この水流れはじむればベナーコと呼ばれず、ゴヴェルノにいたりてポーに入るまでミンチョとよばる 七六―七八
未だ遠く進まざるまにとある窪地をえて中にひろがり沼となり、夏はしば/\患ひを釀す恐れあり 七九―八一
さてこの處を過ぐとてかの猛き處女沼の中央に不毛無人の地あるを見 八二―八四
すべて世の交際を避けおのが術を行はんためその僕等と共にとゞまりてこゝに住みこゝにその骸を殘せり 八五―八七
この後あたりに散りゐたる人々みなこの處にあつまれり、これ四方に沼ありてその固強かりければなり 八八―九〇
彼等町を枯骨の上に建て、はじめてこの處をえらべるものに因み、占によらずして之をマンツアと呼べり 九一―九三
カサロディの愚未だピナモンテの欺くところとならざりし頃は、この中なる民なほ多かりき 九四―九六
されど我汝を戒む、たとひ是と異なるわが邑の由來を聞くことありとも、汝僞をもて眞となすなかれ 九七―九九
我、師よ、汝の陳ぶること我にあきらかに、善くわが信をえたり、さればいかなる異説出づとも我には消えし炭に過ぎじ 一〇〇―一〇二
されど我に告げよ、汝は歩みゆく民の中に心をとむべきものを見ずや、そはわが思ひたゞこの事にのみむかへばなり 一〇三―一〇五
この時彼我に曰ふ、髯を頬より黯める肩に垂るゝものはギリシアに男子なく 一〇六―一〇八
搖籃滿つるにいたらざりし頃の卜者にて、カルカンタと共にアウリーデに最初の纜解かるべき時を卜せり 一〇九―一一一
彼名をエウリピロといひき、わが高き悲曲の調はいづこにか彼をかく歌へることあり、汝この詩を知り盡せばまたよくこの事を知らん 一一二―一一四
雙脇いたく痩せたるはミケーレ・スコットといひ、惑はし欺く無益の術にまことに長けし者なりき 一一五―一一七
見よグイード・ボナッティを、見よアスデンテを(彼革と絲とに心をむけし事を願ひ今悔ゆれどもおそし) 一一八―一二〇
針、杼、紡錘を棄てゝ卜者となりし幸なき女等を見よ、彼等は草と偶人をもてその妖術を行へり 一二一―一二三
されどいざ來れ、カイーノと茨は既に兩半球の境を占め、ソビリアのかなたの波に觸る 一二四―一二六
昨夜既に月は圓かりき、こは低き林の中にてしば/\汝に益をえさせしものなれば汝いかでか忘るべき 一二七―一二九
かく彼我に語り、語る間も我等は歩めり 一三〇―一三二
第二十一曲
このほかわが喜曲の歌ふを好まざる事どもかたりつゝ、かく橋より橋にゆき、頂にいたるにおよびて 一―三
我等はマーレボルジェなる次の罅裂と次の空しき歎きを見んとてとゞまれり、我見しにこの處あやしく暗かりき 四―六
たとへば冬の日ヴェネーツィア人の船廠に、健かならぬ船を塗替へんとて、粘き脂煮ゆるごとく 七―九
(こは彼等海に浮ぶをえざるによる、すなはち之に代へてひとりは新に船を造り、ひとりはあまたの旅をかさねし船の側を塞ぎ 一〇―一二
ひとりは舳ひとりは艫に釘うち、彼櫂を造り是綱を縒り、ひとりは大小の帆を繕ふ) 一三―一五
下には濃き脂火によらず神の技によりて煮え、岸いたるところこれに塗れぬ 一六―一八
我之を見れども、煮られて浮ぶ泡の外には一としてその中に見ゆる物なく、たゞこの脂の一面に膨れいでゝはまた引縮むさまをみるのみ 一九―二一
われ目を凝らして見おろしゐたるに、あれ見よあれ見よといひてわが導者わが立處より我をひきよす 二二―二四
しきりに見んことをねがへども、そは逃げて避くべきものにしあれば、俄におそれていきほひ挫け 二五―
見るまも足を止めざる人の如く、われ身を返して後方をみしに石橋をわたりてはせきたれる一の黒き鬼ありき ―三〇
あゝその姿猛きこといかばかりぞや、翼ひらかれ足かろきその身の振舞あら/\しきこといかばかりぞや 三一―三三
尖りて高きその肩には、ひとりの罪人の腰を載せ、その足頸をかたく握れり 三四―三六
橋の上よりいふ、あゝマーレブランケよ、見よ聖チタのアンチアンの一人を、汝等彼を沈むべし、我は再びかの邑に歸らん 三七―
かの處には我よくかゝる者を備へおきたり、さればボンツーロの他、汚吏ならぬものなく、否も錢のために然りに代へらる ―四二
かくいひて彼を投げいれ堅き石橋をわたりてかへれり、繋はなれし番犬の盜人を追ふもかく疾からじ 四三―四五
彼沈み、背を高くして再び浮べり、されど橋を戴ける鬼共叫びていひけるは、聖顏もこゝには益なし 四六―四八
こゝに泳ぐはセルキオに泳ぐと異なる、此故に我等の鐡搭好ましからずばこの脂の上にうくなかれ 四九―五一
かくて彼等は彼を百餘の鐡鉤に噛ませ、こゝは汝のかくれて踊る處なれば、盜みうべくば目を掠めてなせといふ 五二―五四
厨夫が庖仕に肉叉をもて肉を鍋の眞中に沈めうかぶことなからしむるもこれにかはらじ 五五―五七
善き師我に曰ふ、汝は汝のこゝにあること知られざるため、岩の後にうづくまりておのが身を掩へ 五八―六〇
またいかなる虐わが身に及ぶも恐るゝなかれ、さきにもかゝる爭ひにのぞめることあれば我よくこれらの事を知る 六一―六三
かくいひて橋をわたりてかなたにすゝめり、げにそのさわがぬ氣色をみすべきは彼が第六の岸にいたれる時なりき 六四―六六
その怒りあらだつさまはさながら立止まりてうちつけに物乞ふ乞食にむかひて群犬はせいづる時の如く 六七―六九
小橋の下より出でし鬼共みなその鐡搭を彼にむけたり、されど彼よばゝりていふ、汝等いづれも惡意をいだくことなかれ 七〇―七二
鐡搭の我をとらふる前に、汝等のひとりすゝみいでゝわがいふところのことをきゝ、のち相謀りて我を之にかくべきや否やをさだめよ 七三―七五
彼等皆叫びてマラコダ行くべしといふ、即ちその一者進み出で(他はみな止まれり)かくするも彼に何の益かあるといひつゝ彼に近づけり 七六―七八
わが師曰ひけるは、マラコダよ、われ天意冥助によらずして今に至るまですべて汝等の障礙をまのかれ 七九―
こゝに來るをうべしと汝思ふや、我等を行かしめよ、わがこの荒れたる路をひとりの者に教ふるも天の定むるところなればなり ―八四
此時彼の慢心折れ、彼は鐡搭をあしもとにおとして彼等にいふ、かくては彼を撃ちがたし 八五―八七
導者我に、橋の岩間にうづくまる者よ、いまは安らかにわがもとにかへれ 八八―九〇
我いでゝいそぎて彼の處にいたれば、鬼こと/″\く進みいづ、我はすなはち彼等が約を履まざらんことをおそれぬ 九一―九三
嘗て契約によりてカープロナをいでし歩兵の一軍群がる敵の間にありてまたかく恐るゝを見しことあり 九四―九六
我は全身を近くわが導者によせ、目をよからぬ彼等の姿より放つことなかりき 九七―九九
彼等は鐡鉤をおろせり、その一者他の一者にいふ、汝わが彼の臀に觸るゝをねがふや、彼等答へて、然り一撃彼にあつべしといふ
されどわが導者と言をまじへし鬼たゞちにふりかへりて、措け措け、スカルミリオネといひ 一〇三―一〇五
さて我等に曰ひけるは、是より先はこの石橋をゆきがたし、第六の弓門悉く碎けて底にあればなり 一〇六―一〇八
されば汝等なほさきに行くをねがはゞこの堤を傳ひてゆくべし、近き處にいま一の石橋あり、これぞ路なる 一〇九―一一一
昨日は今より五時の後にてこの路こゝにくづれしこのかた千二百六十六年を滿たせり 一一二―一一四
我は此等の部下を分ちてかなたに遣はし、身を干す者のありや否やを見せしむべければ、汝等之と共に行け、彼等禍ひをなすことあらじ 一一五―一一七
又曰ひけるは、出でよアーリキーノ、カルカブリーナ、汝も出でよカーニヤッツオ、バルバリッチヤ汝は十の者を率ゐよ 一一八―一二〇
進めリビコッコ、ドラギニヤッツォ、牙のチリアット、グラッフィアカーネ、ファールファレルロ、狂へるルビカンテ 一二一―一二三
煮ゆる黐の邊を巡視り、またこの多くの岩窟の上に隙なく懸れる次の岩まで此等の者をおくりゆけ 一二四―一二六
我曰ふ、あゝ師よ、これいかなる事の態ぞや、汝だに路を知らば我何ぞ道案内を要むべき、願はくはこれによらで我等のみ行かむ 一二七―一二九
汝常の如く心をもちゐなば、見ずや彼等の齒をかみあはせ、眉に殃の兆をあらはすを 一三〇―一三二
彼我に、請ふ汝恐るゝなかれ、彼等に好むがまゝに齒をかましめよ、彼等かくするは煮られてなやむ者のためのみ 一三三―一三五
彼等は折れて左の堤をとれり、されど各とまづその長にむかひ、齒にて舌を緊めて相圖とし 一三六―一三八
長はその肛門を喇叭となしき 一三九―一四一
第二十二曲
我嘗て騎兵の陣を進め、戰ひを開き、軍を整へ、或時はまた逃げのびんとて退くを見き 一―三
アレッツォ人よ、我は或ひは喇叭或ひは鐘或ひは太鼓或ひは城の相圖或ひは本國異邦の物にあはせ 四―六
進んで偵ふもの襲うて掠むるもの汝等の地にわしり、また軍軍と武を競ひ、兵兵と技を爭ふを見き 七―九
されど未だかく奇しき笛にあはせて歩騎動き、陸または星をしるべに船進むをみしことあらじ 一〇―一二
我等は十の鬼と共に歩めり、げに兇猛なる伴侶よ、されど聖徒と寺に浮浪漢と酒肆に 一三―一五
我心はたゞ脂にのみむかへり、こはこの嚢とその中に燒かるゝ民の状態とを殘りなく見んためなりき 一六―一八
たとへば背の弓をもて水手等をいましめ、彼等に船を救ふの途を求めしむる海豚の如く 一九―二一
苦しみをかろめんため、をりふし罪人のひとりその背をあらはし、またこれをかくすこと電光よりも早かりき 二二―二四
またたとへば濠水の縁にむれゐる蛙顏をのみ出して足と太やかなるところをかくすごとく 二五―二七
罪人等四方にうかびゐたるが、バルバリッチヤの近づくにしたがひ、みなまた煮の下にひそめり 二八―三〇
我は見き(いまも思へば我心わなゝく)、一匹の蛙殘りて一匹飛びこむことあるごとくひとりの者のとゞまるを 三一―三三
いと近く立てるグラッフィアカーネ、脂にまみれしその髮の毛を鐡搭にかけ、かくして彼をひきあぐれば、姿さながら河獺に似たりき 三四―三六
我は此時彼等の名を悉く知りゐたり、これ彼等えらばれし時よく之に心をとめ、その後彼等互に呼べる時これに耳を傾けたればなり 三七―三九
詛はれし者共聲をそろへて叫びていふ、いざルビカンテよ、汝爪を下して彼奴の皮を剥げ 四〇―四二
我、わが師よ、おのが敵の手におちしかの幸なき者の誰なるやをもしかなはゞ明めたまへ 四三―四五
わが導者その傍にたちよりていづくの者なるやをこれに問へるに、答へて曰ひけるは、我はナヴァルラの王國の生なりき 四六―四八
父無頼にして身と持物とを失へるため、わが母我を一人の主に事へしむ 四九―五一
我はその後善き王テバルドの僕となりてこゝにわが職をはづかしめ、今この熱をうけてその債を償ふ 五二―五四
この時口の左右より野猪のごとく牙露はれしチリアットはその一の切味を彼に知らせぬ 五五―五七
よからぬ猫の群のなかに鼠は入來れるなりけり、されどバルバリッチヤはその腕にて彼を抱へて曰ふ、離れよ、わが彼をおさゆる間 五八―六〇
かくてまた顏をわが師にむけ、ほかに聞きて知らんと思ふことあらば、害ふ者のあらぬまに彼に問へといふ 六一―六三
導者、さらば今ほかの罪人等のことを告げよ、この脂の下に汝の識れるラチオの者ありや、彼、我は少しくさきに 六四―
その隣の者と別れしなりき、あゝ我彼と共にいまなほかくれゐたらんには、爪も鐡搭もおそれじものを ―六九
この時リビコッコは我等はや待ちあぐみぬといひてその腕を鐡鉤にてとらへ引裂きて肉を取れり 七〇―七二
ドラギニヤッツォもまたその脛を打たんとしければ、彼等の長はまなざしするどくあまねくあたりをみまはしぬ 七三―七五
彼等少しくしづまれる時、わが導者は己が傷より目を放たざりし者にむかひ、たゞちに問ひて曰ひけるは 七六―七八
汝は岸に出でんとて幸なく別れし者ありといへり、こは誰なりしぞ、彼答へて曰ふ、ガルルーラの者にて 七九―
僧ゴミータといひ、萬の欺罔の器なりき、その主の敵を己が手に收め、彼等の中己を褒めざるものなきやう彼等をあしらへり ―八四
乃ち金を受けて穩かに(これ彼の言なり)彼等を放てるなり、またそのほかの職務においても汚吏の小さき者ならでいと大なる者なりき 八五―八七
ロゴドロのドンノ・ミケーレ・ツァンケ善く彼と語る、談サールディニアの事に及べば彼等の舌疲るゝを覺ゆることなし 八八―九〇
されどあゝ齒をかみあはす彼を見給へ、ほかに告ぐべきことあれど彼わが瘡を引掻かんとてすでに身を構ふるをおそる 九一―九三
たゞ撃つばかりに目をまろばしゐたるファールファレルロにむかひ、大いなる長曰ひけるは、惡しき鳥よ退れ 九四―九六
この時戰慄者語をついでいひけるは、汝等トスカーナまたはロムバルディアの者をみまたはそのいふ事を聞かんと思はゞ我彼等を來らせん 九七―九九
されど彼等に罰を恐れざらしめんため、禍ひの爪等少しくこゝを離るべし、我はこのまゝこの處に坐して 一〇〇―一〇二
嘯き(我等のうち外に出るものあればつねにかくする習ひあり)、ひとりの我に代へて七人の者を來らせん 一〇三―一〇五
カーニヤッツオこの言を聞きて口をあげ頭をふりていひけるは、身を投げ入れんとてめぐらせる彼の奸計をきけ 一〇六―一〇八
羂に富める者乃ち答へて曰ひけるは、侶の悲しみを増さしむれば、我は至極の奸物なるべし 一〇九―一一一
アーリキーン堪へず衆にさからひて彼に曰ふ、汝身を投げなば我は馳せて汝を追はず 一一二―一一四
翼を脂の上に搏つべし、我等頂上を棄て岸を楯とし、汝たゞひとりにてよく我等を凌ぐや否やをみん 一一五―一一七
讀者よ、奇しき戲れを聞け、彼等みな目を片側にむけたり、しかも第一にかくなせるは彼等の中殊にその心なかりしものなりき 一一八―一二〇
たくみに機を窺へるナヴァルラの者、その蹠をもてかたく地を踏み、忽ち躍りて長を離れぬ 一二一―一二三
かくとみし鬼いづれも咎を悔ゆるがなかに、わけて越度の本なりし者そのくゆることいと深ければ、すなはち身を動かして 一二四―一二六
汝は我手の中にありと叫べり、されど益なし、翼ははやきもなほ恐れに超ゆるあたはず、彼は沈み、此は胸を上にして飛べり 一二七―一二九
鴨忽ち潛り、既に近づける鷹の、怒りくづほれて空にかへるもこれにかはらじ 一三〇―一三二
カルカブリーナは欺かれしを憤り、彼と格鬪はんため、却つてかの者の免かれんことをねがひ、飛びつゝ彼をあとより追ひゆき 一三三―一三五
汚吏の姿消ゆるとともに爪をその侶にむけ、濠の上にてこれを攫みぬ 一三六―一三八
されど彼また眞の青鷹なりければ、劣らず爪をこなたにうちこみ、二ながら煮ゆる澱の眞中に落ちたり 一三九―一四一
熱はたちまち爭鬪をとゞめぬ、されど彼等身を上ぐるをえざりき、其翼脂にまみれたればなり 一四二―一四四
殘りの部下と共に歎きつゝバルバリッチヤはその中四人の者にみな鐡鉤を持ちて對岸に飛ばしめぬ、かくていと速かに 一四五―一四七
かなたにてもこなたにても彼等はおのが立處に下り、既に黐にまみれて上層の中に燒かれし者等にその鐡搭をのべき 一四八―一五〇
我等は彼等をこの縺の中に殘して去れり 一五一―一五三
第二十三曲
言なく伴侶なくたゞふたり、ひとりはさきにひとりはあとに、さながらミノリ僧の路を歩む如く我等は行けり 一―三
わが思ひは今の爭ひによりて蛙と鼠のことをかたれるイソーポの寓話にむかひぬ 四―六
心をとめてよくその始終を較べなば、モとイッサの相似たるも彼と此との上にはいでじ 七―九
また一の思ひよりほかの思ひのうちいづるごとく、これよりほかの思ひ生れてわがさきの恐れを倍せり 一〇―一二
我おもへらく、彼等は我等のために嘲られてその怨み必ず大ならんとおもはるゝばかりの害をうけ詭計にかゝるにいたれるなり 一三―一五
若し怒り惡意に加はらば、彼等我等を追來り、その慈悲なきこと口に銜へし兎にむかひて酷き犬にもまさりぬべし 一六―一八
我は既に恐れのために身の毛悉く彌立つをおぼえ、わが後方にのみ心を注ぎつゝいひけるは、師よ、汝と我とを 一九―
直ちに匿したまはずば、我はマーレブランケをおそる、彼等既にうしろにせまれり、我わが心に寫しみて既に彼等の近きをさとる ―二四
彼、たとへばわれ鏡なりとも、わが今汝の内の姿をうくるよりはやく汝の外の姿を寫しうべきや 二五―二七
今といふ今汝の思ひは同じ働同じ容をもてわが思ひの中に入り、我はこの二の物によりてたゞ一の策を得たり 二八―三〇
右の岸もし斜にて次の嚢の中にくだるをえば、我等は心にゑがける追をまのかるべし 三一―三三
彼この策を未だ陳べ終らざるに、我は彼等が翼をひらき、我等をとらへんとてほどなき處に來るを見たり 三四―三六
たとへば騷擾に目覺めし母の、燃ゆる焔をあたりにみ、我兒をいだいてにげわしり 三七―
之を思ふこと己が身よりも深ければ、たゞ一枚の襯衣をさへ着くるに暇あらざるごとく、導者は忽ち我を抱き ―四二
堅き岸の頂より、次の嚢の片側を閉す傾ける岩あるところに仰きて身を投げいれぬ 四三―四五
粉碾車をめぐらさんとて樋をゆく水の、輻にいと近き時といへどもそのはやきこと 四六―四八
侶にはあらで子の如く我をその胸に載せ、かの縁を越えしわが師にはおよばじ
その足下なる深處の底にふれしころには彼等はやくも我等の上なる頂にありき、されどこゝには恐れあるなし 五二―五四
彼等をえらびて第五の濠の僕となせし尊き攝理は、かしこを離るゝの能力を彼等より奪ひたればなり 五五―五七
下には我等彩色れる民を見き、疲れなやめる姿にて涙を流し、めぐりゆく足いとおそし 五八―六〇
彼等は型をクルーニの僧の用ゐるものにとりたる衣を着、目の前まで垂れし帽を被れり 六一―六三
外は金を施したれば、みる目眩暈くばかりなれども、内はみな鉛にて、その重きに比ぶればフェデリーゴの着せしは藁なり 六四―六六
あゝ永遠の疲の衣よ、我等は心を憂き歎きにとめつゝ彼等とともにこたびもまた左にむかへり 六七―六九
されど重量のためこのよわれる民の歩みいとおそければ、我等は腰をうごかすごとに新なる侶をえき 七〇―七二
我乃ちわが導者に、行または名によりて知らるべき者をたづね、かくゆく間目をあたりにそゝぎたまへ 七三―七五
この時一者トスカーナの言をきゝてうしろよりよばゝりいひけるは、黯める空をわけてはせゆく者等よ、足をとゞめよ 七六―七八
おそらくは汝求むるものを我よりうくるをえん、導者乃ちかへりみて曰ふ、待て、待ちてのち彼の歩みにしたがひてすゝめ 七九―八一
我止まりて見しにふたりの者あり、我に追及ばんとてしきりに苛つ心を顏にあらはせども荷と狹き路のために後れぬ 八二―八四
さて來りて物をも言はず、目を斜にしばらく我をうちまもり、のち顏をみあはせていひけるは 八五―八七
この者喉を動かせば生けりとおもはる、また彼等死せる者ならば何の恩惠により重き衣に蔽はれずして歩むや 八八―九〇
かくてまた我に曰ひけるは、幸なき僞善者の集會に來れるトスカーナ人よ、願はくは汝の誰なるやを告ぐるを厭ふなかれ 九一―九三
我彼等に、わが生れし處おひたちし處はともに美しきアルノの川邊大いなる邑なりき、また我はわが離れしことなき肉體と共にあるなり 九四―九六
されど憂ひの滴かく頬をくだる汝等は誰ぞや、汝等の身にかく煌めくは何の罰ぞや 九七―九九
そのひとり答へて我に曰ひけるは、拑子の衣鉛にていと厚く、その重量かく秤を軋ましむ 一〇〇―一〇二
我等は喜樂僧にてボローニア人なりき、我はカタラーノといひ、これなるはローデリンゴといへり、汝の邑に平和をたもたんため 一〇三―
常は一人取らるゝ例なるに、我等は二人ながら彼處にとられき、我等のいかなる者なりしやは今もガルディンゴの附近を見てしるべし ―一〇八
あゝ僧達よ、汝等の禍ひは……我かくいへるもその先をいはざりき、これ三の杙にて地に張られし者ひとりわが目にとまれるによりてなり 一〇九―一一一
彼我を見し時、その難息を髯に吐き入れ、はげしくもがきぬ、僧カタラーン之を見て 一一二―一一四
我に曰ふ、かしこに刺されて汝の目をひくはこれファリセイに勸めて、民の爲にひとりの人を苛責するは善しといへる者なり 一一五―一一七
みらるゝ如く裸にて路を遮り、過ぐる者あればまづその重さを身にうけではかなはじ 一一八―一二〇
その外舅およびジユデーア人の禍ひの種なりしほかの議員等もまた同じさまにてこの濠の中に苛責せらる 一二一―一二三
我はこの時ヴィルジリオがかくあさましく十字にはられ永久の流刑をうくるものあるをあやしめるをみたり 一二四―一二六
彼やがて僧にむかひていひけるは、汝等禁むるものなくば、請ふ右に口ありや我等に告げよ 一二七―一二九
我等これによりて共に此處をいで、黒き天使に強ひて來りて、この底より我等を出さしむるなきをえん 一三〇―一三二
この時彼答へて曰ひけるは、いと近き處に岩あり、大いなる圈より出でてすべてのおそろしき大溪の上を過ぐ 一三三―一三五
たゞこの溪の上にのみ碎けてこれを蔽はざるなり、汝等側によこたはり底に高まる崩壞を踏みて上りうべし 一三六―一三八
導者しばらく首を垂れて立ち、さていひけるは、かなたに罪人を鐡鉤にかくるもの事をいつはりて我等に教へき 一三九―一四一
僧、我昔ボローニアにて鬼のよからぬことゞも多く聞きたり、彼は僞る者、僞りの父なりときけるもその一なり 一四二―一四四
かくいへる時導者は顏に少しく怒りをうかべ、足をはやめて去り行けり、されば我また重荷を負ふ者等とわかれ 一四五―一四七
ゆかしき蹠の趾を追へりき 一四八―一五〇
第二十四曲
一年未だうらわかく、日は寶瓶宮裏に髮をとゝのへ、夜はすでに南にむかひ 一―三
霜は白き姉妹の姿を地に寫せども、筆のはこびの長く續きもあへぬころ 四―六
貯藏盡きしひとりの農夫、おきいでゝながむるに、野は悉く白ければ、その腰をうちて 七―九
我家にかへり、かなたこなたに呟くさまさながら幸なき人のせんすべしらぬごとくなれども、のち再びいづるにおよびて 一〇―
世の顏束の間にかはれるを見、あらたに望みを呼び起してつゑをとり、小羊を追ひ牧場にむかふ ―一五
かくの如く師はその額に亂をみせて我をおそれしめ、またかくの如く痛みはたゞちに藥をえたりき 一六―一八
そは我等壞れし橋にいたれる時、導者はわがさきに山の麓に見たりし如きうるはしき氣色にてわがかたにむかひたればなり 一九―二一
かれまづよく崩壞をみ、心に思ひめぐらして後その腕をひらきて我をかゝへ 二二―二四
且つ行ひ且つ量り常に預め事に備ふる人の如く我を一の巨岩の頂に上げつゝ 二五―
目をほかの岩片にとめ、これよりかの岩に縋るべし、されどまづその汝を支へうべきや否やをためしみよといふ ―三〇
こは衣を着し者の路にはあらじ、岩より岩を上りゆくは我等(彼輕く我押さるゝも)にだに難きわざなりき 三一―三三
若しこの堤の一側對面の側より短かゝらずば、彼のことはしらねど、我は全く力盡くるにいたれるなるべし 三四―三六
されどマーレボルジェはみないと低き坎の口にむかひて傾くがゆゑに、いづれの溪もそのさまこの理にもとづきて 三七―三九
彼岸高く此岸ひくし、我等はつひに最後の石の碎け散りたる處にいたれり 四〇―四二
上り終れる時はわが氣息いたく肺より搾られ、我また進むあたはざれば、着くとひとしくかしこに坐れり 四三―四五
師曰ひけるは、今より後汝つとめて怠慢に勝たざるべからず、夫れ軟毛の上に坐し、衾の下に臥してしかも美名をうるものはなし 四六―四八
人これをえず徒にその生命を終らば地上に殘すおのが記念はたゞ空の烟水の泡抹のみ 四九―五一
此故に起きよ、萬の戰ひに勝つ魂もし重き肉體と共になやみくづほるゝにあらずば之をもて喘に勝て 五二―五四
是よりも長き段のなは上るべきあり、これらを離るゝのみにて足らず、汝わが言をさとらばその益を失ふなかれ 五五―五七
我乃ち身を起し、くるしき呼吸をおしかくしていひけるは、願はくは行け、身は強く心は堅し 五八―六〇
我等石橋を渡りて進むに、このわたりの路岩多く狹く艱くはるかにさきのものよりも嶮し 六一―六三
我はよわみをみせざらんため語りつゝあゆみゐたるに、忽ち次の濠の中より語を成すにいたらざる一の聲いでぬ 六四―六六
この時我は既にこゝにかゝれる弓門の頂にありしかども、その何をいへるやをしらず、されど語れるものは怒りを起せし如くなりき 六七―六九
我は俯きたりき、されど闇のために生ける目底にゆくをえざれば、すなはち我、師よ請ふ次の堤にいたれ 七〇―
しかして我等石垣をくだらん、そはこゝにてはわれ聞けどもさとらず、見れども認むるものなければなり ―七五
彼曰ふ、行ふの外我に答なし、正しき願ひには所爲たゞ默して從ふべきなり 七六―七八
我等は橋をその一端、第八の岸と連れるところに下れり、この時嚢の状あきらかになりて 七九―八一
我見しに中にはおそろしき蛇の群ありき、類いと奇しく、その記憶はいまなほわが血を凍らしむ 八二―八四
リビヤも此後その砂に誇らざれ、たとひこの地ケリドリ、ヤクリ、ファレー、チェンクリ、アムフィシベナを出すとも 八五―八七
またこれにエチオピアの全地または紅海の邊のものを加ふとも、かく多きかくあしき毒を流せることはあらじ 八八―九〇
この猛くしていとものすごき群のなかを孔をも血石をも求めうるの望みなき裸なる民おぢおそれて走りゐたり 九一―九三
蛇は彼等の手を後方に縛しめ、尾と頭にて腰を刺し、また前方にからめり 九四―九六
こゝに見よ、こなたの岸近く立てるひとりの者にむかひて一匹の蛇飛び行き、頸と肩と結びあふところを刺せり 九七―九九
oまたはiを書くともかく早からじとおもはるゝばかりに彼は忽ち火をうけて燃え、全く灰となりて倒るゝの外すべなかりき 一〇〇―一〇二
彼かく頽れて地にありしに、塵おのづからあつまりてたゞちにもとの身となれり 一〇三―一〇五
名高き聖等またかゝることあるをいへり、曰く、靈鳥はその齡五百年に近づきて死し、後再び生る 一〇六―一〇八
この鳥世にあるや、草をも麥をも食まず、たゞ薫物の涙とアモモとを食む、また甘松と沒藥とはその最後の壽衣となると 一〇九―一一一
人或ひは鬼の力によりて地にひかれ、或ひは塞にさへられて倒れ、やがて身を起せども、おのがたふれし次第をしらねば 一一二―
うけし大いなる苦しみのためいたくまどひて目をうちひらき、あたりを見つゝ歎くことあり ―一一七
起き上れる罪人のさままた斯くの如くなりき、あゝ仇を報いんとてかくはげしく打懲す神の威力はいかにきびしきかな 一一八―一二〇
導者この時彼にその誰なるやを問へるに、答へて曰ひけるは、我は往日トスカーナよりこのおそろしき喉の中に降り下れる者なり 一二一―一二三
我は騾馬なりければまたこれに傚ひて人にはあらで獸の如く世をおくるを好めり、我はヴァンニ・フッチといふ獸なり、しかして 一二四―
ピストイアは我に應しき岩窟なりき、われ導者に、彼に逃る勿れといひ、また彼をこゝに陷らしめしは何の罪なるやを尋ねたまへ
わが見たるところによれば彼は血と怒りの人なりき、この時罪人これを聞きて佯らず、心をも顏をも我にむけ、悲しき恥に身を彩色りぬ ―一三二
かくて曰ひけるは、かゝる禍ひの中にて汝にあへる悲しみは、わがかの世をうばゝれし時よりも深し 一三三―一三五
我は汝の問を否むあたはず、わがかく深く沈めるは飾美しき寺の寶藏の盜人たりし故なりき 一三六―一三八
またこの罪嘗てあやまりて人に負はされしことあり、されど汝此等の暗き處をいづるをえてわがさまをみしを喜びとなすなからんため 一三九―一四一
耳を開きてわがうちあかすことを聞け、まづピストイアは黒黨を失ひて痩せ、次にフィオレンツァは民と習俗を新にすべし 一四二―一四四
マルテはヴァル・ヂ・マーグラより亂るゝ雲に裹まれし一の火氣をひきいだし、嵐劇しくすさまじく 一四五―一四七
カムポ・ピチェンに戰起りて、この者たちまち霧を擘き、白黨悉くこれに打たれん 一四八―一五〇
我これをいふは汝に憂ひあらしめんためなり 一五一―一五三
第二十五曲
かたりをはれる時かの盜人雙手を握りて之を擧げ、叫びて曰ひけるは、受けよ神、我汝にむかひてこれを延ぶ 一―三
此時よりこの方蛇はわが友なりき、一匹はこの時彼の頸にからめり、そのさまさながら我は汝にまた口をきかしめずといへるに似たりき 四―六
また一匹はその腕にからみてはじめの如く彼を縛め、かつ身をかたくその前に結びて彼にすこしも之を動かすをゆるさゞりき 七―九
あゝピストイアよ、ピストイアよ、汝の惡を行ふこと己が祖先の上に出づるに、何ぞ意を決して己を灰し、趾を世に絶つにいたらざる 一〇―一二
我は地獄の中なる諸の暗き獄を過ぎ、然も神にむかひてかく不遜なる魂を見ず、テーべの石垣より落ちし者だに之に及ばじ 一三―一五
かれ物言はで逃去りぬ、此時我は怒り滿々し一のチェンタウロ、何處にあるぞ、執拗なる者何處にあるぞとよばはりつゝ來るを見たり 一六―一八
思ふに彼が人の容の連れるところまでその背に負へるとき多くの蛇はマレムマの中にもあらぬなるべし 一九―二一
肩の上項の後には一の龍翼をひらきて蟠まり、いであふ者あればみなこれを燒けり 二二―二四
わが師曰ひけるは、こはカーコとてアヴェンティーノ山の巖の下にしばしば血の湖を造れるものなり 二五―二七
彼はその兄弟等と一の路を行かず、こは嘗てその近傍にとゞまれる大いなる家畜の群を謀りて掠めし事あるによりてなり 二八―三〇
またこの事ありしため、その歪める行はエルクレの棒に罹りて止みたり、恐らくは彼百を受けしなるべし、然もその十をも覺ゆる事なかりき 三一―三三
彼斯く語れる間(彼過ぎゆけり)三の魂我等の下に來れるを我も導者もしらざりしに 三四―三六
彼等さけびて汝等は誰ぞといへり、我等すなはち語ることをやめ、今は心を彼等にのみとめぬ 三七―三九
我は彼等を識らざりき、されど世にはかゝること偶然ある習ひとて、そのひとり、チヤンファはいづこに止まるならんといひ 四〇―四二
その侶の名を呼ぶにいたれり、この故に我は導者の心をひかんためわが指を上げて頤と鼻の間におきぬ 四三―四五
讀者よ、汝いまわがいふことをたやすく信じえずともあやしむにたらず、まのあたりみし我すらもなほうけいるゝこと難ければ 四六―四八
我彼等にむかひて眉をあげゐたるに、六の足ある一匹の蛇そのひとりの前に飛びゆきてひたと之にからみたり 四九―五一
中足をもて腹を卷き前足をもて腕をとらへ、またかなたこなたの頬を噛み 五二―五四
後足を股に張り、尾をその間より後方におくり、ひきあげて腰のあたりに延べぬ 五五―五七
木に絡む蔦といへどもかの者の身に纏はれる恐ろしき獸のさまにくらぶれば何ぞ及ばん 五八―六〇
かくて彼等は熱をうけし蝋のごとく着きてその色を交へ、彼も此も今は始めのものにあらず 六一―六三
さながら黯みてしかも黒ならぬ色の炎にさきだちて紙をつたはり、白は消えうするごとくなりき 六四―六六
殘りの二者之を見て齊しくさけびて、あゝアーニエルよ、かくも變るか、見よ汝ははや二にも一にもあらずといふ 六七―六九
二の頭既に一となれる時、二の容いりまじりて一の顏となり二そのうちに失せしもの我等の前にあらはれき 七〇―七二
四の片より二の腕成り、股脛腹胸はみな人の未だみたりしことなき身となれり 七三―七五
もとの姿はすべて消え、異樣の像は二にみえてしかも一にだにみえざりき、さてかくかはりて彼はしづかに立去れり 七六―七八
三伏の大なる笞の下に蜥蜴籬を交へ、路を越ゆれば電光とみゆることあり 七九―八一
色青を帶びて黒くさながら胡椒の粒に似たる一の小蛇の怒りにもえつゝ殘る二者の腹をめざして來れるさままたかくの如くなりき 八二―八四
この蛇そのひとりの、人はじめて滋養をうくる處を刺し、のち身を延ばしてその前にたふれぬ 八五―八七
刺されし者これを見れども何をもいはず、睡りか熱に襲はれしごとく足をふみしめて欠をなせり 八八―九〇
彼は蛇を蛇は彼を見ぬ、彼は傷より此は口よりはげしく烟を吐き、烟あひまじれり 九一―九三
ルカーノは今より默して幸なきサベルロとナッシディオのことを語らず、心をとめてわがこゝに説きいづる事をきくべし 九四―九六
オヴィディオもまた默してカードモとアレツーザの事をかたるなかれ、かれ男を蛇に女を泉に變らせ、之を詩となすともわれ羨まじ 九七―九九
そは彼二の自然をあひむかひて變らしめ兩者の形あひ待ちてその質を替ふるにいたれることなければなり 一〇〇―一〇二
さて彼等の相應ぜること下の如し、蛇はその尾を割きて叉とし、傷を負へる者は足を寄せたり 一〇三―一〇五
脛は脛と股は股と固く着き、そのあはせめ、みるまにみゆべき跡をとゞめず 一〇六―一〇八
われたる尾は他の失へる形をとりて膚軟らかく、他のはだへはこはばれり 一〇九―一一一
我また二の腕腋下に入り、此等の縮むにつれて獸の短き二の足伸びゆくをみたり 一一二―一一四
また二の後足は縒れて人の隱すものとなり、幸なき者のは二にわかれぬ 一一五―一一七
烟新なる色をもて彼をも此をも蔽ひ、これに毛を生えしめ、かれの毛をうばふあひだに 一一八―一二〇
此立ち彼倒る、されどなほ妄執の光を逸らさず、その下にておのおの顏を變へたり 一二一―一二三
立ちたる者顏を後額のあたりによすれば、より來れる材多くして耳平なる頬の上に出で 一二四―一二六
後方に流れずとゞまれるものはその餘をもて顏に鼻を造り、またほどよく唇を厚くせり 一二七―一二九
伏したる者は顏を前方に逐ひ、角を收むる蝸牛の如く耳を頭にひきいれぬ 一三〇―一三二
またさきに一にて物言ふをえし舌は裂け、わかれし舌は一となり、烟こゝに止みたり 一三三―一三五
獸となれる魂はその聲あやしく溪に沿ひてにげゆき、殘れる者は物言ひつゝその後方に唾はけり 一三六―一三八
かくて彼新しき背を之にむけ、侶に曰ひけるは、願はくはブオソのわがなせしごとく匍匐ひてこの路を走らんことを 一三九―一四一
我は斯く第七の石屑の變り入替るさまをみたりき、わが筆少しく亂るゝあらば、請ふ人事の奇なるをおもへ 一四二―一四四
またわが目には迷ひありわが心には惑ひありしも、かの二者我にかくれて逃ぐるをえざれば 一四五―一四七
我はひとりのプッチオ・シヤンカートなるをさだかに知りき、さきに來れるみたりの伴侶の中にて變らざりしはこの者のみ 一四八―一五〇
またひとりは、ガヴィルレよ、いまも汝を悼ましむ 一五一―一五三
第二十六曲
フィオレンツァよ、汝はいと大いなるものにて翼を海陸の上に搏ち汝の名遍く地獄に藉くがゆゑに喜べ 一―三
我は盜人の中にて汝の際貴き邑民五人をみたり、我之を恥とす、汝もまた之によりて擧げられて大いなる譽を受くることはあらじ 四―六
されど曙の夢正夢ならば、プラート(その他はもとより)の汝のためにこひもとむるもの程なく汝に臨むべし、また今既にこの事ありとも 七―九
早きに過ぎじ、事避くべきに非ざれば若かず速に來らんには、そはわが年の積るに從ひ、この事の我を苦しむる愈大なるべければなり 一〇―一二
我等この處を去れり、わが導者はさきに下れる時我等の段となれる巖角を傳ひて上りまた我をひけり 一三―一五
かくて石橋の上なる小岩大岩の間のさびしき路を進みゆくに手をからざれば足も效なし 一六―一八
この時我は悲しめり、わがみしものに心をむくれば今また憂へ、才を制すること恆を超ゆ 一九―二一
これわが才、徳の導きなきに走り、善き星または星より善きものこの寶を我に與へたらんに、我自ら之を棄つるなからんためなり 二二―二四
たとへば世界を照すもの顏を人にかくすこといと少なき時、丘の上に休む農夫が 二五―二七
蚊の蠅に代る比、下なる溪間恐らくはおのが葡萄を採りかつ耕す處に見る螢の如く 二八―三〇
數多き炎によりて第八の嚢はすべて輝けり、こはわがその底のあらはるゝ處にいたりてまづ目をとめしものなりき 三一―三三
またたとへば熊によりてその仇をむくいしものが、エリアの兵車の去るをみし時の如く(この時その馬天にむかひて立上り 三四―三六
彼目をこれに注げども、みゆるはたゞ一抹の雲の如く高く登りゆく炎のみなりき) 三七―三九
焔はいづれも濠の喉を過ぎてすゝみ、いづれもひとりの罪人を盜みてしかも盜をあらはすことなかりき 四〇―四二
我は見んとて身を伸べて橋の上に立てり、さればもし一の大岩をとらへざりせば押さるゝをもまたで落ち下れるなるべし 四三―四五
導者はわがかく心をとむるをみていひけるは、火の中に魂あり、いづれも己を燒くものに卷かる 四六―四八
我答へて曰ひけるは、わが師よ、汝の言によりてこの事いよ/\さだかになりぬ、されど我またかくおしはかりて既に汝に 四九―
エテオクレとその兄弟との荼毘の炎の如く上方わかれたる火につゝまれてこなたに來るは誰なりやといはんとおもひたりしなり ―五四
彼答へて我に曰ふ、かしこに苛責せらるゝはウリッセとディオメーデなり、ともに怒りにむかへるごとくまたともに罰にむかふ 五五―五七
かの焔の中に、彼等は門を作りてローマ人のたふとき祖先をこゝよりいでしめし馬の伏勢を傷み 五八―六〇
かしこにアキルレのためにいまなほデイダーミアを歎くにいたらしめし詭計をうれへ、またかしこにパルラーディオの罰をうく 六一―六三
我曰ふ、彼等かの火花のなかにて物言ふをえば、師よ、我ひたすらに汝に請ひまた重ねて汝に請ふ、さればこの請ひ千度の請ひを兼ねて 六四―六六
汝は我に角ある焔のこゝに來るを待つを否むなかれ、我わが願ひのためにみたまふ如く身をかなたにまぐ 六七―六九
彼我に、汝の請ふところ甚だ善し、この故に我これを容る、たゞ汝舌を愼しめ 七〇―七二
我既に汝の願ひをさとりたれば語ることをば我に任せよ、そは彼等はギリシア人なりしがゆゑに恐らくは汝の言を侮るべければなり 七三―七五
焔近づくにおよびて導者は時と處をはかり、これにむかひていひけるは 七六―七八
あゝ汝等二の身にて一の火の中にあるものよ、我生ける時汝等の心に適ひ、高き調を世に録して 七九―
たとひいさゝかなりとも汝等の心に適へる事あらば、請ふ過ぎゆかず、汝等の中ひとり路を失ひて後いづこに死處をえしやを告げよ ―八四
年へし焔の大いなる角、風になやめる焔のごとく微に鳴りてうちゆらぎ 八五―八七
かくて物いふ舌かとばかりかなたこなたに尖をうごかし、聲を放ちていひけるは 八八―
一年あまりガエタ(こはエーネアがこの名を與へざりしさきの事なり)に近く我を匿せしチルチェと別れ去れる時 ―九三
子の慈愛、老いたる父の敬ひ、またはペネローペを喜ばしうべかりし夫婦の愛すら 九四―九六
世の状態人の善惡を味はひしらんとのわがつよきねがひにかちがたく 九七―九九
我はたゞ一艘の船をえて我を棄てざりし僅かの侶と深き濶き海に浮びぬ 一〇〇―一〇二
スパニア、モロッコにいたるまで彼岸をも此岸をも見、またサールディニア島及び四方この海に洗はるゝほかの島々をもみたり 一〇三―一〇五
人の越ゆるなからんためエルクレが標をたてしせまき口にいたれるころには 一〇六―
我も侶等もはや年老いておそかりき、右にはわれシビリアをはなれ左には既にセッタをはなれき ―一一一
我曰ふ、あゝ千萬の危難を經て西にきたれる兄弟等よ、なんぢら日を追ひ 一一二―
殘るみじかき五官の覺醒に人なき世界をしらしめよ、汝等起原をおもはずや
汝等は獸のごとく生くるため造られしものにあらず、徳と知識を求めんためなり ―一二〇
わがこの短き言をきゝて侶は皆いさみて路に進むをねがひ、今はたとひとゞむとも及び難しとみえたりき 一二一―一二三
かゝれば艫を朝にむけ、櫂を翼として狂ひ飛び、たえず左に舟を寄せたり 一二四―一二六
夜は今南極のすべての星を見、北極はいと低くして海の床より登ることなし 一二七―一二九
我等難路に入りしよりこのかた、月下の光五度冴え五度消ゆるに及べるころ 一三〇―一三二
かなたにあらはれし一の山あり、程遠ければ色薄黒く、またその高さはわがみし山のいづれにもまさるに似たりき 一三三―一三五
我等は喜べり、されどこの喜びはたゞちに歎きに變れり、一陣の旋風新しき陸より起りて船の前面をうち 一三六―一三八
あらゆる水と共に三度これに旋らし四度にいたりてその艫を上げ舳を下せり(これ天意の成れるなり) 一三九―一四一
遂に海は我等の上に閉ぢたりき 一四二―一四四
第二十七曲
語りをはれるため、焔はすでに上にむかひて聲なく、またやさしき詩人の許しをうけてすでに我等を離れし時 一―三
その後より來れるほかの焔あり、不律の音を中より出して我等の目をその尖にむけしめき 四―六
たとへばシチーリアの牡牛が(こは鑢をもて己を造れる者の歎きをその初聲となせる牛なり、またかくなせるや好し) 七―九
苦しむ者の聲によりて鳴き、銅の器あたかも苦患に貫かるゝかと疑はれし如く 一〇―一二
はじめは火に路も口もなく、憂ひの言かはりて火のことばとなれるも 一三―一五
遂に路をえて登り尖にいたれる時、こゝにその過ぐるにのぞみて舌よりうけし動搖を傳へ 一六―一八
いひけるは、わが呼ぶ者よ、またいまロムバルディアの語にていざゆけ我また汝を責めずといへる者よ 一九―二一
我おくれて來りぬとも請ふ止まりて我とかたるを厭ふなかれ、わが燃ゆれどもなほ之を厭はざるを見よ 二二―二四
汝若しわが持來れるすべての罪を犯せる處、かのうるはしきラチオの國よりいまこの盲の世に落ちたるならば 二五―二七
ローマニヤ人のなかに和ありや戰ひありや我に告げよ、我はウルビーノとテーヴェレの源なる高嶺との間の山々にすめる者なればなり 二八―三〇
我はなほ心を下にとめ身をまげゐたるに、導者わが脇に觸れ、汝語るべしこれラチオの者なりといふ 三一―三三
この時既にわが答成りければ我ためらはずかたりていふ、下にかくるゝたましひよ 三四―三六
汝のローマニヤには今も昔の如く暴君等の心の中に戰ひたえず、たゞわが去るにあたりて顯著なるものなかりしのみ 三七―三九
ラヴェンナはいまも過ぬる幾年とかはらじ、ポレンタの鷲これを温め、その翼をもてさらにチェルヴィアを覆ふ 四〇―四二
嘗て長き試みに耐へ、フランス人の血染めの堆を築ける邑は今緑の足の下にあり 四三―四五
モンターニアを虐げし古き新しきヴェルルッキオの猛犬は舊の處にゐてその齒を錐とす 四六―四八
夏より冬に味方を變ふる白巣の小獅子はラーモネとサンテルノの二の邑を治む 四九―五一
またサーヴィオに横を洗はるゝものは野と山の間にあると等しく暴虐と自由の國の間に生く 五二―五四
さて我こゝに汝に請ふ、我等に汝の誰なるやを告げよ、人にまさりて頑ななるなかれ、(かくて願はくは汝の名世に秀でんことを) 五五―五七
火はその習ひにしたがひてしばらく鳴りて後とがれる鋒をかなたこなたに動かし、氣息を出していひけるは 五八―六〇
我若しわが答のまた世に歸る人にきかるとおもはゞこの焔はとゞまりてふたゝび搖めくことなからん 六一―六三
されどわがきくところ眞ならば、この深處より生きて還れる者なきがゆゑに、我汝に答ふとも恥をかうむるの恐れなし 六四―六六
我は武器の人なりしがのち帶紐僧となれり、こはかく帶して罪を贖はんとおもひたればなり、また我を昔の諸惡にかへらしめし 六七―六九
かの大いなる僧(禍ひ彼にあれ)微つせばわれこの思ひの成れるを疑はず、されば請ふ事の次第と濫觴とをきけ 七〇―七二
我未だ母の與へし骨と肉とをとゝのへる間、わが行は獅子に似ずして狐に似たりき 七三―七五
我は惡計と拔道をすべてしりつくし、これらの術をおこなひてそのきこえ地の極にまで及べり 七六―七八
わが齡すゝみて人おの/\その帆をおろし綱をまきをさむる時にいたれば 七九―八一
さきにうれしかりしものいまはうるさく、我は悔いまた自白して身を棄てき、かくして救ひの望みはありしをあゝ幸なし 八二―八四
第二のファリセイびとの王ラテラーノに近く軍を起し、(こはサラチーノ人またはジュデーア人との戰ひにあらず 八五―八七
その敵はいづれも基督教徒にてしかもその一人だにアークリに勝たんとてゆきまたはソルダーノの地に商人たりしはなし) 八八―九〇
おのが至高の職をも緇衣の分をもおもはず、また帶ぶるものいたく瘠するを常とせし紐のわが身にあるをも思はず 九一―九三
あたかもコスタンティーンが癩を癒されんとてシルヴェストロをシラッティに訪へる如く、傲の熱を癒されんとて 九四―
この者我を醫として訪へり、彼我に謀を求め我は默せり、その言醉へるに似たりければなり ―九九
この時彼我に曰ふ、汝心に懼るゝ勿れ、今よりのち我汝の罪を宥さん、汝はペネストリーノを地に倒さんためわがなすべき事を我に教へよ 一〇〇―一〇二
汝の知る如く我は天を閉ぢまた開くをうるなり、この故に鑰二あり、こは乃ち我よりさきに位にありしものゝ尊まざりしものなりき 一〇三―一〇五
此時この力ある説我をそゝのかして、默すのかへつてあしきを思はしむるにいたれり、我即ちいひけるは、父よ、汝は 一〇六―
わがおちいらんとする罪を洗ひて我を淨むるが故に知るべし、長く約し短く守らば汝高き座にありて勝利を稱ふることをえん ―一一一
我死せる時フランチェスコ來りて我を連れんとせしに、黒きケルビーニの一彼に曰ひけるは彼を伴ふ勿れ、我に非をなす勿れ 一一二―一一四
彼は下りてわが僕等と共にあるべし、これ僞りの謀を授けしによる、この事ありてより今に至るまで我その髮にとゞまれり 一一五―一一七
悔いざる者は宥さるゝをえず、悔いと願ひとはその相反すること障礙となりて並び立ちがたし 一一八―一二〇
あゝ憂ひの身なるかな、彼我を捉へて汝は恐らくはわが論理に長くるをしらざりしなるべしといへる時わがをのゝけることいかばかりぞや 一二一―一二三
彼我をミノスにおくれるに、この者八度尾を堅き背に捲き、激しく怒りて之を噛み 一二四―一二六
こは盜む火の罪人等の同囚なりといへり、さればみらるゝ如く我こゝに罰をうけてこの衣を着、憂ひの中に歩をすゝむ 一二七―一二九
さてかく語りをはれる時、炎は歎きつゝその尖れる角をゆがめまた振りて去りゆけり 一三〇―一三二
我もわが導者もともに石橋をわたりて進み、一の濠を蔽へる次の弓門の上にいたれり、この濠の中には 一三三―一三五
分離を釀して重荷を負ふものその負債をつくのへり 一三六―一三八
第二十八曲
たとひ紲なき言をもちゐ、またしば/\かたるとも、此時わが見し血と傷とを誰かは脱なく陳べうべき 一―三
收むべきことかく多くして人の言記憶には限りあれば、いかなる舌といふとも思ふに必ず盡しがたし 四―六
命運定なきプーリアの地に、トロイア人のため、また誤ることなきリヴィオのしるせるごとくいと多くの指輪を 七―
捕獲物となせし長き戰ひによりて、そのかみその血を歎ける民みなふたゝびよりつどひ ―一二
またロベルト・グイスカールドを防がんとて刃のいたみを覺えし民、プーリア人のすべて不忠となれる處なるチェペラン 一三―
およびターリアコッツォのあたり、乃ち老いたるアーラルドが素手にて勝利をえしところにいまなほ骨を積重ぬる者之に加はり ―一八
ひとりは刺されし身ひとりは斷たれし身をみすとも、第九の嚢の汚らはしきさまには較ぶべくもあらぬなるべし 一九―二一
我見しにひとり頤より人の放屁する處までたちわられし者ありき、中板または端板を失へる樽のやぶれもげにこれに及ばじ 二二―二四
腸は二の脛の間に垂れ、また内臟と呑みたるものを糞となす汚き嚢はあらはれき 二五―二七
我は彼を見んとてわが全心を注ぎゐたるに、彼我を見て手をもて胸をひらき、いひけるは、いざわが裂かれしさまをみよ 二八―三〇
マオメットの斬りくだかれしさまをみよ、頤より額髮まで顏を斬られて歎きつゝ我にさきだちゆくはアーリなり 三一―三三
そのほか汝のこゝにみる者はみな生ける時不和分離の種を蒔けるものなり、この故にかく截らる 三四―三六
後方に一の鬼ありて、我等憂ひの路をめぐりはつればこの群の中なるものを再び悉く劒の刃にかけ 三七―
かく酷く我等を裝ふ、我等再びその前を過ぐるまでには傷すべてふさがればなり ―四二
されど汝は誰なりや、石橋の上よりながむるはおもふに汝の自白によりて定められたる罰に就くを延べんためならん 四三―四五
わが師答ふらく、死未だ彼に臨まず、また罪彼を苛責に導くにあらず、たゞその知ること周きをえんため 四六―四八
死せる我彼を導いて地獄を過ぎ、圈また圈をつたひてこゝに下るにいたれるなり、この事の眞なるはわが汝に物言ふことの眞なるに同じ 四九―五一
此言を聞ける時、あやしみのあまり苛責をわすれ、我を見んとて濠の中に止まれる者その數百を超えたり 五二―五四
さらば汝ほどなく日を見ることをうべきに、フラー・ドルチンに告げて、彼もしいそぎ我を追ひてこゝに來るをねがはずば 五五―
雪の圍が、たやすく得べきにあらざる勝利をノヴァーラ人に與ふるなからんため糧食を身の固となせといへ ―六〇
すでにゆかんとしてその隻脚をあげし後、マオメットかく我に曰ひ、さて去らんとてこれを地に伸ぶ 六一―六三
またひとり喉を貫かれ、鼻を眉の下まで削かれ、また耳をたゞ一のみ殘せるもの 六四―六六
衆と共にあやしみとゞまりてうちまもりゐたりしが、その外部ことごとく紅なる喉吭を人よりさきにひらきて 六七―六九
いひけるは、罪ありて罰をうくるにあらず、また近似の我を欺くにあらずば上なるラチオの國にてかつて見しことある者よ 七〇―七二
汝歸りてヴェルチェルリよりマールカーボに垂るゝ麗しき野を見るをえば、ピエール・ダ・メディチーナの事を忘れず 七三―七五
ファーノの中のいと善き二人メッセル・グイードならびにアンジオレルロに、我等こゝにて先を見ること徒ならずば 七六―
ひとりの殘忍非道の君信を賣るをもて彼等その船より投げられ、ラ・カットリーカに近く沈めらるべしと知らしめよ ―八一
チープリとマイオリカの二の島の間に、海賊によりても希臘人によりてもかゝる大罪の行はるゝをネッツーノだに未だ見ず 八二―八四
かの一をもて物を見、かつわが同囚のひとりにみざりしならばよかりしをとおもはしむる邑の君なる信なき者 八五―八七
詢ることありとて彼等を招き、かくしてフォカーラの風のためなる誓ひも祈りも彼等に用なきにいたらしむべし 八八―九〇
我彼に、わが汝の消息を上に齎らすをねがはゞ、見しことを痛みとするは誰なりや我に示しかつ告げよ 九一―九三
この時彼手を同囚のひとりのにかけて口をあけしめ、叫びて、これなり、物いはず 九四―九六
彼は逐はれて後チェーザレに説き、人備成りてなほためらはゞ必ず損害をうくといひてその疑ひを鎭めしことありきといふ 九七―九九
かく臆することなく物言ひしクーリオも舌を喉吭より切放たれ、その驚き怖るゝさまげにいかにぞや 一〇〇―一〇二
こゝにひとり手を二ともに斷たれしもの、殘りの腕を暗闇のさにさゝげて顏を血に汚し 一〇三―一〇五
さけびていふ、汝また幸なくも事行はれて輙ち成るといへるモスカをおもへ、わがかくいへるはトスカーナの民の禍ひの種なりき 一〇六―一〇八
この時我は詞を添へて、また、汝の宗族の死なりきといふ、こゝにおいて憂へ憂ひに加はり、彼は悲しみ狂へる人の如く去れり 一〇九―一一一
されど我はなほ群をみんとてとゞまり、こゝに一のものをみたりき、若しほかに證なくさりとて良心 一一二―
(自ら罪なしと思ふ思ひを鎧として人に恐るゝことなからしむる善き友)の我をつよくするあらずば、我は語るをさへおそれしなるべし ―一一七
げに我は首なき一の體の悲しき群にまじりてその行くごとくゆくを見たりき、また我いまもこれをみるに似たり 一一八―一二〇
この者切られし首の髮をとらへてあたかも提燈の如く之をおのが手に吊せり、首は我等を見てあゝ/\といふ 一二一―一二三
體は己のために己を燈となせるなり、彼等は二にて一、一にて二なりき、かゝる事のいかであるやはかく定むるもの知りたまふ 一二四―一二六
まさしく橋下に來れる時、この者その言の我等に近からんため腕を首と共に高く上げたり 一二七―一二九
さてその言にいふ、氣息をつきつゝ死者を見つゝゆく者よ、いざこの心憂き罰を見よ、かく重きものほかにもあるや否やを見よ 一三〇―一三二
また汝わが消息をもたらすをえんため、我はベルトラム・ダル・ボルニオとて若き王に惡を勸めし者なるをしるべし 一三三―一三五
乃ち我は父と子とを互に背くにいたらしめしなり、アーキトフェルがアブサロネをよからぬ道に唆かしてダヴィーデに背かしめしも 一三六―
この上にはいでじ、かくあへる人と人とを分てるによりて、わが腦はあはれこの體の中なるその根元より分たれ、しかして我これを携ふ ―一四一
應報の律乃ち斯くの如くわが身に行はる 一四二―一四四
第二十九曲
多くの民もろ/\の傷はわが目を醉はしめ、目はとゞまりて泣くをねがへり 一―三
されどヴィルジリオ我に曰ふ、汝なほ何を凝視るや、何ぞなほ汝の目を下なる幸なき斬りくだかれし魂の間にそゝぐや 四―六
ほかの嚢にては汝かくなさゞりき、もし彼等をかぞへうべしとおもはゞこの溪周圍二十二哩あるをしるべし 七―九
月は既に我等の足の下にあり、我等にゆるされし時はや殘り少なきに、この外にもなほ汝の見るべきものぞあるなる 一〇―一二
我之を聞きて答へて曰ふ、汝わがうちまもりゐたりし事の由に心をとめしならんには、わがなほ止まるを許し給ひしなるべし 一三―一五
かくかたる間も導者はすゝみ我は答へつゝうしろに從ひ、さらにいひけるは 一六―
わが目をとめし岩窟の中には、おもふにかく價高き罪をいたむわが血縁の一の靈あり ―二一
この時師曰ひけるは、汝今より後思ひを彼のために碎くなかれ、心をほかの事にとめて彼をこゝに殘しおくべし 二二―二四
我は小橋のもとにて彼の汝を指示し、指をもていたく恐喝かすを見たり、我またそのジェリ・デル・ベルロと呼ばるゝを聞けり 二五―二七
汝は此時嘗てアルタフォルテの主なりしものにのみ心奪はれたればかしこを見ず、彼すなはち去れるなり 二八―三〇
我曰ふ、わが導者よ、彼はその横死の怨みのいまだ恥をわかつものによりて報いられざるを憤り 三一―
はかるにこれがために我とものいはずしてゆけるなるべし、我またこれによりて彼を憐れむこといよ/\深し ―三六
斯く語りて我等は石橋のうち次の溪はじめてみゆる處にいたれり、光こゝに多かりせばその底さへみえしなるべし 三七―三九
我等マーレボルジェの最後の僧院の上にいで、その役僧等我等の前にあらはれしとき 四〇―四二
憂ひの鏃をその矢につけし異樣の歎聲我を射たれば我は手をもて耳を蔽へり 四三―四五
七月九月の間に、ヴァルディキアーナ、マレムマ、サールディニアの施療所より諸の病みな一の濠にあつまらば 四六―
そのなやみこの處のごとくなるべし、またこゝより來る惡臭は腐りたる身よりいづるものに似たりき ―五一
我等は長き石橋より最後の岸の上にくだり、つねの如く左にむかふにこの時わが目あきらかになりて 五二―五四
底の方をもみるをえたりき、こはたふとき帝の使者なる誤りなき正義がその世に名をしるせる驅者等を罰する處なり 五五―五七
思ふに昔エージナの民の悉く病めるをみる悲しみといへども、(この時空に毒滿ちて小さき蟲にいたるまで 五八―
生きとし生けるもの皆斃る、しかして詩人等の眞とみなすところによればこの後古の民
蟻の族よりふたゝびもとのさまにかへさる)、この暗き溪の中にあまたの束をなして衰へゆく魂を見る悲しみにまさらじ ―六六
ひとりは俯きて臥し、ひとりは同囚の背にもたれ、ひとりはよつばひになりてこの悲しみの路をゆけり 六七―六九
我等は病みて身をあぐるをえざる此等の者を見之に耳をかたむけつつ言はなくてしづかに歩めり 七〇―七二
こゝにわれ鍋の鍋に凭れて熱をうくる如く互に凭れて坐しゐたる二人の者を見き、その頭より足にいたるまで瘡斑點をなせり 七三―七五
その痒きことかぎりなく、さりとてほかに藥なければ、彼等はしば/\おのが身を爪に噛ましむ 七六―
主を待たせし厩奴または心ならず目を覺しゐたる僕の馬梳を用ふるもかくはやきはいまだみず ―八一
爪の痂を掻き落すことたとへば庖丁の鯉またはこれより鱗大なる魚の鱗をかきおとすごとくなりき 八二―八四
わが導者そのひとりにいひけるは、指をもて鎧を解きかくしてしば/\これを釘拔にかゆる者よ 八五―八七
この中なる者のうちにラチオ人ありや我等に告げよ、(かくて願はくは汝の爪永遠にこの勞に堪へなんことを) 八八―九〇
かの者泣きつゝ答へて曰ひけるは、かく朽果てし姿をこゝに見する者はともにラチオ人なりき、されど我等の事をたづぬる汝は誰ぞや 九一―九三
導者曰ふ、我はこの生くる者と共に岩また岩をくだるものなり、我彼に地獄を見せんとす 九四―九六
この時互の支くづれておの/\わなゝきつゝ我にむかへり、また洩れ聞けるほかの者等もかくなしき 九七―九九
善き師身をいとちかく我によせ、汝のおもふことをすべて彼等にいへといふ、我乃ちその意に從ひて曰ひけるは 一〇〇―一〇二
ねがはくは第一の世にて汝等の記憶人の心をはなれず多くの日輪の下にながらへんことを 一〇三―一〇五
汝等誰にて何の民なりや我に告げよ、罰の見苦しく厭はしきをおもひて我に身を明かすをおそるゝなかれ 一〇六―一〇八
そのひとり答へて曰ふ、我はアレッツオの者なりき、アールベロ・ダ・シエーナによりてわれ火にかゝるにいたれるなり、然ど 一〇九―
我をこゝに導けるは我を死なしめし事に非ず、我戲れに彼に告げて空飛ぶ術をしれりといひ、彼はまた事を好みて智乏しき者なりければこの技を示さん事を我に求め、たゞわが彼をデーダロたらしめざりし故により彼を子となす者に我を燒かしめしは實なり ―一一七
されど過つあたはざるミノスが我を十の中なる最後の嚢に陷らしめしはわが世に行へる錬金の術によりてなりき 一一八―一二〇
われ詩人に曰ひけるは、そも事を好むシエーナ人の如き民かつて世にありしや、げにフランス人といへどもはるかにこれにおよばじ 一二一―一二三
此時いまひとりの癩を病める者かくいふをきゝてわが言に答へて曰ひけるは、費を愼しむ術しれるストリッカ 一二四―
丁子の實ねざす園の中にその奢れる用をはじめて工夫せしニッコロを除け ―一二九
また葡萄畑と大なる林とを蕩盡せしカッチア・ダシアーンおよびその才を時めかせしアツバリアート等の一隊を除け 一三〇―一三二
されどかく汝に與してシエーナ人にさからふ者の誰なるやをしるをえんため、目を鋭くして我にむかへ、さらばわが顏よく汝に答へ 一三三―一三五
汝はわが錬金の術によりて諸の金を詐り變へしカポッキオの魂なるをみん、またわが汝を見る目に誤りなくば、汝は思ひ出づるなるべし 一三六―一三八
我は巧みに自然を似せし猿なりしを 一三九―一四一
第三十曲
テーベの血セーメレの故によりユノネの怒りに觸れし時(その怒りをあらはせることしば/\なりき) 一―三
いたく狂へるアタマンテはその妻が二人の男子を左右の手に載せてゆくを見て 四―六
我等網を張らむ、かくしてわれ牝獅子と獅子の仔をその路にてとらへんとさけび、非情の爪をのばし 七―九
そのひとり名をレアルコといへるを執らへ、ふりまはして岩にうちあて、また女は殘れる荷をもて自ら水に溺れにき 一〇―一二
また何事をもおそれず行へるトロイア人の僭上命運の覆すところとなりて、王その王土と共に亡ぶにいたれる時 一三―一五
悲しき、あぢきなき、囚虜の身のエークバは、ポリッセーナの死せるをみ、またこのなやめる者その子ポリドロを 一六―
海のほとりにみとめ、憂ひのために心亂れ、その理性をうしなひて犬の如く吠えたりき ―二一
されど物にやどりて獸または人の身を驅るテーベ、トロイアの怒りの猛きも 二二―
わが蒼ざめて裸なる二の魂の中にみし怒りには及ばじ、彼等は恰も欄を出でたる豚の如く且つ噛み且つ走れり ―二七
その一はカポッキオにちかづき、牙を項にたてゝ彼を曳き、堅き底を腹に磨らしむ 二八―三〇
震ひつゝ殘れるアレッツオの者我に曰ひけるは、かの魔性の魑魅はジャンニ・スキッキなり、狂ひめぐりてかく人をあしらふ 三一―三三
我彼に曰ふ、(願はくはいま一の者汝に齒をたつるなからんことを)請ふ此者の誰なるやをそのはせさらぬまに我に告げよ 三四―三六
彼我に、こはいとあしきミルラの舊し魂なり、彼正しき愛を超えてその父を慕ひ 三七―三九
おのれを人の姿に變へてこれと罪を犯すにいたれり、あたかもかなたにゆく者が 四〇―
獸の群の女王をえんとて己をブオソ・ドナーティといつはり、その遺言書を作りてこれを法例の如く調ふるにいたれるに似たり ―四五
狂へる二の者過ぎ去りて後、我は此等に注げる目をめぐらし、ほかの幸なく世に出でし徒を見たり 四六―四八
我見しにこゝにひとり人の叉生すあたりより股の附根を切りとるのみにて形琵琶に等しかるべき者ありき 四九―五一
同化しえざる水氣によりて顏腹と配はざるばかりに身に權衡を失はせ、また之を重からしむる水腫の病は 五二―五四
たえずその唇をひらかしめ、そのさまエチカをやめる者の渇きて一を頤に一を上にむくるに似たりき 五五―五七
彼我等に曰ふ、あゝいぶかしくも苦患の世にゐて何の罰をもうけざる者よ、心をとめてマエストロ・アダモの幸なきさまを見よ 五八―
生ける時は我ゆたかにわが望めるものをえたりしに、いまはあはれ水の一滴をねぎもとむ ―六三
カセンティーンの緑の丘よりアルノにくだり、水路涼しく軟かき多くの小川は 六四―六六
常にわがまへにあらはる、またこれ徒にあらず、その婆の我を乾すことわが顏の肉を削ぐこの病よりはるかに甚しければなり 六七―六九
我を責むる嚴なる正義は、我に歎息をいよ/\しげく飛ばさしめんとてその手段をわが罪を犯せる處に得たり 七〇―七二
即ちかしこにロメーナとてわがバッティスタの像ある貨幣の模擬を造り、そのため燒かれし身を世に殘すにいたれる處あり 七三―七五
されど我若しこゝにグイード、アレッサンドロまたは彼等の兄弟の幸なき魂をみるをえばその福をフォンテ・ブラングにもかへじ 七六―七八
狂ひめぐる魂等の告ぐること眞ならば、ひとりはすでにこの中にあり、されど身繋がるゝがゆゑに我に益なし 七九―八一
たとひ百年の間に一吋をゆきうるばかりなりともこの身輕くば、この處周圍十一哩あり 八二―八四
幅半哩を下らざれども、我は既に出立ちて彼をこの見苦しき民の間に尋ねしなるべし 八五―八七
我は彼等の爲にこそ斯かる家族の中にあるなれ、我を誘ひて三カラートの合金あるフィオリーノを鑄らしめしは乃ち彼等なればなり 八八―九〇
我彼に、汝の右に近く寄りそひて臥し、冬の濡手のごとく烟るふたりの幸なき者は誰ぞや 九一―九三
答へて曰ふ、我この巖間に降り下れる時彼等すでにこゝにありしが其後一度も身を動かすことなかりき、思ふに何時に至るとも然せじ 九四―九六
ひとりはジユセッポを讒りし僞りの女、一はトロイアにありしギリシア人僞りのシノンなり、彼等劇しき熱の爲に臭き烟を出すことかく夥し 九七―九九
この時そのひとり、かくあしざまに名をいはれしを怨めるなるべし、拳をあげて彼の硬き腹を打ちしに 一〇〇―一〇二
その音恰も太鼓の如くなりき、マエストロ・アダモはかたさこれにも劣らじとみゆるおのが腕をもてかの者の顏を打ち 一〇三―一〇五
これにいひけるは、たとひこの身重くして動くあたはずともかゝる用にむかひては自在の肱我にあり 一〇六―一〇八
かの者即ち答へて曰ふ、火に行ける時汝の腕かくはやからず、貨幣を造るにあたりてはかく早く否これよりも早かりき 一〇九―一一一
水氣を病める者、汝のいへるは眞なり、されどトロイアにて眞を問はれし時汝はかかる眞の證人にあらざりき 一一二―一一四
シノネ曰ふ、我は言にて欺けるも汝は貨幣にて欺けるなり、わがこゝにあるは一の罪のためなるも汝の罪は鬼より多し 一一五―一一七
腹脹るゝ者答へて曰ふ、誓ひを破れる者よ、馬を思ひいで、この事全世界にかくれなきをしりて苦しめ 一一八―一二〇
ギリシアの者曰ふ、汝はまた舌を燒くその渇と腹を目の前の籬となすその腐水のために苦しめ 一二一―一二三
この時贋金者、汝の口は昔の如く己が禍ひのために開く、我渇き水氣によりて膨るるとも 一二四―一二六
汝は燃えて頭いためば、もしナルチッソの鏡だにあらば人のしふるをもまたで之を舐らむ 一二七―一二九
我は彼等の言をきかんとのみ思ひたりしに、師我に曰ふ、汝少しく愼しむべし、われたゞちに汝と爭ふにいたらん 一三〇―一三二
彼怒りをふくみてかく我にいへるをきける時我は今もわが記憶に渦くばかりの恥をおぼえて彼の方にむかへり 一三三―一三五
人凶夢を見て夢に夢ならんことをねがひ、すでに然るを然らざるごとく切に求むることあり 一三六―一三八
我亦斯くの如くなりき、我は口にていふをえざれば、たえず詫びつゝもなほ詫びなんことを願ひてわが既にしかせるを思ふことなかりき 一三九―一四一
師曰ふ、恥斯く大いならずともこれより大いなる過ちを洗ふにたる、されば一切の悲しみを脱れよ 一四二―一四四
若し民かくの如く爭ふところに命運汝を行かしむることあらば、わが常に汝の傍にあるをおもへ 一四五―一四七
かゝる事をきくを願ふはこれ卑しき願ひなればなり 一四八―一五〇
第三十一曲
同じ一の舌なれども先には我を刺して左右の頬を染め、後には藥を我にえさせき 一―三
聞くならくアキルレとその父の槍もまたかくのごとく始めは悲しみ後は幸ひを人に與ふる習ひなりきと 四―六
我等は背を幸なき大溪にむけ、之を繞れる岸の上にいで、言も交へで横ぎれり 七―九
さてこの邊は夜たりがたく晝たりがたき處なれば、我は遠く望み見るをえざりしかど、はげしき雷をも微ならしむるばかりに 一〇―
角笛高く耳にひゞきて我にその行方を溯りつゝ目を一の處にのみむけしめき ―一五
師いたましく敗れ、カルロ・マーニオその聖軍を失ひし後のオルラントもかくおそろしくは吹鳴らさゞりしなりけり 一六―一八
われ頭をかなたにめぐらしていまだほどなきに、多くの高き櫓をみしごとく覺えければ、乃ち曰ふ、師よ、告げよ、これ何の邑なりや 一九―二一
彼我に、汝はるかに暗闇の中をうかゞふがゆゑに量ることたゞしからざるにいたる 二二―二四
ひとたびかしこにいたらば遠き處にありては官能のいかに欺かれ易きものなるやをさだかに知るをえん、されば少しく足をはやめよ 二五―二七
かくてやさしく我手をとりていひけるは、我等かなたにゆかざるうち、この事汝にいとあやしとおもはれざるため 二八―三〇
しるべし、彼等は巨人にして櫓にあらず、またその臍より下は坎の中岸のまはりにあり 三一―三三
水氣空に籠りて目にかくれし物の形、霧のはるゝにしたがひて次第に浮びいづるごとく 三四―三六
我次第に縁にちかづきわが眼濃き暗き空を穿つにおよびて誤りは逃げ恐れはましぬ 三七―三九
あたかもモンテレッジオンが圓き圍の上に多くの櫓を戴く如く、おそろしき巨人等は 四〇―
その半身をもて坎をかこめる岸を卷けり(ジョーヴェはいまも雷によりて天より彼等を慴えしむ) ―四五
我は既にそのひとりの顏、肩、胸および腹のおほくと腋を下れる雙腕とをみわけぬ 四六―四八
げに自然がかゝる生物を造るをやめてかゝる臣等をマルテより奪へるは大いに善し 四九―五一
また彼象と鯨を造れるを悔いざれども、見ることさとき人はこれに依りて彼をいよいよ正しくいよ/\慮あるものとなすべし 五二―五四
そは心の固めもし惡意と能力に加はらばいかなる人もこれを防ぐあたはざればなり 五五―五七
顏は長く大きくしてローマなる聖ピエートロの松毯に似、他の骨みなこれに適へり 五八―六〇
されば下半身の裳なりし岸は彼を高くその上に聳えしむ、おもふに三人のフリジア人もその髮に屆くを 六一―
誇りえざりしなるべし、人の外套を締合はすところより下方わが目にうつれるもの裕に三十パルモありき ―六六
ラフェル・マイ・アメク・ツアビ・アルミ、猛き口はかく叫べり、(これよりうるはしき聖歌はこの口にふさはしからず) 六七―六九
彼にむかひてわが導者、愚なる魂よ、怒り生じ雜念起らばその角笛に縋りて之をこころやりとせよ 七〇―七二
あわたゞしき魂よ、頸をさぐりてつなげる紐をえ、また笛のその大いなる胸にまつはるをみよ 七三―七五
かくてまた我に曰ひけるは、彼己が罪を陳ぶ、こはネムブロットなり、世に一の言語のみ用ゐられざるは即ちそのあしき思ひによれり 七六―七八
我等彼を殘して去り、彼と語るをやめん、これ益なきわざなればなり、人その言をしらざる如く彼また人の言をさとらじ 七九―八一
かくて左にむかひて我等遠くすゝみゆき弩とゞく間をへだてゝまたひとりいよ/\猛くかつ大いなる者をみき 八二―八四
縛れる者の誰なりしや我はしらねど、彼鏈をもてその腕を左はまへに右はうしろに繋がれ 八五―
この鏈頸より下をめぐりてその身のあらはれしところを絡くこと五囘に及べり ―九〇
わが導者曰ふ、この傲る者比類なきジョーヴェにさからひておのが能力をためさんとおもへり、此故にこの報をうく 九一―九三
彼名をフィアルテといふ、巨人等が神々の恐るゝところとなりし頃大いなる試をなし、その腕を振へるも、今や再び動かすによしなし 九四―九六
我彼に、若しかなはゞ願はくは量り知りがたきブリアレオのわが目に觸れなんことを 九七―九九
彼すなはち答へて曰ふ、汝はこゝより近き處にアンテオを見ん、彼語るをえて身に縛なし、また我等を凡ての罪の底におくらん 一〇〇―一〇二
汝の見んとおもふ者は遠くかなたにありてかくの如く繋がれ形亦同じ、たゞその姿いよ/\猛きのみ 一〇三―一〇五
フィアルテ忽ち身を搖れり、いかに強き地震といへどもその塔をゆるがすことかく劇しきはなし 一〇六―一〇八
此時我は常にまさりて死を恐れぬ、また若し繋を見ることなくば怖れはすなはち死なりしなるべし 一〇九―一一一
我等すゝみてアンテオに近づけり、彼は岩窟より外にいづること頭を除きて五アルラを下らざりき 一一二―一一四
あゝアンニバールがその士卒と共に背を敵にみせし時、シピオンを譽の嗣となせし有爲の溪間に 一一五―一一七
そのかみ千匹の獅子の獲物をはこべる者よ(汝若し兄弟等のゆゝしき師に加はりたらば地の子等勝利をえしものをと 一一八―
いまも思ふものあるに似たり)、願はくは我等を寒さコチートを閉すところにおくれ、これをいとひて ―一二三
我等をティチオにもティフォにも行かしむる勿れ、この者よく汝等のこゝに求むるものを與ふるをうるがゆゑに身を屈めよ、顏を顰むる勿れ 一二四―一二六
彼はこの後汝の名を世に新にするをうるなり、彼は生く、また時未だ至らざるうち恩惠彼を己が許によぶにあらずばなほ永く生くべし 一二七―一二九
師かく曰へり、彼速かに嘗てエルクレにその強をみせし手を伸べてわが導者を取れり 一三〇―一三二
ヴィルジリオはおのが取られしをしりて我にむかひ、こゝに來よ、我汝をいだかんといひ、さて己と我とを一の束とせり 一三三―一三五
傾ける方よりガーリセンダを仰ぎ見れば、雲その上を超ゆる時これにむかひてゆがむかと疑はる 一三六―一三八
われ心をとめてアンテオの屈むをみしにそのさままた斯くの如くなりき、さればほかの路を行かんとの願ひもげにこれ時に起れるなるを 一三九―一四一
彼は我等をかるやかにジユダと共にルチーフェロを呑める底におき、またかくかゞみて時ふることなく 一四二―一四四
船の檣の如く身を上げぬ 一四五―一四七
第三十二曲
若し我にすべての巖壓しせまる悲しみの坎にふさはしきあらきだみたる調あらば 一―三
我わが想の汁をなほも漏れなく搾らんものを、我に是なきによりて語るに臨み心後る 四―六
夫れ全宇宙の底を説くは戲れになすべき業にあらず、阿母阿父とよばゝる舌また何ぞよくせんや 七―九
たゞ願はくはアムフィオネをたすけてテーべを閉せる淑女等わが詩をたすけ、言の事と配はざるなきをえしめんことを 一〇―一二
あゝ萬の罪人にまさりて幸なく生れし民、語るも苦き處に止まる者等よ、汝等は世にて羊または山羊なりしならば猶善かりしなるべし 一三―一五
我等は暗き坎の中巨人の足下よりはるかに低き處におりたち、我猶高き石垣をながめゐたるに 一六―一八
汝心して歩め、あしうらをもて幸なき弱れる兄弟等の頭を踏むなかれと我にいふものありければ 一九―二一
われ身をめぐらしてみしにわが前また足の下に寒さによりて水に似ず玻璃に似たる一の池ありき 二二―二四
冬のオステルリッキなるダノイアもかの寒空の下なるタナイもこの處の如く厚き覆面衣をその流れの上につくれることあらじ 二五―
げにタムベルニッキまたはピエートラピアーナその上に落ちぬともその縁すらヒチといはざりしなるべし ―三〇
また農婦が夢にしば/\落穗を拾ふころ、顏を水より出して鳴かんとする蛙の如く 三一―三三
蒼ざめしなやめる魂等は愧のあらはるゝところまで氷にとざゝれ、その齒を鶴の調にあはせぬ 三四―三六
彼等はみなたえず顏を垂る、寒さは口より憂き心は目よりおの/\その證をうけぬ 三七―三九
我しばしあたりをみし後わが足元にむかひ、こゝに頭の毛まじらふばかりに近く身をよせしふたりの者を見き 四〇―四二
我曰ふ、胸をおしあはす者よ、汝等は誰なりや我に告げよ、彼等頸をまげ顏をあげて我にむかへるに 四三―四五
さきに内部のみ濕へるその眼、あふれながれて唇に傳はり、また寒さは目の中の涙を凍らしてふたゝび之をとざせり 四六―四八
鎹といふともかくつよくは木と木をあはすをえじ、是に於て彼等はげしき怒りを起し、二匹の牡山羊の如く衝きあへり 四九―五一
またひとり寒さのために耳を二ともに失へるもの、うつむけるまゝいひけるは、何ぞ我等をかく汝の鏡となすや 五二―五四
汝このふたりの誰なるを知らんとおもはゞ、聞くべし、ビセンツォの流るゝ溪は彼等の父アルベルト及び彼等のものなりき 五五―五七
彼等は一の身より出づ、汝あまねくカイーナをたづぬとも、氷の中に埋らるゝにふさはしきこと彼等にまさる魂をみじ 五八―六〇
アルツーの手にかゝりたゞ一突にて胸と影とを穿たれし者も、フォカッチヤーも、また頭をもて我を妨げ我に遠く 六一―
見るをえざらしむるこの者(名をサッソール・マスケローニといへり、汝トスカーナ人ならばよく彼の誰なりしやをしらむ)もまさらじ ―六六
又汝かさねて我に物言はす莫からんため、我はカミチオン・デ・パッチといひてカルリンのわが罪をいひとくを待つ者なるをしるべし 六七―六九
かくて後我は寒さのため犬の如くなれる千の顏をみき、又之を見しによりて凍れる沼は我をわなゝかしむ、後もまた常にしからむ 七〇―七二
我等一切の重力集まる處なる中心にむかひてすゝみ、我はとこしへの寒さの中にふるひゐたりし時 七三―七五
天意常數命運のいづれによりしやしらず、頭の間を歩むとてつよく足をひとりの者の顏にうちあてぬ 七六―七八
彼泣きつゝ我を責めて曰ひけるは、いかなれば我をふみしくや、モンタペルティの罰をまさんとて來れるならずば何ぞ我をなやますや 七九―八一
我、わが師よ、わがこの者によりて一の疑ひを離るゝをうるため請ふ、この處にて我を待ち、その後心のまゝに我をいそがせたまへ 八二―八四
導者は止まれり、我すなはちなほ劇しく詛ひゐたる者にむかひ、汝何者なればかく人を罵るやといへるに 八五―八七
彼答へて、しかいふ汝は何者なればアンテノーラを過ぎゆきて人の頬を打つや、汝若し生ける者なりせば誰かはこれに耐へうべきといふ 八八―九〇
我答へて曰ひけるは、我は生く、このゆゑに汝名を求めば、わが汝の名を記録の中にをさむるは汝の好むところなるべし 九一―九三
彼我に、わが求むるものはその反對なり、こゝを立去りてまた我に累をなすなかれ、かく諂ふともこの窪地に何の益あらんや 九四―九六
この時我その項の毛をとらへ曰ひけるは、いまはのがるゝに途なし、若し名をいはずば汝の髮一筋をだにこゝに殘さじ 九七―九九
彼聞きて曰ふ、汝たとひわが髮をるとも我の誰なるやを告げじ、また千度わが頭上に落來るともあらはさじ 一〇〇―一〇二
我ははやくも髮を手に捲き、これを拔くこと一房より多きにおよび、彼は吠えつゝたえずその目を垂れゐたるに 一〇三―一〇五
ひとり叫びていひけるは、ボッカよ何をかなせる、を鳴らすもなほ足らずとて吠ゆるか、汝に觸るは何の鬼ぞや 一〇六―一〇八
我曰ふ、恩に背きし曲者奴、いまは汝に聞くの用なし、我汝の眞の消息を携へゆきこれを汝の恥となさん 一〇九―一一一
彼答へて曰ふ、往け、しかして思ひのまゝにかたれ、されど汝この中よりいでなば、いまかく口を輕くせし者のことをものべよ 一一二―一一四
彼こゝにフランス人の銀を悼む、汝いふべし、我は罪人の冷ゆる處にヅエラの者をみたりきと 一一五―一一七
汝またほかに誰ありしやと問はるゝことあらん、しるべし、汝の傍にはフィオレンツァに喉を切られしベッケーリアの者あり 一一八―一二〇
かなたにガネルローネ及び眠れるファーエンヅァをひらきしテバルデルロとともにあるはおもふにジャンニ・デ・ソルダニエルなるべし 一二一―一二三
我等既に彼をはなれし時我は一の孔の中に凍れるふたりの者をみき、一の頭は殘りの頭の帽となり 一二四―一二六
上なるものは下なるものゝ腦と項とあひあふところに齒をくだし、さながら饑ゑたる人の麪麭を貪り食ふに似たりき 一二七―一二九
怒れるティデオがメナリッポの後額を噛めるもそのさま之に異ならじとおもふばかりにこの者腦蓋とそのあたりの物とをかめり 一三〇―一三二
我曰ふ、あゝかく人を食みあさましきしるしによりてその怨みをあらはす者よ、我に故を告げよ、我も汝と約を結び 一三三―一三五
汝の憂ひに道理あらば、汝等の誰なるや彼の罪の何なるやをしり、こののち上の世に汝にむくいん 一三六―一三八
わが舌乾くことなくば 一三九―一四一
第三十三曲
かの罪人口をおそろしき糧よりもたげ、後方を荒らせし頭なる毛にてこれをぬぐひ 一―三
いひけるは、望みなき憂ひはたゞ思ふのみにて未だ語らざるにはやくも我心を絞るを、汝これを新ならしめんとす 四―六
されどわが言我に噛まるゝ逆賊の汚辱の實を結ぶ種たりうべくば汝はわがかつ語りかつ泣くを見ん 七―九
我は汝の誰なるをも何の方法によりてこゝに下れるをも知らず、されどその言をきくに汝は必ずフィレンツェの者ならん 一〇―一二
汝知るべし、我は伯爵ウゴリーノ此は僧正ルツジェーリといへる者なり、いざ我汝に何によりてか上る隣人となれるやを告げん 一三―一五
彼の惡念あらはるゝにおよびて彼を信ぜる我とらへられ、のち殺されしことはいふを須ひず 一六―一八
されば汝の聞きあたはざりし事、乃ちわが死のいかばかり殘忍なりしやは汝聞きて彼我を虐げざりしや否やを知るべし 一九―二一
わがためには餓の名をえてこののちなほも人を籠むべき塒なる小窓が 二二―二四
既に多くの月をその口より我に示せる頃、我はわが行末の幔を裂きし凶夢を見たり 二五―二七
すなはちこの者長また主となりてルッカをピサ人に見えざらしむる山の上に狼とその仔等を逐ふに似たりき 二八―三〇
肉瘠せ氣燥り善く馴らされし牝犬とともにグアンディ、シスモンディ、ランフランキをその先驅とす 三一―三三
逐はれて未だ程なきに父も子もよわれりとみえ、我は彼等が鋭き牙にかけられてその傍腹を裂かるゝを見しとおぼえぬ 三四―三六
さて曉に目をさましし時我はともにゐしわが兒等の夢の中に泣きまた麪麭を乞ふ聲をきゝぬ 三七―三九
若しわが心にうかべる禍ひの兆をおもひてなほいまだ悲しまずば汝はげに無情なり、若し又泣かずば汝の涙は何の爲ぞや 四〇―四二
彼等はめさめぬ、糧の與へらるべき時は近づけり、されど夢のためそのひとりだに危ぶみ恐れざるはなかりき 四三―四五
この時おそろしき塔の下なる戸に釘打つ音きこえぬ、我はわが兒等の顏を見るのみ言なし 四六―四八
我は泣かざりき、心石となりたればなり、彼等は泣けり、わがアンセルムッチオ、かく見たまふは父上いかにしたまへるといふ 四九―五一
かくても我に涙なかりき、またわれ答へでこの日この夜をすごし日輪再び世にあらはるゝ時に及べり 五二―五四
微なる光憂ひの獄にいりきたりてかの四の顏にわれ自らのすがたをみしとき 五五―五七
我は悲しみのあまり雙手を噛めり、わがかくなせるを食はんためなりとおもひ、彼等俄かに身を起して 五八―六〇
いひけるは、父よ我等をくらひたまはゞ我等の苦痛は却つて輕からむ、この便なき肉を我等に着せたまへるは汝なれば汝これを剥ぎたまへ 六一―六三
我は彼等の悲しみを増さじとて心をしづめぬ、この日も次の日も我等みな默せり、あゝ非情の土よ、汝何ぞ開かざりしや 六四―六六
第四日になりしときガッドはわが父いかなれば我をたすけたまはざるやといひ、身をのべわがあしもとにたふれて 六七―六九
その處に死にき、かくて五日と六日目の間に我はまのあたり三人のあひついでたふるゝをみぬ、我また盲となりしかば 七〇―
彼等を手にてさぐりもとめて死後なほその名を呼ぶこと二日、この時斷食の力憂ひにまさるにいたれるなりき ―七五
かくいへる時彼は目を斜にしてふたゝび幸なき頭顱を噛めり、その齒骨に及びて強きこと犬の如くなりき 七六―七八
あゝピサよ、シを語となすうるはしき國の民の名折よ、汝の隣人等汝を罰するおそければ 七九―八一
ねがはくはカプライアとゴルゴーナとゆるぎいでゝアルノの口に籬をめぐらし、汝の中なる人々悉く溺れ死ぬるにいたらんことを 八二―八四
そはたとひ伯爵ウゴリーノに汝に背きて城を賣れりとのきこえありとも汝は兒等をかく十字架につくべきにあらざればなり 八五―八七
第二のテーべよ、年若きが故にすなはち罪なし、ウグッチオネもイル・ブリガータもまた既にこの曲に名をいへる二人の者も 八八―九〇
我等はなほ進み、ほかの民の俯かずうらがへりてあらく氷に包まるゝところにいたれり 九一―九三
こゝには憂へ憂ひをとゞめ、なやみは目の上の障礙にさへられ、苦しみをまさんとて内部にかへれり 九四―九六
そははじめの涙凝塊となりてあたかも玻璃の被物の如く眉の下なる杯を滿たせばなり 九七―九九
わが顏は寒さのため、胼胝のいでたるところにひとしく凡ての感覺を失へるに 一〇〇―一〇二
この時わが風に觸るゝを覺え、曰ひけるは、わが師よ、これを動かすものは誰ぞや、この深處には一切の地氣消ゆるにあらずや 一〇三―一〇五
彼即ち我に、汝は程なく汝の目が風を降らす源をみてこれが答を汝にえさすところにいたらん 一〇六―一〇八
氷の皮なる幸なき者の中ひとり叫びて我等にいひけるは、あゝ非道にして最後の立處に罪なはれたる魂等よ 一〇九―一一一
堅き被物を目よりあげて涙再び凍らぬまに我胸にあふるゝ憂ひを少しく洩すことをえしめよ 一一二―一一四
我すなはち彼に、わが汝をたすくるをねがはゞ汝の誰なるやを我に告げよ、かくして我もしその支障を去らずば我は氷の底にゆくべし 一一五―一一七
この時彼答ふらく、我は僧アルベリーゴなり、よからぬ園の木の實の事ありてここに無花果に代へ無漏子をうく 一一八―一二〇
我彼に曰ふ、さらば汝既に死にたるか、彼我に、我はわが體のいかに上の世に日をふるやをしらず 一二一―一二三
このトロメアには一の得ありていまだアトローポスに追はれざるに魂しば/\こゝに落つることあり 一二四―一二六
また汝玻璃にひとしき此涙をいよ/\こゝろよくわが顏より除くをえんため、しるべし、魂わがなせるごとく信に背くことあれば 一二七―
鬼たゞちにその體を奪ひ、みづからこれが主となりて時のめぐりをはるを待ち ―一三二
おのれはかゝる水槽の中におつ、さればわが後方に冬を送る魂もおもふにいまなほその體を上の世にあらはすなるべし 一三三―一三五
汝今此處にくだれるならば彼を知らざることあらじ、彼はセル・ブランカ・ドーリアなり、かく閉されてより既に多くの年を經たり 一三六―一三八
我彼に曰ふ、我は汝の欺くをしる、ブランカ・ドーリアは未だ死なず、彼食ひ飮み寢ねまた衣を着るなり 一三九―一四一
彼曰ふ、上なるマーレブランケの濠の中、粘き脂煮ゆるところにミケーレ・ツァンケ未だ着かざるうち 一四二―一四四
この者その體に鬼を殘して己にかはらせ、彼と共に逆を行へるその近親のひとりまたしかなせり 一四五―一四七
されどいざ手をこなたに伸べて我目をひらけ、我はひらかざりき、彼にむかひて暴なるは是即ち道なりければなり 一四八―一五〇
あゝジエーノヴァ人よ、一切の美風をはなれ一切の邪惡を滿たす人々よ、汝等の世より散りうせざるは何故ぞ 一五一―一五三
我は極惡なるローマニアの魂と共に汝等のひとりその行によりて魂すでにコチートに浸り 一五四―
身はなほ生きて地上にあらはるゝ者をみたりき ―一五九
第三十四曲
地獄の王の旗あらはる、此故に前方を望みて彼を認むるや否やを見よ、わが師かく曰へり 一―三
濃霧起る時、闇わが半球を包む時、風のめぐらす碾粉車の遠くかなたに見ゆることあり 四―六
我もこの時かゝる建物をみしをおぼえぬ、また風をいとへどもほかに避くべき處なければ、われ身を導者の後方に寄せたり 七―九
我は既に魂等全く掩ひ塞がれ玻璃の中なる藁屑の如く見え透ける處にゐたり(これを詩となすだに恐ろし) 一〇―一二
伏したる者あり、頭を上にまたは蹠を上にむけて立てる者あり、また弓の如く顏を足元に垂れたる者ありき 一三―一五
我等遠く進みし時、わが師は昔姿美しかりし者を我にみすべき機いたれるをみ 一六―一八
わが前をさけて我にとゞまらせ、見よディーテを、また見よ雄々しさをもて汝を固むべきこの處をといふ 一九―二一
この時我身いかばかり冷えわが心いかばかり挫けしや、讀者よ問ふ勿れ、言及ばざるがゆゑに我これを記さじ 二二―二四
我は死せるにもあらずまた生けるにもあらざりき、汝些の理解だにあらば請ふ今自ら思へ、彼をも此をも共に失へるわが當時のさまを 二五―二七
悲しみの王土の帝その胸の半まで氷の外にあらはれぬ、巨人をその腕に比ぶるよりは 二八―
我を巨人に比ぶるかたなほ易し、その一部だにかくのごとくば之に適へる全身のいと大いなること知りぬべし ―三三
彼今の醜きに應じて昔美しくしかもその造主にむかひて眉を上げし事あらば一切の禍ひ彼よりいづるも故なきにあらず 三四―三六
我その頭に三の顏あるを見るにおよびてげに驚けることいかばかりぞや、一は前にありて赤く 三七―三九
殘る二は左右の肩の正中の上にてこれと連り、かつ三ともに冠あるところにて合へり 四〇―四二
右なるは白と黄の間の色の如く、左なるはニーロの水上より來る人々の如くみえき 四三―四五
また顏の下よりはかゝる鳥ににつかしき二の大いなる翼いでたり、げにかく大いなるものをば我未だ海の帆にも見ず 四六―四八
此等みな羽なくその構造蝙蝠の翼に似たり、また彼此等を搏ち、三の風彼より起れり 四九―五一
コチートの悉く凍れるもこれによりてなりき、彼は六の眼にて泣き、涙と血の涎とは三の頤をつたひて滴れり 五二―五四
また口毎にひとりの罪人を齒にて碎くこと碎麻機の如く、かくしてみたりの者をなやめき 五五―五七
わけて前なる者は爪にかけられ、その背しば/\皮なきにいたれり、これにくらぶれば噛まるゝは物の數ならじ 五八―六〇
師曰ふ、高くかしこにありてその罰最も重き魂はジユダ・スカリオットなり、彼頭を内にし脛を外に振る 六一―六三
頭さがれるふたりのうち、黒き顏より垂るゝはプルートなり、そのもがきて言なきを見よ 六四―六六
また身いちじるしく肥ゆとみゆるはカッシオなり、されど夜はまた來れり、我等すでにすべてのものを見たればいざゆかん 六七―六九
我彼の意に從ひてその頸を抱けるに彼はほどよき時と處をはかり、翼のひろくひらかれしとき 七〇―七二
毛深き腋に縋り、叢また叢をつたはりて濃き毛と氷層のあひだをくだれり 七三―七五
かくて我等股の曲際腰の太やかなるところにいたれば導者は疲れて呼吸もくるしく 七六―七八
さきに脛をおけるところに頭をむけて毛をにぎり、そのさま上る人に似たれば我は再び地獄にかへるなりとおもへり 七九―八一
よわれる人の如く喘ぎつゝ師曰ひけるは、かたくとらへよ、我等はかゝる段によりてかゝる大いなる惡を離れざるをえず 八二―八四
かくて後彼とある岩の孔をいで、我をその縁にすわらせ、さて心して足をわが方に移せり 八五―八七
我はもとのまゝなるルチーフェロをみるならんとおもひて目を擧げて見たりしにその脛上にありき 八八―九〇
わが此時の心の惑ひはわが過ぎし處の何なるやを辨へざる愚なる人々ならではしりがたし 九一―九三
師曰ふ、起きよ、路遠く道程艱し、また日は既に第三時の半に歸れり 九四―九六
我等の居りし處は御館の廣間にあらず床粗く光乏しき天然の獄舍なりき 九七―九九
我立ちて曰ひけるは、師よ、わがこの淵を去らざるさきに少しく我に語りて我を迷ひの中よりひきいだしたまへ 一〇〇―一〇二
氷はいづこにありや、この者いかなればかくさかさまに立つや、何によりてたゞしばしのまに日は夕より朝に移れる 一〇三―一〇五
彼我に、汝はいまなほ地心のかなた、わがさきに世界を貫くよからぬ蟲の毛をとらへし處にありとおもへり 一〇六―一〇八
汝のかなたにありしはわがくだれる間のみ、われ身をかへせし時汝は重量あるものを四方より引く點を過ぎ 一〇九―一一一
廣き乾ける土に蔽はれ、かつ罪なくして世に生れ世をおくれる人その頂點のもとに殺されし半球を離れ 一一二―
いまは之と相對へる半球の下にありて、足をジユデッカの背面を成す小さき球の上におくなり ―一一七
かしこの夕はこゝの朝にあたる、また毛を我等の段となせし者の身をおくさまは今も始めと異なることなし 一一八―一二〇
彼が天よりおちくだれるはこなたなりき、この時そのかみこの處に聳えし陸は彼を恐るゝあまり海を蔽物となして 一二一―一二三
我半球に來れるなり、おもふにこなたにあらはるゝものもまた彼をさけんためこの空處をこゝに殘して走り上れるなるべし 一二四―一二六
さてこの深みにベルヅエブの許より起りてその長さ墓の深さに等しき一の處あり、目に見えざれども 一二七―
一の小川の響きによりてしらる、この小川は囘り流れて急ならず、その噛み穿てる岩の中虚を傳はりてこゝにくだれり ―一三二
導者と我とは粲かなる世に歸らんため、このひそかなる路に入り、しばしの休をだにもとむることなく 一三三―一三五
わが一の圓き孔の口より天の負ひゆく美しき物をうかゞふをうるにいたるまで、彼第一に我は第二に上りゆき 一三六―一三八
かくてこの處をいでぬ、再び諸の星をみんとて 一三九―一四一
煉獄篇
第一曲
かのごとく酷き海をあとにし、優れる水をはせわたらんとて、今わが才の小舟帆を揚ぐ 一―三
かくてわれ第二の王國をうたはむ、こは人の靈淨められて天に登るをうるところなり 四―六
あゝ聖なるムーゼよ、我は汝等のものなれば死せる詩をまた起きいでしめよ、願はくはこゝにカルリオペ 七―
少しく昇りてわが歌に伴ひ、かつて幸なきピーケを撃ちて赦をうるの望みを絶つにいたらしめたる調をこれに傳へんことを ―一二
東の碧玉の妙なる色は、第一の圓にいたるまで晴れたる空ののどけき姿にあつまりて 一三―一五
我かの死せる空氣――わが目と胸を悲しましめし――の中よりいでしとき、再びわが目をよろこばせ 一六―一八
戀にいざなふ美しき星は、あまねく東をほゝゑましめておのが伴なる雙魚を覆へり 一九―二一
われ右にむかひて心を南極にとめ、第一の民のほかにはみしものもなき四の星をみぬ 二二―二四
天はその小さき焔をよろこぶに似たりき、あゝ寡となれる北の地よ、汝かれらを見るをえざれば 二五―二七
われ目をかれらより離して少しく北極――北斗既にかしこにみえざりき――にむかひ 二八―三〇
こゝにわが身に近くたゞひとりの翁ゐたるをみたり、その姿は厚き敬を起さしむ、子の父に負ふ敬といふともこの上にはいでじ 三一―三三
その長き鬚には白き毛まじり、二のふさをなして胸に垂れし髮に似たり 三四―三六
聖なる四の星の光その顏を飾れるため、我彼をみしに日輪前にあるごとくなりき 三七―三九
彼いかめしき鬚をうごかし、いひけるは。失明の川を溯りて永遠の獄より脱れし汝等は誰ぞや 四〇―四二
誰か汝等を導ける、地獄の溪を常闇となす闌けし夜よりいづるにあたりて誰か汝等の燈火となれる 四三―四五
汝等斯くして淵の律法を破れるか、將天上の定新たに變りて汝等罰をうくといへどもなほわが岩に來るをうるか。 四六―四八
わが導者このとき我をとらへ、言と手と表示をもてわが脛わが目をうや/\しからしめ 四九―五一
かくて答へて彼に曰ふ。我自ら來れるにあらず、ひとりの淑女天より降れり、我その請により伴となりて彼をたすけぬ 五二―五四
されど汝は我等のまことの状態のさらに汝に明かされんことを願へば、我もいかでか汝にこれを否むをねがはむ 五五―五七
それこの者未だ最後の夕をみず、されど愚にしてこれにちかづき、たゞいと短き時を殘せり 五八―六〇
われさきにいへるごとく、わが彼に遣はされしは彼を救はんためなりき、またわが踏めるこの路を措きては路ほかにあらざりき 六一―六三
我はすべての罪ある民をすでに彼に示したれば、いまや汝の護のもとに己を淨むる諸の靈を示さんとす 六四―六六
わが彼をこゝに伴ひ來れる次第は汝に告げんも事長し、高き處より力降りて我をたすけ、我に彼を導いて汝を見また汝の詞を聞かしむ 六七―六九
いざ願はくは彼の來れるを嘉せ、彼往きて自由を求む、そもこのもののいと貴きはそがために命をも惜しまぬもののしるごとし 七〇―七二
汝これを知る、そはそがためにウティカにて汝は死をも苦しみとせず、大いなる日に燦かなるべき衣をこゝに棄てたればなり 七三―七五
我等永遠の法を犯せるにあらず、そはこの者は生く、またミノス我を繋がず、我は汝のマルチアの貞節の目ある獄より來れり 七六―
あゝ聖なる胸よ、汝に妻とおもはれんとの願ひ今なほ彼の姿にあらはる、されば汝彼の愛のために我等を眷顧み ―八一
我等に汝の七の國を過ぐるを許せ、我は汝よりうくる恩惠を彼に語らむ、汝若し己が事のかなたに傳へらるゝをいとはずば。 八二―八四
この時彼曰ふ。われ世にありし間、マルチアわが目を喜ばしたれば、その我に請へるところ我すべてこれをなせり 八五―八七
今彼禍ひの川のかなたにとゞまるがゆゑに、わがかしこを出でし時立てられし律法に從ひ、またわが心を動かすをえず 八八―九〇
されど汝のいふごとく天の淑女の汝を動かし且つ導くあらば汝そがために我に求むれば足るなり、何ぞ諛言をいふを須ゐん 九一―九三
されば行け、汝一本の滑かなる藺をこの者の腰に束ねまたその顏を洗ひて一切の汚穢を除け 九四―九六
霧のためにめる目をもて天堂の使者の中なる最初の使者の前にいづるはふさはしからず 九七―九九
この小さき島のまはりのいと/\低きところ浪打つかなたに、藺ありて軟かき泥の上に生ふ 一〇〇―一〇二
この外には葉を出しまたは硬くなるべき草木にてかしこに生を保つものなし、打たれて撓まざればなり 一〇三―一〇五
汝等かくして後こなたに歸ることなかれ、今出づる日は汝等に登り易き山路を示さむ。 一〇六―一〇八
かくいひて見えずなりにき、我は物言はず立ちあがりて身をいと近くわが導者によせ、またわが目を彼にそゝげり 一〇九―一一一
彼曰ふ。子よ、わが歩履に從へ、この廣野こゝより垂れてその低き端におよべばいざ我等後にむかはむ。 一一二―一一四
黎明朝の時に勝ちてこれをその前より走らしめ、我ははるかに海の打震ふを認めぬ 一一五―一一七
我等はさびしき野をわけゆけり、そのさま失へる路をたづねて再びこれを得るまでは 一一八―一二〇
たゞ徒に歩むことぞと自ら思ふ人に似たりき
露日と戰ひ、その邊の冷かなるためにたやすく消えざるところにいたれば 一二一―一二三
わが師雙手をひらきてしづかに草の上に置きたり、我即ちその意をさとり 一二四―一二六
彼にむかひて涙に濡るゝ頬をのべしに、彼は地獄のかくせる色をこと/″\くこゝにあらはせり 一二七―一二九
かくて我等はさびしき海邊、その水を渡れる人の歸りしことなきところにいたれり 一三〇―一三二
こゝに彼、かの翁の心に從ひ、わが腰を括れるに、奇なる哉謙遜の草、彼えらびてこれを採るや 一三三―一三五
その抜かれし處よりたゞちに再び生ひいでき 一三六―一三八
第二曲
日は今子午線のそのいと高きところをもてイエルサレムを蔽ふ天涯にあらはれ 一―三
これと相對ひてめぐる夜は、天秤(こは夜の長き時その手より落つ)を持ちてガンジェを去れり 四―六
さればわがゐしところにては、美しきアウローラの白き赤き頬、年ふけしため柑子に變りき 七―九
我等はあたかも路のことをおもひて心進めど身止まる人の如くなほ海のほとりにゐたるに 一〇―一二
見よ、朝近きとき、わたつみの床の上西の方低きところに、濃き霧の中より火星の紅くかゞやくごとく 一三―一五
わが目に見えし一の光(あゝ我再びこれをみるをえんことを)海を傳ひていと疾く來れり、げにいかなる羽といふとも斯許早きはあらじ 一六―一八
われわが導者に問はんとて、しばらく目をこれより離し、後再びこれをみれば今はいよ/\燦かにかついよ/\く大いなりき 一九―二一
その左右には何にかあらむ白き物見え、下よりもまた次第に白き物いでぬ 二二―二四
わが師なほ物言はざりしが、はじめの白き物翼とみゆるにいたるにおよび、舟子の誰なるをさだかに知りて 二五―二七
さけびていふ。いざとく跪き手を合すべし、見よこれ神の使者なり、今より後汝かかる使者等をみむ 二八―三〇
見よかれ人の器具をかろんじ、かく隔たれる二の岸の間にも、擢を用ゐず翼を帆に代ふ 三一―三三
見よ彼これを伸べて天にむかはせ、朽つべき毛の如く變ることなきその永遠の羽をもて大氣を動かす。 三四―三六
神の鳥こなたにちかづくに從ひそのさまいよ/\あざやかになりて近くこれを見るにたへねば 三七―三九
われ目を垂れぬ、彼は疾く輕くして少しも水に呑まれざる一の舟にて岸に着けり 四〇―四二
艫には天の舟人立ち(福その姿にかきしるさるゝごとくみゆ)、中には百餘の靈坐せり 四三―四五
イスラエル、エヂプトを出でし時、彼等みな聲をあはせてかくうたひ、かの聖歌に録されし殘りの詞をうたひをはれば 四三―四五
彼は彼等のために聖十字を截りぬ、彼等即ち皆汀におりたち、彼はその來れる時の如くとく去れり 四九―五一
さてかしこに殘れる群は、この處をば知らじとみえ、あたかも新しきものを試むる人の如くあたりをながめき 五二―五四
日はそのさやけき矢をもてはや中天より磨羯を逐ひ、晝を四方に射下せり 五五―五七
この時新しき民面をあげて我等にむかひ、いひけるは。汝等若し知らば、山に行くべき路ををしへよ。 五八―六〇
ヴィルジリオ答へて曰ふ。汝等は我等をこの處に精しとおもへるならむ、されど我等も汝等と同じ旅客なり 六一―六三
我等は他の路を歩みて汝等より少しく先に來れるのみ、その路のいと粗く且つ艱きに比ぶれば今よりこゝを登らんは唯戲の如くなるべし。 六四―六六
わが呼吸によりて我のなほ生くるをしれる魂等はおどろきていたくあをざめぬ 六七―六九
しかしてたとへば報告をえんとて橄欖をもつ使者のもとに人々むらがり、その一人だに踏みあふことを避けざるごとく 七〇―七二
かの幸多き魂等はみなとゞまりてわが顏をまもり、あたかも行きて身を美しくするを忘るゝに似たりき 七三―七五
我はそのひとりの大いなる愛をあらはし我を抱かんとて進みいづるを見、心動きて自らしかなさんとせしに 七六―七八
あゝ姿のほか凡て空しき魂よ、三度われ手をその後に組みしも、三度手はわが胸にかへれり 七九―八一
思ふに我は怪訝の色に染まれるなるべし、かの魂笑ひて退き、我これを逐ひて前にすゝめば 八二―八四
しづかに我に止めよといふ、この時我その誰なるをしり、しばらくとゞまりて我と語らんことを乞ふ 八五―八七
彼答ふらく。我先に朽つべき肉の中にありて汝を愛せる如く今紲を離れて汝を愛す、此故に止まらむ、されど汝の行くは何の爲ぞや。 八八―九〇
我曰ふ。わがカゼルラよ、我のこの羈旅にあるは再びこゝに歸らんためなり、されど汝何によりてかく多く時を失へるや。 九一―九三
彼我に。時をも人をも心のまゝにえらぶもの、屡我を拒みてこゝに渡るを許さゞりしかどこれ我に非をなせるにあらず 九四―九六
その意正しき意より成る、されど彼はこの三月の間、乘るを願ふものあれば、うけがひて皆これを載せたり 九七―九九
さればこそしばしさき、我かのテーヴェロの水潮に變る海の邊にゆきたるに、彼こころよくうけいれしなれ 一〇〇―一〇二
彼今翼をかの河口に向く、そはアケロンテの方にくだらざるものかしこに集まる習ひなればなり。 一〇三―一〇五
我。新しき律法汝より、わがすべての願ひを鎭むるを常とせし戀歌の記憶またはその技を奪はずば 一〇六―一〇八
肉體とともにこゝに來りて疲甚しきわが魂を、ねがはくは少しくこれをもて慰めよ。 一〇九―一一一
「わが心の中にものいふ戀は」と彼はこのときうたひいづるに、そのうるはしさ今猶耳に殘るばかりに妙なりき 一一二―一一四
わが師も我も彼と共にありし民等もみないたくよろこびて、ほかに心に觸るゝもの一だになきごとくみゆ 一一五―一一七
我等すべてとゞまりて心を歌にとめゐたるに、見よ、かのけだかき翁さけびていふ。何事ぞ遲き魂等よ 一一八―一二〇
何等の怠慢ぞ、何ぞかくとゞまるや、走りて山にゆきて穢を去れ、さらずば神汝等にあらはれたまはじ。 一二一―一二三
たとへば食をあさりてつどへる鳩の、聲もいださず、その習ひなる誇もみせで、麥や莠の實を拾ふとき 一二四―一二六
おそるゝもののあらはるゝあれば、さきにもまさる願ひに攻められ、忽ち食を棄て去るごとく 一二七―一二九
かの新しき群歌を棄て、山坂にむかひてゆきぬ、そのさま行けども行方をしらざる人に似たりき 一三〇―一三二
我等もまたこれにおくれずいでたてり 一三三―一三五
第三曲
彼等忽ち馳せ、廣野をわけて散り、理性に促されて我等の登る山にむかへるも 一―三
我は身をわがたのもしき伴侶によせたり、我またいかで彼を觸れて走るをえんや、誰か我を導いて山に登るをえしめんや 四―六
彼はみづから悔ゆるに似たりき、あゝ尊き清き良心よ、たゞさゝやかなる咎もなほ汝を刺すこといかにはげしき 七―九
彼の足すべての動作の美をこぼつ急を棄つれば、さきに狹まれるわが心 一〇―一二
さながら求むるものある如く思ひを廣くし、我はかの水の上より天にむかひていと高く聳ゆる山にわが目をそゝぎぬ 一三―一五
後方に赤く燃ゆる日は、わがためにその光を支へられて碎け、前方にわが象を殘せり 一六―一八
我わが前方にのみ黒き地あるをみしとき、おのが棄てられしことを恐れてわが傍にむかへるに 一九―二一
我を慰むるもの全く我に對ひていふ。何ぞなほ疑ふや、汝はわが汝と共にありて汝を導くを信ぜざるか 二二―二四
わがやどりて影を映せる身の埋もるゝ處にてははや夕なり、この身ナポリにあり、ブランディツィオより移されき 二五―二七
さればわが前に今影なしとも、こはたがひに光を堰かざる諸天に似てあやしむにたらず 二八―三〇
そも/\威力はかゝる體を造りてこれに熱と氷の苛責の苦しみを感ぜしむ、されどその爲す事の次第の我等に顯はるゝことを好まず 三一―三三
もし我等の理性をもて、三にして一なる神の踏みたまふ無窮の道を極めんと望むものあらばそのもの即ち狂へるなり 三四―三六
人よ汝等は事を事として足れりとせよ、汝等もし一切を見るをえたりしならば、マリアは子を生むに及ばざりしなるべし 三七―三九
また汝等は、己が願ひをかなふるにふさはしかりし人々にさへ、その願ふところ實を結ばず却つて永遠に悲しみとなりて殘るを見たり 四〇―四二
わがかくいへるはアリストーテレ、プラトー、その外多くのものの事なり。かくいひて顏を垂れ、思ひなやみてまた言なし 四三―四五
かゝるうちにも我等は山の麓に着けり、みあぐれば巖いと嶮しく、脛の疾きもこゝにては益なしとみゆ 四六―四八
レリーチェとツルビアの間のいとあらびいと廢れし徑といふとも、これに此ぶれば、寛かにして登り易き梯子の如し 四九―五一
わが師歩みをとゞめていふ。誰か知る、山の腰低く垂れて翼なき族人もなほ登るをうるは何方なるやを。 五二―五四
彼顏をたれて心に路のことをおもひめぐらし、我はあふぎて岩のまはりをながめゐたるに 五五―五七
この時わが左にあらはれし一群の魂ありき、彼等はこなたにその足をはこべるも、來ることおそくしてしかすとみえず 五八―六〇
我曰ふ。師よ目を擧げてこなたを見よ、汝自ら思ひ定むるあたはずば彼等我等に教ふべし。 六一―六三
彼かれらを見、氣色晴やかに答ふらく。彼等の歩履おそければいざ我等かしこに行かん、好兒よ、望みをかたうせよ。 六四―六六
我等ゆくこと千歩にして、かの民なほ離るゝこと巧みなる投手の石のとゞくばかりなりしころ
彼等はみな高き岸なる堅き岩のほとりにあつまり、互ひに身をよせて動かず、おそれて道を行く人の見んとて止まる如くなりき 七〇―七二
ヴィルジリオ曰ふ。あゝ福に終れるものらよ、すでに選ばれし魂等よ、我は汝等のすべて待望む平安を指して請ふ 七三―七五
我等に山の斜にて上りうべきところを告げよ、そは知ることいと大いなる者時を失ふを厭ふことまたいと大いなればなり。 七六―七八
たとへば羊の、一づつ二づつまたは三づつ圈をいで、殘れるものは臆してひくく目と口を垂れ 七九―八一
而して最初の者の爲す事をばこれに續く者皆傚ひて爲し、かの者止まれば、聲なく思慮なくその何故なるをも知らで、これが邊に押合ふ如く 八二―八四
我はこの時かの幸多き群の先手の、容端正歩履優にこなたに進み來るをみたり 八五―八七
さきに立つ者、わが右にあたりて光地に碎け、わが影岩に及べるをみ 八八―九〇
とゞまりて少しく後方に退れば、續いて來れる者は故をしらねどみなかくなせり 九一―九三
汝等問はざるも我まづ告げむ、汝等の見るものはこれ人の體なり、此故に日の光地上に裂く 九四―九六
あやしむなかれ、信ぜよ、天より來る威能によらで彼この壁に攀ぢんとするにあらざるを。 九七―九九
師斯く、かの尊き民手背をもて示して曰ふ。さらば身をめぐらして先に進め。 一〇〇―一〇二
またそのひとりいふ。汝誰なりとも、かく歩みつゝ顏をこなたにむけて、世に我を見しことありや否やをおもへ。 一〇三―一〇五
我即ちかなたにむかひ、目を定めて彼を見しに、黄金の髮あり、美しくして姿けだかし、されど一の傷ありてその眉の一を分てり 一〇六―一〇八
我謙だりていまだみしことなしとつぐれば、彼はいざ見よといひてその胸の上のかたなる一の疵を我に示せり 一〇九―一一一
かくてほゝゑみていふ。我は皇妃コスタンツァの孫マンフレディなり、此故にわれ汝に請ふ、汝歸るの日 一一二―一一四
シチーリアとアラーゴナの名譽の母なるわが美しき女のもとにゆき、世の風評違はば實を告げよ 一一五―一一七
わが身二の重傷のために碎けしとき、われは泣きつゝ、かのよろこびて罪を赦したまふものにかへれり 一一八―一二〇
恐しかりきわが罪は、されどかぎりなき恩寵そのいと大いなる腕をもて、すべてこれに歸るものをうく 一二一―一二三
クレメンテに唆かされて我を狩りたるコセンツァの牧者、その頃神の聖經の中によくこの教へを讀みたりしならば 一二四―一二六
わが體の骨は、今も重き堆石に護られ、ベネヴェントに近き橋のたもとにありしなるべし 一二七―一二九
さるを今は王土の外ヴェルデの岸邊に雨に洗はれ風に搖らる、彼消せる燈火をもてこれをかしこに移せるなり 一三〇―一三二
それ望みに緑の一點をとゞむる間は、人彼等の詛ひによりて全く滅び永遠の愛歸るをえざるにいたることなし 一三三―一三五
されどげに聖なる寺院の命に悖りて死する者、たとひつひに悔ゆといへども、その僭越なりし間の三十倍の時過ぐるまで 一三六―一三八
必ず外なるこの岸にとゞまる、もし善き祈りによりて時の短くせらるゝにあらずば 一三九―一四一
請ふわが好きコスタンツァに汝の我にあへる次第とこの禁制とをうちあかし、汝がこの後我を悦ばすをうるや否やを見よ 一四二―一四四
そはこゝにては、世にある者の助けによりて、我等の得るところ大なればなり。 一四五―一四七
第四曲
心の作用の一部喜びまたは憂ひを感ずる深ければ、魂こと/″\こゝにあつまり 一―三
また他の能力をかへりみることなしとみゆ、知るべし、我等の内部に燃ゆる魂、一のみならじと思ふは即ち誤りなることを 四―六
この故に聞くこと見るもの、つよく魂をひきよすれば、人時の過ぐるを知らず 七―九
そは耳をとゞむる能力は魂を全く占むる能力と異なる、後者はその状繋がるゝに等しく前者には紲なし 一〇―一二
我かの靈のいふところをきき且つはおどろきてしたしくこの事の眞なるをさとれり、そは我等かの魂等が我等にむかひ 一三―
聲をあはせて、汝等の尋ぬるものこゝにありと叫べる處にいたれる時、日はわがしらざる間に裕に五十を上りたればなり ―一八
葡萄黒むころ、たゞ一束の茨をもて、村人の圍ふ孔といふとも、かの群我等をはなれし後 一九―
導者さきに我あとにたゞふたり登りゆきし徑路よりは間々大いなるべし ―二四
サンレオにゆき、ノーリにくだり、ビスマントヴァを登りてその頂にいたるにもただ足あれば足る、されどこゝにては飛ばざるをえずと 二五―二七
即ち我に望みを與へ、わが光となりし導者にしたがひ、疾き翼深き願ひの羽を用ゐて 二八―三〇
我等は碎けし岩の間を登れり、崖左右より我等に迫り、下なる地は手と足の助けを求めき 三一―三三
我等高き陵の上縁、山の腰のひらけしところにいたれるとき、我いふ。わが師よ、我等いづれの路をえらばむ。 三四―三六
彼我に。汝一歩をも枉ぐるなかれ、さとき嚮導の我等にあらはるゝことあるまで、たえず我に從ひて山を登れ。 三七―三九
巓は高くして視力及ばず、また山腹は象限の中央の線よりはるかに急なり 四〇―四二
我疲れて曰ふ。あゝやさしき父よ、ふりかへりて我を見よ、汝若しとゞまらずば、我ひとりあとに殘るにいたらむ。 四三―四五
わが子よ、身をこの處まで曳き來れ。彼は少しく上方にあたりて山のこなたをことごとくめぐれる一の高臺を指示しつゝかくいへり 四六―四八
この言にはげまされ、我は彼のあとより匍匐つゝわが足圓の上を踏むまでしひて身をすゝましむ 四九―五一
我等はこゝに、我等の登れる方なりし東に向ひて倶に坐せり、そは人顧みて心を慰むる習ひなればなり 五二―五四
我まづ目を低き汀にそゝぎ、後これを擧げて日にむかひ、その光我等の左を射たるをあやしめり 五五―五七
詩人はわがかの光の車の我等とアクイロネの間を過ぐるをみていたく惑へることをさだかにさとり 五八―六〇
即ち我にいひけるは。若しカストレとポルルーチェ、光を上と下とにおくるかの鏡とともにあり 六一―六三
かつかのものその舊き道を離れずば、汝は赤き天宮の今よりもなほ北斗に近くめぐるをみるべし 六四―六六
汝いかでこの事あるやをさとるをねがはば、心をこめて、シオンとこの山と地上にその天涯を同じうし 六七―
その半球を異にするを思へ、さらば汝の智にしてもしよく明にこゝにいたらば、かのフェートンが幸なくも
車を驅るを知らざりし路は何故に此の左、彼の右をかならず過ぐるや、汝これを知るをえむ。 ―七五
我曰ふ。わが師よ、才の足らじとみえしところを、げに今にいたるまで我かくあきらかにさとれることなし 七六―七八
さる學術にて赤道とよばれ、常に日と冬の間にありていと高くめぐる天の中帶は 七九―八一
汝の告ぐる理により、この處を北に距ること、希伯來人がこれをみしとき彼等を熱き地の方に距れるに等し 八二―八四
されど我等いづこまで行かざるをえざるや、汝ねがはくは我にしらせよ、山高くそびえてわが目及ぶあたはざればなり。 八五―八七
彼我に。はじめ常に艱しといへども人の登るに從つてその勞を少うするはこれこの山の自然なり 八八―九〇
此故に汝これをたのしみ、上るの易きことあたかも舟にて流れを追ふごときにいたれば 九一―九三
すなはちこの徑路盡く、汝そこにて疲れを休むることをうべし、わが汝に答ふるは是のみ、しかして我この事の眞なるを知る。 九四―九六
彼その言葉を終へしとき、あたりに一の聲ありていふ。おそらくは汝それよりさきに坐せざるをえざるなるべし。 九七―九九
かくいふをききて我等各ふりかへり、左に一の大いなる石を見ぬ、こは我も彼もさきに心をとめざりしものなりき 一〇〇―一〇二
我等かしこに歩めるに、そこには岩の後なる蔭に息へる群ありてそのさま怠惰のため身を休むる人に似たりき 一〇三―一〇五
またそのひとりはよわれりとみえ、膝を抱いて坐し、顏を低くその間に垂れゐたり 一〇六―一〇八
我曰ふ。あゝうるはしきわが主、彼を見よ、かれ不精を姉妹とすともかくおこたれるさまはみすまじ。 一〇九―一一一
この時彼我等の方に對ひてその心をとめ、目をたゞ股のあたりに動かし、いひけるは。いざ登りゆけ、汝は雄々し。 一一二―一一四
我はこのときその誰なるやをしり、疲れ今もなほ少しくわが息をはずませしかど、よくこの障礙にかちて 一一五―一一七
かれの許にいたれるに、かれ殆んど首をあげず、汝は何故に日が左より車をはするをさとれりやといふ 一一八―一二〇
その無精の状と短き語とは、すこしく笑をわが唇にうかばしむ、かくて我曰ふ。ベラックヮよ、我は今より 一二一―
また汝のために憂へず、されど告げよ、汝何ぞこゝに坐するや、導者を待つか、はたたゞ汝の舊りし習慣に歸れるか。 ―一二六
彼。兄弟よ、登るも何の益かあらむ、門に坐する神の鳥は、我が苛責をうくるを許さざればなり 一二七―一二九
われ終りまで善き歎息を延べたるにより、天はまづ門の外にて我をめぐる、しかしてその時の長さは世にて我をめぐれる間と相等し 一三〇―一三二
若し恩惠のうちに生くる心のさゝぐる祈り(異祈は天聽かざれば何の效あらむ)、これより早く我を助くるにあらざれば。 一三三―一三五
詩人既に我にさきだちて登りていふ。いざ來れ、見よ日は子午線に觸れ、夜は岸邊より 一三六―一三八
はやその足をもてモロッコを覆ふ。
第五曲
我既にかの魂等とわかれてわが導者の足跡に從へるに、このとき一者、後方より我を指ざし 一―三
叫びていふ。見よ光下なるものの左を照さず、彼があたかも生者のごとく歩むとみゆるを。 四―六
我はこの言を聞きて目をめぐらし、彼等のあやしみてわれひとり、ただわれひとりと、碎けし光とを目守るをみたり 七―九
師曰ふ。汝何ぞ心ひかれて行くことおそきや、彼等の私語汝と何の係あらんや 一〇―一二
我につきて來れ、斯民をその言ふに任せよ、風吹くとも頂搖がざるつよき櫓の如く立つべし 一三―一五
そは思ひ湧き出でて思ひに加はることあれば、後の思ひ先の思ひの力をよわめ、人その目的に遠ざかる習ひなればなり。 一六―一八
我行かんといふの外また何の答へかあるべき、人にしば/\赦をえしむる色をうかめてわれ斯くいへり 一九―二一
かゝる間に、山の腰にそひ、横方より、かはる/″\憐れみたまへを歌ひつゝ、我等のすこしく前に來れる民ありき 二二―二四
彼等光のわが身に遮らるゝをみしとき、そのうたへる歌を長き嗄れたるあゝに變へたり 二五―二七
しかしてそのうちより使者とみゆるものふたり、こなたにはせ來り、我等にこひていふ。汝等いかなるものなりや我等に告げよ。 二八―三〇
わが師。汝等たちかへり、汝等を遣はせるものに告げて、彼の身は眞の肉なりといへ 三一―三三
若しわが量るごとく、彼の影を見て彼等止まれるならば、この答へにて足る、彼等に彼をあがめしめよ、さらば彼等益をえむ。 三四―三六
夜の始めに澄渡る空を裂き、または日の落つるころ葉月の叢雲を裂く光といふとも、そのはやさ 三七―三九
かなたに歸りゆきし彼等には及ばじ、さてかしこに着くや彼等は殘れる者とともに恰も力のかぎり走る群の如く足をこなたに轉らせり 四〇―四二
詩人曰ふ。我等に押寄する民數多し、彼等汝に請はんとて來る、されど汝止まることなく、行きつゝ耳をかたむけよ。 四三―四五
彼等來りよばはりていふ。あゝ幸ならんため生れながらの身と倶に行く魂よ、しばらく汝の歩履を停めよ 四六―四八
我等の中に汝嘗て見しによりてその消息を世に傳ふるをうる者あるか、噫何すれぞ過行くや、汝何すれぞ止まらざるや 四九―五一
我等は皆そのかみ横死を遂げし者なり、しかして臨終にいたるまで罪人なりしが、この時天の光我等をいましめ 五二―五四
我等は悔いつゝ赦しつゝ、神即ち彼を見るの願ひをもて我等の心をはげますものと和らぎて世を去れるなり。 五五―五七
我。われよく汝等の顏をみれども、一だにしれるはなし、されど汝等の心に適ひわが爲すをうる事あらば、良日の下に生れし靈よ 五八―六〇
汝等いへ、さらば我は、かゝる導者にしたがひて世より世にわが求めゆく平和を指してこれをなすべし。 六一―六三
一者曰ふ。汝誓はずとも我等みな汝の助けを疑はず、もし力及ばざるため意斷たるることなくば 六四―六六
この故に我まづひとりいひいでて汝に請ふ、汝ローマニアとカルロの國の間の國をみるをえば 六七―六九
汝の厚き志により、わがためにファーノの人々に請ひてよき祈りをささげしめ、我をしてわが重き罪を淨むるをえしめよ 七〇―七二
我はかしこの者なりき、されど我の宿れる血の流れいでし重傷をばわれアンテノリの懷に負へり 七三―七五
こはわがいと安全なるべしとおもへる處なりしを、エスティの者、正義の求むる範圍を超えて我を怨みこの事あるにいたれるなり 七六―七八
されどオリアーコにて追ひ及かるゝとき、若しはやくラ・ミーラの方に逃げたらんには、我は息通ふかなたに今もありしなるべし 七九―八一
われ澤に走りゆき、葦と泥とにからまりて倒れ、こゝにわが血筋の地上につくれる湖を見ぬ。 八二―八四
この時また一者いふ。あゝねがはくは汝を引きてこの高山に來らしむる汝の願ひ成就せんことを、汝善き憐をもてわが願ひをたすけよ 八五―八七
我はモンテフェルトロの者なりき我はボンコンテなり、ジヨヴァンナも誰もわが事を思はず、此故にわれ顏を垂れて此等の者と倶に行く。 八八―九〇
我彼に。汝の墓の知られざるまで、カムパルディーノより汝を遠く離れしめしは、そも/\何の力何の運ぞや。 九一―九三
彼答ふらく。あゝカセンティーノの麓に、横さまに流るゝ水あり、隱家の上なるアペンニノより出で、名をアルキアーノといふ 九四―九六
われ喉を刺されし後、徒にて逃げつゝ野を血に染めて、かの流れの名消ゆる處に着けり 九七―九九
わが目こゝに見えずなりぬ、わが終焉の詞はマリアの名なりき、われこゝに倒れ、殘れるものはたゞわが肉のみ 一〇〇―一〇二
われ眞を汝に告げむ、汝これを生者に傳へよ、神の使者我を取れるに地獄の使者よばはりて、天に屬する者よ 一〇三―
汝何ぞ我物を奪ふや、唯一滴の涙の爲に彼我を離れ、汝彼の不朽の物を持行くとも我はその殘りをばわが心のまゝにあしらはんといふ ―一〇八
濕氣空に集りて昇り、冷えて凝る處にいたれば、直ちに水にかへること、汝のさだかに知るごとし 一〇九―一一一
さてかの者たゞ惡をのみ圖る惡意を智に加へ、その性よりうけし力によりて霧と風とを動かせり 一一二―一一四
かくて日暮れしとき、プラートマーニオよりかの大いなる連山にいたるまで、彼霧をもて溪を蔽ひ、上なる天を包ましむれば 一一五―一一七
密雲變じて水となり、雨降りぬ、その地に吸はれざるものみな狹間に入れ 一一八―一二〇
やがて多くの大いなる流れと合し、たふとき川に向ひて下るに、その馳することいとはやくして、何物もこれをひきとむをえざりき 一二一―一二三
たくましきアルキアーンははや強直しわが體をその口のあたりに見てこれをアルノに押流し、わが苦しみにたへかねしとき 一二四―
身をもて造れる十字架を胸の上より解き放ち、岸に沿ひまた底に沿ひて我を轉ばし、遂に己が獲物をもて我を被ひ且つ卷けり。 ―一二九
この時第三の靈第二の靈に續いて曰ふ。あゝ汝世に歸りて遠き族程の疲れより身を休めなば 一三〇―一三二
われピーアを憶へ、シエーナ我を造りマレムマ我を毀てるなり、こは縁の結ばるゝころまづ珠の指輪をば 一三三―一三五
我に與へしものぞしるなる 一三六―一三八
第六曲
ヅァーラの遊戲果つるとき、敗者は悲しみて殘りつゝ、くりかへし投げて憂ひの中に學び 一―三
人々は皆勝者とともに去り、ひとり前に行きひとり後よりこれを控へひとり傍よりこれに己を憶はしむるに 四―六
かの者止まらず、彼に此に耳を傾け、また手を伸べて與ふればその人再び迫らざるがゆゑに、かくして身をまもりて推合ふことを避く 七―九
我亦斯の如く、かのこみあへる群の中にてかなたこなたにわが顏をめぐらし、約束をもてその絆を絶てり 一〇―一二
こゝにはアレッツオ人にてギーン・ディ・タッコの猛き腕に死せるもの及び追ひて走りつゝ水に溺れし者ゐたり 一三―一五
こゝにはフェデリーゴ・ノヴェルロ手を伸べて乞ひ、善きマルヅッコにその強きをあらはさしめしピサの者またしかなせり 一六―一八
我は伯爵オルソを見き、また自らいへるごとく犯せる罪の爲にはあらで怨みと嫉みの爲に己が體より分たれし魂を見き 一九―二一
こはピエール・ダ・ラ・ブロッチアの事なり、ブラバンテの淑女はこれがためこれより惡しき群の中に入らざるやう世に在る間に心構せよ 二二―二四
さてすべてこれ等の魂即ちはやくその罪を淨むるをえんとてたゞ人の祈らんことを祈れる者を離れしとき 二五―二七
我曰ひけるは。あゝわが光よ、汝はあきらかに詩の中にて、祈りが天の定を枉ぐるを否むに似たり 二八―三〇
しかしてこの民これをのみ請ふ、さらば彼等の望み空なるか、さらずば我よく汝の言をさとらざるか。 三一―三三
彼我に。健なる心をもてよくこの事を思ひみよ、わが筆解し易く、彼等の望み徒ならじ 三四―三六
そは愛の火たとひこゝにおかるゝもののたらはすべきことをたゞしばしのまに滿すとも、審判の頂垂れざればなり 三七―三九
またわがこの理を陳べし處にては、祈り、神より離れしがゆゑに、祈れど虧處補はれざりき 四〇―四二
されどかく奧深き疑ひについては、眞と智の間の光となるべき淑女汝に告ぐるにあらずば心を定むることなかれ 四三―四五
汝さとれるや否や、わがいへるはベアトリーチェのことなり、汝はこの山の巓に、福にしてほゝゑめる彼の姿をみるをえむ。 四六―四八
我。主よいそぎてゆかむ、今は我さきのごとく疲れを覺えず、また山のはやその陰を投ぐるをみよ。 四九―五一
答へて曰ふ。我等は日のある間に、我等の進むをうるかぎりすゝまむ、されど事汝の思ふところと違ふ 五二―五四
いまだ巓にいたらざるまに、汝は今山腹にかくれて汝のためにその光を碎かれざる物また歸り來るを見む 五五―五七
されど見よ、かしこにたゞひとりゐて我等の方をながむる魂あり、かの者我等にいと近き路を教へむ。 五八―六〇
我等これが許にいたりぬ、あゝロムバルディアの魂よ、汝の姿は軒昂くまたいかめしく、汝の目は嚴にまた緩かに動けるよ 六一―六三
かの魂何事をもいはずして我等を行かしめ、たゞ恰もやすらふ獅子のごとく我等を見たり 六四―六六
されどヴィルジリオこれに近づき、登るにいと易きところを我等に示さむことを請へるに、その問ひに答へず 六七―六九
たゞ我等に我等の國と状態をたづねき、このときうるはしき導者マントヴァ……といひかくれば、己ひとりを世とせし魂 七〇―七二
立ちて彼のかたにむかひてそのゐし處をはなれつゝ、あゝマントヴァ人よ、我は汝の邑の者ソルデルロなりといひ、かくて二者相抱きぬ 七三―七五
あゝ屈辱のイタリアよ、憂ひの客舍、劇しき嵐の中の水夫なき船よ、汝は諸州の女王にあらずして汚れの家なり 七六―七八
かのたふとき魂は、たゞ己が生れし邑の麗しき名のよばるゝをきき、かく歡びてこの處に同郷人を迎へしならずや 七九―八一
しかるに今汝の中には生者敬ひをやむる時なく、一の垣一の濠に圍まるゝもの相互に噛むことをなす 八二―八四
幸なきものよ、岸をめぐりて海の邊の地をたづね、後汝の懷を見よ、汝のうちに一なりとも平和を樂しむ處ありや 八五―八七
かのユスティニアーノ汝のために銜を調へしかど、鞍空しくば何の益あらむ、この銜なかりせば恥は却つて少なかるべし 八八―九〇
あゝ眞心をもて神を崇めかつチェーザレを鞍に載すべき(汝等もしよく神の言をさとりなば)人々よ 九一―九三
汝等手綱をとれるよりこのかた、拍車によりて矯めらるゝことなければ、見よこの獸のいかばかり悍くなれるやを 九四―九六
あゝドイツ人アルベルトよ、汝は鞍に跨るべき者なるに、この荒き御しがたき獸を棄つ 九七―九九
ねがはくは正しき審判星より汝の血の上に降り、奇しく且つ顯著にて、汝の後を承くる者恐れをいだくにいたらんことを 一〇〇―一〇二
そは汝も汝の父も貪焚のためにかの地に抑められ、帝國の園をその荒るゝにまかせたればなり 一〇三―一〇五
來りて見よ、思慮なき人よ、モノテッキとカッペルレッティ、モナルディとフィリッペスキを、彼等既に悲しみ此等はおそる 一〇六―一〇八
來れ、無情の者よ、來りて汝の名門の虐げらるゝを見、これをその難より救へ、汝またサンタフィオルのいかに安全なるやをみん 一〇九―一一一
來りて汝のローマを見よ、かれ寡婦となりてひとり殘され、晝も夜も泣き叫びて、わがチェーザレよ汝何ぞ我と倶にゐざるやといふ 一一二―一一四
來りて見よ、斯民の相愛することいかに深きやを、若し我等を憐れむの心汝を動かさずば、汝己が名に恥ぢんために來れ 一一五―一一七
また斯く言はんも畏けれど、あゝいと尊きジョーヴェ、世にて我等の爲に十字架にかゝり給へる者よ、汝正しき目を他の處にむけたまふか 一一八―一二〇
はたこは我等の全く悟る能はざる福祉のためいと深き聖旨の奧に汝の設けたまふ備なるか 一二一―一二三
そは專横の君あまねくイタリアの諸邑に滿ち、匹夫朋黨に加はりてみなマルチェルとなればなり 一二四―一二六
わがフィオレンツァよ、汝この他事をきくともこは汝に干係なければまことに心安からむ、汝をこゝにいたらしむる汝の民は讚むべきかな 一二七―一二九
義を心に宿す者多し、されど漫りに弓を手にするなからんためその射ること遲きのみ、然るに汝の民はこれを口の端に置く 一三〇―一三二
公共の荷を拒むもの多し、然るに汝の民は招かれざるにはやくも身を進めて我自ら負はんとさけぶ 一三三―一三五
いざ喜べ、汝しかするは宜なればなり、汝富めり、汝泰平なり、汝智し、わがこの言の僞りならぬは事實よくこれを證す 一三六―一三八
文運かの如く開け、且つ古の律法をたてしアテーネもラチェデーモナも、汝に比ぶればたゞ小やかなる治國の道を示せるのみ 一三九―
汝の律法の絲は細かなれば、汝が十月に紡ぐもの、十一月の半まで保たじ ―一四四
げに汝が汝のおぼゆる時の間に律法、錢、職務、習俗を變へ民を新たにせること幾度ぞや 一四五―一四七
汝若しよく記憶をたどりかつ光をみなば、汝は自己があたかも病める女の軟毛の上にやすらふ能はず、身を左右にめぐらして 一四八―一五〇
苦痛を防ぐに似たるを見む 一五一―一五三
第七曲
ふさはしきうれしき會釋三度と四度に及べる後、ソルデルしざりて汝は誰なりやといふ 一―三
登りて神のみもとにいたるを魂等未だこの山にむかはざりしさきに、オッタヴィアーンわが骨を葬りき 四―六
我はヴィルジリオなり、他の罪によるにあらずたゞ信仰なきによりてわれ天を失へり。導者この時斯く答ふ 七―九
ふと目の前に物あらはるればその人あやしみて、こは何なり否あらずといひ、信じてしかして疑ふことあり 一〇―一二
かの魂もまたかくのごとくなりき、かくて目を垂れ、再びうや/\しく導者に近づき、僕の抱くところをいだきて 一三―一五
いひけるは。あゝラチオ人の榮よ――汝によりて我等の言葉その力の極をあらはせり――あゝわが故郷の永遠の實よ 一六―一八
我を汝に遭はしめしは抑何の功徳何の恩惠ぞや我若し汝の言を聞くの幸をえば請ふ告げよ汝地獄より來れるかそは何の圍の内よりか。 一九―二一
彼これに答ふらく。我は悲しみの王土の中なる諸の獄をへてこゝに來れり、天の威力我を動かしぬ、しかしてわれこれとともに行く 二二―二四
爲すによるにあらず爲さざるによりて我は汝の待望み我の後れて知るにいたれる高き日を見るをえざるなり 二五―二七
下に一の處あり、苛責のために憂きにあらねどたゞ暗く、そこにきこゆる悲しみの聲は歎息にして叫喚にあらず 二八―三〇
かしこに我は、人の罪より釋かれざりしさきに死の齒に噛まれし稚兒とともにあり 三一―三三
かしこに我は、三の聖なる徳を着ざれど惡を離れ他の諸の徳を知りてすべてこれを行へる者とともにあり 三四―三六
されど汝路をしりかつ我等に示すをうべくば、請ふ我等をして淨火のまことの入口にとくいたるをえせしめよ。 三七―三九
答へて曰ふ。我等は定まれる一の場所におかるゝにあらず、上るもるも我これを許さる、われ導者となりて汝と倶に 四〇―
わが行くをうる處までゆくべし、されど見よ日は既に傾きぬ、夜登る能はざれば、我等うるはしき旅宿を求めむ ―四五
右の方なる離れし處に魂の群あり、汝肯はば我は汝を彼等の許に導かむ、汝彼等を知るを喜びとせざることあらじ。 四六―四八
答へて曰ふ。いかにしてこの事ありや、夜登らんとおもふ者は他の者にさまたげらるゝかさらずば力及ばざるため自ら登る能はざるか。 四九―五一
善きソルデルロ指にて地を擦りていふ。見よ、この線をだに日入りて後は汝越えがたし 五二―五四
されど登の障礙となるもの夜の闇のほかにはあらず、この闇能力を奪ひて意志をさまたぐ 五五―五七
天涯晝をとぢこむる間は、汝げに闇とともにこゝをくだりまたは迷ひつゝ山の腰をめぐるをうるのみ。 五八―六〇
この時わが主驚くがごとくいひけるは。さらば請ふ我等を導き、汝の我等に喜びてとゞまるをうべしといへる處にいたれ。 六一―六三
我等少しくかしこを離れしとき、我は山の窪みてあたかも世の大溪の窪むに似たるところを見たり 六四―六六
かの魂曰ふ。かなたに山腹のみづから懷をつくるところあり、我等かしこにゆきて新たなる日を待たむ 六七―六九
忽ち嶮しく忽ち坦なる一條の曲路我等を導いてかの坎の邊、縁半より多く失せし處にいたらしむ 七〇―七二
金、純銀、朱、白鉛、光りてあざやかなるインドの木、碎けし眞際の新しき縁の珠も 七三―七五
各その色を比ぶれば、かの懷の草と花とに及ばざることなほ小の大に及ばざるごとくなるべし 七六―七八
自然はかしこをいろどれるのみならず、また千の良き薫をもて一の奇しきわけ難き香を作れり 七九―八一
我見しにこゝには溪のため外部よりみえざりし多くの魂サルウェ・レーギーナを歌ひつゝ縁草の上また花の上に坐しゐたり 八二―八四
我等をともなへるマントヴァ人いふ。たゞしばしの日全くその巣に歸るまでは、汝等我に導かれてかしこにゆくをねがふなかれ 八五―八七
汝等窪地にくだりてかの衆と倶にあらんより、この高臺にありて彼等を見なば却つてよくその姿と顏を認むるをえむ 八八―九〇
いと高き處に坐し、その責務を怠りしごとくみえ、かつ侶の歌にあはせて口を動かすことをせざる者は 九一―九三
皇帝ロドルフォなりき、かれイタリアの傷を癒すをえたりしにその死ぬるにまかせたれば、人再びこれを生かさんとするともおそし 九四―九六
また彼を慰むるごとくみゆるは、モルタ、アルビアに、アルビア、海におくる水の流れいづる地を治めし者にて 九七―九九
名をオッタケッルロといへり、その襁褓に裹まれし頃も、淫樂安逸をむさぼるその子ヴェンチェスラーオの鬚ある頃より遙に善かりき 一〇〇―一〇二
姿いと貴き者と親しく相かたらふさまなるかの鼻の小さき者は百合の花を萎れしめつゝ逃げ走りて死したりき 一〇三―一〇五
かしこに此のしきりに胸をうつをみよ、また彼のなげきつゝその掌をもて頬の床となすを見よ 一〇六―一〇八
彼等はフランスの禍ひの父と舅なり、彼等彼の邪にして穢れたる世を送れるを知りこれがためにかく憂ひに刺さる 一〇九―一一一
身かの如く肥ゆとみえ、かつかの鼻の雄々しき侶と節をあはせて歌ふ者はその腰に萬の徳の紐を纏ひき 一一二―一一四
若し彼の後に坐せる若き者その王位を繼ぎてながらへたりせば、この徳まことに器より器に傳はれるなるべし 一一五―一一七
但し他の嗣子についてはかくいひがたし、ヤーコモとフェデリーゴ今かの國を治む、いと善きものをばその一だに繼がざりき 一一八―一二〇
それ人の美徳は枝を傳ひて上ること稀なり、こはこれを與ふるもの、その己より出づるを知らしめんとてかく定めたまふによる 一二一―一二三
かの鼻の大いなる者も彼と倶にうたふピエルと同じくわがいへるところに適ふ、此故にプーリアもプロヴェンツァも今悲しみの中にあり 一二四―一二六
げにコスタンツァが今もその夫に誇ること遠くベアトリーチェ、マルゲリータの上に出づる如くに、樹は遠く種に及ばじ 一二七―一二九
簡易の一生を送れる王、イギリスのアルリーゴのかしこにひとり坐せるを見よ、かれの枝にはまされる芽あり 一三〇―一三二
彼等のうち地のいと低きところに坐して仰ぎながむる者は侯爵グイリエルモなり、彼の爲なりきアレッサンドリアとその師とが 一三三―一三五
モンフェルラートとカナヴェーゼとを歎かしむるは。 一三六―一三八
第八曲
なつかしき友に別れを告げし日、海行く者の思ひ歸りて心やはらぎ、また暮るゝ日を悼むがごとく 一―三
鐘遠くより聞ゆれば、はじめて異郷の旅にある人、愛に刺さるゝ時とはなりぬ
我は何の聲をもきかず、一の魂の立ちて手をもて請ひて、耳をかたむけしむるを見たり 七―九
この者手を合せてこれをあげ、目を東の方にそゝぎぬ、そのさま神にむかひて、われ思ひをほかに移さずといふに似たりき 一〇―一二
テー・ルーキス・アンテその口よりいづるに、信念あらはれ調うるはしくして悉くわが心を奪へり 一三―一五
かくて全衆これに和し、目を天球にむかはしめつゝ、聲うるはしく信心深くこの聖歌をうたひをはりき 一六―一八
讀者よ、いざ目を鋭くして眞を見よ、そは被物はげに今いと薄く、内部をうかがふこと容易なればなり 一九―二一
我はかの際貴き者の群の、やがて色蒼ざめ且つ謙り、何者をか待つごとくに默して仰ぎながむるを見き 二二―二四
また尖の削りとられし二の焔の劒をもち、高き處よりいでて下り來れるふたりの天使を見き 二五―二七
その衣は、今萌えいでし若葉のごとく縁なりき、縁の羽に打たれ飜られて彼等の後方に曳かれたり 二八―三〇
そのひとりは我等より少しく上方にとゞまり、ひとりは對面の岸にくだり、かくして民をその間に挾めり 三一―
我は彼等の頭なる黄金の髮をみとめしかど、その顏にむかへば、あたかも度を超ゆるによりて能力亂るゝごとくわが目眩みぬ ―三六
ソルデルロ曰ふ。彼等ふたりは溪をまもりて蛇をふせがんためマリアの懷より來れるなり、この蛇たゞちにあらはれむ。 三七―三九
我これを聞きてそのいづれの路よりなるを知らざればあたりをみまはし、わが冷えわたる身をかの頼もしき背に近寄せぬ 四〇―四二
ソルデルロまた。いざ今より下りてかの大いなる魂の群に入り、彼等に物言はむ、彼等はいたく汝等を見るを悦ぶなるべし。 四三―四五
下ることたゞ三歩ばかりにて我はやくも底につきしに、こゝにひとり、わが誰なるを思出さんと願ふ如く、たゞ我をのみ見る者ありき 四六―四八
はや次第に空の暮行く時なりしかど、その暗さははじめかくれたりしものを彼の目とわが目の間にあらはさざるほどにあらざりき 四九―五一
彼わが方に進み我彼の方に進めり、貴き國司ニーンよ、汝が罪人の中にあらざるを見て、わが喜べることいかばかりぞや 五二―五四
我等うるはしき會釋の數をつくせしとき、彼問ひていふ。汝はるかに水を渡りて山の麓に來れるよりこの方いくばくの時をか經たる。 五五―五七
我彼に曰ふ。あゝ悲しみの地を過ぎてわが來れるは今朝の事なり、我は第一の生をうく、かく旅して第二の生をえんとすれども。 五八―六〇
わが答を聞けるとき、俄に惑へる人々のごとく、ソルデルロもかれもあとにしざりぬ 六一―六三
その一はヴィルジリオに向へり、また一は彼處に坐せる者にむかひ、起きよクルラード、來りて神の惠深き聖旨より出し事を見よと叫び 六四―六六
後我にむかひ。渉るべき處なきまで己が最初の故由を祕めたまふものに汝の負ふ稀有の感謝を指して請ふ 六七―六九
汝大海のかなたに歸らば、わがジョヴァンナに告げて、罪なき者の祈り聽かるゝところにわがために聲をあげしめよ 七〇―七二
おもふに彼の母はその白き首を變へしよりこのかた(あはれ再びこれを望まざるをえず)また我を愛せざるなり 七三―七五
人この例をみてげにたやすくさとるをえむ、女の愛なるものは見ること觸るゝことによりて屡燃やされずば幾何も保つ能はざるを 七六―七八
ミラーノ人を戰ひの場にみちびく蝮蛇も、ガルルーラの鷄のごとくはかの女の墓を飾らじ。 七九―八一
ほどよく心の中に燃ゆる正しき熱き思ひの印を姿に捺してかれ斯くいへり 八二―八四
わが飽かざる目は天にのみ、あたかも軸いとちかき輪のごとく星のめぐりのいとおそき處にのみ行けり 八五―八七
わが導者。子よ何をか仰ぎながむるや。我彼に。かの三の燈火なり、南極これが爲にこと/″\く燃ゆ。 八八―九〇
彼我に。今朝汝が見たる四のあざやかなる星かなたに沈み、此等は彼等のありし處に上れるなり。 九一―九三
彼語りゐたるとき、ソルデルロ彼をひきよせ、我等の敵を見よといひて指ざしてかなたをみせしむ 九四―九六
かの小さき溪の圍なきところに一の蛇ゐたり、こは昔エーヴァに苦き食物を與へしものとおそらくは相似たりしなるべし 九七―九九
身を滑ならしむる獸のごとくしば/\頭を背にめぐらして舐りつゝ草と花とを分けてかの禍ひの紐は來ぬ 一〇〇―一〇二
天の鷹の飛立ちしさまは我見ざればいひがたし、されど我は彼も此も倶に飛びゐたるをさだかに見たり 一〇三―
縁の翼空を裂く響きをききて蛇逃げさりぬ、また天使等は同じ早さに舞ひ上りつゝその定まれる處に歸れり ―一〇八
國司に呼ばれてその傍にゐたる魂は、この爭ひのありし間、片時も瞳を我より離すことなかりき 一〇九―一一一
さていふ。願はくは汝を高きに導く燈火、汝の自由の意志のうちにて、かの※藥 の巓に到るまで盡きざるばかりの多くの蝋をえんことを 一一二―
汝若しヴァル・ディ・マーグラとそのあたりの地のまことの消息をしらば請ふ我に告げよ、我は昔かしこにて大いなる者なりき ―一一七
われ名をクルラード・マラスピーナといへり、かの老にあらずしてその裔なり、己が宗族にそゝげるわが愛今こゝに淨めらる。 一一八―一二〇
我彼に曰ふ。我は未だ汝等の國を過ぎたることなし、されどエウロパ全洲の中苟も人住む處にその聞なきことあらんや 一二一―一二三
汝等の家をたかむる美名は、君をあらはし土地をあらはし、かしこにゆけることなきものもまた能くこれを知る 一二四―一二六
我汝に誓ひて曰はむ(願はくはわれ高きに達するをえんことを)、汝等の尊き一族は財布と劒における譽の飾を失はず 一二七―一二九
習慣と自然これに特殊の力を與ふるがゆゑに、罪ある首世を枉ぐれどもひとり直く歩みて邪の道をかろんず。 一三〇―一三二
彼。いざゆけ、牡羊四の足をもて蔽ひ跨がる臥床の中に、日の七度やすまざるまに 一三三―一三五
ねんごろなるこの意見は、人の言よりも大いなる釘をもて汝の頭の正中に釘付けらるべし 一三六―一三八
審判の進路支へられずば。 一三九―一四一
第九曲
年へしティトネの妾そのうるはしき友の腕をはなれてはや東の臺に白み 一―三
その額は尾をもて人を撃つ冷やかなる生物に象れる多くの珠に輝けり 四―六
また我等のゐたる處にては、夜はその昇の二歩を終へ、第三歩もはやその翼を下方に枉げたり 七―九
このとき我はアダモの讓を受くるによりて睡りに勝たれ、我等五者みな坐しゐたりし草の上に臥しぬ 一〇―一二
そのかみの憂ひを憶ひ起すなるべし可憐の燕朝近く悲しき歌をうたひいで 一三―一五
また我等の心、肉を離るゝこと遠く思にとらはるゝこと少なくして、その夢あたかも神に通ずるごとくなる時
我は夢に、黄金の羽ある一羽の鷲の、翼をひらきて空に懸り、降らんとするをみきとおぼえぬ 一九―二一
また我はガニメーデが攫はれて神集にゆき、その侶あとに殘されしところにゐたりとおぼえぬ 二二―二四
我ひそかに思へらく、この鳥恐らくはその習ひによりて餌をこゝにのみ求むるならむ、恐らくはこれを他の處に得て持て舞上るを卑しむならむと 二五―二七
さてしばらくりて後、このもの電光のごとく恐ろしく下り來りて我をとらへ、火にいたるまで昇るに似たりき 二八―三〇
鳥も我もかの處にて燃ゆとみえたり、しかして夢の中なる火燒くことはげしかりければわが睡りおのづから破れぬ 三一―三三
かのアキルレが、目覺めてそのあたりを見、何處にあるやをしらずして身をゆるがせしさまといふとも 三四―三六
(こはその母これをキロネより奪ひ、己が腕にねむれる間にシロに移せし時の事なり、その後かのギリシア人これにかしこを離れしむ) 三七―三九
睡顏より逃げしときわがうちふるひしさまに異ならじ、我はあたかも怖れのため氷に變る人の如くに色あをざめぬ 四〇―四二
わが傍には我を慰むる者のみゐたり、日は今高きこと二時にあまれり、またわが顏は海のかたにむかひゐたりき 四三―四五
わが主曰ふ。おそるゝなかれ、心を固うせよ、よき時來りたればなり、汝の力をみなあらはして抑ふるなかれ 四六―四八
汝は今淨火に着けり、その周邊をかこむ岩をみよ、岩分るゝとみゆる處にその入口あるをみよ 四九―五一
今より暫し前、晝にさきだつ黎明の頃、汝の魂かの溪を飾る花の上にて汝の中に眠りゐたるとき 五二―五四
ひとりの淑女來りて曰ふ、我はルーチアなり、我にこの眠れる者を齎らすを許せ、我斯くしてその路を易からしめんと 五五―五七
ソルデルとほかの貴き魂は殘れり、淑女汝を携へて日の出づるとともに登り來り、我はその歩履に從へり 五八―六〇
彼汝をこゝに置きたり、その美しき目はまづ我にかの開きたる入口を示せり、しかして後彼も睡りもともに去りにき。 六一―六三
眞あらはるゝに及び、疑ひ解けて心やすんじ、恐れを慰めに變ふる人のごとく 六四―六六
我は變りぬ、わが思ひわづらふことなきをみしとき、導者岩に沿ひて登り、我もつづいて高處にむかへり 六七―六九
讀者よ、汝よくわが詩材のいかに高くなれるやを知る、されば我さらに多くの技をもてこれを支へ固むるともあやしむなかれ 七〇―七二
我等近づき、一の場所にいたれるとき、さきにわが目に壁を分つ罅に似たる一の隙ありとみえしところに 七三―七五
我は一の門と門にいたらんためその下に設けし色異なれる三の段と未だ物言はざりしひとりの門守を見たり 七六―七八
またわが目いよ/\かなたを望むをうるに從ひ、我は彼が最高き段の上に坐せるをみたり、されどその顏をばわれみるに堪へざりき 七九―八一
彼手に一の白刃を持てり、この物光を映してつよく我等の方に輝き、我屡目を擧ぐれども益なかりき 八二―八四
彼曰ふ。汝等何を欲するや、その處にてこれをいへ、導者いづこにかある、漫りに登り來りて自ら禍ひを招く勿れ。 八五―八七
わが師彼に答へて曰ふ。此等の事に精しき天の淑女今我等に告げて、かしこにゆけそこに門ありといへるなり。 八八―九〇
門守ねんごろに答へていふ。願はくは彼幸の中に汝等の歩みを導かんことを、さらば汝等我等の段まで進み來れ。 九一―九三
我等かなたにすゝみて第一の段のもとにいたれり、こは白き大理石にていと清くつややかなれば、わが姿そのまゝこれに映りてみえき 九四―九六
第二の段は色ペルソより濃き、粗き燒石にて縱にも横にも罅裂ありき 九七―九九
上にありて堅き第三の段は斑岩とみえ、脈より迸る血汐のごとく赤く煌けり 一〇〇―一〇二
神の使者兩足をこの上に載せ、金剛石とみゆる閾のうへに坐しゐたり 一〇三―一〇五
この三の段をわが導者は我を拉きてよろこびて登らしめ、汝うやうやしく彼にをあけんことを請へといふ 一〇六―一〇八
我まづ三度わが胸を打ち、後つゝしみて聖なる足の元にひれふし、慈悲をもてわがために開かんことを彼に乞へり 一〇九―一一一
彼七のPを劒の尖にてわが額に録し、汝内に入らば此等の疵を洗へといふ 一一二―一一四
灰または掘上し乾ける土はその衣と色等しかるべし、彼はかゝる衣の下より二の鑰を引出せり 一一五―一一七
その一は金、一は銀なりき、初め白をもて次に黄をもて、かれ門をわが願へるごとくにひらき 一一八―一二〇
さて我等にいひけるは。この鑰のうち一若し缺くる處ありてほどよくの中にめぐらざればこの入口ひらかざるなり 一二一―一二三
一は殊に價貴し、されど一は纈を解すものなるがゆゑにあくるにあたりて極めて大なる技と智を要む 一二四―一二六
我此等をピエルより預かれり、彼我に告げて、民わが足元にひれふさば、むしろ誤りて開くとも誤りて閉ぢおく勿れといへり。 一二七―一二九
かくて聖なる門の扉を押していひけるは。いざ入るべし、されど汝等わが誡めを聞け、すべて後方を見る者は外に歸らむ。 一三〇―一三二
聖なる門の鳴よき強き金屬の肘金、肘壺の中にまはれるときにくらぶれば 一三三―一三五
かの良きメテルロを奪はれし時のタルペーアも(この後これがために瘠す)その叫喚きあらがへることなほこれに若かざりしなるべし 一三六―一三八
我は最初の響きに心をとめてかなたにむかひ、うるはしき調にまじれる聲のうちにテー・デウム・ラウダームスを聞くとおぼえぬ 一三九―一四一
わが耳にきこゆるものは、あたかも人々立ちて樂の器にあはせてうたひその詞きこゆることあり 一四二―一四四
きこえざることある時の響きに似たりき 一四五―一四七
第十曲
我等門の閾の内に入りし後(魂の惡き愛歪める道を直く見えしむるためこの門開かるゝこと稀なり) 一―三
我は響きをききてその再び閉されしことを知りたり、我若し目をこれにむけたらんには、いかなる詫も豈この咎にふさはしからんや 四―六
我等は右に左に紆行りてその状あたかも寄せては返す波に似たる一の石の裂目を登れり 七―九
わが導者曰ふ。我等は今縁の逼らざるところを求めてかなたこなたに身を寄するため少しく技を用ゐざるをえず。 一〇―一二
この事我等の歩みをおそくし、虧けたる月安息を求めてその床に歸れる後 一三―一五
我等はじめてかの針眼を出づるをえたり、されど山後方にかたよれる高き處にいたりて、我等自由に且つ寛かになれるとき 一六―一八
われ疲れ、彼も我も定かに路をしらざれば、われらは荒野の道よりさびしき一の平地にとゞまれり 一九―二一
空處に隣れるその縁と、たえず聳ゆる高き岸の下との間は、人の身長三度はかるに等しかるべし 二二―二四
しかしてわが目その翼をはこぶをうるかぎり右にても左にてもこの臺すべて斯の如く見えき 二五―二七
我等の足未だその上を踏まざるさきに、我は垂直にして登るあたはざるまはりの岸の 二八―三〇
純白の大理石より成り、かのポリクレートのみならず、自然もなほ恥づるばかりの彫刻をもて飾らるゝをみたり 三一―三三
天を開きてその長き禁を解きし平和(許多の年の間、世の人泣いてこれを求めき)を告げしらせんとて地に臨める天使の 三四―三六
うるはしき姿との處に刻まれ、ものいはぬ像と見えざるまで眞に逼りて我等の前にあらはれぬ 三七―三九
誰か彼が幸あれといひゐたるを疑はむ、そは尊き愛を開かんとて鑰をせる女の象かしこにあらはされたればなり 四〇―四二
しかして神の婢を見よといふ言葉、あたかも蝋に印影の捺さるゝごとくあざやかにその姿に摺られき 四三―四五
汝思ひを一の處にのみ寄する勿れ。人の心臟のある方に我をおきたるうるはしき師斯くいへり 四六―四八
我即ち目をめぐらして見しに、マリアの後方、我を導ける者のゐたるかなたに 四九―五一
岩に彫りたる他の物語ありき、このゆゑに我はこれをわが目の前にあらしめんとてヴィルジリオを超えて近づきぬ 五二―五四
そこには同じ大理石の上に、かの聖なる匱を曳きゐたる事と牛と刻まれき(人この事によりて委ねられざる職務を恐る) 五五―五七
その前には七の組に分たれし民見えたり、彼等はみなわが官能の二のうち、一に否と一に然り歌ふといはしむ 五八―六〇
これと同じく、わが目と鼻の間には、かしこにゑりたる薫物の煙について然と否との爭ひありき 六一―六三
かしこに謙遜れる聖歌の作者衣ひきげて亂れ舞ひつゝ恩惠の器にさきだちゐたり、この時彼は王者に餘りて足らざりき 六四―六六
對の方には大いなる殿の窓の邊にゑがかれしミコル、蔑視悲しむ女の如くこれをながめぬ 六七―六九
我わが立てる處をはなれ、ミコルの後方に白く光れる一の物語をわが近くにみんとて足をはこべば 七〇―七二
こゝには己が徳によりてグレゴーリオを動かしこれに大いなる勝利をえしめしローマの君の榮光高き事蹟を寫せり 七三―七五
わが斯くいへるは皇帝トラヤーノの事なり、ひとりの寡婦涙と憂ひを姿にあらはし、その轡のほとりに立てり 七六―七八
君のまはりには多くの騎馬武者群がりて押しあふごとく、またその上には黄金の中なる鷲風に漂ふごとく見えたり 七九―八一
すべてこれらの者のなかにてかの幸なき女、主よわがためにわが子の仇を報いたまへ、彼死にてわが心いたく傷むといひ 八二―八四
彼はこれに答へて、まづわが歸るまで待てといふに似たりき、また女、あたかも歎きのために忍ぶあたはざる人の如く、我主よ 八五―八七
若し歸り給はずばといひ、彼、我に代る者汝の爲に報いんといひ、女又、汝己の爲すべき善を思はずば人善を爲すとも汝に何の係在らん 八八―
といひ、彼聞きて、今は心を安んぜよ、我わが義務を果して後行かざるべからず、正義これを求め、慈悲我を抑むといふに似たりき ―九三
未だ新しき物を見しことなきもの、この見るをうべき詞を造りたまへるなり、こは世にあらざるがゆゑに我等に奇し 九四―九六
かく大いなる謙遜を表はしその造主の故によりていよ/\たふときこれらの象をみ、われ心を喜ばしゐたるに 九七―九九
詩人さゝやきていふ。見よこなたに多くの民あり、されどその歩は遲し、彼等われらに高き階にいたる路を教へむ。 一〇〇―一〇二
眺むることにのみ凝れるわが目も、その好む習ひなる奇しき物をみんとて、たゞちに彼の方にむかへり 一〇三―一〇五
讀者よ、げに我は汝が神何によりて負債を償はせたまふやを聞きて己の善き志より離るゝを願ふにあらず 一〇六―一〇八
心を苛責の状態にとむるなかれ、その成行を思へ、そのいかにあしくとも大なる審判の後まで續かざることを思へ 一〇九―一一一
我曰ふ。師よ、こなたに動くものをみるに姿人の如くならず、されどわが目迷ひて我その何なるを知りがたし。 一一二―一一四
彼我に。苛責の重荷彼等を地に屈ましむ、されば彼等の事につきわが目もはじめ爭へるなり 一一五―一一七
されど汝よくかしこをみ、かの石の下になりて來るものをみわくべし、汝は既におのおののいかになやむやを認むるをえむ。 一一八―一二〇
噫心傲が基督教徒よ、幸なき弱れる人々よ、汝等精神の視力衰へ、後退して進むとなす 一二一―一二三
知らずや人は、裸のまゝ飛びゆきて審判をうくる靈體の蝶を造らんとて生れいでし蟲なることを 一二四―一二六
汝等は羽ある蟲の完からず、這ふ蟲の未だ成り終らざるものに似たるに、汝等の精神何すれぞ高く浮び出づるや 一二七―一二九
天井または屋根を支ふるため肱木に代りてをりふし一の像の膝を胸にあて 一三〇―一三二
眞ならざる苦しみをもて眞の苦しみを見る人に起さしむることあり、われ心をとめて彼等をみしにそのさままた斯の如くなりき 一三三―一三五
但し背に負ふ物の多少に從ひ、彼等の身を縮むること一樣ならず、しかして最も忍耐強しと見ゆる者すら 一三六―一三八
なほ泣きつゝ、我堪へがたしといふに似たりき 一三九―一四一
第十一曲
限らるゝにあらず、高き處なる最初の御業をいと潔く愛したまふがゆゑに天に在す我等の父よ 一―三
願はくは萬物うるはしき聖息に感謝するの適はしきをおもひ、聖名と聖能を讚めたたへんことを 四―六
爾國の平和を我等の許に來らせたまへ、そは若し來らずば、我等意を盡すとも自ら到るあたはざればなり 七―九
天使等オザンナを歌ひつゝ己が心を御前にさゝげまつるなれば、人またその心をかくのごとくにさゝげんことを 一〇―一二
今日も我等に日毎のマンナを與へたまへ、これなくば、この曠野をわけて進まんとて、最もつとむる者も退く 一三―一五
我等のうけし害をわれら誰にも赦すごとく、汝も我等の功徳を見たまはず、聖惠によりて赦したまへ 一六―一八
いとよわき我等の力を年へし敵の試にあはせず、巧みにこれを唆かす者よりねがはくは救ひ出したまへ 一九―二一
この最後の事は、愛する主よ、我等祈ぎまつるに及ばざれども、かくするはげに己の爲にあらずしてあとに殘れる者のためなり。 二二―二四
斯く己と我等のために幸多き旅を祈りつゝ、これらの魂は、人のをりふし夢に負ふごとき重荷を負ひ 二五―二七
等しからざる苦しみをうけ、みな疲れ、世の濃霧を淨めつゝ第一の臺の上をめぐれり 二八―三〇
彼等もし我等のためにかしこにたえず幸を祈らば、己が願ひに良根を持つ者、こゝに彼等のために請ひまた爲しうべき事いかばかりぞや 三一―三三
我等は彼等が清く輕くなりて諸の星の輪にいたるをえんため、よく彼等を助けて、そのこゝより齎らせし汚染を洗はしむべし 三四―三六
あゝ願はくは正義と慈悲速かに汝等の重荷を取去り、汝等翼を動かして己が好むがまゝに身を上ぐるをえんことを 三七―三九
請ふいづれの道の階にいとちかきやを告げよ、またもし徑一のみならずば、嶮しからざるものを教へよ 四〇―四二
そは我にともなふこの者、アダモの肉の衣の重荷あるによりて、心いそげど登ることおそければなり。 四三―四五
我を導く者斯くいへるとき、彼等の答への誰より出でしやはあきらかならざりしかど 四六―四八
その言にいふ。岸を傳ひて我等とともに右に來よ、さらば汝等は生くる人の登るをうべき徑を見ん 四九―五一
我若しわが傲慢の項を矯め、たえずわが顏を垂れしむるこの石に妨げれずば 五二―五四
名は聞かざれど今も生くるその者に目をとめ、わが彼を知るや否やをみ、この荷のために我を憐ましむべきを 五五―五七
我はラチオの者にて、一人の大いなるトスカーナ人より生れぬ、グイリエルモ・アルドブランデスコはわが父なりき、この名汝等の間に 五八―
聞えしことありや我知らず、わが父祖の古き血と讚むべき業我を僭越ならしめ、我は母の同じきをおもはずして ―六三
何人をもいたく侮りしかばそのために死しぬ、シエーナ人これを知り、カムパニヤティーコの稚兒もまたこぞりてこれをしる 六四―六六
我はオムベルトなり、たゞ我にのみ傲慢害をなすにあらず、またわが凡ての宗族をば禍ひの中にひきいれぬ 六七―六九
神の聖心の和らぐ日までわれ此罪のためにこゝにこの重荷を負ひ、生者の間に爲さざりしことを死者の間になさざるべからず。 七〇―七二
我は聞きつゝ頭を垂れぬ、かれらのひとり(語れる者にあらず)そのわづらはしき重荷の下にて身をゆがめ 七三―七五
我を見て誰なるやを知り、彼等と倶に全く屈みて歩める我に辛うじて目を注ぎつゝ我を呼べり 七六―七八
我彼に曰ふ。あゝ汝はアゴッビオの譽、巴里にて色彩と稱へらるゝ技の譽なるオデリジならずや。 七九―八一
彼曰ふ。兄弟よ、ボローニア人フランコの描けるものの華かなるには若かじ、彼今すべての譽をうく、我のうくるは一部のみ 八二―八四
わが生ける間は我しきりに人を凌がんことをねがひ、心これにのみむかへるが故に、げにかく讓るあたはざりしなるべし 八五―八七
我等こゝにかゝる傲慢の負債を償ふ、もし罪を犯すをうるときわれ神に歸らざりせば、今もこの處にあらざるならむ 八八―九〇
あゝ人力の榮は虚し、衰へる世の來るにあはずばその頂の縁いつまでか殘らむ 九一―九三
繪にてはチマーブエ、覇を保たんとおもへるに、今はジオットの呼聲高く、彼の美名微になりぬ 九四―九六
また斯の如く一のグイード他のグイードより我等の言語の榮光を奪へり、しかしてこの二者を巣より逐ふ者恐らくは生れ出たるなるべし 九七―九九
夫れ浮世の名聞は今此方に吹き今彼方に吹き、その處を變ふるによりて名を變ふる風の一息に外ならず 一〇〇―一〇二
汝たとひ年へし肉を離るゝため、パッポ、ディンディを棄てざるさきに死ぬるよりは多く世にしらるとも 一〇三―一〇五
豈千年に亙らむや、しかも千年を永劫に較ぶればその間の短きこと一の瞬をいとおそくめぐる天に較ぶるより甚し 一〇六―
路を刻みてわが前をゆく者はかつてその名をあまねくトスカーナに響かせき、しかるに今はシエーナにても(その頃たかぶり今けがるゝフィレンツェの劇しき怒亡ぼされし時彼はかしこの君なりき)殆んど彼のことをさゝやく人なし ―一一四
汝等の名は草の色のあらはれてまたきゆるに似たり、しかして草をやはらかに地より生え出しむるものまたその色をうつろはす。 一一五―一一七
我彼に。汝の眞の言善き謙遜をわが心にそゝぎ、汝わが大いなる誇をしづむ、されど汝が今語れるは誰の事ぞや。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。プロヴェンツァン・サルヴァーニなり、彼心驕りてシエーナを悉くその手に握らんとせるがゆゑにこゝにあり 一二一―一二三
彼は死にしより以來かくのごとく歩みたり、また歩みて休らふことなし、凡て世に膽のあまりに大き者かゝる金錢を納めて贖の代とす。 一二四―一二六
我。生命の終り近づくまで悔ゆることをせざりし靈かの低き處に殘り、善き祈りの助けによらでは 一二七―
その齡に等しき時過ぐるまで、こゝに登るあたはずば、彼何ぞかく來るを許されしや。 ―一三二
彼曰ふ。彼榮達を極めし頃、一切の恥を棄て、自ら求めてシエーナのカムポにとゞまり 一三三―一三五
その友をカルロの獄の中にうくる苦しみの中より救ひいださんとて、己が全身をかしこに震はしむるにいたれり 一三六―一三八
我またいはじ、我わが言の暗きを知る、されど少時せば汝の隣人等その爲すところによりて汝にこれをさとるをえしめむ 一三九―一四一
この行なりき彼のためにかの幽閉を解きたるものは。 一四二―一四四
第十二曲
我はかの重荷を負へる魂と、あたかも軛をつけてゆく二匹の牡牛のごとく並びて、うるはしき師の許したまふ間歩めり 一―三
されど師が、彼をあとに殘して行け、こゝにては人各帆と櫂をもてその力のかぎり船を進むべしといへるとき 四―六
我は行歩の要求に從ひ再び身を直くせり、たゞわが思ひはもとのごとく屈みてかつ低かりき 七―九
我既に進み、よろこびてわが師の足にしたがひ、彼も我も既に身のいかに輕きやをあらはしゐたるに 一〇―一二
彼我に曰ふ。目を下にむけよ、道をたのしからしめむため、汝の足を載する床を見るべし。 一三―一五
埋められし者の思出にとて、その上なる平地の墓に、ありし昔の姿刻まれ 一六―一八
たゞ有情の者をのみ蹴る記憶の刺の痛みによりてしば/\涙を流さしむることあり 一九―二一
我見しに、山より突出でて路を成せるかの處みなまた斯の如く、象をもて飾られき、されど技にいたりては巧みなることその比に非ず 二二―二四
我は一側に、萬物のうち最も尊く造られし者が天より電光のごとく墜下るを見き 二五―二七
また一側に、ブリアレオが、天の矢に中り、死に冷されて重く地に伏せるを見き 二八―三〇
我はティムプレオを見き、我はパルラーデとマルテを見き、彼等猶武器をとりその父の身邊にゐて巨人等の切放たれし體を凝視む 三一―三三
我はネムブロットが、あたかも惑へるごとく、かの大いなる建物のほとりに、己と共にセンナールにてたかぶれる民をながむるをみき 三四―三六
あゝニオベよ、殺されし汝の子七人と七人の間に彫られし汝の姿を路にみしときわが目はいかに憂はしかりしよ 三四―三六
あゝサウルよ、汝の己が劒に伏してジェルボエ(この山この後雨露をしらざりき)に死せるさまさながらにこゝに見ゆ 四〇―四二
あゝ狂へるアラーニエよ、我また汝が既に半蜘蛛となり、幸なく織りたる織物の截餘の上にて悲しむを見き 四三―四五
あゝロボアムよ、こゝにては汝の姿も、はやおびやかすあたはじとみえ、未だ人に追はれざるにいたく恐れて車を走らす 四六―四八
硬き鋪石はまたアルメオンが、かの不吉なる飾の價の貴さをその母にしらしめしさまを示せり 四九―五一
またセンナケリプをその子等神宮の中にて襲ひ、その死するや、これをかしこに殘して去れるさまを示せり 五二―五四
またタミーリの行へる殘害と酷き屠を示せり――この時彼チロにいふ、汝血に渇きたりき、我汝に血を滿さんと 五五―五七
またオロフェルネの死せるとき、アッシーリア人の敗れ走れるさまと殺されし者の遺物を示せり 五八―六〇
我は灰となり窟となれるトロイアを見き、あゝイーリオンよ、かしこにみえし彫物の象は汝のいかに低くせられ衰へたるやを示せるよ 六一―六三
すぐるゝ才ある者といふとも誰とて驚かざるはなき陰と線とをあらはせるは、げにいかなる畫筆または墨筆の妙手ぞや 六四―六六
死者は死するに生者は生くるに異ならず、面見し人なりとて、わが屈みて歩める間に踏みし凡ての事柄を我よりよくは見ざりしなるべし 六七―六九
エーヴァの子等よいざ誇れ、汝等頭を高うして行き、己が禍ひの路を見んとて目をひくく垂るゝことなかれ 七〇―七二
繋はなれぬわが魂のさとれるよりも、我等はなほ多く山をめぐり、日はさらに多くその道をゆきしとき 七三―七五
常に心を用ゐて先に進めるものいひけるは。頭が擧げよ、時足らざればかく思ひに耽りてゆきがたし 七六―七八
見よかなたにひとりの天使ありて我等の許に來らんとす、見よ第六の侍婢の、晝につかふること終りて歸るを 七九―八一
敬をもて汝の姿容を飾れ、さらば天使よろこびて我等を上に導かむ、この日再び晨とならざることをおもへ。 八二―八四
我は時を失ふなかれとの彼の誡めに慣れたれば、彼のこの事について語るところ我に明かならざるなかりき 八五―八七
美しき者こなたに來れり、その衣は白く、顏はさながら瞬く朝の星のごとし 八八―九〇
彼腕をひらきまた羽をひらきていふ。來れ、この近方に階あり、しかして汝等今より後は登り易し。 九一―九三
それ來りてこの報知を聞く者甚だ罕なり、高く飛ばんために生れし人よ、汝等些の風にあひてかく墜ちるは何故ぞや 九四―九六
彼我等を岩の截られたる處にみちびき、こゝに羽をもてわが額を打ちて後、我に登の安らかなるべきことを約せり 九七―九九
ルバコンテの上方に、めでたく治まる邑をみおろす寺ある山に登らんため、右にあたりて 一〇〇―一〇二
登の瞼しさ段(こは文書と樽板の安全なりし世に造られき)に破らる 一〇三―一〇五
こゝにても次の圓よりいと急に垂るゝ岸、かゝる手段によりて緩まりぬ、されど右にも左にも身は高き石に觸る 一〇六―一〇八
我等かしこにむかへるとき、聲ありて、靈の貧しき者は福なりと歌へり、そのさま詞をもてあらはすをえじ 一〇九―一一一
あゝこれらの徑の地獄のそれと異なることいかばかりぞや、こゝにては入る者歌に伴はれ、かしこにては恐ろしき歎きの聲にともなはる 一一二―一一四
我等既に聖なる段を踏みて登れり、また我はさきに平地にありしときより身のはるかに輕きを覺えき 一一五―一一七
是に於てか我。師よ告げよ、何の重き物我より取られしや、我行けども殆んど少しも疲勞を感ぜず。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。消ゆるばかりになりてなほ汝の顏に現れるP、その一のごとく全く削り去らるゝ時は 一二一―一二三
汝の足善き願ひに勝たるゝがゆゑに疲勞をしらざるのみならず上方に運ばるゝをよろこぶにいたらむ。 一二四―一二六
頭に物を載せてあゆみ自らこれを知らざる人、他の人々の素振をみてはじめて異の心をおこせば 一二七―一二九
手は疑ひを霽さんため彼を助け探り得て、目の果し能はざる役を行ふ、この時わが爲せることまたかゝる人に似たりき
我はわがひらける右手の指によりて、かの鑰を持つもののわが額に刻める文字たゞ六となれるをしりぬ 一三三―一三五
導者これをみて微笑みたまへり
第十三曲
我等階の頂にいたれば、登りて罪を淨むる山、こゝにふたゝび截りとられ 一―三
一の臺邱を卷くこと第一の圈の如し、たゞ異なるはその弧線のいよ/\はやく曲るのみ 四―六
こゝには象も文もみえず、岸も路も滑かにみえて薄黒き石の色のみあらはる 七―九
詩人曰ふ。我等路を尋ねんためこゝにて民を待たば、我は我等の選ぶことおそきに過ぐるあらんを恐る。 一〇―一二
かくて目を凝らして日を仰ぎ、身をその右の足に支へ、左の脇をめぐらして 一三―
いふ。あゝ麗しき光よ、汝に頼恃みてこの新らしき路に就く、願はくは汝我等を導け、そは導く者なくば我等この内に入るをえざればなり ―一八
汝世を暖め、汝その上に照る、若し故ありて妨げられずば我等は汝の光をもて常に導者となさざるべからず。 一九―二一
心進むによりて時立たず、我等かの處よりゆくこと既にこの世の一哩にあたる間におよべり 二二―二四
この時多くの靈の、愛の食卓に招かんとて懇に物いひつゝこなたに飛來る音きこえぬ、されど目には見えざりき 二五―二七
飛過ぎし第一の聲は、彼等に酒なしと高らかにいひ、これをくりかへしつゝ後方に去れり 二八―三〇
この聲未だ遠く離れて全く聞えざるにいたらざるまに、いま一つの聲、我はオレステなりと叫びて過行き、これまた止まらず 三一―三三
我曰ふ。あゝ父よ、こは何の聲なりや。かく問へる時しもあれ、見よ第三の聲、汝等を虐げし者を愛せといふ 三四―三六
この時善き師。この圈嫉妬の罪をむちうつ、このゆゑに鞭の紐愛より採らる 三七―三九
銜は必ず響きを異にす、我の量るところによれば、汝これを赦の徑に着かざるさきに聞くならむ 四〇―四二
されど目を据ゑてよくかなたを望め、我等の前に坐する民あり、各岩にもたれて坐せり。 四三―四五
このとき我いよ/\大きく目を開きてわが前方を望み、その色石と異なることなき衣を着たる魂を見き 四六―四八
我等なほ少しく先に進める時、マリアよ我等の爲に祈り給へと喚はりまたミケーレ、ピエル及び諸の聖徒よと喚ばはる聲を我は聞きたり 四九―五一
思ふに今日地上を歩むいかに頑なる人といふとも、このときわがみしものをみて憐憫に刺されざることはあらじ 五二―五四
我彼等に近づきてその姿をさだかに見しとき、重き憂ひは涙をわが目よりしぼれり 五五―五七
彼等は粗き毛織を纏へる如くなりき、互ひに身を肩にて支へ、しかして皆岸にさゝへらる 五八―六〇
生活の途なき瞽等が赦罪の日物乞はんとてあつまり、彼頭を此に寄せ掛け 六一―六三
詞の節によるのみならず、その外見によりてこれに劣らず心に訴へ、早く憐を人に起さしめんとするもそのさままた斯の如し 六四―六六
また日が瞽の益とならざるごとく、わがいま語れるところにては、天の光魂に己を施すを好まず 六七―六九
鐡の絲凡ての者の瞼を刺し、これを縫ふこと恰もしづかならざる鷹を馴らさんとする時に似たりき 七〇―七二
我はわが彼等を見、みづから見られずして行くの非なるをおもひてわが智き議者にむかへるに 七三―七五
彼能くいはざる者のいはんと欲するところをしり、わが問ひを待たずしていふ。語れ約まやかにかつ適はしく。 七六―七八
ヴィルジリオは臺の外側、縁高く繞るにあらねば落下る恐れあるところを行けり 七九―八一
わが左には信心深き多くの魂ありき、その恐ろしき縫線より涙はげしく洩れいでて頬を洗へり 八二―八四
我彼等にむかひていふ。己が願ひの唯一の目的なる高き光を必ず見るをうる民よ 八五―八七
願はくは恩惠速かに汝等の良心の泡沫を消し、記憶の流れこれを傳ひて清く下るにいたらむことを 八八―九〇
汝等の中にラチオ人の魂ありや、我に告げよ、我そのしらせを愛で喜ばむ、また我これを知らば恐らくはその者に益あらむ。 九一―九三
あゝわが兄弟よ、我等は皆一の眞の都の民なり、汝のいへるは族客となりてイタリアに住める者のことならむ。 九四―九六
わが立てるところよりやゝ先にこの答へきこゆるごとくなりければ、我わが聲をかなたにひゞくにいたらしむ 九七―九九
我は彼等の中にわが言を待つ状なる一の魂を見き、若し人いかなる状ぞと問はば、瞽の習ひに從ひてその頤を上げゐたりと答へむ 一〇〇―一〇二
我曰ふ。登らむために己を矯むる魂よ、我に答へし者汝ならば、處または名を告げて汝の事を我に知らせよ。 一〇三―一〇五
答へて曰ふ。我はシエーナ人なりき、我これらの者と共にこゝに罪の生命を淨め、御前に泣きて恩惠を求む 一〇六―一〇八
われ名をサピーアといへるも智慧なく、人の禍ひをよろこぶこと己が福ひよりもなほはるかに深かりき 一〇九―一一一
汝我に欺かると思ふなからんため、わがみづからいふごとく愚なりしや否やを聞くべし、わが齡の坂路はや降となれるころ 一一二―一一四
わが邑の人々その敵とコルレのあたりに戰へり、このときわれ神に祈りてその好みたまへるものを求めき 一一五―一一七
彼等かしこに敗れて幸なくも逃ぐれば、我はその追はるゝを見、身に例なき喜びをおぼえて 一一八―一二〇
あつかましくも顏を上げつゝ神にむかひ、さながら一時の光にあへる黒鳥のごとく、今より後我また汝を恐れずと叫べり 一二一―一二三
我わが生命の極に臨みてはじめて神と和がんことを願へり、またもしピエル・ペッティナーイオその慈愛の心よりわがために悲しみその聖なる祈りの中にわが身の上を憶はざりせば、わが負債は今も猶苦楚に減らさるゝことなかりしなるべし 一二四―一二六
されど汝は誰ぞや――汝我等の状態をたづね、氣息をつきて物いふ、またおもふに目に絆なし。 一三〇―一三二
我曰ふ。わが目もいつかこゝにて我より奪はるゝことあらむ、されどそは暫時のみ、その嫉妬のために動きて犯せる罪少なければなり 一三三―一三五
この下なる苛責の恐れはなほはるかに大いにしてわが魂を安からざらしめ、かしこの重荷いま我を壓す。 一三六―一三八
彼我に。汝かなたに歸るとおもはば、誰か汝を導いてこゝに登り我等の間に入らしめしや。我。我と倶にゐて物言はざる者ぞ是なる 一三九―一四一
我は生く、されば選ばれし靈よ、汝若し我の己が死すべき足をこの後汝のために世に動かすことをねがはば我に請へ。 一四二―一四四
答へて曰ふ。あゝこは耳にいと新しき事にて神の汝をめで給ふ大いなる休徴なれば、汝をりふしわがために祈りて我を助けよ 一四五―一四七
我また汝の切に求むるものを指して請ふ、若しトスカーナの地を踏むことあらば、わが宗族の中に汝再びわが名を立てよ 一四八―一五〇
汝は彼等をタラモネに望みを寄する虚榮の民の間に見む(この民その望みを失ふことディアーナを求めしときより大いならむ 一五一―一五三
されどかしこにて特に危險を顧みざるは船手を統ぶる人々なるべし)。 一五四―一五六
第十四曲
死いまだ羽を與へざるに我等の山をめぐり、己が意のまゝに目を開きまた閉づる者は誰ぞや。 一―三
誰なりや我知らず、我たゞその獨りならざるをしる、汝彼に近ければ自ら問ふべし、快く彼を迎へてものいはしめよ。 四―六
たがひに凭れし二の靈右の方にてかくわが事をいひ、さて我に物いはむとて顏をあげたり 七―九
その一者曰ふ。あゝ肉體につゝまれて天にむかひてゆく魂よ、請ふ愛のために我等を慰め、我等に告げよ 一〇―一二
汝いづこより來りしや、また誰なりや、我等汝の恩惠をみていたく驚く、たえて例なきことのかく驚かすは宜なればなり。 一三―一五
我。トスカーナの中部をわけてさまよふ一の小川あり、ファルテロナよりいで、流るゝこと百哩にしてなほ足れりとなさず 一六―一八
その邊より我はこの身をはこべるなり、我の誰なるを汝等に告ぐるは、わが名未だつよく響かざれば、空しく言を費すに過ぎず。 一九―二一
はじめ語れるものこの時我に答へて曰ふ。我よく智をもて汝の意中を穿つをえば、汝がいへるはアルノの事ならむ。 二二―二四
その侶彼に曰ふ。この者何ぞかの流れの名を匿すこと恰も恐るべきことを人のかくすごとくするや。 二五―二七
かく問はれし魂その負債を償ひていふ。我知らず、されどかゝる溪の名はげに滅び失するをよしとす 二八―三〇
そはその源、ペロロを斷たれし高山の水豐なる處(かの山の中これよりゆたかなる處少なし)より 三一―三三
海より天の吸上ぐる物(諸の川これによりてその中に流るゝものを得)を返さんとて、その注ぐ處にいたるまで 三四―三六
地の幸なきによりてなるか、または惡しき習慣にそゝのかさるゝによりてなるか、人皆徳を敵と見做して逐出すこと蛇の如し 三七―三九
此故にかのあはれなる溪に住む者、いちじるしくその性を變へ、あたかもチルチェに飼はるゝに似たり 四〇―四二
人の爲に造られし食物よりは橡實を喰ふに適はしき汚き豚の間に、この川まづその貧しき路を求め 四三―四五
後くだりつゝ群る小犬の己が力をかへりみずして吠え猛るを見ていやしとし、その顏を曲げて彼等をはなる 四六―四八
くだり/\て次第に水嵩を増すに從ひ、この詛はるゝ不幸の溝、犬の次第に狼に變はるをみ 四九―五一
後また多くの深き淵を傳ひてくだり、智の捕ふるを恐れざるばかりに欺罔滿ちたる狐の群にあふ 五二―五四
われ聞く者あるがために豈口を噤まんや、この者この後眞の靈の我にあらはすところを想はば益をえむ 五五―五七
我汝の孫を見るに、彼猛き流れの岸にかの狼を獵り、かれらをこと/″\く怖れしむ 五八―六〇
彼その肉を生けるまゝにて賣り、後これを屠ること老いたる獸に異ならず、多くの者の生命を奪ひ自ら己が譽をうばふ 六一―六三
彼血に塗れつゝかの悲しき林を出づれば、林はいたくあれすたれて今より千年にいたるまで再びもとのさまにかへらじ。 六四―六六
いたましき禍ひの報をうくれば、その難いづれのところより襲ふとも、聞く者顏を曇らすごとく 六七―六九
むきなほりて聞きゐたるかの魂もまたこの詞にうたれ、氣色をかへて悲しみぬ 七〇―七二
一者の言と一者の容子は、彼等の名を知らんとの願ひを我に起させき、我はかつ問ひかつ請へり 七三―七五
最初に我に物いへる靈即ち曰ふ。汝は汝のわがために爲すを好まざることを、枉げて我に爲さしめんとす 七六―七八
されど神の聖旨によりてかく大いなる恩惠汝の中に輝きわたれば我も汝に寄に吝ならじ、知るべし我はグイード・デル・ドゥーカなり 七九―八一
わが血は嫉妬のために湧きたり、我若し人の福ひを見たらんには、汝は我の憎惡の色に被はるゝをみたりしなるべし 八二―八四
我自ら種を蒔きて今かゝる藁を刈る、あゝ人類よ、侶を除かざるをえざるところに何ぞ汝等の心を寄するや 八五―八七
此はリニエールとてカールボリ家の誇また譽なり、彼の力を襲ぐものその後かしこよりいでざりき 八八―九〇
ポーと山と海とレーノの間にて、眞と悦びに缺くべからざる徳をかくにいたれるものたゞその血統のみならず 九一―九三
有毒の雜木これらの境界の内に滿つれば、今はたとひ耕すともたやすく除き難からむ 九四―九六
善きリーチオ、アルリーゴ・マナルディ、ピエール・トラヴェルサーロ、グイード・ディ・カルピーニア今何處にかある、噫庶子となれる 九七―
ローマニア人等よ、フアッブロの如き者いつか再びボローニアに根差さむ、賤しき草の貴き枝ベルナルディン・ディ・フォスコの如き者
いつか再びファーエンツァよりいでむ、トスカーナ人よ、かのグイード・ダ・プラータ、我等と住めるウゴリーン・ダッツォ
フェデリーゴ・ティニヨーソ及びその侶、トラヴェルサーラ家アナスタージ(いづれの族も世繼なし)
また淑女騎士、人の心かく惡しくなりし處にて愛と義氣にはげまされて我等が求めし苦樂を憶ひ出づる時、我泣くともあやしむなかれ ―一一一
あゝブレッティノロよ、汝の族と多くの民は罪を避けてはや去れるに、汝何ぞ亡びざるや 一一二―一一四
バーニアカヴァールは善し、再び男子を生まざればなり、カストロカーロは惡し、而してコーニオは愈あし、今も力めてかゝる伯等を 一一五―
生めばなり、パガーニはその鬼去るの後よからむ、されど無垢の徴をあとに殘すにいたらじ ―一二〇
あゝウゴリーン・デ・ファントリーンよ、汝の名は安し、そは父祖に劣りてこれを辱しむる者いづるの憂ひなければなり 一二一―一二三
いざ往けトスカーナ人よ、われらの談話いたく心を苦しめたれば、今はわれ語るよりなほはるかに泣くをよろこぶ。 一二四―一二六
我等はかの愛する魂等がわれらの足音を聞けるを知れり、されば彼等の默すをみて路の正しきを疑はざりき 一二七―一二九
我等進みてたゞふたりとなりしとき、空を擘く電光のごとき聲前より來り 一三〇―一三二
およそ我に遇ふ者我を殺さむといひ、雲遽に裂くれば音細りてきゆる雷のごとく過ぐ 一三三―一三五
この聲我等の耳に休歇をえさせし程もなく見よまた一の聲、疾く續く雷に似て高くはためき 一三六―一三八
我は石となれるアグラウロなりといふ、この時われ身を近く詩人に寄せんとて一歩あとに(まへに進まず)退きぬ 一三九―一四一
四方の空はや靜かになりぬ、彼我に曰ふ。これは硬き銜にて己が境界の内に人をとどめおくべきものなり 一四二―一四四
しかるに汝等は餌をくらひ、年へし敵の魚釣にかゝりてその許に曳かれ、銜も呼も殆んど益なし 一四五―一四七
天は汝等を招き、その永遠に美しき物を示しつゝ汝等をめぐる、されど汝等の目はたゞ地を見るのみ 一四八―一五〇
是に於てか萬事をしりたまふもの汝等を撃つ。 一五一―一五三
第十五曲
暮にむかひてすゝむ日のなほ殘せる路の長さは、たえず戲るゝこと稚子のごとき球のうち 一―
晝の始めより第三時の終りに亙りてあらはるゝところと同じとみえたり、かしこは夕こゝは夜半なりき ―六
我等既に多く山をめぐり、いまはまさしく西にむかひて歩めるをもて光まともに我等をてらしゐたりしに 七―九
我はその輝ひときは重くわが額を壓すをおぼえしかば、事の奇しきにおどろきて 一〇―一二
雙手を眉のあたりに翳し、つよきに過ぐる光を減らす一の蔽物をわがために造れり 一三―一五
水または鏡にあたりて光反する方に跳ぬれば、くだるとおなじさまにてのぼり 一六―
その間隔をひとしうして垂線をはなるゝは、學理と經驗によりてしらる ―二一
我もかゝる時に似て、わが前に反映す光に射らるゝごとくおぼえき、さればわが目はたゞちに逃げぬ 二二―二四
われいふ。やさしき父よ、かの物何ぞや、我これを防ぎて目を護らんとすれども益なし、またこはこなたに動くに似たり。 二五―二七
答へて我に曰ふ。天の族今なほ汝をまばゆうすとも異しむなかれ、こは人を招きて登らしめんために來れる使者なり 二八―三〇
これらのものをみること汝の患へとならずして却つて自然が汝に感ずるをえさするかぎりの悦樂となる時速かにいたらむ。 三一―三三
我等福なる天使の許にいたれるに、彼喜ばしき聲にていふ。汝等こゝより入るべし、さきの階よりははるかに易き一の階そこにあり。 三四―三六
我等既にかしこを去りて登れるとき、慈悲ある者は福なり、また、悦べ汝勝者よとうたふ聲後に起れり 三七―三九
わが師と我とはたゞふたりにて登りゆけり、我は行きつゝ師の言をききて益をえんことをおもひ 四〇―四二
これにむかひていひけるは。かのローマニアの魂が除くといひ侶といへるは抑何の意ぞや。 四三―四五
是に於てか彼我に。彼は己の最大いなる罪より來る損害を知る、此故にこれを責めて人の歎を少なからしめんとすとも異しむに足らず 四六―四八
それ汝等の願ひの向ふ處にては、侶と頒てば分減ずるがゆゑに、嫉妬鞴を動かして汝等に大息をつかしむれども 四九―五一
至高き球の愛汝等の願ひを上にむかはしむれば、汝等の胸にこのおそれなし 五二―五四
そはかしこにては、我等の所有と稱ふる者愈多ければ、各自の享くる幸愈多く、かの僧院に燃ゆる愛亦愈多ければなり。 五五―五七
我曰ふ。我若しはじめより默したりせば、斯く足らはぬことなかりしものを、今は却つて多くの疑ひを心に集む 五八―六〇
一の幸を頒つにあたり、これを享くる者多ければ、享くる者少なき時より所得多きは何故ぞや。 六一―六三
彼我に。汝は心を地上の物にのみとむるがゆゑに眞の光より闇を摘む 六四―六六
かの高きにいまして極なくかつ言ひ難き幸は、恰も光線の艶ある物に臨むがごとく、馳せて愛にいたり 六七―六九
熱に應じて己を與ふ、されば愛の大いなるにしたがひ永劫の力いよ/\その上に加はる 七〇―七二
心を天に寄する民愈多ければ、深く愛すべき物愈多く、彼等の愛亦愈多し、而して彼等の互ひに己を映すこと鏡に似たり 七三―七五
若しわが説くところ汝の饑を鎭めずば、汝ベアトリーチェを見るべし、さらば彼は汝のために全くこれらの疑ひを解かむ 七六―七八
今はたゞ、痛みの爲にふさがる五の傷の、とくかの二のごとく消ゆるにいたる途を求めよ。 七九―八一
我はこのとき我よくさとるといはんとおもひしかど、わがすでに次の圓に着けるを見しかば、目の願ひのために默せり 八二―八四
こゝにて我俄かにわが官能をはなれて一の幻の中に曳かれ、多くの人を一の神殿の内にみしごとくなりき 八五―八七
母たる者のやさしさを姿にあらはせしひとりの女、入口に立ち、わが子よ、何ぞ我等にかくなしたるや 八八―九〇
見よ、汝の父と我と憂へて汝を尋ねたりといひ、いひをはりて默せしとき、第一の異象消ゆ 九一―九三
次にまたひとりの女わが前にあらはれき、はげしき怒りより生るゝとき憂ひのしたたらす水その頬をくだれり 九四―九六
彼曰ふ。汝實にかゝる都――これが名について神々の間にかのごとき爭ひありき、また凡ての知識の光この處より閃きいづ――の君ならば 九七―九九
ピシストラートよ、我等の女が抱きたる不敵の腕に仇をむくいよ。されど君は寛仁柔和の人とみえ 一〇〇―一〇二
さわぐ氣色もなくこれに答へて、我等己を愛する者を罪せば、我等の禍ひを求むる者に何をなすべきやといふごとくなりき 一〇三―一〇五
我また民が怒りの火に燃え、殺せ/\とのみ聲高く叫びあひつゝ石をもてひとりの少年を殺すをみたり 一〇六―一〇八
死はいま彼を壓しつゝ地にむかひてかゞましむれど、彼はたえず目を天の門となし 一〇九―一一一
かゝる爭ひのうちにも憐憫を惹く姿にてたふとき主に祈り、己を虐ぐる者のために赦しを乞へり 一一二―一一四
わが魂外部にむかひ、その外部なる眞の物に歸れる時、我は己の僞りならざる誤りをみとめき 一一五―一一七
わが導者は、眠りさむる人にひとしきわが振舞をみるをえていふ。汝いかにせる、何ぞ自ら身をさゝふるあたはずして 一一八―一二〇
半レーガ餘の間、目を閉ぢ足をよろめかし、あたかも酒や睡りになやむ人のごとく來れるや。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝやさしきわが父よ、汝耳をかたむけたまはば、我かく脛を奪はれしときわが前にあらはれしものを汝に告ぐべし。 一二四―一二六
彼。汝たとひ百の假面にて汝の顏を覆ふとも、汝の思ひのいと微小なるものをすら、我にかくすことあたはじ 一二七―一二九
それかのものの汝に見えしは、汝が言遁るゝことなくしてかの永遠の泉より溢れいづる平和の水に心を開かんためなりき 一三〇―一三二
わがいかにせると汝に問へるも、こは魂肉體を離るれば視る能はざる目のみをもて見るものの問ふごとくなせるにあらず 一三三―一三五
たゞ汝の足に力をえさせんとて問へるなり、總て怠惰にて覺醒己に歸るといへどもこれを用ゐる事遲き者はかくして勵ますを宜しとす。 一三六―一三八
我等は夕の間、まばゆき暮の光にむかひて目の及ぶかぎり遠く前途を見つゝ歩みゐたるに 一三九―一四一
見よ夜の如く黒き一團の煙しづかに/\こなたに動けり、しかして避くべきところなければ 一四二―一四四
我等は目と澄める空氣をこれに奪はれき 一四五―一四七
第十六曲
地獄の闇または乏しき空に雲みち/\て暗き星なき夜の闇といふとも 一―三
我等をおほへる烟のごとく厚き粗き面を造りてわが目を遮りわが官に觸れしことはあらじ 四―六
われ目をひらくあたはざれば、智き頼しきわが導者は我にちかづきてその肩をかしたり 七―九
我は瞽が路をあやまりまたは己を害ふか殺しもすべき物にうちあたるなからんためその相者に從ふごとく 一〇―一二
苛き濁れる空氣をわけ、わが導者の、汝我と離れざるやう心せよとのみいへる言に耳を傾けて歩めり 一三―一五
こゝに多くの聲きこえぬ、各平和と慈悲とを、かの罪を除きたまふ神の羔に祈るに似たりき 一六―一八
祈りはたえずアーグヌス・デイーにはじまり、詞も節もみな同じ、さればすべての聲全く相和せるごとくなりき 一九―二一
我曰ふ。師よ、かくうたふは靈なりや。彼我に。汝のはかるところ正し、彼等は怒りの結を解くなり。 二二―二四
我等の烟を裂き、いまだ時を月に分つ者のごとく我等の事を語る者よ、汝は誰ぞや。 二五―二七
一の聲斯く曰へり、是に於てかわが師曰ふ。汝答へよ、しかして登りの道のこなたにありや否やを問ふべし。 二八―三〇
我。あゝ身を麗しうして己が造主に歸らんため罪を淨むる者よ、汝我にともなはば奇しき事を聽くをえむ。 三一―三三
答へて曰ふ。我汝に從ひてわが行くをうる間はゆかむ、烟は見るを許さずとも聞くことこれに代りて我等を倶にあらしめむ。 三四―三六
このとき我曰ふ。我は死の解く纏布をまきて登りゆくなり、地獄の苦しみを過ぎてこゝに來れり 三七―三九
神はわがその王宮を、近代に全く例なき手段によりて見るを好したまふまで、我をその恩惠につゝみたまへるなれば 四〇―四二
汝死なざる前は誰なりしや請ふ隱さず我に告げよ、また我のかくゆきて徑にいたるや否やを告げて汝の言を我等の導とならしめよ。 四三―四五
我はロムバルディアの者にて名をマルコといへり、我よく世の事を知り、今はひとりだに狙ふ人なき徳を慕へり 四六―四八
汝登らんとてこなたにゆくはよし。かく答へてまたいふ。高き處にいたらば請ふ汝わがために祈れ。 四九―五一
我彼に。我は誓ひて汝の請ふところをなさむ、たゞ我に一の疑ひあり、我もしこれを解かずば死すべし 五二―五四
こは初め單なりしも今二重となりぬ、そは汝の言、これと連なる事の眞なるをこゝにもかしこにも定かに我に示せばなり 五五―五七
世はげに汝のいふごとく全く一切の徳を失ひ、邪惡を孕みてかつこれにおほはる 五八―六〇
されど請ふ我にその原因を指示し、我をして自らこれを見また人にみするをえしめよ、そは或者これを天に歸し或者地に歸すればなり。 六一―六三
憂ひの噫に終らしむる深き歎息をつきて後彼曰ひけるは。兄弟よ、世は盲なり、しかして汝まことにかしこより來る 六四―六六
汝等生者は一切の原因をたゞ上なる天にのみ歸し、この物必然の力によりてよく萬事を定むとなす 六七―六九
若し夫れ然らば自由の意志汝等の中に滅ぶべく、善のために喜び惡のために悲しみを得るは正しき事にあらざるべし 七〇―七二
天は汝等の心の動に最初の傾向を與ふれども、凡てに於て然るにあらず、また假りに然りと見做すも汝等には善惡を知るの光と 七三―七五
自由の意志と與へらる(この意志もしはじめて天と戰ふ時の疲勞に堪へ後善く養はるれば凡ての物に勝つ) 七六―七八
汝等は天の左右しあたはざる智力を汝等の中に造るもの即ち天より大いなる力、まされる性の下に屬して而して自由を失はず 七九―八一
此故に今の世路を誤らば、その原因汝等の中にあり、汝等己が中にたづねよ、我またこの事について今明かに汝に告ぐべし 八二―八四
それ純なる幼き魂は、たゞ己を樂しますものに好みてむかふ(喜悦の源なる造主よりいづるがゆゑに)外何事をも知らず 八五―
あたかも泣きつゝ笑ひつゝ遊び戲るゝ女童のごとくにて、その未だあらざるさきよりこれをめづる者の手を離れ ―九〇
まづ小やかなる幸を味ひてこれに欺かれ、導者か銜その愛を枉げずば即ち馳せてこれを追ふ 九一―九三
是に於てか律法を定めて銜となし、またせめて眞の都の塔を見分くる王を立てざるあたはざりき 九四―九六
律法なきに非ず、されど手をこれにつくる者は誰ぞや、一人だになし、これ上に立つ牧者むことをうれどもその蹄分れざればなり 九七―九九
このゆゑに民は彼等の導者が彼等の貪る幸にのみ心をとむるをみてこれを食み、さらに遠く求むることなし 一〇〇―一〇二
汝今よく知りぬらむ、世の邪になりたる原因は、汝等の中の腐れし性にあらずして惡しき導なることを 一〇三―一〇五
善き世を造れるローマには、世と神との二の路をともに照らせし二の日あるを常とせり 一〇六―一〇八
一は他の一を消しぬ、劒は杖と結ばれぬ、かくして二を一にすとも豈宜しきをうべけんや 一〇九―一一一
これ結びては互ひに恐れざればなり、汝もし我を信ぜずば穗を思ひみよ、草はすべて種によりて知らる 一一二―一一四
アディーチェとポーの濕ほす國にては、フェデリーゴがいまだ爭ひを起さざりしころ、常に武あり文ありき 一一五―一一七
今は善き人々と語りまたは彼等に近づくことを恥ぢて避くる者かしこをやすらかに過ぐるをう 一一八―一二〇
されど古をもて今を責め、神の己をまさる生命に復し給ふを遲しとおもふ三人の翁なほまことにかしこにあり 一二一―一二三
クルラード・ダ・パラッツオ、善きゲラルド及びフランス人の習ひに依りて素樸のロムバルドの名にて知らるゝグイード・ダ・カステル是なり 一二四―一二六
汝今より後いふべし、ローマの寺院は二の主權を己の中に亂せるにより、泥士におちいりて己と荷とを倶に汚すと。 一二七―一二九
我曰ふ。あゝわがマルコよ、汝の説くところ好し、我は今レーヴィの子等がかの産業に與かるあたはざりしゆゑをしる 一三〇―一三二
されど汝が、消えにし民の記念に殘りて朽廢れし代を責むといへるゲラルドとは誰の事ぞや。 一三三―一三五
答へて曰ふ。汝の言我を欺くか將我を試むるか、汝トスカーナの方言にて我と語りて而して少しも善きゲラルドの事をしらざるに似たり 一三六―一三八
我彼に異名あるをしらず――若し我これをその女ガイアより取らずば――願はくは神汝と倶にあれ、我こゝにて汝と別れむ 一三九―一四一
烟をわけてはや白く映す光を見よ、天使かしこにあり、我はわが彼に見えざるさきに去らざるをえず。 一四二―一四四
斯くいひて身をめぐらし、わがいふところを聞かんともせざりき 一四五―一四七
第十七曲
讀者よ、霧峻嶺にて汝を襲ひ、汝物を見るあたかも鼠が膜を透してみるごとくなりしことあらば、憶へ 一―三
濕りて濃き水氣の薄らぎはじむるころ、日の光微かにその中に入り來るを 四―六
しかせば汝の想像はわが第一に日(このとき沈みかゝりぬ)を再び見しさまを容易く見るにいたるべし 七―九
我は斯くわが歩履をわが師のたのもしきあゆみにあはせてかゝる雲をいで、はや低き水際に死せる光にむかへり 一〇―一二
あゝ千の喇叭あたりに響くもしらざるまでに人をしば/\外部より奪ふ想像の力よ 一三―一五
若し官能汝に物を與へずば誰ぞや汝を動かすは、天にて形造らるゝ光或ひは自ら或ひはこれを地に導く意志によりて汝を動かす 一六―一八
歌ふを最もよろこぶ鳥に己が形を變へたる女の殘忍なりし事の蹟わが想像の中にあらはれぬ 一九―二一
このときわが魂はみな己の中にあつまり外部より來るところのものを一だに受けざりき 二二―二四
次にひとりの十字架にかゝれる者わが高まれる想像の中に降りぬ、侮蔑と兇猛を顏にあらはし、死に臨めどもこれを變へず 二五―二七
そのまはりには大いなるアッスエロとその妻エステル、及び言行倶に全き義人マルドケオゐたり 二八―三〇
あたかも覆へる水の乏しくなれる一の泡のごとくこの象おのづから碎けしとき 三一―三三
わが幻の中にひとりの處女あらはれ、いたく泣きつゝいひけるは。あゝ王妃よ、何とて怒りのために無に歸するを願ひたまひたる 三四―三六
汝ラヴィーナを失はじとて身を殺し、今我を失ひたまへり、母上よ、かの人の死よりさきに汝の死を悼むものぞ我なる。 三七―三九
新しき光閉ぢたる目を俄かに射れば睡りは破れ、破れてしかしてその全く消えざるさきに搖めくごとく 四〇―四二
我等の見慣るゝ光よりもなほはるかに大いなるものわが顏にあたるに及びてかの想像の象消えたり 四三―四五
我はわがいづこにあるやを知らんとて身をめぐらせるに、この時一の聲、登る處はこゝぞといひて凡ての他の思ひよりわが心を引離し 四六―四八
語れる者の誰なるをみんとのわが願ひを、顏を合すにあらざれば絶えて鎭まることなきばかり深くせしかど 四九―五一
あたかも我等の視力を壓し、強きに過ぐる光によりてその形を被ひかくす日にむかふ時のごとくにわが力足らざりき 五二―五四
こは天の靈なり、己が光の中にかくれ、我等の請ふを待たずして我等に登の道を示す 五五―五七
彼人を遇ふこと人の自己をあしらふに似たり、そは人は乏しきを見て乞はるゝを待つ時、その惡しき心より早くも拒まんとすればなり 五八―六〇
いざ我等かゝる招きに足をあはせて暮れざるさきにいそぎ登らむ、暮れなば再び晝となるまでしかするあたはじ。 六一―六三
わが導者かくいへり、我は彼と、足を一の階にむけたり、かくてわれ第一の段を踏みしとき 六四―六六
我は身の邊に翼の如く動きてわが顏を扇ぐものあるを覺え、また、平和を愛する者(惡しき怒りを起さざる)は福なりといふ聲をききたり 六七―六九
夜をともなふ最後の光ははや我等をはなれて高き處を照し、かなたこなたに星あらはれぬ 七〇―七二
あゝわが能力よ、汝何ぞかく消ゆるや。我自らかくいへり、そは我わが脛の作用の歇むを覺えたればなり 七三―七五
我等はかの階登り果てしところに立てり、しかして動かざること岸に着ける船に似たりき 七六―七八
また我はこの新しき圓に音する物のあらんをおもひてしばし耳を傾けし後、わが師にむかひていふ 七九―八一
わがやさしき父よ告げたまへ、この圓に淨めらるゝは何の咎ぞや、たとひ足はとゞめらるとも汝の言をとどむるなかれ。 八二―八四
彼我に。幸を愛する愛、その義務に缺くるところあればこゝにて補はる、怠りて遲くせる櫂こゝにて再び早めらる 八五―八七
されど汝なほ明かにさとらんため心を我にむかはしめよ、さらば我等の止まる間に汝善き果を摘むをうべし。 八八―九〇
かくて又曰ふ。子よ、造主にも被造物にも未だ愛なきことなかりき、これに自然の愛あり、魂より出づる愛あり、汝これを知る 九一―九三
自然の愛は常に誤らず、されど他はよからぬ目的または強さの過ぐるか足らざるによりて誤ることあり 九四―九六
愛第一の幸をめざすか、ほどよく第二の幸をめざす間は、不義の快樂の原因たるあたはず 九七―九九
されど逸れて惡に向ふか、または幸を追ふといへどもその熱適を失ひて或ひは過ぎ或ひは足らざる時は即ち被造物己を造れる者に逆ふ 一〇〇―一〇二
是故に汝さとるをうべし、愛は必ず汝等の中にて凡ての徳の種となり、また罰をうくるに當るすべての行爲の種となるを 一〇三―一〇五
さてまた愛はその主體の福祉より目をめぐらすをえざるがゆゑにいかなる物にも自ら憎むの恐れあるなく 一〇六―一〇八
いかなる物も第一者とわかれて自ら立つの理なきがゆゑにその情はみなこれを憎むことより斷たる 一〇九―一一一
わがかく説分る處正しくば、愛せらるゝ禍ひは即ち隣人の禍ひなる事亦自から明かならむ、而して汝等の泥の中にこの愛の生ずる状三あり 一一二―一一四
己が隣人の倒るゝによりて自ら秀でんことを望み、たゞこのためにその高きより墜つるを希ふ者あり 一一五―一一七
人の高く登るを見て己が權、惠、譽及び名を失はんことをおそれ悲しみてその反對を求むる者あり 一一八―一二〇
また復讐を貪るほどに損害を怨むとみゆる者あり、かゝる者は必ず人の禍ひをくはだつ 一二一―一二三
この三樣の愛この下に歎かる、汝これよりいま一の愛即ち程度を誤りて幸を追ふもののことを聞け 一二四―一二六
それ人各己が魂を安んぜしむる一の幸をおぼろにみとめてこれを望み、皆爭ひてこれに就かんとす 一二七―一二九
これを見または求むるにあたりて汝等を引くところの愛鈍ければ、この臺は汝等を、正しく悔いし後に苛責す 一三〇―一三二
また一の幸あり、こは人を幸にせざるものにて眞の幸にあらず、凡ての幸の果またその根なる至上の善にあらず 一三三―一三五
かゝる幸に溺るゝ愛この上なる三の圈にて歎かる、されどその三に分るゝ次第は 一三六―一三八
我いはじ、汝自らこれをたづねよ。 一三九―一四一
第十八曲
説きをはりて後たふとき師わが足れりとするや否やをしらんと心をとめてわが顏を見たり 一―三
我はすでに新しき渇に責められたれば、外に默せるも内に曰ふ。恐らくは問ふこと多きに過ぎて我彼を累はすならむ。 四―六
されどかの眞の父はわが臆して闢かざる願ひをさとり、自ら語りつゝ、我をはげましてかたらしむ 七―九
是に於てか我。師よ、汝の光わが目をつよくし、我は汝の言の傳ふるところまたは陳ぶるところをみな明かに認むるをう 一〇―一二
されば請ふ、わが愛する麗しき父よ、すべての善惡の行の本なりと汝がいへる愛の何物なるやを我にときあかしたまへ。 一三―一五
彼曰ふ。智の鋭き目をわが方にむけよ、しかせば汝は、かの己を導者となす瞽等の誤れることをさだかに見るべし 一六―一八
夫れ愛し易く造られし魂樂しみのためにさめてそのはたらきを起すにいたればたゞちに動き、凡て己を樂します物にむかふ 一九―二一
汝等の會得の力は印象を實在よりとらへ來りて汝等の衷にあらはし魂をこれにむかはしむ 二二―二四
魂これにむかひ、しかしてこれに傾けば、この傾は即ち愛なり、樂しみによりて汝等の中に新たに結ばるゝ自然なり 二五―二七
かくて恰も火がその體の最や永く保たるゝところに登らんとする素質によりて高きにむかひゆくごとく 二八―三〇
とらはれし魂は靈の動なる願ひの中に入り、愛せらるゝものこれをよろこばすまでは休まじ 三一―三三
汝是に依りてさとるをえむ、いかなる愛にても愛そのものは美むべきものなりと斷ずる人々いかに眞に遠ざかるやを 三四―三六
これ恐らくはその客體常に良と見ゆるによるべし、されどたとひ蝋は良とも印影悉くよきにあらず。 三七―三九
我答へて彼に曰ふ。汝の言とこれに附隨へるわが智とは我に愛をあらはせり、されどわが疑ひは却つてこのためにいよ/\深し 四〇―四二
そは愛外部より我等に臨み、魂他の足にて行かずば、直く行くも曲りてゆくも己が業にあらざればなり。 四三―四五
彼我に。理性のこれについて知るところは我皆汝に告ぐるをう、それより先は信仰に關はる事なればベアトリーチェを待つべし 四六―四八
それ物質と分れてしかしてこれと結び合ふ一切の靈體は特殊の力をその中にあつむ 四九―五一
この力はその作用によらざれば知られず、あたかも草木の生命の縁葉に於ける如くその果によらざれば現はれず 五二―五四
是故に最初の認識の智と、慾の最初の目的を求むる情とは恰も蜜を造る本能蜂の中にある如く汝等の中にありて 五五―
そのいづこより來るや人知らず、しかしてこの最初の願ひは譽をも毀をもうくべきものにあらざるなり ―六〇
さてこれに他の凡ての願ひの集まるためには、謀りて而して許諾の閾をまもるべき力自然に汝等の中に備はる 六一―六三
是即ち評價の源なり、是が善惡二の愛をあつめ且つ簸るの如何によりて汝等の價値定まるにいたる 六四―六六
理をもて物を究めし人々この本然の自由を認めき、このゆゑに彼等徳義を世界に遣せるなり 六七―六九
かかればたとひ汝等の衷に燃ゆる愛みな必須より起ると見做すも、汝等にはこれを抑ふべき力あり 七〇―七二
ベアトリーチェはこの貴き力をよびて自由の意志といふ、汝これを憶ひいでよ、彼若しこの事について汝に語ることあらば。 七三―七五
夜半近くまでおくれし月は、その形白熱の釣瓶のごとく、星を我等にまれにあらはし 七六―七八
ローマの人がサールディニアとコルシーカの間に沈むを見る頃の日の炎をあぐる道に沿ひ天に逆ひて走れり 七九―八一
マントヴァの邑よりもピエートラを名高くなせる貴き魂わが負はせし荷をはやときおろし 八二―八四
我わが問ひをもて明かにして解し易き説をはや刈り收めたれば、我は恰も睡氣づきて思ひ定まらざる人の如く立ちゐたり 八五―八七
されど此時後方よりはやこなたにめぐり來れる民ありて忽ちわが睡氣をさませり 八八―九〇
テーベ人等バッコの助けを求むることあれば、イスメーノとアーソポがそのかみ夜その岸邊に見しごとき狂熱と雜沓とを 九一―九三
我はかの民に見きとおぼえぬ、彼等は善き願ひと正しき愛に御せられつゝかの圓に沿ひてその歩履を曲ぐ 九四―九六
かの大いなる群こと/″\く走り進めるをもて、彼等たゞちに我等の許に來れり、さきの二者泣きつゝ叫びていひけるは。 九七―九九
マリアはいそぎて山にはせゆけり。また。チェーザレはイレルダを服へんとて、マルシリアを刺しし後イスパニアに走れり。 一〇〇―一〇二
衆つゞいてさけびていふ。とく來れとく、愛の少なきために時を失ふなかれ、善行をつとめて求めて恩惠を新たならしめよ。 一〇三―一〇五
あゝ善を行ふにあたりて微温のためにあらはせし怠惰と等閑を恐らくは今強き熱にて償ふ民よ 一〇六―一〇八
この生くる者(我決して汝等を欺かず)登り行かんとてたゞ日の再び輝くを待つ、されば請ふ徑に近きはいづ方なりや我等に告げよ。 一〇九―一一一
是わが導者の詞なりき、かの靈の一曰ふ。我等と同じ方に來れ、しかせば汝徑を見む 一一二―一一四
進むの願ひいと深くして我等止まることをえず、このゆゑに我等の義務もし無禮とみえなば宥せ 一一五―一一七
我は良きバルバロッサが(ミラーノ彼の事を語れば今猶愁ふ)帝國に君たりし頃ヴェロナのサン・ヅェノの院主なりき 一一八―一二〇
既に隻脚を墓に入れしひとりの者程なくかの僧院のために歎き、權をその上に揮ひしことを悲しまむ 一二一―一二三
彼はその子の身全からず、心さらにあしく、生正しからざるものをその眞の牧者に代らしめたればなり。 一二四―一二六
彼既に我等を超えて遠く走り行きたれば、そのなほ語れるやまたは默せるや我知らず、されどかくいへるをきき喜びてこれを心にとめぬ 一二七―一二九
すべて乏しき時のわが扶なりし者いふ。汝こなたにむかひて、かのふたりの者の怠惰を噛みつゝ來るを見よ。 一三〇―一三二
凡ての者の後方にて彼等いふ。ひらかれし海をわたれる民は、ヨルダンがその嗣子を見ざりしさきに死せり。 一三三―一三五
また。アンキーゼの子とともに終りまで勞苦を忍ばざりし民は、榮なき生に身を委ねたり。 一三六―一三八
かくてかの魂等遠く我等を離れて見るをえざるにいたれるとき、新しき想ひわが心に起りて 一三九―一四一
多くの異なる想ひを生めり、我彼より此とさまよひ、迷ひのためにわが目を閉づれば 一四二―一四四
想ひは夢に變りにき 一四五―一四七
第十九曲
晝の暑地球のために、またはしば/\土星のために消え、月の寒をはややはらぐるあたはざるとき 一―三
地占者等が、夜の明けざるさきに、その大吉と名づくるものの、ほどなく白む道を傳ひて、東に登るを見るころほひ 四―六
ひとりの女夢にわが許に來れり、口吃り目眇み足曲り手斷たれ色蒼し 七―九
われこれに目をとむれば、夜の凍えしむる身に力をつくる日のごとくわが目その舌をかろくし 一〇―
後また程なくその全身を直くし、そのあをざめし顏を戀の求むるごとく染めたり ―一五
さてかく詞の自由をえしとき、彼歌をうたひいづれば、我わが心をほかに移しがたしとおもひぬ 一六―一八
その歌にいふ。我はうるはしきシレーナなり、耳を樂しましむるもの我に滿ちみつるによりて海の正中に水手等を迷はす 一九―二一
我わが歌をもてウリッセをその漂泊の路より引けり、およそ我と親しみて後去る者少なし、心にたらはぬところなければ。 二二―二四
その口未だ閉ぢざる間に、ひとりの聖なる淑女、これをはぢしめんとてわが傍にあらはれ 二五―二七
あゝヴィルジリオよ、ヴィルジリオよ、これ何者ぞやとあららかにいふ、導者即ち淑女にのみ目をそゝぎつゝ近づけり 二八―三〇
さてかの女をとらへ、衣の前を裂き開きてその腹を我に見すれば、惡臭これよりいでてわが眠りをさましぬ 三一―三三
われ目を善き師にむかはしめたり、彼いふ。少なくも三たび我汝を呼びぬ、起きて來れ、我等は汝の過ぎて行くべき門を尋ねむ。 三四―三六
我は立てり、高き光ははや聖なる山の諸の圓に滿てり、我等は新しき日を背にして進めり 三七―三九
我は彼に從ひつゝ、わが額をば、あたかもこれに思ひを積み入れ身を反橋の半となす者のごとく垂れゐたるに 四〇―四二
この人界にては開くをえざるまでやはらかくやさしく、來れ、道こゝにありといふ聲きこえぬ 四三―四五
かく我等に語れるもの、白鳥のそれかとみゆる翼をひらきて、硬き巖の二の壁の間より我等を上にむかはしめ 四六―四八
後羽を動かして、哀れむ者はその魂慰の女主となるがゆゑに福なることを告げつつ我等を扇げり 四九―五一
我等ふたり天使をはなれて少しく登りゆきしとき、わが導者我にいふ。汝いかにしたりとて地をのみ見るや。 五二―五四
我。あらたなる幻はわが心をこれにかたむかせ、我この思ひを棄つるをえざれば、かく疑ひをいだきてゆくなり。 五五―五七
彼曰ふ。汝はこの後唯一者にて我等の上なる魂を歎かしむるかの年へし妖女を見しや、人いかにしてこれが紲を斷つかを見しや 五八―六〇
足れり、いざ汝歩履をはやめ、永遠の王が諸天をめぐらして汝等に示す餌に目をむけよ。 六一―六三
はじめは足をみる鷹も聲かゝればむきなほり、心食物のためにかなたにひかれ、これをえんとの願ひを起して身を前に伸ぶ 六四―六六
我亦斯の如くになりき、かくなりて、かの岩の裂け登る者に路を與ふるところを極め、環りはじむる處にいたれり 六七―六九
第五の圓にいでしとき、我見しにこゝに民ありき、彼等みな地に俯き伏して泣きゐたり 七〇―七二
わが魂は塵につきぬ、我はかく彼等のいへるをききしかど、詞ほとんど解しがたきまでその歎息深かりき 七三―七五
あゝ神に選ばれ、義と望みをもて己が苦しみをかろむる者等よ、高き登の道ある方を我等にをしへよ。 七六―七八
汝等こゝに來るといへども伏すの憂ひなく、たゞいと亟かに道に就かんことをねがはば、汝等の右を常に外とせよ。 七九―八一
詩人斯く請ひ我等かく答へをえたり、こは我等の少しく先にきこえしかば、我その言によりてかのかくれたる者を認め 八二―八四
目をわが主にむけたるに、主は喜悦の休徴をもて、顏にあらはれしわが願ひの求むるところを許したまへり 八五―八七
我わが身を思ひのまゝになすをえしとき、かの魂即ちはじめ詞をもてわが心を惹ける者にちかづき 八八―九〇
いひけるは。神のみ許に歸るにあたりて缺くべからざるところの物を涙に熟ましむる魂よ、わがために少時汝の大いなる意を抑へて 九一―九三
我に告げよ、汝誰なりしや、汝等何ぞ背を上にむくるや、汝わが汝の爲に世に何物をか求むるを願ふや、我は生ながら彼處よりいづ。 九四―九六
彼我に。何故に我等の背を天が己にむけしむるやは我汝に告ぐべきも、汝まづ我はペトルスの繼承者なりしことを知るべし 九七―九九
一の美しき流れシェストリとキアーヴェリの間をくだる、しかしてわが血族の稱呼はその大いなる誇をばこの流れの名に得たり 一〇〇―一〇二
月を超ゆること數日、我は大いなる法衣が、これを泥に汚さじと力むる者にはいと重くして、いかなる重荷もたゞ羽と見ゆるをしれり 一〇三―一〇五
わが歸依はあはれおそかりき、されどローマの牧者となるにおよびて我は生の虚僞多きことをさとれり 一〇六―一〇八
かく高き地位をえて心なほしづまらず、またかの生をうくる者さらに高く上るをえざるをみたるがゆゑにこの生の愛わが衷に燃えたり 一〇九―一一一
かの時にいたるまで、我は幸なき、神を離れし、全く慾深き魂なりき、今は汝の見るごとく我このためにこゝに罰せらる 一一二―一一四
貪婪の爲すところのことは我等悔いし魂の罪を淨むる状にあらはる、そも/\この山にこれより苦き罰はなし 一一五―一一七
我等の目地上の物に注ぎて、高く擧げられざりしごとくに、正義はこゝにこれを地に沈ましむ 一一八―一二〇
貪婪善を求むる我等の愛を消して我等の働をとゞめしごとくに、正義はこゝに足をも手をも搦めとらへて 一二一―
かたく我等を壓ふ、正しき主の好みたまふ間は、我等いつまでも身を伸べて動かじ。 ―一二六
我は既に跪きてゐたりしが、このとき語らんと思へるに、わが語りはじむるや彼ただ耳を傾けて我の尊敬をあらはすをしり 一二七―一二九
いひけるは。汝何ぞかく身をかゞむるや。我彼に。汝の分貴ければわが良心は我の直く立つを責めたり。 一三〇―一三二
彼答ふらく。兄弟よ、足を直くして身を起すべし、誤るなかれ、我も汝等とおなじく一の權威の僕なり 一三三―一三五
汝若しまた嫁せずといへる福音の聲をきけることあらば、またよくわがかく語る所以をさとらむ 一三六―一三八
いざ往け、我は汝の尚長く止まるを願はず、我泣いて汝のいへるところのものを熟ましむるに汝のこゝにあるはその妨となればなり 一三九―一四一
我には世に、名をアラージヤといふひとりの姪あり、わが族の惡に染まずばその氣質はよし 一四二―一四四
わがかしこに殘せる者たゞかの女のみ。 一四五―一四七
第二十曲
一の意これにまさる意と戰ふも利なし、是故に我は彼を悦ばせんためわが願ひに背きて飽かざる海絨を水よりあげぬ 一―三
我は進めり、わが導者はたえず岩に沿ひて障礙なき處をゆけり、そのさま身を女墻に寄せつゝ城壁の上をゆく者に似たりき 四―六
そは片側には、全世界にはびこる罪を一滴また一滴、目より注ぎいだす民、あまりに縁近くゐたればなり 七―九
禍ひなるかな汝年へし牝の狼よ、汝ははてしなき饑ゑのために獲物をとらふること凡ての獸の上にいづ 一〇―一二
あゝ天よ(人或ひは下界の推移を汝の運行に歸するに似たり)、これを逐ふ者いつか來らむ 一三―一五
我等はおそくしづかに歩めり、我は魂等のいたはしく歎き憂ふる聲をききつゝこれに心をとめゐたるに 一六―一八
ふと我等の前に、産にくるしむ女のごとく悲しくさけぶ聲きこえて、うるはしきマリアよといひ 一九―二一
續いてまた、汝の貧しかりしことは汝が汝の聖なる嬰兒を臥さしめしかの客舍にあらはるといひ 二二―二四
また次に、あゝ善きファーブリツィオよ、汝は不義と大いなる富を得んより貧と徳をえんと思へりといふ 二五―二七
これらの詞よくわが心に適ひたれば、我はかくいへりとみゆる靈の事をしらんとてなほさきに進めるに 二八―三〇
彼はまたニッコロが小女等の若き生命を導きて貞淑に到らしめんため彼等にをしまず物を施せしことをかたれり 三一―三三
我曰ふ。あゝかく大いなる善を語る魂よ、汝は誰なりしや、何ぞたゞひとりこれらの讚むべきわざを新たに陳ぶるや、請ふ告げよ 三四―三六
果をめざして飛びゆく生命の短き旅を終へんためわれ世に歸らば、汝の詞報酬をえざることあらじ。 三七―三九
彼。我はかしこに慰をうるを望まざれども、かく大いなる恩惠いまだ死せざる汝の中に輝くによりてこれを告ぐべし 四〇―四二
一の惡しき木その蔭をもてすべてのクリスト數國をおほひ、良果これより採らるゝこと罕なり、そも/\我はかの木の根なりき 四三―四五
されどドアジォ、リルラ、ガンド、及びブルーゼスの力足りなば報速かにこれに臨まむ、我また萬物を裁き給ふ者にこの報を乞ひ求む 四六―四八
我は世に名をウーゴ・チャペッタといへり、多くのフィリッピとルイージ我よりいでて近代のフランスを治む 五二―五四
我は巴里のとある屠戸の子なりき、昔の王達はやみな薨れて、灰色の衣を着る者獨り殘れるのみなりし頃 五二―五四
我は王國の統御の手綱のかたくわが手にあるを見ぬ、また新たに得たる大いなる力とあふるゝばかりの友ありければ 五五―五七
わが子の首擢んでられて、寡となれる冠を戴き、かの受膏の族彼よりいでたり 五八―六〇
大いなる聘物プロヴェンツァがわが血族より羞恥の心を奪はざりし間は、これに美むべき業もなくさりとてあしき行ひもなかりしに 六一―六三
かの事ありしよりこの方、暴と僞をもて掠むることをなし、後贖ひのためにポンティ、ノルマンディア及びグアスコニアを取れり 六四―六六
カルロ、イタリアに來れり、しかして贖のためにクルラディーノを犧牲となし、後また贖のためにトムマーゾを天に歸らしむ 六七―六九
我見るに、今より後程なく來る一の時あり、この時到らば他のカルロは己と己が族の事を尚よく人に知らせんとてフランスを出づべし 七〇―七二
かれ身を固めず、ジュダの試せし槍を提げてひとりかしこをいで、これにて突きてフィレンツェの腹を壞らむ 七三―七五
かれかくして國を得ず、罪と恥をえむ、これらは彼が斯る禍ひを輕んずるにより、彼にとりていよ/\重し 七六―七八
我見るに、嘗てとらはれて船を出でしことあるカルロは、己が女を賣りてその價を爭ふこと恰も海賊が女の奴隷をあしらふに似たり 七九―八一
あゝ貪慾よ、汝わが血族を汝の許にひきてこれに己が肉をさへ顧みざらしめしほどなれば、この上何をなすべきや 八二―八四
我見るに、過去未來の禍ひを小さくみえしめんとて、百合の花アラーニアに入り、クリストその代理者の身にてとらはれたまふ 八五―八七
我見るに、彼はふたゝび嘲られ、ふたゝび醋と膽とを嘗め、生ける盜人の間に殺されたまふ 八八―九〇
我見るに、第二のピラート心殘忍なればこれにてもなは飽かず、法によらずして強慾の帆をかの殿の中まで進む 九一―九三
あゝ我主よ、聖意の奧にかくれつゝ聖怒をうるはしうする復讎を見てわがよろこぶ時いつか來らむ 九四―九六
聖靈のたゞひとりの新婦についてわが語り、汝をしてその解説を聞かんためわが方にむかはしめしかの詞は 九七―九九
晝の間我等の凡ての祈りにつゞく唱和なり、されど夜いたれば我等これに代へてこれと反する聲をあぐ 一〇〇―一〇二
そのとき我等はかの黄金をいたく貪りて背信、盜竊、殺人の罪を犯せるピグマリオンと 一〇三―一〇五
飽くなきの求めによりて患艱をえ常に人の笑ひを招く慾深きミーダのことをくりかへし 一〇六―一〇八
また分捕物を盜みとれるため今もこゝにてヨスエの怒りに刺さるとみゆる庸愚なるアーカンのことを憶ひ 一〇九―一一一
次にサフィーラとその夫を責め、エリオドロの蹴られしことを讚む、我等はまたポリドロを殺せるポリネストルの汚名をして 一一二―
あまねく山をめぐらしめ、さて最後にさけびていふ、クラッソよ、黄金の味はいかに、告げよ、汝知ればなりと ―一一七
ひとりの聲高くひとりの聲低きことあり、こは情の我等を策ちて或ひはつよく或ひは弱く語らしむるによる 一一八―一二〇
是故に晝の間我等のこゝにて陳ぶべき徳を我今ひとりいへるにあらず、たゞこのあたりにては我より外に聲を上ぐる者なかりしのみ。 一二一―一二三
我等既に彼を離れ、今はわれらの力を盡して路に勝たんとつとめゐたるに 一二四―一二六
このとき我は山の震ひ動くこと倒るゝ物に似たるを覺えき、是に於てかわが身恰も死に赴く人の如く冷ゆ 一二七―一二九
げにラートナが天の二の目を生まんとて巣を營める時よりさきのデロといふともかく強くはゆるがざりしなるべし 一三〇―一三二
ついではげしき喊聲四方に起れり、師即ち我に近づき、わが導く間は汝恐るゝなかれといふ 一三三―一三五
至高處には榮光神にあれ。衆皆斯くいひゐたり、かくいひゐたるを我は身に近くしてその叫びの聞分けうべき魂によりてさとれるなりき 一三六―一三八
我等はかの歌を最初に聞ける牧者のごとく、あやしみとゞまりて動かず、震動止み歌終るにおよびて 一三九―一四一
こゝに再び我等の聖なる行路にいでたち、既にいつもの歎にかへれる多くの地に伏す魂をみたり 一四二―一四四
若しわが記憶に誤りなくば、いかなる疑ひもわがかの時の思ひのうちにありとみえしもののごとく大いなる軍を起して 一四五―
その解説を我に求めしことあらじ、されどいそぎのためにはゞかりてこれを質さず、さりとて自から何事をも知るをえざれば ―一五〇
我は臆しつゝ思ひ沈みて歩みにき 一五一―一五三
第二十一曲
サマーリアの女の乞ひ求めたる水を飮まではとゞまることなき自然の渇に 一―三
なやまされ、かつは急に策たれつゝ、我わが導者に從ひて障多き道を歩み、正しき刑罰を憐みゐたるに 四―六
見よ、はや墓窟より起き出でたまへるクリストが途をゆく二人の者に現はれしこと路加の書に録さるゝごとく 七―九
一の魂我等にあらはる、我等かの伏したる群を足元に見ゐたりしときこの者後に來りしかど我等これを知らざりければ彼まづ語りて 一〇―一二
わが兄弟達よ、神平安を汝等に與へたまへといふ、我等直ちに身をめぐらしぬ、而してヴィルジリオは適はしき表示をもてこれに答へて 一三―一五
後曰ひけるは。我を永遠の流刑に處せし眞の法廷願はくは汝を福なる集會の中に入れ汝に平和を受けしめんことを。 一六―一八
そは如何、汝等神に許されて登るをうる魂に非ずば誰に導かれてその段をこゝまで踏みしや。彼かくいひ、いふ間も我等は疾く行けり 一九―二一
わが師。この者天使の描く標を着く、汝これを見ば汝は彼が善き民と共に治むるにいたるをさだかに知らむ 二二―二四
されど夜晝紡ぐ女神は、クロートが人各のために掛けかつ押固むる一束を未だ彼のために繰り終らざるがゆゑに 二五―二七
汝と我の姉妹なるその魂は登り來るにあたり獨りにて來る能はざりき、そは物を見ること我等と等しからざればなり 二八―三〇
是故に彼に路を示さんため我は曳かれて地獄の闊き喉を出づ、またわが教への彼を導くをうる間は我彼に路を示さむ 三一―三三
然ど汝若し知らば我等に告げよ、山今かの如く搖げるは何故ぞや、またその濡るゝ据に至るまで衆齊しく叫ぶと見えしは何故ぞや。 三四―三六
この問ひよくわが願ひの要にあたれり、されば望みをいだけるのみにてわが渇はやうすらぎぬ 三七―三九
彼曰ふ。この山の聖なる律法はすべて秩序なきことまたはその習ひにあらざることを容さず 四〇―四二
この地一切の變異をまぬかる、たゞその原因となるをうべきは天が自ら與へて自ら受くるところの者のみ、この外にはなし 四三―四五
是故に雨も雹も雪も露もまた霜も、かの三の段より成れる短き階のこなたに落ちず 四六―四八
濃き雲も淡き雲も電光も、またかの世に屡處を變ふるタウマンテの女も現はれず 四九―五一
乾ける氣は、わがいへる三の段の頂、ピエートロの代理者がその足をおくところよりうへに登らず 五二―五四
かしこより下は或ひは幾許か震ひ動かむ、されど上は、我その次第を知らざれども、地にかくるゝ風のために震ひ動けることたえてなし 五五―五七
たゞ魂の中に己が清きを感ずる者ありて起ちまたは昇らんとして進む時、この地震ひ、かのごとき喊次ぐ 五八―六〇
清きことの證左となるものは意志のみ、魂既に全く自由にその侶を變ふるをうるにいたればこの意志におそはれ且つこれを懷くを悦ぶ 六一―六三
意志はげに始めよりあり、されど願ひこれを許さず、こはさきに罪を求めし如く今神の義に從ひ意志にさからひて苛責を求むる願ひなり 六四―六六
我この苦患の中に伏すこと五百年餘に及びこゝにはじめてまされる里に到らんとの自由の望みをいだけるがゆゑに 六七―六九
汝地の震ふを覺え、また山の信心深き諸の靈の主(願はくは速かに彼等に登るをえさせたまへ)を讚めまつるを聞けるなり。 七〇―七二
彼斯く我等にいへり、しかして渇劇しければ飮むの喜び亦從ひて大いなるごとく、彼の言は我にいひがたき滿足を與へき 七三―七五
智き導者。汝等をこゝに捕ふる網、その解くる状、地のこゝに震ふ所以、汝等の倶に喜ぶところの物、我今皆これを知る 七六―七八
いざねがはくは汝の誰なりしやを我にしらしめ、また何故にこゝに伏してかく多くの代を經たるやを汝の詞にて我にあらはせ。 七九―八一
かの靈答へて曰ふ。いと高き王の助けをうけて善きティトがジユダの賣りし血流れ出たる傷の仇をむくいし頃 八二―
最も人にあがめられかつ長く殘る名をえて我ひろく世に知らる、されど未だ信仰なかりき ―八七
わが有聲の靈の麗しければ我はトロサ人なるもローマに引かれ、かしこにミルトをもて額を飾るをうるにいたれり 八八―九〇
世の人わが名を今もスターツィオと呼ぶ、われテーべを歌ひ、後また大いなるアキルレをうたへり、されど第二の荷を負ひて路に倒れぬ 九一―九三
さてわが情熱の種は、千餘の心を燃やすにいたれるかの聖なる焔よりいでて我をあたゝめし火花なりき 九四―九六
わがかくいふは「エーネイダ」の事なり、こは我には母なりき詩の乳母なりき、これなくば豈我に一ドラムマの重あらんや 九七―九九
我若しヴィルジリオと代を同じうするをえたらんには、わが流罪の期滿つること一年後るゝともいとはざらんに。 一〇〇―一〇二
これらの詞を聞きてヴィルジリオ我にむかひ聲なき顏にて默せといへり、されど意志は萬事を爲しがたし 一〇三―一〇五
そは笑も涙もまづその源なる情に從ひ、その人いよ/\誠實なればいよ/\意志に背けばなり 一〇六―一〇八
我たゞ微笑めるのみ、されどその状する人に似たれば、かの魂口を噤み、心のいとよくあらはるゝ處なる目を見て 一〇九―一一一
いふ。願はくは汝幸の中にかく大いなる勞苦を終ふるをえんことを、汝の顏今笑の閃を我に見せしは何故ぞや。 一一二―一一四
我今左右に檢束をうく、かなたは我に默せといひ、こなたは我にいへと命ず、是に於てか大息すれば 一一五―
わが師さとりて我に曰ふ。汝語るをおそるゝなかれ、語りて彼にそのかく心をこめて尋ぬるところの事を告ぐべし。 ―一二〇
是に於てか我。年へし靈よ、思ふに汝はわがほゝゑめるをあやしむならむ、されど我汝の驚きをさらに大いならしめんとす 一二一―一二三
わが目を導いて高きに到らしむるこの者こそは、かのヴィルジリオ、人と神々をうたふにあたりて汝に力を與へし者なれ 一二四―一二六
若しわが笑の原因と思へるもの他にあらば、眞ならずとしてこれを棄て、彼が事をいへる汝の言を眞の原因とおもふべし。 一二七―一二九
わが師の足を抱かんとて彼既に身をかゞめゐたりき、されど師彼に曰ふ。兄弟よ、しかするなかれ、汝も魂汝の見る者も魂なれば。 一三〇―一三二
彼立上りつゝ。今汝は汝のために燃ゆるわが愛の大いなるをさとるをえむ、そは我等の身の空しきを忘れて 一三三―一三五
我はあたかも固體のごとく魂をあしらひたればなり 一三六―一三八
第二十二曲
我等すでに天使をあとにす(こは我等を第六の圓にむかはせ、わが顏より一の疵をとりのぞける天使なり 一―三
彼は我等に義を慕ふ者の福なることを告げたり、而してその詞はたゞシチウントをもてこれを結びき) 四―六
また我は他の徑を通れる時より身輕ければ、疲勞を覺ゆることなくしてかの足早き二の靈に從ひつゝ歩みゐたるに 七―九
このときヴィルジリオ曰ふ。徳の燃やせし愛はその焔一たび外にあらはるればまた他の愛を燃やすを常とす 一〇―一二
是故にジヨヴェナーレが地獄のリムボの中なる我等の間にくだりて汝の情愛を我に明せし時よりこの方 一三―一五
汝に對してわれ大いなる好意を持てり、實これより固くはまだ見ぬ者と結べる人なし、かかれば今は此等の段も我に短しと見ゆるなるべし 一六―一八
されど告げよ――若し心安きあまりにわが手綱弛みなば請ふ友として我を赦し、今より友いとして我とかたれ 一九―二一
貪婪はいかで汝の胸の中、汝の勵みによりて汝に滿ちみちしごとき大なる智慧の間に宿るをえしや。 二二―二四
これらの詞をききてスターツィオまづ少しく笑を含み、かくて答へて曰ひけるは。汝の言葉はみな我にとりて愛のなつかしき表象なり 二五―二七
それまことの理かくるゝがゆゑに我等に誤りて疑ひを起さしむる物げにしば/\現はるゝことあり 二八―三〇
汝が我をば世に慾深かりし者なりきと信ずることは汝の問ひよく我に證す、これ思ふにわがかの圈にゐたるによらむ 三一―三三
知るべし、我は却つてあまりに貪婪に遠ざかれるため、幾千の月この放縱を罰せるなり 三四―三六
我若し汝が恰も人の性を憤るごとくさけびて、あゝ黄金の不淨の饑ゑよ汝人慾を導いていづこにか到らざらんと 三七―
いへる處に心をとめ、わが思ひを正さざりせば、今は轉ばしつゝ憂き牴觸を感ずるものを ―四二
かの時我は費すにあたりて手のあまりにひろく翼を伸ぶるをうるを知り、これを悔ゆること他の罪の如くなりき 四三―四五
それ無智のために生くる間も死に臨みてもこの罪を悔ゆるあたはず、後髮を削りて起き出づるにいたる者その數いくばくぞ 四六―四八
汝また知るべし、一の罪とともに、まさしくこれと相反する咎、その縁をこゝに涸らすを 四九―五一
是故にわれ罪を淨めんとてかの貪婪のために歎く民の間にありきとも、これと反する愆のゆゑにこそこの事我に臨めるなれ。 五二―五四
牧歌の歌人いひけるは。汝ヨカスタの二重の憂ひの酷き爭ひを歌へるころは 五五―五七
クリオがこの詩に汝と關渉ふさまをみるに、善行にかくべからざる信仰未だ汝を信ある者となさざりしに似たり 五八―六〇
若し夫れ然らばいかなる日またはいかなる燭ぞや、汝がその後かの漁者に從ひて帆を揚ぐるにいたれるばかりに汝の闇を破りしは。 六一―六三
彼曰ふ。汝まづ我をパルナーゾの方にみちびきてその窟に水を掬ぶをえしめ、後また我を照して神のみもとに向はしめたり 六四―六六
汝の爲すところはあたかも夜燈火を己が後に携へてゆき、自ら益を得ざれどもあとなる人々をさとくする者に似たりき 六七―六九
そは汝のいへる詞に、世改まり義と人の古歸り新しき族天より降るとあればなり 七〇―七二
我は汝によりて詩人となり汝によりて基督教徒となれり、されどわが概略に畫ける物を尚良く汝に現はさんため我今手を伸べて彩色らん 七三―七五
眞の信仰は永久の國の使者等に播かれてすでにあまねく世に滿ちたりしに 七六―七八
わが今引ける汝の言、新しき道を傳ふる者とその調を同じうせしかば、彼等を訪るることわが習ひとなり 七九―八一
かのドミチアーンが彼等を責めなやまししとき、わが涙彼等の歎にともなふばかりに我は彼等を聖なる者と思ふにいたれり 八二―八四
われは世に在る間彼等をたすけぬ、彼等の正しき習俗は我をして他の教へをあなどらしめぬ 八五―八七
かくてわが詩にギリシア人を導きてテーべの流れに到らざるさきにわれ洗禮をうけしかど、公の基督教徒となるをおそれて 八八―九〇
久しく異教の下にかくれぬ、この微温なりき我に四百年餘の間第四の圈をめぐらしめしは 九一―九三
されば汝、かゝる幸をかくしし葢をわがためにひらける者よ、若し知らば、我等が倶に登るをうべき道ある間に、我等の年へし 九四―
テレンツィオ、チェチリオ、プラウト及びヴァリオの何處にあるやを我に告げよ、告げよ彼等罪せらるゝや、そは何の地方に於てぞや。 ―九九
わが導者答ふらく。彼等もペルシオも我もその他の多くの者も、かのムーゼより最も多く乳を吸ひしギリシア人とともに 一〇〇―一〇二
無明の獄の第一の輪の中にあり、我等は我等の乳母等の常にとゞまる山のことをしばしばかたる 一〇三―一〇五
エウリピデ、アンティフォンテ、シモニーデ、アガートネそのほかそのかみ桂樹をもて額を飾れる多くのギリシア人かしこに我等と倶にあり 一〇六―一〇八
汝が歌へる人々の中にては、アンティゴネ、デイフィレ、アルジア及び昔の如く悲しむイスメーネあり 一〇九―一一一
ランジアを示せる女あり、ティレジアの女とテーティ、デイダーミアとその姉妹等あり。 一一二―一一四
登りをはりて壁を離れしふたりの詩人は、ふたゝびあたりを見ることに心ひかれて今ともに默し 一一五―一一七
晝の四人の侍婢ははやあとに殘されて、第五の侍婢轅のもとにその燃ゆる尖をばたえず上げゐたり 一一八―一二〇
このときわが導者。思ふに我等は右の肩を縁にむけ、山をること常の如くにせざるをえざらむ。 一二一―一二三
習慣はかしこにてかく我等の導となれり、しかしてかの貴き魂の肯へるため我等いよいよ疑はずして路に就けり 一二四―一二六
彼等はさきに我ひとり後よりゆけり、我は彼等のかたる言葉に耳を傾け、詩作についての教へをきくをえたりしかど 一二七―一二九
このうるはしき物語たゞちにやみぬ、そは我等路の中央に、香やはらかくして良き果ある一本の木を見たればなり 一三〇―一三二
あたかも樅の、枝また枝と高きに從つて細きが如く、かの木は思ふに人の登らざるためなるべし、低きに從つて細かりき 一三三―一三五
われらの路の塞がれる方にては、清き水高き岩より落ちて葉の上にのみちらばれり 一三六―一三八
ふたりの詩人樹にちかづけるに、一の聲葉の中よりさけびていふ。汝等はこの食物に事缺かむ。 一三九―一四一
又曰ふ。マリアは己が口(今汝等のために物言ふ)の事よりも、婚筵のたふとくして全からむことをおもへり 一四二―一四四
昔のローマの女等はその飮料に水を用ゐ、またダニエルロは食物をいやしみて知識をえたり 一四五―一四七
古の代は黄金の如く美しかりき、饑ゑて橡を味よくし、渇きて小川を聖酒となす 一四八―一五〇
蜜と蝗蟲とはかの洗禮者を曠野にやしなへる糧なりき、是故に彼榮え、その大いなること 一五一―一五三
聖史の中にあらはるゝごとし。 一五四―一五六
第二十三曲
我はあたかも小鳥を逐ひて空しく日を送る者の爲すごとくかの青葉に目をとめゐたれば 一―三
父にまさる者いひけるは。子よ、いざ來れ、我等は定まれる時をわかちて善く用ゐざるをえざればなり。 四―六
われ目と歩を齊しく移して聖達に從ひ、その語ることを聞きつゝ行けども疲れをおぼえざりしに 七―九
見よ、歎と歌ときこえぬ、主よわが唇をと唱ふるさま喜びとともに憂ひを生めり 一〇―一二
あゝやさしき父よ、我にきこゆるものは何ぞや。我斯くいへるに彼。こは魂なり、おそらくは行きつゝその負債の纈を解くならむ。 一三―一五
たとへば物思ふ異郷の族人、路にて知らざる人々に追及き、ふりむきてこれをみれども、その足をとゞめざるごとく 一六―一八
信心深き魂の一群、もだしつゝ、我等よりもはやく歩みて後方より來り、過ぎ行かんとして我等を目安れり 一九―二一
彼等はいづれも眼窪みて光なく、顏あをざめ、その皮骨の形をあらはすほどに痩せゐたり 二二―二四
思ふに饑ゑを恐るゝこといと大いなりしときのエリシトネといふともそのためにかく枯れて皮ばかりとはならざりしならむ 二五―二七
我わが心の中にいふ。マリアその子を啄みしときイエルサレムを失へる民を見よ。 二八―三〇
眼窩は珠なき指輪に似たりき、OMOを人の顏に讀む者Mをさだかに認めしなるべし 三一―三三
若しその由來を知らずば誰か信ぜん、果實と水の香、劇しき慾を生みて、かく力をあらはさんとは 三四―三六
彼等の痩すると膚いたはしく荒るゝ原因未だ明かならざりしため、その何故にかく饑ゑしやを我今異しみゐたりしに 三七―三九
見よ、一の魂、頭の深處より目を我にむけてつら/\視、かくて高くさけびて、こはわがためにいかなる恩惠ぞやといふ 四〇―四二
我何ぞ顏を見て彼の誰なるを知るをえむ、されどその姿の毀てるものその聲にあらはれき 四三―四五
この火花はかの變れる貌にかゝはるわが凡ての記憶を燃やし、我はフォレーゼの顏をみとめぬ 四六―四八
彼請ひていふ。あゝ、乾ける痂わが膚の色を奪ひ、またわが肉乏しとも、汝これに心をとめず 四九―五一
故に汝の身の上と汝を導くかしこの二の魂の誰なるやを告げよ、我に物言ふを否むなかれ。 五二―五四
我答へて彼に曰ふ。死てさきに我に涙を流さしめし汝の顏は、かく變りて見ゆるため、かの時に劣らぬ憂ひを今我に與へて泣かしむ 五五―五七
然ば告げよ、われ神を指して請ふ、汝等をかく枯らす物は何ぞや、わが異む間我に言はしむる勿れ、心に他の思ひ滿つればその人いふ事宜しきをえず。 五八―六〇
彼我に。永遠の思量によりて我等の後方なるかの水の中樹の中に力くだる、わがかく痩するもこれがためなり 六一―六三
己が食慾に耽れるため泣きつゝ歌ふこの民はみな饑ゑ渇きてこゝにふたゝび己を清くす 六四―六六
果實より、また青葉にかゝる飛沫よりいづる香氣は飮食の慾を我等の中に燃やすなり 六七―六九
しかして我等のこの處をりて苦しみを新たにすることたゞ一度にとゞまらず――われ苦しみといふ、まことに慰といはざるべからず 七〇―七二
そはクリストの己が血をもて我等を救ひたまへる時、彼をしてよろこびてエリといはしめし願ひ我等を樹下に導けばなり。 七三―七五
我彼に。フォレーゼよ、汝世を變へてまさる生命をえしよりこの方いまだ五年の月日經ず 七六―七八
若し我等を再び神に嫁がしむる善き憂ひの時到らざるまに、汝の罪を犯す力既に盡きたるならんには 七九―八一
汝いかでかこゝに來れる、我は汝を下なる麓、時の時を補ふところに今も見るならんとおもへるなりき。 八二―八四
是に於てか彼我に。わがネルラそのあふるゝ涙をもて我をみちびき、苛責の甘き茵を飮ましむ 八五―八七
彼心をこめし祈祷と歎息をもて、かの魂の待つ處なる山の腰より我を引きまた我を他の諸の圓より救へり 八八―九〇
わが寡婦わが深く愛せし者はその善行の類少なきによりていよ/\神にめでよろこばる 九一―九三
そは婦人の愼に於ては、サールディニアのバルバジアさへ、わがかの女を殘して去りしバルバジアよりはるかに上にあればなり 九四―九六
あゝなつかしき兄弟よ、我汝に何を告げんや、今を昔となさざる未來すでにわが前にあらはる 九七―九九
この時到らば教壇に立つ人、面皮厚きフィレンツェの女等の、乳房と腰を露はしつゝ外に出るをいましむべし 一〇〇―一〇二
いかなる未開の女いかなるサラチーノの女なりとて、靈または他の懲戒なきため身を被はずして出でし例あらんや 一〇三―一〇五
されどかの恥知らぬ女等、若し轉早き天が彼等の爲に備ふるものをさだかに知らば、今既に口をひらきてをめくなるべし 一〇六―一〇八
そはわが先見に誤りなくば、今子守歌を聞きてしづかに眠る者の頬に鬚生ひぬまに彼等悲しむべければなり 一〇九―一一一
あゝ兄弟よ、今は汝の身の上を我にかくすことなかれ、見よ我のみかは、これらの者皆汝が日を覆ふところを凝視む。 一一二―一一四
我即ち彼に。汝若し汝の我と我の汝といかに世をおくれるやをおもひいでなば、その記憶は今も汝をくるしめむ 一一五―一一七
わが前にゆく者我にかゝる生を棄てしむ、こは往日これの――かくいひて日をさし示せり――姉妹の圓く現はれし時の事なり 一一八―一二〇
彼我を彼に從ひてゆくこの眞の肉とともに導いて闌けし夜を過ぎ、まことの死者をはなれたり 一二一―一二三
我彼に勵まされてかしこをいで、汝等世の爲に歪める者を直くするこの山を登りつつまたりつゝこゝに來れり 一二四―一二六
彼はベアトリーチェのあるところにわがいたらん時まで我をともなはむといふ、かしこにいたらば我ひとり殘らざるをえず 一二七―一二九
かく我にいふはこの者即ちヴィルジリオなり(我彼を指ざせり)、またこれなるは汝等の王國を去る魂なり、この地今 一三〇―一三二
その隅々までもゆるげるは彼のためなりき。
第二十四曲
言歩を、歩言をおそくせず、我等は語りつゝあたかも順風に追はるゝ船のごとく疾く行けり 一―三
再び死にし者に似たる魂等はわが生くるを知り、我を見て驚愕を目の坎より吐けり 四―六
我續いてかたりていふ。彼若し伴侶のためならずは、おそらくはなほ速かに登らむ 七―九
されど知らば我に告げよ、ピッカルダはいづこにありや、また告げよ、かく我を視る民の中に心をとむべき者ありや。 一〇―一二
わが姉妹(その美その善いづれまされりや我知らず)は既に高きオリムポによろこびて勝利の冠をうく。 一三―一五
彼まづ斯くいひて後。我等の姿斷食のためにかく搾り取らるゝがゆゑに、こゝにては我等誰が名をも告ぐるをう 一六―一八
此は――指ざしつゝ――ボナジユンタ、ルッカのボナジユンタなり、またその先のきはだちて憔悴し顏は 一九―二一
かつて聖なる寺院を抱けり、彼はトルソの者なりき、いま斷食によりてボルセーナの鰻とヴェルナッチヤを淨む。 二二―二四
その他多くの者の名を彼一々我に告ぐるに、彼等皆名をいはるゝを厭はじとみえ、その一者だに憂き状をなすはあらざりき 二五―二七
我はウバルディーン・デラ・ピーラと、杖にて多くの民を牧せしボニファーチョとが、饑ゑの爲に空しくその齒を動かすを見たり 二八―三〇
我はメッセル・マルケーゼを見たり、この者フォルリにありし頃はかく劇しき渇なく且つ飮むに便宜多かりしかどなほ飽く事を知らざりき 三一―三三
されど恰も見てその中よりひとりを擇ぶ人の如く我はルッカの者をえらびぬ、彼我の事を知るを最希ふさまなりければ 三四―三六
彼はさゝやけり、我は彼がかく彼等を痩せしむる正義の苦痛を感ずるところにてゼントゥッカといふを聞きし如くなりき 三七―三九
我曰ふ。あゝかく深く我と語るを望むに似たる魂よ、請ふ汝のいへることを我にさとらせ、汝の言葉をもて汝と我の願ひを滿たせよ。 四〇―四二
彼曰ふ。女生れていまだ首を被かず、この者わが邑を、人いかに誹るとも、汝の心に適はせむ 四三―四五
汝この豫言を忘るゝなかれ、もしわが低語汝の誤解を招けるならば、この後まことの事汝にこれをときあかすべし 四六―四八
されど告げよ、かの新しき詩を起し、戀を知る淑女等とそのはじめにいへる者是即ち汝なりや。 四九―五一
我彼に。愛我を動かせば我これに意を留めてそのわが衷に口授するごとくうたひいづ。 五二―五四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、我今かの公の證人とグイットネと我とをわが聞く麗はしき新しき調のこなたにつなぐ節をみる 五五―五七
我よく汝等の筆が口授者にちかく附隨ひて進むをみる、われらの筆にはげにこの事あらざりき 五八―六〇
またなほ遠く先を見んとつとむる者も彼と此との調の區別をこの外にはみじ。かくいひて心足れるごとく默しぬ 六一―六三
ニーロの邊に冬籠る鳥、空に群り集ひて後、なほも速かに飛ばんため達り行くことあるごとく 六四―六六
その痩すると願ひあるによりて身輕きかしこの民は、みな首をめぐらしつゝふたゝびその歩履をはやめぬ 六七―六九
また走りて疲れたる人その侶におくれ、ひとり歩みて腰の喘のしづまる時を待つごとく 七〇―七二
フォレーゼは聖なる群をさきにゆかしめ、我とともにあとより來りていひけるは。我の再び汝に會ふをうるは何時ぞや。 七三―七五
我彼に答ふらく。いつまで生くるや我知らず、されどわが歸ること早しとも、我わが願ひの中に、それよりはやくこの岸に到らむ 七六―七八
そはわが郷土となりたる處は、日に日に自ら善を失ひ、そのいたましく荒るゝことはや定まれりとみゆればなり。 七九―八一
彼曰ふ。いざ行け、我見るに、この禍ひに關はりて罪の最も大いなるもの、一の獸の尾の下にて曳かれ、罪赦さるゝ例なき溪にむかふ 八二―八四
獸はたえずはやさを増しつゝ一足毎にとくすゝみ、遂に彼を踏み碎きてその恥づべき躯を棄つ 八五―八七
これらの輪未だ長くらざるまに(かくいひて目を天にむく)、わが言のなほよく説明す能はざるもの汝に明なるにいたらむ 八八―九〇
いざ汝あとに殘れ、この王國にては時いと尊し、汝と斯く相並びてゆかば、わが失ふところ多きに過ぎむ。 九一―九三
たとへば先登の譽をえんとて、馬上の群の中より一人の騎士、馳せ出づることあるごとく 九四―九六
彼足をはやめて我等を離れ、我は世の大いなる軍帥なりし二者とともに路に殘れり 九七―九九
彼既に我等の前を去ること遠く、わが目の彼に伴ふさま、わが心の彼の詞にともなふごとくなりしとき 一〇〇―一〇二
いま一本の樹の、果饒にして盛なる枝我にあらはる、また我この時はじめてかなたにめぐれるなればその處甚だ遠からざりき 一〇三―一〇五
我見しに民その下にて手を伸べつゝ葉にむかひて何事をかよばはりゐたり、罪なき嬰兒物を求めて 一〇六―
乞へども乞はるゝ人答へず、かへつて願ひを増さしめんためその乞ふ物をかくさずして高く擡ぐるもこの類なるべし ―一一一
かくて彼等はあたかも迷ひ覺めしごとく去り、我等はかく多くの請と涙を卻くる巨樹のもとにたゞちにいたれり 一一二―一一四
汝等過ぎゆきて近づくなかれ、エーヴァのくらへる木この上にあり、これはもとかの樹よりいづ。 一一五―一一七
誰ならむ小枝の間よりかくいふ者ありければ、ヴィルジリオとスターツィオと我とは互ひに近く身を寄せつゝ聳ゆる岸の邊を行けり 一一八―一二〇
かの者またいふ。雲間に生れし詛の子等即ち飽いてその二重の腰をもてテゼオと爭へる者を憶へ 一二一―一二三
また貪り飮みしため、マディアンにむかひて山を下れるゼデオンがその侶となさざりし希伯來人を憶へ。 一二四―一二六
かく我等は二の縁の一を傳ひて、幸なき報のともなへる多食の罪の事をきゝつゝこゝを過ぎ 一二七―一二九
後身を寛にしてさびしき路を行き、いづれも言葉なく思ひに沈みて裕に千餘の歩履をはこべり 一三〇―一三二
汝等何ぞたゞみたり行きつゝかく物を思ふや。ふと斯くいへる聲ありき、是に於てか我は恰もおぢおそるゝ獸の如く顫ひ 一三三―一三五
その誰なるやを見んとて首を擧ぐればひとりの者みゆ、爐の中なる玻璃または金屬といふとも斯く光り 一三六―
かく赤くみゆるはあらじ、彼曰ふ。汝等登らんことをねがはばこゝより折れよ、往いて平和をえんとする者みなこなたにむかふ。 ―一四一
彼の姿わが目の力を奪へるため、我は身をめぐらして、あたかも耳に導かるゝ人の如く、わがふたりの師の後にいたれり 一四二―一四四
曉告ぐる五月の輕風ゆたかに草と花とを含み、動きて佳き香を放つごとくに 一四五―一四七
うるはしき風わが額の正中にあたれり、我は神饌の匂ひを我に知らしめし羽の動くをさだかにしれり 一四八―一五〇
また聲ありていふ。大いなる恩惠に照され、味の愛飽くなき慾を胸に燃やさず常に宜しきに從ひて饑うる者は福なり。 一五一―一五三
第二十五曲
時は昇の遲きを許さず、そは子午線を日は金牛に夜は天蠍にはや付したればなり 一―三
さればあたかも必要の鞭にむちうたるゝ人、いかなる物あらはるゝとも止まらずしてその路を行くごとく 四―六
我等はひとりづつ徑に入りて階を登れり(階狹きため昇る者並び行くをえず) 七―九
たとへば鸛の雛、飛ぶをねがひて翼をあぐれど、巣を離るゝの勇なくして再びこれを收むるごとく 一〇―一二
わが問はんと欲する願ひ燃えてまた消え、我はたゞいひいださんと構ふる者の状をなすに過ぎざりき 一三―一五
歩速かなりしかどもわがなつかしき父は默さで、汝鏃までひきしぼれる言の弓を射よといふ 一六―一八
この時我これにはげまされ、口を啓きていふ。滋養をうくるに及ばざるものいかにして痩するを得るや。 一九―二一
彼曰ふ。汝若しメレアグロの身が、炬火の燃え盡くるにつれて盡きたるさまを憶ひ出でなば、この事故にさとりがたきにあらざるべく 二二―二四
また鏡に映る汝等の姿が、汝等の動くにつれて動くを思はば、今硬くみゆるもの汝に軟かにみゆるにいたらむ 二五―二七
されど汝望むがまゝに心を安んずることをえんため、見よ、こゝにスターツィオあり、我彼を呼び彼に請ひて汝の傷を癒さしむべし。 二八―三〇
スターツィオ答ふらく。我この常世の状態を汝のをる處にて彼に説明すとも、こは汝の請をわが否む能はざるが爲なれば咎むるなかれ。 三一―三三
かくてまたいふ。子よ、汝の心わが詞を見てこれを受けなば、これは即ち汝の質す疑ひを照す光とならむ 三四―三六
それ血の完全にして、渇ける脈に吸はるゝことなく、あたかも食卓よりはこびさらるゝ食物のごとく殘るもの 三七―三九
人の諸の肢體を營む力をば心臟の中に得、これ此等の物とならんため脈を傳ひて出づるにいたるものなればなり 四〇―四二
いよ/\清くなるに及びて、この血は人のいふを憚かる處にくだり、後又そこより自然の器の中なる異なる血の上にしたゝり 四三―四五
二の血こゝに相合ふ、その一には堪ふる性あり、また一にはその出づる處全きがゆゑに行ふ性あり 四六―四八
此彼と結びてはたらき、まづ凝固まらせ、後己が材としてその固め整へる物に生命を與ふ 四九―五一
活動の力恰も草木の魂の如きものとなりて(但し一は道程にあり一は彼岸に達す、異なるところたゞこれのみ)後 五二―五四
なほその作用をとゞめず、この物動きかつ感ずること海の菌の如きにいたれば、さらに己を種として諸の力を組立てはじむ 五五―五七
子よ、生む者の心臟即ち自然が諸の肢體に意を用ゐる處よりいづる力は今や既に弘がりて延ぶ 五八―六〇
されど汝は未だ生物のいかにして人間となるやを聞かず、こは汝よりさとかりし者の嘗て誤れる一の點なり 六一―六三
そは彼靜智に當つべき何の機官をも見ざるによりて、その教への中にこれを魂より離れしめたればなり 六四―六六
汝わが陳ぶる眞にむかひて胸をひらき、而して知るべし、胎兒における腦の組織全く成り終るや否や 六七―六九
第一の發動者、自然のかく大いなる技をめでてこれにむかひ、力滿ちたる新しき靈を嘘入れたまひ 七〇―七二
靈はかしこにはたらきゐたるものを己が實體の中にひきいれ、たゞ一の魂となりて、且つ生き且つ感じ且つ自ら己をめぐる 七三―七五
汝この言をふかくあやしむなからんため、思ひみよ、太陽の熱葡萄の樹よりしたゝる汁と相混りて酒となるを 七六―七八
ラケージスの絲盡くる時は、この魂、肉の繋を離れ、人と神とに屬するものをその實質において携ふ 七九―八一
他の能力はみな默せども、記憶、了知及び意志の作用は却つてはるかに前よりも強し 八二―八四
かくて止まらずしてあやしくも自ら岸の一に落ち、こゝにはじめて己が行くべき路を知る 八五―八七
處一たび定まれば、構成の力たゞちにあたりを輝かし、その状もその程も、生くる肢體におけるに同じ 八八―九〇
しかしてたとへば空氣雨を含むとき、日の光これに映るによりて多くの色に飾らるるごとく 九一―九三
あたりの空氣はそこにとゞまれる魂が己の力によりてその上に捺す形をうく 九四―九六
かくてあたかも火の動くところ焔これにともなふごとく、新しき形靈にともなふ 九七―九九
この物この後これによりてその姿を現すがゆゑに影と呼ばれ、またこれによりて凡ての官能をとゝのへ、見ることをさへ得るにいたる 一〇〇―一〇二
我等これによりて物言ひ、これによりて笑ふ、またこれによりて我等に涙あり歎息あり(汝これをこの山の上に聞けるなるべし) 一〇三―一〇五
諸の願ひまたはその他の情の我等に作用を及ぼすにしたがひ、影も亦姿を異にす、是ぞ汝のあやしとする事の原因なる。 一〇六―一〇八
我等はこの時はや最後の曲路にいたりて右にむかひ、心を他にとめゐたり 一〇九―一一一
こゝにては岸焔の矢を射、縁は風を上におくりてこれを追返さしめ、そこに一の路を空く 一一二―一一四
されば我等は開きたる處を傳ひてひとり/″\に行かざるをえざりき、我はこなたに火を恐れかなたに下に落るをおそれぬ 一一五―一一七
わが導者曰ふ。かたく目の手綱を緊めてこゝを過ぎよ、たゞ些の事のために足を誤るべければなり。 一一八―一二〇
この時こよなき憐憫の神と猛火の懷にうたふ聲我にきこえてわが心をばまたかなたにもむかはしむ 一二一―一二三
かくて我見しに焔の中をゆく多くの靈ありければ、我は彼等を見またわが足元をみてたえずわが視力をわかてり 一二四―一二六
聖歌終れば、彼等は高くわれ夫を知らずとさけび、後低く再びこの聖歌をうたひ 一二七―一二九
これを終ふればまた叫びて、ディアーナ森にとゞまりて、かのヴェーネレの毒を嘗めしエリーチェを逐へりといふ 一三〇―一三二
かくて彼等歌に歸り、後またさけびて、徳と縁の命ずる如く貞操を守れる妻と夫の事を擧ぐ 一三三―一三五
おもふに火に燒かるゝ間は、彼等たえずかく爲すなるべし、かゝる藥かゝる食物によりてこそ 一三六―一三八
その傷つひにふさがるなれ 一三九―一四一
第二十六曲
我等かく縁を傳ひ一列となりて歩める間に、善き師しば/\いふ。心せよ、わが誡めを空しうするなかれ。 一―三
はや光をもて西をあまねく蒼より白に變ふる日は、わが右の肩にあたれり 四―六
我は影によりて焔をいよ/\赤く見えしめ、また多くの魂のかゝる表徴にのみ心をとめつゝ行くを見たり 七―九
彼等のわが事を語るにいたれるもこれが爲なりき、かれらまづ、彼は虚しき身のごとくならずといふ 一〇―一二
かくていくたりか、燒かれざる處に出でじとたえず心を用ゐつゝ、その進むをうるかぎりわが方に來れる者ありき 一三―一五
あゝ汝おそき歩履のためならずして恐らくは敬のために侶のあとより行く者よ、渇と火に燃ゆる我に答へよ 一六―一八
汝の答を求むる者我獨りに非ず、此等の者皆これに渇く、そのはげしきに比ぶればインド人又はエチオピア人の冷き水にかわくも及ばじ 一九―二一
請ふ我等に告げよ、汝未だ死の網の中に入らざるごとく、身を壁として日を遮るはいかにぞや。 二二―二四
その一斯く我にいへり、また若しこの時新しき物現はれて心をひくことなかりせば、我は既にわが身の上をあかせしなるべし 二五―二七
されどこの時顏をこの民にむけ燃ゆる路の正中をあゆみて來る民ありければ、我は彼等をみんとて詞をとゞめぬ 二八―三〇
我見るにかなたこなたの魂みないそぎ、たがひに接吻すれども短き會釋をもて足れりとして止まらず 三一―三三
あたかも蟻がその黒める群の中にてたがひに口を觸れしむる(こはその路と幸とを探るためなるべし)に似たり 三四―三六
したしみの會釋をはれば、未だ一歩も進まざるまに、いづれも競うてその聲を高くし 三七―三九
新しき群は、ソッドマ、ゴモルラといひ、殘りの群は、牡牛をさそひて己の慾を遂げんためパシフェの牝牛の中に入るといふ 四〇―四二
かくてたとへば群鶴の、一部はリフエの連山にむかひ、また一部は砂地にむかひ、此氷を彼日を厭ひて飛ぶごとく 四三―四五
民の一群かなたにゆき、一群こなたに來り、みな泣きつゝ、さきにうたへる歌と、彼等にいとふさはしき叫びに歸れり 四六―四八
また我に請へるかの魂等は、聽くの願ひをその姿にあらはしつゝ前の如く我に近づきぬ 四九―五一
我斯く再び彼等の望みを見ていひけるは。あゝいつか必ず平安を享くる魂等よ 五二―五四
熟めるも熟まざるもわが身かの世に殘るにあらず、その血その骨節みな我とともにこゝにあり 五五―五七
我こゝより登りてわが盲を癒さんとす、我等の爲に恩惠を求むる淑女天に在り、是故にわれ肉體を伴ひて汝等の世を過ぐ 五八―六〇
ねがはくは汝等の大望速かに遂げ、愛の滿ち/\且ついと廣く弘がる天汝等を住はしむるにいたらんことを 六一―六三
請ふ我に告げてこの後紙にしるすをえしめよ、汝等は誰なりや、また汝等の背の方にゆく群は何ぞや。 六四―六六
粗野なる山人都に上れば、心奪はれ思ひ亂れて、あたりをみつゝ言葉なし 六七―六九
かの魂等またみなかくのごとく見えき、されど驚愕(貴き心の中にてはそのしづまること早し)の重荷おろされしとき 七〇―七二
さきに我に問へる者またいひけるは。福なる哉汝生を善くせんとてこの地の經驗を船に載す 七三―七五
我等と共に來らざる民の犯せる罪は、そのかみ勝誇れるチェーザルをして王妃といへる罵詈の叫びを聞くにいたらしめしものなりき 七六―七八
是故に汝等の聞けるごとく彼等自ら責めてソッドマとさけびて去り、その恥をもて焔をたすく 七九―八一
我等の罪は異性によれり、されど獸の如く慾に從ひ、人の律法を守らざりしがゆゑに 八二―八四
我等彼等とわかるゝ時は、かの獸となれる板の内にて獸となれる女の名を讀み、自ら己をはづかしむ 八五―八七
汝既に我等の行爲と我等の犯せる罪を知る、恐らくはさらに我等の名を知るを望むべけれど告ぐるに時なく又我然するをえざるなるべし 八八―九〇
たゞわが身に就ては我汝の願ひを滿さむ、我はグイード・グィニツェルリなり、未だ最後とならざる先に悔いしため今既に罪を淨む。 九一―九三
我及び我にまさりて愛のうるはしきけだかき調が奏でしことある人々の父かく己が名をいふを聞きしとき 九四―
我はさながらリクルゴの憂ひのうちに再び母をみしときの二人の男の子の如くなりき、されど彼等のごとく激せず ―九九
たゞ物を思ひつゝ長く彼を見てあゆみ、聞かず語らず、また火をおそれてかなたに近づくことをせざりき 一〇〇―一〇二
かくてわが目飽くにおよび、われかたく誓ひをたてて彼のために能くわが力を盡さんと告ぐれば 一〇三―一〇五
彼我に。わが汝より聞ける事の我心にとゞむる痕跡いとあざやかなるをもてレーテもこれを消しまたは朦朧ならしむるあたはず 一〇六―一〇八
されど今の汝の詞我に眞を誓へるならば、請ふ告げよ、汝の我を愛すること目にも言にもかくあらはるゝは何故ぞや。 一〇九―一一一
我彼に。汝のうるはしき歌ぞそれなる、近世の習ひつゞくかぎりは、その文字常に愛せらるべし。 一一二―一一四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、わが汝にさししめす者は(前なる一の靈を指ざし)我よりもよくその國語を鍛へし者なり 一一五―一一七
戀の詩散文の物語にては彼衆にぬきんず、レモゼスの人をもてこれにまさるとなすは愚者なり、彼等をそのいふにまかせよ 一一八―一二〇
彼等は眞よりも評をかへりみ、技と理を問はざるさきにはやくも己が説を立つ 一二一―一二三
多くの舊人のグイットネにおけるも亦斯の如し、さらに多くの人を得て眞の勝つにいたれるまでは彼等たゞ響きを傳へて彼のみを讚めぬ 一二四―一二六
さて汝ゆたかなる恩惠をうけて、僧侶の首にクリストを戴くかの僧院に行くことをえば 一二七―一二九
わが爲に彼に向ひて一遍の主の祈を唱へよ、但しこの世界にて我等の求むる事にて足る、こゝにては我等また罪を犯すをえざれば。 一三〇―一三二
かくいひて後、後方に近くゐたる者を己に代らしむるためなるべし、恰も水底深く沈みゆく魚の如く火に入りて見えざりき 一三三―一三五
我は指示されし者の方に少しく進みて、わが願ひ彼の名のためにゆかしき處を備へしことを告ぐれば 一三六―一三八
彼こゝろよく語りて曰ふ。汝の問ひのねんごろなるにめでて、我は己を汝にかくすこと能はず、またしかするをねがはざるなり 一三九―一四一
我はアルナルドなり、泣きまた歌ひてゆく、われ過去をみてわが痴なりしを悲しみ、行末をみてわが望む日の來るを喜ぶ 一四二―一四四
この階の頂まで汝を導く權能をさして今我汝に請ふ、時到らばわが苦患を憶へ。 一四五―一四七
かくいひ終りて彼等を淨むる火の中にかくれぬ 一四八―一五〇
第二十七曲
今や日はその造主血を流したまへるところに最初の光をそゝぐ時(イベロは高き天秤の下にあり 一―
ガンジェの浪は亭午に燒かる)とその位置を同じうし、晝既に去らんとす、この時喜べる神の使者我等の前に現はれぬ ―六
彼焔の外岸の上に立ちて、心の清き者は福なりとうたふ、その聲爽かにしてはるかにこの世のものにまされり 七―九
我等近づけるとき彼曰ひけるは。聖なる魂等よ、まづ火に噛まれざればこゝよりさきに行くをえず 一〇―
汝等この中に入りまたかなたにうたふ歌に耳を傾けよ。かくいふを聞きしとき我はあたかも穴に埋らるゝ人の如くになりき ―一五
手を組合せつゝ身をその上より前に伸べて火をながむれば、わが嘗て見し、人の體の燒かるゝありさま、あざやかに心に浮びぬ 一六―一八
善き導者等わが方にむかへり、かくてヴィルジリオ我に曰ふ。我子よ、こゝにては苛責はあらむ死はあらじ 一九―二一
憶へ、憶へ……ジェーリオンに乘れる時さへ我汝を安らかに導けるに、神にいよいよ近き今、しかするをえざることあらんや 二二―二四
汝かたく信ずべし、たとひこの焔の腹の中に千年の長き間立つとも汝は一筋の髮をも失はじ 二五―二七
若しわが言の僞なるを疑はば、焔にちかづき、己が手に己が衣の裾をとりてみづからこれを試みよ 二八―三〇
いざ棄てよ、一切の恐れを棄てよ、かなたにむかひて心安く進みゆくべし。かくいへるも我なほ動かずわが良心に從はざりき 三一―三三
わがなほ頑にして動かざるをみて彼少しく心をなやまし、子よ、ベアトリーチェと汝の間にこの壁あるを見よといふ 三四―三六
桑眞紅となりしとき、死に臨めるピラーモがティスベの名を聞き目を開きてつらつら彼を見しごとく 三七―三九
わが思ひの中にたえず湧き出づる名を聞くや、わが固き心やはらぎ、我は智き導者にむかへり 四〇―四二
是に於てか彼首を振りて、我等此方に止まるべきや如何といひ、恰も一の果實に負くる稚兒にむかふ人の如くにほゝゑみぬ 四三―四五
かくて彼我よりさきに火の中に入り、またこの時にいたるまでながく我等の間をわかてるスターツィオに請ひて我等の後より來らしむ 四六―四八
我火の中に入りしとき、その燃ゆることかぎりなく劇しければ、煮え立つ玻璃の中になりとも身を投入れて冷さんとおもへり 四九―五一
わがやさしき父は我をはげまさんとて、ベアトリーチェの事をのみ語りてすゝみ、我既に彼の目を見るごとくおぼゆといふ 五二―五四
かなたにうたへる一の聲我等を導けり、我等はこれにのみ心をとめつゝ登るべきところにいでぬ 五五―五七
わが父に惠まるゝ者よ來れ。かしこにありてわが目をまばゆうし我に見るをえざらしめたる一の光の中にかくいふ聲す 五八―六〇
またいふ。日は入り夕が來る、とゞまるなかれ、西の暗くならざる間に足をはやめよ。 六一―六三
路直く岩を穿ちて東の方に上るがゆゑに、すでに低き日の光を我はわが前より奪へり 六四―六六
しかしてわが影消ゆるを見て我もわが聖等も我等の後方に日の沈むをしりたる時は、我等の試みし段なほ未だ多からざりき 六七―六九
はてしなく濶き天涯未だ擧りて一の色とならず、夜その闇をことごとく頒ち與へざるまに 七〇―七二
我等各一の段を床となしぬ、そはこの山の性、登るの願ひよりもその力を我等より奪へばなり 七三―七五
食物をえざるさきには峰の上に馳せ狂へる山羊も、日のいと熱き間蔭にやすみて聲をもいださず 七六―
その牧者(彼杖にもたれ、もたれつゝその群を牧ふ)にまもられておとなしく倒嚼むことあり ―八一
また外に宿る牧人、そのしづかなる群のあたりに夜を過して、野の獸のこれを散らすを防ぐことあり 八二―八四
我等みたりもまたみな斯の如くなりき、我は山羊に彼等は牧者に似たり、しかして高き岩左右より我等をかこめり 八五―八七
外はたゞ少しく見ゆるのみなりしかど、我はこの少許の處に、常よりも燦かにしてかつ大なる星を見き 八八―九〇
我かく倒嚼み、かく星をながめつゝ睡りに襲はる、即ち事をそのいまだ出來ぬさきにに屡告知らす睡りなり 九一―九三
たえず愛の火に燃ゆとみゆるチテレアがはじめてその光を東の方よりこの山にそゝぐ頃かとおもはる 九四―九六
我は夢に、若き美しきひとりの淑女の、花を摘みつゝ野を分けゆくを見しごとくなりき、かの者うたひていふ 九七―九九
わが名を問ふ者あらば知るべし、我はリーアなり、我わがために一の花圈を編まんとて美しき手を動かして行く 一〇〇―一〇二
鏡にむかひて自ら喜ぶことをえんため我こゝにわが身を飾り、わが妹ラケールは終日坐してその鏡を離れず 一〇三―一〇五
われ手をもてわが身を飾るをねがふごとくに彼その美しき目を見るをねがふ、見ること彼の、行ふこと我の心を足はす。 一〇六―一〇八
異郷の旅より歸る人の、わが家にちかく宿るにしたがひ、いよ/\愛づる曉の光 一〇九―一一一
はや四方より闇を逐ひ、闇とともにわが睡りを逐へり、我即ち身を起せば、ふたりの大いなる師この時既に起きゐたり 一一二―一一四
げに多くの枝によりて人のしきりに尋ね求むる甘き果は今日汝の饑ゑをしづめむ。 一一五―一一七
ヴィルジリオかく我にいへり、またこれらの語のごとく心に適ふ賜はあらじ 一一八―一二〇
わが登るの願ひ願ひに加はり、我はこの後一足毎に羽生えいでて我に飛ばしむるをおぼえき 一二一―一二三
我等階をこと/″\く渡り終りて最高き段の上に立ちしとき、ヴィルジリオ我にその目をそゝぎて 一二四―一二六
いふ。子よ、汝既に一時の火と永久の火とを見てわが自から知らざるところに來れるなり 一二七―一二九
われ智と術をもて汝をこゝにみちびけり、今より汝は好む所を導者となすべし、汝嶮しき路を出で狹き路をはなる 一三〇―一三二
汝の額を照す日を見よ、地のおのづからこゝに生ずる若草と花と木とを見よ 一三三―一三五
涙を流して汝の許に我を遣はせし美しき目のよろこびて來るまで、汝坐するもよし、これらの間を行くもよし 一三六―一三八
わが言をも表示をもこの後望み待つことなかれ、汝の意志は自由にして直く健全なればそのむかふがまゝに行はざれば誤らむ 一三九―一四一
是故にわれ冠と帽を汝に戴かせ、汝を己が主たらしむ。
第二十八曲
あらたに出し日の光を日にやはらかならしむる茂れる生ける神の林の内部をも周邊をも探らんとて 一―三
我ためらはず岸を去り、しづかに/\野を分けゆけば、地はいたるところ佳香を放てり 四―六
うるはしき空氣變化なく動きてわが額を撃ち、そのさまさながら軟かき風の觸るゝに異ならず 七―九
諸の枝これに靡きてふるひつゝ、みな聖なる山がその最初の影を投ぐる方にかゞめり 一〇―一二
されどはなはだしく撓むにあらねば、梢の小鳥その一切の技を棄つるにいたらず 一三―一五
いたくよろこびて歌ひつゝ、そよふく朝風を葉の間にうけ、葉はエオロがシロッコを解き放つとき 一六―
キアッシの岸の上なる松の林の枝より枝に集まるごとき音をもてその調にあはせぬ ―二一
しづかなる歩履我を運びて年へし林の中深く入らしめ、我既にわがいづこより入來れるやを見るあたはざりしとき 二二―二四
見よわが行手を遮れる一の流れあり、その細波をもて、縁に生え出し草を左に曲げぬ 二五―二七
日にも月にもかしこを照すをゆるさざる永劫の蔭に蔽はれ、黒み黒みて流るれども 二八―
一物として隱るゝはなきかの水にくらぶれば、世のいと清き水といふともみな雜ありとみゆべし ―三三
わが足とどまり、わが目は咲ける木々の花の類甚だ多きを見んとて小川のかなたに進めるに 三四―三六
このときあたかも物不意にあらはれて人を驚かし、他の思ひをすべて棄てしむることあるごとくかしこにあらはれし 三七―三九
たゞひとりの淑女あり、歌をうたひて歩みつゝ、その行道をこと/″\くいろどれる花また花を摘みゐたり 四〇―四二
我彼に曰ふ。あゝ美しき淑女よ、心の證となる習ひなる姿に信を置くをうべくば愛の光にあたゝまる者よ 四三―
ねがはくは汝の歌の我に聞ゆるにいたるまで、この流れのかたにすゝみきたれ ―四八
汝は我にプロセルピーナが、その母彼を彼春を失へるとき、いづこにゐしやいかなるさまにありしやを思ひ出でしむ。 四九―五一
たとへば舞をまふ女の、その二の蹠を地にまた互ひに寄せてすゝみ、ほとんど一足を一足の先に置かざるごとく 五二―五四
彼は紅と黄の花を踏みてこなたにすゝみ、そのさま目をしとやかにたるゝ處女に異ならず 五五―五七
かくて麗はしき聲その詞とともに我に聞ゆるまで近づきてわが願ひを滿たせり 五八―六〇
まさしく草がかの美しき流れの波に洗はるゝところに來るやいなや、彼わがためにその目を擧げぬ 六一―六三
思ふにヴェーネレのあやまちてわが子に刺されし時といふとも、その眉の下に輝ける光かく大いならざりしなるべし 六四―六六
彼は種なきにかの高き邱に生ずる色をなほも己が手をもて摘みつゝ、右の岸に微笑みゐたり 六七―六九
流れは三歩我等を隔てき、されどセルセの渡れる(このこと今も人のすべての誇りを誡しむ)エルレスポントが 七〇―七二
セストとアビードの間の荒浪のためにレアンドロよりうけし怨みも、かの流れが、かの時開かざりしために我よりうけし怨みにはまさらじ 七三―七五
彼曰ふ。汝等は今初めて來れる者なれば、人たる者の巣に擇ばれしこの處に我のほほゑむをみて 七六―七八
驚きかつ異しむならむ、されど汝我を樂しませ給へりといへる聖歌は光を與へて汝等の了知の霧を拂ふに足るべし 七九―八一
また汝先に立つ者我に請へる者よ、聞くべきことあらばいへ、我はいかなる汝の問ひにも足はぬ事なく答へんと心構して來れるなれば。 八二―八四
我曰ふ。水と林の響きとはあらたに起せるわが信を攻む、そはわが聞けるところ今見るところと異なればなり。 八五―八七
是に於てか彼。我は汝のあやしむものにそのいで來る原因あるを陳べて汝を蔽ふ霧をきよめむ 八八―九〇
それ己のみ己が心に適ふ至上の善は人を善にまた善行の爲に造り、この處をこれに與へて限りなき平和の契約となせり 九一―九三
人己が越度によりてたゞ少時こゝにとゞまり、己が越度によりて正しき笑ひと麗はしき悦びを涙と勤勞に變らせぬ 九四―九六
水より地よりたちのぼりてその力の及ぶかぎり熱に從ひゆくもののこの下に起す亂が 九七―九九
人と戰ふなからんため、この山かく高く天に聳えき、しかしてその鎖さるゝところより上はみなこれを免かる 一〇〇―一〇二
さて空氣は、若しそのることいづこにか妨げられずば、こと/″\く第一の囘轉とともに圓を成してめぐるがゆゑに 一〇三―一〇五
かゝる動き、純なる空氣の中にありて全く絆なやこの高嶺を撃ち、林に聲を生ぜしむ、これその繁きによりてなり 一〇六―一〇八
また撃たれし草木にはその性を風に滿たすの力あり、この風その後吹きめぐりてこれをあたりに散らし 一〇九―一一一
かなたの地は己が特質と天の利にしたがひて孕み、性異なる諸の木を生む 一一二―一一四
かゝればわがこの言を聞く者、たとひ見ゆべき種なきにかしこに萌えいづる草木を見るとも、世の不思議とみなすに足らず 一一五―一一七
汝知るべし、この聖なる廣野には一切の種滿ち、かの世に摘むをえざる果のあることを 一一八―一二〇
また汝の今見る水は、漲り涸るゝ河のごとくに、冷えて凝れる水氣の補ふ脈より流れいづるにあらず 一二一―一二三
變らず盡きざる泉よりいづ、而して泉は神の聖旨によりて、その二方の口よりそゝぐものをば再び得 一二四―一二六
こなたには罪の記憶を奪ふ力をもちてくだりゆき、かなたには諸の善行を憶ひ起さしむ 一二七―一二九
こなたなるはレーテと呼ばれ、かなたなるをエウノエといふ、この二の水まづ味はれざればその功徳なし 一三〇―一三二
こは他の凡ての味にまさる、我またさらに汝に教ふることをせずとも、汝の渇はや全くやみたるならむ、されど 一三三―一三五
己が好にまかせてなほ一の事を加へむ、思ふにわが言たとひ約束の外にいづとも汝の喜びに變りはあらじ 一三六―一三八
いにしへ黄金の代とその幸多きさまを詩となせる人々、恐らくはパルナーゾにて夢にこの處を見しならむ 一三九―一四一
こゝに罪なくして人住みぬ、こゝにとこしへの春とすべての實あり、彼等の所謂ネッタレは是なり。 一四二―一四四
我はこの時身を後方にめぐらしてわがふたりの詩人にむかひ、彼等が笑を含みつゝこの終りの言をきけるを見 一四五―一四七
後ふたゝび目をかの美しき淑女にむけたり 一四八―一五〇
第二十九曲
彼かたりをはれるとき、戀する女のごとく歌ひて、罪をおほはるゝものは福なりといひ 一―三
かくてたとへばひとりは日を見ひとりはこれを避けんとて林の蔭をあゆみゆきしさびしきニンファの群のごとくに 四―六
岸をつたひ流れにさかのぼりて進み、また我はわが歩みを細にしてそのこまかなる歩みにあはせ、これと相並びて行けり 七―九
ふたりの足數合せて百とならざるさきに、岸兩つながら等しくその方向を變へたれば、我は再び東にむかへり 一〇―一二
またかくしてゆくことなほ未だ遠からざりしに、淑女全くわが方にむかひて、わが兄弟よ、視よ、耳を傾けよといふ 一三―一五
このとき忽ち一の光かの大なる林の四方に流れ、我をして電光なるかと疑はしめき 一六―一八
されど電光はその現はるゝごとく消ゆれど、この光は長くつゞきていよ/\輝きわたりたれば、我わが心の中に是何物ぞやといふ 一九―二一
また一のうるはしき聲あかるき空をわけて流れぬ、是に於てか我は正しき憤りよりエーヴァの膽の大きを責めたり 二二―二四
彼は造られていまだ程なきたゞひとりの女なるに、天地神に遵へるころ、被物の下に、しのびてとゞまることをせざりき
彼その下に信心深くとゞまりたりせば、我は早くまた永くこのいひがたき樂しみを味へるなるべし 二八―三〇
かぎりなき樂しみの初穗かく豐かなるに心奪はれ、たゞいよ/\大いなる喜びをうるをねがひつゝ、我その間を歩みゐたるに 三一―三三
我等の前にて縁の技の下なる空氣燃ゆる火のごとくかゞやき、かのうるはしき音今は歌となりて聞えぬ 三四―三六
あゝげに聖なる處女等よ、我汝等のために饑ゑ、寒さ、または眠りをしのびしことあらば、今その報を請はざるをえず 三七―三九
いざエリコナよわがためにそゝげ、ウラーニアよ、歌の侶とともに我をたすけて、おもふだに難き事をば詩となさしめよ 四〇―四二
さてその少しく先にあたりてあらはれし物あり、我等と是とはなほ離るゝこと遠かりければ、誤りて七の黄金の木と見えぬ 四三―四五
されど相似て官能を欺く物その時性の一をも距離のために失はざるまで我これに近づけるとき 四六―四八
理性に物を判たしむる力は、これの燭臺なるとうたへる歌のオザンナなるをさとりたり 四九―五一
この美しき一組の燭臺、上より焔を放ちてその燦かなること澄みわたれる夜半の空の望月よりもはるかにまされり 五二―五四
我はいたくおどろきて身をめぐらし、善きヴィルジリオにむかへるに、我に劣らざる怪訝を顏にあらはせる外答へなかりき 五五―五七
我即ちふたゝび目をかのたふとき物にむくれば、新婦にさへ負くるならんとおもはるゝほどいとゆるやかにこなたにすゝめり 五八―六〇
淑女我を責めていふ。汝いかなればかくたゞ生くる光のさまに心を燃やし、その後方より來るものを見ざるや。 六一―六三
このとき我見しに、白き衣を着(かくばかり白き色世にありし例なし)、己が導者に從ふごとく後方より來る民ありき 六四―六六
水はわが左にかゞやき、我これを視れば、あたかも鏡のごとくわが身の左の方を映せり 六七―六九
われ岸のこなた、たゞ流れのみ我をへだつるところにいたれるとき、なほよくみんと、わが歩みをとゞめて 七〇―七二
視しに、焔はそのうしろに彩色れる空氣を殘してさきだちすゝみ、さながら流るゝ小旗のごとく 七三―七五
空氣は七の線にわかたれ、これに日の弓、デリアの帶のすべての色あり 七六―七八
これらの旌後の方に長く流れてわが目及ばず、またわがはかるところによれば左右の端にあるものの相離るゝこと十歩なりき 七九―八一
かく美しきさにおほはれ、二十四人の長老、百合の花の冠をつけてふたりづつならび來れり 八二―八四
みなうたひていふ。アダモの女子のうちにて汝は福なる者なり、ねがはくは汝の美にとこしへの福あれ。 八五―八七
かの選ばれし民、わが對面なるかなたの岸の花と新しき草をはなれしとき 八八―九〇
あたかも天にて光光に從ふごとく、そのうしろより四の生物各頭に縁の葉をいただきて來れり 九一―九三
皆六の翼をもち、目その羽に滿つ、アルゴの目若し生命あらばかくのごとくなるべし 九四―九六
讀者よ、彼等の形を録さんとて我またさらに韻語を散らさじ、そは他の費に支へられてこの費を惜しまざること能はざればなり 九七―九九
エゼキエレを讀め、彼は彼等が風、雲、火とともに寒き處より來るを見てこれを描けり 一〇〇―一〇二
わがこゝにみし彼等の状もまたかれの書にいづるものに似たり、但し羽については、ジヨヴァンニ彼と異なりて我と同じ 一〇三―一〇五
これらの四の生物の間を二の輪ある一の凱旋車占む、一頭のグリフォネその頸にてこれを曳けり 一〇六―一〇八
この者二の翼を、中央の一と左右の三の線の間に伸べたれば、その一をも斷たず損はず 一〇九―一一一
翼は尖の見えざるばかり高く上れり、その身の中に鳥なるところはすべて黄金にて他はみな紅まじれる白なりき 一一二―一一四
アフリカーノもアウグストもかく美しき車をもてローマを喜ばせしことなきはいふに及ばず、日の車さへこれに比ぶれば映なからむ 一一五―一一七
(即ち路をあやまれるため、信心深きテルラの祈りによりてジョーヴェの奇しき罰をうけ、燒盡されし日の車なり) 一一八―一二〇
右の輪のほとりには、舞ひめぐりつゝ進み來れるみたりの淑女あり、そのひとりは、火の中にては見分け難しと思はるゝばかりに赤く 一二一―一二三
次なるは、肉も骨も縁の玉にて造られしごとく、第三なるは、新たに降れる雪に似たり 一二四―一二六
或時は白或時は赤他のふたりをみちびくと見ゆ、しかしてその歌にあはせて、侶のゆくこと或ひはおそく或ひははやし 一二七―一二九
左の輪のほとりには、紫の衣を着てたのしく踊れるよたりの淑女あり、そのひとり頭に三の目ある者ほかのみたりをみちびきぬ 一三〇―一三二
かく擧げ來れる凡ての群の後に、我はふたりの翁を見たり、その衣は異なれどもおごそかにしておちつきたる姿は同じ 一三三―一三五
ひとりは己がかのいと大いなるイッポクラテ(即ち自然がその最愛の生物のために造れる)の流れを汲むものなるをあらはし 一三六―一三八
またひとりは、川のこなたなる我にさへ恐れをいだかしめしほど光りて鋭き一の劒を持ちて、これと反する思ひをあらはせり 一三九―一四一
我は次に外見の劣れるよたりの者と、凡ての者の後よりたゞひとりにて眠りて來れる氣色鋭き翁を見たり 一四二―一四四
この七者は衣第一の組と同じ、されど頭を卷ける花圈百合にあらずして 一四五―一四七
薔薇とその他の紅の花なりき、少しく離れしところにてもすべての者の眉の上にまさしく火ありと見えしなるべし 一四八―一五〇
輦わが對面にいたれるとき雷きこえぬ、是に於てかかのたふとき民はまた進むをえざるごとく 一五一―一五三
最初の旌とともにかしこにとゞまれり 一五四―一五六
第三十曲
第一天の七星(出沒を知らず、罪よりほかの雲にかくれしこともなし 一―三
しかしてかしこにをる者に各その任務をしらしめしこと恰も低き七星の、港をさして舵取るものにおけるに似たりき) 四―六
とゞまれるとき、是とグリフォネの間に立ちて先に進める眞の民、己が平和にむかふごとく、身をめぐらして車にむかへば 七―九
そのひとりは、天より遣はされしものの如く、新婦よリバーノより來れと三度うたひてよばはり、ほかの者みなこれに傚へり 一〇―一二
最後の喇叭の響きとともに、すべて惠まるゝ者、再び衣を着たる聲をもてアレルヤをうたひつゝその墓より起出づるごとく 一三―一五
かの大いなる翁の聲をきゝて神の車の上にたちあがれる永遠の生命の僕と使者百ありき 一六―一八
みないふ。來たる者よ汝は福なり。また花を上とあたりに散らしつゝ。百合を手に滿たして撒け。 一九―二一
我かつて見ぬ、晝の始め、東の方こと/″\く赤く、殘りの空すみてうるはしきに 二二―二四
日の面曇りて出で、目のながくこれに堪ふるをうるばかり光水氣に和らげらるゝを 二五―二七
かくのごとく、天使の手より立昇りてふたゝび内外に降れる花の雲の中に 二八―三〇
白き面の上には橄欖を卷き、縁の表衣の下には燃ゆる焔の色の衣を着たるひとりの淑女あらはれぬ 三一―三三
わが靈は(はやかく久しく彼の前にて驚異のために震ひつゝ挫かるゝことなかりしに) 三四―三六
目の能くこれに教ふるをまたず、たゞ彼よりいづる奇しき力によりて、昔の愛がその大いなる作用を起すを覺えき 三七―三九
わが童の時過ぎざるさきに我を刺し貫けるたふとき力わが目を射るや 四〇―四二
我はあたかも物に恐れまたは苦しめらるゝとき、走りてその母にすがる稚兒の如き心をもて、たゞちに左にむかひ 四三―四五
一滴だに震ひ動かずしてわが身に殘る血はあらじ、昔の焔の名殘をば我今知るとヴィルジリオにいはんとせしに 四六―四八
ヴィルジリオ、いとなつかしき父のヴィルジリオ、わが救ひのためにわが身を委ねしヴィルジリオははや我等を棄去れり 四九―五一
昔の母の失へるすべてのものも、露に淨められし頬をして、涙にふたゝび汚れしめざるあたはざりき 五二―五四
ダンテよ、ヴィルジリオ去れりとて今泣くなかれ今泣くなかれ、それよりほかの劒に刺されて汝泣かざるをえざればなり。 五五―五七
己が名(我已むをえずしてこゝに記せり)の呼ばるゝを聞きてわれ身をめぐらせしとき、我はさきに天使の撒華におほはれて 五八―
我にあらはれしかの淑女が、さながら水軍の大將の、艫に立ち舳に立ちつゝあまたの船に役はるゝ人々を見てこれをはげまし
よくその業をなさしむるごとく、車の左の縁にゐて、流れのこなたなる我に目をそそぐを見たり ―六六
ミネルヴァの木葉に卷かれし面その首より垂るゝがゆゑに、我さだかに彼を見るをえざりしかど 六七―六九
凛々しく、氣色なほもおごそかに、あたかも語りつゝいと熱き言をばしばし控ふる人の如く、彼續いていひけるは 七〇―七二
よく我を視よ、げに我は我はげにベアトリーチェなり、汝如何してこの山に近づくことをえしや汝は人が福をこゝに受くるを知らざりしや。 七三―七五
わが目は澄める泉に垂れぬ、されどそこに己が姿のうつれるをみて我これを草に移しぬ、恥いと重く額を壓せしによりてなり 七六―七八
母たる者の子に嚴しとみゆる如く彼我にいかめしとみゆ、きびしき憐憫の味は苦味を帶ぶるものなればなり 七九―八一
彼は默せり、また天使等は忽ちうたひて、主よわが望みは汝にありといへり、されどわが足をの先をいはざりき 八二―八四
スキアヴォーニアの風に吹寄せられてイタリアの背なる生くる梁木の間にかたまれる雪も 八五―八七
陰を失ふ國氣を吐くときは、火にあへる蝋かとばかり、溶け滴りて己の内に入るごとく 八八―九〇
つねにとこしへの球の調にあはせてしらぶる天使等いまだうたはざりしさきには、我に涙も歎息もあらざりしかど 九一―九三
かのうるはしき歌をきゝて、彼等の我を憐むことを、淑女よ何ぞかく彼を叱責むやと彼等のいふをきかんよりもなほ明かに知りし時 九四―九六
わが心のまはりに張れる氷は、息と水に變りて胸をいで、苦しみて口と目を過ぎぬ 九七―九九
彼なほ輦の左の縁に立ちてうごかず、やがてかの慈悲深き群にむかひていひけるは 一〇〇―一〇二
汝等とこしへの光の中に目を醍しをるをもて、夜も睡りも、世がその道に踏みいだす一足をだに汝等にかくさじ 一〇三―一〇五
是故にわが答への求むるところは、むしろかしこに泣く者をしてわが言をさとらせ、罪と憂ひの量を等しからしむるにあり 一〇六―一〇八
すべて生るゝ者をみちびきその侶なる星にしたがひて一の目的にむかはしむる諸天のはたらきによるのみならず 一〇九―一一一
また神の恩惠(その雨のもとなる水氣はいと高くして我等の目近づくあたはず)のゆたかなるによりて 一一二―一一四
彼は生命の新たなるころ實の力すぐれたれば、そのすべての良き傾向は、げにめざましき證となるをえたりしものを 一一五―一一七
種を擇ばず耕さざる地は、土の力のいよ/\さかんなるに從ひ、いよ/\惡くいよ/\荒る 一一八―一二〇
しばらくは我わが顏をもて彼を支へき、わが若き目を彼に見せつゝ彼をみちびきて正しき方にむかはせき 一二一―一二三
我わが第二の齡の閾にいたりて生を變ふるにおよび、彼たゞちに我をはなれ、身を他人にゆだねぬ 一二四―一二六
われ肉より靈に登りて美も徳も我に増し加はれるとき、彼却つて我を愛せず、かへつて我をよろこばす 一二七―一二九
いかなる約束をもはたすことなき空しき幸の象を追ひつゝその歩を眞ならざる路にむけたり 一三〇―一三二
我また乞ひて默示をえ、夢幻の中にこれをもて彼を呼戻さんとせしも益なかりき、彼これに心をとめざりければなり 一三三―一三五
彼いと深く墜ち、今はかの滅亡の民を彼に示すことを措きてはその救ひの手段みな盡きぬ 一三六―一三八
是故にわれ死者の門を訪ひ、彼をこゝに導ける者にむかひて、泣きつゝわが乞ふところを陳べぬ 一三九―一四一
若し夫れ涙をそゝぐ悔の負債を償はざるものレーテを渡りまたその水を味ふをうべくば 一四二―一四四
神のたふとき定は破れむ。
第三十一曲
あゝ汝聖なる流れのかなたに立つ者よ、いへ、この事眞なりや否や、いへ、かくきびしきわが責に汝の懺悔のともなはでやは 一―三
彼は刃さへ利しとみえしその言の鋩を我にむけつゝ、たゞちに續いてまた斯くいひぬ 四―六
わが能力の作用いたく亂れしがゆゑに、聲は動けどその官を離れて外にいでざるさきに冷えたり 七―九
彼しばらく待ちて後いふ。何を思ふや、我に答へよ、汝の心の中の悲しき記憶を水いまだ損はざれば。 一〇―一二
惑ひと怖れあひまじりて、目を借らざれば聞分けがたき一のシをわが口より逐へり 一三―一五
たとへば弩を放つとき、これを彎くことつよきに過ぐれば、弦切れ弓折れて、矢の的に中る力の減るごとく 一六―一八
とめどなき涙大息とともにわれかの重荷の下にひしがれ、聲はいまだ路にあるまに衰へぬ 一九―二一
是に於てか彼我に。われらの望みの終極なるかの幸を愛せんため汝を導きしわが願ひの中に 二二―二四
いかなる堀またはいかなる鏈を見て、汝はさきにすゝむの望みをかく失ふにいたれるや 二五―二七
また他の幸の額にいかなる慰または益のあらはれて汝その前をはなれがたきにいたれるや。 二八―三〇
一のくるしき大息の後、我にほとんど答ふる聲なく、唇からうじてこれをつくれり 三一―三三
我泣きて曰ふ。汝の顏のかくるゝや、眼前に在る物その僞りの快樂をもてわが歩履を曲げしなり 三四―三六
彼。汝たとひ默しまたは今の汝の懺悔をいなみきとすとも汝の愆何ぞかくれ易からん、かのごとき士師知りたまふ 三七―三九
されど罪を責むる言犯せる者の口よりいづれば、我等の法廷にて、輪はさかさまに刃にむかひてめぐる 四〇―四二
しかはあれ汝今己が過ちを恥ぢ、この後シレーネの聲を聞くとも心を固うするをえんため 四三―四五
涙の種を棄てて耳をかたむけ、葬られたるわが肉の汝を異なる方にむかしむべかりし次第を聞くべし 四六―四八
さきに我を包みいま地にちらばる美しき身のごとく汝を喜ばせしものは、自然も技も嘗て汝にあらはせることあらざりき 四九―五一
わが死によりてこのこよなき喜び汝に缺けしならんには、そも/\世のいかなる物ぞその後汝の心を牽きてこれを求むるにいたらしめしは 五二―五四
げに汝は假初の物の第一の矢のため、はやかゝる物ならざりし我に從ひて立昇るべく 五五―五七
稚き女そのほか空しきはかなきものの矢を待ちて翼をひくく地に低るべきにあらざりき 五八―六〇
それ二の矢三の矢を待つは若き小鳥の事ぞかし、羽あるものの目のまへにて網を張り弓を彎くは徒爾なり。 六一―六三
我はあたかもはぢて言なく、目を地にそゝぎ耳を傾けて立ち、己が過ちをさとりて悔ゆる童のごとく 六四―六六
立ちゐたり、彼曰ふ。汝聞きて憂ふるか、鬚を上げよ、さらば見ていよ/\憂へむ。 六七―六九
たくましき樫の木の、本土の風またはヤルバの國より吹く風に拔き倒さるゝ時といふとも、そのこれにさからふこと 七〇―七二
わが彼の命をきゝて頤をあげしときに及ばじ、彼顏といはずして鬚といへるとき、我よくその詞の毒を認めぬ 七三―七五
我わが顏をあげしとき、わが目は、かのはじめて造られし者等が、ふりかくることをやめしをさとり 七六―七八
また(わが目なほ定かならざりしかど)ベアトリーチェが、身たゞ一にて性二ある獸のかたにむかふを見たり 七九―八一
面におほはれ、流れのかなたにありてさへ、彼はその未だ世にありし頃世の女等に優れるよりもさらに己が昔の姿にまされりとみゆ 八二―八四
悔の刺草いたく我を刺ししかば、すべてのものの中にて最も深く我を迷はしわが愛を惹けるものわが最も忌嫌ふものとはなりぬ 八五―八七
我かく己が非をさとる心の痛みに堪へかねて倒れき、此時我のいかなるさまにてありしやは我をこゝにいたらしめし者ぞ知るなる 八八―九〇
かくてわが心その能力を外部に還せし時、我は先に唯獨りにて我に現れし淑女をば我上の方に見たり、彼曰ふ。我を捉へよ我をとらへよ。 九一―九三
彼は流れの中に既に我を喉まで引入れ、今己が後より我を曳きつゝ、杼のごとく輕く水の上を歩めるなりき 九四―九六
われ福の岸に近づけるとき、汝我に注ぎ給へといふ聲聞えぬ、その麗はしさ類なければ思出づることだに能はず何ぞ記すをうべけんや 九七―九九
かの美しき淑女腕をひらきてわが首が抱き、なほも我を沈めて水を飮まざるをえざらしめ 一〇〇―一〇二
その後我をひきいだして、よたりの美しき者の踊れるなかに、かく洗はれしわが身をおき、彼等は各その腕をもて我を蔽へり 一〇三―一〇五
こゝには我等ニンフェなり、天には我等星ぞかし、ベアトリーチェのまだ世に降らざるさきに、我等は定まりきその侍女と 一〇六―一〇八
我等汝を導いて彼の目の邊に到らむ、されどその中なる悦びの光を見んため、物を見ること尚深き彼處の三者汝の目をば強くせむ。 一〇九―一一一
かくうたひて後、彼等は我をグリフォネの胸のほとり、ベアトリーチェの我等にむかひて立ちゐたるところに連行き 一一二―一一四
いひけるは。汝見ることを惜しむなかれ、我等は汝を縁の珠の前におけり、愛かつて汝を射んとてその矢をこれより拔きたるなりき。 一一五―一一七
火よりも熱き千々の願ひわが目をしてかのたえずグリフォネの上にとまれる光ある目にそゞがしむれば 一一八―一二〇
二樣の獸は忽ち彼忽ち此の姿態をうつしてその中にかゞやき、そのさま日輪の鏡におけるに異なるなかりき 一二一―一二三
讀者よ、物みづから動かざるにその映れる象變るを視しとき我のあやしまざりしや否やを思へ 一二四―一二六
いたくおどろき且つまた喜びてわが魂この食物(飽くに從ひていよ/\慾を起さしむ)を味へる間に 一二七―一二九
かのみたりの女、姿に際のさらにすぐれて貴きをあらはし、その天使の如き舞の詞につれてをどりつゝ進みいでたり 一三〇―一三二
むけよベアトリーチェ、汝に忠實なるものに汝の聖なる目をむけよ、彼は汝にあはんとてかく多くの歩履をはこべり 一三三―
ねがはくは我等のために汝の口を彼にあらはし、彼をして汝のかくす第二の美を辨へしめよ。是彼等の歌なりき ―一三八
あゝ生くるとこしへの光の輝よ、パルナーゾの蔭に色あをざめまたはその泉の水をいかに飮みたる者といふとも 一三九―一四一
汝が濶き空氣の中に汝の面を脱ぎて天のその調をあはせつゝ汝の上を覆ふ處に現はれし時の姿をば寫し出さんとするにあたり 一四二―一四四
豈その心を亂さざらんや
第三十二曲
十年の渇をしづめんため、心をこめてわが目をとむれば、他の官能はすべて眠れり 一―三
またこの目には左右に等閑の壁ありき、聖なる微笑昔の網をもてかくこれを己の許に引きたればなり 四―六
このときかの女神等、汝あまりに凝視るよといひてしひてわが目を左の方にむかはしむ 七―九
日の光に射られし目にてたゞちに物を見る時のごとく、我やゝ久しくみることあたはざりしかど 一〇―一二
視力舊に復りて小さき輝に堪ふるに及び(わがこれを小さしといへるはしひてわが目を離すにいたれる大いなる輝に比ぶればなり) 一三―一五
我は榮光の戰士等が身をめぐらして右にむかひ、日と七の焔の光を顏にうけつゝ歸るを見たり 一六―一八
たとへば一の隊伍の、己を護らんとて盾にかくれ、その擧りて方向を變ふるをえざるまに、旗を持ちつゝめぐるがごとく 一九―二一
かの先に進める天の王國の軍人等は、車がいまだその轅を枉げざるまに、皆我等の前を過ぐ 二二―二四
是に於てか淑女等は輪のほとりに歸り、グリフォネはその羽の一をも搖がさずしてたふとき荷をうごかし 二五―二七
我をひきて水を渉れる美しき淑女とスターツィオと我とは、轍に殘せし弓の形の小さき方なる輪に從ひ 二八―三〇
かくしてかの高き林、蛇を信ぜし女の罪に空しくなりたる地をわけゆけば、天使のうたふ一の歌我等の歩履を齊へり 三一―三三
彎き放たれし矢の飛ぶこと三度にして屆くとみゆるところまで我等進めるとき、ベアトリーチェはおりたちぬ 三四―三六
衆皆聲をひそめてアダモといひ、やがて枝に花も葉もなき一本の木のまはりを卷けり 三七―三九
その髭は森の中なるインド人をも驚かすばかりに高く、かつ高きに從ひていよ/\伸び弘がれり 四〇―四二
福なるかなグリフォネよ、この木口に甘しといへどもいたく腹をなやますがゆゑに汝これを啄まず。 四三―四五
たくましき木のまはりにて衆かくよばはれば、かの二樣の獸は、すべての義の種かくのごとくにして保たるといひ 四六―四八
曳き來れる轅にむかひつゝこれを裸なる幹の下にひきよせ、その小枝をもてこれにつなげり 四九―五一
大いなる光天上の魚の後にかゞやく光にまじりて降るとき、わが世の草木 五二―五四
膨れいで、日がその駿馬を他の星の下に裝はざるまに、各その色をもて姿を新たにするごとく 五五―五七
さきに枝のさびれしこの木、薔薇より淡く菫より濃き色をいだして新たになりぬ 五八―六〇
このときかの民うたへるも我その歌の意を解せず――世にうたはるゝことあらじ――またよく終りまで聞くをえざりき 六一―六三
我若しかの非情の目、その守きびしきために高き價を拂へる目が、シリンガの事を聞きつゝ眠れる状を寫すをうべくば 六四―
我自らの眠れるさまを、恰も樣式を見てゑがく畫家の如くに録さんものを、巧みに睡りを現はす者にあらざればこの事望み難きがゆゑに ―六九
わがめさめし時にたゞちにうつりて語るらく、とある光の煌と起きよ汝何を爲すやとよばはる聲とはわが睡りの幕を裂きたり 七〇―七二
林檎(諸の天使をしてその果をしきりに求めしめ無窮の婚筵を天にいとなむ)の小さき花を見んため 七三―七五
ピエートロとジヨヴァンニとヤーコポと導かれて氣を失ひ、さらに大いなる睡りを破れる言葉をきゝて我にかへりて 七六―七八
その侶の減りたる――モイゼもエリアもあらざれば――とその師の衣の變りたるとをみしごとく 七九―八一
我もまた我にかへりてかの慈悲深き淑女、さきに流れに沿ひてわが歩履をみちびけるもののわがほとりに立てるを見 八二―八四
いたくあやしみていひけるは。ベアトリーチェはいづこにありや。彼。新しき木葉の下にてその根の上に坐するを見よ 八五―八七
彼をかこめる組をみよ、他はみないよ/\うるはしき奧深き歌をうたひつゝグリフォネの後より昇る。 八八―九〇
我は彼のなほかたれるや否やをしらず、そはわが心を塞ぎてほかにむかはしめざりし女既にわが目に入りたればなり 九一―九三
彼はかの二樣の獸の繋げる輦をまもらんとてかしこに殘るもののごとくひとり眞の地の上に坐し 九四―九六
七のニンフェは北風も南風も消すあたはざる光を手にし、彼のまはりに身をもてまろき圍をつくれり 九七―九九
汝はこゝに少時林の人となり、その後かぎりなく我と倶にかのローマ即ちクリストをローマ人の中にかぞふる都の民のひとりとなるべし 一〇〇―一〇二
さればもとれる世を益せんため、目を今輦にとめよ、しかして汝の見ることをかなたに歸るにおよびて記せ。 一〇三―一〇五
ベアトリーチェ斯く、また我はつゝしみてその命に從はんとのみ思ひゐたれば、心をも目をもその求むるところにむけたり 一〇六―一〇八
いと遠きところより雨の落つるとき、濃き雲の中より火の降るはやしといへども 一〇九―一一一
わが見しジョーヴェの鳥に及ばじ、この鳥木をわけ舞ひくだりて花と新しき葉と皮とをくだき 一一二―一一四
またその力を極めて輦を打てば、輦はゆらぎてさながら嵐の中なる船の、浪にゆすられ、忽ち右舷忽ち左舷に傾くに似たりき 一一五―一一七
我また見しにすべての良き食物に饑うとみゆる一匹の牝狐かの凱旋車の車内にかけいりぬ 一一八―一二〇
されどわが淑女はその穢はしき罪を責めてこれを逐ひ、肉なき骨のこれに許すかぎりわしらしむ 一二一―一二三
我また見しにかの鷲はじめのごとく舞下りて車の匣の内に入り己が羽をかしこに散して飛去りぬ 一二四―一二六
この時なやめる心よりいづるごとき聲天よりいでていひけるは。ああわが小舟よ、汝の積める荷はいかにあしきかな。 一二七―一二九
次にはわれ輪と輪の間の地ひらくがごときをおぼえ、またその中より一の龍のいで來るをみたり、この者尾をあげて輦を刺し 一三〇―一三二
やがて螫を收むる蜂のごとくその魔性の尾を引縮め車底の一部を引出して紆曲りつつ去りゆけり 一三三―一三五
殘れる物は肥えたる土の草におけるがごとく羽(おそらくは健全にして厚き志よりさゝげられたる)に 一三六―一三八
おほはれ、左右の輪及び轅もまたたゞちに――その早きこと一の歎息の口を開く間にまされり――これにおほはる 一三九―一四一
さてかく變りて後この聖なる建物その處々より頭を出せり、即ち轅よりは三、稜よりはみな一を出せり 一四二―一四四
前の三には牡牛のごとき角あれども後の四には額に一の角あるのみ、げにかく寄しき物かつてあらはれし例なし 一四五―一四七
その上には高山の上の城のごとく安らかに坐し、しきりにあたりをみまはしゐたるひとりのしまりなき遊女ありき 一四八―一五〇
我また見しにあたかもかの女の奪ひ去らるゝを防ぐがごとく、ひとりの巨人その傍に立ちてしば/\これと接吻したり 一五一―一五三
されど女がその定まらずみだりなる目を我にむくるや、かの心猛き馴染頭より足にいたるまでこれを策ち 一五四―一五六
かくて嫉みと怒りにたへかね、異形の物を釋き放ちて林の奧に曳入るれば、たゞこの林盾となりて 一五七―一五九
遊女も奇しき獸も見えざりき 一六〇―一六二
第三十三曲
神よ異邦人は來れり、淑女等涙を流しつゝ、忽ちみたり忽ちよたり、かはる/″\詞を次ぎてうるはしき歌をうたひいづれば 一―三
ベアトリーチェは憐み歎きて、さながら十字架のほとりのマリアのごとく變りつゝ、彼等に耳をかたむけぬ 四―六
されどかの處女等彼にそのものいふ機を與へしとき、色あたかも火のごとく、たちあがりて 七―九
わが愛する姉妹等よ、少時せば汝等我を見ず、またしばらくせば我を見るべしと答へ 一〇―一二
後七者をこと/″\くその前におき、我と淑女と殘れる聖とをたゞ表示によりてその後におくれり 一三―一五
彼かくして進み、その第十歩の足いまだ地につかじとおもはるゝころ、己が目をもてわが目を射 一六―一八
容を和らげて我に曰ふ。とく來れ、さらば我汝とかたるに、汝我に近くしてよくわが言を聽くをえむ。 一九―二一
我その命にしたがひて彼の許にいたれるとき、彼たゞちにいふ。兄弟よ、汝今我と倶にゆきて何ぞ敢て我に問はざるや。 二二―二四
たとへば長者のまへに、敬ひはゞかりてものいふ人の、その聲を齊ふるをえざるごとく 二五―二七
我もまた言葉を亂していひけるは。わが淑女よ、汝はわが求むるものとこれに適はしきものとを知る。 二八―三〇
彼我に。汝今より後怖れと恥の縺れをはなれよ、さらば再び夢見る人のごとくものいふなからむ 三一―三三
知るべし蛇の破れる器はさきにありしもいまあらず、されど罪ある者をして、神の復讐がサッピを恐れざるを信ぜしめよ 三四―三六
羽を輦に殘してこれを異形の物とならしめその後獲物とならしめし鷲は常に世繼なきことあらじ 三七―三九
そは一切の妨碍障礙を離れし星の、一の時を來らせんとてはや近づくを我あきらかに見ればなり(此故に我これを告ぐ) 四〇―四二
この時來らば神より遣はされし一の五百と十と五とは、かの盜人をばこれと共に罪を犯す巨人とともに殺すべし 四三―四五
おそらくはわが告ぐることテミ、スフィンジェの如くおぼろにて、その智を暗ます状また彼等と等しければ汝さとるをえじ 四六―四八
されどこの事速かに起りてナイアーデとなり、羊、穀物の損害なくしてこのむづかしき謎を解かむ 四九―五一
心にとめよ、しかして死までの一走なる生をうけて生くる者等にこれらの語をわがいへるごとく傳へよ 五二―五四
またこれを録すとき、こゝにて既に二度までも掠められたる樹についてすべて汝の見しことを隱すべからざるを忘るゝなかれ 五五―五七
凡そこれを掠め又はこれを折る者は行爲の謗※ をもて神に逆らふ、そは神はたゞ己のためにとてこれを聖なる者に造りたまひたればなり 五八―六〇
これを噛めるがゆゑに第一の魂は、噛める罪の罰を自ら受けしものを待ちつゝ、苦しみと願ひの中に五千年餘の時を經たりき 六一―六三
若しことさらなる理によりてこの樹かく秀でその頂かくうらがへるを思はずば汝の才は眠れるなり 六四―六六
また若し諸の空しき想汝の心の周邊にてエルザの水とならず、この想より起る樂しみ桑を染めしピラーモとならざりせば 六七―六九
たゞかく多くの事柄によりて、汝はこの樹の禁制のうちに神の正義の眞の意義を認めしものを 七〇―七二
我見るに汝の智石に變り、石となりてかつ黒きがゆゑに、わが言の光汝の目をしてまばゆからしむ、されどわがなほ汝に望むところは 七三―
汝がこの言を心に畫きて(たとひ書さざるも)こゝより携へ歸るにあり、かくするは巡禮が棕櫚にて卷ける杖を持つとその理相同じ。 ―七八
我。あたかも印の形をとゞめてこれを變へざる蝋のごとく、わが腦は今汝の捺せし象をうく 七九―八一
されどなつかしき汝の言の高く飛びてわが目およはず、いよ/\みんとつとむればいよ/\みえざるは何故ぞや。 八二―八四
彼曰ふ。こは汝が汝の學べるところのものをかへりみて、その教へのわが語にともなふをうるや否やを見 八五―八七
しかして汝等の道の神の道に遠ざかることかのいと高き疾き天の地を離るゝごとくなるをさとるをえんためぞかし。 八八―九〇
是に於てか我答へて彼に曰ふ。我は一度も汝を離れしことあるを覺えず、良心我を責めざるなり。 九一―九三
彼笑みつゝ答へて曰ふ。汝覺ゆるあたはずば、いざ思ひいでよ今日この日汝がレーテの水を飮めるを 九四―九六
それ烟をみて火あるを知る、かく忘るゝといふことは他に移りし汝の思ひに罪あることをさだかに證す 九七―九九
げにこの後はわが詞いとあらはになりて、汝の粗き目にもみゆるにふさはしかるべし。 一〇〇―一〇二
光いよ/\はげしくして歩いよ/\遲き日は、見る處の異なるにつれてこゝかしこにあらはるゝ亭午の圈を占めゐたり 一〇三―一〇五
この時あたかも導者となりて群よりさきにゆく人が、みなれぬものをその路に見てとゞまるごとく 一〇六―一〇八
七人の淑女は、とある仄闇き蔭(縁の葉黒き枝の下なる冷やかなる流れの上にアルペの投ぐる陰に似たる)果る處にとゞまれり 一〇九―一一一
我は彼等の前にエウフラーテスとティーグリと一の泉より出で、わかれてゆくのおそきこと友のごときを見しとおぼえぬ 一一二―一一四
あゝ光よ、すべて人たる者の尊榮よ、かく一の源よりあふれいでてわかれ流るゝ水は何ぞや。 一一五―一一七
わがこの問ひに答へて曰ふ。マテルダに請ひ彼をしてこれを汝に告げしめよ。この時かの美しき淑女、罪を辨解く人のごとく 一一八―
答ふらく。さきに我この事をもほかの事をも彼に告げたり、またレーテの水いかでかこれを忘れしめんや。 ―一二三
ベアトリーチェ。さらにつよく心を惹きてしば/\記憶を奪ふもの、彼の智の目を昧ませしなるべし 一二四―一二六
されど見よかしこに流るゝエウノエを、汝かなたに彼をみちびき、汝の常に爲す如く、その萎えたる力をふたゝび生かせ。 一二七―一二九
たとへば他人の願ひ表示となりて外部にあらはるゝとき、尊き魂言遁るゝことをせず、たゞちにこれを己が願ひとなすごとく 一三〇―一三二
美しき淑女我を拉きてすゝみ、またスターツィオにむかひてしとやかに、彼と倶に來よといふ 一三三―一三五
讀者よ、我に餘白の滿すべきあらば、飮めども飽かざる水の甘さをいさゝかなりともうたはんものを 一三六―一三八
第二の歌に充てし紙はやみなこゝに盡きたるがゆゑに、技巧の手綱にとゞめられて我またさきにゆきがたし 一三九―一四一
さていと聖なる浪より歸れば、我はあたかも若葉のいでて新たになれる若木のごとく、すべてあらたまり 一四二―一四四
清くして、諸の星にいたるにふさはしかりき 一四五―一四七
天国篇
第一曲
萬物を動かす者の榮光遍く宇宙を貫くといへどもその輝の及ぶこと一部に多く一部に少し 一―三
我は聖光を最多く受くる天にありて諸の物を見たりき、されど彼處れて降る者そを語るすべを知らずまた然するをえざるなり 四―六
これわれらの智、己が願ひに近きによりていと深く進み、追思もこれに伴ふあたはざるによる 七―九
しかはあれ、かの聖なる王國たついてわが記憶に秘藏めしかぎりのことゞも、今わが歌の材たらむ 一〇―一二
あゝ善きアポルロよ、この最後の業のために願はくは我を汝の徳の器とし、汝の愛する桂をうくるにふさはしき者たらしめよ 一三―一五
今まではパルナーゾの一の巓にて足りしかど、今は二つながら求めて殘りの馬場に入らざるべからず 一六―一八
願はくは汝わが胸に入り、かつてマルシーアをその身の鞘より拔き出せる時のごとくに氣息を嘘け 一九―二一
あゝいと聖なる威力よ、汝我をたすけ、我をしてわが腦裏に捺されたる祝福の國の薄れし象を顯はさしめなば 二二―二四
汝はわが汝の愛る樹の下にゆきてその葉を冠となすを見む、詩題と汝、我にかく爲をえしむればなり 二五―二七
父よ、皇帝または詩人の譽のために摘まるゝことのいと罕なれば(人の思ひの罪と恥なり) 二八―三〇
ペネオの女の葉人をして己にかはかしむるときは、悦び多きデルフォの神に喜びを加へざることあらじ 三一―三三
それ小さき火花にも大いなる焔ともなふ、おそらくは我より後、我にまさる馨ありて祈ぎ、チルラの應をうるにいたらむ 三四―三六
世界の燈多くの異なる處より上りて人間にあらはるれども、四の圈相合して三の十字を成す處より 三七―三九
出づれば、その道まさり、その伴ふ星またまさる、而してその己が性に從ひて世の蝋を整へ象を捺すこといよ/\著し 四〇―四二
かしこを朝こゝを夕となしゝ日は殆どかゝる處よりいで、いまやかの半球みな白く、その他は黒かりき 四三―四五
この時我見しに、ベアトリーチェは左に向ひて目を日にとめたり、鷲だにもかくばかりこれを凝視しことあらじ 四六―四八
第二の光線常に第一のそれよりいでゝ再び昇る、そのさま歸るを願ふ異郷の客に異ならず 四九―五一
かくのごとく、彼の爲す所――目を傳ひてわが心の内に入りたる――よりわが爲す所いで、我は世の常を超えて目を日に注げり 五二―五四
元來人の住處として造られたりしところなれば、こゝにてはわれらの力に餘りつゝかしこにてはわれらが爲すをうること多し 五五―五七
わが目のこれに堪ふるをえしはたゞ些の間なりしも、そがあたかも火よりいづる熱鐡の如く火花をあたりに散すを見ざる程ならざりき 五八―六〇
しかして忽ち晝晝に加はり、さながらしかすることをうる者いま一の日輪にて天を飾れるごとく見えたり 六一―六三
ベアトリーチェはその目をひたすら永遠の輪にそゝぎて立ち、我はわが目を上より移して彼にそゝげり 六四―六六
かれの姿を見るに及び、わが衷あたかもかのグラウコが己を海の神々の侶たらしむるにいたれる草を味へる時の如くになりき 六七―六九
抑超人の事たるこれを言葉に表はし難し、是故に恩惠によりてこれが驗を經べき者この例をもて足れりとすべし 七〇―七二
天を統治むる愛よ、我は汝が最後に造りし我の一部に過ぎざりしか、こは聖火にて我を擧げし汝の知り給ふ所なり 七三―七五
慕はるゝにより汝が無窮となしゝ運行、汝の整へかつ頒つそのうるはしき調をもてわが心を引けるとき 七六―七八
日輪の焔いとひろく天を燃すと見えたり、雨または河といふともかくひろがれる湖はつくらじ 七九―八一
音の奇しきと光の大いなるとは、その原因につき、未だ感じゝことなき程に強き願ひをわが心に燃したり 八二―八四
是においてか、我を知ることわがごとくなりし淑女、わが亂るゝ魂を鎭めんとて、我の未だ問はざるさきに口を啓き 八五―八七
いひけるは。汝謬れる思ひをもて自ら己を愚ならしむ。是故にこれを棄つれば見ゆるものをも汝は見るをえざるなり 八八―九〇
汝は汝の信ずるごとく今地上にあるにあらず、げに己が處を出でゝ馳する電光疾しといへども汝のこれに歸るに及ばじ。 九一―九三
わが第一の疑ひはこれらの微笑める短き詞によりて解けしかど、一の新なる疑ひ起りていよ/\いたく我を絡めり 九四―九六
我即ち曰ふ。かの大いなる驚異につきてはわが心既に足りて安んず、されどいかにしてわれ此等の輕き物體を超えて上るや、今これを異とす 九七―九九
是においてか彼、一の哀憐の大息の後、狂へる子を見る母のごとく、目をわが方にむけて 一〇〇―一〇二
いふ。凡そありとしあらゆる物、皆その間に秩序を有す、しかしてこれは、宇宙を神の如くならしむる形式ぞかし 一〇三―一〇五
諸の尊く造られし物、永遠の威能(これを目的としてかゝる法は立てられき)の跡をこの中に見る 一〇六―一〇八
わがいふ秩序の中に自然はすべて傾けども、その分異なりて、己が源にいと近きあり然らざるあり 一〇九―一一一
是故にみな己が受けたる本能に導かれつゝ、存在の大海をわたりて多くの異なる湊にむかふ 一一二―一一四
火を月の方に送るも是、滅ぶる心を動かすも是、地を相寄せて一にするもまた是なり 一一五―一一七
またこの弓は、たゞ了知なきものゝみならず、智あり愛あるものをも射放つ 一一八―一二〇
かく萬有の次第を立つる神の攝理は、いと疾くめぐる天をつゝむ一の天をば、常にその光によりてしづかならしむ 一二一―一二三
今やかしこに、己が射放つ物をばすべて樂しき的にむくる弦の力我等を送る、あたかも定れる場所におくるごとし 一二四―一二六
されどげに、材默して應へざるため形しば/\技藝の工夫に配はざるごとく 一二七―一二九
被造物またしば/\この路を離る、そはこれは、かく促さるれども、もし最初の刺戟僞りの快樂の爲に逸れて 一三〇―
これを地に向はしむれば、その行方を誤る(あたかも雲より火の墜ることあるごとく)ことをうればなり ―一三五
わが量るところ正しくば、汝の登るはとある流れの高山より麓に下り行くごとし、何ぞ異とするに足らんや 一三六―一三八
汝障礙を脱しつゝなほ下に止まらば、是かへつて汝における一の不思議にて、地上に靜なることの燃ゆる火における如くなるべし。 一三九―一四一
かくいひて再び顏を天にむけたり 一四二―一四四
第二曲
あゝ聽かんとて小舟に乘りつゝ、歌ひて進むわが船のあとを追ひ來れる人等よ 一―三
立歸りて再び汝等の岸を見よ、沖に浮びいづるなかれ、恐らくは汝等我を見ずしてさまよふにいたるべければなり 四―六
わがわたりゆく水は人いまだ越えしことなし、ミネルヴァ氣息を嘘き、アポルロ我を導き、九のムーゼ我に北斗を指示す 七―九
また數少きも、天使の糧(世の人これによりて生くれど飽くにいたらず)にむかひて疾く項を擧げし人等よ 一〇―一二
水の面の再び平らかならざるさきにわが船路の跡をたどりつゝ海原遠く船を進めよ 一三―一五
イアソンが耕人となれるをコルコに渡れる勇士等の見し時にもまさりて汝等驚き異まむ 一六―一八
神隨の王國を求むる本然永劫の渇われらを運び、その速なること殆ど天のめぐるに異ならず 一九―二一
ベアトリーチェは上方を、我は彼を見き、しかして矢の弦を離れ、飛び、止まるばかりの間に 二二―二四
我は奇しき物ありてわが目をこれに惹けるところに着きゐたり、是においてかわが心の作用をすべて知れる淑女 二五―二七
その美しさに劣らざる悦びを表はしわが方にむかひていふ。われらを第一の星と合せたまひし神に感謝の心を獻ぐべし。 二八―三〇
日に照らさるゝ金剛石のごとくにて、光れる、濃き、固き、磨ける雲われらを蔽ふと見えたりき 三一―三三
しかしてこの不朽の眞珠は、あたかも水の分れずして光線を受け入るゝごとく、我等を己の内に入れたり 三四―三六
一の量のいかにして他の量を容れたりし――體、體の中に入らばこの事なきをえざるなり――やは人知り難し、されば我もし 三七―
肉體なりしならんには、神入相結ぶ次第を顯はすかの至聖者を見んとの願ひ、愈強くわれらを燃さゞるをえず ―四二
信仰に由りて我等が認むる所の物もかしこにては知らるべし、但し證せらるゝに非ず、人の信ずる第一の眞理の如くこの物自から明らかならむ 四三―四五
我答ふらく。わが淑女よ、我は人間世界より我を移したまへる者に、わが眞心を盡して感謝す 四六―四八
されど告げよ、この物體にありて、かの下界の人々にカインの物語を爲さしむる多くの黒き斑は何ぞや。 四九―五一
彼少しく微笑みて後いふ。官能の鑰の開くをえざる處にて人思ひ誤るとも 五二―五四
げに汝今驚きの矢に刺さるべきにはあらず、諸の官能にともなふ理性の翼の短きを汝すでに知ればなり 五五―五七
されど汝自らこれをいかに思ふや、我に告げよ。我。こゝにてわれらにさま/″\に見ゆるものは、思ふに體の粗密に由來す。 五八―六〇
彼。もしよく耳をわが反論に傾けなば、汝は必ず汝の思ひの全く虚僞に陷れるを見む 六一―六三
それ第八の天球の汝等に示す光は多し、しかしてこれらはその質と量とにおいて各あらはるゝ姿を異にす 六四―六六
もし粗密のみこれが原因ならば、同じ一の力にてたゞ頒たれし量を異にしまたはこれを等しうするもの凡ての光の中にあらむ 六七―六九
力の異なるは諸の形式の原理の相異なるによらざるをえず、然るに汝の説に從へば、これらは一を除くのほか皆亡び失はるにいたる 七〇―七二
さてまた粗なること、汝の尋ぬるかの斑點の原因ならば、この遊星には、その材の全く乏しき處あるか 七三―七五
さらずば一の肉體が脂と肉とを頒つごとく、この物もまたその書の中に重ぬる紙を異にせむ 七六―七八
もし第一の場合なりせば、こは日蝕の時、光の射貫く(他の粗なる物體に引入れらるゝ時の如く)ことによりて明らかならむ 七九―八一
されどこの事なきがゆゑに、殘るは第二の場合のみ、我もしこれを打消すをえば、汝の思ひの誤れること知らるべし 八二―八四
もしこの粗、穿ち貫くにいたらずば、必ず一の極限あり、密こゝにこれを阻みてそのさらに進むをゆるさじ 八五―八七
しかしてかしこより日の光の反映すこと、鉛を後方にかくす玻より色の歸るごとくなるべし 八八―九〇
是においてか汝はいはむ、奧深き方より反映すがゆゑに、かしこにてはほかの處よりも光暗しと 九一―九三
汝等の學術の流れの源となる習なる經驗は――汝もしこれに徴せば――この異論より汝を解くべし 九四―九六
汝三の鏡をとりて、その二をば等しく汝より離し、殘る一をさらに離してさきの二の間に見えしめ 九七―九九
さてこれらに對ひつゝ、汝の後に一の光を置きてこれに三の鏡を照らさせ、その三より汝の方に反映らせよ 一〇〇―一〇二
さらば汝は、遠き方よりかへる光が、量において及ばざれども、必ず等しくかゞやくを見む 一〇三―一〇五
今や汝の智、あたかも雪の下にある物、暖き光に射られて、はじめの色と冷さとを 一〇六―
失ふごとくなりたれば、汝の目にきらめきてみゆるばかりに強き光を我は汝にさとらしむべし ―一一一
それいと聖なる平安を保つ天の中に一の物體のめぐるあり、これに包まるゝ凡ての物の存在はみなこれが力に歸す 一一二―一一四
その次にあたりてあまたの光ある天は、かの存在を頒ちて、これを己と分たるれども己の中に含まるゝさま/″\の本質に與へ 一一五―一一七
他の諸の天は、各異なる状により、その目的と種とにむかひて、己が衷なる特性をとゝのふ 一一八―一二〇
かゝればこれらの宇宙の機關は、上より受けて下に及ぼし、次第を逐ひて進むこと、今汝の知るごとし 一二一―一二三
汝よく我を視、汝の求むる眞理にむかひてわがこの處を過ぎ行くさまに心せよ、さらばこの後獨りにて淺瀬を渡るをうるにいたらむ 一二四―一二六
そも/\諸天の運行とその力とは、あたかも鍛工より鐡槌の技のいづるごとく、諸のたふとき動者よりいでざるべからず 一二七―一二九
しかしてかのあまたの光に飾らるゝ天は、これをめぐらす奧深き心より印象を受けかつこれを捺す 一三〇―一三二
また汝等の塵の中なる魂がさま/″\の能力に應じて異なる肢體にゆきわたるごとく 一三三―一三五
かの天を司るもの、またその徳をあまたにしてこれを諸の星に及ぼし、しかして自ら一なることを保ちてめぐる 一三六―一三八
さま/″\の力その活かす貴き物體(力のこれと結びあふこと生命の汝等におけるが如し)と合して造る混合物一ならじ 一三九―一四一
悦び多き性より流れ出づるがゆゑに、この混れる力、物體の中に輝き、あたかも生くる瞳の中に悦びのかゞやくごとし 一四二―一四四
光と光の間にて異なりと見ゆるものゝ原因、げに是にして粗密にあらず、是ぞ即ち形式の原理 一四五―
己が徳に從つてかの明暗を生ずる物なる。 ―一五〇
第三曲
さきに愛をもてわが胸をあたゝめし日輪、是と非との證をなして、美しき眞理のたへなる姿を我に示せり 一―三
されば我は、わがはや誤らず疑はざるを自白せんため、物言はんとてほどよく頭を擧げしかど 四―六
このとき我に現はれし物あり、いとつよくわが心を惹きてこれを見るに專ならしめ、我をしてわが告白を忘れしむ 七―九
透きとほりて曇なき玻または清く靜にてしかして底の見えわかぬまで深きにあらざる水に映れば 一〇―一二
われらの俤かすかに見えて、さながら白き額の眞珠のたゞちに瞳に入らざるに似たり 一三―一五
我また語るを希ふ多くのかゝる顏を見しかば、人と泉との間に戀を燃したるその誤りの裏をかへしき 一六―一八
かの顏を見るや、我はこれらを物に映れる姿なりとし、その所有者の誰なるをみんとて直ちに目をめぐらせり 一九―二一
されど何をも見ざりしかば、再びこれを前にめぐらし、うるはしき導者――彼は微笑み、その聖なる目輝きゐたり――の光に注げり 二二―二四
彼我に曰ふ。汝の思ひの稚きをみて我のほゝゑむを異しむなかれ、汝の足はなほいまだ眞理の上にかたく立たず 二五―二七
その常の如く汝を空にむかはしむ、そも/\汝の見るものは、誓ひを果さゞりしためこゝに逐はれし眞の靈なり 二八―三〇
是故に彼等と語り、聽きて信ぜよ、彼等を安んずる眞の光は、己を離れて彼等の足の迷ふを許さゞればなり。 三一―三三
我は即ち最も切に語るを求むるさまなりし魂にむかひ、あたかも願ひ深きに過ぎて心亂るゝ人の如く、いひけるは 三四―三六
あゝ生得の幸ある靈よ、味はゝずして知るによしなき甘さをば、永遠の生命の光によりて味ふ者よ 三七―三九
汝の名と汝等の状態とを告げてわが心をたらはせよ、さらば我悦ばむ。是においてか彼ためらはず、かつ目に笑をたゝへつゝ 四〇―四二
我等の愛は、その門を正しき願ひの前に閉ぢず、あたかも己が宮人達のみな己と等しきをねがふ愛に似たり 四三―四五
我は世にて尼なりき、汝もしよく記憶をたどらば、昔にまさるわが美しさも我を汝にかくさずして 四六―四八
汝は我のピッカルダなることを知らむ、これらの聖徒達とともに我こゝに置かれ、いとおそき球の中にて福を受く 四九―五一
さてまたわれらの情は、たゞ聖靈の意に適ふものにのみ燃さるゝが故に、その立つる秩序によりて整へらるゝことを悦ぶ 五二―五四
しかしてかくいたく劣りて見ゆる分のわれらに與へられたるは、われら誓ひを等閑にし、かつ缺く處ありしによるなり。 五五―五七
是においてか我彼に。汝等の奇しき姿の中には、何ならむ、いと聖なるものありて輝き、昔の容變りたれば 五八―六〇
たゞちに思ひ出るをえざりき、されど汝の我にいへること今我をたすけ我をして汝を認め易からしむ 六一―六三
請ふ告げよ、汝等こゝにて福なる者よ、汝等はさらに高き處に到りてさらに多く見またはさらに多くの友を得るを望むや。 六四―六六
他の魂等とともに彼まづ少しく微笑みて後、初戀の火に燃ゆと見ゆるほど、いとよろこばしげに答ふらく 六七―六九
兄弟よ、愛の徳われらの意を鎭め、我等をしてわれらの有つ物をのみ望みて他の物に渇くなからしむ 七〇―七二
我等もしさらに高からんことをねがはゞ、われらの願ひは、われらをこゝと定むる者の意に違ふ 七三―七五
もし愛の中にあることこゝにて肝要ならば、また汝もしよくこの愛の性を視ば、汝はこれらの天にこの事あるをえざるを知らむ 七六―七八
げに常に神の聖意の中にとゞまり、これによりて我等の意一となるは、これこの福なる生の素なり 七九―八一
されば我等がこの王國の諸天に分れをる状は、王(我等の思ひを己が思ひに配はしむる)の心に適ふ如く全王國の心に適ふ 八二―八四
聖意はすなはちわれらの平和、その生み出だし自然の造る凡ての物の流れそゝぐ海ぞかし。 八五―八七
天のいづこも天堂にて、たゞかしこに至上の善の恩惠の一樣に降らざるのみなること是時我に明らかなりき 八八―九〇
されど人もし一の食物に飽き、なほ他に望む食物あれば、此を求めてしかして彼のために謝す 九一―九三
我も姿、詞によりてまたかくの如くになしぬ、こは彼がいかなる機を織るにあたりて杼を終りまで引かざりしやを彼より聞かんとてなりき 九四―九六
彼我に曰ふ。完き生涯と勝るゝ徳とはひとりの淑女をさらに高き天に擧ぐ、その法に從ひて衣を着面を付る者汝等の世にあり 九七―九九
彼等はかくしてかの新郎、即ち愛より出るによりて己が心に適ふ誓ひをすべてうけいるゝ者と死に至るまで起臥を倶にせんとす 一〇〇―一〇二
かの淑女に從はんため我若うして世を遁れ、身に彼の衣を纏ひ、またわが誓ひをその派の道に結びたり 一〇三―一〇五
その後、善よりも惡に親しむ人々、かのうるはしき僧院より我を引放しにき、神知り給ふ、わが生涯のこの後いかになりしやを 一〇六―一〇八
またわが右にて汝に現はれ、われらの天のすべての光にもやさるゝこの一の輝は 一〇九―一一一
わが身の上の物語を己が身の上の事と知る、彼も尼なりき、また同じさまにてその頭より聖なる首の陰を奪はる 一一二―一一四
されど己が願ひに背きまた良き習に背きてげに世に還れる後にも、未だ嘗て心の面を釋くことなかりき 一一五―一一七
こはソアーヴェの第二の風によりて第三の風即ち最後の威力を生みたるかの大いなるコスタンツァの光なり。 一一八―一二〇
かく我に語りて後、かれはアーヴェ・マリーアを歌ひいで、さてうたひつゝ、深き水に重き物の沈む如く消失せき 一二一―一二三
見ゆるかぎり彼のあとを追ひしわが目は、これを見るをえざるに及び、さらに大いなる願ひの目的にかへり來りて 一二四―一二六
全くベアトリーチェにそゝげり、されど淑女いとつよくわが目に煌めき、視力はじめこれに耐へざりしかば 一二七―一二九
わが問これがために後れぬ。 一三〇―一三二
第四曲
等しく隔り等しく誘ふ二の食物の間にては、自由の人、その一をも齒に觸れざるさきに饑ゑて死すべし 一―三
かくの如く、二匹の猛き狼の慾と慾との間にては一匹の羔ひとしくこれを恐れて動かず、二匹の鹿の間にては一匹の犬止まらむ 四―六
是故に、二の疑ひに等しく促されて、我默せりとも、こは已むをえざるにいづれば、我は己を責めもせじ讚めもせじ 七―九
我は默せり、されどわが願ひとともにわが問は言葉に明らかに現はすよりもはるかに強くわが顏にゑがゝる 一〇―一二
ベアトリーチェはあたかもナブコッドノゾルの怒り(彼を殘忍非道となしたる)をしづめし時に當りてダニエルロの爲しゝ如くになしき 一三―一五
即ち曰ふ。我は汝が二の願ひに引かるゝにより、汝の思ひむすぼれて言葉に出でざるを定かに見るなり 一六―一八
汝論ふらく、善き願ひだに殘らんには、何故にわが功徳の量、人の暴虐のために減るやと 一九―二一
加之、プラトネの教へしごとく、魂、星に歸るとみゆること、また汝に疑ひを起さしむ 二二―二四
この二こそ汝の思ひをひとしく壓すところの問なれ、されば我まづ毒多き方よりいはむ 二五―二七
セラフィーンの中にて神にいと近き者も、モイゼもサムエールもジョヴァンニ(汝いづれを選ぶとも)も、げにマリアさへ 二八―三〇
今汝に現はれし諸の靈と天を異にして座するにあらず、またその存在の年數これらと異なるにもあらず 三一―三三
凡ての者みな第一の天を――飾る、たゞ永遠の聖息を感ずるの多少に從ひ、そのうるはしき生に差別あるのみ 三四―三六
これらのこゝに現はれしは、この球がその分と定められたるゆゑならずしてその天界の最低きを示さんためなり 三七―三九
汝等の才に對ひてはかくして語らざるをえず、そは汝等の才は、後智に照らすにいたる物をもたゞ官能の作用によりて識ればなり 四〇―四二
是においてか聖書は汝等の能力に準じ、手と足とを神に附して他の意義に用ゐ 四三―四五
聖なる寺院は、ガブリエール、ミケール、及びかのトビアを癒しゝ天使をば人の姿によりて汝等にあらはす 四六―四八
ティメオが魂について論ふところは、こゝにて見ゆる物に似ず、これ彼はそのいふごとく信ずと思はるゝによりてなり 四九―五一
即ち魂が、自然のこれに肉體を司らしめし時、己の星より分れ出たるものなるを信じて、彼はこの物再びかしこに歸るといへり 五二―五四
或は彼の説く所、その語の響と異なり、侮るべからざる意義を有することあらむ 五五―五七
もしそれこれらの天にその影響の譽も毀も歸る意ならば、その矢いくばくか眞理に中らむ 五八―六〇
この原理誤り解せられてそのかみ殆ど全世界を枉げ、これをして迷ひのあまりジョーヴェ、メルクリオ、マルテと名づけしむ 六一―六三
汝を惱ますいま一の疑ひは毒少し、そはその邪惡も、汝を導きて我より離すあたはざればなり 六四―六六
われらの正義が人間の目に不正とみゆるは即ち信仰の過程にて異端邪説の過程にあらず 六七―六九
されど汝等の知慧よくこの眞理を穿つことをうるがゆゑに、我は汝の望むごとく汝に滿足をえさすべし 七〇―七二
もし暴とは、強ひらるゝ人いさゝかも強ふる人に與せざる時生ずるものゝ謂ならば、これらの魂はこれによりて罪を脱るゝことをえじ 七三―七五
そは意志は自ら願ふにあらざれば滅びず、あたかも火が千度強ひて撓めらるともなほその中なる自然の力を現はす如く爲せばなり 七六―七八
是故に意志の屈するは、その多少を問はず、暴にこれの從ふなり、而してこれらの魂は聖所に歸るをうるにあたりてかくなしき 七九―八一
鐡架の上の苦しみに堪へしロレンツォ、わが手につらかりしムツィオのごとく、彼等の意志全かりせば 八二―八四
彼等が自由となるに及び、この意志直ちに彼等をしてその強ひられて離れし路に再び還らしめしなるべし、されどかく固き意志極めて稀なり 八五―八七
汝よくこれらの言葉を心にとめてさとれるか、さらばこの後汝をしば/\惱ますべかりし疑ひは、はや必ず解けたるならむ 八八―九〇
されど汝の眼前に今なほ横たはる一の路あり、こはいと難き路なれば汝獨りにてはこれを出でざるさきに疲れむ 九一―九三
我あきらかに汝に告げて、福なる魂は常に第一の眞に近くとゞまるがゆゑに僞るあたはずといへることあり 九四―九六
後汝はコスタンツァがその面をば舊の如く慕へる事をピッカルダより聞きたるならむ、さればこれとわが今茲にいふ事と相反すとみゆ 九七―九九
兄弟よ、人難を免れんため、わが意に背き、その爲すべきにあらざることをなしゝ例は世に多し 一〇〇―一〇二
アルメオネが父に請はれて己が生の母を殺し、孝を失はじとて不孝となりしもその一なり 一〇三―一〇五
かゝる場合については、請ふ思へ、暴意志とまじりて相共にはたらくがゆゑに、その罪いひのがるゝによしなきことを 一〇六―一〇八
絶對の意志は惡に與せず、そのこれに與するは、拒みてかへつて尚大いなる苦難にあふを恐るゝことの如何に準ず 一〇九―一一一
さればピッカルダはかく語りて絶對の意志を指し、我は他の意志を指す、ふたりのいふところ倶に眞なり。 一一二―一一四
一切の眞理の源なる泉よりいでし聖なる流れかくその波を揚げ、かくして二の願ひをしづめき 一一五―一一七
我即ち曰ふ。あゝ第一の愛に愛せらるゝ者よ、あゝいと聖なる淑女よ、汝の言我を潤し我を暖め、かくして次第に我を生かしむ 一一八―一二〇
されどわが愛深からねば汝の恩惠に謝するに足らず、願はくは全智全能者これに應へ給はんことを 一二一―一二三
我よく是を知る、我等の智は、かの眞(これより外には眞なる物一だになし)に照らされざれば、飽くことあらじ 一二四―一二六
智のこれに達するや、あたかも洞の中に野獸の憩ふ如く、直ちにその中にいこふ、またこはこれに達するをう、然らずばいかなる願ひも空ならむ 一二七―一二九
是故に疑ひは眞理の根より芽の如くに生ず、しかしてこは峰より峰にわれらを促し巓にいたらしむる自然の途なり 一三〇―一三二
淑女よ、この事我を誘ひ我を勵まし、いま一の明らかならざる眞理についてうや/\しく汝に問はしむ 一三三―一三五
請ふ告げよ、人その破れる誓ひの爲、汝等の天秤に懸くるも輕からぬほど他の善をもて汝等に贖をなすことをうるや。 一三六―一三八
ベアトリーチェは愛の光のみち/\しいと聖なる目にて我を見き、さればわが視力これに勝たれで背を見せ 一三九―一四一
我は目を垂れつゝ殆ど我を失へり。 一四二―一四四
第五曲
われ世に比類なきまで愛の焔に輝きつゝ汝にあらはれ、汝の目の力に勝つとも 一―三
こは全き視力――その認むるに從つて、認めし善に進み入る――より出づるがゆゑにあやしむなかれ 四―六
われあきらかに知る、見らるゝのみにてたえず愛を燃す永遠の光、はや汝の智の中にかゞやくを 七―九
もし他の物汝等の愛を迷はさば、こはかの光の名殘がその中に映し入りて見誤らるゝによるのみ 一〇―一二
汝の知らんと欲するは、果されざりし誓ひをば人他の務によりて償ひ、魂をして論爭を免れしむるをうるや否やといふ事是なり。 一三―一五
ベアトリーチェはかくこの曲をうたひいで、言葉を斷たざる人のごとく、聖なる教へを續けていふ。 一六―一八
それ神がその裕なる恩惠により造りて與へ給へる物にて最もその徳に適ひかつその最も重んじ給ふ至大の賜は 一九―二一
即ち意志の自由なりき、知慧ある被造物は皆、またかれらに限り、昔これを受け今これを受く 二二―二四
いざ汝推して知るべし、人肯ひて神また肯ひかくして誓ひ成るならんには、そのいと貴きものなることを 二五―二七
そは神と人との間に契約を結ぶにあたりては、わがいふ如く貴きこの寶犧牲となり、かつかくなるも己が作用によればなり 二八―三〇
されば何物をもて償となすことをえむ、捧げし物を善く用ゐんと思ふは是※物 をもて善事を爲さんとねがふなり 三一―三三
汝既に要點を會得す、されど聖なる寺院は誓ひより釋き、わが汝にあらはしゝ眞理に背くとみゆるがゆゑに 三四―三六
汝なほ食卓に向ひてしばらく坐すべし、汝のくらへる硬き食物はその消化るゝ爲になほ助けを要むればなり 三七―三九
心を開きて、わが汝に示すものを受け、これをその中に收めよ、聽きて保たざるは知識をうるの道にあらじ 四〇―四二
それ二の物相合してこの犧牲の要素を成す、一はその作らるゝ基となるもの一は即ち契約なり 四三―四五
後者は守るにあらざれば消えず、但しこれについては我既にいとさだかに述べたり 四六―四八
是故に希伯來人は、捧ぐる物の如何によりこれを易ふるをえたれども(汝必ず是を知らん)、なほ献物をなさゞるをえざりき 四九―五一
前者即ち汝に材とし知らるゝものは、これを他の材に易ふとも必ず咎となるにはあらず 五二―五四
されど黄白二の鑰のめぐるなくば何人もその背に負へる荷を、心のまゝにとりかふべからず 五五―五七
かつ取らるゝ物が置かるゝ物を容るゝことあたかも六の四における如くならずば、いかに易ふとも徒なるを信ずべし 五八―六〇
是故に己が價値によりていと重くいかなる天秤をも引下ぐる物にありては、他の費をもて償ふことをえざるなり 六一―六三
人よ誓ひを戲事となす勿れ、これに忠なれ、されどイエプテのその最初の供物におけるごとく輕々しくこれを立るなかれ 六四―六六
守りてしかしてまされる惡を爲さんより、彼は宜しく我あしかりきといふべきなりき、汝はまたギリシア人の大將のかく愚なりしをみむ 六七―六九
さればイフィジェニアはその妍きがために泣き、かゝる神事を傳へ聞きたる賢者愚者をしてまた彼の爲に泣かしむ 七〇―七二
基督教徒よ、おも/\しく身を動かし、いかなる風にも動く羽のごとくなるなかれ、いかなる水も汝等を洗ふと思ふなかれ 七三―七五
汝等に舊約新約あり、寺院の牧者の導くあり、汝等これにて己が救ひを得るに足る 七六―七八
もし邪慾汝等に他の途を勸めなば、汝等人たれ、愚なる羊となりて汝等の中の猶太人に笑はるゝなかれ 七九―八一
己が母の乳を棄て、思慮なく、浮れつゝ、好みて自ら己と戰ふ羔のごとく爲すなかれ。 八二―八四
わがこゝに記すごとく、ベアトリーチェかく我に、かくていとなつかしき氣色にて、宇宙の最も生氣に富める處にむかへり 八五―八七
その沈默と變貌とは、わが飽くなきの智、はや新しき問を起しゐたりしわが智に默せと命じき 八八―九〇
しかしてあたかも弦のしづかならざる先に的に中る矢のごとく、われらは馳せて第二の王國にいたれり 九一―九三
われ見しに、かの天の光の中に入りしとき、わが淑女いたくよろこび、かの星自らそがためいよ/\輝きぬ 九四―九六
星さへ變りてほゝゑみたりせば、己が性のみによりていかなるさまにも變るをうる我げにいかになりしぞや 九七―九九
しづかなる清き池の中にて、魚もしその餌とみゆる物の外より入來るをみれば、これが邊にはせよるごとく 一〇〇―一〇二
千餘の輝われらの方にはせよりき、おの/\いふ。見よわれらの愛をますべきものを。 一〇三―一〇五
しかして各われらの許に來るに及び、我は魂が、その放つ光のあざやかなるによりて、あふるゝ悦びをあらはすを見たり 一〇六―一〇八
讀者よ、この物語續かずばその先を知るあたはざる汝の苦しみいかばかりなるやを思へ 一〇九―一一一
さらば汝自ら知らむ、これらのものわが目に明らかに見えし時、彼等よりその状態を聞かんと思ふわが願ひのいかに深かりしやを 一一二―一一四
あゝ良日の下に生れ、戰ひ未だ終らざるに恩惠に許されて永遠の凱旋の諸の寶座を見るを得る者よ 一一五―一一七
遍く天に滿つる光にわれらは燃さる、是故にわれらの光をうくるをねがはゞ、汝心のまゝに飽け。 一一八―一二〇
信心深きかの靈の一我にかくいへるとき、ベアトリーチェ曰ふ。いへ、いへ、臆する勿れ、かれらを神々の如く信ぜよ。 一二一―一二三
我よく汝が己の光の中に巣くひて目よりこれを出すをみる、汝笑へば目煌めくによりてなり 一二四―一二六
されど尊き魂よ、我は汝の誰なるやを知らず、また他の光に蔽はれて人間に見えざる天の幸をば何故にうくるやを知らず。 一二七―一二九
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいへり、是においてかそのかゞやくこと前よりはるかに強かりき 一三〇―一三二
あたかも日輪が(濃き水氣の幕その熱に噛盡さるれば)そのいと強き光に己をかくすごとく 一三三―一三五
かの聖なる姿は、まさる悦びのため己が光の中にかくれ、さてかく全く籠りつゝ、我に答へき 一三六―一三八
次の曲の歌ふごとく 一三九―一四一
第六曲
コスタンティーンが鷲をして天の運行に逆はしめし(ラヴィーナを娶れる昔人に附きてこの鷲そのかみこれに順へり)時より以來 一―三
二百年餘の間、神の鳥はエウローパの際涯、そがさきに出でし山々に近き處にとゞまり 四―六
かしこにてその聖なる翼の陰に世を治めつゝ、手より手に移り、さてかく變りてわが手に達せり 七―九
我は皇帝なりき、我はジュスティニアーノなり、今わが感ずる第一の愛の聖旨によりてわれ律法の中より過剩と無益物とを除きたり 一〇―一二
未だこの業に當らざりしさき、われはクリストにたゞ一の性あるを信じ、かつかゝる信仰をもて足れりとなしき 一三―一五
されど至高の牧者なるアガピート尊者、その言葉をもて我を正しき信仰に導けり 一六―一八
我は彼を信じたり、しかして今我彼の信ずる所をあきらかに見ることあたかも汝が一切の矛盾の眞なり僞やなるを見るごとし 一九―二一
われ寺院と歩みを合せて進むに及び、神はその恩惠により我を勵ましてこの貴き業を爲さしむるをよしとし、我は全く身をこれに捧げ 二二―二四
武器をばわがベリサルに委ねたりしに、天の右手彼に結ばりて、わが休むべき休徴となりき 二五―二七
さて我既に第一の問に答へ終りぬ、されどこの答の性に強ひられ、なほ他の事を加ふ 二八―三〇
こは汝をしていかに深き理によりてかのいと聖なる旗に、これを我有となす者も將これに敵ふ者も、ともに逆ふやを見しめん爲なり 三一―三三
パルランテがこれに王國を與へんとて死にし時を始めとし、見よいかなる徳のこれをあがむべき物とせしやを 三四―三六
汝知る、この物三百年餘の間アルバにとゞまり、その終り即ち三人の三人とさらにこれがため戰ふ時に及べることを 三七―三九
また知る、この物サビーニの女達の禍ひよりルクレーチアの憂ひに至るまで七王の代に附近の多くの民に勝ちていかなる業をなしゝやを 四〇―四二
知る、この物秀でしローマ人等の手にありてブレンノ、ピルロ、その他の君主等及び共和の國々と戰ひ、いかなる業をなしゝやを 四三―四五
(是等の戰ひにトルクァート、己が蓬髮に因みて名を呼ばれたるクインツィオ、及びデーチとファービとはわが悦びて甚く尊む譽を得たり) 四六―四八
アンニバーレに從ひて、ポーよ汝の源なるアルペの岩々を越えしアラビア人等の誇りをくじけるもこの物なりき 四九―五一
この物の下に、シピオネとポムペオとは年若うして凱旋したり、また汝の郷土に臨みて聳ゆる山にはこの物酷しと見えたりき 五二―五四
後、天が全世界を己の如く晴和ならしめんと思ひし時に近き頃、ローマの意に從ひて、チェーザレこれを取りたりき 五五―五七
ヴァーロよりレーノに亘りてこの物の爲しゝことをばイサーラもエーラもセンナも見、ローダノを滿たすすべての溪もまた見たり 五八―六〇
ラヴェンナを出でゝルビコンを越えし後このものゝ爲しゝ事はいとはやければ、詞も筆も伴ふ能はじ 六一―六三
士卒を轉らしてスパーニアに向ひ、後ドゥラッツオにむかひ、またファルサーリアを撃ちて熱きニーロにも痛みを覺えしむるにいたれり 六四―六六
そが出立ちし處なるアンタンドロとシモエンタ、またかのエットレの休ふところを再び見、後、身を震はして禍ひをトロメオに與へ 六七―六九
そこよりイウバの許に閃き下り、後、汝等の西に轉りてかしこにポムペオの角を聞けり 七〇―七二
次の旗手と共にこの物の爲しゝことをば、ブルートとカッシオ地獄に證す、このものまたモーデナとペルージヤとを憂へしめたり 七三―七五
うれはしきクレオパトラは今もこの物の爲に泣く、彼はその前より逃げつゝ、蛇によりて俄なる慘き死を遂げき 七六―七八
かの旗手とともにこの物遠く紅の海邊に進み、彼とともに世界をば、イアーノの神殿の鎖さるゝほどいと安泰ならしめき 七九―八一
されどわが語種なるこの旗が、これに屬する世の王國の全體に亘りて、さきに爲したりし事も後に爲すべかりし事も 八二―八四
小かにかつ朧に見ゆるにいたらむ、人この物を、目を明らかにし思ひを清うして、第三のチェーザレの手に視なば 八五―八七
そはこの物彼の手にありしとき、我をはげます生くる正義は、己が怒りに報ゆるの譽をこれに與へたればなり 八八―九〇
いざ汝わが反復語を聞きて異しめ、この後この物ティトとともに、昔の罪を罰せんために進めり 九一―九三
またロンゴバルディの齒、聖なる寺院を嚼みしとき、この物の翼の下にて勝ちつゝ、カルロ・マーニオこれを救へり 九四―九六
今や汝は、わがさきに難じし如き人々の何者なるやと凡て汝等の禍ひの本なる彼等の罪のいかなるやとを自ら量り知るをえむ 九七―九九
彼黄の百合を公の旗に逆らはしむれば此一黨派の爲にこれを己が有となす、いづれか最も非なるを知らず 一〇〇―一〇二
ギベルリニをして行はしめよ、他の旗の下にその術を行はしめよ、この旗を正義と離す者何ぞ善くこれに從ふことあらむ 一〇三―一〇五
またこの新しきカルロをして己がグエルフィと共にこれを倒さず、かれよりも強き獅子より皮を奪ひしその爪を恐れしめよ 一〇六―一〇八
子が父の罪の爲に泣くこと古來例多し、彼をして神その紋所を彼の百合の爲に變へ給ふと信ぜしむる勿れ 一〇九―一一一
さてこの小さき星は、進みて多くの業を爲しゝ諸の善き靈にて飾らる、彼等のかく爲しゝは譽と美名をえん爲なりき 一一二―一一四
しかして願ひ斯く路を誤りてかなたに昇れば、上方に昇る眞の愛、光を減ぜざるをえじ 一一五―一一七
されどわれらの報が功徳と量を等しうすることわれらの悦びの一部を成す、われら彼の此より多からず少からざるを見ればなり 一一八―一二〇
生くる正義はこの事によりてわれらの情をうるはしうし、これをして一度も歪みて惡に陷るなからしむ 一二一―一二三
さま/″\の聲下界にて麗はしき節となるごとく、さま/″\の座わが世にてこの諸の球の間のうるはしき詞を整ふ 一二四―一二六
またこの眞珠の中にはロメオの光の光るあり、彼の美しき大いなる業は正しく報いられざりしかど 一二七―一二九
彼を陷れしプロヴェンツァ人等笑ふをえざりき、是故に他人の善行をわが禍ひとなす者は即ち邪道を歩む者なり 一三〇―一三二
ラモンド・ベリンギエーリには四人の女ありて皆王妃となれり、しかしてこは賤しき旗客ロメオの力によりてなりしに 一三三―一三五
後かれ讒者の言に動かされ、この正しき人(十にて七と五とをえさせし)に清算を求めき 一三六―一三八
是においてか老いて貧しき身をもちて彼去りぬ、世もし一口一口と食を乞ひ求めし時のその固き心を知らば 一三九―一四一
(今もいたく讚むれども)今よりもいたく彼をほむべし。 一四二―一四四
第七曲
オザンナ、萬軍の聖なる神、己が光をもてこれらの王國の惠まるゝ火を上より照らしたまふ者。 一―三
二重の光を重ね纏ひしかの聖者は、その節にあはせてめぐりつゝ、かく歌ふと見えたりき 四―六
しかしてこれもその他の者もみなまた舞ひいで、さていとはやき火花の如く、忽ちへだゝりてわが目にかくれぬ 七―九
われ疑ひをいだき、心の中にいひけるは。いへ、いへ、わが淑女にいへ、彼甘き雫をもてわが渇をとゞむるなれば。 一〇―一二
されどたゞ「ベ」と「イーチェ」のみにて我を統治むる敬我をして睡りに就く人の如く再びわが頭を垂れしむ 一三―一五
ベアトリーチェはたゞ少時我をかくあらしめし後、火の中にさへ人を福ならしむる微笑をもて我を照らしていひけるは 一六―一八
わが量るところ(こは謬ることあらじ)によれば、汝思へらく、正しき罰いかにして正しく罰せらるゝをうるやと 一九―二一
されど我は速に汝の心を釋放つべし、いざ耳を傾けよ、そはわが詞、大いなる教へを汝にさづくべければなり 二二―二四
それかの生れしにあらざる人は、己が益なる意志の銜に堪へかねて、己を罪しつゝ、己がすべての子孫を罪せり 二五―二七
是においてか人類は、大いなる迷ひの中に、幾世の間、病みて下界に臥ししかば、神の語遂に世に降るをよしとし 二八―三〇
その永遠の愛の作用のみにより、かの己が造主より離れし性を、かしこに神結にて己と合せ給ひたり 三一―三三
いざ汝わが今語るところに心をとめよ、己が造主と結合へるこの性は、その造られし時の如く純にして善なりしかど 三四―三六
眞理の道とおのが生命に遠ざかり、自ら求めてかの樂園より逐はれたりき 三七―三九
是故に合せられたる性より見れば、十字架の齎らしゝ刑罰は、正しく行はれしこと他に類なし 四〇―四二
されどこれを受けし者、かゝる性をあはせし者の爲人より見れば、正しからざることまた他に類なし 四三―四五
されば一の行爲より樣々の事出でぬ、そは一の死、神の聖意にも猶太人の心にも適ひたればなり、この死の爲に地は震ひ天は開きぬ 四六―四八
今や汝はさとりがたしと思はぬならむ、正しき罰後にいたりて正しき法廷に罰せられきといふを聞くとも 四九―五一
されど我は今汝の心が、思ひより思ひに移りて一のの中にむすぼれ、それより解放たれんことをばしきりに願ひつゝ待つを見るなり 五二―五四
汝いふ、我よくわが聞けるところをさとる、されど我は神が何故にわれらの贖のためこの方法をのみ選び給へるやを知らずと 五五―五七
兄弟よ、智もし愛の焔の中に熟せざればいかなる人もこの定を會得せじ 五八―六〇
しかはあれ、この目標は多く見られて少しくさとらるゝものなれば、我は何故にかゝる方法の最もふさはしかりしやを告ぐべし 六一―六三
それ己より一切の嫉みを卻くる神の善は、己が中に燃えつゝ、光を放ちてその永遠の美をあらはす 六四―六六
是より直に滴るものはその後滅びじ、これが自ら印を捺すとき、象消ゆることなければなり 六七―六九
是より直に降下るものは全く自由なり、新しき物の力に服從ふことなければなり 七〇―七二
かゝるものは最も是に類ふが故に最も是が心に適ふ、萬物を照らす聖なる焔は最も己に似る物の中に最も強く輝けばなり 七三―七五
しかしてこれらの幸はみな、人たる者の受くるところ、一つ缺くれば、人必ずその尊さを失ふ 七六―七八
人の自由を奪ひ、これをして至上の善に似ざらしめ、その光に照らさるること從つて少きにいたらしむるものは罪のみ 七九―八一
もしそれ正しき刑罰を不義の快樂に對はしめつゝ、罪のつくれる空處を滿すにあらざれば、人その尊さに歸ることなし 八二―八四
汝等の性は、その種子によりて悉く罪を犯すに及び、樂園とともにこれらの尊き物を失ひ 八五―八七
淺瀬の一を渡らずしては、いかなる道によりても再びこれを得るをえざりき(汝よく思ひを凝らさばさとるなるべし) 八八―九〇
淺瀬とは、神がたゞその恩惠によりて赦し給ふか、または人が自らその愚を贖ふか即ち是なり 九一―九三
いざ汝力のかぎり目をわが詞にちかくよせつゝ、永遠の思量の淵深く見よ 九四―九六
そも/\人は、その限りあるによりて、贖をなす能はざりき、そは後神に順ひ心を卑うして下るとも、さきに逆きて 九七―
上らんとせし高さに應ずる能はざればなり、人自ら贖ふの力なかりし理げに茲に存す ―一〇二
是故に神は己が道――即ちその一かまたは二――をもて、人をその完き生に復したまふのほかなかりき 一〇三―一〇五
されど行ふ者の行は、これがいづる心の善をあらはすに從ひ、いよ/\悦ばるゝがゆゑに 一〇六―一〇八
宇宙に印影を捺す神の善は、再び汝等を上げんため、己がすべての道によりて行ふを好めり 一〇九―一一一
また最終の夜と最始の晝との間に、これらの道のいづれによりても、かく尊くかく偉なる業は爲されしことなし爲さるゝことあらじ 一一二―一一四
そは神は人をして再び身を上るに適しからしめん爲己を與へ給ひ、たゞ自ら赦すに優る恩惠をば現し給ひたればなり 一一五―一一七
神の子己を卑うして肉體となり給はざりせば、他のいかなる方法といふとも正義に當るに足らざりしなるべし 一一八―一二〇
さて我は今、汝の願ひをすべてよく滿たさんため、溯りて一の事を説き示し、汝をしてわが如くこれを見るをえしめむ 一二一―一二三
汝いふ、我視るに、地水火風及びそのまじりあへるものみな滅び、永く保たじ 一二四―一二六
しかるにこれらは被造物なり――是故にわがいへること眞ならばこれらには滅ぶるの患あるべきならず――と 一二七―一二九
兄弟よ、諸の天使と、汝が居る處の純なる國とは、現在のごとき完き状態にて造られきといふをうれども 一三〇―一三二
汝の名指しゝ諸の元素およびこれより成る物は、造られし力これをとゝのふ 一三三―一三五
造られしはかれらの物質、造られしはかれらをめぐるこの諸の星のうちのとゝのふる力なり 一三六―一三八
諸の聖なる光の輝と轉とは、すべての獸及び草木の魂をば、これとなりうべき原質よりひきいだせども 一三九―一四一
至上の慈愛は、たゞちに汝等の生命を嘘入れ、かつこれをして己を愛せしむるが故に、この物たえずこれを慕ひ求むるにいたる 一四二―一四四
さてまたこの理よりさらに推し及ぼして汝は汝等の更生を知ることをえむ、もし第一の父母ともに造られし時 一四五―一四七
人の肉體のいかに造られしやを思ひみば
第八曲
世は、その危ふかりし頃、美しきチプリーニアが第三のエピチクロをめぐりつゝ痴情の光を放つと信ずる習なりき 一―三
されば古の人々その古の迷ひより、牲を供へ誓願をかけて彼を崇めしのみならず 四―六
またディオネとクーピドをも崇めて彼をその母とし此をその子とし、かついへり、この子かつてディドの膝の上に坐しきと 七―九
かれらはまた、日輪に或ひは後或ひは前より秋波をおくる星の名を、わがかく歌の始めにうたふかの女神より取れり 一〇―一二
かの星の中に登れることを我は知らざりしかど、その中にありしことをば、わが淑女のいよ/\美しくなるを見て、かたく信じき 一三―一五
しかして火花焔のうちに見え、聲々のうちに判たるゝ(一動かず一往來するときは)ごとく 一六―一八
我はかの光の中に、他の多くの光、輪を成してるを見たり、但し早さに優劣あるはその永劫の視力の如何によりてなるべし 一九―二一
見ゆる風や見えざる風の、冷やかなる雲よりくだる疾しとも、これらのいと聖なる光が 二二―二四
尊きセラフィーニの中にまづ始まりし舞を棄てつゝ我等に來るを見たらん人には、たゞ靜にて遲しと思はれむ 二五―二七
さて最も先に現はれし者のなかにオザンナ響きぬ、こはいと妙なりければ、我は爾後再び聞かんと願はざることたえてなかりき 二八―三〇
かくてその一われらにいよ/\近づき來り、單獨にていふ。われらみな汝の好む所に從ひ汝を悦ばしめんとす 三一―三三
われらは天上の君達と圓を一にし、轉を一にし、渇を一にしてまはる、汝嘗て世にて彼等にいひけらく 三四―三六
汝等了知をもて第三の天を動かす者よと、愛我等に滿つるが故に、汝の心に適はせんとて少時しづまるとも我等の悦び減ることあらじ。 三七―三九
われ目をうや/\しくわが淑女にそゝぎ、その思ひを定かに知りてわが心を安んじゝ後 四〇―四二
再びこれをかの光――かく大いなることを約しゝ――にむかはせ、切なる情を言葉にこめつゝ汝等は誰なりや告げよといへり 四三―四五
われ語れる時、新たなる喜び己が喜びに加はれるため、かの光が、その量と質とにおいて、優りしことげにいかばかりぞや 四六―四八
さてかく變りて我に曰ふ。世はたゞしばし我を宿しき、もし時さらに長かりせば、來るべき多くの禍ひは避けられしものを 四九―五一
わが身のまはりに輝き出づるわが喜びは我を汝の目に見えざらしめ、我を隱してあたかも己が絹に卷かるゝ蟲の如くす 五二―五四
汝深く我を愛しき、是また宜なり、我もし下界に長生へたりせば、わが汝に表はす愛は葉のみにとゞまらざりしなるべし 五五―五七
ローダノがソルガと混りし後に洗ふ左の岸は、時に及びてわがその君となるを望み 五八―六〇
バーリ、ガエタ及びカートナ際涯を占め、トロント、ヴェルデの流れて海に入る處なるアウソーニアの角もまたしか望みき 六一―六三
はやわが額には、ドイツの岸を棄てし後ダヌービオの濕す國の冠かゞやきゐたり 六四―六六
またエウロに最もわづらはさるゝ灣の邊パキーノとペロロの間にて、ティフェオの爲ならずそこに生ずる硫黄の爲に烟る 六七―
かの美しきトリナクリアは、カルロとリドルフォの裔我よりいでゝその王となるを今も望み待ちしなるべし ―七二
民の心を常に荒立る虐政パレルモを動かして、死せよ死せよと叫ばしむるにいたらざりせば 七三―七五
またわが兄弟にして豫めこれを見たらんには、カタローニアの慾と貪とをはやくも避けて、その禍ひを自ら受くるにいたらざりしなるべし 七六―七八
そはげに彼にてもあれ他の人にてもあれ、はや荷の重き彼の船にさらに荷を積むなからんため備へを成さゞるをえざればなり 七九―八一
物惜しみせぬ性より出でゝ吝なりし彼の性は、貨殖に心專ならざる部下を要せむ。 八二―八四
わが君よ、我は汝の言の我に注ぐ深き喜びが、一切の善の始まりかつ終る處にて汝に見らるゝことわがこれを見る如しと 八五―
信ずるがゆゑに、その喜びいよ/\深し、我また汝が神を見てしかしてこれをさとるを愛づ ―九〇
汝我に悦びをえさせぬ、さればまた教へをえさせよ(汝語りて我に疑ひを起さしめたればなり)――苦き物いかにして甘き種より出づるや。 九一―九三
我かく彼に、彼即ち我に。我もし汝に一の眞理を示すをえば、汝は汝の尋ぬる事に顏を向ること今背をむくる如くなるべし 九四―九六
汝の昇る王國を遍くめぐらしかつ悦ばすところの善は、これらの大いなる物體において、己が攝理を力とならしむ 九七―九九
また諸の自然のみ、自ら完き意の中に齊らるゝにあらずして、かれらとともにその安寧もまた然せらる 一〇〇―一〇二
是故にこの弓の射放つものは、みな豫め定められたる目的にむかひて落ち、あたかも己が的にむけられし物の如し 一〇三―一〇五
もしこの事微りせば、今汝の過行く天は、その果を技藝に結ばずして破壞にむすぶにいたるべし 一〇六―一〇八
しかしてこはある事ならじ、もし此等の星を動かす諸の智備はらず、またかく此等を完からしめざりし第一の智に缺處あるにあらずば 一〇九―一一一
汝この眞理をなほも明かにせんと願ふや。我。否然らず、我は自然が必要の事に當りて疲るゝ能はざるを知ればなり。 一一二―一一四
彼即ちまた。いざいへ、世の人もし一市民たらずば禍ひなりや。我答ふ。然り、その理は我問はじ。 一一五―一一七
人各世に住むさまを異にし異なる職務をなすにあらずして市民たることを得るや、汝等の師の記す所正しくば然らず。 一一八―一二〇
かく彼論じてこゝに及び、さて結びていふ。かゝれば汝等の業の根も、また異ならざるをえず 一二一―一二三
是故に一人はソロネ、一人はセルゼ、一人はメルキゼデク、また一人は空を飛びつゝわが子を失へる者とし生る 一二四―一二六
人なる蝋に印を捺す諸の天の力は、善く己が技を爲せども彼家此家の差別を立てず 一二七―一二九
是においてかエサウはヤコブと種を異にし、またクイリーノは人がこれをマルテに歸するにいたれるほど父の賤しき者なりき 一三〇―一三二
もし神の攝理勝たずば、生れし性は生みたるものと常に同じ道に進まむ 一三三―一三五
汝の後にありしもの今前にあり、されど汝と語るわが悦びを汝に知らしめんため、われなほ一の事を加へて汝の表衣となさんとす 一三六―一三八
それ性は、命運これに配はざれば、あたかも處を得ざる種のごとく、その終りを善くすることなし 一三九―一四一
しかして下界もしその心を自然の据うる基にとめてこれに從はゞその民榮えむ 一四二―一四四
しかるに汝等は、劒を腰に帶びんがために生れし者を枉げて僧とし、法を説くべき者を王とす 一四五―一四七
是においてか汝等の歩履道を離る。 一四八―一五〇
第九曲
美しきクレメンツァよ、汝のカルロはわが疑ひを解きし後、我にその子孫のあふべき欺罔の事を告げたり 一―三
されどまた、默して年をその移るに任せよといひしかば、我は汝等の禍ひの後に正しき歎き來らんといふのほか何をもいふをえざるなり 四―六
さてかの聖なる光の生命は、萬物を足らはす善の滿たす如く己を滿たす日輪にはや再びむかひゐたりき 七―九
あゝ迷へる魂等よ、不信心なる被造物等よ、心をかゝる善にそむけて頭を空しき物にむくとは 一〇―一二
時に見よ、いま一の光、わが方に進み出で、我を悦ばせんとの願ひを外部の輝に現はせり 一三―一五
さきのごとく我に注げるベアトリーチェの目は、うれしくもわが願ひを容るゝことをば定かに我に知らしめき 一六―一八
我曰ふ。あゝ福なる靈よ、請ふ速にわが望みをかなへ、わが思ふ所汝に映りて見ゆとの證を我にえさせよ。 一九―二一
是においてか未だ我に知られざりしかの光、さきに歌ひゐたる處なる深處より、あたかも善行を悦ぶ人の如く、續いていふ 二二―二四
邪なるイタリアの國の一部、リアルトとブレンタ、ピアーヴァの源との間の地に 二五―二七
いと高しといふにあらねど一の山の聳ゆるあり、かつて一の炬火こゝより下りていたくこの地方を荒しき 二八―三〇
我とこれとは一の根より生れたり、我はクニッツァと呼ばれにき、わがこゝに輝くはこの星の光に勝たれたればなり 三一―三三
されど我今喜びて自らわが命運の原因を赦し、心せこれに惱まさじ、こは恐らくは世俗の人にさとりがたしと見ゆるならむ 三四―三六
われらの天の中のこの光りて貴き珠、我にいと近き珠の名は今も高く世に聞ゆ、またその滅びざるさきに 三七―三九
この第百年はなほ五度も重ならむ、見よ人たる者己を勝るゝ者となし、第二の生をば第一の生に殘さしむべきならざるやを 四〇―四二
さるにターリアメントとアディーチェに圍まるゝ現在の群集これを思はず、撃たるれどもなほ悔いじ 四三―四五
されどパードヴァは、その民頑にして義に背くにより、程なく招の邊にて、かのヴィチェンツァを洗ふ水を變へむ 四六―四八
またシーレとカニアーンの落合ふ處は、或者これを治め、頭を高うして歩めども、彼を捕へんとて人はや網を造りたり 四九―五一
フェルトロもまたその非道の牧者の罪の爲に泣かむ、かつその罪はいと惡くしてマルタに入れられし者にさへ類を見ざる程ならむ 五二―五四
己が黨派に忠なることを示さんとてこのやさしき僧の與ふるフェルラーラ人の血は、げにいと大いなる桶ならでは ―五五
これを容るゝをえざるべく、※ に分けてこれを量らばその人疲れむ、而してかゝる贈物は本國の慣習に適ふなるべし ―六〇
諸の鏡上方にあり、汝等これを寶座といふ、審判の神そこより我等を照らすがゆゑに我等皆これらの言葉を眞とす。 六一―六三
かくいひて默し、さきのごとく輪に加はりてめぐりつゝ、心をほかにむくるに似たりき 六四―六六
名高き者とはやわが知りしかの殘りの喜びは、日の光に當る良き紅玉の如くわが目に見えたり 六七―六九
上にては悦びによりて、強き光のえらるゝこと、世にて笑のえらるゝ如し、されど下にては心の悲しきにつれて魂黒く外にあらはる 七〇―七二
我曰ふ。福なる靈よ、神萬物を見給ひ、汝の目神に入る、是故にいかなる願ひも汝にかくるゝことあらじ 七三―七五
もしそれ然らば、六の翼を緇衣となす信心深き火とともに歌ひてとこしへに天を樂します汝の聲 七六―七八
何ぞわが諸の願ひを滿たさゞる、もしわが汝の衷に入ること汝のわが衷に入るごとくならば、我豈汝の問を待たんや。 七九―八一
このとき彼曰ふ。地を卷く海を除きては、水湛ふる溪の中にて最大いなるもの 八二―八四
相容れざる二の岸の間にて、日に逆ひて遠く延びゆき、さきに天涯となれる所を子牛線となす 八五―八七
我はこの溪の邊、エブロとマークラ(短き流れによりてゼーノヴァ人とトスカーナ人とを分つ)の間に住める者なりき 八八―九〇
そのかみ己が血をもて湊を熱くせしわが故郷はブッジェーアと殆ど日出日沒を同うす 九一―九三
わが名を知れる人々我をフォルコと呼べり、我今象をこの天に捺す、この天我に捺しゝごとし 九四―九六
そはシケオとクレウザとを虐げしベロの女も、デモフォーンテに欺かれたるロドペーアも、またイオレを心に 九七―
包める頃のアルチーデも、齡に適はしかりし間の我より強くは、思ひに燃えざりければなり ―一〇二
しかはあれ、こゝにては我等悔いず、たゞ笑ふ、こは罪の爲ならで(再び心に浮ばざれば)、定め、整ふる力のためなり 一〇三―一〇五
こゝにては我等、かく大いなる御業を飾る技巧を視、天界に下界を治めしむる善を知る 一〇六―一〇八
されどこの球の中に生じゝ汝の願ひ悉く滿たされんため、我なほ語を繼がざるべからず 一〇九―一一一
汝は誰がこの光(あたかも清き水に映ずる日の光の如くわが傍に閃くところの)の中にあるやを知らんと欲す 一一二―一一四
いざ知るべし、ラアブこのうちにやすらふ、彼われらの組に加はりその印をこれに捺すこと他に類なし 一一五―一一七
人の世界の投ぐる影、尖れる端となる處なるこの天は、クリストの凱旋に加はる魂の中彼をば最も先に受けたり 一一八―一二〇
左右の掌にて獲たる尊き勝利のしるしとして彼を天の一におくは、げにふさはしき事なりき 一二一―一二三
そは彼ヨスエを聖地――今やこの地殆ど法王の記憶に觸れじ――にたすけてその最初の榮光をこれにえさせたればなり 一二四―一二六
はじめて己が造主に背き、嫉みによりて深き歎きを殘せる者の建てたりし汝の邑は 一二七―一二九
詛ひの花を生じて散らす、こは牧者を狼となして、羊、羔をさまよはしゝもの 一三〇―一三二
これがために福音と諸の大いなる師とは棄てられ、人專ら寺院の法規を學ぶことその紙端にあらはるゝ如し 一三三―一三五
これにこそ法王もカルディナレもその心をとむるなれ、彼等の思ひはガブリエルロが翼を伸べし處なるナツァレッテに到らじ 一三六―一三八
されどヴァティカーノ、その他ローマの中の選ばれし地にてピエートロに從へる軍人等の墓となりたる所はみな 一三九―一四一
この姦淫より直ちに釋放たるべし。 一四二―一四四
第十曲
言ひ難き第一の力は、己が子を、彼と此との永遠の息なる愛とともにうちまもりつゝ 一―三
心または處にめぐるすべての物をば、いと妙なる次第を立てゝ造れるが故に、これを見る者必ずかの力を味ふ 四―六
讀者よされば目を擧げて我とともに天球にむかひ、一の運行の他と相觸るゝところを望み 七―九
よろこびて師の技を見よ、師はその心の中に深くこれを愛し、目をこれより離すことなし 一〇―一二
見よ諸の星を携ふる一の圈、かれらを呼求むる世を足らはさんとて、斜にかしこより岐れ出づるを 一三―一五
もしかれらの道傾斜ならずば、天の力多くは空しく、下界の活動殆どみな止まむ 一六―一八
またもし直線とこれとの距離今より多きか少きときは、宇宙の秩序は上にも下にも多く缺くべし 一九―二一
いざ讀者よ、未だ疲れざるさきに疾く喜ぶをえんと願はゞ、汝の椅子に殘りて、わが少しく味はしめしことを思ひめぐらせ 二二―二四
我はや汝の前に置きたり、汝今より自ら食むべし、わが筆の獻げられたる歌題はわが心を悉くこれに傾けしむればなり 二五―二七
自然の最大いなる僕にて、天の力を世界に捺し、かつ己が光をもてわれらのために時を量るもの 二八―三〇
わがさきにいへる處と合し、かの螺旋即ちそが日毎に早く己を現はすその條を傳ひてめぐれり 三一―三三
我この物とともにありき、されど登れることを覺えず、あたかも思ひ始むるまでは思ひの起るを知らざる人の如くなりき 三四―三六
かく一の善よりこれにまさる善に導き、しかして己が爲す事の、時を占むるにいたらざるほどいと早きはベアトリーチェなり 三七―三九
わが入りし日の中にさへ色によらで光によりて現はるゝとは、げにそのものゝ自ら輝くこといかばかりなりけむ 四〇―四二
たとひわれ、才と技巧と練達を呼び求むとも、これを語りて人をして心に描かしむるをえんや、人たゞ信じて自ら視るを願ふべし 四三―四五
またわれらの想像の力低うしてかゝる高さに到らずとも異しむに足らず、そは未だ日よりも上に目の及べることなければなり 四六―四八
尊き父の第四の族かゝる姿にてかしこにありき、父は氣息を嘘く状と子を生むさまとを示しつゝ絶えずこれを飽かしめ給ふ 四九―五一
ベアトリーチェ曰ふ。感謝せよ、恩惠によりて汝を擧げつゝこの見ゆべき日にいたらんめし諸の天使の日に感謝せよ。 五二―五四
人の心いかに畏敬の念に傾き、またいかに喜び進みて己を神に棒げんとすとも 五五―五七
これらの詞を聞ける時のわがさまに及ばじ、わが愛こと/″\く神に注がれ、ベアトリーチェはそがために少時忘られき 五八―六〇
されど怒らず、いとうつくしく微笑みたれば、そのゑめる目の耀はわが合ひし心をわかちて多くの物にむかはしむ 六一―六三
われ見しに多くの生くる勝るゝ光、われらを中心となし己を一の輪となしき、その聲のうるはしきこと姿の輝くにまさりたり 六四―六六
空氣孕り、帶となるべき糸を保つにいたるとき、われらは屡ラートナの女の亦かくの如く卷かるゝを見る 六七―六九
そも/\天の王宮(かしこより我は歸りぬ)には、いと貴く美しくして王土の外に齎らすをえざる寶多し 七〇―七二
これらの光の歌もその一なりき、かしこに飛登るべき羽を備へざる者は、かなたの消息を唖に求めよ 七三―七五
これらの燃ゆる日輪、かくうたひつゝわれらを三度、動かざる極に近き星のごとくにれる時 七六―七八
かれらはあたかも踊り終らぬ女等が、新しき節を聞くまで耳傾けつゝ、默して止まるごとく見えたり 七九―八一
かくてその一の中より聲いでゝ曰ふ。眞の愛を燃しかつ愛するによりて増し加はる恩惠の光 八二―八四
汝の衷につよく輝き、後また昇らざる者の降ることなきかの階を傳ひ汝を上方に導くがゆゑに 八五―八七
己が壜子の酒を與へて汝の渇をとゞむることをせざる者は、その自由ならざること、海に注がざる水に等し 八八―九〇
汝はこの花圈(汝を強うして天に登らしむる美しき淑女を圍み、悦びてこれを視る物)がいかなる草木の花に飾らるゝやを知らんとす 九一―九三
我はドメーニコに導かれ、迷はずばよく肥ゆるところなる道を歩む聖なる群の羔の一なりき 九四―九六
右にて我にいと近きはわが兄弟たり師たりし者なり、彼はコローニアのアルベルトといひ、我はアクイーノのトマスといへり 九七―九九
このほかすべての者の事を汝かく定かにせんと思はゞ、わが言葉に續きつゝこの福なる花圈にそひて汝の目をらすべし 一〇〇―一〇二
次の焔はグラツィアーンの笑ひより出づ、彼は天堂において嘉せらるゝほど二の法廷を助けし者なり 一〇三―一〇五
またその傍にてわれらの組を飾る焔はピエートロ即ちかの貧しき女に傚ひ己が寶を聖なる寺院に捧げし者なり 一〇六―一〇八
われらの中の最美物なる第五の光は、下界擧りてその消息に饑るほどなる戀より吹出づ 一〇九―一一一
そがなかにはいと深き知慧を受けたる尊き心あり、眞もし眞ならば、智においてこれと並ぶべき者興りしことなし 一一二―一一四
またその傍なるかの蝋燭の光を見よ、こは肉體の中にありて、天使の性とその役とをいと深く見し者なりき 一一五―一一七
次の小さき光の中には、己が書をアウグスティーンの用ゐに供へしかの信仰の保護者ほゝゑむ 一一八―一二〇
さてわが讚詞を逐ひて汝の心の目を光より光に移さば、汝は既に第八の光に渇きつゝあらむ 一二一―一二三
そがなかには、己が言を善く聽く人に、虚僞の世を現はす聖なる魂、一切の善を見るによりて悦ぶ 一二四―一二六
このものゝ追はれて出でし肉體はいまチェルダウロにあり、己は殉教と流鼠とよりこの平安に來れるなりき 一二七―一二九
その先に、イシドロ、ベーダ及び想ふこと人たる者の上に出でしリッカルドの息の、燃えて焔を放つを見よ 一三〇―一三二
また左にて我にいと近きは、その深き思ひの中にて、死の來るを遲しと見し一の靈の光なり 一三三―一三五
これぞ藁の街にて教へ、嫉まるゝべき眞理を證せしシジエーリのとこしへの光なる。 一三六―一三八
かくてあたかも神の新婦が朝の歌をば新郎の爲にうたひその愛を得んとて立つ時われらを呼ぶ時辰儀の 一三九―一四一
一部他の一部を、曳きかつ押して音妙にチン/\と鳴り、神に心向へる靈を愛にてあふれしむるごとく 一四二―一四四
我は榮光の輪のめぐりつゝ、喜び限りなき處ならでは知るあたはざる和合と美とにその聲々をあはすを見たり。 一四五―一四七
第十一曲
あゝ人間の愚なる心勞よ、汝をして翼を鼓ちて下らしむるは、そも/\いかに誤り多き推理ぞや 一―三
一人は法に一人は醫に走り、ひとりは僧官を追ひ、ひとりは暴力または詭辯によりて治めんとし 四―六
一人は奪ひ取らんとし、一人は公務に就かんとし、一人は肉の快樂に迷ひてこれに耽り、ひとりは安佚を貪ぼれる 七―九
間に、我はすべてこれらの物より釋かれ、ベアトリーチェとともに、かくはな/″\しく天に迎へ入れられき 一〇―一二
さていづれの靈もかの圈の中、さきにそのありし處に歸れるとき、動かざることあたかも燭臺に立つ蝋燭の如くなりき 一三―一五
しかしてさきに我に物言へる光、いよ/\あざやかになりてほゝゑみ、内より聲を出して曰ふ 一六―一八
われ永遠の光を視て汝の思ひの出來る本を知る、なほかの光に照らされてわれ自ら輝くごとし 一九―二一
汝はさきにわが「よく肥ゆるところ」といひまた「これと並ぶべき者生れしことなし」といへるをあやしみ 二二―
汝の了解に適はしきまで明らかなるゆきわたりたる言葉にてその説示されんことを願ふ、げにこゝにこそ具に辨くべき事はあるなれ ―二七
それ被造物の目の視きはむる能はざるまでいと深き思量をもて宇宙を治むる神の攝理は 二八―三〇
かの新婦――即ち大聲によばはりつゝ尊き血をもてこれと縁を結べる者の新婦――をしてその愛む者の許に往くにあたり 三一―三三
心を安んじかつ彼にいよ/\忠實ならしめんとて、これがためにその左右の導者となるべき二人の君を定めたり 三四―三六
その一人は熱情全くセラフィーノのごとく、ひとりは知慧によりてケルビーノの光を地上に放てり 三七―三九
我その一人の事をいはむ、かれらの業の目的は一なるがゆゑに、いづれにてもひとりを讚むるはふたりをほむることなればなり 四〇―四二
トゥピーノと、ウバルド尊者に選ばれし丘よりくだる水との間に、とある高山より、肥沃の坂の垂るゝあり 四三―四五
(この山よりペルージアは、ポルタ・ソレにて暑さ寒さを受く、また坂の後方にはノチェーラとグアルドと重き軛の爲に泣く) 四六―四八
この坂の中嶮しさのいたく破るゝ處より、一の日輪世に出でたり――あたかもこれがをりふしガンジェより出るごとく 四九―五一
是故にこの處のことをいふ者、もし應はしくいはんと思はゞ、アーシェージといはずして(語足らざれば)東方といふべし 五二―五四
昇りて久しからざるに、彼は早くもその大いなる徳をもて地に若干の勵みを覺えしむ 五五―五七
そは彼若き時、ひとりだに悦びの戸を開きて迎ふる者なき(死を迎へざるごとく)女の爲に父と爭ひ 五八―六〇
而して己が靈の法廷に、父の前にて、これと縁を結びし後、日毎に深くこれを愛したればなり 六一―六三
それかの女は、最初の夫を失ひてより、千百年餘の間、蔑視まれ疎んぜられて、彼の出るにいたるまで招かるゝことあらざりき 六四―六六
かの女が、アミクラーテと倶にありて、かの全世界を恐れしめたる者の聲にも驚かざりきといふ風聞さへこれに益なく 六七―六九
かの女が、心堅く膽大ければ、マリアを下に殘しつゝ、クリストとともに十字架に上りし事さへこれが益とならざりき 七〇―七二
されどわが物語あまりに朧に進まざるため、汝は今、わがこの長き言の中なる戀人等の、フランチェスコと貧なるを知れ 七三―七五
かれらの和合とそのよろこべる姿とは、愛、驚、及び敬ひを、聖なる思ひの原因たらしめき 七六―七八
かゝれば尊きベルナルドは第一に沓をぬぎ、かく大いなる平安を逐ひて走り、走れどもなほおそしとおもへり 七九―八一
あゝ未知の富肥沃の財寶よ、エジディオ沓を脱ぎ、シルヴェストロ沓をぬぎて共に新郎に從へり、新婦いたく心に適ひたるによる 八二―八四
かくてかの父たり師たりし者は己が戀人及びはや卑しき紐を帶とせし家族とともに出立てり 八五―八七
またピエートロ・ベルナルドネの子たりし爲にも、奇しくさげすまるべき姿の爲にも、心の怯額を壓さず 八八―九〇
王者の如くインノチェンツィオにその嚴しき企を明し、己が分派のために彼より最初の印を受けたり 九一―九三
貧しき民の彼――そのいと妙なる生涯はむしろ天の榮光の中に歌はるゝかたよかるべし――に從ふ者増しゝ後 九四―九六
永遠の靈は、オノリオの手を經て、この法主の聖なる志に第二の冠を戴かしめき 九七―九九
さて彼殉教に渇き、驕るソルダンの目前にて、クリストとその從者等のことを宣べしも 一〇〇―一〇二
民心熟せず、歸依者なきを見、空しく止まらんよりはイタリアの草の實をえんとて歸り、その時 一〇三―一〇五
テーヴェロとアルノの間の粗き巖の中にて最後の印をクリストより受け、二年の間これを己が身に帶びき 一〇六―一〇八
彼を選びてかゝる幸に到らしめ給ひし者、彼を召し、身を卑うして彼の得たる報をば與ふるをよしとし給へる時 一〇九―一一一
正しき嗣子等に薦むるごとく彼その兄弟達に己が最愛の女を薦め、まめやかにこれを愛せと命じ 一一二―一一四
かくして尊き魂は、かの女の懷を離れて己が王國に歸るを願へり、またその肉體の爲に他の柩を求めざりき 一一五―一一七
いざ思へ、大海に浮ぶピエートロの船の行方を誤らしめざるにあたりて彼の侶たるに適はしき人のいかなる者にてありしやを 一一八―一二〇
是ぞわれらの教祖なりける、かゝれば汝は、およそ彼に從ひてその命ずる如く爲す者の者の、良貨を積むをさとらむ 一二一―一二三
されど彼の牧ふ群は新しき食物をいたく貪り、そがためかなたこなたの山路に分れ散らざるをえざるにいたれり 一二四―一二六
しかして彼の羊遠く迷ひていよ/\彼を離るれば、いよ/\乳に乏しくなりて圈に歸る 一二七―一二九
げにその中には害を恐れ牧者に近く身を置くものあり、されど少許の布にてかれらの僧衣を造るに足るほどその數少し 一三〇―一三二
さてもしわが言葉微ならずば、またもし汝心をとめて聽きたらんには、しかしてわが既にいへることを再び心に想ひ起さば 一三三―一三五
汝の願ひの一部は滿つべし、そは汝削られし木を見、何故に革紐を纏ふ者が「迷はずばよく肥ゆるところ」と 一三六―一三八
論らふやを知るべければなり。
第十二曲
かの福なる焔最終の語をいへるとき、聖なる碾石たゞちにりはじめたり 一―三
しかしてその未だ一周せざるまに、いま一の碾石まろくこれを圍みつゝ、舞をば舞に歌をば歌にあはせたり 四―六
この歌は、かのうるはしき笛よりいで、さながら元の輝が映れる光に優る如く、われらのムーゼわれらのシレーネにまさる 七―九
イウノネその侍女に命ずれば、相並び色も等しき二の弓、やはらかき雲の中に張られ 一〇―一二
(外の弓内の弓より生る、その状かの流離の女、日の爲に消ゆる霧かとばかり戀の爲に消たる者の言葉に似たり) 一三―一五
世の人々をして、神がノエと立て給ひし契約にもとづき、世界にふたゝび洪水なきを卜せしむ 一六―一八
かくの如く、これらの不朽の薔薇の二の花圈はわれらの周圍をめぐり、またかくの如く、その外の圈内の圈と相適ひたり 一九―二一
喜びの舞と尊き大いなる祝――光、光と樂しく快くかつ歌ひかつ照しあふ――とが 二二―二四
あたかもその好むところに從つて共に閉ぢ共に開かざるをえざる目の如く、時と意志とを同うしてともに靜になりし後 二五―二七
新しき光の一の中よりとある聲出で、我をば星を指す針のごとくそなたにむかしめき 二八―三〇
いふ。我を美しうする愛我を促して今一人の導者の事を語らしむ――彼の爲に、わが師いまかく稱へられたり 三一―三三
一のをる處には他もまた請ぜられ、さきに二人が心を合せて戰へる如く、その榮光をもともに輝かすを宜しとす 三四―三六
いと高き價を拂ひて武器を新にしたるクリストの軍隊が、旗の後より、遲く、怖ぢつゝ、疎になりて進みゐしころ 三七―三九
永遠に治め給ふ帝は、かのおぼつかなき軍人等の爲に、かれらの徳によるにあらでたゞ己が恩惠によりて備をなし 四〇―四二
さきにいはれしごとく二人の勇士を遣りて己が新婦を扶け給へり、かれらの言と行とにより迷へる人々道に歸りき 四三―四五
若葉をひらきこれをもてエウローパの衣を新ならしめんため爽かなる西風の起るところ 四六―四八
浪打際――日は時として長く疾く進みて後、かの浪のかなたにて萬人の目にかくる――よりいと遠くはあらぬあたりに 四九―五一
幸多きカラロガあり、從ひ從ふる獅子を表はすかの大いなる楯にまもらる 五二―五四
かしこに、クリストの信仰を慕ふ戀人、味方にやさしく敵につれなき聖なる剛者生れたり 五五―五七
かれの心はその造られし時、生る力をもてたゞちに滿たされたりしかば、母に宿りゐてこれを豫言者たらしめき 五八―六〇
彼と信仰の間の縁、聖盤のほとりに結ばれ、かれらかしこにて相互の救ひをその聘物となしゝ後 六一―六三
かれに代りて肯へる女は、かれとその嗣子等とより出づるにいたる奇しき果を己が眠れる間に見たり 六四―六六
しかして彼の爲人を語の形に顯はさんため、靈この處よりくだり、彼は全く主のものなればその意をとりて名となせり 六七―六九
彼即ちドメーニコと呼ばれき、我は彼をば、クリストにえらばれその園にてこれをたすけし農夫にたとへむ 七〇―七二
げに彼はクリストの使またその弟子なることを示せり、かれに現はれし最初の愛はクリストの與へ給ひし第一の訓に向ひたればなり 七三―七五
かれの乳母は、かれが屡目を醒しつゝ默して地に伏し、その状我このために生るといふが如きを見たり 七六―七八
あゝ彼の父こそ眞にフェリーチェ、かれの母こそ眞にジョヴァンナ(若しこれに世の釋く如き意義あらば)といふべけれ 七九―八一
人々が今、かのオスティア人またはタッデオの後を逐ひつゝ勞して求むる世の爲ならで、まことのマンナの愛の爲に 八二―八四
彼は程なく大いなる師となり、葡萄の園――園丁あしくばたゞちに白まむ――をめぐりはじめき 八五―八七
彼が法座(正しき貧者を今は普の如くいたはらず、されどこはこれに坐する劣れる者の罪にして法座その物の罪ならじ)に求めしは 八八―九〇
六をえて二三を頒つことにあらず、最初に空きたる官をうるの幸にもあらず、また神の貧者に屬する什一にもあらで 九一―九三
汝をかこむ二十四本の草木の元なる種のために、かの迷へる世と戰ふの許なりしぞかし 九四―九六
かくてかれは教理、意志、及び使徒の任務をもてあたかも激流の、高き脈より押出さるゝごとくに進み 九七―九九
勢猛く異端邪説の雜木を打ち、さからふ力のいと大いなる處にては打つことまたいと強かりき 一〇〇―一〇二
この後さま/″\の流れ彼より出でたり、カトリックの園これによりて潤ひ、その叢樹いよ/\榮ゆ 一〇三―一〇五
聖なる寺院が自ら衞りかつ戰場にその内亂を鎭めしとき乘りし車の一の輪げにかくの如くならば 一〇六―一〇八
殘の輪――わが來らざるさきにトムマのいたく稱へたる――の秀づること必ずや汝にあきらかならむ 一〇九―一一一
されどこの輪の周圍のいと高きところの殘しゝ轍を人かへりみず、良酒のありしところに黴生ず 一一二―一一四
彼の足跡を踏み傳ひて直く進みしかれの家族は全くその方向を變へ、指を踵の方に投ぐ 一一五―一一七
しかしてかくあしく耕すことのいかなる收穫に終るやは、程なく知られむ、その時至らば莠は穀倉を奪はるゝをかこつべければなり 一一八―一二〇
しかはあれ、人もしわれらの書を一枚また一枚としらべなば、我はありし昔のまゝなりと録さるゝ紙の今猶あるを見む 一二一―一二三
されどこはカザールまたはアクアスパルタよりならじ、かしこより來りてかの文書に係はる者或ひはこれを避け或ひはこれを縮む 一二四―一二六
さて我はボナヴェントゥラ・ダ・バーニオレジオの生命なり、大いなる職務を果さんためわれ常に世の心勞を後にせり 一二七―一二九
イルルミナートとアウグスティンこゝにあり、彼等は紐によりて神の友となりたる最初の素足の貧者の中にありき 一三〇―一三二
ウーゴ・ダ・サン・ヴィットレ彼等と倶に茲にあり、またピエートロ・マンジァドレ及び世にて十二の卷に輝くピエートロ・イスパーノあり 一三三―一三五
豫言者ナタン、京の僧正クリソストモ、アンセルモ、及び第一の學術に手を下すをいとはざりしドナートあり 一三六―一三八
ラバーノこゝにあり、また豫言の靈を授けられたるカーラブリアの僧都ジョヴァッキーノわが傍にかゞやく 一三九―一四一
フラア・トムマーゾの燃ゆる誠とそのふさはしき言とは我を動かしてかく大いなる武士を競ひ讚めしめ 一四二―一四四
かつ我とともにこれらの侶を動かしたりき。 一四五―一四七
第十三曲
わが今視し物をよくさとらむとねがふ人は、心の中に描きみよ(しかしてわが語る間、その描ける物を堅き巖の如くに保て) 一―三
空氣いかに密なりともなほこれに勝つばかりいと燦かなる光にてこゝかしこに天を活かす十五の星を 四―六
われらの天の懷をもて夜も晝も足れりとし、轅をめぐらしつゝかくれぬ北斗を描きみよ 七―九
またかの車軸――第一の輪これがまはりをめぐる――の端より起る角笛の口をゑがきみよ 一〇―一二
即ちこれらのもの己をもてあたかもミノスの女が死の冷さを覺えし時に造れるごとき徴號を二つ天につくり 一三―一五
一はその光を他の一の内に保ち、かつ相共にめぐりつゝ一は先に一は後より行く状を 一六―一八
さらば眞の星宿と、わが立處をかこみめぐる二重の舞とをおぼろに認めむ 一九―二一
そはこれがわが世の習を超ゆること、さながら諸天の中の最疾きものゝる早さがキアーナの水の流れに優る如くなればなり 二二―二四
かしこにかれらの歌へるはバッコに非ずペアーナにあらず、三一言る神の性、及び一となれる神人二の性なりき 二五―二七
歌も舞も終りにいたれば、これらの聖なる光は、その心をわれらにとめつゝ、彼より此と思ひを移すを悦べり 二八―三〇
かの神の貧しき人の奇しき一生を我に語れる光、相和する聖徒の中にて、このとき靜寂を破りて 三一―三三
曰ふ。一の穗碎かれ、その實すでに蓄へらるゝがゆゑに、うるはしき愛我を招きてさらに殘の穗を打たしむ 三四―三六
汝思へらく、己が味のため全世界をして價を拂はしめし女の美しき頬を造らんとて肋骨を拔きし胸にも 三七―三九
槍に刺され、一切の罪の重さにまさる贖をそのあとさきになしゝ胸にも 四〇―四二
この二を造れる威能は、凡そ人たる者の受くるをうるかぎりの光を悉く注ぎ入れたるなりと 四三―四五
是故に汝は、さきに我汝に告げて、かの第五の光につゝまるゝ福には並ぶ者なしといへるを異しむ 四六―四八
いざ目を開きてわが答ふるところを望め、さらば汝は汝の思ひとわが言とが眞理において一となること圓の中心の如きを見む 四九―五一
それ滅びざるものも滅びうるものも、みな愛によりてわれらの主の生みたまふ觀念の耀にほかならず 五二―五四
そはかの活光、即ち己が源の光よりいでゝこれを離れずまたこれらと三一に結ばる愛を離れざるもの 五五―五七
自ら永遠に一となりて殘りつゝ、その恩惠によりて己が光線を、あたかも鏡に映す如く、九の物に集むればなり 五八―六〇
さてこの光線こゝより降りて最も劣れる物に及ぶ、而してかく業より業に移るに從ひ力愈弱く遂には只はかなき苟且の物をのみ造るにいたる 六一―六三
苟且の物とはる諸天が種によりまたは種によらずして生ずる所の産物をいふ 六四―六六
またかゝる物の蝋とこの蝋を整ふるものとは一樣にあらず、されば觀念に印せられてその中に輝く光或ひは多く或ひは少し 六七―六九
是においてか類において同じ木も善果惡果を結び、汝等もまた才を異にして生るゝにいたる 七〇―七二
蝋もし全く備はり、天の及ぼす力いとつよくば、印の光みなあらはれむ 七三―七五
されど自然は常に乏しき光を與ふ、即ちそのはたらくさまあたかも技に精しけれど手の震ふ技術家の如し 七六―七八
もしそれ熱愛材をとゝのへ、第一の力の燦かなる視力を印せば、物みな極めて完全ならむ 七九―八一
さればこそ土は往昔生物の極めて完全なるに適はしく造られ、また處女は孕りしなれ 八二―八四
是故に人たるものゝ性がこの二者の性の如くになれること先にもあらず後にもあらずと汝の思ふを我は好とす 八五―八七
さて我もしさらに説進まずば、汝はまづ、さらばかの者いかでその此類を見ずやといはむ 八八―九〇
されど顯はれざる事の明らかに顯はれん爲、彼の何人なりしやを思へ、またその求めよといはれし時彼を動かして請はしめし原因を思へ 九一―九三
わがいへるところ朧なりとも汝なほ定かに知らむ、彼の王者なりし事を、またその知慧を求めしは即ち良王とならん爲にて
天上の動者の數を知らん爲にも、必然と偶然とが必然を造ることありや否やを知らん爲にも 九七―九九
第一の動の有無を知らん爲にも、はたまた一の直角なき三角形が半圓の内に造らるゝをうるや否やを知らん爲にもあらざりしを 一〇〇―一〇二
是故に汝もしさきにわがいへることゝ此事とを思ひみなば、わが謂ふところの比類なき智とは王者の深慮を指すをみむ 一〇三―一〇五
またもし明らかなる目を興りしといふ語にむけなば、こは數多くして良者稀なる王達にのみ關はるをみむ 一〇六―一〇八
かく別ちてわが言を受けよ、さらばそは第一の父及びわれらの愛する者についての汝の信仰と並び立つべし 一〇九―一一一
汝この事をもて常に足の鉛とし、汝の見ざる然と否とにむかひては疲れし人の如く徐に進め 一一二―一一四
肯ふべき時にてもまたいなむべき時にても、彼と此とを別たずしてしかする者はいみじき愚者にほかならず 一一五―一一七
そは輕々しく事を斷ずれば誤り易く、情また尋いで智を絆すにいたればなり 一一八―一二〇
眞理を漁りて、技を有せざる者は、その歸るや出立つ時と状を異にす、豈空しく岸を離れ去るのみならんや 一二一―一二三
パルメニーデ、メリッソ、ブリッソ、そのほか行きつゝ行方を知らざりし多くの人々みな世にむかひて明かにこれが證をなす 一二四―一二六
サベルリオ、アルリオ及びあたかも劒の如く聖書を映してその直き顏を歪めし愚者また然り 一二七―一二九
されば人々餘りに安んじて事を判じ、さながら畑にある穗をばその熟せざるさきに評價する人の如くなるなかれ 一三〇―一三二
そはわれ茨が、冬の間は堅く恐ろしく見ゆれども、後その梢に薔薇の花をいたゞくを見 一三三―一三五
また船が直く疾く海を渡りて航路を終へつゝ、遂に港の入口に沈むを見しことあればなり 一三六―一三八
ドンナ・ベルタもセル・マルティーノも、一人盜み一人物を獻ぐるを見て、神の審判かれらにあらはると思ふ勿れ 一三九―一四一
恐らくは彼起き此倒るゝことあらむ。 一四二―一四四
第十四曲
圓き器の中なる水、外または内より打たるれば、その波動中心より縁にまたは縁より中心に及ぶ 一―三
トムマーゾのたふとき生命默しゝとき、この事たちまちわが心に浮べり 四―六
こは彼の言と彼に續いて物言へるベアトリーチェの言とよりこれに似たる事生じゝによる、淑女曰ふ 七―九
いまひとつの眞理をばこの者求めて根に到らざるをえず、されど聲はもとより未だ思ひによりてさへこれを汝等にいはざるなり 一〇―一二
請ふ彼に告げよ、汝等靈體を飾る光は、今のごとくとこしへに汝等とともに殘るや否やを 一三―一五
またもし殘らば、請ふ告げよ、汝等が再び見ゆるにいたる時、その光いかにして汝等の目を害はざるをうべきやを。 一六―一八
たとへば輪に舞ふ人々が、悦び増せば、これに促され引かれつゝ、相共に聲を高うし、姿に樂しみを現はすごとく 一九―二一
かの二の聖なる圓は、急なるうや/\しき願ひをきゝて、そのるさまと妙なる節とに新なる悦びを現はせり 二二―二四
およそ人の天に生きんとて地に死ぬるを悲しむ者は、永劫の雨の爽かなるを未だかしこに見ざる者なり 二五―二七
さてかの一と二と三、即ち永遠に生き、かつとこしへに三と二と一にて治め、限られずして萬物を限り給ふものをば 二八―三〇
かの諸の靈いづれも三度うたひたり、その妙なる調はげにいかなる功徳の報となすにも適はしかるべし 三一―三三
我また小き方の圓の中なる最神々しき光の中に一の柔かき聲を聞たり、マリアに語れる天使の聲もかくやありけむ 三四―三六
その答ふる所にいふ。天堂の樂しみ續くかぎり、我等の愛光を放ちてかゝる衣をわれらのまはりに現はさむ 三七―三九
その燦かさは愛の強さに伴ひ、愛の強さは視力に伴ひ、しかして是またその功徳を超えて受くるところの恩惠に準ず 四〇―四二
尊くせられ聖められし肉再びわれらに着せらるゝ時、われらの身はその悉く備はるによりて、いよ/\めづべき物となるべし 四三―四五
是故に至上の善が我等にめぐむすべての光、われらに神を視るをえしむる光は増さむ 四六―四八
是においてか視力増し、これに燃さるゝ愛も増し、愛よりいづる光も増さむ 四九―五一
されど炭が焔を出し、しかして白熱をもてこれに勝ちつゝ己が姿をまもるごとく 五二―五四
この耀――今われらを包む――は、たえず地に被はるゝ肉よりも、そのあらはるゝさま劣るべし 五五―五七
またかく大いなる光と雖、われらを疲れしむる能はじ、そは肉體の諸の機關強くして、我等を悦ばす力あるすべての物に堪ふればなり。 五八―六〇
いと疾くいちはやくかの歌の組二ながらアーメンといひ、死にたる體をうるの願ひをあきらかに示すごとくなりき 六一―六三
またこの願ひは恐らくは彼等自らの爲のみならず、父母その他彼等が未だ不朽の焔とならざる先に愛しゝ者の爲なりしならむ 六四―六六
時に見よ、一樣に燦かなる一の光あたりに現はれ、かしこにありし光のかなたにてさながら輝く天涯に似たりき 六七―六九
また日の暮初むる頃、新に天に現はれ出づるものありて、その見ゆるは眞か否かわきがたきごとく 七〇―七二
我はかしこに多くの新しき靈ありて、かの二の輪の外に一の圓を造りゐたるを見きとおぼえぬ 七三―七五
あゝ聖靈の眞の閃よ、その不意にしてかつ輝くこといかばかりなりけむ、わが目くらみて堪ふるをえざりき 七六―七八
されどベアトリーチェは、記憶の及ぶあたはざるまでいと美しくかつ微笑みて見えしかば 七九―八一
わが目これより力を受けて再び自ら擧ぐるをえ、我はたゞわが淑女とともにいよいよ尊き救ひに移りゐたるを見たり 八二―八四
わがさらに高く昇れることを定かに知りしは、常よりも紅くみえし星の、燃ゆる笑ひによりてなりき 八五―八七
我わが心を盡し、萬人のひとしく用ゐる言葉にて、この新なる恩惠に適はしき燔祭を神に獻げ 八八―九〇
しかして供物の火未だわが胸の中に盡きざるさきに、我はこの獻物の嘉納せられしことを知りたり 九一―九三
そは多くの輝二の光線の中にて我に現はれ、あゝかくかれらを飾るエリオスよとわがいへるほど燦かにかつ赤かりければなり 九四―九六
たとへば銀河が、大小さま/″\の光を列ねて宇宙の兩極の間に白み、いと賢き者にさへ疑ひをいだかしむるごとく 九七―九九
かの光線は、星座となりつゝ、火星の深處に、象限相結びて圓の中に造るその貴き標識をつくれり 一〇〇―一〇二
さて茲に到りてわが記憶才に勝つ、そはかの十字架の上にクリスト煌き給ひしかど我は適はしき譬へを得るをえざればなり 一〇三―一〇五
されど己が十字架をとりてクリストに從ふ者は、いつかかの光明の中に閃めくクリストを見てわがかく省くを責めざるならむ 一〇六―一〇八
桁より桁にまた頂と脚との間に諸の光動き、相會ふ時にも過ぐるときにもかれらは強くきらめけり 一〇九―一一一
己を護らんため智と技とをもて人々の作る陰を分けつゝをりふし條を引く光の中に、長き短き極微の物體 一一二―
或ひは直く或ひは曲み、或ひは疾く或ひは遲く、たえずその容を變へて動くさままたかくの如し ―一一七
また譬へば多くの絃にて調子を合せし琵琶や琴が、節を知らざる者にさへ、鼓音妙にきこゆるごとく 一一八―一二〇
かしこに顯れし諸の光より一のうるはしき音十字架の上にあつまり、歌を解しえざりし我もこれに心を奪はれき 一二一―一二三
されど我よくそが尊き讚美なるを知りたり、そは起ちて勝てといふ詞、解せざれどなは聞く人に聞ゆる如く、我に聞えたればなり 一二四―一二六
わが愛これに燃やされしこといかばかりぞや、げに是時にいたるまで、かくうるはしき絆をもて我を繋げるもの一だになし 一二七―一二九
恐らくはわがこの言、かの美しき目(これを視ればわが願ひ安んず)の與ふる樂をかろんじ、餘りに輕率なりと見えむ 一三〇―一三二
されど人もし一切の美を捺す諸の生くる印がその高きに從つて愈強く働く事と、わが未だ彼處にてかの目に向はざりし事とを思はゞ 一三三―一三五
わが辯解かんため自ら責むるその事をもて我を責めず、かつわが眞を告ぐるを見む、そはかの聖なる樂しみをわれ今除きていへるに非ず 一三六―一三八
これまたその登るに從つていよ/\清くなればなり 一三九―一四一
第十五曲
慾を惡意のあらはすごとくまつたき愛をつねにあらはす善意によりて 一―三
かのうるはしき琴は默し、天の右手の弛べて締むる聖なる絃はしづまりき 四―六
そも/\これらの靈體は、我をして彼等に請ふの願ひを起さしめんとて皆齊しく默しゝなれば、いかで正しき請に耳を傾けざらんや 七―九
苟且の物を愛するため自ら永遠にこの愛を失ふ人のはてしなく歎くにいたるも宜なる哉 一〇―一二
靜なる、清き、晴和き空に、ゆくりなき火しば/\流れて、やすらかなりし目を動かし 一三―一五
位置を變ふる星と見ゆれど、たゞその燃え立ちし處にては失せし星なくかつその永く保たぬごとくに 一六―一八
かの十字架の右の桁より、かしこに輝く星座の中の星一つ馳せ下りて脚にいたれり 一九―二一
またこの珠は下るにあたりてその紐を離れず、光の線を傳ひて走り、さながら雪花石の後の火の如く見えき 二二―二四
アンキーゼの魂が淨土にてわが子を見いとやさしく迎へしさまも(われらの最大いなるムーザに信をおくべくば)かくやありけむ 二五―二七
あゝわが血族よ、あゝ上より注がれし神の恩惠よ、汝の外誰の爲にか天の戸の二度開かれしことやある。 二八―三〇
かの光かく、是に於てか我これに心をとめ、後目をめぐらしてわが淑女を見れば、わが驚きは二重となりぬ 三一―三三
そは我をしてわが目にてわが恩惠わが天堂の底を認むと思はしむるほどの微笑その目のうちに燃えゐたればなり 三四―三六
かくてかの靈、聲姿ともにゆかしく、その初の音に添へて物言へり、されど奧深くしてさとるをえざりき 三七―三九
但しこは彼が、好みて我より隱れしにあらず、已むをえざるにいづ、人間の的よりもその思ふところ高ければなり 四〇―四二
しかしてその熱愛の弓冷えゆき、そがためその言人智の的の方に下るにおよび 四三―四五
わがさとれる第一の事にいふ。讚むべき哉三一にいます者、汝わが子孫をかくねんごろに眷顧たまふ。 四六―四八
また續いて曰ふ。白きも黒きも變ることなき大いなる書を讀みてより、樂しくも久しく饑を覺えしに 四九―五一
子よ汝はこれをこの光(我この中にて汝に物言ふ)のなかにて鎭めぬ、こはかく高く飛ばしめんため羽を汝に着せし淑女の恩惠によれり 五二―五四
汝信ずらく、汝の思ひは第一の思ひより我に移り、その状あたかも一なる數の知らるゝ時五と六とこれより分れ出るに似たりと 五五―五七
さればこそわが誰なるやまた何故にこの樂しき群の中にて特によろこばしく見ゆるやを汝は我に問はざるなれ 五八―六〇
汝の信ずる所正し、そは大いなるも小きもすべてこの生を享くる者は汝の思ひが未だ成らざるさきに現はるゝかの鏡を見ればなり 六一―六三
されど我をして目を醒しゐて永遠に見しめまたうるはしき願ひに渇かしむる聖なる愛のいよ/\遂げられんため 六四―六六
恐れず憚らずかつ悦ばしき聲をもて思ひを響かし願ひをひゞかせよ、わが答ははや定まりぬ。 六七―六九
我はベアトリーチェにむかへり、この時淑女わが語らざるにはやくも聞きて、我に一の徴を與へ、わが願ひの翼を伸ばしき 七〇―七二
我即ち曰ふ。第一の平等者汝等に現はるゝや、汝等各自の愛と智とはその重さ等しくなりき 七三―七五
これ熱と光とをもて汝等を照らしかつ暖めし日輪が、これに比ふに足る物なきまでその平等を保つによる 七六―七八
されど人間にありては、汝等のよく知る理由にもとづき、意ふことと表はす力とその翼同じからず 七九―八一
是故に人間の我、自らこの不同を感ずるにより、父の如く汝の歡び迎ふるをたゞ心にて謝するのみ 八二―八四
我誠に汝に請ふ、この貴き寶を飾る生くる黄玉よ、汝の名を告げてわが願ひを滿たせ。 八五―八七
あゝわが葉よ。汝を待つさへわが喜びなりき、我こそ汝の根なりけれ。彼まづかく我に答へ 八八―九〇
後また曰ひけるは。汝の家族の名の本にて、第一の臺に山をることはや百年餘に及べる者は 九一―九三
我には子汝には曾祖父なりき、汝須らく彼の爲にその長き勞苦をば汝の業によりて短うすべし 九四―九六
それフィオレンツァはその昔の城壁――今もかしこより第三時と第九時との鐘聞ゆ――の内にて平和を保ち、かつ節へかつ愼めり 九七―九九
かしこに索も冠もなく、飾れる沓を穿く女も、締むる人よりなほ目立つべき帶もなかりき 一〇〇―一〇二
まだその頃は女子生るとも父の恐れとならざりき、その婚期その聘禮いづれも度を超えざりければなり 一〇三―一〇五
かしこに人の住まざる家なく、室の内にて爲らるゝことを教へんとてサルダナパロの來れることもあらざりき 一〇六―一〇八
まだその頃は汝等のウッチェルラトイオもモンテマーロにまさらざりき――今その榮のまさるごとく、この後衰もまたまさらむ 一〇九―一一一
我はベルリンチオーン・ベルティが革紐と骨との帶を卷きて出で、またその妻が假粧せずして鏡を離れ來るを見たり 一一二―一一四
またネルリの家長とヴェッキオの家長とが皮のみの衣をもて、その妻等が紡錘と麻とをもて、心に足れりとするを見たり 一一五―一一七
あゝ幸多き女等よ、彼等は一人だにその墓につきて恐れず、また未だフランスの故によりて獨り臥床に殘されず 一一八―一二〇
ひとりは目を醒しゐて搖籃を守り、またあやしつゝ、父母の心をばまづ樂します言を用ゐ 一二一―一二三
ひとりは絲を紡ぎつゝ、わが家の人々と、トロイア人、フィエソレ、ローマの物語などなしき、チアンゲルラや 一二四―
ラーポ・サルテレルロの如き者その頃ありしならんには、チンチンナートやコルニーリアの今における如く、いと異しとせられしなるべし ―一二九
かく平穩にかく美しく邑の人々の住みゐたる中に、かく頼もしかりし民、かくうるはしかりし客舍に 一三〇―一三二
マリア――唱名の聲高きを開きて――我を加へ給へり、汝等の昔の授洗所にて我は基督教徒となり、カッチアグイーダとなりたりき 一三三―一三五
わが兄弟なりし者にモロントとエリゼオとあり、わが妻はポーの溪よりわが許に來れり、汝の姓かの女より出づ 一三六―一三八
後われ皇帝クルラードに事へ、その騎士の帶をさづけられしほど功によりていと大いなる恩寵をえたり 一三九―一四一
我彼に從ひて出で、牧者達の過のため汝等の領地を侵す人々の不義の律法と戰ひ 一四二―一四四
かしこにてかの穢れし民の手に罹りて虚僞の世――多くの魂これを愛するがゆゑに穢る――より解かれ 一四五―一四七
殉教よりこの平安に移りにき。 一四八―一五〇
第十六曲
あゝ人の血統のたゞ小かなる尊貴よ、情の衰ふるところなる世に、汝人々をして汝に誇るにいたらしむとも 一―三
我重ねてこれを異しとすることあらじ、そは愛欲の逸れざるところ即ち天にて我自ら汝に誇りたればなり 四―六
げに汝は短くなり易き衣のごとし、日に日に補ひ足されずば、時は鋏をもて周圍をめぐらむ 七―九
ローマの第一に許しゝ語しかしてその族の中にて最も廢れし語なるヴォイを始めに、我再び語りいづれば 一〇―一二
少しく離れゐたりしベアトリーチェは、笑を含み、さながら書に殘るかのジネーヴラの最初の咎を見て咳きし女の如く見えき 一三―一五
我曰ひけらく。汝はわが父なり、汝いたく我をはげまして物言はしめ、また我を高うして我にまさる者とならしむ 一六―一八
いと多くの流れにより嬉しさわが心に滿つれば、心は自らその壞れずしてこれに堪ふるをうるを悦ぶ 一九―二一
さればわが愛する遠祖よ、請ふ我に告げよ、汝の先祖達は誰なりしや、汝童なりし時、年は幾何の數をか示せる 二二―二四
請ふ告げよ、聖ジョヴァンニの羊の圈はその頃いかばかり大いなりしや、またその内にて高座に就くに適はしき民は誰なりしや。 二五―二七
たとへば炭風に吹かれ、燃えて焔を放つごとく、我はかの光のわが媚ぶる言をきゝて輝くを見たり 二八―三〇
しかしてこの物いよ/\美しくわが目に見ゆるに從ひ、いよ/\麗しき柔かき聲にて(但し近代の言葉を用ゐで) 三一―三三
我に曰ひけるは。アーヴェのいはれし日より、今は聖徒なるわが母、子を生み、宿しゝ我を世にいだせる時までに 三四―三六
この火は五百八十囘己が獅子の處にゆき、その足の下にてあらたに燃えたり 三七―三九
またわが先祖達と我とは、汝等の年毎の競技に與りて走る者がかの邑の最後の區劃を最初に見る處にて生れき 四〇―四二
わが列祖の事につきては汝これを聞きて足れりとすべし、彼等の誰なりしやまた何處よりこゝに來りしやは寧ろ言はざるを宜とす 四三―四五
その頃マルテと洗禮者との間にありて武器を執るをえし者は、すべて合せて、今住む者の五分一なりき 四六―四八
されど今カムピ、チェルタルド、及びフェギーネと混れる斯民、その頃はいと賤しき工匠にいたるまで純なりき 四九―五一
あゝこれらの人々皆隣人にして、ガルルッツォとトレスピアーノとに汝等の境あらん方、かれらを容れてかのアグリオンの賤男 五二―
またはシーニアの賤男(公職を賣らんとはや目を鋭うする)の惡臭を忍ぶにまさることいかばかりぞや ―五七
もし世の最も劣れる人々、チェーザレと繼しからず、あたかも母のわが兒におけるごとくこまやかなりせば 五八―六〇
かの今フィレンツェ人となりて兩替しかつ商賣するひとりの人は、その祖父が物乞へる處なるシミフォンテに歸りしなるべく 六一―六三
モンテムルロは今も昔の伯等に屬し、チェルキはアーコネの寺領に殘り、ボンデルモンティは恐らくはヴァルディグレーヴェに殘れるなるべし 六四―六六
人々の入亂るゝことは、食に食を重ぬることの肉體における如くにて、常にこの邑の禍ひの始めなりき 六七―六九
盲の牡牛は盲の羔よりも疾く倒る、一の劒五にまさりて切味よきことしば/\是あり 七〇―七二
汝もしルーニとウルビサーリアとがはや滅び、キウーシとシニガーリアとがまたその後を追ふを見ば 七三―七五
家族の消失するを聞くとも異しみ訝ることなからむ、邑さへ絶ゆるにいたるをおもひて 七六―七八
そも/\汝等に屬する物はみな汝等の如く朽つ、たゞ永く續く物にありては、汝等の生命の短きによりて、この事隱るゝのみ 七九―八一
しかして月天の運行が、たえず渚をば、蔽ふてはまた露はす如く、命運フィオレンツァをあしらふがゆゑに 八二―八四
美名を時の中に失ふ貴きフィレンツェ人についてわが語るところのことも異しと思はれざるならむ 八五―八七
我はウーギ、カテルリニ、フィリッピ、グレーチ、オルマンニ、及びアルベリキ等なだゝる市民のはや倒れかゝるを見 八八―九〇
またラ・サンネルラ及びラルカの家長、ソルダニエーリ、アルディンギ、及びボスティーキ等のその舊きがごとく大いなるを見たり 九一―九三
今新なるいと重き罪を積み置く――その重さにてたゞちに船を損ふならむ――かの門の邊には 九四―九六
ラヴィニアーニ住み居たり、伯爵グイード、及びその後貴きベルリンチオーネの名を襲げる者皆これより出づ 九七―九九
ラ・プレッサの家長は既に治むる道を知り、ガリガーイオは黄金裝の柄と鍔とを既にその家にて持てり 一〇〇―一〇二
「ヴァイオ」の柱、サッケッティ、ジユオキ、フィファンティ、バルッチ、ガルリ、及びかの桝目の爲に赤らむ家族いづれも既に大なりき 一〇三―一〇五
カルフッチの出でし木の根もまた既に大なりき、シツィイとアルリグッチとは既に貴き座に押されたり 一〇六―一〇八
かの己が傲慢の爲遂に滅ぶにいたれる家族もわが見し頃はいかなりしぞや、黄金の丸はそのすべての偉業をもてフィオレンツァを飾り 一〇九―一一一
汝等の寺院の空くごとに相集ひて身を肥やす人々の父もまたかくなしき 一一二―一一四
逃ぐる者をば龍となりて追ひ、齒や財布を見する者には羔のごとく柔和しきかの僭越の族 一一五―一一七
既に興れり、されど素姓賤しかりしかば、ウベルティーン・ドナートはその後舅が彼をばかれらの縁者となしゝを喜ばざりき 一一八―一二〇
カーポンサッコは既にフィエソレを出でゝ市場にくだり、ジウダとインファンガートとは既に良市民となりゐたり 一二一―一二三
今我信じ難くして而して眞なる事を告げむ、ラ・ペーラの家族に因みて名づけし門より人かの小さき城壁の内に入りし事即ち是なり 一二四―一二六
トムマーゾの祭によりて名と徳とをたえず顯はすかの大いなる領主の美しき紋所を分け用ゐる者は、いづれも 一二七―一二九
騎士の位と殊遇とを彼より受けき、たゞ縁にてこれを卷くもの今日庶民と相結ぶのみ 一三〇―一三二
グアルテロッティもイムポルトゥーニも既に榮えき、もし彼等に新なる隣人等微りせば、ボルゴは今愈よ靜なりしならむ 一三三―一三五
義憤の爲に汝等を殺し汝等の樂しき生活を斷ち、かくして汝等の嘆を生み出せる家は 一三六―一三八
その所縁の家族と倶に崇められき、あゝブオンデルモンテよ、汝が人の勸めを容れ、これと縁を結ぶを避けしはげにいかなる禍ひぞや 一三九―一四一
汝はじめてこの邑に來るにあたり神汝をエーマに與へ給ひたりせば、多くの人々今悲しまで喜べるものを 一四二―一四四
フィオレンツァはその平和終る時、犧牲をば、橋を護るかの缺石に獻げざるをえざりしなりき 一四五―一四七
我はフィオレンツァにこれらの家族と他の諸の家族とありて、歎くべき謂れなきまでそのいと安らかなるを見たり 一四八―一五〇
またこれらの家族ありて、その民榮えかつ正しかりければ、百合は未だ倒に竿に着けられしことなく 一五一―一五三
分離の爲紅に變ることもなかりき一五四
第十七曲
今猶父をして子に對ひて吝ならしむる者、人の己を誹るを聞き、事の眞を定かにせんためクリメーネの許に行きしことあり 一―三
我また彼の如くなりき、而してベアトリーチェも、また先にわがために處を變へしかの聖なる燈も、わが彼の如くなりしを知りき 四―六
是故に我淑女我に曰ふ。汝の願ひの焔を放て、そが汝の心の象をあざやかにうけていづるばかりに 七―九
されどこは汝の言によりてわれらの知識の増さん爲ならず、汝が渇を告ぐるに慣れ、人をして汝に飮ますをえしめん爲なり。 一〇―一二
あゝ愛するわが根よ(汝いと高くせられ、あたかも人智が一の三角の内に二の鈍角の容れられざるを知るごとく 一三―一五
苟且の事をその未だ在らざるさきに知るにいたる、これ時の現在ならぬはなき一の點を視るがゆゑなり) 一六―一八
われヴィルジリオと倶にありて、諸の魂を癒す山に登り、また死の世界にくだれる間に 一九―二一
わが將來の事につきて諸のいたましき言を聞きたり、但し命運我を撃つとも我よく自らとれに堪ふるをうるを覺ゆ 二二―二四
是故にいかなる災のわが身に迫るやを聞かばわが願ひ滿つべし、これ豫め見ゆる矢はその中る力弱ければなり。 二五―二七
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいひ、ベアトリーチェの望むごとくわが願ひを明したり 二八―三〇
諸の罪を取去る神の羔未だ殺されざりし昔、愚なる民を惑はしゝその語の如く朧ならず 三一―三三
明らかにいひ定かに語りてかの父の愛、己が微笑の中に隱れかつ顯はれつゝ、答ふらく 三四―三六
それ苟且の事即ち汝等の物質の書より外に延びざる事はみな永遠の目に映ず 三七―三九
されど映ずるが爲にこの事必ず起るにあらず、船流れを下りゆけどもそのうつる目の然らしむるにあらざるに似たり 四〇―四二
この永遠の目より汝の行末のわが目に入り來ることあたかも樂器よりうるはしき和合の音の耳に入り來る如し 四三―四五
イッポリートが無情邪險の繼母の爲にアテーネを去れるごとく、汝フィオレンツァを去らざるべからず 四六―四八
日毎にクリストの賣買せらるゝ處にてこれを思ひめぐらす者これを願ひかつはや企圖ぬ、さればまた直ちにこれを行はむ 四九―五一
虐げられし人々に世はその常の如く罪を歸すべし、されど刑罰はこれを頒ち與ふるものなる眞の爲の證とならむ 五二―五四
いと深く愛する物をば汝悉く棄て去らむ、是即ち流罪の弓の第一に射放つ矢なり 五五―五七
他人の麺麭のいかばかり苦く他人の階子の昇降のいかばかりつらきやを汝自ら驗しみむ 五八―六〇
しかして最も重く汝の肩を壓すものは、汝とともにこの溪に落つる邪惡庸愚の侶なるべし 六一―六三
かれら全く恩を忘れ狂ひ猛りて汝に背かむ、されどかれら(汝にあらず)はこれが爲に程なく顏を赤うせむ 六四―六六
かれらの行爲は獸の如きその性の證とならむ、されば汝唯一人を一の黨派たらしむるかた汝にとりて善かるべし 六七―六九
汝の第一の避所第一の旅舍は、聖なる鳥を梯子の上におくかの大いなるロムバルディア人の情ならむ 七〇―七二
彼汝に對ひて深き好意を有つが故に、爲す事と求むる事との中他の人々の間にてはいと遲きものも汝等二人の間にては先となるべし 七三―七五
己が功の世に顯はるゝにいたるばかりこの強き星の力を生るゝ時に受けたる者をば汝彼の許に見む 七六―七八
人々未だこの者を知らじ、そはその年若く諸天のこれをめぐれることたゞ九年のみなればなり 七九―八一
されどかのグアスコニア人が未だ貴きアルリーゴを欺かざるさきにその徳の光は、銀をも疲をも心にとめざる事において現はれむ 八二―八四
その諸の榮ある業はこの後遍く世に知られ、その敵さへこれについて口を噤むをえざるにいたらむ 八五―八七
汝彼と彼の恩惠とを望み待て、彼あるによりて多くの民改まり、貧富互に地を更へむ 八八―九〇
汝また彼の事を心に記して携へ行くべし、されど人に言ふ莫れ。かくて彼は面見る者もなほ信ずまじきことどもを告げ 九一―九三
後加ふらく。子よ、汝が聞きたる事の解説は即ち是なり、是ぞ多からぬ年の後方にかくるゝ係蹄なる 九四―九六
されど汝の隣人等を妬むなかれ、汝の生命はかれらの邪惡の罰よりも遙に遠き未來に亘るべければなり。 九七―九九
かの聖なる魂默し、經を張りてわが渡したる織物に緯を入れ終りしことをあらはせる時 一〇〇―一〇二
あたかも疑ひをいだく者が、智あり徳あり愛ある人の教へを希ふごとく、我曰けるは 一〇三―一〇五
わが父よ、我よく時の我に打撃を與へんとてわが方に急ぎ進むを見る、しかしてこは思慮なき人にいと重く加へらるべき打撃なり 一〇六―一〇八
是故にわれ先見をもて身を固むるを宜しとす、さらばたとひ最愛の地を奪はるともその他の地をばわが歌の爲に失ふことなからむ 一〇九―一一一
果なき苦しみの世にくだり、またわが淑女の目に擧げられて美しき巓をばわが離れしその山をめぐり 一一二―一一四
後また光より光に移りつゝ天を經てわが知るをえたる事を我もし語らば、そは多くの人にとりて味甚だ辛かるべし 一一五―一一七
されど我もし眞理に對ひて卑怯の友たらんには、今を昔と呼ぶ人々の間に生命を失ふの恐れあり。 一一八―一二〇
かのわが寶のほゝゑむ姿を包みし光は、まづ日の光にあたる黄金の鏡のごとく煌き 一二一―一二三
かくて答ふらく。己が罪または他人の罪の爲に曇れる心は、げに汝の言を烈しと感ぜむ 一二四―一二六
しかはあれ、一切の虚僞を棄てつゝ、汝の見し事をこと/″\くあらはし、瘡ある處は人のこれを掻くに任せよ 一二七―一二九
汝の聲はその味はじめ厭はしとも、後消化るゝに及び極めて肝要なる滋養を殘すによりてなり 一三〇―一三二
汝の叫びの爲す所あたかも最高き巓をいと強くうつ風の如し、是豈譽のたゞ小やかなる證ならんや 一三三―一三五
是故にこれらの天にても、かの山にても、またかの苦患の溪にても、汝に示されしは、名の世に知らるゝ魂のみ 一三六―一三八
そは例を引きてその根知られずあらはれず、證して明らかならざれば、人聞くとも心安まらず、信をこれに置かざればなり。 一三九―一四一
第十八曲
福なるかの鏡は今たゞ己が思ひを樂しみ、我はわが思ひを味ひつゝ、甘さをもて苦しさを和げゐたりしに 一―三
我を神のみもとに導きゐたる淑女いひけるは。思ひを變へよ、一切の虐を輕むるものにわが近きを思ふべし。 四―六
我はわが慰藉の慕はしき聲を聞きて身を轉せり、されどこの時かの聖なる目の中にいかなる愛をわが見しや、こゝに記さじ 七―九
これ我自らわが言を頼まざるのみならず、導く者なくばかく遠く記憶に溯る能はざるによりてなり 一〇―一二
かの刹那のことについてわが語るを得るは是のみ、曰く、彼を視るに及びわが情は他の一切の願ひより解かると 一三―一五
ベアトリーチェを直ちに照らせる永遠の喜びその第二の姿をば美しき目に現はしてわが心を足はしゐたりしとき 一六―一八
一の微笑の光をもて我を服へつゝ淑女曰ふ。身を轉してしかして聽け、わが目の中にのみ天堂あるにあらざればなり。 一九―二一
情もし魂を悉く占むるばかりに強ければ、目に現はるゝことまゝ世に例あり 二二―二四
かくの如く、我はわがふりかへりて見し聖なる光の輝の中に、なほしばし我と語るの意あるを認めき 二五―二七
このものいふ。頂によりて生き、常に實を結び、たえて葉を失はぬ木のこの第五座に 二八―三〇
福なる諸の靈あり、かれらは天に來らざりしさき、いかなるムーザをも富ますばかり世に名聲高かりき 三一―三三
是故にかの十字架の桁を見よ、我今名をいはん、さらばその者あたかも雲の中にてその疾き火の爲す如き技をかしこに爲すべし。 三四―三六
ヨスエの名いはるゝや、我は忽ち一の光の十字架を傳ひて動くを見たり、げに言と爲といづれの先なりしやを知らず 三七―三九
尊きマッカベオの名とともに、我はいま一の光のりつゝ進み出づるを見たり、しかして喜悦はかの獨樂の糸なりき 四〇―四二
またカルロ・マーニョとオルランドとの呼ばれし時にも、我は心をとめて他の二の光を見、宛然己が飛立つ鷹に目の伴ふ如くなりき 四三―四五
後またグイリエルモ、レノアルド、公爵ゴッティフレーディ、及びルベルト・グイスカールドわが目を引きてかの十字架を傳はしむ 四六―四八
かくて我に物言へる魂、他の光の間に移り混りつゝ、天の歌人の中にても技のいたく勝るゝことを我に示せり 四九―五一
われ身をめぐらして右に向ひ、ベアトリーチェによりて、その言または動作に表はるゝわが務を知らんとせしに 五二―五四
姿平常にまさり最終の時にもまさるばかり、その目清くたのしげなりき 五五―五七
また善を行ふにあたり心に感ずる喜びのいよ/\大いなるによりて、人己が徳の進むを日毎に自ら知るごとく 五八―六〇
我はかの奇しき聖業のいよ/\美しくなるを見て、天とともにわがる輪のその弧を増しゝを知れり 六一―六三
しかして色白き女が、その顏より羞恥の荷をおろせば、たゞ束の間に變るごとく 六四―六六
われ回顧りしときわが見るもの變りゐたり、こは己の内に我を容れし温和なる第六の星の白さの爲なりき 六七―六九
我見しに、かのジョーヴェの燈火の中には愛の煌のあるありて、われらの言語をわが目に現はせり 七〇―七二
しかしてたとへば岸より立ちさながら己が食物を見しを祝ふに似たる群鳥の、相連りて忽ち圓を作りまた忽ち他の形を作る如く 七三―七五
諸の聖者はかの諸の光の中にて飛びつゝ歌ひ、相寄りて忽ちD忽ちI忽ちLの形を作れり 七六―七八
かれらはまづ歌ひつゝ己が節に合せて動き、さてこれらの文字の一となるや、しばらく止まりて默しゝなりき 七九―八一
あゝ女神ペガーゼアよ(汝才に榮光を與へてその生命を長うす、才が汝の助けによりて諸邑諸國に及ぼす所またかくの如し) 八二―八四
願はくは汝の光をもて我を照らし我をして彼等の象をそのわが心にある如く示すをえしめよ、願はくは汝の力をこれらの短き句に現はせ 八五―八七
さてかれらは七の五倍の母字子字となりて顯はれ、我はまた一部一部を、その言顯はしゝ次第に從ひて、心に記めたり 八八―九〇
Diligite iustitiam 是全畫面の始めの語なる動詞と名詞にてその終りの語は Quiiudicatis terram なりき 九一―九三
かくて第五の語の中のMにいたり、彼等かく並べるまゝ止まりたれば、かしこにては木星宛然金にて飾れる銀と見えたり 九四―九六
我またMの頂の處に他の諸の光降り、歌ひつゝ――己の許に彼等を導く善の事ならむ――そこに靜まるを見たり 九七―九九
かくてあたかも燃えたる薪を打てば數しれぬ火花出づる(愚者これによりて占をなす習ひあり)ごとく 一〇〇―一〇二
かしこより千餘の光出で、かれらを燃す日輪の定むるところに從ひて、或者高く或者少しく昇ると見えたり 一〇三―一〇五
しかして各その處にしづまりしとき、我はかの飾れる火が一羽の鷲の首と頸とを表はすを見たり 一〇六―一〇八
そも/\かしこに畫く者はこれを導く者あるにあらず、彼自ら導く、かれよりぞ巣を作るの本なる力いづるなる 一〇九―一一一
さて他の聖者の群即ち先にエムメにて百合となりて悦ぶ如く見えし者は、少しく動きつゝかの印象を捺し終りたり 一一二―一一四
あゝ麗しき星よ、世の正義が汝の飾る天の力にもとづくことを我に明らかならしめしはいかなる珠いかばかり數多き珠ぞや 一一五―一一七
是故に我は汝の動汝の力の汝なる聖意に祈る、汝の光を害ふ烟の出る處をみそなはし 一一八―一二〇
血と殉教とをもて築きあげし神殿の内に賣買の行はるゝためいま一たび聖怒を起し給へと 一二一―一二三
あゝわが視る天の軍人等よ、惡例に傚ひて迷はざるなき地上の人々のために祈れ 一二四―一二六
昔は劒をもて戰鬪をする習ひなりしに、今はかの慈悲深き父が誰にもいなみ給はぬ麺麭をばこゝかしこより奪ひて戰ふ 一二七―一二九
されど汝、たゞ消さんとて録す者よ、汝が荒す葡萄園の爲に死にたるピエートロとパオロとは今も生くることを思へ 一三〇―一三二
うべ汝は曰はむ、たゞ獨りにて住むを好み、かつ一踊のため教へに殉ずるにいたれる者に我專らわが願ひを据ゑたれば 一三三―一三五
我は漁夫をもポロをも知らずと 一三六―一三八
第十九曲
うるはしき樂しみのために悦ぶ魂等が相結びて造りなしゝかの美しき象は、翼を開きてわが前に現はる 一―三
かれらはいづれも小さき紅玉が日輪の燃えて輝く光を受けつゝわが目にこれを反映らしむる如く見えたり 四―六
しかしてわが今述べんとするところは、聲これを傳へ、墨これを録しゝことなく、想像もこれを懷きしことなし 七―九
そは我見かつ聞きしに、嘴物言ひ、その聲の中にはわれらとわれらのとの意なるわれとわがと響きたればなり 一〇―一二
いふ。正しく慈悲深かりしため、こゝにはわれ今高くせられて、願ひに負けざる榮光をうけ 一三―一五
また地には、かしこの惡しき人々さへ美むるばかりの――かれら美むれど鑑に傚はず――わが記念を遺しぬ。 一六―一八
たとへば數多き熾火よりたゞ一の熱のいづるを感ずる如く、數多き愛の造れるかの象よりたゞ一の響きいでたり 一九―二一
是においてか我直に。あゝ永遠の喜びの不斷の花よ、汝等は己がすべての薫をたゞ一と我に思はしむ 二二―二四
請ふ語りてわが大いなる斷食を破れ、地上に食物をえざりしため我久しく饑ゑゐたればなり 二五―二七
我よく是を知る、神の正義天上の他の王國をその鏡となさば、汝等の王國も亦幔を隔てゝこれを視じ 二八―三〇
汝等はわが聽かんと思ふ心のいかばかり深きやを知る、また何の疑ひのかく長く我を饑ゑしめしやを知る。 三一―三三
鷹その被物を脱らるれば、頭を動かし翼を搏ち、願ひと勢とを示すごとく 三四―三六
神の恩惠の讚美にて編めるこの旗章は、天に樂しむ者のみ知れる歌をうたひてその悦びを表はせり 三七―三九
かくていふ。宇宙の極に圓規をめぐらし、隱るゝ物と顯るゝ物とを遍くその内に頒ちし者は 四〇―四二
己が言の限りなく優らざるにいたるほど、その力をば全宇宙に印する能はざりき 四三―四五
しかして萬の被造物の長なりしかの第一の不遜者が光を待たざるによりて熟まざる先に墜し事よくこれを證す 四六―四八
されば彼に劣る一切の性が、己をもて己を量る無窮の善を受入れんには器あまりに小さき事もまたこれによりて明らかならむ 四九―五一
是故に、萬物の中に滿つる聖意の光のたゞ一線ならざるをえざる我等の視力は 五二―五四
その性として、己が源を己に見ゆるものよりも遙かかなたに認めざるほど強きにいたらじ 五五―五七
かゝれば汝等の世の享くる視力が無窮の正義に入りゆく状は、目の海におけるごとし 五八―六〇
目は汀より底を見れども沖にてはこれを見じ、されどかしこに底なきにあらず、深きが爲に隱るゝのみ 六一―六三
曇しらぬ蒼空より來るものゝ外光なし、否闇あり、即ち肉の陰またはその毒なり 六四―六六
生くる正義を汝に匿しこれについてかくしげく汝に問を發さしめたる隱所は、今よく汝の前に開かる 六七―六九
汝曰けらく、人インドの岸に生れ(かしこにはクリストの事を説く者なく、讀む者も書く者もなし) 七〇―七二
人間の理性の導くかぎり、その思ふ所爲すところみな善く言行に罪なけれど 七三―七五
たゞ洗禮を受けず信仰に入らずして死ぬるあらんに、かゝる人を罰する正義いづこにありや、彼信ぜざるもその咎將いづこにありやと 七六―七八
抑汝は何者なれば一布指の先をも見る能はずして席に着き、千哩のかなたを審かんと欲するや 七九―八一
聖書汝等の上にあらずば、げに我とともに事を究めんとつとむる者にいたく疑ふの事由はあらむ 八二―八四
あゝ地上の動物よ、愚なる心よ、それおのづから善なる第一の意志は、己即ち至上の善より未だ離れしことあらじ 八五―八七
凡て物の正しきはこれと和するの如何による、造られし善の中これを己が許に引く物一だになし、この善光を放つがゆゑにかの善生ず。 八八―九〇
餌を雛に與へ終りて鸛巣の上をめぐり、雛は餌をえてその母を視るごとく 九一―九三
いと多き議に促されてかの福なる象翼を動かし、また我はわが目を擧げたり 九四―九六
さてめぐりつゝ歌ひ、かつ曰ふ。汝のわが歌を解せざる如く、汝等人間は永遠の審判をげせじ。 九七―九九
ローマ人に世界の崇をうけしめし徴號をばなほ保ちつゝ、聖靈の光る火しづまりて後 一〇〇―一〇二
かの者またいふ。クリストが木に懸けられ給ひし時より前にも後にも彼を信ぜざりし人の、この國に登り來れることなし 一〇三―一〇五
されど見よ、クリスト、クリストとよばゝる人にて、審判のときには、クリストを知らざる人よりも遠く彼を離るべき者多し 一〇六―一〇八
かゝる基督教徒をばエチオピア人罪に定めむ、こは人二の群にわかたれ、彼永遠に富み此貧しからん時なり 一〇九―一一一
汝等の王達の汚辱をすべて録しゝ書の開かるゝを見る時、ペルシア人彼等に何をかいふをえざらむ 一一二―一一四
そこにはアルベルトの行爲の中、ほどなく筆を運ばしむる事見ゆべし、その行爲によりてプラーガの王國の荒らさるゝこと即ち是なり 一一五―一一七
そこには猪に衝かれて死すべき者が、貨幣の模擬を造りつゝ、センナの邊に齎すところの患見ゆべし 一一八―一二〇
そこにはかのスコットランド人とイギリス人とを狂はし、そのいづれをも己が境の内に止まる能はざらしむる傲慢(渇を起す)見ゆべし 一二一―一二三
スパニアの王とボエムメの王(この人嘗て徳を知らずまた求めしこともなし)との淫樂と懦弱の生活と見ゆべし 一二四―一二六
イエルサレムメの跛者の善は一のIにて記され、一のMはその惡の記號となりて見ゆべし 一二七―一二九
アンキーゼが長生を畢へし處なる火の島を治むる者の強慾と怯懦と見ゆべし 一三〇―一三二
またかれのいみじき小人なるをさとらせんため、その記録には略字を用ゐて、些の場所に多くの事を言現はさむ 一三三―一三五
またいと秀づる家系と二の冠とを辱めたるその叔父と兄弟との惡しき行は何人にも明らかなるべし 一三六―一三八
またポルトガルロの王とノルヴェジアの王とはかの書によりて知らるべし、ヴェネージアの貨幣を見て禍ひを招けるラシアの王また然り 一三九―一四一
あゝ重ねて虐政を忍ばずばウンガリアは福なる哉、取卷く山を固となさばナヴァルラは福なる哉 一四二―一四四
またこの事の契約として、ニコシアとファマゴスタとが今既にその獸――他の獸の傍を去らざる――の爲に 一四五―一四七
嘆き叫ぶを人皆信ぜよ。
第二十曲
全世界を照らすもの、わが半球より、遠くくだりて、晝いたるところに盡くれば 一―三
さきにはこれにのみ燃さるゝ天、忽ち多くの光――一の光をうけて輝く――によりて再び己を現はすにいたる 四―六
かゝる天の現象なりき、世界とその導者達との徴號の尊き嘴默しゝ時、わが心に浮べるものは 七―九
そはかの諸の生くる光は、みないよ/\強く光りつゝ、わが記憶より逃げ易く消え易き歌をうたひいでたればなり 一〇―一二
あゝ微笑の衣を纏ふうるはしき愛よ、聖なる思ひの息のみ通へるかの諸の笛の中に汝はいかに熱く見えしよ 一三―一五
第六の光を飾る諸の貴きかゞやける珠、その妙なる天使の歌を絶ちしとき 一六―一八
我は清らかに石より石と傳ひ下りて己が源の豐なるを示す流れのとある低語を聞くとおぼえき 一九―二一
しかしてたとへば琵琶の頸にて、音その調を得、篳篥の孔にて、入來る風またこれを得るごとく 二二―二四
かの鷲の低語は、待つ間もあらず頸を傳ひて――そが空なりしごとく――上り來れり 二五―二七
さてかしこに聲となり、かしこよりその嘴を過ぎ言葉の體を成して出づ、この言葉こそわがこれを録しゝ心の待ちゐたるものなれ 二八―三〇
我に曰ふ。わが身の一部、即ち物を見、かつ地上の鷲にありてはよく日輪に堪ふるところを今汝心して視るべし 三一―三三
そはわが用ゐて形をとゝなふ諸の火の中、目となりてわが首が輝く者、かれらの凡ての位のうちの第一を占むればなり 三四―三六
眞中に光りて瞳となるは、聖靈の歌人、邑より邑にかの匱を移しゝ者なり 三七―三九
今彼は、己が歌の徳――己が思ひよりこの歌のいでたるかぎり――をば、これにふさはしき報によりて知る 四〇―四二
輪を造りて我眉となる五の火の中、わが嘴にいと近きは、寡婦をばその子の事にて慰めし者なり 四三―四五
今彼は、クリストに從はざることのいかに貴き價を拂ふにいたるやを知る、そは彼この麗しき世とその反とを親しく味ひたればなり 四六―四八
またわがいへる圓のうちの弓形上る處にて彼に續くは、眞の悔によりて死を延べし者なり 四九―五一
今彼は、適はしき祈り下界にて、今日の事を明日になすとも、永遠の審判に變りなきを知る 五二―五四
次なる者は、牧者に讓らんとて(その志善かりしかど結べる果惡しかりき)律法及び我とともに己をギリシアのものとなせり 五五―五七
今彼は、その善行より出でたる惡の、たとひ世を亡ぼすとも、己を害はざるを知る 五八―六〇
弓形下る處に見ゆるはグリエルモといへる者なり、カルロとフェデリーゴと在るが爲に嘆く國彼なきが爲に泣く 六一―六三
今彼は、天のいかばかり正しき王を慕ふやを知り、今もこれをその輝く姿に表はす 六四―六六
トロイア人リフェオがこの輪の聖なる光の中の第五なるを、誤り多き下界にては誰か信ぜむ 六七―六九
今彼は、神の恩惠について世のさとりえざる多くの事を知る、その目も底を認めざれども。 七〇―七二
まづ歌ひつゝ空に漂ふ可憐の雲雀が、やがて自ら最後の節のうるはしさに愛で、心足りて默すごとく 七三―七五
永遠の悦び(これが願ふところに從ひ萬物皆そのあるごとくなるにいたる)の印せる像も心足らへる如く見えき 七六―七八
しかしてかしこにては我のわが疑ひにおけるあたかも玻のその被ふ色におけるに似たりしかど、この疑ひは默して時を待つに堪へず 七九―八一
己が重さの力をもて、これらの事は何ぞやといふ言をばわが口より押出したり、またこれと共に我は大いなる喜びの閃くを見き 八二―八四
かくてかの尊き徴號、いよ/\つよく目を燃やしつゝ、我をながく驚異のうちにとめおかじとて、答ふらく 八五―八七
我見るに、汝がこれらの事を信ずるは、わがこれを言ふが爲にてその所以を知れるに非ず、されば事信ぜられて猶隱る 八八―九〇
汝はあたかも物を名によりてよく會得すれども、その本質にいたりては人これを現はさゞれば知る能はざる者の如し 九一―九三
それ天の王國は、熱き愛及び生くる望みに侵さる、これらのもの聖意に勝つによりてなり 九四―九六
されどその状人々を從ふる如きに非ず、そがこれに勝つはこれ自ら勝たれんと思へばなり、しかして勝れつゝ己が仁慈によりて勝つ 九七―九九
さて眉の中なる第一と第五の生命が天使の國に描かるゝを見て汝これを異しめども 一〇〇―一〇二
かれらはその肉體を出るに當り汝の思ふ如く異教徒なりしに非ず、基督教徒にて、彼は痛むべき足此は痛める足を固く信じき 一〇三―一〇五
即ちその一者は、善意に戻る者なき處なる地獄より骨に歸れり、是抑生くる望みの報にて 一〇六―一〇八
この生くる望みこそ、彼の甦りその思ひの移るをうるにいたらんため神に捧げまつれる祈りに力をえしめたりしなれ 一〇九―一一一
件の尊き魂は肉に歸りて(たゞ少時これに宿りき)、己を助くるをうるものを信じ 一一二―一一四
信じつゝ眞の愛の火に燃えしかば、第二の死に臨みては、この樂しみを享くるに適はしくなりゐたり 一一五―一一七
また一者は、被造物未だ嘗て目を第一の波に及ぼしゝことなきまでいと深き泉より流れ出る恩惠により 一一八―一二〇
その愛を世にてこと/″\く正義に向けたり、是故に恩惠恩惠に加はり、神彼の目を開きて我等の未來の贖を見しめぬ 一二一―一二三
是においてか彼これを信じ、其後異教の惡臭を忍ばず、かつその事にて多くの悖れる人々を責めたり 一二四―一二六
汝がかの右の輪の邊に見しみたりの淑女は、洗禮の事ありし時より一千年餘の先に當りて彼の洗禮となりたりき 一二七―一二九
あゝ永遠の定よ、第一の原因を見きはむるをえざる目に汝の根の遠ざかることいかばかりぞや 一三〇―一三二
また汝等人間よ愼みて事を斷ぜよ、われら神を見る者といへども猶凡ての選ばれし者を知らじ 一三三―一三五
而して我等かく缺處あるを悦ぶ、我等の幸は神の思召す事をわれらもまた思ふといふその幸によりて全うせらるればなり。 一三六―一三八
かくかの神の象、わが近眼をいやさんとて、われにこゝちよき藥を與へき 一三九―一四一
しかしてたとへば巧みに琵琶を奏づる者が、絃の震動を、巧みに歌ふ者と合せて、歌に興を添ふるごとく 一四二―一四四
(憶ひ出づれば)我は鷲の語る間、二のたふとき光が言葉につれて焔を動かし、そのさま雙の目の 一四五―一四七
時齊しく瞬くに似たるを見たり
第二十一曲
はやわが目は再びわが淑女の顏に注がれ、目とともに意もこれに注がれて他の一切の思ひを離れき 一―三
この時淑女ほゝゑまずして我に曰ふ。我もしほゝゑまば、汝はあたかも灰となりしときのセーメレの如くになるべし 四―六
これ永遠の宮殿の階を傳ひていよ/\高く登るに從ひいよ/\燃ゆる(汝の見し如く)わが美しさは 七―九
和げらるゝに非ればいと強く赫くが故に、人たる汝の力その光に當りてさながら雷に碎かるゝ小枝の如くなるによるなり 一〇―一二
われらは擧げられて第七の輝の中にあり、こは燃ゆる獅子の胸の下にてその力とまじりつゝ今下方を照らすもの 一三―一五
汝意を雙の目の行方にとめてかれらを鏡とし、いまこの鏡に見ゆる像をこれに映せ。 一六―一八
我わが思ひを變へしそのとき、かのたふとき姿のうちにわが目いかなる喜びをえしや、そを知る者は 一九―二一
彼方と此方とを權り比べてしかして知らむ、わが天上の案内者の命に從ふことのいかばかり我に樂しかりしやを 二二―二四
世界のまはりをめぐりつゝその名立る導者の――一切の邪惡かれの治下に滅びにき――名を負ふ水晶の中に 二五―二七
我は一の樹梯を見たり、こは日の光に照らさるゝ黄金の色にて、わが目の及ぶあたはざるほど高く聳えき 二八―三〇
我また段を傳ひて諸の光の降るを見たり、その數は最多く、我をして天に現はるゝ一切の光かしこより注がると思はしむ 三一―三三
自然の習とて、晝の始め、冷やかなる羽をあたゝめんため、鴉むらがりて飛び 三四―三六
後或者は往きて還らず、或者はさきにいでたちし處にむかひ、或者は殘りゐてめぐる 三七―三九
むらがり降れるかの煌も、とある段に着くに及びて、またかくの如く爲すと見えたり 四〇―四二
しかして我等にいと近く止まれる光殊に燦になりければ、われ心の中にいふ、我よく汝の我に示す愛を見ると 四三―四五
されど何時如何に言ひまたは默すべきやを我に教ふる淑女身を動かすことをせざりき、是においてかわが願ひに背き我は問はざるを可とせり 四六―四八
是時淑女、萬物を見る者に照らして、わが默す所以を見、汝の熱き願ひを解くべしと我にいふ 四九―五一
我即ち曰ひけるは。わが功徳は我をして汝の答を得しむるに足らず、されど問ふことを我に許す淑女の故によりて請ふ 五二―五四
己が悦びの中にかくるゝ尊き生命よ、汝いかなればかくわが身に近づけるやを我に知らせよ 五五―五七
また天堂の妙なる調が、下なる諸の天にてはいとうや/\しく響くなるに、この天にてはいかなれば默すやを告げよ。 五八―六〇
答へて我に曰ふ。汝の耳は目の如く人間のものなるがゆゑに、ベアトリーチェの微笑まざると同じ理によりてこゝに歌なし 六一―六三
聖なる梯子の段を傳ひてわがかく下れるは、たゞ言とわが纏ふ光とをもて汝を喜ばしめんためなり 六四―六六
またわが特に早かりしも愛の優る爲ならじ、汝に焔の現はす如く、優るかさなくも等しき愛かしこに高く燃ゆればなり 六七―六九
たゞ我等をば宇宙を治め給ふ聖旨の疾き僕となす尊き愛ぞ、汝の視るごとく、こゝにて鬮を頒つなる。 七〇―七二
我曰ふ。聖なる燈火よ、我よく知る、この王宮にては、永遠の攝理に從ふためには自由の愛にて足ることを 七三―七五
されど何故に汝の侶を措き汝ひとり豫め選ばれてこの職を爲すにいたれるや、これわが悟り難しとする所なり。 七六―七八
わが未だ最後の語をいはざるさきに、かの光は己が眞中を中心として疾き碾石の如くめぐりき 七九―八一
かくして後そのうちの愛答ふらく。我を包む光を貫いて神の光わが上にとゞまり 八二―八四
その力わが視力と結合ひつゝ我をはるかに我より高うし、我をしてその出る處なる至高者を見るをえしむ 八五―八七
この見ることこそ我を輝かす悦びの本なれ、そはわが目の燦かなるに從ひ、焔も燦かなればなり 八八―九〇
されどいと強く天にかゞやく魂も、目をいとかたく神にとむるセラフィーノも、汝の願ひを滿すをえじ 九一―九三
これ汝の尋ぬる事は永遠の定の淵深きところにありて、凡ての造られし目を離るゝによる 九四―九六
汝歸らばこれを人の世に傳へ、かゝる目的にむかひて敢てまた足を運ぶことなからしむべし 九七―九九
こゝにては光る心も地にては烟る、是故に思へ、天に容れられてさへその爲すをえざる事をいかで下界に爲しえんや。 一〇〇―一〇二
これらの言葉我を控へしめたれば、我はこの問を棄て、自ら抑へつゝたゞ謙りてその誰なりしやを問へり 一〇三―一〇五
イタリアの二の岸の間、汝の郷土よりいと遠くはあらざる處に雷の音遙に下に聞ゆるばかり高く聳ゆる岩ありて 一〇六―一〇八
一の峰を成す、この峰カートリアと呼ばれ、これが下にはたゞ禮拜の爲に用ゐる習なりし一の庵聖めらる。 一〇九―一一一
かの者三度我に語りてまづかくいひ、後また續いていひけるは。かしこにて我ひたすら神に事へ 一一二―一一四
默想に心を足はしつゝ、橄欖の液の食物のみにて、輕く暑さ寒さを過せり 一一五―一一七
昔はかの僧院、これらの天のため、實をさはに結びしに、今はいと空しくなりぬ、かゝればその状必ず直に顯はれん 一一八―一二〇
我はかしこにてピエートロ・ダミアーノといひ、アドリアティコの岸なるわれらの淑女の家にてはピエートロ・ペッカトルといへり 一二一―一二三
餘命幾何もなかりしころ、強ひて請はれて我かの帽を受く、こは傳へらるゝごとに優れる惡に移る物 一二四―一二六
チエファスの來るや、聖靈の大いなる器の來るや、身痩せ足に沓なく、いかなる宿の糧をもくらへり 一二七―一二九
しかるに近代の牧者等は、己を左右より支ふる者と導く者と(身いと重ければなり)裳裾をかゝぐる者とを求む 一三〇―一三二
かれらまたその表衣にて乘馬を蔽ふ、これ一枚の皮の下にて二匹の獸の出るなり、あゝ何の忍耐ぞ、怺へてこゝにいたるとは。 一三三―一三五
かくいへる時、我は多くの焔が段より段にくだりてめぐり、かつめぐるごとにいよ/\美しくなるを見き 一三六―一三八
かくてかれらはこの焔のほとりに來り止まりて叫び、世に此なきまで強き響きを起せり 一三九―一四一
されど我はその雷に堪へずして、聲の何たるを解せざりき 一四二―一四四
第二十二曲
驚異のあまり、我は身をわが導者に向はしむ、その状事ある毎に己が第一の恃處に馳せ歸る稚兒の如くなりき 一―三
この時淑女、あたかも蒼めて息はずむ子を、その心をば常に勵ます聲をもて、たゞちに宥むる母のごとく 四―六
我に曰ふ。汝は汝が天に在を知らざるや、天は凡て聖にして、こゝに爲さるゝ事、皆熱き愛より出るを知らざるや 七―九
かの叫びさへかくまで汝を動かせるに、歌とわが笑とは、汝をいかに變らしめけむ、今汝これを量り知りうべし 一〇―一二
もしかの叫びの祈る所をさとりたりせば、汝はこれにより、汝の死なざるさきに見るべき刑罰を、既に知りたりしものを 一三―一五
そも/\天上の劒たるや、斬るに當りて急がず遲れじ、たゞ望みつゝまたは恐れつゝそを待つ者にかゝる事ありと見ゆるのみ 一六―一八
されど汝今身を他の者の方にむくべし、わがいふごとく目を轉らさば、多くの名高き靈を見るべければなり。 一九―二一
彼の好むごとく我は目を向け、百の小さき球の群ゐてその光を交しつゝいよ/\美しくなれるを見たり 二二―二四
我はさながら過ぐるを恐れて願ひの刺戟を衷に抑へ敢て問はざる人のごとく立ちゐたるに 二五―二七
かの眞珠のうちの最大いにして最強く光るもの、己が事につきわが願ひを滿さんとて進み出でたり 二八―三〇
かくて聲その中にて曰ふ。汝もしわれらのうちに燃ゆる愛をわがごとく見ば、汝の思ひを言現はさむ 三一―三三
されど汝が、待つことにより、たふとき目的に後れざるため、我は汝のかく愼しみて敢ていはざるその思ひに答ふべし 三四―三六
坂にカッシーノある山にては、往昔巓に登りゆく迷へる曲める人多かりき 三七―三九
しかして我等をいと高うする眞理をば地に齎しゝ者の名を、はじめてかの山に傳へしものは即ち我なり 四〇―四二
またいと深き恩惠わが上に輝きたれば、我そのまはりの村里をして、世界を惑はしゝ不淨の禮拜を脱れしむ 四三―四五
さてこれらの火は皆默想に心を寄せ、聖なる花と實とを生ずる熱によりて燃されし人々なりき 四六―四八
こゝにマッカリオあり、こゝにロモアルドあり、またこゝに足を僧院の内に止めて道心堅固なりしわが兄弟達あり。 四九―五一
我彼に。我と語りて汝が示す所の愛と汝等のすべての焔にわが見て心をとむる好き姿とは 五二―五四
わが信頼の念を伸べ、そのさま日の光が薔薇を伸べてその力のかぎり開くにいたらしむるごとし 五五―五七
是故に父よ汝に請ふ、われ大いなる恩惠を受けて汝の貌を顯に見るをうべきや否や、定かに我に知らしめよ。 五八―六〇
是においてか彼。兄弟よ、汝の尊き願ひは最後の球にて滿さるべし、こはわが願ひも他の凡ての願ひも皆滿さるゝところなり 六一―六三
かしこにては誰が願ひも備はり、熟し、圓なり、かの球においてのみこれが各部はその常にありしところにとゞまる 六四―六六
そはこれ場所を占むるにあらず、軸を有つに非ればなり、われらの梯子これに達し、かく汝の目より消ゆ 六七―六九
族長ヤコブその頂の高くかしこに到るを見たり、こはこれがいと多くの天使を載せつゝ彼に現はれし時なりき 七〇―七二
然るに今はこれに登らんとて地より足を離す者なし、わが制は紙を損はんがために殘るのみ 七三―七五
僧坊たりしむかしの壁は巣窟となりぬ、法衣はあしき粉の滿ちたる袋なり 七六―七八
げに不當の高利といふとも、神の聖旨に逆ふこと、僧侶の心をかく狂はしむる果には及ばじ 七九―八一
そは寺院の貯は皆神によりて求むる民の物にて、親戚またはさらに賤しき人々の物ならざればなり 八二―八四
そも/\人間の肉はいと弱し、されば世にては、善く始められし事も、樫の生出るより實を結ぶにいたるまでだに續かじ 八五―八七
ピエルは金銀なきに、我は祈りと斷食とをもて、業を始め、フランチェスコは身を卑うしてその集を起せり 八八―九〇
汝これらのものゝ濫觴をたづね後またその迷ひ入りたる處をさぐらば、白の黒くなれるを見む 九一―九三
しかはあれ、神の聖旨によりてヨルダンの退り海の逃ぐるは、救ひをこゝに見るよりもなほ異しと見えしなるべし。 九四―九六
かく我に曰ひて後、かれその侶に加はれり、侶は互に寄り近づけり、しかして全衆あたかも旋風の如く上に昇れり 九七―九九
うるはしき淑女はたゞ一の表示をもて我を促がし彼等につゞいてかの梯子を上らしむ、その力かくわが自然に勝ちたりき 一〇〇―一〇二
また人の昇降するに當りて自然に從ふ處なるこの下界にては、動くこといかに速かなりともわが翼に此ふに足らじ 一〇三―一〇五
讀者よ(願はくはかの聖なる凱旋にわが歸るをえんことを、我これを求めて屡わが罪に泣き、わが胸を打つ) 一〇六―一〇八
わがかの金牛に續く天宮を見てその内に入りしごとく早くは汝豈指を火に入れて引かんや 一〇九―一一一
あゝ榮光の星よ、大いなる力滿つる光よ、我は汝等よりわがすべての才(そはいかなるものなりとも)の出づるを認む 一一二―一一四
我はじめてトスカーナの空氣を吸ひし時、一切の滅ぶる生命の父なる者、汝等と共に出で汝等とともに隱れにき 一一五―一一七
後ゆたかなる恩惠をうけ、汝等をめぐらす貴き天に入りし時、我は圖らずも汝等の處に着けり 一一八―一二〇
汝等にこそわが魂は、これを己が許に引くその難所をば超ゆるに適はしき力をえんとて、今うや/\くしく嘆願なれ 一二一―一二三
ベアトリーチェ曰ふ。汝は汝の目を瞭にし鋭くせざるをえざるほど、終極の救ひに近づけり 一二四―一二六
されば汝が未だこれに入らざるさきに、俯き望みて、いかばかりの世界をばわがすでに汝の足の下におきしやを見よ 一二七―一二九
これ凱旋の群衆喜ばしくこの圓き天をわけ來るとき、樂しみ極まる汝の心のこれに現はれんためぞかし。 一三〇―一三二
われ目を戻して七の天球をこと/″\く望み、さてわが球のさまを見てその劣れる姿のために微笑めり 一三三―一三五
しかしてこれをばいと賤しと判ずる心を我はいと善しと認む、思ひを他の物にむくる人はげに直しといふをえむ 一三六―一三八
我はラートナの女がかの影(さきに我をして彼に粗あり密ありと思はしめたる原因なりし)なくて燃ゆるを見たり 一三九―一四一
イペリオネよ、こゝにてわが目は汝の子の姿に堪へき、我またマイアとディオネとが彼の周邊にかつ彼に近く動くを見たり 一四二―一四四
次に父と子との間にてジョーヴェの和ぐるを望み、かれらがその處をば變ふる次第を明らかにしき 一四五―一四七
しかして凡て七の星は、その大いさとそのはやさとその住處の隔たるさまとを我に示せり 一四八―一五〇
われ不朽の雙兒とともにめぐれる間に、人をしていと猛くならしむる小さき麥場、山より河口にいたるまで悉く我に現はれき 一五一―一五三
かくて後我は目をかの美しき目にむかはしむ 一五四―一五六
第二十三曲
物見えわかぬ夜の間、なつかしき木の葉のうちにて、己がいつくしむ雛とともに巣に休みゐたる鳥が 一―三
かれらの慕はしき姿を見、かつかれらに食はしむる物をえん――これがためには大いなる勞苦も樂し――とて 四―六
時ならざるに梢にいたり、曉の生るゝをのみうちまもりつゝ、燃ゆる思ひをもて日を待つごとく 七―九
わが淑女は、頭を擧げ心をとめて立ち、日脚の最も遲しとみゆるところにむかへり 一〇―一二
されば彼の待ち憧るゝを見、我はあたかも願ひに物を求めつゝ希望に心を足はす人の如くになれり 一三―一五
されど彼と此との二の時、即ちわが待つことゝ天のいよ/\赫くを見ることゝの間はたゞしばしのみなりき 一六―一八
ベアトリーチェ曰ふ。見よ、クリストの凱旋の軍を、またこれらの球の轉によりて刈取られし一切の實を。 一九―二一
淑女の顏はすべて燃ゆるごとく見え、その目にはわが語らずして已むのほかなき程に大いなる喜悦滿てり 二二―二四
澄わたれる望月の空に、トリヴィアが、天の懷をすべて彩色る永遠のニンフェにまじりてほゝゑむごとく 二五―二七
我は千の燈火の上に一の日輪ありてかれらをこと/″\く燃し、その状わが日輪の、星におけるに似たるを見たり 二八―三〇
しかしてかの光る者その生くる光を貫いていと燦かにわが顏を照らしたれば、わが目これに堪ふるをえざりき 三一―三三
あゝベアトリーチェわがうるはしき慕はしき導者よ、彼我に曰ふ。汝の視力に勝つものは、防ぐに術なき力なり 三四―三六
こゝにこそ、天地の間の路を開きてそのかみ人のいと久しく願ひし事をかなへたるその知慧と力とあるなれ。 三七―三九
たとへば火が雲の容るゝ能はざるまで延びゆきて遂にこれを破り、その性に背きて地にくだるごとく 四〇―四二
わが心はかの諸の饗のためにひろがりて己を離れ、そのいかになりしやを自ら思ひ出で難し 四三―四五
いざ目を啓きてわが姿を見よ、汝諸の物を見てはやわが微笑に堪ふるにいたりたればなり。 四六―四八
過去を録す書の中より消失することなきほどの感謝をば受くるにふさはしきこの勸を聞きし時 四九―
我はあたかも忘れし夢をその名殘によりて心に浮べんといたづらに力むる人のごとくなりき ―五四
たとひポリンニアとその姉妹達とがかれらのいと甘き乳をもていとよく養ひし諸の舌今擧りて鳴りて 五五―五七
我を助くとも、聖なる微笑とそがいかばかり聖なる姿を燦かにせしやを歌ふにあたり、眞の千分一にも到らじ 五八―六〇
是故に天堂を描く時、この聖なる詩は、行手の道の斷れたるを見る人のごとく、跳越えざるをえざるなり 六一―六三
されど題の重きことゝ人間の肩のこれを負ふことゝを思はゞ、たとひこれが下にてゆるぐとも、誰しも肩を責めざるならむ 六四―六六
この勇ましき舳のわけゆく路は、小舟またはほねをしみする舟人の進みうべきところにあらじ 六七―六九
汝何ぞわが顏をのみいたく慕ひて、クリストの光の下に花咲く美しき園をかへりみざるや 七〇―七二
かしこに薔薇あり、こはその中にて神の言肉となり給へるもの、かしこに諸の百合あり、こはその薫にて人に善道をとらしめしもの。 七三―七五
ベアトリーチェかく、また我は、その勸に心すべて傾きゐたれば、再び身を弱き眼の戰に委ねき 七六―七八
日の光雲間をわけてあざやかに映す花の野を、わが目嘗て陰に蔽はれて見しことあり 七九―八一
かくの如く、燃ゆる光に上より照らされて輝く者のあまたの群を我は見き、その輝の本を見ずして 八二―八四
あゝかくかれらに印影を捺す慈愛の力よ、汝は力足らざる目にその見るをりをえしめんとて自ら高く昇れるなりき 八五―八七
あさなゆふなわが常に呼びまつる美しき花の名を聞き、我わが魂をこと/″\くあつめて、いと大いなる火をみつむ 八八―九〇
しかして下界にて秀でしごとく天上にてもまた秀づるかの生くる星の質と量とがわが二の目に描かれしとき 九一―九三
天の奧より冠の如き輪形を成せる一の燈火降りてこの星を卷き、またこれが周圍をめぐれり 九四―九六
世にいと妙にひゞきて魂をいと強く惹く調といふとも、かの琴――いとあざやかなる天を飾る 九七―
かの美しき碧玉の冠となりし――の音にくらぶれば、雲の裂けてとゞろくごとく思はるべし ―一〇二
われはこれ天使の愛なり、われらの願ひの宿なりし胎よりいづるそのたふとき悦びを我今めぐる 一〇三―一〇五
我はめぐらむ、天の淑女よ、汝爾子のあとを逐ひゆき、至高球をして、汝のこれに入るにより、いよ/\聖ならしむるまで。 一〇六―一〇八
めぐりつゝかくうたひをはれば、他の光はすべてマリアの聖名を唱へり 一〇九―一一一
宇宙の諸天をこと/″\く蔽ひ、神の聖息と法とをうけて熱いと強く生氣いと旺なる王衣は 一一二―一一四
その内面われらを遠く上方に離れゐたるため、わがをりし處にては、その状未だ我に見えねば 一一五―一一七
冠を戴きつゝ己が子のあとより昇れる焔に、わが目ともなふあたはざりき 一一八―一二〇
しかしてたとへば、乳を吸ひし後、愛燃えて外にあらはれ、腕を母の方に伸ぶる稚兒のごとく 一二一―一二三
これらの光る火、いづれもその焔を上方に伸べ、そがマリアにむかひていだく尊き愛を我に示しき 一二四―一二六
かくてかれらはレーギーナ・コイリーをうたひつゝわが眼前に殘りゐたり、その歌いと妙にしてこれが喜び一度も我を離れしことなし 一二七―一二九
あゝこれらの最も富める櫃に――こは下界にて種を蒔くに適はしき地なりき――收めし物の豐かなることいかばかりぞや 一三〇―一三二
こゝにはかれらそのバビローニアの流刑に泣きつゝ黄金をかしこに棄てゝえたる財寶にて生き、かつこれを樂しむ 一三三―一三五
こゝにはいと大いなる榮光の鑰を保つ者、神の、またマリアの尊き子の下にて、舊新二つの集會とともに 一三六―
その戰勝を祝ふ ―一四一
第二十四曲
あゝ尊き羔(彼汝等に食を與へて常に汝等の願ひを滿たす)の大いなる晩餐に選ばれて列る侶等よ 一―三
神の恩惠により、此人汝等の食卓より落つる物をば、死が未だ彼の期を定めざるさきに豫め味ふなれば 四―六
心をかれのいと深き願ひにとめ、少しくかれを露にて潤ほせ、汝等は彼の思ふ事の出づる本なる泉の水をたえず飮むなり。 七―九
ベアトリーチェかく、またかの喜べる魂等は、動かざる軸の貫く球となりて、そのはげしく燃ゆることあたかも彗星に似たりき 一〇―一二
しかして時辰儀にては、その裝置の輪るにあたり、これに心をとむる人に、初めの輪しづまりて終りの輪飛ぶと見ゆるごとく 一三―一五
これらの球は、或は速く或は遲くさま/″\に舞ひ、我をしてかれらの富を量るをえしめき 一六―一八
さていと美しと我に見えし球の中より一の火出づ、こはいと福なる火にて、かしこに殘れる者一としてこれより燦なるはなかりき 一九―二一
この火歌ひつゝベアトリーチェの周邊をめぐること三度、その歌いと聖なりければ我今心に浮べんとすれども効なし 二二―二四
是故にわが筆跳越えてこれを録さじ、われらの想像は、况て言葉は、かゝる襞にとりて色明きに過ればなり 二五―二七
あゝかくうや/\しくわれらに請ふわが聖なる姉妹よ、汝の燃ゆる愛によりて汝は我をかの美しき球より解けり。 二八―三〇
かの福なる火は、止まりて後、息をわが淑女に向けつゝ、わがいへるごとく語れるなりき 三一―三三
この時淑女。あゝわれらの主がこの奇しき悦びの鑰(下界に主の齎し給ひし)を委ね給へる丈夫の永遠の光よ 三四―三六
嘗て汝に海の上を歩ましめし信仰に就き、輕き重き種々の事をもて、汝の好むごとく彼を試みよ 三七―三九
彼善く愛し善く望みかつ信ずるや否や、汝これを知る、そは汝目を萬物の描かれて視ゆるところにとむればなり 四〇―四二
されどこの王國が民を得たるは眞の信仰によるがゆゑに、これに榮光あらしめんため、これの事を語る機の彼に來るを宜とす。 四三―四五
あたかも學士が、師の問を發すを待ちつゝ、これを論はんため――これを決るためならず――默して備を成すごとく 四六―四八
我はかゝる問者に答へかつかゝる告白をなすをえんため、淑女の語りゐたる間に、一切の理をもて備を成せり 四九―五一
いへ、良き基督教徒よ、汝の思ふ所を明せ、そも/\信仰といふは何ぞや。我即ち頭を擧げてこの言の出でし處なる光を見 五二―五四
後ベアトリーチェにむかへば、かれ直に我に示してわが心の泉より水を注ぎいださしむ 五五―五七
我曰ふ。大いなる長の前にてわがいひあらはすを許す恩惠、願はくは我をしてよくわが思ひを述ぶるをえしめよ。 五八―六〇
かくて續いて曰ふ。父よ、汝とともに、ローマを正しき路に就かせし汝の愛する兄弟の、眞の筆の録すごとく 六一―六三
信仰とは望まるゝ物の基見えざる物の證なり、しかして是その本質と見ゆ。 六四―六六
是時聲曰ふ。汝の思ふ所正し、されど彼が何故にこれをまづ基の中に置き、後證の中に置きしやを汝よくさとるや否や。 六七―六九
我即ち。こゝにて我にあらはるゝもろ/\の奧深き事物も、全く下界の目にかくれ 七〇―七二
かしこにてはその在りとせらるゝことたゞ信によるのみ、人この信の上に高き望みを築くがゆゑに、この物即ち基に當る 七三―七五
また人他の物を見ず、たゞこの信によりて理らざるをえざるがゆゑに、この物即ち證にあたる。 七六―七八
是時聲曰ふ。凡そ教へによりて世に知らるゝものみなかくの如く解せられんには、詭辯者の才かしこに容れられざるにいたらむ。 七九―八一
かくかの燃ゆる愛言に出し、後加ふらく。この貨幣の混合物とその重さとは汝既にいとよく檢べぬ 八二―八四
されどいへ、汝はこれを己が財布の中に有つや。我即ち。然り、そを鑄し樣に何の疑はしき事もなきまで光りて圓し。 八五―八七
この時、かしこに輝きゐたるかの光の奧より聲出でゝいふ。一切の徳の礎なるこの貴き珠は 八八―九〇
そも/\いづこより汝の許に來れるや。我。舊新二種の皮の上にゆたかに注ぐ聖靈の雨は 九一―九三
これが眞を我に示しゝ論法にて、その鋭きに此ぶれば、いかなる證明も鈍しとみゆ。 九四―九六
聲次で曰ふ。かく汝に論決せしむる舊新二つの命題を、汝が神の言となすは何故ぞや。 九七―九九
我。この眞理を我に現はす所の證が、ともなへる諸の業(即ち自然がその爲鐡を燒きまたは鐡床を打しことなき)なり 一〇〇―一〇二
聲我に答ふらく。いへ、これらの業の行はれしを汝に定かならしむるものは誰ぞや、他なし、自ら證を求むる者ぞ汝にこれを誓ふなる。 一〇三―一〇五
我曰ふ。奇蹟なきに世キリストの教へに歸依せば、是かへつて一の大いなる奇蹟にて、他の凡ての奇蹟はその百分一にも當らじ 一〇六―一〇八
そは汝、貧しく、饑ゑつゝ、畠に入り、良木の種を蒔きたればなり(この木昔葡萄なりしも今荊棘となりぬ)。 一〇九―一一一
かくいひ終れる時、尊き聖なる宮人等、天上の歌の調妙に、「われら神を讚美す」と歌ひ、諸の球に響きわたらしむ 一一二―一一四
しかして問質しつゝかく枝より枝に我をみちびき、はや我とともに梢に近づきゐたる長 一一五―一一七
重ねて曰ふ。汝の心と契る恩惠、今までふさはしく汝の口を啓けるがゆゑに 一一八―一二〇
我は出でしものを可とす、されど汝何を信ずるや、また何によりてかく信ずるにいたれるや、今これを我に述ぶべし。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝ聖なる父よ、墓の邊にて若き足に勝ちしほどかたく信じゐたりしものを今見る靈よ 一二四―一二六
汝は我にわがとくいだける信の本體をこゝにあらはさんことを望み、かつまたこれがゆゑよしを問ふ 一二七―一二九
わが答は是なり、我は一神、唯一にて永遠にいまし、愛と願ひとをもてすべての天を動かしつゝ自ら動かざる神を信ず 一三〇―一三二
しかして、かゝる信仰に對しては、我に物理哲理の證あるのみならじ、モイゼ、諸の豫言者、詩篇、聖傳 一三三―
及び汝等即ち燃ゆる靈に淨められし後書録せる人々によりこゝより降下る眞理もまた我にこの信を與ふ ―一三八
我また永遠の三位を信ず、しかしてこれらの本は一、一にして三なれば、おしなべてソノといひエステといふをうるを信ず 一三九―一四一
わがいふところの奧深き神のさまをば、福音の教へいくたびもわが心に印す 一四二―一四四
是ぞ源、是ぞ火花、後延びて強き炎となり、あたかも天の星のごとくわが心に煌めくものなる。 一四五―一四七
己を悦ばす事を聞く主が、僕やがて默すとき、その報知にめでゝ、直ちにこれを抱くごとく 一四八―一五〇
かの使徒の光――我に命じて語らしめし――は、わが默しゝ時、直ちに歌ひて我を祝しつゝ、三度わが周圍をめぐれり 一五一―
わが言かくその意に適へるなりき。 ―一五六
第二十五曲
年久しく我を窶れしむるほど天地ともに手を下しゝ聖なる詩、もしかの麗はしき圈―― 一―
かしこに軍を起す狼どもの敵、羔としてわが眠りゐし處――より我を閉め出すその殘忍に勝つこともあらば ―六
その時我は變れる聲と變れる毛とをもて詩人として歸りゆき、わが洗禮の盤のほとりに冠を戴かむ 七―九
そは我かしこにて、魂を神に知らすものなる信仰に入り、後ピエートロこれが爲にかくわが額の周圍をめぐりたればなり 一〇―一二
クリストがその代理者の初果として殘しゝ者の出でし球より、このとき一の光こなたに進めり 一三―一五
わが淑女いたく悦びて我にいふ。見よ、見よ、かの長を見よ、かれの爲にこそ下界にて人ガーリツィアに詣るなれ。 一六―一八
鳩その侶の傍に飛びくだるとき、かれもこれもりつゝさゝやきつゝ、互に愛をあらはすごとく 一九―二一
我はひとりの大いなる貴き君が他のかゝる君に迎へられ、かれらを飽かしむる天上の糧をばともに讚め稱ふるを見き 二二―二四
されど會繹終れる時、かれらはいづれも、我に顏を垂れしむるほど強く燃えつゝ、默してわが前にとゞまれり 二五―二七
是時ベアトリーチェ微笑みて曰ふ。われらの王宮の惠みのゆたかなるを録しゝなだゝる生命よ 二八―三〇
望みをばこの高き處に響き渡らすべし、汝知る、イエスが、己をいとよく三人に顯はし給ひし毎に、汝のこれを象れるを。 三一―三三
頭を擧げよ、しかして心を強くせよ、人の世界よりこゝに登り來るものは、みなわれらの光によりて熟せざるをえざればなり。 三四―三六
この勵ます言第二の火よりわが許に來れり、是においてか我は目を擧げ、かの先に重きに過ぎてこれを垂れしめし山を見ぬ二七
恩惠によりてわれらの帝は、汝が、未だ死なざるさきに、その諸の伯達と内殿に會ふことを許し 四〇―四二
汝をしてこの王宮の眞状を見、これにより望み即ち下界に於て正しき愛を促すものをば、汝と他の人々の心に、強むるをえしめ給ふなれば 四三―四五
その望みの何なりや、いかに汝の心に咲くや、またいづこより汝の許に來れるやをいへ。第二の光續いてさらにかく曰へり 四六―四八
わが翼の羽を導いてかく高く飛ばしめしかの慈悲深き淑女、是時我より先に答へていふ 四九―五一
わが軍を遍く照らすかの日輪に録さるゝごとく、戰鬪に參る寺院にては彼より多くの望みをいだく子一人だになし 五二―五四
是故にかれは、その軍役を終へざるさきにエジプトを出で、イエルサレムメに來りて見ることを許さる 五五―五七
さて他の二の事、即ち汝が、知らんとてならず、たゞ彼をしてこの徳のいかばかり汝の心に適ふやを傳へしめんとて問ひし事は 五八―六〇
我是を彼に委ぬ、そは是彼に難からず虚榮の本とならざればなり、彼これに答ふべし、また願はくは神恩彼にかく爲すをえしめ給へ。 六一―六三
あたかも弟子が、その精しく知れる事においては、わが才能を現はさんため、疾くかつ喜びて師に答ふるごとく 六四―六六
我曰ひけるは。望みとは未來の榮光の確き期待にて、かゝる期待は神の恩惠と先立つ功徳より生ず 六七―六九
この光多くの星より我許に來れど、はじめてこれをわが心に注げるは、最大いなる導者を歌へる最大いなる歌人たりし者なりき 七〇―七二
かれその聖歌の中にいふ、爾名を知る者は望みを汝におくべしと、また誰か我の如く信じてしかしてこれを知らざらんや 七三―七五
かれの雫とともに汝その後書のうちにて我にこれを滴らし、我をして滿たされて汝等の雨を他の人々にも降らさしむ。 七六―七八
わが語りゐたる間、かの火の生くる懷のうちにとある閃、俄にかつ屡顫ひ、そのさま電光の如くなりき 七九―八一
かくていふ。棕櫚をうるまで、戰場を出づる時まで、我にともなへる徳にむかひ今も我を燃す愛 八二―八四
我に勸めて再び汝――この徳を慕ふ者なる――と語らしむ、されば請ふ、望みの汝に何を約するやを告げよ。 八五―八七
我。新舊二つの聖經標を建つ、この標こそ我にこれを指示すなれ、神が友となしたまへる魂につき 八八―九〇
イザヤは、かれらいづれも己が郷土にて二重の衣を着るべしといへり、己が郷土とは即ちこのうるはしき生の事なり 九一―九三
また汝の兄弟は、白衣のことを述べしところにて、さらに詳らかにこの默示をわれらにあらはす。 九四―九六
かくいひ終れる時、スペーレント・イン・テーまづわれらの上に聞え、舞ふ者こと/″\くこれに和したり 九七―九九
次いでかれらの中にて一の光いと強く輝けり、げにもし巨蟹宮に一のかゝる水晶あらば、冬の一月はたゞ一の晝とならむ 一〇〇―一〇二
またたとへば喜ぶ處女が、その短處の爲ならず、たゞ新婦の祝ひのために、起ち、行き、踊りに加はるごとく 一〇三―一〇五
かの輝く光は、己が燃ゆる愛に應じて圓くめぐれる二の光の許に來れり 一〇六―一〇八
かくてかしこにて歌と節とを合はせ、またわが淑女は、默して動かざる新婦のごとく、目をかれらにとむ 一〇六―一〇八
こは昔われらの伽藍鳥の胸に倚りし者、また選ばれて十字架の上より大いなる務を委ねられし者なり。 一一二―一一四
わが淑女かく、されどその言のためにその目を移さず、これをかたくとむることいはざる先の如くなりき 一一五―一一七
瞳を定めて、日の少しく虧くるを見んと力むる人は、見んとてかへつて見る能はざるにいたる 一一八―一二〇
わがかの最後の火におけるもまたかくの如くなりき、是時聲曰ふ。汝何ぞこゝに在らざる物を視んとて汝の目を眩うするや 一二一―一二三
わが肉體は土にして地にあり、またわれらの數が永遠の聖旨に配ふにいたるまでは他の肉體と共にかしこにあらむ 一二四―一二六
二襲の衣を着つゝ尊き僧院にあるものは、昇りし二の光のみ、汝これを汝等の世に傳ふべし。 一二七―一二九
かくいへるとき、焔の舞は、三の氣吹の音のまじれるうるはしき歌とともにしづまり 一三〇―一三二
さながら水を掻きゐたる櫂が、疲勞または危き事を避けんため、一の笛の音とともにみな止まる如くなりき 一三三―一三五
あゝわが心の亂れいかなりしぞや、そは我是時身を轉らしてベアトリーチェを見んとせしかど(我彼に近くかつ福の世にありながら) 一三六―
見るをえざりければなり ―一四一
第二十六曲
わが視力の盡きしことにて我危ぶみゐたりしとき、これを盡きしめしかの輝く焔より一の聲出でゝわが心を惹けり 一―三
曰ふ。我を見て失ひし目の作用をば汝の再び得るまでは、語りてこれを償ふをよしとす 四―六
さればまづ、いへ、汝の魂何處をめざすや、かつまた信ぜよ、汝の視力は亂れしのみにて、滅び失せしにあらざるを 七―九
そは汝を導いてこの聖地を過ぐる淑女は、アナーニアの手の有てる力を目にもてばなり 一〇―一二
我曰ふ。遲速を問はずたゞ彼の心のまゝにわが目癒ゆべし、こは彼が、絶えず我を燃す火をもて入來りし時の門なりき 一三―一五
さてこの王宮を幸ふ善こそ、或は低く或は高く愛のわが爲に讀むかぎりの文字のアルファにしてオメガなれ。 一六―一八
目の俄にくらめるための恐れを我より取去れるその聲、我をして重ねて語るの意を起さしむ 一九―二一
その言に曰ふ。げに汝はさらに細かき篩にて漉さゞるべからず、誰が汝の弓をかゝる的に向けしめしやをいはざるべからず。 二二―二四
我。哲理の論ずる所によりまたこゝより降る權威によりて、かゝる愛は、我に象を捺さゞるべからず 二五―二七
これ善は、その善なるかぎり、知らるゝとともに愛を燃し、かつその含む善の多きに從ひて愛また大いなるによる 二八―三〇
されば己の外に存する善がいづれもたゞ己の光の一線に過ぎざるほど勝るゝ者に向ひては 三一―三三
この證の基なる眞理をわきまふる人の心、他の者にむかふ時にまさりて愛しつゝ進まざるをえじ 三四―三六
我に凡ての永遠の物の第一の愛を示すもの、かゝる眞理をわが智に明し 三七―三九
眞の作者、即ち己が事を語りて我汝に一切の徳を見すべしとモイゼにいへる者の聲これを明し 四〇―四二
汝も亦、かの尊き公布により、他のすべての告示にまさりて、こゝの秘密を下界に徇へつゝ、我にこれを明すなり。 四三―四五
是時聲曰ふ。人智及びこれと相和する權威によりて、汝の愛のうちの最大いなるもの神にむかふ 四六―四八
されど汝は、神の方に汝を引寄する綱のこの外にもあるを覺ゆるや、請ふ更にこれを告げこの愛が幾個の齒にて汝を噛むやを言現はすべし。 四九―五一
クリストの鷲の聖なる思ひ隱れざりき、否我はよく彼のわが告白をばいづこに導かんとせしやを知りて 五二―五四
即ちまたいひけるは。齒をもて心を神に向はしむるをうるもの、みなわが愛と結び合へり 五五―五七
そは宇宙の存在、我の存在、我を活かしめんとて彼の受けし死、及び凡そ信ずる人の我と等しく望むものは 五八―六〇
先に述べし生くる認識とともに、我を悖れる愛の海より引きて、正しき愛の岸に置きたればなり 六一―六三
永遠の園丁の園にあまねく茂る葉を、我は神がかれらに授け給ふ幸の度に從ひて愛す。 六四―六六
我默しゝとき、忽ち一のいとうるはしき歌天に響き、わが淑女全衆に和して、聖なり聖なり聖なりといへり 六七―六九
鋭き光にあへば、物視る靈が、膜より膜に進み入るその輝に馳せ向ふため、眠り覺まされ 七〇―七二
覺めたる人は、判ずる力己を助くるにいたるまで、己が俄にさめし次第を知らで、その視る物におびゆるごとく 七三―七五
ベアトリーチェは、千哩の先をも照らす己が目の光をもて、一切の埃をわが目より拂ひ 七六―七八
我は是時前よりもよく見るをえて、第四の光のわれらとともにあるを知り、いたく驚きてこれが事を問へり 七九―八一
わが淑女。この光の中には、第一の力のはじめて造れる第一の魂その造主を慕ふ。 八二―八四
たとへば風過ぐるとき、枝はその尖を垂るれど、己が力に擡げられて、後また己を高むるごとく 八五―八七
我は彼の語れる間、いたく異しみて頭を低れしも、語るの願ひに燃されて、後再び心を強うし 八八―九〇
曰ひけるは。あゝ熟して結べる唯一の果實よ、あゝ新婦といふ新婦を女子婦に有つ昔の父よ 九一―九三
我いとうや/\しく汝に祈ぐ、請ふ語れ、わが願ひは汝の知るところなれば、汝の言を疾く聞かんため、我いはじ。 九四―九六
獸包まれて身を搖動し、包む物またこれとともに動くがゆゑに、願ひを現はさゞるををえざることあり 九七―九九
かくの如く、第一の魂は、いかに悦びつゝわが望みに添はんとせしやを、その蔽物によりて我に示しき 一〇〇―一〇二
かくていふ。汝我に言現はさずとも、わが汝の願ひを知ること、およそ汝にいと明らかなることを汝の知るにもまさる 一〇三―一〇五
こは我これを眞の鏡――この鏡萬物を己に映せど、一物としてこれを己に映すはなし――に照して見るによりてなり 一〇六―一〇八
汝の聞かんと欲するは、この淑女がかく長き階をば汝に昇るをえしめし處なる高き園の中に神の我を置給ひしは幾年前なりしやといふ事 一〇九―一一一
これがいつまでわが目の樂なりしやといふ事、大いなる憤の眞の原因、またわが用ゐわが作れる言葉の事即ち是なり 一一二―一一四
さて我子よ、かの大いなる流刑の原因は、木實を味へるその事ならで、たゞ分を超えたることなり 一一五―一一七
我は汝の淑女がヴィルジリオを出立ゝしめし處にありて、四千三百二年の間この集會を慕ひたり 一一八―一二〇
また地に住みし間に、我は日が九百三十回、その道にあたるすべての光に歸るを見たり 一二一―一二三
わが用ゐし言葉は、ネムブロットの族がかの成し終へ難き業を試みしその時よりも久しき以前に悉く絶えにき 一二四―一二六
そは人の好む所天にともなひて改まるがゆゑに、理性より生じてしかして永遠に續くべきもの未だ一つだにありしことなければなり 一二七―一二九
抑人の物言ふは自然の業なり、されどかく言ひかくいふことは自然これを汝等に委ね汝等の好むまゝに爲さしむ 一三〇―一三二
わが未だ地獄に降りて苦しみをうけざりしさきには、我を裏む喜悦の本なる至上の善、世にてIと呼ばれ 一三三―一三五
その後ELと呼ばれにき、是亦宜なり、そは人の習慣は、さながら枝の上なる葉の、彼散りて此生ずるに似たればなり 一三六―一三八
かの波の上いと高く聳ゆる山に、罪なくしてまた罪ありてわが住みしは、第一時より、日の象限を變ふるとともに 一三九―
第六時に次ぐ時までの間なりき。 ―一四四
第二十七曲
父に子に聖靈に榮光あれ。天堂擧りてかく唱へ、そのうるはしき歌をもて我を醉はしむ 一―三
わが見し物は宇宙の一微笑のごとくなりき、是故にわが醉耳よりも目よりも入りたり 四―六
あゝ樂しみよ、あゝいひがたき歡びよ、あゝ愛と平和とより成る完き生よ、あゝ慾なき恐れなき富よ 七―九
わが目の前には四の燈火燃えゐたり、しかして第一に來れるものいよ/\あざやかになり 一〇―一二
かつその姿を改めぬ、木星もし火星とともに鳥にして羽を交換しなば、またかくの如くなるべし 一三―一五
次序と任務とをこゝにて頒ち與ふる攝理、四方の聖徒達をしてしづかならしめしとき 一六―一八
わが聞ける言にいふ。われ色を變ふと雖も異しむ莫れ、そはわが語るを聞きて是等の者みな色を變ふるを汝見るべければなり 一九―二一
わが地位、わが地位、わが地位(神の子の聖前にては今も空し)を世にて奪ふ者 二二―二四
わが墓所をば血と穢との溝となせり、是においてか天上より墮ちし悖れる者も下界に己が心を和らぐ。 二五―二七
是時我は、日と相對ふによりて朝夕に雲を染めなす色の、遍く天に漲るを見たり 二八―三〇
しかしてたとへばしとやかなる淑女が、心に怖るゝことなけれど、他人の過失をたゞ聞くのみにてはぢらふごとく 三一―三三
ベアトリーチェは容貌を變へき、思ふに比類なき威能の患み給ひし時にも、天かく暗くなりしなるべし 三四―三六
かくてピエートロ、容貌の變るに劣らざるまでかはれる聲にて、續いて曰ふ 三七―三九
抑クリストの新婦を、わが血及びリーン、クレートの血にてはぐゝめるは、これをして黄金をうるの手段たらしめん爲ならず 四〇―四二
否この樂しき生を得ん爲にこそ、シストもピオもカーリストもウルバーノも、多くの苦患の後血を注げるなれ 四三―四五
基督教徒なる民の一部我等の繼承者の右に坐し、その一部左に坐するは、われらの志しゝところにあらじ 四六―四八
我に委ねられし鑰が、受洗者と戰ふための旗のしるしとなることもまた然り 四九―五一
我を印の象となして、贏利虚妄の特典に捺し、われをして屡かつ恥ぢかつ憤らしむることも亦然り 五二―五四
こゝ天上より眺むれば、牧者の衣を着たる暴き狼隨處の牧場に見ゆ、あゝ神の擁護よ、何ぞ今も起たざるや 五五―五七
カオルサ人等とグアスコニア人等、はや我等の血を飮まんとす、ああ善き始めよ、汝の落行先はいかなる惡しき終りぞや 五八―六〇
されど思ふに、シピオによりローマに世界の榮光を保たしめたる尊き攝理、直ちに助け給ふべし 六一―六三
また子よ、汝は肉體の重さのため再び下界に歸るべければ、口を啓け、わが隱さゞる事を隱す莫れ。 六四―六六
日輪天の磨羯の角に觸るゝとき、凍れる水氣片を成してわが世の空より降るごとく 六七―六九
我はかの飾れる精氣より、さきにわれらとともにかしこに止まれる凱旋の水氣片をなして昇るを見たり 七〇―七二
わが目はかれらの姿にともなひ、間の大いなるによりさらに先を見るをえざるにいたりてやみぬ 七三―七五
是においてか淑女、わが仰ぎ見ざるを視、我にいふ。目を垂れて汝のれるさまを見るべし。 七六―七八
我見しに、はじめわが見し時より以來、我は第一帶の半よりその端に亘る弧線を悉くめぐり終へゐたり 七九―八一
さればガーデのかなたにはウリッセの狂しき船路見え、近くこなたには、エウローパがゆかしき荷となりし處なる岸見えぬ 八二―八四
日輪もし一天宮餘を隔てゝわが足の下にりをらずば、この小さき麥場なほ廣く我に現はれたりしなるべし 八五―八七
たえずわが淑女と契る戀心、常よりもはげしく燃えつゝ、わが目を再び彼にむかしむ 八八―九〇
げに自然や技が、心を獲んためまづ目を捉へんとて、人の肉體やその繪姿に造れる餌 九一―九三
すべて合はさるとも、わが彼のほゝゑむ顏に向へるとき我を照らしゝ聖なる樂しみに此ぶれば物の數ならじと見ゆべし 九四―九六
しかしてかく見しことよりわが受けたる力は、我をレーダの美しき巣より引離して、いと疾き天に押し入れき 九七―九九
これが各部皆いと強く輝きて高くかつみな同じ状なれば、我はベアトリーチェがその孰れを選びてわが居る處となしゝやを知らじ 一〇〇―一〇二
されど淑女は、わが願ひを見、その顏に神の悦び現はると思ふばかりいとうれしくほゝゑみていふ 一〇三―一〇五
中心を鎭め、その周圍なる一切の物を動かす宇宙の性は、己が源より出づるごとく、こゝよりいづ 一〇六―一〇八
またこの天には神意の外處なし、しかしてこれを轉らす愛とこれが降す力とはこの神意の中に燃ゆ 一〇九―一一一
一の圈の光と愛これを容るゝことあたかもこれが他の諸の圈を容るゝに似たり、しかしてこの圈を司る者はたゞこれを包む者のみ 一一二―一一四
またこれが運行は他の運行によりて測られじ、されど他の運行は皆これによりて量らる、猶十のその半と五分一とによりて測らるゝ如し 一一五―一一七
されば時なるものが、その根をかゝる鉢に保ち、葉を他の諸の鉢にたもつ次第は、今汝に明らかならむ 一一八―一二〇
あゝ慾よ、汝は人間を深く汝の下に沈め、ひとりだに汝の波より目を擡ぐるをえざるにいたらしむ 一二一―一二三
意志は人々のうちに良花と咲けども、雨の止まざるにより、眞の李惡しき實に變る 一二四―一二六
信と純とはたゞ童兒の中にあるのみ、頬に鬚の生ひざるさきにいづれも逃ぐ 一二七―一二九
片言をいふ間斷食を守る者も、舌ゆるむ時至れば、いかなる月の頃にてもすべての食物を貪りくらひ 一三〇―一三二
片言をいふ間母を愛しこれに從ふ者も、言語調ふ時いたれば、これが葬らるゝを見んとねがふ 一三三―一三五
かくの如く、朝を齎し夕を殘しゆくものゝ美しき女の肌は、はじめ白くして後黒し 一三六―一三八
汝これを異しとするなからんため、思ひみよ、地には治むる者なきことを、人の族道を誤るもこの故ぞかし 一三九―一四一
されど第一月が、世にかの百分一の等閑にせらるゝため、全く冬を離るゝにいたらざるまに、諸の天は鳴轟き 一四二―一四四
待ちに待ちし嵐起りて、艫を舳の方にめぐらし、千船を直く走らしむべし 一四五―一四七
かくてぞ花の後に眞の實あらむ。 一四八―一五〇
第二十八曲
我をして心を天堂に置かしむる淑女、幸なき人間の現世を難じつゝその眞状をあらはしゝ時 一―三
我はあたかも、見ず思はざるさきに己が後方にともされし燈火の焔を鏡に見 四―六
玻の果して眞を告ぐるや否やを見んとて身を轉らし、此と彼と相合ふこと歌のその譜におけるに似たるを見る 七―
人の如く(記憶によりて思ひ出づれば)、かの美しき目即ち愛がこれをもて紐を造りて我を捉へし目を見たり ―一二
かくてふりかへり、人がつら/\かの天のめぐるを視るとき常にかしこに現はるゝものわが目に觸るゝに及び 一三―一五
我は鋭き光を放つ一點を見たり、げにかゝる光に照らされんには、いかなる目も、そのいと鋭きが爲に閉ぢざるをえじ 一六―一八
また世より最小さく見ゆる星さへ、星の星と並ぶごとくかの點とならびなば、さながら月と見ゆるならむ 一九―二一
月日の暈が、これを支ふる水氣のいと濃き時にあたり、これを彩る光を卷きつゝその邊に見ゆるばかりの 二二―二四
間を隔てゝ、一の火輪かの點のまはりをめぐり、その早きこと、いと速に世界を卷く運行にさへまさると思はるゝ程なりき 二五―二七
また是は第二の輪に、第二は第三、第三は第四、第四は第五、第五は第六の輪に卷かる 二八―三〇
第七の輪これに續いて上方にあり、今やいたくひろがりたれば、ユーノの使者完全しともこれを容るゝに足らざるなるべし 三一―三三
第八第九の輪また然り、しかしていづれもその數が一を距ること遠きに從ひ、ることいよ/\遲く 三四―三六
また清き火花にいと近きものは、これが眞に與かること他にまさる爲ならむ、その焔いと燦かなりき 三七―三九
わがいたく思ひ惑ふを見て淑女曰ふ。天もすべての自然も、かの一點にこそ懸るなれ 四〇―四二
見よこれにいと近き輪を、しかして知るべし、そのることかく早きは、燃ゆる愛の刺戟を受くるによるなるを。 四三―四五
我彼に。宇宙もしわがこれらの輪に見るごとき次第を保たば、わが前に置かるゝもの我を飽かしめしならむ 四六―四八
されど官能界にありては、諸の回轉その中心を遠ざかるに從つていよ/\聖なるを見るをう 四九―五一
是故にこの妙なる、天使の神殿、即ちたゞ愛と光とをその境界とする處にて、わが顏ひ全く成るをうべくば 五二―五四
請ふさらに何故に模寫と樣式とが一樣ならざるやを我に告げよ、我自らこれを想ふはいたづらなればなり。 五五―五七
汝の指かゝる纈を解くをえずとも異しむに足らず、こはその試みられざるによりていと固くなりたればなり。 五八―六〇
わが淑女かく、而して又曰ふ。もし飽くことを願はゞ、わが汝に告ぐる事を聽き、才を鋭うしてこれにむかへ 六一―六三
それ諸の球體は、遍くその各部に亘りてひろがる力の多少に從ひ、或は廣く或は狹し 六四―六六
徳大なればその生ずる福祉もまた必ず大に、體大なれば(而してその各部等しく完全なれば)その容るゝ福祉もまた從つて大なり 六七―六九
是においてか己と共に殘の宇宙を悉く轉らす球は、愛と智とのともにいと多き輪に適ふ 七〇―七二
是故に汝の量を、圓く汝に現はるゝものゝ外見に据ゑずして力に据ゑなば 七三―七五
汝はいづれの天も、その天使と――即ち大いなるは優れると、小さきは劣れると――奇しく相應ずるを見む。 七六―七八
ボーレアがそのいと温和なる方の頬より吹くとき、半球の空あざやかに澄みわたり 七九―八一
さきにこれを曇らせし霧拂はれ消えて、天その隨處の美を示しつゝほゝゑむにいたる 八二―八四
わが淑女がその明らかなる答を我に與へしとき、我またかくの如くになり、眞を見ること天の星を見るに似たりき 八五―八七
しかしてその言終るや、諸の輪火花を放ち、そのさま熱鐡の火花を散らすに異なるなかりき 八八―九〇
火花は各その火にともなへり、またその數はいと多くして、將棊を倍するに優ること幾千といふ程なりき 九一―九三
我は彼等がかれらをその常にありし處に保ちかつ永遠に保つべきかの動かざる點に向ひ、組々にオザンナを歌ふを聞けり 九四―九六
淑女わが心の中の疑ひを見て曰ふ。最初の二つの輪はセラフィニとケルビとを汝に示せり 九七―九九
かれらのかく速に己が絆に從ふは、及ぶ限りかの點に己を似せんとすればなり、而してその視る位置の高きに準じてかく爲すをう 一〇〇―一〇二
かれらの周圍を轉る諸の愛は、神の聖前の寶座と呼ばる、第一の三の組かれらに終りたればなり 一〇三―一〇五
汝知るべし、一切の智の休らふ處なる眞をばかれらが見るの深きに應じてその悦び大いなるを 一〇六―一〇八
かゝれば福祉が見る事に原づき愛すること(即ち後に來る事)にもとづかざる次第もこれによりて明らかならむ 一〇九―一一一
また、見る事の量となるは功徳にて、恩惠と善心とより生る、次序をたてゝ物の進むことかくの如し 一一二―一一四
同じくこの永劫の春――夜の白羊宮もこれを掠めじ――に萌出る第二の三の組は 一一五―一一七
永遠にオザンナを歌ひつゝ、その三を造り成す三の喜悦の位の中に三の妙なる音をひゞかしむ 一一八―一二〇
この組の中には三種の神あり、第一は統治、次は懿徳、第三の位は威能なり 一二一―一二三
次で最後に最近く踊りる二の群は主權と首天使にて、最後にをどるは、すべて樂しき天使なり 一二四―一二六
これらの位みな上方を視る、かれらまたその力を強く下方に及ぼすがゆゑに、みな神の方に引かれしかしてみな引く 一二七―一二九
さてディオニージオは、心をこめてこれらの位の事を思ひめぐらし、わがごとくこれが名をいひこれを別つにいたりたり 一三〇―一三二
されどその後グレゴーリオ彼を離れき、是においてか目をこの天にて開くに及び、自ら顧みて微笑めり 一三三―一三五
またたとひ人たる者がかくかくれたる眞をば世に述べたりとて異しむ勿れ、こゝ天上にてこれを見し者、これらの輪に關はる 一三六―
他の多くの眞とともにこれを彼に現はせるなれば。 ―一四一
第二十九曲
ラートナのふたりの子、白羊と天秤とに蔽はれて、齊しく天涯を帶とする頃 一―三
天心が權衡を保つ刹那より、彼も此も半球を換へかの帶を離れつゝ權衡を破るにいたる程の間 四―六
ベアトリーチェは、わが目に勝ちたるかの一點をつら/\視つゝ、笑を顏にうかべて默し 七―九
かくて曰ふ。汝の聞かんと願ふことを我問はで告ぐ、そは我これを一切の處と時との集まる點にて見たればなり 一〇―一二
抑永遠の愛は、己が幸を増さん爲ならず(こはあるをえざる事なり)、たゞその光が照りわたりつゝ、我在りといふをえんため 一三―
時を超え他の一切の限を超え、己が無窮の中にありて、その心のまゝに己をば諸の新しき愛のうちに現はせり ―一八
またその先にも、爲すなきが如くにて休らひゐざりき、そはこれらの水の上に神の動き給ひしは、先後に起れる事にあらざればなり 一九―二一
形式と物質と、或は合ひ或は離れて、あたかも三の弦ある弓より三の矢の出る如く出で、缺くるところなき物となりたり 二二―二四
しかして光が、玻琥珀または水晶を照らす時、その入來るより入終るまでの間に些の隙もなきごとく 二五―二七
かの三の形の業は、みな直に成り備はりてその主より輝き出で、いづれを始めと別ちがたし 二八―三〇
また時を同じうしてこの三の物の間に秩序は造られ立てられき、而して純なる作用を授けられしもの宇宙の頂となり 三一―三三
純なる勢能最低處を保ち、中央には一の繋、繋離るゝことなきほどにいと固く、勢能を作用と結び合せき 三四―三六
イエロニモは、天使達がその餘の宇宙の造られし時より幾百年の久しきさきに造られしことを録せるも 三七―三九
わがいふ眞は聖靈を受けたる作者達のしば/\書にしるしゝところ、汝よく心をとめなば自らこれをさとるをえむ 四〇―四二
また理性もいくばくかこの眞を知らしむ、そは諸の動者がかく久しく全からざりしとはその認めざることなればなり 四三―四五
今や汝これらの愛の、いづこに、いつ、いかに造られたりしやを知る、されば汝の願ひの中三の焔ははや消えたり 四六―四八
數を二十までかぞふるばかりの時をもおかず、天使の一部は、汝等の原素のうちのいと低きものを亂し 四九―五一
その餘の天使は、殘りゐて、汝の見るごとき技を始む(かくする喜びいと大いなりければ、かれらり止むことあらじ) 五二―五四
墮落の原因は、汝の見しごとく宇宙一切の重さに壓されをる者の、詛ふべき傲慢なりき 五五―五七
またこゝに見ゆる天使達は、謙りて、かの善即ちかれらをしてかく深く悟るにいたらしめたる者よりかれらの出しを認めたれば 五八―六〇
恩惠の光と己が功徳とによりてその視る力増したりき、是故にその意志備りて固し 六一―六三
汝疑ふなかれ、信ぜよ、恩惠を受くるは功徳にて、この功徳は恩惠を迎ふる情の多少に應ずることを 六四―六六
汝もしわが言をさとりたらんには、たとひ他の助けなしとも、今やこの集會につきて多くの事を想ふをえむ 六七―六九
されど地上汝等の諸の學寮にては、天使に了知、記憶、及び意志ありと教へらるゝがゆゑに 七〇―七二
我さらに語り、汝をして、かゝる教へにおける言葉の明らかならざるため下界にて紛ふ眞理の純なる姿を見しむべし 七三―七五
そも/\これらの者は、神の聖顏を見て悦びし時よりこの方、目をこれ(一物としてこれにかくるゝはなし)に背けしことなし 七六―七八
是故にその見ること新しき物に阻まれじ、是故にまたその想の分れたる爲、記憶に訴ふることを要せじ 七九―八一
されば世にては人眠らざるに夢を見つゝ、或は眞をいふと信じ或はしかすと信ぜざるなり、後者は罪も恥もまさる 八二―八四
汝等世の人、理を究むるにあたりて同一の路を歩まず、これ外見を飾るの慾と思ひとに迷はさるゝによりてなり 八五―八七
されどこれとても、神の書の疎んぜられまたは曲げらるゝに此ぶれば、そが天上にうくる憎惡なほ輕し 八八―九〇
かの書を世に播かんためいくばくの血流されしや、謙りてこれに親しむ者いかばかり聖意に適ふやを人思はず 九一―九三
各外見のために力め、さま/″\の異説を立つれば、これらはまた教を説く者の論ふところとなりて福音ものいはじ 九四―九六
ひとりいふ、クリストの受難の時は、月退りて中間を隔てしため、日の光地に達せざりきと 九七―九九
またひとりいふ、こは光の自ら隱れしためなり、されば猶太人のみならずスパニア人もインド人も等しくその缺くるを見たりと 一〇〇―一〇二
ラーポとビンドいかにフィオレンツァに多しとも、年毎にこゝかしこにて教壇より叫ばるゝかゝる浮説の多きには若かず 一〇三―一〇五
是故に何をも知らぬ羊は、風を食ひて牧場より歸る、また己が禍ひを見ざることも彼等を罪なしとするに足らじ 一〇六―一〇八
クリストはその最初の弟子達に向ひ、往きて徒言を世に宣傳へといひ給はず、眞の礎をかれらに授け給ひたり 一〇九―一一一
この礎のみぞかれらの唱へしところなる、されば信仰を燃さん爲に戰ふにあたり、かれらは福音を楯とも槍ともなしたりき 一一二―一一四
今や人々戲言と戲語とをもて教へを説き、たゞよく笑はしむれば僧帽脹る、かれらの求むるものこの外になし 一一五―一一七
されど帽の端には一羽の鳥の巣くふあり、俗衆これを見ばその頼む罪の赦の何物なるやを知るをえむ 一一八―一二〇
是においてかいと愚なること地にはびこり、定かにすべき證なきに、人すべての約束の邊に集ひ 一二一―一二三
聖アントニオは(贋造の貨幣を拂ひつゝ)これによりて、その豚と、豚より穢れし者とを肥す 一二四―一二六
されど我等主題を遠く離れたれば、今目を轉らして正路を見るべし、さらば時とともに途を短うするをえむ 一二七―一二九
それ天使は數きはめて多きに達し、人間の言葉も思ひもともなふあたはじ 一三〇―一三二
汝よくダニエールの現はしゝ事を思はゞ、その幾千なる語のうちに定かなる數かくるゝを知らむ 一三三―一三五
彼等はかれらをすべて照らす第一の光を受く、但し受くる状態に至りては、この光と結び合ふ諸の輝の如くに多し 一三六―一三八
是においてか、情愛は會得の作用にともなふがゆゑに、かれらのうちのうるはしき愛その熱さ微温さを異にす 一三九―一四一
見よ今永遠の力の高さと廣さとを、そはこのもの己が爲にかく多くの鏡を造りてそれらの中に碎くれども 一四二―一四四
一たるを失はざること始めの如くなればなり。 一四五―一四七
第三十曲
第六時はおよそ六千哩のかなたに燃え、この世界の陰傾きてはや殆んど水平をなすに 一―三
いたれば、いや高き天の中央白みはじめて、まづとある星、この世に見ゆる力を失ひ 四―六
かくて日のいと燦かなる侍女のさらに進み來るにつれ、天は光より光と閉ぢゆき、そのいと美しきものにまで及ぶ 七―九
己が包むものに包まると見えつゝわが目に勝ちし一點のまはりに永遠に舞ふかの凱旋も、またかくの如く 一〇―一二
次第に消えて見えずなりき、是故に何をも見ざることゝ愛とは、我を促して目をベアトリーチェに向けしむ 一三―一五
たとひ今にいたるまで彼につきていひたる事をみな一の讚美の中に含ましむとも、わが務を果すに足らじ 一六―一八
わが見し美は、豈たゞ人の理解を超ゆるのみならんや、我誠に信ずらく、これを悉く樂しむ者その造主の外になしと 一九―二一
げに茲にいたり我は自らわが及ばざりしを認む、喜曲または悲曲の作者もその題の難きに處してかく挫けしことはあらじ 二二―二四
そは日輪の、いと弱き視力におけるごとく、かのうるはしき微笑の記憶は、わが心より心その物を掠むればなり 二五―二七
この世にはじめて彼の顏を見し日より、かく視るにいたるまで、我たえず歌をもてこれにともなひたりしかど 二八―三〇
今は歌ひつゝその美を追ひてさらに進むことかなはずなりぬ、いかなる藝術の士も力盡くればまたかくの如し 三一―三三
さてかれは、かく我をしてわが喇叭(こはその難き歌をはや終へんとす)よりなほ大いなる音にかれを委ねしむるほどになりつゝ 三四―三六
敏き導者に似たる動作と聲とをもて重ねていふ。われらは最大いなる體を出でゝ、純なる光の天に來れり 三七―三九
この光は智の光にて愛これに滿ち、この愛は眞の幸の愛にて悦びこれに滿ち、この悦び一切の樂しみにまさる 四〇―四二
汝はこゝにて天堂の二隊の軍をともに見るべし、而してその一隊をば最後の審判の時汝に現はるゝその姿にて見む。 四三―四五
俄に閃く電光が、物見る諸の靈を亂し、いと強き物の與ふる作用をも目より奪ふにいたるごとく 四六―四八
生くる光わが身のまはりを照らし、その輝の面をもて我を卷きたれば、何物も我に見えざりき 四九―五一
この天をしづむる愛は、常にかゝる會釋をもて己が許に歡び迎ふ、これ蝋燭をその焔に適はしからしめん爲なり。 五二―五四
これらのつゞまやかなる言葉わが耳に入るや否や、我はわが力の常よりも増しゐたるをさとりき 五五―五七
しかして新しき視力わが衷に燃え、いかなる光にてもわが目の防ぎえざるほど燦やかなるはなきにいたれり 五八―六〇
さて我見しに、河のごとき形の光、妙なる春をゑがきたる二つの岸の間にありていとつよく輝き 六一―六三
この流れよりは、諸の生くる火出でゝ左右の花の中に止まり、さながら紅玉を黄金に嵌むるに異ならず 六四―六六
かくて香に醉へるごとく再び奇しき淵に沈みき、しかして入る火と出づる火と相亞げり 六七―六九
汝が見る物のことを知らんとて今汝を燃しかつ促す深き願ひは、そのいよ/\切なるに從ひいよ/\わが心に適ふ 七〇―七二
されどかゝる渇をとゞむるにあたり、汝まづこの水を飮まざるべからず。わが目の日輪かく我にいひ 七三―七五
さらに加ふらく。河、入り出る諸の珠、及び草の微笑は、その眞状を豫め示す象なり 七六―七八
こはこれらの物その物の難きゆゑならず、汝に缺くるところありて視力未ださまで強からざるによる。 七九―八一
常よりもいと遲く目を覺しゝ嬰兒が、顏を乳の方にむけつゝ身を投ぐる疾ささへ 八二―八四
目をば優る鏡とせんとてわがかの水(人をしてその中にて優れる者とならしめん爲流れ出る)の方に身を屈めしその早さには如かじ 八五―八七
しかしてわが瞼の縁この水を飮める刹那に、その長き形は、變りて圓く成ると見えたり 八八―九〇
かくてあたかも假面を被むれる人々が、己を隱しゝ假の姿を棄つるとき、前と異なりて見ゆる如く 九一―九三
花も火もさらに大いなる悦びに變り、我はあきらかに二組の天の宮人達を見たり 九四―九六
あゝ眞の王國の尊き凱旋を我に示せる神の輝よ、願はくは我に力を與へて、わがこれを見し次第を言はしめよ 九七―九九
かしこに光あり、こは造主をばかの被造物即ち彼を見るによりてのみその平安を得る物に見えしむる光にて 一〇〇―一〇二
その周邊を日輪の帶となすとも緩きに過ぐと思はるゝほど廣く圓形に延びをり 一〇三―一〇五
そが見ゆるかぎりはみな、プリーモ・モービレの頂より反映す一線の光(かの天この光より生命と力とを受く)より成る 一〇六―一〇八
しかして邱が、p草や花に富める頃、わが飾れるさまを見ん爲かとばかり、己が姿をその麓の水に映すごとく 一〇九―一一一
すべてわれらの中天に歸りたりし者、かの光の上にありてこれを圍み繞りつゝ、千餘の列より己を映せり 一一二―一一四
そのいと低き階さへかく大いなる光を己が中に集むるに、花片果るところにてはこの薔薇の廣さいかばかりぞや 一一五―一一七
わが視力は廣さ高さのために亂れず、かの悦びの量と質とをすべてとらへき 一一八―一二〇
近きも遠きもかしこにては加へじ減かじ、神の親しくしろしめし給ふ處にては自然の法さらに行はれざればなり 一二一―一二三
段また段と延びをり、とこしへに春ならしむる日輪にむかひて讚美の香を放つ無窮の薔薇の黄なるところに 一二四―一二六
ベアトリーチェは、あたかも物言はんと思ひつゝ言はざる人の如くなりし我を惹行き、さて曰けるは。見よ白衣の群のいかばかり大いなるやを 一二七―一二九
見よわれらの都のその周圍いかばかり廣きやを、見よわれらの席の塞りて、この後こゝに待たるゝ民いかばかり數少きやを 一三〇―一三二
かの大いなる座、即ちその上にはや置かるゝ冠の爲汝が目をとむる座には、汝の未だこの婚筵に連りて食せざるさきに 一三三―一三五
尊きアルリーゴの魂(下界に帝となるべき)坐すべし、彼はイタリアを直くせんとてその備へのかしこに成らざる先に行かむ 一三六―一三八
汝等は無明の慾に迷ひ、あたかも死ぬるばかりに饑ゑつゝ乳母を逐ひやる嬰鬼の如くなりたり 一三九―一四一
しかして顯にもひそかにも彼と異なる道を行く者、その時神の廳の長たらむ 一四二―一四四
されど神がこの者に聖なる職を許し給ふはその後たゞ少時のみ、彼はシモン・マーゴの己が報いをうくる處に投げ入れられ 一四五―一四七
かのアラーエア人をして愈深く沈ましむべければなり。 一四八―一五〇
第三十一曲
クリストの己が血をもて新婦となしたまへる聖軍は、かく純白の薔薇の形となりて我に現はれき 一―三
されど殘の一軍(これが愛を燃すものゝ榮光と、これをかく秀でしめし威徳とを、飛びつゝ見かつ歌ふところの)は 四―六
蜂の一群が、或時は花の中に入り、或時はその勞苦の味の生ずるところに歸るごとく 七―九
かのいと多くの花片にて飾らるゝ大いなる花の中にくだり、さて再びかしこより、その愛の常に止まる處にのぼれり 一〇―一二
かれらの顏はみな生くる焔、翼は黄金にて、その他はいかなる雪も及ばざるまで白かりき 一三―一五
席より席と花の中にくだる時、かれらは脇を扇ぎて得たりし平和と熱とを傳へたり 一六―一八
またかく大いなる群飛交しつゝ上なる物と花の間を隔つれども、目も輝もこれに妨げられざりき 一九―二一
そは神の光宇宙をばその功徳に準じて貫き、何物もこれが障礙となることあたはざればなり 二二―二四
この安らけき樂しき國、舊き民新しき民の群居る國は、目をも愛をも全く一の目標にむけたり 二五―二七
あゝ唯一の星によりてかれらの目に閃きつゝかくこれを飽かしむる三重の光よ、願はくはわが世の嵐を望み見よ 二八―三〇
未開の人々、エリーチェがその愛兒とともにめぐりつゝ日毎に蔽ふ方より來り 三一―三三
ローマとそのいかめしき業――ラテラーノが人間の爲すところのものに優れる頃の――とを見ていたく驚きたらんには 三四―三六
人の世より神の世に、時より永劫に、フィオレンツァより、正しき健かなる民の許に來れる我 三七―三九
豈いかばかりの驚きにてか滿されざらんや、げに驚きと悦びの間にありて、我は聞かず言はざるを願へり 四〇―四二
しかして巡禮が、その誓願をかけし神殿の中にて邊を見つゝ心を慰め、はやその状を人に傳へんと望む如く四二
我は目をかの生くる光に馳せつゝ、諸の段に沿ひ、或ひは上或ひは下或ひは周圍にこれを移し 四六―四八
神の光や己が微笑に裝はれ、愛の勸むる諸の顏と、すべての愼にて飾らるゝ諸の擧動とを見たり 四九―五一
おしなべての天堂の形をわれ既に悉く認めたれど、未だそのいづれのところにも目を据ゑざりき 五二―五四
かくて新しき願ひに燃され、我はわが心に疑ひをいだかしめし物につきてわが淑女に問はんため身をめぐらせるに 五五―五七
わが志しゝ事我に臨みし事と違へり、わが見んと思ひしはベアトリーチェにてわが見しは一人の翁なりき、その衣は榮光の民の如く 五八―六〇
目にも頬にも仁愛の悦びあふれ、その姿は、やさしき父たるにふさはしきまで慈悲深かりき 六一―六三
彼何處にありや。我は直にかく曰へり、是においてか彼。汝の願ひを滿さんためベアトリーチェ我をしてわが座を離れしむ 六四―六六
汝仰ぎてかの最高き段より第三に當る圓を見よ、さらば彼をその功徳によりてえたる寶座の上にて再び見む。 六七―六九
我答へず、目を擧げて淑女を見しに、永遠の光彼より反映しつゝその冠となりゐたり 七〇―七二
人の目いかなる海の深處に沈むとも、雷の鳴るいと高きところよりその遠く隔たること 七三―七五
わが目の彼處にてベアトリーチェを離れしに及ばじ、されど是我に係なかりき、そはその姿間に混る物なくしてわが許に下りたればなり 七六―七八
あゝわが望みを強うする者、わが救ひのために忍びて己が足跡を地獄に殘すにいたれる淑女よ 七九―八一
わが見しすべての物につき、我は恩惠と強さとを汝の力汝の徳よりいづと認む 八二―八四
汝は適はしき道と方法とを盡し、我を奴僕の役より引きてしかして自由に就かしめぬ 八五―八七
汝の癒しゝわが魂が汝の意にかなふさまにて肉體より解かるゝことをえんため、願はくは汝の賜をわが衷に護れ。 八八―九〇
我かく請へり、また淑女は、かのごとく遠しと見ゆる處にてほゝゑみて我を視、その後永遠の泉にむかへり 九一―九三
聖なる翁曰ふ。汝の覊旅を全うせんため(願ひと聖なる愛とはこのために我を遣はしゝなりき) 九四―九六
目を遍くこの園の上に馳せよ、これを見ば汝の視力は、神の光を分けていよ/\遠く上るをうるべければなり 九七―九九
またわが全く燃えつゝ愛する天の女王、われらに一切の恩惠を與へむ、我は即ち彼に忠なるベルナルドなるによりてなり。 一〇〇―一〇二
わがヴェロニカを見んとて例へばクロアツィアより人の來ることあらんに、久しく傳へ聞きゐたるため、その人飽くことを知らず 一〇三―一〇五
これが示さるゝ間、心の中にていはむ、わが主ゼス・クリスト眞神よ、さてはかゝる御姿にてましましゝかと 一〇六―一〇八
現世にて默想のうちにかの平安を味へる者の生くる愛を見しとき、我またかゝる人に似たりき 一〇九―一一一
彼曰ふ。恩惠の子よ、目を低うして底にのみ注ぎなば、汝この法悦の状を知るをえじ 一一二―一一四
されば諸の圈を望みてそのいと遠きものに及べ、この王國の從ひ事へまつる女王の、坐せるを見るにいたるまで。 一一五―一一七
われ目を擧げぬ、しかしてたとへば朝には天涯の東の方が、日の傾く方にまさるごとく 一一八―一二〇
我は目にて(溪より山は行くかとばかり)縁の一部が光において殘るすべての頂に勝ちゐたるを見たり 一二一―一二三
またたとへば、フェトンテのあつかひかねし車の轅の待たるゝ處はいと強く燃え、そのかなたこなたにては光衰ふるごとく 一二四―一二六
かの平和の焔章旗は、その中央つよくかゞやき、左右にあたりて焔一樣に薄らげり 一二七―一二九
しかしてかの中央には、光も技も各異なれる千餘の天使、翼をひらきて歡び舞ひ 一三〇―一三二
凡ての聖者達の目の悦びなりし一の美、かれらの舞ふを見歌ふを聞きてほゝゑめり 一三三―一三五
われたとひ想像におけるごとく言葉に富むとも、その樂しさの萬分一をもあえて述ぶることをせじ 一三六―一三八
ベルナルドは、その燃ゆる愛の目的にわが目の切に注がるゝを見て、己が目をもいとなつかしげにこれにむけ 一三九―一四一
わが目をしていよ/\見るの願ひに燃えしむ 一四二―一四四
第三十二曲
愛の目を己が悦びにとめつゝ、かの默想者、進みて師の役をとり、聖なる言葉にて曰ひけるは 一―三
マリアの塞ぎて膏をぬりし疵――これを開きこれを深くせし者はその足元なるいと美しき女なり 四―六
第三の座より成る列の中、この女の下には、汝の見るごとく、ラケールとベアトリーチェと坐す 七―九
サラ、レベッカ、ユディット、及び己が咎をいたみて我を憐みたまへといへるその歌人の曾祖母たりし女が 一〇―一二
列より列と次第をたてゝ下に坐するを汝見るべし(我その人々の名を擧げつゝ花片より花片と薔薇を傳ひて下るにつれ) 一三―一五
また第七の段より下には、この段にいたるまでの如く、希伯來人の女達相續きて花のすべての髮を分く 一六―一八
そは信仰がクリストを見しさまに從ひ、かれらはこの聖なる階をわかつ壁なればなり 一九―二一
此方、即ち花の花片のみな全きところには、クリストの降り給ふを信ぜる者坐し 二二―二四
彼方、即ち諸の半圓の、空處に斷たるゝところには、降り給へるクリストに目をむけし者坐す 二五―二七
またこなたには、天の淑女の榮光の座とその下の諸の座とがかく大いなる隔となるごとく 二八―三〇
對が方には、常に聖にして、曠野、殉教、尋で二年の間地獄に堪へしかの大いなるジョヴァンニの座またこれとなり 三一―三三
彼の下にフランチュスコ、ベネデット、アウグスティーノ、及びその他の人々定によりてかく隔て、圓より圓に下りて遂にこの處にいたる 三四―三六
いざ見よ神の尊き攝理を、そは信仰の二の姿相等しくこの園に滿つべければなり 三七―三九
また知るべし、二の區劃を線の半にて截る段より下にある者は、己が功徳によりてかしこに坐するにあらず 四〇―四二
他人の功徳によりて(但し或る約束の下に)しかすと、これらは皆自ら擇ぶ眞の力のあらざる先に解放たれし靈なればなり 四三―四五
汝よくかれらを見かれらに耳を傾けなば、顏や稚き聲によりてよくこれをさとるをえむ 四六―四八
今や汝異しみ、あやしみてしかして物言はず、されど鋭き思ひに汝の緊めらるゝ強き紲を我汝の爲に解くべし 四九―五一
抑この王國廣しといへども、その中には、悲しみも渇も饑えもなきが如く、偶然の事一だになし 五二―五四
そは汝の視る一切の物、永遠の律法によりて定められ、指輪はこゝにて、まさしく指に適へばなり 五五―五七
されば急ぎて眞の生に來れるこの人々のこゝに受くる福に多少あるも故なしとせじ 五八―六〇
いかなる願ひも敢てまたさらに望むことなきまで大いなる愛と悦びのうちにこの國をを康んじたまふ王は 六一―六三
己が樂しき聖顏のまへにて凡ての心を造りつゝ、聖旨のまゝに異なる恩惠を與へ給ふ、汝今この事あるをもて足れりとすべし 六四―六六
しかしてこは定かに明らかに聖書に録さる、即ち母の胎内にて怒りを起しゝ雙兒のことにつきてなり 六七―六九
是故にかゝる恩惠の髮の色の如何に從ひ、いと高き光は、これにふさはしき冠とならざるをえじ 七〇―七二
さればかれらは、己が行爲の徳によらず、たゞ最初の視力の鋭さ異なるによりてその置かるゝ段を異にす 七三―七五
世の未だ新しき頃には、罪なき事に加へてたゞ兩親の信仰あれば、げに救ひをうるに足り 七六―七八
第一の世終れる後には、男子は割禮によりてその罪なき羽に力を得ざるべからざりしが 七九―八一
恩惠の時いたれる後には、クリストの全き洗禮を受けざる罪なき稚兒かの低き處に抑められき 八二―八四
いざいとよくクリストに似たる顏をみよ、その輝のみ汝をしてクリストを見るをえしむればなり。 八五―八七
我見しに、諸の聖なる心(かの高き處をわけて飛ばんために造られし)の齎らす大いなる悦びかの顏に降注ぎたり 八八―九〇
げに先にわが見たる物一としてこれの如く驚をもてわが心を奪ひしはなく、かく神に似しものを我に示せるはなし 九一―九三
しかしてさきに彼の上に降れる愛、幸あれマリア恩惠滿つ者よと歌ひつゝ、その翼をかれの前にひらけば 九四―九六
天の宮人達四方よりこの聖歌に和し、いづれの姿も是によりていよ/\燦やかになりたりき 九七―九九
あゝ永遠の定によりて坐するそのうるはしき處を去りつゝ、わがためにこゝに下るをいとはざる聖なる父よ 一〇〇―一〇二
かのいたく喜びてわれらの女王の目に見入り、燃ゆと見ゆるほどこれを慕ふ天使は誰ぞや。 一〇三―一〇五
あたかも朝の星の日におけるごとくマリアによりて美しくなれる者の教へを、我はかく再び請へり 一〇六―一〇八
彼我に。天使または魂にあるをうるかぎりの剛さと雅びとはみな彼にあり、われらもまたその然るをねがふ 一〇九―一一一
そは神の子がわれらの荷を負はんと思ひ給ひしとき、棕櫚を持ちてマリアの許に下れるものは彼なればなり 一一二―一一四
されどいざわが語り進むにつれて目を移し、このいと正しき信心深き帝國の大いなる高官達を見よ 一一五―一一七
かの高き處に坐し、皇妃にいと近きがゆゑにいと福なるふたりのものは、この薔薇の二つの根に當る 一一八―一二〇
左の方にて彼と並ぶは、膽大く味へるため人類をしてかゝる苦さを味ふにいたらしめし父 一二一―一二三
右なるは、聖なる寺院の古の父、この愛づべき花の二の鑰をクリストより委ねられし者なり 一二四―一二六
また槍と釘とによりて得られし美しき新婦のその時々の幸なさをば、己が死なざるさきにすべて見し者 一二七―一二九
これが傍に坐し、左の者の傍には、恩を忘れ心恒なくかつ背き易き民マンナに生命を支へし頃かれらを率ゐし導者坐す 一三〇―一三二
ピエートロと相對ひてアンナの坐するを見よ、彼はいたくよろこびて己が女を見、オザンナを歌ひつゝなほ目を放たじ 一三三―一三五
また最大いなる家長の對には、汝が馳せ下らんとて目を垂れしとき汝の淑女を起たしめしルーチア坐す 一三六―一三八
されど汝の睡りの時疾く過ぐるがゆゑに、あたかも良き縫物師のその有つ織物に適せて衣を造る如く、我等こゝに言を止めて 一三九―一四一
目を第一の愛にむけむ、さらば汝は、彼の方を望みつゝ、汝の及ぶかぎり深くその輝を見るをうべし 一四二―一四四
しかはあれ、汝己が翼を動かし、進むと思ひつゝ或ひは退く莫らんため、祈りによりて、恩惠を受ること肝要なり 一四五―一四七
汝を助くるをうる淑女の恩惠を、また汝は汝の心のわが言葉より離れざるほど、愛をもて我にともなへ。 一四八―一五〇
かくいひ終りて彼この聖なる祈りをさゝぐ 一五一―一五三
第三十三曲
處女なる母わが子の女、被造物にまさりて己を低くししかして高くせらるゝ者、永遠の聖旨の確き目的よ 一―三
人たるものを尊くし、これが造主をしてこれに造らるゝをさへ厭はざるにいたらしめしは汝なり 四―六
汝の胎用にて愛はあらたに燃えたりき、その熱さによりてこそ永遠の平和のうちにこの花かくは咲きしなれ 七―九
こゝにては我等にとりて汝は愛の亭午の燈火、下界人間のなかにては望みの活泉なり 一〇―一二
淑女よ、汝いと大いにしていと強し、是故に恩惠を求めて汝に就かざる者あらば、これが願ひは翼なくして飛ばんと思ふに異ならじ 一三―一五
汝の厚き志はたゞ請ふ者をのみ助くるならで、自ら進みて求めに先んずること多し 一六―一八
汝に慈悲あり、汝に哀憐惠與あり、被造物のうちなる善といふ善みな汝のうちに集まる 一九―二一
今こゝに、宇宙のいと低き沼よりこの處にいたるまで、靈の三界を一々見し者 二二―二四
伏して汝に請ひ、恩惠によりて力をうけつゝ、終極の救ひの方にいよ/\高くその目を擧ぐるをうるを求む 二五―二七
また彼の見んことを己が願ふよりも深くは、己自ら見んと願ひし事なき我、わが祈りを悉く汝に捧げかつその足らざるなきを祈る 二八―三〇
願はくは汝の祈りによりて浮世一切の雲を彼より拂ひ、かくして彼にこよなき悦びを現はしたまへ 三一―三三
我またさらに汝に請ふ、思ひの成らざるなき女王よ、かく見まつりて後かれの心を永く健全ならしめたまへ 三四―三六
願はくは彼を護りて世の雜念に勝たしめ給へ、見よベアトリーチェがすべての聖徒達と共にわが諸の祈りを扶け汝に向ひて合掌するを。 三七―三九
神に愛でられ尊まるゝ目は、祈れる者の上に注ぎて、信心深き祈りのいかばかりかの淑女の心に適ふやを我等に示し 四〇―四二
後永遠の光にむかへり、げに被造物の目にてその中をかく明らかに見るはなしと思はる 四三―四五
また我は凡ての望みの極に近づきゐたるがゆゑに、燃ゆる願ひおのづから心の中にて熄むをおぼえき 四六―四八
ベルナルドは、我をして仰がしめんとて、微笑みつゝ表示を我に與へしかど、我は自らはやその思ふごとくなしゐたり 四九―五一
そはわが目明らかになり、本來眞なる高き光の輝のうちにいよ/\深く入りたればなり 五二―五四
さてこの後わが見しものは人の言葉より大いなりき、言葉はかゝる姿に及ばず、記憶はかゝる大いさに及ばじ 五五―五七
我はあたかも夢に物を見てしかして醒むれば、餘情のみさだかに殘りて他は心に浮び來らざる人の如し 五八―六〇
そはわが見しもの殆んどこと/″\く消え、これより生るゝうるはしさのみ今猶心に滴ればなり 六一―六三
雪、日に溶くるも、シビルラの託宣、輕き木葉の上にて風に散り失するも、またかくやあらむ 六四―六六
あゝ至上の光、いと高く人の思ひを超ゆる者よ、汝の現はれしさまをすこしく再びわが心に貸し 六七―六九
わが舌を強くして、汝の榮光の閃を、一なりとも後代の民に遺すをえしめよ 七〇―七二
そはいさゝかわが記憶にうかび、すこしくこの詩に響くによりて、汝の勝利はいよ/\よく知らるゝにいたるべければなり 七三―七五
わが堪へし活光の鋭さげにいかばかりなりしぞや、さればもしこれを離れたらんには、思ふにわが目くるめきしならむ 七六―七八
想ひ出れば、我はこのためにこそ、いよ/\心を堅うして堪へ、遂にわが目を無限威力と合はすにいたれるなれ 七九―八一
あゝ我をして視る力の盡くるまで、永遠の光の中に敢て目を注がしめし恩惠はいかに裕なるかな 八二―八四
我見しに、かの光の奧には、遍く宇宙に枚となりて分れ散るもの集り合ひ、愛によりて一の卷に綴られゐたり 八五―八七
實在、偶在、及びその特性相混れども、その混る状によりて、かのものはたゞ單一の光に外ならざるがごとくなりき 八八―九〇
萬物を齊へこれをかく結び合はすものをば我は自ら見たりと信ず、そはこれをいふ時我わが悦びのいよ/\さはなるを覺ゆればなり 九一―九三
たゞ一の瞬間さへ、我にとりては、かのネッツーノをしてアルゴの影に驚かしめし企圖における二千五百年よりもなほ深き睡りなり 九四―九六
さてかくわが心は全く奪はれ、固く熟視て動かず移らず、かつ視るに從つていよ/\燃えたり 九七―九九
かの光にむかへば、人甘んじて身をこれにそむけつゝ他の物を見るをえざるにいたる 一〇〇―一〇二
これ意志の目的なる善みなこのうちに集まり、この外にては、こゝにて完き物も完からざるによりてなり 一〇三―一〇五
今やわが言は(わが想起ることにつきてさへ)、まだ乳房にて舌を濡らす嬰兒の言よりもなほ足らじ 一〇六―一〇八
わが見し生くる光の中にさま/″\の姿のありし爲ならず(この光はいつも昔と變らじ) 一〇九―一一一
わが視る力の見るにつれて強まれるため、たゞ一の姿は、わが變るに從ひ、さま/″\に見えたるなりき 一一二―一一四
高き光の奧深くして燦かなるがなかに、現はれし三の圓あり、その色三にして大いさ同じ 一一五―一一七
その一はイリのイリにおけるごとく他の一の光をうけて返すと見え、第三なるは彼方此方より等しく吐かるゝ火に似たり 一一八―一二〇
あゝわが想に此ぶれば言の足らず弱きこといかばかりぞや、而してこの想すらわが見しものに此ぶればこれを些といふにも當らじ 一二一―一二三
あゝ永遠の光よ、己が中にのみいまし、己のみ己を知り、しかして己に知られ己を知りつゝ、愛し微笑み給ふ者よ 一二四―一二六
反映す光のごとく汝の生むとみえし輪は、わが目しばしこれをまもりゐたるとき 一二七―一二九
同じ色にて、その内に、人の像を描き出しゝさまなりければ、わが視る力をわれすべてこれに注げり 一三〇―一三二
あたかも力を盡して圓を量らんとつとめつゝなほ己が要むる原理に思ひいたらざる幾何學者の如く 一三三―一三五
我はかの異象を見、かの像のいかにして圓と合へるや、いかにしてかしこにその處を得しやを知らんとせしかど 一三六―一三八
わが翼これにふさはしからざりしに、この時一の光わが心を射てその願ひを滿たしき 一三九―一四一
さてわが高き想像はこゝにいたりて力を缺きたり、されどわが願ひと思ひとは宛然一樣に動く輪の如く、はや愛にらさる 一四二―一四四
日やそのほかのすべての星を動かす愛に。 一四五―一四七
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